すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
世界の全てが偽りだったのだと、彼女達はついに気づくこととなる。
これは、彼女達の記憶の中の一幕。
『……あーっ!!!』
かんかん照りで蒸し暑く、あまり人もいない、昼下がりの高校の屋外スペース。ベンチに座り、二人きりで昼食を取っていたところ、突如としてシキが大声で叫んだ。
『うわっ!!ど、どうしたの、シキ?』
親友の突然の叫び声に驚き、膝の上の弁当が浮くほど跳び上がる凛。これはただごとではないと察し、すぐさまシキを気にかける。
『ない……ないんだよ!!』
『ない?』
『ほら、私が昨日完成したってメールした、にゃんタンって人形あったでしょ?あの子がどっか行っちゃったの!!』
シキは慌てて携帯を取り出し、その人形が写っている写真を、凛の前に出す。写真に写る人形は、黒色の身体に白いラインで簡易的な表情をつけられ、見ていて微笑ましい愛らしさを感じさせる。
『あっ、そう言えば、そんなこと言ってたね。『初めて自分一人で作った人形だから、一生大事にする!!』とかなんとかって……』
『ぎくっ……ち、ちょー!!もー、そういう風にいじわるするのやめてよね!!……失くしちゃったのは、じ、事実だけ、ど』
『ごめんごめん。じゃあさ、私も探すの手伝うよ、その……にゃ、にゃんタンを。確か、今日登校してきた時はまだ持ってたよね。てことは、校内のどっか……さっき行った中庭とかかな……』
箸をしまい、凛は弁当を途中で済ませて、ベンチを立ち上がる。そして、昼休みが終わる10分前に、急いで探しに行こうとしたところ、
『げっ』
何やら気まずそうな声が聞こえる。振り向くと、そこには失くしたはずのにゃんタンを抱え、申し訳なさそうにするシキの姿があった。
『ご、ごめん。そうだった……さっき、にゃんタンの腕がほつれてるの見つけてさ。それで、後で直そうと思って、向かいのベンチに置きっぱにしてたんだ……』
『嘘でしょ……いつの間に老化始まってたの?ボケすぎだって……やっぱおっちょこちょいだね』
『あははは……お、お騒がせしました〜』
そして、またいつものやり取りを終えて、シキと凛はお互いに顔を見合う。
互いにバカやって、こんなたわいないことで本気で焦って、そんな普通の日々に安堵して、
『……ぷっ!!』
『ぷぷぷ……!!』
気づけば、二人は同じタイミングで吹き出し、その表情には笑顔が浮かんでいた。
これだけじゃない。その後も二人は、様々なところで多くの思い出を作った。この渋谷だけではなく、遠くへ外出することも、親に隠れて夜遅くに二人で集まって、ドキドキしながら夜遊びすることもあった。それらは紛れもなく実際にあったことであり、凛の記憶にも、もちろんシキの記憶にもある。
記憶の食い違いなど、絶対にありえないはず……何かが変わり始めた『初日』からずっと、不安はありつつも、そう信じていた。
だが、運命は残酷な真実を、無慈悲にも彼女らに告げるのだった。
「うっ」
両目を開け、同時に呻き声をあげて身体を起こす。長い眠りから覚め、硬直状態から解放されたことで背中や腕、あらゆる骨が鳴る。仰向けから上半身だけを起こし、辺りを見渡すと、そこには昨日までと同じく自身のパートナーであり、大切な親友であるシキがいた。
「お、おはよう……?」
「……無事だったんだ、凛。うん、おはよう……」
だが、唯一違う点として、シキのその弱々しい様子があった。力が抜けきったような声で、目から光が消えかけている。
「ど、どうしたのシキ?なんか、すごい元気ないけど……てか、あのデカイ化け物はどこいったの?私、頭ぶっけて、そこからなんにも覚えてないんだよね」
「……」
「あれ?シキ、聞いてる?」
これまで、どんなにふざけたこともすぐに応えていたシキだったが、今は何故か、凛を無視する。
「……」
「シキ?……ねえ、シキってば!!」
「凛!!!……ちょっと、静かにしてもらえないかな……!?」
突然シキの口から、明らかな嫌悪が飛び出し、凛は思わず言葉を失う。ここまでに吐き捨てるように、貶されるように言われたことなど、凛にとっては初めてのことだった。
「えっ、ご、ごめん……」
凛は即座に謝るが、シキはすぐに凛から視線を逸らし、フラフラとそこらを立ち歩く。よく見てみると、シキは何やら頭を抱えて、必死で何かを堪えているようだった。
「頭、痛かったんだ……ごめん、空気読めなかったよね」
「……あっ、いや、いいんだよ、凛。ごめん、ちょっと気分悪くて、つい……うぐっ!!」
謎の頭痛、謎の映像が昨日から流れ続け、気分の悪さに、つい八つ当たりしてしまった。冷静になって気づいたシキは、慌てて凛に謝ろうとして、身体を無理に動かしてしまう。
「ちょ!大丈夫!?……どうしよう、頭痛薬とか買ってくる?」
「いや、平気。多分そういうのじゃ治らないと思うから……」
「?」
「少し身体寝かせておけば……うん、もうすぐで、治ると思う……」
シキの言うことはよく分からなかったが、自分の身体のことは、自分に任せることにする。後はせめての気遣いとして、凛は正座をして、自分の両膝の上に、シキの頭を置いた。ただ、いくら同性とは言っても、膝枕をしてると考えると、なんだか恥ずかしくなってくる。
「は、恥っず……で、でも、これで、少しは楽かな?」
「うん……柔らかくて、すごい心地いいよ」
「ち、ちょっ!?そんなこと、いちいち言わなくていいから!!」
「ふふっ、ありがとね、凛……あっ」
親友の膝枕に安堵している内に、何かを思いついたのか、シキは声を出す。
「ねえ、あのさ。ちょっと休んだら、今日は色んなとこ回ってみない?」
「……回るって、この渋谷をってこと?どうしたの、急にそんなこと言って」
「ええと……ちょっと回っておきたくなってね。私のワガママ、ダメかな?」
「うーん、まあ、いいんじゃないかな。丁度私も気休めしたかったし……それに、急にそんなこと言うんだもん。きっと、何か考えがあるんでしょ?」
凛は、それ以上は何も聞かなかった。呑気なことを言える状況では、決してないのにも関わらず、一切不信を抱かずに、自分を信頼してくれる凛を見て、シキは微笑む。
「……ありがとね」
「ううん、いいのいいの。それじゃあ、今日はどこから回ろっか?いつもの104?それとも——」
この時、シキは確証が欲しかった。凛が自分の、ただ一人の親友であり、これまでに同じ時間を共に過ごしてきている、という確固たる証拠が。
そして、認めたくなかった。頭に流れ込んできている映像の中に、凛以外の誰かと遊び歩き、心からの笑顔を浮かべている自分の姿があることを。
映像内の人物を見て、彼らに会いたいと思ってしまっている自分を。
「……凛」
そして、あの膝枕のおかげか、シキの具合は本当に良くなり、自由に駆け回れるほどにまで回復した。今、凛とシキは、久々にいつも通りの日常を思い返し、思い出の中へと再帰しようとしていた。
路地裏を出ると、センター街へと出た二人は、もはや当たり前のように104へと入った。
「そういえばさ、シキの将来の夢ってデザイナーなんだよね?」
104のある店内で服やアイテムを見ている中、凛は突然シキにそう言う。
「うん、そうだけど……って、この話したっけ?」
「そんな、ウソだよ。だって前に言ってたじゃん?確かちょっと前に…あれ、いつだったかな……」
「えっ……あれ、そ、そうだっけ、な」
互いに記憶が引き出しづらくなっている。だが、そんなことなど考えたくもない。
「「あっ」」
凛とシキは、同時にその日の記憶を見つけ出し、強引に思い浮かべた。
その日は、花屋である凛の親が、出張販売に行っていたため、帰るのがとても遅い日だった。すると、それを聞いたシキに、“だったら、ウチでごちそうになっていきなよ!”と言われたため、凛はそれに乗っかった。
シキも父の帰りが遅かったため、家に入った時、凛が最初にうけたのは、その母からの熱烈な歓迎だった。
“いらっしゃい、凛ちゃん!!シキに聞いてから、楽しみにして待ってたわ〜!!”と言いながら、若干かしこまっていた凛の手を引っ張り、グイグイと奥のリビングへと連れて行く。
“ふふん……凛ちゃんが来るって聞いて、今日は腕によりをかけて作っちゃったわ!!さ、どんどん頂いちゃってね〜!!”、目の前のテーブルに広がるのは、これでもかと大量の揚げ物や肉じゃがなど。とても美味しそうで食欲をそそられる匂いが漂い、シキと凛はついお腹の音を鳴らす。
“あっ”、一緒にお腹を鳴らし、一緒に声を出す。その様子を見て、シキの母は“あっはっは!本当に息ピッタリね、あなたたち!シキにもこんなにいい友達が出来てくれて……お母さん泣いちゃいそうだわ……!!”と、下手な泣き真似をしながら、シキの頭をわしゃわしゃと撫でた。
その後、シキと共にごちそうにありつき、大満足した凛。シキの母は凛に、“いやぁ、あのね?シキってば、本当に君のことが気に入ってるみたいでね?学校の話をすると、いっつも凛ちゃん凛ちゃんって言ってるんだよ〜”と言い、ずっと微笑んでいた。
“ちょっ、お母さん!?”隣でシキが驚いても、母は話を続ける。“『明日は凛と一緒にここ行くんだ〜』とか『おそろいで洋服買っちゃった〜』とか、もうとにかく笑顔で楽しそ〜うに言うから、もう私も嬉しくて嬉しくて!!だからさ……この健気な娘のこと、大事にしてやってね?”
「……それでさ、その後シキの部屋行って、ファッション雑誌見せてもらって、そこで言ったんだよ。あの日が確か、シキのお母さんと初めて会った日だったよね」
「あー……あったねそんなこと。お母さんめっちゃ赤裸々に暴露して、すんごい恥ずかしい思いした気が……」
「それは、確か覚えてるよ?お風呂の窓全開でちょー恥ずかしい歌歌って……」
「ちょ、ちょっとやめてよ!?あ〜!!また思い出しちゃって恥ずかしいよ〜!!」
思い出話をして笑い合っているうちに、二人は104を出て次の目的地、渋急ヘッズへと着いていた。
日付の変わらない携帯の待ち受け、道中ですれ違う同じ服装の同じ髪型の人々、何もなかったように笑っている表情、そして、形を維持しているビルや、コンクリートの道路。
もう薄々は勘付いていて、昨日粉々に崩れたことを覚えていても、何も言うことなくその中に入っていく。
「あ、この消しゴム!もう再入荷してたんだ〜」
「ん、なになに……『双翼の友情』消しゴム?何、その厨二病みたいなネーミング……」
レジカウンターのすぐ側を見ると、ボックスに入った黒い消しゴムがあった。もう残り一つしかなく、その人気ぶりがよく分かる。
「この消しゴム、今、SNSとかですごい話題でさ!自分ともう一人が、両側面の二枚の羽に名前を書いて、その後にそれを使い切るの」
「へー、うんうん」
「でね?そうすれば、その二人は双翼の天使による加護……とかなんとかで、いつまでも仲良しのままでいられるんだって」
「ふーん、まあいわゆる、おまじない的な?全然、私聞いたことなかったよ。どこで知ったの?」
「そりゃ、もちろん——」
私の友達のエリから教えてもらった。
そう、あの友達のエリから……と、この瞬間、もう一つの自分の記憶が暴れ出す。突如流れ込んできた謎の映像、その中に現れ、自分の友達を名乗る少女、エリがこの消しゴムのことを言っていたのだ。
「あっ、っと……この前、ひ、ひとりでに街を、歩いてたら……ち、チラシが風に乗って私の手に……」
「は、はい?」
慌てて、ごまかそうとする。エリは映像内に出てきた、友達でもなんでもない存在だ。映像……現実ではない虚構の記憶を信じ込んだ、自分の脳内をひたすらに整理する。
危うく、本来の記憶と混ざり合うところだった。
「いやいやいやいや!違う違う!!えっと、あの、その……」
そんな大したことでもないのに、不自然にあたふたとしだすシキ。凛に理由など分かるはずもなかった。
「えっと、なんでシキがそんなに慌ててるのか分からないけど……もしかして、あんま触れちゃいけないことだった?」
「う、うん。すっごい不自然なのは分かってるけど、出来ればそっとしてくれるとありがたいな〜って」
「そっ、か……うん、分かったよ。で、結局それ買うの?」
親友の望み通りに、凛は話題を変えて話を逸らす。
「うーん……いや、やっぱやめた!!だって、そんなことしなくたって……」
「私たちはずっと……って、口に出すと、ちょっと恥ずかしいな」
「へへ……でも、私嬉しいよ!ありがとね!!」
照れ臭さをごまかし、指で頬を掻く凛を見て、ついニッコリと笑顔が浮かぶシキ。途中で思わぬ邪魔が入ったが、凛と自分の信頼は絶対であり、おかげで心は安心に満ちていた。
その後、もう昼休みくらいの時間になったため、二人は渋急ヘッズから少し歩いて、道玄坂の辺りに来た。思い返せば、ここ数日間ずっと何も食べていなかった二人。時間のループによって死ぬことはなかったが、とある匂いが漂ってきたことで、急激に本能が飯を求め始めた。
こってりとした美味しそうな匂いは、ラーメン店『らあめんどん』からのものであり、匂いにつられるがままに、二人はこの店に入った。
「お!?いらっしゃい、嬢ちゃんら!!お客が来てくれるなんて、今日は宝くじとか当たるかもだなぁ!!」
店内はクモの巣や黒ずみなど、いかにも昔ながらのラーメン屋であり、休日の昼どきなのに、客は誰一人としていなかった。店主と思わしき人物は、従業員も誰もいない中ただ一人で店の仕込み……というよりも、鍋の火を時々確認するだけで、後は新聞紙を見つめ、ただ退屈そうに座るだけだった。
「あ、あれ……営業中、ですよね?」
「ちょっとシキ!そんなこと言ったらダメだって!!」
「え……あっ!わわ、す、すいません!!」
悪気はなかったものの、失礼だったとシキは店主に謝る。
「ははは……いいんだいいんだ、別に。店内がこの有様じゃ、間違えるのも無理はねぇしな!アッハッハ!!」
そう大きく口を開けて笑い飛ばすが、店主の目はどこか悲しそうだった。やがて笑い終えた店主は注文を取り、シキと凛はそれぞれみそラーメンと塩ラーメンを頼んだ。
「ようし!せっかく可愛いじょうちゃんらが来てくれたんだ!!最後の一杯、全力で作らせてもらうぜ!!」
最後の一杯、その意気込みに恥じないくらい、店主は全力でラーメンを作った。つるっとして、なおもっちりとしている縮れ麺、脂っこいがしつこすぎない、むしろ少しあっさりとしているように感じる独特のスープ、そしてこれでもかと目一杯にコーンをトッピングした一杯はまさに極上の一杯であり、自然とシキと凛の表情がほころぶ。
「うわぁ〜、美味しい!!美味しいですよ、店主さん!!」
「へへっ!!そんなに喜んでくれると、こっちも全力を尽くした甲斐があるってもんだ!!最後のお客がこんなに喜んでくれて、俺は嬉しいよ!!」
「……あの、さっきから言ってる『最後』って……一体どういうことですか?」
凛は先程からどうしても気になっていたことについて尋ねる。
「ああ……実はな、この店あと三日で閉めることになってんだ」
「ええっ!?な、なんでですか!?このラーメンすっごい美味しいのに……」
「それは……いわゆる、自分を貫けなかったから、だな」
店主は、調理器具を台所に出しながら、もの悲しそうな声色で言う。
「この『らあめんどん』は、見ての通り古くからの老舗でな。店始めた時からずっと、『ただ美味いラーメンを作って、客を笑顔にさせる』ってのを目標にしてきたんだ。
だが、時代は変わった。もう誰もこの店に見向きしなくなった。客も週に一人くればいいくらいだ。最近のこの街に集まる若い奴らは、なんだ、SNSとかだったか?そういうので写真を撮ったり、味じゃなくて見た目にこだわる奴が多くなった」
洗い物を片付け、店主はカウンター席にいるシキと凛の前に座り、また話を続ける。
「んで、そっからだ。全然客が来なくて焦った俺は、ついに自分の掲げた目標から目を背けちまった。美味いラーメンなんて到底言えない、見た目だけのラーメンを作って、客をなんとか呼び込もうとしたんだ。
ただ注目されることだけを考えて、客の笑顔なんてこれっぽっちも頭になかった。その内、息子にも愛想尽かされて家出されて、結局俺に残ったのは、何の価値もないマズいラーメンだけだったな。ヘヘっ……」
「店主さん……」
乾ききった笑いが、店主の虚無感、虚しさを何よりも表していた。
「あいつは……『ショウ』は今頃、どんなことしてんだろうなぁ……まあ、とりあえず、この話をした以上、頼むからこれだけは言わせてくれ。失敗を伝えて、それが何かの成功に繋がってくれれば……この俺にとっても、救いになるからな。
『どんなことがあっても、自分の芯は曲げちゃいけねえ』ってことだ。ただ一つ、それだけが一番大事なんだ。
変わるってことは誰にだって必要なことだ。人の群れの中で生きるなら、誰だってその群れに馴染まなきゃなんねえ。でもな、変わったとしても、それで自分自身まで失くしちまったら意味ねえんだ。
ふらふらして迷うくらいなら、本当に自分がしたいことは何か、何を選ぶべきか、それを一度考え直すほうがいい。俺みたいに失くしてからじゃ意味なんてねえ。失くしたくないものは……ちゃんと大事にしとけよ。へへっ」
その話が終わってから、シキと凛が店を出るまで、店主はずっと笑っていた。
大切なものを見失った自分と同じようになってほしくない。自分自身に背いてしまった、哀れな自分でも、まだ未来のある奴らに、何かしらの標を残せた。
最後に、店を始めた時と同じ美味いラーメンで、二人が笑顔になってくれたことが、店主にとって何よりも嬉しいことだった。
「いや〜!楽しかったぁ〜!!」
時刻は夕暮れ、渋谷の空はオレンジ色に染まり、すでに紺色の夜空が顔を出していた。偶然にも、今日一日は例の化け物による襲撃や事件はなく、シキと凛の二人は渋谷をぐるりと回り、十分に満喫した。
最後に着いた場所は、とある小さな公園。二人でブランコに乗り、ただのんびりと、時間を潰していた。
「そうだね、こんなに遊び尽くして疲れたの、ほんと久しぶりな気がするよ。すごい、あっという間だったなー」
「私も私も!!すごいリフレッシュできたな〜。ここんところ、訳わかんないことだらけだったし……今日だけはいつもの毎日に戻ったみたいで、なんかホッとしたよ〜!」
五日前、待ち望んでいたシブヤマチのイベントに行ってからずっと、シキと凛は、死神や謎の化け物に襲われる奇妙な日々を過ごしていた。
知っているのは、謎の少女から教えられたサイキックの使い方と、今起きている出来事が自分たちにも関係しているということのみ。
どう関係しているのか、何故自分たちは襲われているのか、何も伝えられないままこれまでを過ごし、そしてついにこの頭の中の映像、謎の記憶を得た。
シキは不安だった。徐々に明かされていく自身と凛の真実が、結果的に自身と凛にどのような影響を及ぼしてしまうのか。凛が、自分が、全てを知った時、自分たちの関係は変わってしまうのではないか。
そして、変わった自分たちはその時、友達でいられるのか。
今日はそんな不安から目を背け、『凛と親友であるシキ』として過ごしたかったために、凛と一緒に渋谷を回ったのだ。だが、おかげでシキは、自分と凛の関係は確実なものだと確信することができた。
「やっぱ、私の勘違いだったんだろ〜な〜」
「ん?なんか、言ったシキ?」
「え……い、いや!!なんでもないよなんでもない!」
「ふーん、ま、いいけど」
そう言い、二人は同じ夕暮れの空を見上げる。色々ともやもやしたものが抜けた頭で見たその空は、いつもよりも綺麗に見えた。
「ねえ、シキ」
凛は、錆びたブランコを揺らしながら言う。
「この変な日々が終わったらまた……また、こんな感じで一緒に過ごそうね」
「……うん、もちろんだよ!凛!」
シキもブランコを揺らし、錆びが落ちるくらい強く力を入れてこぐ。
「そんなの、当たり前じゃん……」
空には、まるで自分たちの友情を祝福してくれているように美しい夕日がある。双翼の友情の天使も、神も、自分たちの友情を認めた。そう思い、シキの笑顔がパッと一層明るくなった…
しかし、その刹那。
「ん?」
凛は、突如としてうっすらと空に出現する、謎の雲の渦を見つける。とても自然にできたとは思えない、誰かが意図的に生み出したように思える謎のシンボルマーク。渦は、友情の証である美しい夕日を、徐々に覆い隠していった。
「えっ……なに、あれ……」
辺りが暗くなり、肌寒くなっていく中、シキも謎の異変に気付く。
そして、
「『インバージョン』……渋谷が、まもなく終わろうとしている証拠だ」
動揺している二人の前に、一人の白髪の少年、ヨシュアが現れた。
しかしその表情は、凛が始めて会った時に比べて大分硬くなっており、あのミステリアスな雰囲気とはまた違う、でも相変わらず恐怖を相手に植え付ける、鬼神のような雰囲気を醸し出していた。
「君は……あの時、私のことを」
「……保護しようとして失敗した奴、とでも思われてるのかな。あながち、間違いじゃないが。今回は前回とは違って、君たちにあることを伝えに——」
「保護とか……訳わかんないし。君の話なんて、誰が聞くと思う?」
発しているプレッシャーから、保護しようなどと思っているとは到底思えない。凛は緩めていた警戒の帯をきつく締め、ポケットからショックウェイブのバッジを取り出し、鋭い刃と化した腕をヨシュアに向ける。
「え、ちょっと凛、なんであの子に向けて構えて……」
「騙されちゃダメだよ、シキ!この子は私たちの敵、きっとあの死神たちの仲間だよ!!」
「て、敵なの!?全然分からなかったよ……あーもう、せっかくいい気分になってたところなのに!台無しだよ!!」
訳の分からないことを抜かす二人に対し、
「ふん……そんな浅はかな思考で、何が分かるって言うんだい?」
先日、プライドをズタボロにされ、苛立っていたヨシュアは……心の内に潜めていた、全ての不満を爆発させる。
「……真実から目を背けてばかりの君たちが、僕に楯突く、か。フッ、たかが知れてるんだよ」
静かに怒りを露わにするヨシュアは、携帯を取り出し、操作することで天から白いビームの雨を降り注がせる。
白いビームは一本一本が太く、それを無数にも降らせることでシキと凛の身体を消し炭にして、確実に消し去ろうとする。
「えっ!?な、なにこの攻撃!?今までのとは桁違い……うっ!!」
「ひゃああっ!!ま、守って!にゃんタン!!」
地を深く抉るビームは、その勢いをさらに増し、シキと凛はついにその攻撃を避けきれなくなる。シキは慌ててにゃんタンを肥大化させ、凛と自分を覆うようにドーム型にさせるが、
「渋谷凛。いくらサイキックの才能を持とうと、それを使いこなせなければ意味はない。そんな子供騙し程度で、よく僕に刃を向けられたものだ」
頭上のにゃんタンの障壁から、空気が抜ける音が聞こえてくる。昨日の、あの巨大な化け物の攻撃ですら傷一つつかなかったにゃんタンだが、少年の猛攻とその破壊的な威力には耐えられず、ほんの一時しのぎだけで凛とシキを庇って消滅してしまった。
「え……嘘、でしょ?」
「一瞬で、に、にゃんタンが……」
最強の防御であるにゃんタンを失い、身を守る術を失くした凛は、どうにかして攻撃を与えようと、遠距離攻撃であるピアシングピラーとパイロキネシスを放つ。しかし、氷の柱を四肢に喰らおうと、炎で身体を包み込まれようと、その攻撃は全く通らなかった。
「……こんな時に喧嘩を売るなんて、タイミングが悪かったね?さあ、消えなよ」
トドメと言わんばかりの超巨大レーザーで、凛とシキをこの公園ごと包み込む。ベンチも花壇もブランコも全てを無慈悲な力で破壊し、この地帯を更地とする。
本来ならソウルの塵となって消滅するはずだが、凛とシキはコンポーザーの力で『一時的に存在を管理』され、身にダメージとして痛みを覚えただけで、肉体の消滅は免れた。
「うぐっ……」
「い、いったっ……」
「はぁ、大人しく話をさせてくれれば、こんなことにはなかったのに。バカなのかな?」
うつ伏せになって、身体に走る激痛を噛み締めて耐える二人を、ヨシュアは冷酷な瞳で見下す。
「コンポーザー。僕はこの渋谷の管理者としてそう呼ばれている。人間よりも、死神よりも、さらに上位次元に位置する存在。本来僕に敵う存在は、同じコンポーザーかそれよりも上位の存在しかいない。
……でも、その状況が変わった」
すっと、ヨシュアは夕日を覆った雲の渦を指差す。その中央には、まだ薄い赤色のシンボルマーク、凛とシキの参加者バッジと同じマークが浮かんでいた。
「死神であるにも関わらず、僕を……いや、僕の管理下にあるはずの渋谷全てを支配した、二人の死神が現れた。奴らは、『時間軸』から渋谷に干渉することで、影の管理者として頂点に君臨した。
計画に誰も気付けないように、彼らはインバージョンを起こし、渋谷の時間を書き換え続けた。ループを引き起こし、変えては巻き戻し、また変えてはまた巻き戻す。
そうして、時間を書き換え続け、僕も含めたこの都市の全ての存在を変えてしまった」
「時間……インバージョン……?一体、何を、言って」
痛みをこらえながら、絞るように声を出す凛。
「君たちはこの数日間で、様々な謎に出会っただろう。『参加者』、『記憶』、『友達』……同時に、この渋谷の歪みにも。何故、『同じ日が永遠に繰り返されるのか』、『突如人々がノイズを視認して襲われるようになったのか』」
「……!?」
「これら全ては、八代未月、狩谷申輝が引き起こした『時間改変』のもたらした影響だ」
シキは、聞いてしまった。時間改変という言葉を。
そして、その言葉が示す意味と……友達、頭の中の記憶、偽物……本物、凛……ビイト、ライム、
「やめて……やめてよ!!!お願いだから、やめて!!!!」
「シキ!?」
「お願い……私を、もうこれ以上……」
頭を抱え込み、耳が潰れるほど強く腕で押し付けるシキ。口から零すその言葉は、ヨシュアへ向けてではなく、待ち受ける運命へと向けられたものだった。
「ずっと様子がおかしかったでしょ、シキちゃん。彼女は思い出したのさ、自分たちの正体と、結末に。でも、それを信じることができなかった。君との友情を、何よりも守りたかったんだろうね」
「時間……どちらかが、間違って……」
ふと、凛は昨日のビイトの言葉を思い出す。シキの友達のはずの自分と、同じく友達であるはずのビイト。ビイトだけじゃない、ライムだってそうだ。片方が片方ずつのそれぞれのシキの記憶を保持していた。
どちらかが偽物……そうか、
「もう、気づいたんじゃないかな。そう、君たちは……」
「君たちは、インバージョンの時間改変によって誕生した、虚構の存在……本来の時間では、君たちは絆を作ることも、ましてや出会うこともなかった。君たちの関係、記憶、友情、繋がり……それらは全て偽物、時の流れの歪みによる紛い物だったのさ」
偽物。身体を起こそうとして支えていた腕から突如力が抜け、凛は再び地面にうつ伏せになる。
「……」
本当は、分かっていた。察しはついていた。でも、信じられなかった。
身体から力が抜けていき、徐々に強くなっていく砂の痛みを感じる。
「いやっ……そんなの、いやだぁ………」
シキの目には既に涙がこもっており、震えが止まらない身体を震える両腕で抱きしめる。せっかく凛と築き上げた今日一日も、結局は無意味だった。
自分がどれだけ避けようとも、事実というものは変わらない。
「いや、いやぁっ!!!!やだやだやだ!!やだぁぁぁぁ!!!!!」
毒に溺れて重く沈み、内から引き裂かれる心。ズタズタに壊された器から漏れ出したのは、大事に思っていた親友への思い。経てば経つほど、シキは不安定になり、もがき苦しみ狂っていく。
「……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」
目の前で、立ち上がれずにいる偽の親友を見捨てて、シキはその場から走り去ってしまう。おぼつかない足取りで、足首を挫いて転んでも、ひたすらに足を動かし、遠く離れたどこかへとひたすらに走る。
「シ……キ……」
記憶により、心が壊れてしまったシキ。親友の名を呼び、ただ心の温もりを求めて手を伸ばすも、そこにはもう、かつての親友の姿はなかった。
偽物として弾かれ見捨てられた、そのことを思えば思うほど、凛の心は虚無感に浸っていく。
「……君たちの絆は、紛い物とは思えないほどに強い。互いに互いを思い合い、互いをどちらも大切にしている。でも、一度その関係が不安定になれば、その絆は途端に脆くなり、やがて崩れてしまう。
虚構としての君たちは、お互いに全てを支え合って生きていたのさ。それは、ただ虚構の一言では片付けられないような、愛おしさまで感じさせる」
「……」
「僕はただ、君たちの心をへし折るために来たわけじゃない。真実と真っ直ぐに向き合ったその時、君はついに行動を起こすんだ。
『特異的な行動』……この狂ってしまった世界を元に戻し、『本当の友達』との再会を果たせる唯一の手段だ」
「本当の、友達……」
凛の頭の中で、あらゆるピースが次々と繋がり、一つの結論を導き出す。この数日間の出来事が自分たちと関係がある……まさか、こんな最悪の形で現れるなんて。
「ズレたままでは、いつかは修正できないほどの歪みになってしまう。君たちにはそれぞれ帰るべき場所が、待ってくれている人たちがいる。そして、道のりは交わらない。こうなることは……最初から決まっていたのさ」
「じゃあ……じゃあ私は、これからどうすれば……」
「やっと、聞いてくれたね……実は明後日、僕らは例の死神たちと、ゲームをする。
スクランブル交差点での、簡単な殺し合いさ。僕らが勝てば渋谷は崩壊を免れ、奴らが勝てば渋谷は消滅する。既にネク、ココ、ミナミモト、ビイト、ライム、それに未央と卯月も僕の元に集まって、準備しているよ」
「未央ちゃ…………いや、『未央』も『卯月』も」
未央、卯月。この言葉を聞き、不自然さを感じた。その違和感を考えてまもなく、ヨシュアは微笑む。
「フフッ」
「……何がおかしいの」
「いいや……やはり君たちの絆は、途方もなく強大だね。シキだけでなく、まさか君も既に『元の記憶』を所持していながら、この一日を過ごしていたとはね」
「……全部じゃない、けど。未央と卯月のことなら……もう、ハッキリと思い出せる」
「なーんだ、それならこれからどうするかなんて……聞かなくても分かるんじゃない?」
ヨシュアはそう言うと……アイドルの記憶を取り戻していた凛に歩み寄り、その手を掴んで、身体を起こさせる。
「……っ」
「君は今、特異的な行動を起こし、本当の意味で『参加者』となった……でも、考えてみるんだ。今日、シキも君も、真実を知る前から既に本来の記憶を取り戻していた……これ、状況は今と何も変わらないと思わないかい?」
「え……っ?」
「言ったはずだよ。君たちが真実に気づくことは最初から決まっていたと。さっきまでと今の違い……それは真実に『気づいたか気づかなかったか』だけ。肝心の『記憶の真偽』って……ここでは意味ある?」
シキは今、真実に耐えられずに、この場を去った。そして自分は……シキがいなくなった寂しさに胸を締め付けられている。
記憶……思えば、それは直接的な問題とはなんの関係もないことだった。
ただルール、常識、マナーのようなものに近い何かとして、自分たちを強制的な力で拘束していただけ。
「君たちは、肝心なことを勘違いしていないかい?
——どんな未来を選ぶのか、それは全て君たち次第さ。誰にも決められることじゃない」
「……君たちの絆が選ぶ未来。僕、それに少し興味を持ったんだ」
凛にはこれらの言葉が、何か含みのある言葉のように感じられた。
「期待してるよ、凛」
「それって、要するに……って、あれ?」
言葉の意図を探っている内に、既にヨシュアの姿は消えていた。代わりと言わんばかりに、その場に落ちていたのは、消し炭にされたはずのにゃんタンだった。これを見て、凛は心に思う。
(私の芯……私が今求めてる、本当のことは……)
しばらくして、その場で目をつぶり考えていた凛は、目をゆっくりと開ける。その右手には決心の現れのようににゃんタンが握られ、既に凛の考えは定まっていた。
「……行こう」
時は、六日目。それぞれの終わりが、近づいている。
らあめんどん店主のエピソードは、断片『ドイ&ショウ』と繋がっています。
二人の記憶に関しては、改変後の世界線では起こっているものの、本来なら起こり得なかった事象であるため、偽りの記憶ということになっています。
シキの記憶によく出てくる、『エリ』という少女は、本来の世界線である、すばらしきこのせかい原作に登場するキャラクターです。