すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
そのことに気づいてしまったシキは、心を壊してしまい、一人渋谷の街へと走り去ってしまった。
残された凛、そして、徐々に集っていく全ての参加者達。渋谷のタイムリミットはもうそこまで迫っていた。
迫られた決断。元々の親友を取るか、偽りの親友を取るか、それとも……
「……いた」
……何故、彼女がここにいるのか、シキには分からなかった。自分たちのこれまでは、全てが偽りで塗り固められた、嘘っぱちの関係だったのだ。これまでの思い出は全て、自分たちの錯覚だった。もう、友達でもなんでもないはずなのに……それなのに、
「……どうして、ここに……?」
「……決まってるでしょ」
「大事な親友だからだよ、シキ」
シキを追いかけ、引き込まれるように入った巨大な広場。大きな噴水が中央に位置するだけの、あとは緑に囲まれた広大な空間。夕暮れから青空へと時間の戻った空が、この広場の周りに並ぶビルの隙間から、行く末を見守る。
「シキ……私は決めた。私は未央と卯月の元に戻る。私のことをずっと待っててくれた、二人のところへ」
「だったら、今更なんで私に——」
「でも、私はシキとも親友でいる。何もおかしいことはないよ。これまで通り、また一緒に過ごそうよ。美味しいものたくさん食べようよ。オシャレな洋服見に行こうよ。映画だったりライブだったり、なんだって」
一歩前に歩み寄る。自分を見て、後ずさりしていく彼女に、また一歩、一歩近づく。そうして自分が進むたびに、彼女も同じく後ろに下がっていく。
「だめ……もう、だめなんだよ……!!」
止まって欲しいのに、止まってくれない。思わず、シキは強く拒否する。
「私は、凛にとっての異物なの……そして凛も、私にとっての異物なの!!元々の関係に横から首を突っ込んで、掻き乱すだけの厄介者!!凛だって分かってるでしょ?私が、未央ちゃんや卯月ちゃんの元いたところを奪ってたんだって!!凛は、間違ってるんだよ!」
「別に、私は異物だとかそんな風に思ってない。未央も卯月も私の友達で、シキも私の友達。それだけ」
「でも、それは凛のことでしょ!?私は違うよ!ビイト、ライム、ネク。この他にも友達はいるけど、私の中には凛はいない」
シキは、自分でも信じられないほど酷い言葉を凛に浴びせていく。言いたくてこんなことを言ってるんじゃない。
言いたいわけなんか、あるはずがない。
でも、何とかして遠ざけなければならない。怖い、凛の側にいることが今はたまらなく怖い。
「……それ、本当に言ってるの?」
「だから、本当だって!!お願いだから、もう、私から離れて。私も決めたの、ネク達の元に戻るって。今までの日々に、戻るつもりは……も、戻るなんて……ない、よ」
向き合っていた体の向きを変え、シキは噴水に手をつく。水面を見ると、そこには自分の顔が映っていた。目に大量の雫を溜め込み、唇を噛み締めて、必死にそれをこらえている、なんて、みっともない姿だろう。
実際、ずっと鼻声だった。凛を傷つけるために言った言葉で、自分が傷ついているなんて。乾いた笑いが出て、情けない。
「ふっ、あははっ……」
「シキ、一つ言わせてよ…………バカなの?」
好きなだけ言って、ただ笑うだけ。
その時、シキは強く背中を突き飛ばされ、そのまま水面にいる自分と同化した。身体を起こし、服に水が染みる気持ち悪さを押し殺して、前を見る。
髪を湿らせた凛が、自分のことを睨みつけていた。今までに見たことのない表情に、シキは思わず喉を引きつる。
「……な、何するのよ!!」
「本当に、バカ……シキの、バカ」
声色が明らかに変わった。漂わせる雰囲気があの時の、謎の少女と似た冷たさになるのを感じる。
「……うるさい!!!」
「うるさくない!!!散々友達って言ってて、今度は異物だのなんだの言って、元に戻らないからどっか行けって、どういうつもりなの!!」
「うっ……」
「シキにとって……友達の私は、そんな軽いものだったの?」
何も言い返せず、苛立ちとむず痒さが心に積もっていく。それにまた苛立ちを感じ、さらにまた苛立ちを感じ、身体が熱く煮えたぎっていく。
「こんなのシキじゃないし、ガッカリしたよ」
「……!!」
「急に睨んでどうしたの。まさか、まだ私に構って欲しいとでも」
「黙って……お願いだからもう、黙ってよ!!」
身体を起こして凛の元に突っ込み、その身体を突き飛ばす。凛は背中から水面にぶつかり、全身が水に濡れ、綺麗なその茶髪を乱した。
「いった……もういい、やっぱバカには何言っても無駄なのか、なっ!!」
噴水を蹴り上げ、上がった水しぶきが、さらにシキの髪を濡らす。
「うっ!!……そ、そうだよ!!私はバカだよ!!呆れたんだったら、とっとと私から離れればいいじゃん!!」
「アンタ……こんだけ……こんだけ私がしつこく言ってるのに、まだ分からないの!!」
「ふん、分からないよ!!気がすむまで勝手に言ってれば!?」
半ばやけくそになって辻褄の合わない言葉を言い続けるシキと、そんなシキに苛立ちながらも投げかける凛。
虚構の産物として生まれた友情は、現実を直視した際に壊れてしまった。
砕け、散り散りになってしまった二人は、かつて引き合っていたにも関わらずに反発しあい、そのまま互いに雫を飛ばし合う。かけられてはかけ返し、またかけられてはかけ返して、突き飛ばされたら突き飛ばして。
そうして、どちらもムキになっていくうちに、凛とシキは同じ昔の思い出を思い出していた。噴水から滑り落ちたシキを助けようとして、凛も同じく滑り落ちて、最後には笑いながら水をかけあった。
そんな楽しかった思い出のうちの一つ。後先考えずに、無邪気に暴れて替えの服がなかったことに気づいて急いで渋谷を駆けて家に帰って……あの頃は恥ずかしい思いをしたが、今となっては笑える話だった。
……笑え、る……
ふと、二人の手が止まる。気付いた時、二人は思い出の中の姿と同じようになっていた。
「……懐かしい、って思ったんでしょ」
「……」
「やっぱ覚えてたんだ、私との思い出。自分であんなに跳ね除けるって言ってたけど……」
「仕方、ないでしょ」
この思い出は、自分が恐れているはずの凛と共に築いた、ただの虚構。本当には起こり得なかった、存在しないはずの思い出。でも、その思い出は今も、凛と自分の中に、確かに存在していた。
これだけじゃない。
それ以外の思い出も、過ごした時間も全部、消えることなく心の中に刻み込まれていた。今、感じたその懐かしさこそが、何よりの証拠だった。
「……った……だもん」
「……」
「た、のし……かったの……私も……ほんとは凛と、一緒で……それに、さびし……かったんだもん……凛が、未央ちゃんと、卯月ちゃんと一緒にいっちゃって……私の前から、いなくなっちゃうことが……」
心の奥底の、自分が言いたかった本当の言葉を、シキは見つけた。
本当は凛と離れ離れになるなんて、嫌だった。でも真実を知り、凛と自分がいるべき場所は、それぞれ違うと気付いた時、
自分が凛の側にいる事は結果として凛のことを追い詰め、悲しませるのではないかと思っていた。それに、凛が真実の通りに、自分を見捨てて消えてしまうのではないか……これらを恐れるがあまり、シキは自分の最も恐れていたことを、結局自ら引き起こしてしまったのだ。
未央や卯月、他にも『多くの人たち』が、今も凛のことを待っている。会いたい、そう思っているはず。凛と友達でいた自分だからこそ、今なら未央や卯月の気持ちが少しは分かる気がする。あの握手会の時、卯月が泣いたというのは、きっと凛に会うことができたからだ。自分が一緒にいた分、ずっと離れ離れになっていたから……
「……ちょっと、もしかして泣いてる?」
「えっ……あ、ごめん……」
冷静になって考えてみたら、実にマヌケなものだ。凛のことを気にしていると言ったにも関わらず、突き放すようにして凛を傷つけ、最後には当然の怒りを買って、まるで子どものように自分が泣いてしまうなんて。
結局、自分は凛のことではなく、自分のことしか考えていなかった。何も見えていなかった。思い込んでいただけだった。
凛は、何も気にしてなんかいなかったんだ。
「あんなに酷いこと言ったのに……図々しいにも程があるよね。ほんとに、バカみたい……」
「……」
「ただごめんって謝れば、それだけでよかったのに……なんであんなこと言っちゃったんだろう……ごめん……最低だよ、私」
「……」
変わらずに黙り込んでいる凛。二人しかいない空間、聞こえるのは噴水の中央から吹き上がる、水の音だけだ。空気が段々と、重くなるのを感じる。そして……
「はぁ……ほーんと、世話が焼けるね、シキは」
「えっ?」
瞬間、水が弾ける音が聞こえたと思えば、シキの身体を、湿った温もりが覆った。濡れた身体に伝わる、同じく濡れた布の感覚。両肩には冷たい重さ、だがそこから、不思議と安堵を覚える温かさを感じる。
一瞬戸惑いはしたが、もう自分を抑えられなくなったシキは、そのまま身に任せて、凛を思い切り抱きしめ返した。
「そうやって素直になればよかったのに、変に意地張って拗らせちゃってさ。ま、最初からそんなもんだって、分かってたけどね」
「凛……」
凍りついた口調が溶けて、温かさを徐々に帯びていく。 嬉しさが込み上げてきて、背中に回している腕の力を強める。
「さっきは、私もごめん。泣かせるつもりはなかったんだけど……ちょっと強く言い過ぎたかも」
「ちが……な、泣いてなんか」
「頑固だなぁ。誰が聞いても分かるような鼻声で、目真っ赤にさせといてさ」
「ううっ、こんな時くらいイジワルするのやめてよ……」
空気が元に戻っていく。自分たちを包み込むようにして、優しく吹く風、ビルに反射して、熱く照らされる地面。今まで気づかなかったものが見えてきて、感じる。
「ふふっ、ごめんごめんって。私もホッとしてね。シキが、私と一緒にいて楽しいって、言ってくれたから」
「……そう言われると、なんだか恥ずかしいなぁ……」
「はははっ……でも、結局はそういうことでしょ?」
「私もシキも、友達でいた時間をとても大切に思ってる。
だから、たとえ現実じゃなくても、今までが虚構の出来事だったとしても、私たちは友達でいていいんだよ。これからも、ずっとね」
お互いに背中に回していた腕を離すと、凛は微笑みながら小指を自分の前に出す。大切な、親友の前に。
「ねえ、シキ。改めて約束しない?今度は、偽りなんかじゃなくて、本当の意味で友達になろうよ。そしてまた、一緒に遊ぼう。私たちの笑顔を、この渋谷中に見せつけてやるんだよ」
「いいの?」
「そんなこと、聞かなくても分かるでしょ?楽しくやろうよ、親友」
珍しくニカっと歯を見せて笑う凛。自分も、小指を絡めて歯を見せ返した。一緒に居られることが、何よりも嬉しくて。
「……うん!!!」
元々歪に交わっていたパズルピースは、一度バラバラになった。そうして元の姿に戻ったものの、そのパズルピースは自我を持ち、再び元のピースと結びついた。
それは、元々の完成形とは異なる、全くめちゃくちゃな形。でも、そんなことはどうでもいい。合ってるか間違ってるかなんて、誰かに決められることじゃない。自分がそう思うなら、その考えを大切にした方がいい。自分の芯を、揺らがせてはならない。
自分たちで決めた結末こそが、自分たちにとって最も意味のあるものだと。
『その通り。よく自分たちで辿り着いたね、凛、シキ』
温もりに満ちていた時、その広場に一人の少女が現れた。黒い猫の人形を手に、ずぶ濡れになって笑いあってる二人を見ていた。
その表情は、心なしか、前会った時より柔らかくなっていた気がした。
「君は、あの時の……って、いつから見てたの!?」
『はぁ、よかったよかった。頑固なコンポーザー様に、何か吹き込まれてないか不安だったけど……アイツにも、人間の心があったみたい』
「吹き込む……って、ええ!?そ、そんなに前から?」
『前って言っても、もうそこまで前じゃないよ。実際、もう一日経ったことになってるんだから。崩壊まで、あまり時間は残されてない』
「……私たちのことを、ただ眺めるために来た、ってわけじゃなさそうだね。そっちの方が、本命って感じ?」
つい綻んだ表情を少しだけ硬くして、凛とシキは少女と向き合う。
『早くて、助かるよ。私は今から、あなた達を合流させるために、ここに来た。決戦は、すぐそこまで迫ってる』
「決戦……?って、あれ?」
シキが見上げると、既に空は青色からオレンジ色へと移りかけていた。そして、異常な速度で西へと傾き続けている太陽を指差し、少女は話を続ける。
『もはや、日付が変わること自体がおかしくなってきてる。時間が正常に流れるのは、もう限界みたい。今日がいつかを数えるのも、もはや無駄だね』
「……ごめん、ヨシュアの話聞いてた私でも、全然よく分かんないんだけど……」
『だから、もう渋谷に時間の概念が存在しないってこと。いつ明日になるか、それすらも分からない。それにインバージョンは、次元の壁を次々と崩壊させていってる。
今、渋谷は消滅しかけているの。救う方法はたった一つ』
「そっか……未央と卯月、シキの友達と一緒に、あの死神を倒せば」
『そう。そうすれば、晴れてあなた達は待ってる人たちのところに……行ける』
若干、
何かを含んだように言い終わると、少女は一度指を鳴らした。すると何かのサイキックを発動したのか、身体から大量の水が流れ落ち、気づけば凛とシキは、濡れる前の状態へと戻っていた。
『さあ、行こう。再会まではもうすぐだよ』
「うん……これで、全部元どおりに……」
「そうだね、全部……みんな終わりにしよう」
もう、偽りなんか言わせない。みんな、それぞれ自分のかけがえのない友達なんだ。自分の芯を改めて確かにして、二人は思いを新たに、再会の場所へと向かった。
「おおっ!!来たのか、お前ら!!」
「あっ、早かったね、みんな!もう休憩はいいの?」
扉を開けると、聞こえてきたのは懐かしい声。自分たちのことを認知している、とても親しいものだった。
「ビイト、それにライムも……記憶は平気なのか?」
「うん!全部ハッキリと思い出したよ、みんなとの思い出。それに、二人のことだってちゃんと覚えてるよ!!」
新たに参加者となった少女、ライムは、視線をネクから未央と卯月に移して、元気な笑顔を見せる。
「ライラ〜イ!!!よかったぁ、無事で!!」
「えへへ、二人も僕を助けてくれたんだよね。僕がアイドルになってた頃も、すごく優しくしてくれたし、忘れるはずないでしょ?せ〜んぱい!!」
「ライムちゃん……ありがとう!!」
駆け寄って、ライムの頭を撫でる未央と卯月。ライムとは、改変後の世界で先輩後輩の関係にあった未央と卯月。二人は頼れる先輩として、ライムにとても親しまれていた。
「フフッ……見てて、ほのぼのするね。ネク君」
「ああ、そうだな……ん?」
つい、背後からかけられた言葉にうなづいたネク。でも、すぐその違和感に気づいた。たった今、あり得るはずがない……彼の声が、聞こえた気がしたのだ。
「ミナミモト、今イタズラしたか?」
後ろにいるミナミモトに声を掛けるが、
「何言ってんだ、ネク。そんなロクデもねぇことするわけねぇだろ」
「……あれ」
だったら、ココか。そう思って視線をズラすが、ジッと見つめていると、ココは何故か顔を赤らめ、焦ったように顔を背けてしまった。
でも、自分は確かに、この耳で聞いたはずだ。アイツの声を……
「……?一体どこを向いているんだい?僕を探しているなら、ここだよ」
「……!?」
声に誘われて正面を向く。
いた。ビイトやライムとの再会とはまた違う、形容し難いものが込み上げてくる。それもそのはず。何故なら彼は、
「……ヨシュア」
「久しぶりだね、ネク君。また会えて嬉しいよ」
ヨシュアは、あの頃と変わらない笑みを見せた。あの死神ゲームの際と同じ表情、二周目のパートナーとしての顔、三周目のコンポーザーとしての顔。
胸の奥がむず痒くなり、どんな表情をすればいいのか、ネクは思わずもどかしくなってしまう。
「ん?ねえ、ライライ。ねっくんはなんであんな表情をしてるの?あのヨシュア君って子と、何かあったのかな……?」
「うーん、僕もよくは知らないけど……ネク君がヨシュア君に嘘をつかれて、そのまま喧嘩別れしたからじゃないかな?」
「嘘をつかれた?」
「ふふっ、相変わらず変な顔」
「言われたこと、羽狛さんからもお前からも、全部忘れてなんかない。俺は覚えてる」
「ふーん……で、その記憶を思い出させてあげたのは誰だっけ?」
謝罪の色をまるで見せず、ヨシュアは開き直りとも取れるような軽い態度を取る。
しかし、ネクは……ヨシュアに対して、怒りをぶつけるようなことはしなかった。
謝ってほしい、なんてことは全く考えてない。
「なあ、ヨシュア……お前に、感謝したいんだ」
ネクが放った言葉は、ヨシュアの予想とはかけ離れたものだった。
「は?……それって、ココちゃんを君の保護に回したことかい?確かに僕の指示だけど、全ては君の力を利用するためさ。
また君を駒として、いいように扱おうとしただけだよ」
「それでもいいよ。それがなかったら、俺はここにいるみんなと会うことも、思い出すことも出来ずに時間を彷徨い続けてたんだ。それに、この渋谷を消さないで存続させてくれたことも……今まで、俺たちを助けてくれて、ありがとな」
「へ?」
自分の挑発を次々に受け流して、何の脈絡もなくありがとうと言う。
かつてヨシュアが見た桜庭音操とは、こんなにも柔らかい人間だっただろうか?
過去のトラウマで完全に心を閉ざし、たとえ自分に優しく接してくれたとしても、警戒心から疑い深く探ろうとして、敵対してきた人物には金輪際、永遠に冷たい態度を取る。その紫のヘッドフォンで耳を塞ぎ、他人は厄介者であり、関わりたくないと、ルールに縛られたくない、自由に生きたいと、そう言ったのは彼自身だ。
そんなトゲの塊のような彼が、裏切って、悪びれもせずに挑発を重ねる自分に対して、感謝を伝えるだと?最後のゲーム以来、ネクのその先を知らなかったヨシュアにとって、彼の変化は想像していなかったほどだった。
「本当にネク君なのかい、君?」
「なんだよ、突然。そんなの当たり前だろ」
「いや、なんというか……人の群れの中に平然といる君が、僕からはとても不思議でね。今までの君だったら、誰彼突っぱねて、僕の話なんかまともに聞かなそうだったのに」
煽るようなおどけた口調が変わり、ヨシュアは含みのない話し方でネクに言う。
「……だとすれば、ちょっとは昔から変われたのかもな」
「ん?」
「俺、友達を失くしてるんだ。自分にとって大切な、たった一人だけの大切な親友……少しは、その過去を越えられたのかも——」
コンポーザー、その主な責務は担当エリアの街を管理することであり、流石に一人一人の人間の記憶を全て把握することは出来ない。
……前のゲームの際、彼をRGからUGへ連れてきて記憶を奪った際も、彼の記憶には目を通していなかった。特に興味も何もなかったからだ。
単なる駒。そうとしか見ていなかった彼の口から聞く、これまでの経緯。ずっと憧れていた友情をすぐに失い、それによって自分に負い目を感じ、自ら心を閉ざすことになった。
彼のこれまでの境遇は、決していいものではなかった。それは同じく彼の話を聞いていた、この場にいる全員の表情からも理解できる。
二人の少女は、悲しみと共に『疑問』の表情を浮かべ、
「ねっくん……」
二人の兄妹は、見たことのない友達の一面に表情を曇らせ、
「マジ、かよ……あいつ、そんなことが……」
二人の契約者は、それぞれ違った複雑な思いを胸の内に抱えた。
「あいかわらず……ゼタ、胸糞悪りぃ」
「……ビイト。この話、まだしてなかったよな。いつかは言おうと思ってたけど、まだ勇気がなくて……」
ネクは改めて、ビイトと話す。だがビイトは、友達として、これまでと何も変わらずに接する。
「でもよ、言えたってことは少しは吹っ切れたってことだろ。よかったじゃねえか」
「まあ、大雑把に言えばそうなるな」
「お、おおざっぱ……?なんて意味かはよく分かんねえけど、とにかくいいじゃねえか!!」
「……マジか、お前」
「へぁ?」
「えぇ……いい、お兄ちゃん?大雑把っていうのはね……」
さりげなくボケとツッコミを交わし、気づけばライムによる講義が行われ、やれやれと頭を掻きながら、ネクは改めて視線をヨシュアに移した。
「それでな。実は、未央と卯月が言ってた、探している人が、俺の友達と同じ名前だったんだ。
……『渋谷凛』。本当に偶然だけど、それが妙に突っかかって……」
「!?」
最後に出た名前を聞き、ヨシュアは途端に怪訝な表情を見せる。確かに、彼自身の言う通り、ただの同姓同名の別人かもしれないが、あの未央と卯月の表情が、この奇妙さを倍増させる。
ヨシュアは、試しにネクに、カマをかけることにした。
「……ネク君、その凛ちゃんの家はどこに……いや、最悪親の職業だけでもいい。何か知っていることは?」
「え?……そういえばアイツ、実家が花屋だって言ってたな。俺と同じ公立の学校だったから、家も渋谷にあるはず……」
「どういうことだ……?」
勘違い、とは考えがたい。未央と卯月も、ヨシュアと同じように驚いて、目を大きくしている。
「聞いた、しまむー……!?」
「うん……やっぱり、どういうことなんだろう、これって……?」
同じく花屋を経営していて、住んでいる場所も同じの、同姓同名。
違うことと言えば、その『渋谷凛』の存在していた時間のみだ。
本田未央、島村卯月、『渋谷凛』がインバージョンによる時間改変によって離れ離れになり、そこから参加者として記憶を取り戻した未央と卯月によって、明るみになった二年前の事故で死んだ桜庭音操の親友の『渋谷凛』。
時系列も、関係も、記憶も乱れているこの件は、インバージョンでも説明がつかない。もしかすると、今渋谷で起こっている異変と何か繋がりがあるのかもしれない。
(……こんなことが、通常、起こり得るのか?いや、そんなはずは……)
首謀者である八代未月、狩谷申輝。その容姿は、以前のゲームで死神としていた八代卯月、狩谷狗輝と酷使、いや全くと言っていいほど同じだった。そしてもしも、渋谷凛が二人存在しているとすると……死んだということは……
もし事故が起こったのがこの渋谷内だとすれば、彼女のソウルは恐らく死神ゲームに参加していたはずだ。
「渋谷凛……?思い返してみれば、過去に微かに聞き覚えがある気が……インバージョンが発生する前に、既に僕は……あれは、一体なんだったか?」
「ヨシュア君もネク君の友達、なんだよね?君も、何かしぶりんのことを知ってるの?」
「なんだって!?知ってるのか、凛のこと?」
「……なーんか、すっごいややこしい気がするんだけど」
「ゼタメチャクチャだな」
「ゼタ、時間、渋谷、凛、インバー……?おお、さっきから俺にはさっぱりだ……」
この場にいる全員が疑問、不安に駆られる。
そんな時、鶴の一声がその場に響いた。
「こりゃ、まずいな……とりあえず一旦落ち着け!!」
カウンターテーブルの奥側から、コーヒーをテーブルへと運ぶ男が現れる。全員がその男の方を向くと、男は八人分のコーヒーを、カウンターに並べていく。
「もう一日近く経っちまってるのか……早くここに来てくれて、ほんと助かったぜ、ネク」
「……羽狛さん!」
その表情は、普段見るような優しげな表情ではなく、何やら焦りを抱えているようだった。
「話の途中で悪いが、あんま時間に余裕がねえ。先に俺に話をさせてくれ」
「待ってよ、羽狛さん。もしかしたら今回の件で、僕たちの計画が大きく狂ってしまう可能性がある。
奴らの背後には、死神を遥かに超える規模の、強大な何かが隠されているような……」
「……渋谷凛のことか。数日前にビイトが接触した渋谷凛は、未央と卯月の友達としての渋谷凛だ。例の奴らとの繋がりはない。ネクが言うもう一人の方は……情報が少なすぎる今は、何とも言えないな。このことは、終わってから後で考えることにしよう」
「……そうですか」
雲をつかむような話だということは知っていた。
でも万が一、死んでいたと思っていた凛が生きていたとしたら……そんな願ったり叶ったりなハッピーエンドが、未央と卯月に会った後からネクの頭の中に出来上がっていた。
——過去から抜け出せると、言っていたにも関わらず——
だが、この話はもはや絵空事として儚く散ってしまった。
「そう肩を落とすなよ。もしかしたらお前が知らないような『凛の秘密』も、この後で明らかになるかもしれない。お前も知りたいだろ、全てを」
「……ありがとうございます、羽狛さん」
「繋がるといいな。今回の件で、何らかの真実に」
そして、羽狛とヨシュアは一昨日の死神から伝えられた、渋谷をかけた最後のゲームを始め、これまでに明らかになったことの全てを簡潔に説明した。
「……勝ったら存続、負けたら消滅の殺し合いか。通りで昨日はノイズが暴れ回らなかったわけだ。ゼタマヌケなアイツら、さては怖気付いたか?」
「さぁ、ね?だが、この回が彼らにとって、予測不能な回であることは間違いない……これまでに敗北してきた何百、何千の僕らからすれば初めての、そして最後の反撃チャンス、ということになる」
「何千……私も未央ちゃんも、ミナミモト君も、ココちゃんも、ネク君も、自分の知らない自分が、何度も……」
「うっ……私……気分悪く、なって……」
「あんま考えない方がいいよ、未央、卯月。でも、今回は奇跡的に全員が生き残れたってことでしょ?色んな分岐点をくぐり抜けて、私たちはこうして辿り着けたんだから」
「おお!!つまり……どういうこった?」
「……分からないなら、分からないままの方がいいよ。知らぬが仏、って言うでしょ、お兄ちゃん?」
「まあ、気分が良くなるような話じゃねぇ……ん?どうした、ネク?」
羽狛の言葉で、全員の視線が一斉にネクに集中する。ネクは、話の途中に出てきた、自分たちとは別行動だった『二人の少女』のことで頭を巡らせていた。
「……この場に唯一いないシキは、今まで凛と共に行動していた……なんていうか、不思議な感じで」
「時間が書き変わって、あの二人はアイドル好きの親友……という形で、これまで人生を生きてきたことになった。実際に僕は見てきたけど、あの関係は友達と言えるものだったよ。たとえ、偽物だったとしてもね」
「明日になれば、会えるのかな。俺の友達のシキに……凛に」
そう答えを求めても、ヨシュアは濁した表現を使う。
「それはどうかは分からないね。全ての真実を知って尚、シキちゃんと凛ちゃんが共に戦うことを選べば、だね」
偽物の友達、もしも自分がその立場になれば、どれほど悩み苦しむだろうか。一緒にいて楽しい、そう思うのは本物も偽物も同じなのに。
選ばれなかった友達は、捨てられてしまうのか。友情も、時間も、楽しさも、虚構の一言でなかったことにされて。
「シキちゃんって、私たちのイベントに来てた、緑色の服の……」
「私も見てた。すっごい……一緒にいて楽しそうだった。しぶりんも、二人して笑ってたし」
ネク、そして未央と卯月。友達というものに深い思いを抱く彼らは、心が苦しくなるのを感じる。
「彼女らの境遇は、残酷で救いようのない、悲しいものではある。でも僕には、彼女たちが互いを捨てるとは思えない。きっと、二人は真実を乗り越え、二人で僕たちの元にやってくる。
彼女たちを……自分の友達を、信じようよ」
「……みんな、それぞれの思いを抱えて、この渋谷にいるんだな」
本田未央、島村卯月は、離れ離れになった大切な友達に会うために、
渋谷凛、美咲四季は、自分たちの過酷な運命に立ち向かい、本当の友達になるために、
新子々は過去の過ち、『罪』を清算するために、
南師猩は喧嘩別れをしてしまった父親の、待ち受ける未来を変えるために、
桜庭音操は美咲四季、尾藤大輔之丞、尾藤来夢と共にあの日常を取り戻し、桐生義弥、そして渋谷凛。全てのしがらみを暴くために。
「……それじゃあ、そろそろ時間だ。こっから先の戦いは、この渋谷の未来がかかってる、熾烈な戦いになる。コーヒーは今のうちに飲んどけよ」
全てが明日で終わる。
「未央、卯月」
「みんな……待ってて!」
覚悟なら、もう出来ている。
「行こう、ケリをつけるんだ。全部に」
渋谷崩壊まで、あと1……日。
次回、第一章最終回です。これまで別々に進行していたネクパート、凛パートが交わり、そしてついに主人公同士が合流します。
これまでに提示されたいくつもの謎も、今後どのように関わってくるのか。