すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect   作:デトネート

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ついに訪れた最終日。渋谷の未来がかかった、死神と参加者の全面戦争。
ネク、ココ、ミナミモト、未央、卯月。
凛、シキ。
ライム、ビイト、ヨシュアも集い、全員がそれぞれの思いを抱き、最終決戦へと挑む。
果てに待つのは、存続か、消滅か。


#14 最終日『limit over』

「……来たナ」

「……こっちも来たみたいね」

 世界に知られている、日本の渋谷スクランブル交差点は今、二人の死神により支配されていた。人はみな交差点の外に飛ばされ、鉄くず同然になった廃車によって全方向の道が塞がれ、ノイズ一匹入り込めもしない。

 空には雲の渦と共にある赤いシンボルマークが浮かび、そのマークは徐々に膨張を続けている。

「はぁ、これでもう渋谷ともさよなら、カ。嫌いじゃなかったんだけどナ〜この街」

「何浸ってんのよ。今までだって、こうやってぶっ潰してきたじゃない。これが終わったら……晴れて私たちも、元の生活に戻れるんだから」

「へいへ〜い。真面目にやっちゃいましょ〜ヨ、ビツキ」

「ふふっ、しっかり気合い入れなさいよ、カリヤ」

 彼らは、この交差点をインバージョンの起点にしていた。

 あの日、都庁を起点として新宿を崩壊させたのと同じように、この交差点にて今まで、渋谷を『消滅させ続けてきた』。今回で、崩壊までのカウントダウンはついに0となる。もう一度インバージョンが起きれば、ついに次元の壁は耐えられなくなり、渋谷は完全に崩壊を始める。

 でも、

「……させるか!!」

 それに抗う者たちが、渋谷を危機から救い出そうとしていた。絶対に負けるわけにはいかない。大切な友達と共に、消えてしまった昨日までを、訪れるはずだった明日を取り戻すために。

 

 

 

 車をサイキックで吹き飛ばし、交差点に降り立つ。渋谷デパート側の道からは、八人の少年少女、104側の道からは、二人の少女がそれぞれ現れる。狩谷申輝、八代未月はそれぞれのメンバーの元へ分かれ、ゲーム開始の合図を始めた。

「パチパチパチ、誰もいない静かなスクランブル交差点。そこに今、全ての役者が出揃った。まずは、俺たちの条件を嫌な顔せずに飲み込んでくれたコト。感謝するゼ、元コンポーザー様」

「本当は否定したいところだけど……生憎、そんな余裕もないのが本音だ。ここまで、事を思うように進ませてしまったのは、判断の甘かった僕の責任だ……だからこそ、せめて最後のケジメだけは付けさせてもらうよ」

 

「久しぶりね。まあ、あの時から数日しか経ってないけど……なんか、少し顔変わった?」

「当たり前でしょ。アンタ達のお陰で散々大変な目に遭ってきたんだから……まさか、笑顔で寄ってくるとでも思ったの?」

「あははっ!!随分と偉そうになって……あれ?例の金髪少女はどこいったのよ?」

「私は他にやる事がある、って言ってどこかに行ったよ。アンタらなんか眼中になかったのかもね」

 

 

「どうやら、大分俺たちのことを舐めてるようダケド……」

「はぁ、別に構わないわ。目に物見せてやればいいだけの話よ、カリヤ」

「そうだネ、ビツキ。しっかりと本気、出させてもらいますカ」

 

 

 空気が変わる。死神たちの周りにまとわりつく空気が殺気を帯びていくのが、肌にビシリと伝わってくる。

 弾丸をつめる、無機質な金属音がする。

 自分たちを殺そうとしていると、突きつけられた銃によって、改めてそれを突きつけられる。

「ネク君」

「……どうした」

「情けないけど……僕一人では奴らを止めることが出来なかった。

認めるよ、僕は過信していた。君を駒とした僕もまた、誰かの駒に過ぎなかったんだ」

「……」

「だから頼みたい。共に駒として、同じ境遇の者同士、力を貸してくれないかい?」

「はぁ……一緒に戦ってくれって、素直に言えよ。そういうとこだよ、ヨシュア」

 ため息をつきながらも、ネクは力強くヨシュアの手を握る。

「忘れてないぞ。お前は前に俺を裏切った……でも、お前は俺のパートナーで、今も俺の友達だ。やり直すのはいつからでも遅くない。俺だって、そうやって先に進もうとしてるんだ」

 ネクは後ろを向く。そこにいるのは、みんな自分の大切な友達だ。かつて他人とつるむ事を避けていた自分が、今ではこんなに多くの友達に囲まれている。

 だが、悪い気など全くしない。最初から、自分は友達が嫌いなわけじゃなかった、むしろ憧れていたのだ。

 事故で心を閉ざしたのも、臆病から嫌いなんだと思い込む事で逃げたのも、全部自分で自分にしてたことだ。もうそんなことをする必要なんてない。

「俺は、みんなと明日を過ごしたい。だから今度は、お前も一緒に帰るんだ。みんなで……必ず生き残るぞ!!」

「へへっ、当たり前だろうが、このゼタラジアンが!!!」

「うん!!負けたりなんかしたら、ただじゃおかないんだから!」

「分かってるよ、ネク君!私も……目一杯頑張るからっ!!」

「最後の大勝負、気合い入れてくよ〜〜っ!!」

 ミナミモト、ココ、卯月、未央がそれぞれ言うと、他の全員も首を縦にふる。

「へっ……ま、俺はまだお前を完全に信じたわけじゃねえけどよ……ネクが一緒に帰るって言うなら仕方ねえ。ちゃんと感謝しとけよ、良い友達にな」

「もー、お兄ちゃんは意地っ張りだなぁ……平気平気、ヨシュア君。後で羽狛さんが教えてくれたよ、ゲームに負けちゃったボクもみんなと一緒に生き返らせてくれたんだよね。

……大丈夫。ちゃんと根は『良い人』だってこと、分かってるからね、えへへ!」

 長いこと人間の感覚を忘れていたヨシュアの心が、ネク達と触れ合ったことで、確かな反応を示した。別にいつもの癖で、彼らの言葉を冗談半分に流しても良くはあった。

 だが、試しに少しだけ、素直に聞いてみたら、不思議と胸の奥が温かくなった。懐かしい、かつて存在した自分の感情が、微かに蘇った気がした。

 こんなこと、本当にいつ振りのことだろうか。もう思い出せないくらいだ。

「けっ、らしくねえじゃねぇか、コンポーザー様。何ニヤついてんだ?」

「フッ、変かい?素直でいる僕は……おっと、随分長く話し込んじゃったね。この続きは、あとで思い出話として楽しむとしようか……!!」

 満足げにヨシュアが言い終わるのと同時に、銃を指で回し、暇を持て余していた狩谷は閉ざしていた口を開く。

「……さ、もういいカ?俺もこんなとこで時間は使いたくないんで、ナ。ソウルの塵になって、とっとと消えてもらうゾ!!」

 うずうずとしていた右手を突き出し、その手に持つ銃から、ついに甲高い狂気の音が、渋谷の空に放たれた。

 

 ネクはアンサプレッションバッジ、ショックウェイブバッジを装備し、

 ココは自身の手に持つ銃に弾を押し込め、

 ミナミモトは自身の姿をノイズと化し、

 未央はすぐ側にある自身の何十倍もの大きさのある中小ビルを地面から引っこ抜き、

 卯月は通常時よりもさらに巨大な弓に無数の矢を束ねてまとめてつがえ、

 ビイトは相棒のスケートボードを突きつけるように構え、

 ライムは全員のサポートのためにキュアドリンクバッジを多数装備し、

 ヨシュアは体を宙に浮かせてレビテーションを発動し、

 

 そして、ついに狩谷へと総攻撃を開始する。

 

 

 

 

 

「インフィニティ!!因数分解!!!お前なんか、すぐに消してやるぜぇぇぇぇぇっ!!!!」

「……おらっ、喰らえぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 ノイズを召喚し、すぐにソウルの塊に変形して銃に装填。ミナミモトが両手両足の爪を使った斬撃を繰り出し、その場でバク転をしながら大きく後ろに下がる。そして、ミナミモトの姿が一瞬消えると、その後ろに隠れていたのは、紫色の電流が走っているココの銃。

 不意打ちのチャージショットを喰らわせ、かなりの威力の一撃を直に与える。

「まだまだ〜〜〜っ!!!」

「遠慮はしないよ!!!」

 隙を与えることなく、次に襲いかかるのは、数日前と同じ全方向からの矢の雨。身動きが取れず、いくら腕で防御したとしても、ダメージはその防御を貫通して与えられる。

 眼鏡にヒビが入り、視界を確保することが苦しくなったその時、追撃で轟音と共に上から叩きつけられたのは、前回の電柱なんて比じゃない、都市部ならではのビル。流石にこれを喰らい、まともにいられる者はいない。

 彼の動きに、少し限界が見えてきた。

「限界?そんなものでは、終わらせないけど」

「あの時の力、もう一度味わわせてやる!!」

「ついでに、もうひとつオマケだ!!!」

 エンタングルメントを発動し、様々な方向から鎖をかけられ、スケートボードでそのレールの鎖に沿って体当たりをされる。そして間髪入れずに、車、自販機、カラーコーン、色々な障害物を次々とぶつけられ、上空から天使の力を宿したレーザー砲を喰らい、最後に致命打となり得る超威力の攻撃、フリーフローサイキックのキックダイブをもろに受ける。

 

 戦いは圧倒的なまでに、ネク達の優勢だった。これまでの日々で絆を深めたネク達は、シンクロ率も以前より格段に上昇し、それだけサイキックの威力も高くなっていた。人数のデメリットを跳ね除け、見事メリットへと昇華させていたのだ。

「ぐうっ……や、やるネェ、でもまだまだ……あがっ!!」

 余裕を崩すまいと、膝をつき弱り果てた身体を強引に起こそうとする狩谷。でもその時、何か背中に強い衝撃を受けた。不意打ちを喰らって驚き、背後を見ると、

「ごほっ、ごほ……」

 遠くで対峙していたはずの八代が、ここまで吹き飛ばされていたのだ。ぐったりと弱っていて、もうまともに動けないほどボロボロになっていた。

 そうして動揺していると、ネク達とはまた異なる声が聞こえてくる。

「いける!!全然こっちが押してるよ!!」

「そりゃもちろん、今の私とシキなら、どんなことがあっても負ける気しないから!!」

「うんうん!!」

 『ディスチャージバッジ』を付けると、凛たちの前に『電』の文字が浮かび上がり、そこから放たれる雷撃が狩谷と八代を同時に襲う。  

 にゃんタンも攻撃に参加し、全員から総攻撃を喰らった八代と狩谷は、もはや立つことすら出来ないほどの窮地に立たされていた。

「がぁ、ぁぁあ、っ……」

 これまでのループ上、初めての敗北。

 この七日間での、ネク、ココ、ミナミモトの急激なシンクロ率の上昇、フリーフローという未知なる力、未央、卯月、ビイト、ライムの生存、他にも自分たちに対して数多くの歪みが生じた最終回。

 

 もはや『この姿』で戦っていくには、もう限界のようだ。

 

「ぜー、はー……『アレ』、ほんとはやりたくなかったンダケド……やるしか、ないかナ」

「はぁ、はぁ……!?だ、ダメよ!!それをしたら、もう二度と人間には戻れないのよ!?何のために、今まで私たちが悪者やってきたのか、アンタ分かってんの!?」

「……ハイハイ、分かってますよ。『死神から足洗って、普通の人間としての生活に戻るため』だろ?『あの方』に、死神から人間に戻してやるって言われて、俺たちはそのためにゴクアクヒドーを貫いてきた……そのツケが、回ってきたのかもナ……」

「そんな……認めないわよ!!!どんだけ時間がかかっても、やり遂げるって……それなのに、その先に待つものがこれなんて……」

 八代は心に秘めていたことを口にする。これまで自分たちがしてきたこと……数多くの都市を消滅させ、この渋谷を最後に消す。

 途方もない時間をかけ、ここまでのことをしてきた裏には、彼らなりの事情が存在したのだ。

「今更ダガ……行き過ぎたんだ、俺らは。もう引き返せないとこまでナ。俺たちの明日を取り戻すために……とか、今更正義ぶっても全然似合わねえダロ?そんくらい、俺たちは泥に塗れちまったのさ」

「泥まみれ……ね」

 

「なんてこと、なのかしら……ホント、神様って、残酷なものだわ」

「はぁ……俺もそう思うゼ、ビツキ」

 

 

 

「……どうやら、向こうも既に到着していたみたいだね」

 ヨシュアがいち早く気づき、彼女達の声の方を向く。

 倒れ込んでいる八代と狩谷から距離を取り、安全を確保してから、ネク達が向くと……

「しぶりん……待ってた、ずっと待ってたんだよ……!!!」

「凛ちゃん!!!」

 立ちはだかる敵を退け、ゆっくりと親友の元へ歩み寄る凛に、待ちきれないとばかりに走って、飛びかかる未央と卯月。

 長いこと待ち望んだこの瞬間。全ては終わっていないが、ようやく自分の中で欠けていたものを取り戻せた気がする。

「未央、卯月」

 握手会の時の虚無感とは違い、今度はちゃんと凛の口から名前を呼ばれる。今度はもう離さないと、未央も卯月もしっかりと両腕で凛を捕まえ、自分たちの内に引き寄せる。

「ごめん、だいぶ待たせちゃったね、二人とも」

「ううん、むしろ謝りたいのはこっちの方だよ!!二人して大事な友達のこと忘れて、平気で日々を過ごして……ごめん!!もう絶対、一人になんてさせないから!!」

「未央……ありがとう。私、『あの日』に急に離れたのに、それでもまだ信じてくれて……本当に、また会えてよかった」

「凛ちゃん……うん!!よかったよ……最後まで諦めなくて……ずっと、ずっと待ってたんだよ!!」

 浮かべはしたが、流しはしなかった。ようやく会えたなら、今はこの喜びをひたすらに噛み締めよう。これからは楽しい、大変であっても、自分たちにとって大切な日々が待ってるのだから。

「よかったね、凛」

 そんな、本来の時間の、正しき形を横から見ているシキ。心なしか、その表情は親友の微笑ましい笑顔を見た嬉しさと、ほんの少しの寂しさが混じったような、複雑な表情だった。

「そんな顔するなよ。一緒にここに来たってことは……お前だって、大事な友達なんだろ?」

「うん、もちろん……って、えっ!?ね、ネク!?」

 懐かしの声に耳を傾けると、そこには懐かしの姿があった。しかも、それは一つだけじゃない。みんなみんな、自分の帰りを待っていてくれていた。

「……そっか。みんな、とっくに……私たち、少し遅れちゃったかな?」

「ああ、遅かったぞ、シキ。待ちくたびれた」

 そう言うが、ネクの表情は柔らかな笑顔だった。当たり前だ、自分の友達が全員無事に帰ってきたんだ。シキ、ビイト、ライム。一時は絶望的だと思っていたこの光景が、こうして現実になった。未央も卯月も、大切な友達と再会を果たせたのだから。

「えへっ……お待たせ、みんな!!」

「……おかえり、シキ」

「うぉぉぉぉぉ!!!!ホント〜〜〜によかったぜぇぇぇぇぇっ!!!」

「終わりよければ全て良し、だねっ!またみんなで集まれて、ボクもすごく嬉しいよ!!」

 三人と四人がそれぞれ揃って、笑い合う。いつの日かに見たそんな光景を、ヨシュア、ココ、ミナミモトの三人は少し離れて見ていた。

「ハッピーエンド……か。君たちはいいのかい?」

「へっ……仲間と騒ぎまくるのも、輪に入って水を差すのも、どちらも俺の性には合わねえからな」

「いいよ。今はネク達の、みんなの時間だから。邪魔するわけにはいかないし」

 ミナミモト、ココは笑みを浮かべながらそう言うが、ネクの方を見ると、どちらも少し表情が曇った。この戦いが終わった、その後のこと。自分たちは本当にネクと一緒にいていいのか。

 これから先、どうなるのだろう。かつて自分たちは、ネクと死神として敵対していた。

 死神として多くの人の命を奪ってきた自分たちを、ネクは、みんなは、この渋谷は受け入れてくれるのだろうか。

「フッ……君たちも、随分と丸くなったものだ。所詮は弱肉強食のこの世界。そう、とっくに割り切ってると思ってたんだけど」

「確かに、今まで俺は人を殺すことに何の抵抗もなかった、いや、なくしてた、か。ココに蘇らせてもらった時も、最初は恩なんかお構いなしに、またお前の座を狙おうとしてた。

……でも、卯月に笑顔を見せられて、つい昔のことを思い出してな。もう一度本気で何かを信じたいって、思いたくなったんだ。

結局、俺も友達と一緒にいたかった。お前と同じだ」

「僕と?」

「でも、ちょっと分かるかも……案外、私たちって似た者同士なのかもね」

 当然、犯した罪が許されることはない。多くの人間の生の可能性を奪った、その事実は一生、自身に付き纏う。それでも自分はどう生き続けていくのか。

 凛、未央、卯月はこの先に待つ『未来』を、

 ネク、シキ、ビイト、ライムはかつての『現在』を、

 ヨシュア、ミナミモト、ココは罪と罰の『過去』を見つめる。

 

 人は、何かを求めて渋谷に集まる。だがそれは、厄介者である彼らにも当てはまる。

 

 

 

「ビツキ、最後の悪あがきが始まるぜ……覚悟は、イイカ?」

「……分かったわ。旅は道連れって言うし、私もアンタだけ置いていくつもりもないわ。最期まで……側にいるわよ」

 

 

 

 ムクリと身体を起こす八代と狩谷。二人が手にしているのは、白色の素体に紫色のシンボルマークが彫られた特殊なバッジ。『あの方』から受け取り、『あの方』の力であるディゾナンスノイズと融合し、自我を捨て一つとなる力。

 

 禁断のサイキック、『フュージョン』バッジだ。

 

「ガァァァァァァ……!?ウグッ、アアオアアアア!!!!」

「か、カリヤ!?しっカリ……ウゴッ!?アアアアアアッ!!!!」

 

「……!?な、なんだ一体!?」

 倒したと思っていた狩谷、八代の異変に気づき、ネクは視線を二人に向ける。その時、視界に映ったのは、先程の人の形をしていた二人ではなく、

〈アウウゥアアアアアッ!!!!!〉

〈ゲワアアアアアガァァ!!!!!〉

「で……デッカっ!!!!!」

 

 猿のような戯けた様子で宙に浮き、仮面を被った道化師のような形相の『アビジヤーナカンタス』、

 羊のようなツノを持ち、肌けた格好で四つん這いになる『ブィークカンタス』。

 

 巨大な異形の化け物が二体、姿を現していた。

〈グゥゥゥ……セン、タクヲ……エラ、べ!!!〉

 行動する隙を与えずに、アビジヤーナカンタスは奇妙なうめき声をあげながら、ネク達に向けて右手を突き出し、そこからロープのようなものを三本飛ばす。

「えっ!き、きゃぁぁぁっ!!」

「うわぁぁっ!?」

「な、なにこれ!!」

「……っ!?シキ!!」

「未央!卯月!!」

 三本のロープは器用に、シキ、未央、卯月に巻きついて身体を拘束し、さらにキツく締め上げることでそのまま宙へ浮かせ、三人をアビジヤーナカンタスの元へと引き寄せる。

「させない!!」

「そいつらを離せ!!」

 連れ去られる三人を助けようと、凛、そしてネクはロープを断ち切ろうとして急いでショックウェイブを使用しようとする。しかし、

〈グルィッ……オマエノ、アイテハ……ワタシ、ダ!!!!〉

 刃がロープにたどり着く前に、ブィークカンタスの腕が二人を押しのける。そして四足歩行であり、高速で移動することのできるブィークカンタスは、標的を移し、後方にいたビイトやココ達を狙って

「ぐはっ……!!!」

「お、おにい、ちゃ……」

「なっ……なんて逆行列、だ、くそ、っ……!?」

「げほ、っ……な、何、この、力……!?」

 なんと、ネク、凛以外の全員を、一度の突進で瀕死寸前にまで追い込んでしまう。ディゾナンスノイズ化し、加えて暴走状態になった八代の一撃は凄まじく重いものとなり、

「ぐっ!!!!……なんだ、この力は……明らかに死神の力じゃない、これは、別の次元の力……!?」

 コンポーザーの、絶対的な力を持つヨシュアですら攻撃を防ぎきれずに、吹き飛ばされ膝をついてしまっていた。

〈ガァァァァァァ……!!!〉

 そして、ブィークカンタスは凛一人とネク達の間に透明で巨大な障壁を作り、ネクを自分と、凛をアビジヤーナカンタスと向かい合わせる構図を作った。

「なっ!!おい、お前!大丈夫——」

〈ヨソミヲ、スルナ!!!〉

 一人単独にされた凛に声をかけようとするも、ドリルのように身体を回転させ、空気を引き裂く恐ろしい速さの突進攻撃が、ネクに襲いかかる。

 間一髪のところで、ネクはフリーフローアクションを障壁に向かって使用し、スーパージャンプで攻撃を回避。カウンターとして、ブィークカンタスが攻撃を終えたところを、上空からショックダイブで反撃する。

〈ウォォォォォォッ!!〉

「あぶな……でも、効いてる!!フリーフローの力でなら、コイツにも対抗できるのか……」

 

 

 

「なっ、どうして私だけ……?」

 後ろで誰かがもう一体のノイズと戦う中、自分は何故か一人だけ、目の前の道化師と向き合わされていた。両目と口、三本の丸い線だけが描かれた白い仮面に、さっきまではしていなかった、黒いシルクハットとタキシード。これまで現実とは思えないような出来事を多く目にしてきた凛でも、あまりの不気味さに自然と身震いする。

〈ハァ……キコエル、ゾ……イノチノ、ノイズ……ナガレ、オチル…イノチノオト、ガ……!!!〉

「……っ」

 裏返ったような甲高い不快な声に、小刻みに震えてしまう身体。身の震えに耐えられなくなり、思わず目を瞑る凛。

 

 その直後、

 

「……ごぼ……っ……か、か、はぁ、ぁぁ……」

「えっ……?」

 苦しみ悶えるような声が聞こえ、目を開く。

 

 

 そこに現れたのは、ロープに首を絞められ、上空に宙づりにされているシキ、未央、卯月の姿だった。

 

 

「……っ!!?シキ!?未央!?卯月!?」

「あ、あごぁ……ぶふっ……」

 三人の顔は、とめどなく溢れる涙でぐちゃぐちゃになっていた。誰一人自分と目線が合わない。そのことが、凛の心の焦りを増長させていく。

「そんな……早く、早く何とかしないと!!!」

 慌ててバッジを使い、サイキックを使用しようするが、

「でも、いくらサイキックでも……あんな細いロープなんて……!!」

 今現在、上空への遠距離攻撃のできるバッジは、ショット系のバッジのみ。前の巨大ノイズとは違い、少しでもズレれば本人に当たってしまう。

 どうすれば……三人のかすれた声が聞こえる中、パニックになっていた凛は、何も考えることができなくなる。しかし、その間にもシキ達の命は着実に失われていく。

 

 その時、

『……エラベ……ドチラカ、オマエガモトメルモノヲ……!!!』

 不意に凛の足元で、軽い音がする。その正体は、一枚のバッジだった。

 

 

 蒼く輝く、無地の『オーバードライブバッジ』。

 

 

 藁にもすがる思いでそのバッジを掴むと、突如『トレーラー』が起動し、脳内に使用方法が流れ込んでくる。

 このバッジは、今の能力の限界を超える力を発揮する、『オーバーロードアクション』を使用することができる。フリーフローアクションと同質の力であり、通常時よりも優れた集中力の状態でサイキックを放てば、ロープをミスなく断ち切ることができる可能性は高まる。

 だが、これまでの経験者であるネクを見ても分かる通り、いくら才能のある凛でも、初心者である能力者には、この力を制御することは難しい。

「……っ」

 よく見ると、シキのロープはそのまま宙に吊るされているが、未央と卯月のロープは途中で一つに束ねられて吊るされている。

 言ってしまえば、宙に止められているロープは二本、そして自身が一回に壊せるロープの本数は一本。状況は最悪で、今にもシキ、未央、卯月は虫の息で、早く対処しなければ、もうもたない。

 

〈サア……エラベ!!!オマエノ……ヒヒッ!!!……『ドチラカ』ヲ!!!!〉

 

 シキか、それとも未央と卯月か。自分の実力上、切れても可能なのはせいぜい一本。

 つまり、自分はどちらかを『助ける』代わりに、どちらかを『見捨てなければならない』という窮地に立たされていた。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁっ……!?ねえ!あれって!!」

「はぁ……っ!!かなりやべえぞ、アレ!!」

 壁の外側、ライムが事前に用意していた二本のキュアドリンクにより、戦う力を取り戻したココとミナミモトは、ネクと共にヴィークカンタスと対峙していた際に、壁の内側での出来事に気づく。

「ネク!!早く、壁をなんとかしないとシキ達が!!」

「シキ達が……!?分かった、だったらコイツより先に壁を……」

〈イカセハ、シナイ!!!〉

「それは……コッチの台詞だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 ココからシキ、未央、卯月の危険を伝えられ、壁を破壊しようと試みるネク。しかし、それを阻止しようとヴィークカンタスが目の前に立ちはだかるが、レオカンタスとなったミナミモトがネクを必死で猛攻から守る。

 ヴィークカンタスを羽交い締めにするようにして押さえ、その間にネクを壁へと向かわせる。

「せっかくまた会えたんだ……また、失ったりするもんかよ!!!」

「っ……こんな壁……すぐにぶっ壊してやろうよ!!!」

 ミナミモトが足止めをしている間、ネクとココは全力を尽くして壁の一点に集中的に猛攻撃を与えた。だが、

「くっ……なんだ、これ……!!」

「攻撃が全然効かない……!!」

 ネクのフリーフロー、ココのチャージショットを何発も当てても、表面が僅かに淀む程度。壊れるまでどれほどの時間がかかるか、これでは分かったものではない。

 だが、それでも諦めずに攻撃を繰り出し続けるものの、

〈ムイミ……ムイミムイミムイミ!!!イヒヒヒヒィィ!!〉

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 突如、ヴィークカンタスが紫色の光を身体から放ち、次の瞬間、超高速でミナミモトの拘束を振り切り、ミナミモトを地面に叩きつける。ガリガリと硬化した顔の皮膚がコンクリートの上を引きずられ、耳を塞ぎたくなるような不快な音を出す。

「ミナミモト!!……っ!?危ない!!ネク!!」

「のわっ!?こ、ココ!!!」

 ヴィークカンタスはさらに力を増大させ、次にネクめがけて鋭い爪攻撃を仕掛けようとする。

 明らかにネクと同質である、フリーフローのような謎の力を操るヴィークカンタスに、ミナミモトの次にココまでもが吹き飛ばされてしまう。ネクを突き飛ばすようにして庇ったものの、吹き飛ばされた彼女は衣服がボロボロに破け、その内側の細くて白い腕が無数の切り傷と血で汚れる。

「ココ!!くっ……アイツも同じ力を使えるのか?」

 今までの反応からして、フリーフローの存在を、初めに彼らは知らなかったはず。奴らにも分からない、このバッジに宿る力とは一体……

「……えっ」

 その時、身体が宙に浮く。それに身体がまるで動かない。それもそのはず、今自分の身体は巨体の腕で鷲掴みにされるように拘束されていた。四足歩行でありながら二本立ちも難無くできる奴には、一瞬たりとも隙を作ってはならなかったのだ。

 近くに巨体の顔が見える。その目はとても先ほどの人間と同じとは思えないほど、悍ましかった。

「ぐっ……あ、ぐぁ、ぅぅ……」

 物理的にも、そして恐怖により精神的にも握り潰されそうになる。人知を超えた怪力に、か細い骨が軋み、まともに声すら出せなくなる。壁の向こうからは首を絞められてせせり泣く声が聞こえてくる。

 絶望的だった。

 もう戦えるのは、もう誰一人として残されて……

 

 

 

「……できない」

 

 

 

 打ちひしがれた者たち。しかし、灯火はまだ消えていなかった。

「やっぱり、できない……どちらかを見捨てるなんて……そんなこと出来るわけない!!」

 次の瞬間、凛は手に持っていた蒼のバッジを地面に投げつける。バッジは抵抗することなくそのまま地面に落ち、軽い音を鳴らす。

「ぐ……ぎ、っ……?」

 その音に引き寄せられるようにして、ネクも壁の方へと目を向ける。絶体絶命のこの状況、でもネクは、赤の他人であるはずの渋谷凛に目を向ける。

「現実だとか、虚構だとか、本物だとか、偽物だとか……私は、そんなことで友達を判断したくない!!未央と卯月も、シキとの思い出も全部、私の中にある。みんな私の大切な友達だから……!!誰も、見捨てたりなんかしない!!!するくらいなら……」

 そう言うと、凛はその場で静かに両膝をつき、さらに両腕を前につく。屈み、頭を地面に向け、態度を示そうとする。

「……!!」

〈……ジブンヲ、ギセイニ……スル、ノカ?〉

 第三の選択肢、三人と引き換えに自分を差し出すことを選んだ凛。

 シキを殺すか、未央と卯月を殺すか。その選択肢に対し、凛はどちらも選べず……いや、選ばずに、第三の選択肢である自分自身を選んだ。

 友達を……本当の時間も、嘘の時間の思い出もひっくるめて、全部を守ることを選択したのだ。

 

 

 

 

 

「……!!ッは……!?!?!?」

 

 

 

 

 

 ドクリと、ネクの心が大きく鼓動する。

 ドクリ、ドクリ、またドクリと。何かが湧き上がってくる。体の底から、何かが『目覚める』。

 彼女の姿……友情を一番に考え、故に友人を見殺しにすることを拒み、膝をつき、頭を下げ、許しを乞うあの姿。決して美しくも、クールでも、カッコいいようなものでもない。

 だとしても、そこから醸し出されている雰囲気は、まさに……

 

 かつて見覚えのある、共に過ごし、笑いあった、あの渋谷凛と同じだった。

 

『ネク……』

 

 

 一瞬。二年前と変わらない声で誰かに名前を呼ばれた気がした。声が聞こえた。自分のことを呼んでる。助けを、求めてる。

「はぁ、はぁ……っが……っ……!!!」

 心臓の鼓動が加速する。離れていてもその音が聞こえるくらい、小さく、か弱く、未熟な命が、この渋谷のスクランブル交差点を何度も振動させる。

 

 自分も同じ渋谷にいたのに、助けられなかった、救うことができなかったあの日。その光景がまた心に浮かび上がり、ドロドロと心に後悔を生み出していく。そして、その後悔は徐々に失うことへの恐怖になり、目の前の少女を助けたいという願望になり、小さな命に運命を変えるほどの力を与える。

 

 真っ黒に汚れきった、見る者全てを恐怖させる自分の奥底。その力は、そこから突如として現れた。

 

〈バカナ……ユルサレル、ハズガナイ!!!ソノオロカナオモイゴト、ミナ、ケシサッテヤル!!!〉

 未央、卯月、そしてシキの拘束を解くことなく、アビジヤーナカンタスは第三の選択肢を勝手に選んだ凛へ、怒りをぶつけようとする。

 巨大なエネルギー弾が巨体の腕の中で作られ、勢いよく射出された。その速さは凄まじく、今から避けようとしても遅い。

 だが、頭を下げ続ける。決してそれが結果に繋がらなくても。自分は……絶対に諦めないと、心に誓った、その時だった。

「……!?」

 直撃する直前、エネルギー弾が目の前で爆発四散する。縦横に十字の線が入ることで四等分され、それぞれナナメ四方向に軌道がずれ、凛に当たることなく消える。

 

 それだけじゃない。先ほどまで首を絞められていた未央、卯月、シキが、いつの間にか拘束を解かれ、何者かに担がれて空を舞っているのが見えた。首には引き千切られたような跡のあるロープの残骸が巻きついており、三人が死の淵から既に脱していることが分かる。

 

 ゆっくりと、三人を連れる少年が、空から降りてくる。その姿は、先ほどまでは無かった巨大な死神の羽に、紫から混沌とした白黒に染まったオーラを纏い、手足に鋭い爪を構成させている。

 そして、その瞳が赤く変化していた。

「えっ?」

 何が起こったのか、困惑する凛。ふと、辺りを見回してみる。

 見えるのは、粉々に砕け散った壁の破片、黒く焦げている手を抑え、地べたに転がりながらうめき声をあげるヴィークカンタス、何故か酷く動揺しているアビジヤーナカンタス。

 そして、目の前には。

「な、なあ、すごい目回してるけど、大丈夫か?」

 左手をひらひらと目の前で動かし、こちらを覗き込む男の子。まじまじと見られて驚き、つい体を引いてしまう。

「わっ!?……き、君は一体……?」

「お、落ち着けって。ほら、三人はちゃんと無事だぞ」

「え、っ……みん、な?」

「ああ、そうだ。お前の勇気が友達を、大切なものを守ったんだ」

 目の前にいる不思議な姿の少年、ネクは凛にそう言うと、脇に抱えていた三人を地面に寝かせる。

 三人とも過呼吸のような状態になっていて、咳き込み、汗や涙を大量に流しながら、空気をひたすらに身体の中に取り入れていた。

「シキ、未央、卯月……!!!よかった、生きてて……っ!!」

「けふっ、それは、こっちのセリフだよ、凛ちゃん……っ!!」

「ごほっ、ごほ!!……凛こそ……自分を見捨てようとするなんて、何考えてるの!?もうちょっとで、殺されてたかもしれないのに…」

「へっく、っ、ほんと、そうだよ!!しぶりんに何かあったら、私!!」

 身体を起こして呼吸を整え、シキ、未央、卯月は一斉に凛にしがみつく。大事な親友が無事に生きていた、そのことに安心しているのは、シキ達も同じだった。

「みんな……っ、あり、がと、う……っ」

 友情を再確認する、凛と友達。しかし、渋谷を懸けたゲームはまだ終わってはいない。

 

〈グギギギギ……オノレ……カミサマァァァァァァ!!!!?!?!?!〉

〈イタイ……イヤダァァァァァァ!!?!!〉

「……まだ、和むには早いみたいだな。最後の仕上げだ、一緒に行くぞ」

 そう言うと、ネクは地面からオーバードライブバッジを拾い上げ、凛へと投げ渡す。バッジを受け取って頷くと、対峙の姿勢をとった途端、凛の顔つきも変化する。

 

「……分かった。まだ行ける、シキ?」

「行けても行けなくても、このままやられっぱなしじゃ終われないよ!!行こう、凛!!」

 

「もう一押し……あと少し、頑張れるか?」

「もちろん、だよ……そんなネクの姿見て、放っておけるわけないしね!!私だって、根性見せるよ!!」

「そのお前の姿、『禁断化』か……へへっ、逆行列が過ぎるじゃねぇか!!どれくらいの力か、見せてもらうぜ!!」

 

 未央、卯月を、ビイト達がいる渋谷センター街入口方面にテレポートさせた後に。最終決戦への決意を固め、ネクは再びアンサプレッションバッジを、凛はオーバードライブバッジを身につける。

 すると、蒼の光が凛とシキの二人を包み込み、二人は蒼いオーラを見に纏う。

 オーバーロード。それはパートナーと共に発動することで、真なる力を発揮する。一人では決して辿り着けない境地、絆こそが、そのバッジをより輝かせ、力を高めていく。

「……行くぞ!!」

「うん!!」

 ネクは羽を広げ、フリーフローアクションを使わずにスクランブル交差点上空へと飛ぶ。

 禁断化。一日目にミナミモトによって体内に入れられた『禁断ノイズのソウル』が、ネクの強い思いに共鳴し、身体に反映する形で実体化したのだ。

 

 空高く舞い上がり、そして怒り狂うアビジヤーナカンタス、ヴィークカンタスの上空へ。

 目の前に待ち受けるのは、インバージョンそのものであり、今か今かと脈動を続ける赤いシンボルマーク。

 

 その真下で止まり、切り札であるハーモナイザーバッジ、そしてフリーフローを発動する。

 禁断化、フリーフロー、マッシュアップ。今の自分達が出来る、最大限の攻撃を叩きつける。目を閉じ、銃を拾い上げ、記された不完全な因数を取り除く。

 

 気づけば隣にパートナーも共にいて、ココ、ネク、ミナミモトの三人は、一直線に並ぶようにして宙に浮き、その光景はなんとも神々しく、この渋谷を雑音だらけの街から素晴らしき世界へと刷新させていく。

 

「凛ちゃん!!シキちゃん!!これを!!」

 そんな三人に思わず見入っていた凛とシキは、傍から聞こえてきた、ヨシュアの声の方に顔を向ける。シキがヨシュアから投げ渡されたそれは、もう一枚の新たなるハーモナイザーバッジだった。

 ヨシュアは残された力でハーモナイザーバッジを生成し、それを自分よりも明らかに弱いはずの存在へと渡した。だが、ここにあるのは、コンポーザーと人間という上下関係ではない。ただ対等で、しがらみのない友達という関係だけだ。

「全力を……君たちの絆を、全て込めるんだ!!」

「うん!!」

「よーし!!」

 そう言い、凛とシキは目を瞑るとミニゲームを始めて、頭の中に広がる無数のカードの中から、指定されるカードを選択していく。一瞬だけ見えるそのカードの内側を記憶し、正確にそのカードだけを弾く。

 

 目を閉じて立っている二人の足元には大きな円のような模様が現れ、ミニゲームを進めていく度に、その円は、放つ蒼い光を強めていく。

 そして、ネクのいる上空でも、同じように巨大な紫の円が出現し、シンボルマークを覆い隠すようにして光り輝いていた。

 動揺したまま、人間態からの思考能力の低下により、まともな判断が出来なくなったアビジヤーナカンタスはその場で往生し、ネクの禁断化の力を直に喰らったヴィークカンタスも苦しみ続けている。

 今がチャンスだ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 『ファクターハートカード』、『透視カード』、両方のマッシュアップのチャージが完了し、上空の紫の円、地上の蒼の円はスクランブル交差点を覆うほどの大きさにまで達していた。そして次の瞬間、紫の円と蒼の円は繋がり、一つの円柱のような形になる。

 

 

 

 もう、逃げることは叶わない。

 

 

 

 円柱そのものが絶対的威力のレーザービームと化し、内部にいたアビジヤーナカンタス、ヴィークカンタスを殲滅する。いくら素早く動けようと、閉じ込められてしまったら何もできない。ただ声をあげることが、彼らの最期の抵抗になった。

〈アブブブブルルルルブルゥゥゥゥゥゥアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!〉

 パキンと、バッジが割れる音がした。それと同時に、空に浮かんでいた雲の渦が徐々に縮まっていく。シンボルマークの赤がだんだん黒へと変わっていき、砂粒のように消滅していく。

 

 レーザービームが消えた時、そこにあったのは暴走状態が解かれ、ノイズから元の姿に戻ったボロボロの姿の八代と狩谷と、真っ二つに割れた二枚のフュージョンバッジだった。

 

 

 

「す、すげぇ光、だ……これで、終わった、のか?」

 ダメージがあまりにも大きかったためにしばらく体を休ませていたビイトは、ゆっくりと空から降りてくるネク、ココ、ミナミモトを見ながら、そう言う。

「やった……勝った……勝ったんだ!!」

 地上にいて、オーバードライブバッジを静かに取り、身体から蒼のオーラが抜けていく凛、シキを見て、未央と卯月も、このゲームに決着がついたことを察する。

 永遠とも言えるタイムループの中で、唯一、未来に希望を見出すことの出来た今回。そしてとうとう、その希望は現実のものになった。

 

 勝負はついた、自分たちの……絆の勝利だ。

 

「い……やったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 戦いが終わり、禁断化が解除されたネク、そして凛は走り、共に友達の元へ飛び込んでいく。その時の表情は、皆清々しいほどの笑顔を浮かび上げていた。インバージョンは阻止され、渋谷の未来は守られた。

 これで明日から、またきっと、全てが元通りの毎日が始まるのだから。

 

 

「ふふっ……あーあ、結局、こうなるのね」

「俺たちには……アイツらと違って、運命を変える力はなかった、ってことカ」

 悪あがきもついに破られ、満身創痍で倒れこむ二人。一時は数多くの都市を消滅させ、さらには渋谷の現コンポーザーを退け、街を崩壊寸前にまで追い込んだが、謎の少女が干渉したこの最終回で、逆転負けしてしまった。

 惜しい。あともう少し、もう少しで自分たちの方が、望む未来を得られたはずだったのに。

「こうして、どうせ死ぬくらいなら……ここじゃなくて、せめて『あっち』で死にたかったものよ」

「ま、俺たちにとっての、本当の渋谷だもんナ……懐かしいネ〜、最後にもう一度見てみたかったヨ、『マルキュー』」

 透けかけている自身の両手を見て、既に手遅れであるということを突きつけられ、虚しくなる。走馬灯というのだろうか、忘れかけていたいつの日かの渋谷での思い出が頭の中に流れて、過ぎ去っていく。

 

 懐かしい。でも、ここじゃない。

 自分たちにとっては、ここは渋谷であって『渋谷』ではない。『渋谷に似たどこか』なんだ。

 

「ねえ、カリヤ……生まれ変わったら、私たち、また会いましょ!!それで、今度こそは私たちの……本当の日々を、目一杯過ごしましょうよ」

「いーね、ソレ。俺も待ってる……また、来世でも楽しくなりそうダナ」

 今、身体から何か大きなものが流れ落ちた気がした。まもなく、この命が終わろうとしているのだと、分かる。

 

——元々、彼らは死神ゲームの参加者だった。しかし、あまりにも過酷すぎるゲームに耐えられずに、逃げるようにして、二人で死神になることを選んだ。

 だが、死神として生きるようになってからは、生活が一変した。二人は死神として生きることへの苦しさを身を持って知り、今にも心を壊そうとしていた。

 

 そこに現れたのが、『あの方』だった。

 

 『あの方』は自分たちにもう一度人間として生きるチャンスを与えてくれた。この世界の多くの都市、そして渋谷を消せば、死神の責務を解いてやる、と。

 どれだけ泥を被ろうと、永劫のような長い時間がかかろうと構わなかった。あの頃の日常が取り戻せるならば……それだけが彼らの願いだった。

 

 結局、それも泥の沼に浸かり、汚く塗れてしまったが。

「ふふっ……さよなら、カリヤ」

「ま、た、な、ダロ……じゃあナ、ビツキ」

 若者達の笑い声がこだます中、静かに粒になって消えていく死神達。弱肉強食、これまでの死神ゲームとなんら変わらない、いつも自分たちが見てきた通りのことが、また起こっただけだ。

 

 

 

 

 

『……空から印が消えた』

 スクランブル交差点付近にあるビルの屋上、一人の少女が、そこに立っていた。渦が消え、印が消えた快晴の青空を見上げ、この渋谷の危機は無事回避されたことを確信する。

 そう、『この渋谷』の危機は。

『さあ……また始めよう。もう一つの、大切な友達を取り戻すための物語を』

 手を前に出す。すると、目の前に空間の裂け目……時空の狭間へと通ずる道が現れる。何処に繋がっているのか、無数の緑色の波が流れる、先の見えない空間が、そこには広がっていた。

 

『ネク』

 

 

 

「……で、これからどうする?とりあえず、腹減ったし、久々にケンさんとこのラーメンでも……ん?」

 命懸けの死闘を終え、友達全員と和気藹々に話し込んでいたネク。だが突如、自身の身体に違和感を感じる。

「どうしたの、ネク?」

「ココ……あ、いや、なんだか、身体が動かしづら……ん?あ、れ、っ……」

 

 ココと話をしていたはずだが、その途中のこと。自分が気づいた時、既にその身体は地面へと倒れ込んでしまっていた。

 

 そして、今、その姿を、自分が真上から見下ろしている。どういうことか、自分にもよく分からない。でも、自分自身がどんどん天へと昇っているような、そんな浮遊感に全身が包まれている。

 

 突如倒れこみ、粒子を出して消えかけるネクの周りで、みんなが決死の形相で手を差し伸べ、何とかしようと対処している……そんな中で、渋谷凛だけが頭上に、目線を向けている。

「……あれ、何だろう……?」

 目を細めて、何かを見ている。そこで気づく。自分は今、意識体となって宙に浮いている。まるでRGからUGへと飛ばされた時のような感覚の中、頭上にある何か、裂け目へと吸い込まれそうになっていると。

『凛』

「……えっ」

 そして、次に彼女が自分の元へと近づいてくる。凛もまた倒れ込み、粒子を出して消え、同じく意識体となって、裂け目へと向かう。

 地上では、完全に消滅した自分達を嘆く声が聞こえてくる。このまま自分達は何処へ行くのだろう。今は何も考えることができない。これまでの疲れによるものか、急激に眠気が迫り来たのだ。

 

 だが、戻らなければ、なら、ない……ビイトに、ライムに、ヨシュアに、未央に、卯月に、ミナミモトに……シキに、ココに、友達として、生きようと。一緒に、明日を、生きようと、言った、のに。

 

 抵抗も虚しく、強制的に意識を奪われたことで、ネクと凛は泡を吹いて気絶してしまう。そして、何も出来ないまま……多くの友達がいる渋谷から、その姿を消してしまうのだった。

 

 

『ちょっと長旅になるから、今はぐっすりと休んでよ。ま、もう聞こえてないだろうけど。

——ここまで、お疲れ様。そして、おやすみ……ネク、凛』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——いや、起きてくださぁぁぁぁい!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 机に突っ伏していた頭を慌てて上げる。凄まじい怒号に連日、不眠気味だったことによる眠気が一気に覚める。

「び、びっくりしたぁ……」

「びっくりしたぁ、じゃないですよ!全くもう……」

 目の前で顔を膨らませる緑色の事務服の女性は、腕を組み、こちらを向いていた。手には何やら、一通の封筒を持っていた。

「ち、ちひろさん……それは?」

 静けさが広がっている中、自分の声だけが響く。本来なら、こんな所に集まって話し込んでいるなど、随分とおかしいものだが。

「これですか……例の手紙ですよ。怪しいので、私はあまり信じていないのですが——」

「でも、その手紙には『凛に会える』って書いてあるんでしょ……少しでも可能性があるなら、私は、かけてみたい」

 ちひろさんの言葉を遮るようにして、一人の女の子が話に入ってくる。ここにいるのは、自分とちひろさんと、

 

 346プロアイドル部門で唯一のアイドルとなってしまった、北条加蓮(ほうじょうかれん)の三人のみ。

 

 今は訳あって、このもぬけの殻と化した『女子寮』に皆で集まっている。

「僕も……加蓮さんの意見に賛成です。大丈夫です。もしも危なくなったり、何かが不穏なことが起こったら、すぐに逃げますから……加蓮さんだけは、何としてでも守ります」

「……分かりました。でも、本当に危険だと判断した場合はすぐに引き返しましょう。加蓮ちゃんを失うことと引き換えになることなんて……何もありませんから」

「分かってる、ちゃんと肝に銘じとくから……ありがとね、ちひろさん、プロデューサー」

 そして自分たちはこれから、ある『大事な人』を迎えに行くことになった。

 ああ、言い忘れてました。

 

 

「——僕は、杉蕗侑芽(すぎるゆめ)と言いまして、大手老舗芸能プロダクション『346プロダクション』、アイドル部門のプロデューサーを務めさせてもらっています」

 

 

 

 

 

第一章『インバージョン編』完

 

第二章『シンデレラガールズ編』へ続く




第一章、完結です。ここから、もう一つの渋谷を舞台にした、第二章シンデレラガールズ編が始まります。

一応、第一章インバージョン編の総括的なものを書くので、そこだけを読めばスムーズに第二章へと移行できるようにするつもりです。キャラ解説も含めて読めば、より理解が進むと思います。
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