すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
最後に確認された『七人』のアイドルユニットである『ラストナンバー』も、加蓮を除く全員が消えてしまった。
消えてしまったアイドル達は、この渋谷のどこへ行ってしまったのだろうか。
「あー……つかれたぁ」
地べたに座り込み、脚を大きく開いて、らしくない格好になる小学生……のように見える、17歳の少女がいた。
少女はポケットから小さな飴の袋を取り出すと、それを勢いよく開けて、口に放り込む。
「ん〜、これなきゃほんとムリだわ。もう動けませ〜ん、元気チャージチャージっと」
コロコロと乾いた口の中で飴玉を転がす。いつもよりも味が濃く、味わい深く感じた。
この飴玉は、実は渋谷駅で偶然拾った物。100均で売られているようなごくごく一般的な物で、誰が買ったのかも分からない、駅地下のカフェのカウンターに、アソート袋のまま置かれていたのだ。
今の少女にとっては、この飴は家にあるゲーム機よりも、お金よりも価値のあるものだった。
もう溶けてなくなってしまいそう。ちっちゃい飴玉だ、もう少し大きかったらまだ楽しめるのに……思わず儚さを感じてしまった、そんなところに、
〈クルルルルル……〉
喉をカタカタと鳴らし、こちらに向かってくるクマがいた。普段であれば、こんなのはまるで訳が分からないことだ。
ここは山奥でもない大都会。だが、何故か人は誰一人としていなく、電車も通ってない、まるでゴーストタウンのような『渋谷』に取り残された自分たちと、未知なる化け物の数々。
こんな現実離れした日々が、今日までずっと続いている。
相変わらずの摩訶不思議さと、対するツッコミで頭がパンクしてしまい、少女はつい足を動かすことを忘れていた。
「あ……やば」
直後、巨体が宙を浮き、そのまま自分をめがけて落ちてくる。あんな巨体に突っ込まれたら、小さな自分など間違いなく潰れてしまう。でも、普段の寝たきり生活が響いたのか、逃げようとした際に、足ががくりと傾き、転んでしまった。
足腰を鍛えろと、あの鬼姉妹トレーナー達に口酸っぱく言われたのを皮肉にも思い出した。『働いたら負け』、自分のシャツにデカデカと書かれたその文字を、初めて憎む。
そうして、思わず目をつぶりそうになった、その時、
「……お〜!!どすこ〜い!!」
突如少女の視界を、何かが覆い隠す。あのクマと同じくらいの大きさの人間が現れ、迫り来る巨体を両腕で抱え込むと、
「にょわ〜っ!!!!」
そのままブンブンと振り回し、勢いをつけた後に前方へ投げ飛ばした。クマは頭から正面の駅ビルの壁に衝突し、そのままソウルとなって消滅した。
「ふい〜、一件らくちゃ〜く!!杏ちゃん、大丈夫だったにぃ?」
「おお、あいかわらずの怪力……ガチの力士みたいだったよ、きらり」
「えへへ〜、ありがとーだにぃ!!」
力士という軽い冗談を受け、何故か喜んでいる目の前の少女、諸星きらり(もろほしきらり)。
そして、冷静にツッコミをかました少女は、双葉杏(ふたばあんず)であり、このおかしな渋谷で開催された、生死をかけた不条理なゲームに不幸にも参加させられてしまった、悲劇の乙女である……と、気を紛らせるために、自分の頭の中でナレーションする。危うく殺されるところだった恐ろしさに、つい冷や汗をかいて表情が固まるが、
「はぁ……むぐっ……?」
「ふっふ〜ん!!今、杏ちゃんすっご〜く悲しそうな顔してたにぃ!!だ〜か〜ら〜、きらりのポッケの中の、きらりんパワー注入ー!!」
「コロコロ……あ、これって、飴?」
口に放り込まれた甘さに、先程までの死の恐怖が徐々に緩んでいく。これもまた美味しく、きらりの『きらりんパワー』は、この世で最も効果的なリラックス効果を、杏にもたらしてくれた。
ふと見てみると、きらりの髪はボサボサで、所々に埃をかぶっていた。
飴ちゃん探してくゆ〜、と言って駅の中にずっと籠り、それを杏がすぐ外で待っていたわけだが、一体どんなとこまで探しに行ったのだろうか。
だが、そんなきらりからの純粋な思いやりに、杏も思わず笑みが溢れる。
「へへっ……ほら、ここゴミ付いてるよ。あ、こんなとこにも……きらりったら、いつ帰ってもいいように、身だしなみとか気にしないとさ。私たち、可憐な乙女だし?」
照れ隠しで冗談を言う。素直にありがとうっていうのも、なんだか気恥ずかしくなってしまい……と、変なことを考えていると、
「ん〜?に、にょわ〜!!杏ちゃんの言う通りだにぃ!早くきらりも杏ちゃんも、ちゃ〜んとふきふきしなきゃ〜!」
「はへ?」
しまった、下手な冗談は通用しないんだ。一体どこからともなく取り出したのか、杏はきらりに、バスタオルで頭から覆うようにして包み込まれてしまう。
「う、うわぁっ!!よ、よせー!!」
「わしゃわしゃわしゃわしゃ〜!!!」
頭をぐしゃぐしゃとやられて、もみくちゃにされる杏。相変わらず加減というものを知らない……でも、なんだかこう騒がしくしてると、懐かしい気分になる。
「にょわっはっはっは〜!!」
きらりは、相変わらず元気だ……謎の力でこの渋谷に飛ばされ、それから毎日あの異形の化け物達から追いかけられ、生死の境目を彷徨うこのゲームに巻き込まれても、変わらない。
その笑顔に、いつのまにか救われている自分がいた。
こんな場所で、死ぬわけにはいかない。待ってくれてる人たちがいる。
そしてその時、太陽が、ビルの向こう側へと沈んでいくのが見えた。
——瞬間、杏ときらりは、まるで糸を切られたように、その場で意識を失ってしまった。
「お前……あの『映像』の……」
『映像?……そっか、そういえば、まだ実際に会ったことはなかったんだっけ。じゃあ……初めまして、だね、桜庭音操君』
「……ちょ、ネク君!!勝手にどこ行ってんの……?あれ?」
突然走り出したネクに気づき、後を追いかけてきた凛が、目の前にいる少女に気づく。
「君……今度はどうしたの?また、何かを伝えにきたとか?」
『うん、そうそう。この世界について、二人には説明しておかないといけないからさ』
「この世界に、ついて?」
ネクがそう言うと、謎の少女は頷く。
『大前提のことだし、ここが曖昧だと後々困ることになるんだよ。だからここで話しちゃうね』
「……ん、ん?」
そうして凛とネクを置き去りにしつつも、少女はどこからか二本のペットボトルを取り出して、両手に持つ。そのペットボトルは全く同じ形状で全く同じ量の水が入ってる。唯一違う箇所は……
「中に入ってる、ビー玉の色かな?」
『そう、ほんの一部を除いて、後は全く同じのペットボトル……これ、なんだか、今の渋谷に似てると思わない?』
「今の渋谷に?」
意味深に話したことに、ネクはいち早く反応する。
『このペットボトル……赤いビー玉が入ったのは、これまでに見ていた『渋谷』。そして次に青いビー玉の入ったのが、今見ている『渋谷』。似てるようで全くの別物でしょ。
二つの間には繋がりがなくて、それぞれに全く別の主軸が存在してるってこと』
二人とも、どうもピンと来てなさそうな表情をしている。謎の少女はため息をつきながら、要点だけを話すことにした。
『……じゃあさ、青いビー玉を凛、赤いビー玉をネク君だとすれば、理解出来る?
ここは、昨日の世界から切り離されている、全く別の世界。視認することのできない『過去世界、未来世界』とも、様々な可能性の塊である『並行世界』とも違う、異なる世界の軸のもとに成り立っている……
言うなれば『異世界』ってやつだよ』
気を利かせて簡潔に話してやった。だが、そんな配慮も虚しく、二人には言ってる意味がわからなかった。
その後も、あの手この手で説明しようと、謎の少女は試みたが、
『このペットボトルは一つの世界線の集合体を示している。キャップの部分から真っ直ぐ下に線があるとすれば、その中心軸を元に無数の並行世界が分岐してこのペットボトル中に敷き詰められてる、そんなイメージ。
これでどう?』
『あなたたちが生きていた世界は、この中の無数で無限にある世界の内のとある一つ。その他の世界には自分の知らない友人や知人、そして自分自身がいる。
これでどう?……って、ちゃんと聞こえてるよね』
言っていることの規模があまりにも大きすぎて、飲み込むのに随分と苦労しているようだった。
『……はぁ、頼むよ、現役高校生達……まあいいや、とりあえず昨日までとは『違う世界』だってことが分かってればいいよ。
ネク君のいた世界から、元々凛のいた世界へ。
一言で言えば、こういうことだから』
「……なるほどね。理解理解……って、ちょ、ほ、ホントに言ってんの、それ?」
言いたいことは分かった、何が起こってるのかも分かった。だが、あまりにもぶっ飛びすぎている。
「ネク君と私の、別の世界って……そんなとんでもないことが起こってるって、さ、流石に、意味が、分かんないんだけど……え、えっ?なんか、急に焦りがヤバいんだけど……」
『焦りすぎ。凛たち……渋谷凛、島村卯月、本田未央の三人は、インバージョンが発生する直前に、もう一つの世界へと無意識のうちにシフトしたの。そしてその瞬間にインバージョンが起こった。
結果、『元々の世界には存在しなかった不純物』として、歪な形であの渋谷と混ざり合ってしまった。そろそろ記憶も、再生が終わる頃だと思うけど』
「そうか……俺たちの世界とは違う、異世界の渋谷。だから未央と卯月と、俺たちの間でよく喰い違いが起きてたのか……とにかく理解はできた。ありがとな」
凛と少女の間に割って入って、ネクは話を進めようとする。
「ちょ、まだ私、理解が追いついてな……」
「……辺りをスキャンしてみろ」
そう、どこか深刻そうなネクに促されるまま、凛は参加者バッジを握りしめて目をつぶり、スキャンを発動する。
そこには、自分達を取り囲むように周囲を埋め尽くしている、無数のシンボルが浮かび上がっていた。
「えっ、な、何この数……これ、全部私たちを狙ってるってこと……!?」
今朝の加蓮と同じく、どうやらこのノイズ達は何かを標的として定めて、襲いかかっているらしい。自然発生したノイズじゃない、『何か』からの明確な行動原理に基づいて行動している。
「……本当は、お前は誰だとか、他にも知りたいことはたくさんあるけど……なんか、『不思議とお前は信頼できる』気がする。だから今は、お前を信じる」
『早く次に移れ、って言えばいいのに。大丈夫、状況は私にも分かってる。奴らから貴方達が逃げ切れるよう、帰り道はサポートしてあげるからさ』
少女は、ペットボトルを足元の排水溝に投げ捨て、ネク達に近づいて、ある一枚のバッジを手渡した。
そのバッジは不思議なことに、中に空間が広がっているように見える。裏側から見れば普通の薄い缶バッジだが、正面から見ると真っ白で無機質な部屋が見える、トリックアートのバッジ。
『明日から、貴方達は大切な友達を探しに行くことになる。一般人がノイズを視認している以上、こっちの世界でも、UGとRG間の壁がある理由から崩れてる。
——以前、ネク君も経験した擬似並行世界。それが二つの次元の狭間に形成されて、異常な次元として存在してることで、渋谷のバランスを崩してる。アンダーグラウンド、リアルグラウンドとは異なる……
第三の次元『SG』、通称『ストレイグラウンド』。
今、失踪したとされてる友達、ラストナンバーの六人は、その次元に閉じ込められてる』
「第三の次元……閉じ込められた!?みんなが、なんでそんなところに?」
以前……ネクはビイトと共に、ココと戦った『あの事件』を思い浮かべ、それと同じことが、この世界でも起きていることを知る。人も木も建物も空も、全てが現実に似通っている不思議かつ、不安定な次元。
ココと同じようにその次元を形成し、そこに六人のアイドルを閉じ込める。こうすれば、加蓮を除く六人が突如行方不明になったことも辻褄が合う。
六人は、自らの意思で姿を消したわけじゃない。加蓮や自分達を狙う意思を持ったノイズからも、やはり何かの、『何者かの思惑』が、この346プロの一連の事件の裏には隠されている。
『今、みんなはその次元に連れ込まれて、そこである『ゲーム』を何度も強制されてる。生き残るか、それとも消えるか。死神ゲームに三度参加したネク君なら、その過酷さが分かるでしょ?』
「ゲームか……」
謎の少女が言うには、その擬似並行世界『SG』で六人は参加者として、謎のゲームを強制させられているらしいが、
「ゲーム?」
しかし、唯一事情が分からない凛は、そう呟く。
「……ああ、そっか。死神ゲーム、知らないんだよな……分かった、後で説明するよ」
「うん……あ、ありがとね……」
ネクと凛が話す口実が出来たことを確認して、謎の少女はそのまま話を続ける。
『SGの影響が普通の人にノイズが見えたり、貴方達がRGで能力が使えたり、様々な不協和を現実に齎している。友達もゲームに巻き込まれて、いつ死んでもおかしくない状況にある。
どの話をしても、窮地に変わりはない』
元々UGはRGとは別の次元として存在していて、そのルーツを辿れば……それは、世界の創世まで遡る。
普遍の真理、世の理とも言える次元と次元とを隔てる壁。それが今、崩れようとしているのだ。どれほどの大事が起こっているのか、説明するまでもない。
ネクの世界では、『インバージョン』の影響によって、凛の世界では、『ストレイグラウンド』の影響でそれが起こっている。
『でも、SGには誰も、たとえ能力が使える貴方達でも干渉できない。次元を越えるには死神以上の上位次元存在の力が必要だからね。
だから、今渡したバッジを使って。
そのバッジがあれば、中の部屋を通じて、SGに限定的に自分をシフトできる』
「こっちの次元とSGを繋ぐ橋になる、だからこれを使えば、アイドル達の元へ行ける、ってことか。だったら、今すぐにでも……」
と、バッジを身につけるも、ネクと凛の身には何も起こらない。薄暗くなり始め、ネオンの光が灯り始めた街の雰囲気は、何も変わっていない。
『そのバッジは、昼間しか使えないって仕様がある……というか、それは向こうの状況の都合だけどね。多分今は……みんなが寝てる頃だからじゃないかな?』
「……一日の終わりのことか。あくまでルール無視は禁止ってわけか」
「それも『ゲーム』のルールなんだ……なんか、今までの急に明日になるやつと、似てる気もするけど」
残念ながら今は使えない。明日になってからじゃなければSGには渡れない。
『ま、そういうことだね。でも現実では通常通り時間が流れる、だから今日一日夜をしのぐ屋根が必要でしょ。そこでさ、一つ名案なんだけど』
「?」
今回はゲームに外から介入する都合上、現実で物事を考える必要が出てきてしまう。
どう今日をしのげばいいのか。ならば、こうするしかないだろう。
『みんなで泊めさせてもらえばいいよ、あの女子寮ってところにさ』
「え……は、はぁっ!?」
その名案とやらを聞いて、声を裏返して、ネクは物静かな様子を一変させた。
「と、泊めさせてって、急に入り込んでおいてそんなの許されるわけないだろ!?」
『ん、なになに、緊張してんの?どうせここはネク君の世界じゃないんだから、帰る場所なんてないし、やるしかないでしょ。それに凛だって、友達の加蓮やみんなを助けるには、パートナーが必要でしょ?』
「パートナー……」
あくまでネクの意見を完全無視して、少女は命令する。
『いい?これからのためにも、まずは急いで女子寮に戻るの。明日から『四日間』……その間に必ず六人をSGからRGに連れ戻さなければならない。今度こそ、理解できた?』
「色々とデカいスケールの話だったけど……みんなが危ない目にあってるってことは分かったよ。そのみんなを救うために……やれることがあるなら、やりたい」
友達が危険に巻き込まれている。詳しいことは分からなくても、今、自分が何をすべきかはちゃんと分かっている。
『うん、いい返事だね。その答えが返ってきて、ホッとしてるよ。じゃあ、頑張ってね』
「……お、おい!頑張れって、お前は何もしな……あれ?」
瞬きを一度だけしたその刹那に、既にその少女はその場から消えてしまっていた。
「き、消えた、のか……?」
一瞬の出来事だった。あの少女と話していた時間が、まるで夢であったかのように感じられるくらいに。彼女のいた場所を見ると、ただ排水溝に投げ捨てられたペットボトルがあるだけだった。
「——あっ!!凛ちゃん、ネク君!!一体、今までどこに……えっ、私と侑芽さんに相談、ですか?」
数時間後、ネクは侑芽に車で送られ……ることはなく、女子寮内の通路を案内されていた。
マンションの室内廊下のように、左右どちらにも部屋がずらりと並んでいる。どの部屋にもふかふかとしているベッドもあり、テレビまでも用意されている。ここといい、あの本社といい、例の346プロダクションの財力と規模感には本当に驚かされる。
「あとは、あ、そうでした。食堂とシャワー室はどちらも一階で、みんなで兼用になってるんですよ」
「はい……でも、ほ、ホントにいいんですか、侑芽さん?俺まで、一緒にここに居させてもらって」
「そりゃ、もちろんですよ。だって、貴方も凛さんや加蓮さんと同じく、あの化け物に狙われたんですよね?でしたら、あなたもしばらくは安全な場所に身を潜めるべきです」
「加蓮さんも凛さんも、今渋谷の街には出るのは危険と判断し、しばらくはこの寮に身を潜めることになりました。ですから、身の安全のためにも、是非ここを活用してください。それでは失礼しますね」
そう言うと、侑芽はネクから離れて一番端の部屋に入り、早々と床についた。
恐らく、使用しているアイドルが誰もいない以上どこを使ってもいいということだろうが、そうは言われても、少し悩んでしまう。
木のフローリングに、シンプルな白の内装。扉もシンプルに、ほぼ全て同じ茶色の木の扉。居心地は男であるネクであっても、どこも十分過ぎるほどだった。
「自由にって言っても、こんだけ沢山あると……」
と、廊下を行ったり来たりして悩み続けていると、
「……あれ?ネク君、いつの間に私の隣の部屋とってたんだ」
偶然に足を止めたところで、真横の部屋から出てきた凛と会う。しかも隣の部屋に決めたとして、凛はその体で話し続ける。
「奇遇だね、この階だけじゃなくて上にも下にも、いっぱい部屋あるのに」
「え?……あ、そ、そうだ、な?まさかの右隣で、俺もびっくり……」
そういうわけではなかったが……どうせ悩むくらいならと、ネクもその通りに乗っかることにした。
「……手にタオル、これからどこかにでも行くのか?」
「うん、今からシャワーにね。加蓮が終わったって言ったから、次は私の番。やーっと、お風呂に入れるよ」
自分の身体を見て、少し顔をしかめながら言う凛。風呂……よく考えれば、自分達はインバージョンを巡る一連の事件により、七日間ぶっ続けで戦い続けてきたのだ。確かにその間に、一度も風呂に入ってない……
「うっ……お、思えば、めちゃめちゃきたなっ、俺……」
「ん?ネク君って、綺麗好きなの?」
「いや、汚いのは誰だって嫌だろ!?うわ、嫌なこと考えちゃったな……」
「ふふっ」
肩を落としているネクを見て、ほのぼのしたのか、少し微笑む凛。
「……ん?」
ネクも、笑みを浮かべているその表情を見ていると、
「……え、へへ……あっ」
気づけば、自分も自然と笑顔になって、心が温かくなっていた。なんだか自然体でいられてるような気がする。そうだ、こんな感じだった。昔は、よく、こんな感じで二人で……
「……あ、あのさ」
「ん?」
もっと一緒にいたい。こんなこと……こうやって話すことなんて、もう二度とないと、思ってたから。
「えと、そ、そうだ。昼間の話、ゲームとか、あの話の続きがしたいんだ。だから……あ、後で……は、話していい、か?」
こんなぎこちない姿、絶対に気持ち悪いに決まってる。気にしないでいつも通りに話せばいいのに、相手を思うほど、どんどん緊張してきてしまう。
今自然体とかなんだとか言ってたばかりなのに。ホントに何やってるんだ、自分は。
自分が分からなくなりながらも、異様なほど押し寄せてくる熱に飲まれるだけのネクだったが、
「ああ、そうだった。あの話、まだ途中だったよね?」
凛の方は、自分の心の内には目を向けないまま、そのまま話を受け取る。そんな凛にむず痒さを覚える自分に、ネクはまた気持ち悪さを感じてしまう。
「じゃあ、シャワー終わったら呼ぶけど、ネク君はシャワー浴びなくていいの?」
「……俺は朝風呂派だ。それに、明日から早いだろうし……俺のことは気にしなくていいよ。全然、ゆっくりしてくれ」
「ふふっ、何か、変な感じだね?君って。まあ、じゃあちょっと待っててよ」
朝風呂などと、全く頭にもないことを言って、本心とは裏腹の自分を、下手くそに演じ続けているネク。
部屋を出て、少し急ぎ足で階段を降りて行く凛の後ろ姿を、そのまま見えなくなるまで見ていた。
「……」
その時、階段の反対側……ネクが今見ている階段とは、反対に位置する階段。
そこで、陰ながら今の話を聞いていた彼女に、ネクは気付いていなかった。
シャワーを浴びて火照った頬をして、少し水気の残った髪をタオルで頭部にまとめ上げて、縛っている。
「10時……もうこんな時間か。凛もいつ来るか分かんないし、明日のためにも、今のうちにやれることを……」
これから新しく過ごすことになった自部屋の整理、準備のために部屋に入るネク。
そして、誰もいなくなった廊下に、階段を駆け上がって少女が現れ、ネクの部屋の、その右隣の部屋で足を止める。
「さっき言ってた秘密の『話』ってやつ……隣から聞き耳、立てちゃおうかな」
ネクと凛が隠している何かを怪しみつつ、加蓮は、自分の部屋の中へと静かに入っていった。
第二章は二部構成になり、第一章と同じく七日間の中で、大きく二つのストーリーが起こります。
1日目〜5日目までは『SG』編として、謎の力で生み出された擬似並行世界から、六人のアイドルを救い出す物語になります。
次回は、凛の過去の記憶の一片に迫る回になります。