すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
これは、今回復している凛の記憶そのものであり、未央や卯月が心の中に封じ込めていた、346プロダクションの『あの日』のこと。
『——奈緒が消えた!?』
凛の記憶……一度は失い、そして取り戻しかけている記憶を辿り、明かされる全ての始まり。
慌てて事務所のドアを開けて飛び込んできたちひろにより、それは伝えられた。
今日、神谷奈緒が、この渋谷から姿を消した。
この前のライブの件もあり、既に混乱していたプロダクション内は、さらに混乱することとなった。アイドルやプロデューサー、その他の所属する人々も、険しい表情を浮かべる者が次々増えていき、ビル内の空気が澱んでいくのを、凛たちはその身を持って感じ取っていた。
『……!?凛、未央、卯月!!どこ行くの!?』
『決まってるでしょ!!奈緒を探しに行くんだよ!!』
『絶対、このまま放っておいたら、大変なことになっちゃう……昔の私みたいに、同じようにはさせられない!!』
『ここでただ待ってるなんて、私たちにはできないよ!!』
『あ、待ってよ!!みんな——』
奈緒の失踪を告げられたのは、午後9時。帰る直前だった凛、卯月、未央の三人は、加蓮の静止を振り切って事務所を飛び出し、既に暗くなった渋谷の街へと出て行った。
手がかりなどない。思いつく限り、しらみつぶしにあらゆる場所を巡っていく。
だが、
『はぁ、はぁ……おーい!!』
『奈緒ちゃーん!!!返事してよー!!!!』
『ダメだ、どこに行っても全然見つからない……!!』
闇雲に探したところで見つかるはずがない。時間だけが刻一刻と過ぎていき、ついに夜が更け、高校生にとって、ただの外出では済まされない時間まで至ってしまった。
もう終電も近い。このまま行動をしていたら、自分たちも危ない。暗い裏路地を避けて、明るいビル街や駅周辺へと捜索範囲を狭める。
肌寒さが、制服の上から突き刺してくるのを感じる。今日の渋谷の街では、長袖の上着を羽織ったり、肩を震えさせている人もちらほらと見えるようになっていた。
『さ、寒い……ううっ』
『もう11時を過ぎてる……流石に、これ以上は、私たちも危な……』
『奈緒は、私たちよりもっと苦しんでるはず……私たちが見捨てたら、誰が奈緒を支えるの……!?私たちは絶対に諦めちゃダメなんだよ!!なのに、弱気になってどうするの!?私たちが絶対に見つけないと!!!そうでしょ!?』
寒い風が吹きつけるも、凛は負けじと力強く言う。寒さに思わずそう溢した未央、卯月はそんな凛の普段と違った気迫に押され、
『しぶりん……?』
『ご、ごめん、凛ちゃん……』
どこか違和感を感じつつも、再び捜索を始める。
あのライブから少し時間は経ったが、奈緒の中から後悔が消えることは一瞬としてなかった。前に奈緒の携帯の画面が見えた時、凛はその画面いっぱいに書き込まれていた、心無い言葉の数々を覚えている。
あの時の顔に、生気はまるで感じなかった。
奈緒は、ずっとその失敗を引きずっていた。
笑顔はいつの日からか消えてしまい、一人むせび泣く声が、事務所に響き渡るようになった。変に話しかけるわけにもいかない、そっとしておくしかなかった。何も出来なかった自分が悔しくて、心が痛んで、辛かった。
生き地獄、ついに魔法すらも解かれ、
ガラスの靴を失い、馬車を失い、ドレスを失い、そして時間を失い。
『……はぁ……!!!ほんとに、何も、言わないで勝手に……どこにいったの!!』
自分が、見つけてあげなきゃ。
苦しんでる奈緒を、自分が救うことが出来るかは分からない。でも、何か、何か出来ることがあるはずだから。やれることなら、なんでも頑張るから……だから、
『……お願い、だから、出てきてよ……いなく、ならないでよ……』
『凛ちゃん……』
『しぶりん……』
『はぁ、はぁ、くっ……うぐっ!!』
段々と自棄になっていき、足を乱暴に動かしたせいで、凛はつまずいて地面に体を打ちつけてしまう。
じんわりと痛む、膝や肘。苛立つこの痛みや寒さが、まるで今の有様を皮肉られているように感じる。
実に無力で、友達を助けてあげる、たったそれすらも出来ないだなんて。心の中にネガティブな考えが広がっていき、冷たいコンクリートについた手を握りしめ、爪を食い込ませる。
周りの視線を感じる。みんな、地面に無様に倒れている自分を不自然に思い、避けるように立ち去っていく。マスクをつけただけでほとんど変装なしの、ありのままの『渋谷凛』が曝け出されているのに、それに気づく者は誰一人いなかった。
いつの間にか、渋谷凛という存在もまた、神谷奈緒と、そしてシンデレラガールズ、346プロダクションと共に、地に堕ちていたのだ。
一度失ったものは、二度と取り戻せない。
まるで誰かに、そう突き付けられているようだった。
『……ん!!よいしょっと!!』
『大丈夫、凛ちゃん?足とか捻ってない?』
『……うん、大丈夫……私は平気だよ、だから、早く——』
心が凍てつきそうになるも、友達の温もりによって、なんとか凛は身体を起こす。でも、その表情は明らかに疲弊しきっていた。奈緒をきっかけに、気づけば自分自身が抱えていたものまで、浮き彫りになっていたのかもしれない。
『ねえ、しぶりん。やっぱり、今日はここまでにしない?なんか……見てて、すごい心が苦しくなって……私、怖いよ』
『なんだか、凛ちゃんまで、どこか遠くに行っちゃいそうって感じて……お願いだから、無理はしないで落ち着いて……ね?』
『でも——』
言う前に、未央と卯月は凛の腕を掴んで、帰路に着く。強引に引っ張るようにして、同時に腕を掴んでいる手の力を強めて。
それは無意識のうちの本能だったのかもしれない。この先に起こることを察し、凛の身に危険が及ぶと。
だが、遅すぎた。
突如、凛は二人を振り払い、一人渋谷の奥深くへと走り去っていく。それは奈緒を探すためだったのかどうか、定かではない。
ただ、苦しみに満ちたこの世界から逃げ出したかっただけなのかもしれない。苦しんでるのは奈緒だけじゃない、自分も、みんなも同じだ。どこまでも続く、終わりの見えない今の状況が、息苦しくて。
二人が追いかけてくる。自分の名前を呼び、渋谷に引き戻そうとしてくる。それから、ひたすらにとにかく逃げる。一体、自分は何をしているのだろう。虚しさがこんなにも溢れてくるのに、どうして一番側にあった温もりを振り捨てたのか。
やがて、その声も聞こえなくなった。周りを見渡すと、ビルに囲まれてはいるものの、そこは街灯の鈍い光のみがある、何の特徴もない場所だった。本当に何もない、正に自分が望んでいたような、平穏な場所。渋谷にも、こんなに静かなところがあったなんて。
いつも見ていた渋谷が、暗く、寒く、痛く、苦しみに満ちていたのが、よく分かる。
『はぁ、はぁ……ふふっ……あははっ』
乾いた声が自然と出てくる。これから自分はどうすればいいんだろう。間違いなく、今後346プロダクションの未来は悪い方へと向かっていく。
何にせよ、もう、今までには戻れない。
『凛』
『……ん?』
寒さで意識が薄れる中、ふと誰かに名前を呼ばれたような、そんな幻聴が聞こえた。もはや心は擦れ切っていて、もう何も感じたくも、思いたくもなかった。ただただ、疲れた。
永遠に眠ってしまいたくて、その望みが叶うように、瞼が重くなってくる。
『凛』
しかし、またしても声が聞こえてきて、せっかく手に入れた平穏を妨げてくる。
……うるさい。人のことをいじめて楽しいの?放っておいて欲しいのに、いつまでもうざったく構い続けて……今の、気持ちが、アンタなんかに分かるの?
だが、その声はしつこく構うどころか、ゆっくりと、星一つ見えないネオンの夜空へと、凛の身体を昇らせ始めたのだ。
それも、凛だけではない。二人も一緒にだ。
『未央』
『卯月』
一体何が起こっているのか。何かに身体が吸い込まれていく。頭上に見えるのは、緑色の波が奥へ無数に続いていく空間への、狭間。
『凛ちゃん!!』
その時、共に宙に浮かんできた未央と卯月が、凛に向けて手を伸ばす。距離が段々と縮まっていき、もう少しで腕を掴まれる……その手前で、
『……うっ!!』
『『うう、っ……』』
凛、そして未央、卯月は突如襲いかかる瞼の重みに耐えられず、目的を果たすことのないまま、その意識を手放すことになった。
『は……?』
渋谷が崩れていく。意識が戻ったとき、目に映ったのはそんな非現実的な光景だった。少しずつ、渋谷のビルの上部が粒のようになって空へ消えていく。
空には……赤い巨大なシンボルマークがあった。冷たいビルの壁に横たわっていた凛は、慌てて身体を起こして、すぐそばにいたとある少女に声をかける。
その少女は緑色の服を着ていて、手には黒い……何かの人形を持っていた。
『ねぇ、君、ちょっと……っ!?な、なにこれ……!?』
思わず、腰を抜かして尻もちをつく。肩を叩くと、その感覚はまるで石のよう……いや、それよりもずっと硬い。例えようがない、まるで『固形物』という言葉をまんま形にしたものに触れているような、そんな感覚がした。肌の柔らかさどころか、布の触り心地すらない。ここにあるのは人じゃない、その形をした何かだ。
『ひっ……な、なんなのこれ!!他の人たちも、み、みんな……』
よく辺りを見回してみると、一人として生きている人は誰もいなかった。みんな、何故か全く動かずに静止している。顔の表情も、瞬き一つも、シワ一つ立てずに。不気味にも程がある、怖い。
先ほどまでの『渋谷』とは何かが違う。目覚めたばかりでも、それだけはハッキリと分かった。それほど、この『渋谷』の空気は異常だったのだ。さっきの虚しさ漂う静けさとは違う、この静けさは……誰かによって作り上げられた、威圧的なものを感じる。
『さっきから、次から次へと……っ!!!私に何がしたいの!?こんなに悩んでて!?なんとかしようとしてて!?それでも、一向に良くなんかならないのに!!!……私をバカにして、コケにして、弄んで、潰して、楽しいの!?ねぇ!!!答えて!!!答えてよ!!!』
人の塊が無数にある街で、ただ一人、大声で心の内を叫び、恨み言をぶつける凛。心が圧迫され、まさに押し潰されそうになる……その時だった。
突如、空のシンボルが大きく脈動した。
『——!?……ぁぁ……ぁぁ、っ?』
それと同時に、身体の自由が奪われた。顔も指も何も動かせない。まずい。心に備わっている、人間としての本能がそう呼びかけている。これはただ事じゃない。直ちにここを離れろ。今すぐ逃げろ。
『——!!!!!!!!』
シンボルから波動のようなものが放たれ、徐々に地上へと降りてくる。その道中、その波動に触れたビルが跡形もなく塵と化した。
緑色の服の女の子。その隣で同じく固められた自分も、何も抵抗できることなく、そのまま降りてくる波動に飲み込まれ——
「はあ、はあ……お待たせ、シキ……どれくらい待った?」
「……どれくらい待った、じゃないよ!集合時間一時間前だよ!?ほんとに行く気あるの?」
「ご、ごめん……緊張して—————
この後、凛の記憶は書き変わり、以降を思い出そうとすると、上乗せされるようにシキとの記憶が浮かび上がってくる。
この日の出来事は、凛にとって、そして未央や卯月、346プロダクションに所属する全てのアイドルにとって、自らを永遠に縛り上げる責任という名の呪いになった。
未央、卯月がネク達にこの話を一度もしなかったのも、これが理由だった。話そうにも話せない、後悔に満ちた今も続く悲劇が、そこには秘められていたのだ。
空白の一ヶ月……これまで、出会ったことのなかった杉蕗侑芽がプロデューサーになり、346プロダクションが美しき城から廃れた墟と化してしまった期間。凛たちがインバージョンの一連の事件に巻き込まれていた中、こちら側の世界では何が起こっていたのだろうか。
今回は『凛、未央、卯月がインバージョンに巻き込まれる』までの、回想であり、同時に、『1日目夜』の後の、ネクと凛の会話内容にもなってます。
『あの日』とは、神谷奈緒が失踪した日のことで、第一章の【未央、卯月パート】などで存在が仄めかされていて、ネク達の『A NEW DAY』と同時期のものとしてます。