すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
完全に記憶を取り戻した凛。失った親友をパートナーに照らし合わせているネク。
これまで表面上の付き合いだった二人が、互いの内面に気づいてしまった時、それは当たり前のように壊れてしまう。
パートナーを信頼しろ。心と心でぶつかれ。
互いに過去にしがみつく彼らに、こんなことが出来るのだろうか。
彼ら二人の行く末は、果たして。
「……ねえ、平気?」
途方に暮れて、屋上のハンモックに寝転がっていた時、ネクの両側のハンモックに、それぞれ杏ときらりが倒れ込んできた。
ここは、SG渋谷スクランブルスクエア屋上階の屋外スペース、渋谷スカイ。この渋谷の中で、最も高い場所から見えるその空は、紫の中に残る微かな橙色が儚く、徐々に心が切なくなり、悔しさが滲み出てくる。
「……なんなんだよ、一体……」
この場にいないのは、凛だけだ。彼女は既にバッジを使い、RGに帰ってしまった。さっきの出来事から、一言も話せていない……思わず空気が重くなり、ため息が思わず震えてしまう。
「何があったかは分かんないけど……あんな凛ちゃん、私も見たことないよ」
「……」
衝撃が抜け切らなかったのか、同じく都会の夕暮れ空を見上げながら、杏も同情気味に言う。何も返すことが出来ずに、ネクがしばらく黙ってハンモックに突っ伏していると、
「ねぇねぇ。ネクくんは何か、心当たりはないの?」
寝転んだ身体を起こし、きらりがネクにそう尋ねる。最早、返す元気もなかったが、何とかネクは言葉を搾り出そうとする。
「……多分」
「たぶん?」
「……俺の、せいなんだ」
——現状を一言で言うと、
凛とネクが、決別した。
この理由は、少し前に遡ることになる。
「……今日は、出る場所が、違うんだ」
「渋谷、スクランブルスクエア……最近できた新しい高層ビル、みたいだな」
今日も早朝からの作戦は変わらず、凛、ネクの二人はSGへの潜入を開始する。しかし、昨日と違って加蓮はここにはいない。
『もしも、またアイツが入り込んできたら大変でしょ?だから私は、プロデューサーとちひろさんと一緒にここを守ってるよ。
そりゃ、昨日のこともあるけど……でも、焦って突っ込むばかりじゃ、出来ることも出来なくなるって気づいたから。二人には二人の、私には私の出来ることがある。今はそれをやるだけ。
みんなのこと、任せたよ。私も出来ることをやって、二人と一緒に戦うから——』
出発直前にそう言って、加蓮はネクと凛を見送った。ディメンションリンクバッジは加蓮が預かり、自分の部屋に保管することで紛失の恐れに備える。侑芽とちひろに、いないことの理由付けもしておくと言い、お陰でSGの探索に専念することも出来る。
謎の少女の言っていたタイムリミットは、あと三日。ここで止まっていては、時間が惜しい。
早速ネクは、この場の現状を確認した。
(どういうことだ?今日は多くの人がいる……昨日は誰もいなかったはずだ)
(それだけじゃない。ノイズの気配も昨日よりハッキリと分かる。例のゲームマスターが、本格的に動き出した……って、ことなのか?)
近くの案内板を確認し、現在地がどこかを調べる。今いるここは、二階の建物外に設置されている歩行者デッキ。
しかしデッキとは言っても、実際は縦に広い空間のようになっていて、横の壁がガラス張りになっていることで、外の渋谷の風景が見える作りになっている。後ろへは、渋谷ヒカリエへの連絡通路が繋がっていて、前の方にはエスカレーターと階段があり、三階へ登れば渋谷駅東口への連絡通路に出る。
ここ、渋谷スクランブルスクエアはショッピング等の複合施設としてだけでなく、駅周辺の様々な場所へのアクセスを容易にする目的も含めて作られている。
つまり、進むことのできる道はあらゆる場所に、数多く用意されている。人探しを目的とする今の自分たちにとって、この状況はかなり都合が悪い。
周囲を判断し、先の行動を思考するネク。
ところが、
「……」
凛はその間、何故か目を細めて、同じところをウロウロとしているだけだった。
「よし、人がいるなら、インプリントを使って情報を……って、何してんだ?」
「……え?」
「え、じゃないだろ?何ぼーっとしてんだよ」
「……ああ、そう。はい、ごめんごめん」
置かれているシビアな状況に対して、凛の飄々とした態度に、思わずネクは、しつこく口を尖らせる。
「ごめんって……おい、寝ぼけてるのか?シャキッとしろ、シャキッと——」
すると、
「うるっさいな……ごめんって言ってんじゃん……!!!」
これまで見たことのない凛の声を荒げる姿。思わずネクは狼狽える。
「えっ!?」
「分かってるって!!インプリントを使って、みんなのことを調べるんでしょ?やる!!やるからあんまり騒がしくしないで!!」
そう言うと、凛はズカズカと早足でスクランブルスクエアの中に入っていく。
「あっ!ま、待てって!!」
その背中をとにかくネクは見失わないよう、必死に追いかけるしかなかった。
——インプリントを使った捜索の結果、昨日の飛鳥や蘭子達の行方は分からなかったが、また違うメンバーの杏ときらりがこのスクランブルスクエアの上にいると判明。どこかギクシャクした空気感のまま、ネクと凛は目的地の13階レストランエリアへと向かっていった。
「おまたせしました〜こちらセットの……となっておりまーす。え?ふーふー?……あのさ、ここメイド喫茶じゃないんだけど」
悪い態度の客に、にこやかな笑顔が一変し、営業スマイルが解ける小さな少女。
「だったら、代わりにきらりがふーふーしてあげるゆ〜!はい!ふーふー、はっぴはぴ〜!!これでぱわーぜんかーい!!」
そんな少女に変わるようにして後ろから現れたのは、根っからの陽気で大きな少女。
とあるレストランの店内に見えたのは、そんな一際目立っていた二人のバイト店員だった。
多くの人々で賑わっていたレストランフロア。渋谷ならではの個性的な店が並び、オレンジの明かりや独特なデザインの腰掛け、巨大水平窓付きのイベントスペースなどもここの洒落たムードを形作っている。
その中で、二人の存在は明らかに浮ききっていた。良い意味でも悪い意味でも。
「にょわっはっはっは〜!!!」
「うわぁぁっ!!!ご、ごめんって!!もう途中で抜け出したりしないって!ちゃんとニッコリも忘れない!ほ、ほら!にこ〜!!」
大きい方の少女が、突如小さい方の少女を肩車して、大声で店内を暴れ回る。当然、人はこぞって集まり、皆様々な視線を向けていた。
「ふん……こんな時まで、何やってるんだか……」
「はぁ、はぁ……まさか、アイツらがまた例の『アイドル』?」
先を急ぐ凛と、そんな凛を必死で追いかけて息をあがらせるネク。13階に辿り着いた二人の目にも、その奇天烈な様子は飛び込んできた。
「ひー、色んな人からこっぴどく叱られた……あっ、今日も来たんだね。話はもう聞いてるよ。桜庭音操でしょ?」
「あ、ああ。飛鳥達からか……話が早い、な」
「ん?どうしたの、そんな戸惑って?」
「いや……その、格好が……」
「にゃっほ〜い!!はじめましてだにぃ、ネクくん!!こうやってちゃんと会えて、きらり嬉しいな〜っ!!」
「……」
シフトが終わり、私服に着替えて店から出て来た彼女らだったが……片側の少女、双葉杏。彼女のその私服を初めて見た時、一体どれだけの人がそれを飲み込めるのだろう。
【働いたら負け】
誰だってこうなる。その白シャツはブカブカで、何かをこぼした跡だってくっきり見える。だが、この街でそれを着ていたとしても、まるで怖気付かない鋼のメンタル。むしろ、堂々としすぎてるほどの勢いで、ドヤ顔に見せつけてくる。
それに、もう片方の少女、諸星きらりもそうだ。格好は派手で杏とは違うが、一番の特徴はその口調、電波な話し方。語尾に星でもつけてるかのような、そんな独特な言葉遣いにまたもや困惑させられる。
昨日の飛鳥、蘭子の時と同じことをネクは思い浮かべる。
(いや、個性……)
そして、そんな中。
「……」
凛はネク、きらり、杏を尻目に一人、ムスリと沈黙を貫いていた。
「そういえば、これで今日のミッション終わったのかな?」
杏はスマホを付け、メールをタップして確認する。例の死神からのメール。今日のミッションとして課せられていた内容はというと、
【スクランブルスクエア13階で、アルバイト。勤務時間は2時間、消滅はなし】
と、これまでの殺伐としたものに比べると、何故か拍子抜けするほどに緩いものだった。
彼女たちがこの店を訪れた際、既に自分たちはバイトとして認識されていて、結局ニ時間丸々バイトしただけ、という不思議な一日だったらしい。
手のタイマーもなく、まるで普段の日々の中にいるような……今日だけは、自分たちのいる渋谷が、いつもの渋谷に戻っていたように感じられた。
「はー、どうせだったら働くんじゃなくて、快適な部屋で寝るとかが良かったのにな〜」
「……調子、乗りすぎだから。それに、どう考えてもそんなの怪しいでしょ……」
「はいはい分かってるよ〜、凛ちゃん。んー……!!あー、身体中ばっきばき……」
「軽いミッションを出して、伸びをしきってるところを……か。確かに、死神は平気でそういうことをする」
「え〜!てっきり、今日はゲームマスターさんの優しさでこうなってたんだと思ってたにぃ!がく〜……」
「そもそもの張本人に、優しさもあるかよ」
「——噂をすれば」
薄々とは勘付いていた、この気配。案の定、奴らは空気など読みもせずに湧き出てくる。
今いるレストランの目の前にあるエスカレーター。無防備の参加者たちを追い詰めるべく、そこから次々と登ってくるノイズ達。周囲の人々はその姿を見るや否や、即座にその場から逃げ去っていく。
「やっぱりか……!!」
ネクが迎撃の姿勢を取ろうと……したが、
「うざい……とっとと消え失せろ!!!!」
その時、これまでになく荒い口調になった凛が、パトロールショットを放ち、ノイズ達を文字通り蹴散らす。
戦い方はみるみる荒々しくなり、まるで苛立ちをぶつけるかのように、今度はミング型ノイズに掴みかかり、ショックウェイヴの刃を頭部に叩きつける。何度も、何度も、やがて脳を貫通し、胴体部をも引き裂き、跡形もなく消えるまで切り刻む。
「消えろ……っ、消えろ……ぁぁぁぁっ!!消えろぁぁぁぁぁっ!!!!はぁ、はぁ、はぁ……」
「「……えっ!?」」
その狂気的な戦い方に、杏、きらりも思わず普段の様子を失くす。息を飲み、見たことのない友達の姿を怪訝する。
そのまま辺りのノイズを一掃すると、前のめりになりながら、凛はエスカレーターに駆け込み、一人下階へと向かう。奴らが下から来ているなら、その大元を潰すまでだ。
だが、そんな凛の行動は、いくらなんでもパートナーに合わせるつもりがなさすぎる。まるでネクをいないものだとして、凛は完全に一人で戦い出してしまう。
「アイツ……勝手にあちこち行きやがって!!悪い、俺も一緒に行ってくる!!」
凛に何があったのか。後を追いかけようと、ネクもエスカレーターに向かう。
「ええっ?お、男の君がいなくなったら、こんなか弱い乙女はどうやって……」
「はっ!杏ちゃん!!バッジ!!バッジだにぃ!!」
「バッジ……あ、初めに持ってたこれのこと?」
「そーそー!きらりのこのバッジと同じ!これを付ければ、杏ちゃんもぱわーが使えるの!」
ネクが目を向けられない分、戦うことを求められて困惑する杏。これまでのゲームの中で、戦いは全てきらりが請け負っていたらしい。
「お、お前、参加者なのに知らなかったのか?」
「え……だって、気づいた時には大体きらりがやっつけてるから」
「なんだよ、それ……お前も戦わないと死ぬんだぞ!!」
喝を入れるよう杏にそう言うと、ネクは急いで下へと駆けていった。
「りょーかーい!!ささ、杏ちゃん!腕の見せ所だりょー!!」
「いや、ちょ、え、ま……ち、ちょっと待ってってばっ!!」
「……っ!数が、多い……うっとお、しい……」
「おい!!そろそろいい加減にしろ!!なんでもかんでも、一人でやろうとするな!!」
手から雷撃を放つ『ライトニングボルト』を使うも、徐々に数で押されていた凛。小型を倒しても、大型、飛行型のノイズが飛びかかり、受ける傷が増えていき、それにまた苛立ちを覚えて焦る負のループを引き起こしている。
彼女を助けるべく、ネクはエスカレーターの途中から飛び降り、フリーフローサイキックを使い、分裂する『ブラックホール』を出し、凛の周囲のノイズを纏めて無へと消し去る。
「おい……平気かよ?」
「……別に」
今朝と同じように、あいかわらず素っ気なく凛は答える。どこまでも気になるその変化だったが、今は少し飲み込んでネクは話す。
「とにかくまずはコイツらを倒そう。頼む、手伝ってくれ」
そう言うと、ネクは切り札のハーモーナイザーバッジを取り出し、パートナーである凛とのマッシュアップを試みる。
これで敵も一網打尽に出来る……そんなことを、この時は思っていた。
ところが、
「えっ!?……ぐぁぁぁぁぁっ!!!!」
「……!?うわっ!!!!」
バッジを使用しようとした瞬間、突如、ハーモナイザーバッジはこれまでに見たことのない、赤黒い衝撃波を発する。赤と黒の電流を纏う強烈な波動は、大量に蔓延るノイズはおろか、使用者のネク、凛すらもまとめて吹き飛ばし、誰一人寄せ付けないほどの膨大な力の暴走を見せる。
たった一度の波動で一瞬で殲滅させられるノイズ達。衝撃で壁に叩きつけられる使用者のネクと凛。全てが消えた場にカランと落ちるハーモナイザーバッジ。
この現状が物語るのは、今の自分たちでは、両者の持ち合わせているポテンシャルを全く活かせないでいるという、何とも情けなく苦い真実だった。
「さっきの、あの力……それに、マッシュアップも、発動できなかった」
凛を連れてエスカレーターに乗り、上に戻ろうとする際、ネクは先程の話をする。
「……」
「パートナーの俺とお前の問題……シンクロか」
マッシュアップの特徴を思い返してみる。
ハーモナイザーバッジを介して発動するこのサイキックは、パートナーの存在が鍵を握り、パートナーとの心の繋がり、信頼、すなわち『シンクロ』が深まれば深まるほど、より強力な力を発揮する。
ということは、
「シンクロ率が……このバッジを起動させる地点にすら、到達……してない、のか」
「……」
正直、言うのが気まずかった。サイキックを発動できないということは、つまり互いの信頼構築が、まるでなってないということになる。
でも、不思議なことじゃない。まだ出会って三、四日しか経っていないのに、相手を完璧に信頼しろという方が難しいのは当然だ。
だがそう思い込もうとしても、同じ日数で既にマッシュアップを行えていたココ、ミナミモトのことを考えてしまい、比べてしまう。操られていたココはまだしも、ミナミモトなんかつい最近まで敵対してたほどの関係だったのだ。当時の彼らとの関係値も、まだシンクロ以前のレベルであったはずなのに。
その二人よりもシンクロが低いだなんて……それも肝心の、『渋谷凛』と。
「っ……」
その事実は、ネクにとって最も避けがたいことだった。自分と凛の関係は、やはり一番であって欲しい。
過去を乗り越えられたと言ったはずなのに……思い出の中の凛に縋り付きたい思いが、今でも何処かにあった。
そんな理想と現実の違いに、ネクも平静を保てなくなり、微かに苛立ちを覚え始める。
「……何か、お前も言ったらどうなんだよ」
「……は?」
ネクの声にも、影が立ち込めてきた。
「さっきから何も話さないで、一人で勝手に動き回って……何があったって聞いてんだよ」
「……別に」
「またそれかよ。昨日の今日でどうしたんだ。何がそんなにイラつくんだよ」
「……アンタには関係ないから」
目も合わせず、ひたすら言い捨てて流すばかりの凛。そんなんだから、ますます苛立ちが募っていくネク。募って、募って、募って、思い通りにいかないことに募って。
(何が……何が、渋谷凛だ。お前が、渋谷凛を名乗るな。お前なんか……俺の知ってる凛じゃない)
ついに、禁断の話を口にする。
「……俺にとっての渋谷凛は、お前みたいな奴じゃない」
「……何?まだ何か言うの——」
「俺は、お前のことをずっと前から知ってる。二年前……こっちの世界でずっと一緒に過ごしてたんだ。たった一人の、大切な親友として」
「……えっ!?」
「俺ともう一人のお前は、親友だった。でも、アイツはもうこの世にはいない。だから、俺は今までお前に『凛』を照らし合わせてきた。初めからずっとだ。お前のことなんか……最初からまともに見てない」
「……」
ネクは、凛のアイデンティティを全否定し、かつての親友の渋谷凛を照らし合わせていることを自ら暴露してしまった。
——なんでこんなことをしたのか、その時の自分が何をしたかったのか、今でもよく分からない。
凛に苛立ってしまい、思わず言ってしまったのか。ずっと隠していたからこそ、我慢できなくなったのか。だが、そう軽く済ませられるほど、このことがもたらした代償は小さくなかった。
「……通りで、おかしいと思った」
この三日間ずっと隣で戦ってきたパートナーから言われる衝撃的な事実。凛はようやく、違和感の正体に気付いた。
『赤の他人の彼が、何故私たちのために戦うのか』
やはり優しさなんかじゃなかった。そこにあるのは。
「未央と卯月に近付いたのも、こうやって今みんなを助けるために戦ってるのも……全部私で遊んでたかったからなんだ。ずっと……私たちの思いを踏みにじって……!!!」
凛の辿り着いた結論を聞き……ネクは腑に落ちない表情を浮かべる。
「……っ」
「初めから私のこと、『私』としてじゃなくて『凛』として見てて……くだらない妄想に、私たちを付き合わせて……」
「……いや、待て——」
凛の言っていることは、飛躍し過ぎていた。確かにあの時、凛とパートナーになっていなければ、自分はこのプロダクションの問題に関与することはなかっただろう。凛を別人に当てはめていたことも事実で……
「私欲のために、わざわざ嘘ついてまでこの状況を利用して、弄んで、良いように使って……許せない、絶対に許せない……!!!」
「い、いや、ち、違う……違う、違う、違う!!確かに俺は、お前を無視し続けてきた!!でも、でもそれは、別に、未央や卯月とは……加蓮、と、は……」
この時、ネクも自分の感情が分からなくなっていた。
自分が今、こうして戦っているのは……ただ『凛』と一緒にいるための理由づけだったのか?
違う、違う。だって自分は友達を作って世界を広げるって決めて、過去を乗り越えると決めて……でも、ならばどうして、今こんなにも凛のことで頭がいっぱいになるんだ?分からない、分からない、自分が分からない。
混乱が混乱を生み、余計に状況がこじれる。
「……でもって何、適当なこと言わないでよ!!!アンタのことなんて、信じられない……やっぱり、アンタも死神も、みんな私にとっては邪魔でしかなかった!!!」
「……みんな……みんなみんな、何もかも大っ嫌い!!!!私たち……いや、私はもうこんなことしたくない!!戦いたくない!!全部やめて、何もかも忘れたい!!死神とか、ノイズとか、もうどうでもいいよ!!!!!!」
だって今まで、こんなことはなかった。
あの時、初めて卯月に出会った時。城へと招かれ、多くの友達、仲間達と出会い、自分の人生は大きく変わったはずだった。
なのに……『何故自分は今戦っている』?
何故シキとの記憶が頭に存在する?
何故時間改変なんてSFチックなファンタジーが現実に起こる?
何故異世界なんて言葉を聞く?
ノイズ……死神……平行世界……ボイコット……止めろ、止めろ止めろ、これ以上はもう止めろ。
自分は、現実の世界を生きる高校生で、アイドルになって。そのはずなのに……
『もう二度と、元の日々には戻れないんだよ』
昨日、あの男にそう言われた時、完全に記憶を取り戻したことで、自分の物語が音を立てて歪んだような、そんな感覚を抱くようになった。そして、なんで自分が戦う羽目になったのかという苛立ちも。
今まで目を背け続けた、自分の周りを取り巻く非現実的な現実そのもの、絶望。346プロダクション所属アイドルとして、決して無視することのできないこと。あの失態から崩れていった夢への階段。
段々、蝕まれてるような感覚に陥った。こんなはずじゃなかった自分達の理想と希望を、シンデレラの夢の物語を、
死神に、そして目の前のよそ者、『桜庭音操』にも。
無関係の少年が、自分たちの空間に居座る。それだけで、今の自分は心が落ち着かなかった。
そんな時に、ついに明かされた未練のような自分との繋がり。もう……うんざりだ。私はもう私一人で、誰にも干渉されずに物語を紡ぎたい。
これ以上、完成されるはずだった『私の物語』を壊すな。
「死神!?サイキック!?能力者!?気持ち悪いんだよ!!やるんだったら、どっか他所でやってよ!!!なんで私たちを巻き込むの!?やりたいことも、夢も、みんなみんなあって!!なのに、アンタ達が、アンタが、それを全部、全部、ぶっ壊したんだ!!!これ以上歪めないで!!!お願いだから……アンタも死神もみんな、もう私の前から消えてよ!!!!」
「お前……」
「もう呼ばないで!!!……もう、私は戦いたくない……こんな現実……もう嫌だ、っ……嫌だよ……ぁ、っ」
「あ——」
頭を抱えながら、フラフラとエスカレーターを駆け下り、次第に姿が見えなくなっていく凛。だが、もうネクには、彼女を追いかけることが出来なかった。
自分すらも見失いかけ、心の中を埋め尽くす耐え難い虚しさに顔をしかめ、膝をつき地面を眺めることしか出来なかった。
「そっか、そんなことがあったんだ」
「……」
杏は、ネクの話を聞き、手にうさぎの人形を抱え、淡々と状況を理解する。
話をしている間も、ネクはモヤモヤとする感情を、ひたすら自分の中で練り込んでいた。
……これまで『凛』だとしか、あの少女のことを見ていなかった。他人を照らし合わせて同一人物だと捉え、夢物語に浸っていたのは……紛れもない事実だ。
「……ねぇねぇ」
死神ゲームを通じて、多くの人たちと出会って……自分は変わったはずだった。他人を阻害する事をやめて、耳を塞ぐ事もやめた。でも、いざ凛と再び向き合った時、拭いきれなかった未練が溢れ出してきて。
本当はまだ、芯は変われてなくて。
「まるで全部、戯事だ……何が……乗り越えられた、だよ……今でも俺は、やっぱり、ずっと……っ」
「……お話を聞いてゆと、結局、ネクくんはどうして戦ってるのかな〜?」
「……え?」
後悔に耽ってしまっていた……その時、きらりから聞かれた内容に、ネクは理解した後もすぐに答えを出せなかった。
言うべき答えは分かる。でも、本当は、そんなことは思ってなかったのかもしれない。その突っ掛かりが、ネクの脚をその場に留まらせていた。
「きらり、あーんまりネク君のこと知らないから、答えはぜんぜんわからないにぃ」
「……」
「でも、もしネク君がそのことで困ってるゆなら……きらり達と一緒に、今から解決しよ〜よ!!」
「へ?」
突如声のトーンを上げたと思ったら、きらりはハンモックから立ち上がって、ニコニコとしてネクの前に座り込む。
「悩み事は一人でむす〜っとしてるより、みんなでどか〜ん!!ってしたほうが、もっといいことを思い付けるって思うんだにぃ!!ね、杏ちゃ〜ん!!」
「ええ……私もやるの〜?仲直りの手助けならまだしも、考えるのはめんどくさいよー」
「そうだにぃ!だって、助けに来てくれただ〜いじなお友達の悩みを、無視なんてしたら、めっ!だよ、杏ちゃん!!」
「……大事な、友達……」
ふと、きらりがネクに向けていった言葉。それを聞いた途端、ネクの頭の中に次々とその『友達』の姿が思い浮かんでいった。
『ネクが『何』を考えてるのか、知りたい』
シキ。
『他人と触れ合うからこそ、今までとは違う『自分』を発見できる』
ヨシュア。
『もうお前は俺のパートナーなんかじゃねえ。俺の、『友達』だ』
ビイト。
他にも、ライム、ミナミモト、ココ、未央、卯月、羽狛さん。これまでに出会えた多くの人たち。
自分は、それらの人たちと繋がりを得た。その際に他人と自分、その二つが繋がるために、いつも『心からのぶつかり合い』が必要だった。
自分は、みんなとのぶつかり合いで、何を感じただろう?
初めは鬱陶しさだった。でも、それは次第に変わっていって、自らの可能性を広げる、『楽しさ』になっていった。
(あの死神ゲームは、あり得ないほど辛かった……でも俺のこれからにとって、大きく前へと進むきっかけにもなったはずだった。羽狛さんの言っていた、あの言葉の意味も分かる)
羽狛……CATは、『今を全力で楽しめ』と、自分に言い続けてきた。あの人の作品を通じて、何度もそれを感じ取ってきた。
ゲームを終えた後、友達のみんなと出会う時間はとても楽しかった。今を楽しんでいた、そんな世界はまさに、素晴らしかった。
(今の自分が今の自分として生き続けている、その理由は……)
アイツを失ってから、自分は心の奥底に本心を閉じ込めていた。
その本心とは、友達と共に過ごし、日々を心から楽しむこと。あの日から、楽しみたくても楽しまない、そんな自分が生まれたのだ。
また、自分は同じことを繰り返すのか?もういないアイツを当てはめてまで、今を見ず、過去にしがみつく選択をするのか?まだ、アイツに縋り付いて、そんな臆病で変化を恐れる自分を正当化するのか?
また……自分は、また……
「……」
「あー、ほら。友達って言われた本人が一番混乱してるし」
「えっ!?友達って言ったら変だったにぃ?」
「そりゃ誰だって急に言われたら驚くでしょ。だよね、ネク君?」
「……いいや」
いや……そんなの、嫌だ。
きらりに言われた友達……それこそが、自分が今戦ってる理由だ。ただ、凛に縋りつきたいだけじゃない。自分と同じく悩んで、戦っている友達を、助けたい。
こうして決別が起こったのは、自分がまだ、過去を乗り越える覚悟が足りていなかったからだ。今、最も必要なのは……過去を受け入れて前に進む、その勇気だ。
「あのさ」
きらり、杏に対して、ネクは言う。
「お願いがある。俺と……友達になってくれ」
「……ゆ?」
「俺が戦う理由……誰かが困ってるなら、その人の力になりたい。その人と繋がって、友達になって、自分の世界を広げたい。それが、俺のやりたいことだ」
凛は自分に言った。これまでのことは全て、アイツとの幻想のためのものだと。でも、それは違う。自分は凛と向き合うことを恐れていた。だから、逃げ続けてきた。本当にやりたかったことは別にあるのに。
「俺、凛のこと、自分からちゃんと見ないようにしてきた。でも、それは俺の本当のやりたいことじゃない。ずっと逃げてばかりだった……俺の臆病さ、弱さから、もう逃げるわけにはいかない」
「ネク君……」
「友達と一緒に、どこまでも俺の、目に見えるこの世界を広げる。それが今の俺が戦う、本当の理由なんだ。もう誰かにも、自分自身にも、嘘は付きたくない」
自分の本当にやりたいことは、決して過去にしがみつくことじゃない。大事な友達を思い浮かべ、改めて自分の心を整理したネク。
「……なんだか、急にスッキリしたじゃん。どうしたの?」
「やっと心の中のもやもや、分かってなかった自分自身のことが、ハッキリした。大事なことを思い出せたんだ。二人のおかげだ、ありがとう」
「別に杏たちはなーんもしてないけどね。ま、ネク君がそれで良いなら良いけどさ」
案外相談に乗る気があったのか、少し拍子抜けと言いたげな表情を浮かべる杏。だが、決して意味がなかったわけではない。
今のネクにとって、本当に大切なものが何か、それを思い出すきっかけを、杏ときらりは与えてくれた。
自分は、凛をアイツに当てはめ続け、それによって変化を抑制していた。『二年前の事故』を迎えるまで続いていた『凛と自分の楽しい時間』を、無意識に再びこのフィールドで再開し、その時間が途切れることを恐れていたのだ。
過去からの時間を、本当は続いていない空想の時間を、自分はずっと心の中に潜めさせていた。凛を正面から見ることで、その時間が本当に終わってしまうことを、恐れていた。
『もう戦いたくない』『こんな現実……もう嫌だ…』
……凛自身のことも、何も考えないで。弱く愚かな自分の空想を押し付けて、お前のことなんか見てないって、酷いことを言ってしまった。あの目からして、凛にも、とても重く受け止め、苦しんでいることがあるはずだ。
今の彼女に必要なのは、側でただ静かに寄り添ってくれる誰かの存在だ。
前の自分と同じで、独りで、力も助けも借りない。その結果、多くのことを見失って、本当に大事なものまでも失いかける。
実際、かつて自暴自棄だった自分は、シキに救われた。
だったら、今度は自分が『凛』を助ける側にならなくちゃいけない。このことが出来るのは、パートナーであって……かつて同じ苦しみに呑まれていた、自分だけなんだ。
杏、きらりと新たに友達になることで、ようやくネクは、自分の進むべき道が目の前に見えた気がした。
「えへへ、ネクくんが元気になってくれて、ホントによかったにぃ!!あっ、そうだっ!ネクくん、せっかく友達になったんだから、一緒に乾杯しよーよ!はいこれ〜」
「……え、アメ玉?」
「ちょ、きらり!!それ私のやつじゃんか!!」
「はい、一つは杏ちゃんの分で〜、もう二つはきらりとネクくんの分で〜、じゃーかんぱーい!!ぱくぱくぱく!」
「うわー勝手に食べ始めたよ、この人!!えーん反対だー!!私の命よりも重い飴を……」
「えっ、た、食べずら……」
「そう?じゃあ、きらりが食べさせてあげゆ〜!はい、あーん!!」
「いや、そう言うことじゃなくて……って力強っ!もぐぐっ!!」
「た、食べた……もうおしまいだよ、この人……」
杏の、命よりも重い飴で、強引に乾杯を行なったきらりと、半分巻き込まれた形のネク。大事な飴を食べられ、当然ネクときらりに頬を膨らませる杏。
「ご、ごめん……」
「杏ちゃん、そんなカリカリって友達にしたら、めっ!だよ!」
「いや、お前が言うなよ、きらり!」
さりげなくツッコミを入れるネクに、杏は言う。
「もー……じゃあさ、ネク君。許して欲しかったらさ……」
急に話し方が大人しくなった……思わず、冷や汗をかきそうになったが、
「今度はちゃんと、杏たちを助けてよ」
どんな条件か……そう身構える必要なんてないくらい、杏は柔らかな声でそう言った。
「……え」
「正直なこと言えば、凛ちゃんもネク君も、二人して何やってんだかって感じだけどさ。そんなこと言ったって、何の解決にもなんないでしょ?」
「だったらさ、今はまず、目の前のことを一つ一つ片付けてこうよ。ネク君も、そうやっていくって決めたんでしょ?」
少しドヤ顔が漏れかけている杏のその表情に、ネクの心は、思わず熱くなる。友達として、杏はネクの背中を押して、鼓舞してくれていたのだ。
「ほら、何ぼーっとしてるの?戦うにはパートナーが必要でしょ?なら、早く戻らないと」
「杏……」
「そうそう、今度来た時は飴の大袋持ってきてね〜、じゃ、よろしく〜」
「杏ちゃん、飴ならきらりにどーんと任せちゃうにぃ!!この渋谷の中で、いつもみたいにポンポ〜ンと見つけちゃうにぃ!!」
「いや、そういうことじゃなくて。察しが悪いよ、きらり……」
「……ははっ」
「まあとりあえず、凛ちゃんのこと、次はちゃんと見てあげるんだよ」
「ああ、分かってる……ありがとな、杏、きらり」
「凛ちゃんのこと、頑張ってにぃ〜!!まったね〜!!!」
長くもあり、短くもあったネクにとっての一つの終着点。自身の過去と、今度こそ決着をつけるためにも、ネクは決意してRGへと帰還する。
ネクの中で止まっていた物語が、ようやく動き始める時が来たのだ。
何故、前々回の加蓮のSG同行を拒否することができなかったのか、それはネクも凛も、心の内に同じ思いを抱えていたからでした。
ネクは二年前の日々を、凛は狂ってしまう前のアイドルの日々を、それぞれ取り戻したいと、心の奥底でずっと思っていました。
凛が記憶を取り戻した後も、しばらく平然といられた(プロローグ〜2日目)のも、そもそも、『最後の記憶』の再生が異様に遅かったのも、何より自分自身が思い出すのを拒否していたからです。
つまり、二人とも本心を隠したままこれまで接してきたことになります。1日目昼でも、ネクと凛は加蓮を守る際、別々に戦いを繰り広げていました。気が合ってそうで、本当は全く心を通わせていなかったんです。そのためマッシュアップには失敗し、こうしてパートナー同士分裂することとなってしまいました。
次回、決意したネクのRG帰還と、凛の『最後の記憶』についてです。