すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
ネクは自らの思いを今一度整理し、加蓮に身の内を打ち解ける……その間、凛はあの過去と……『最後の記憶』と向き合うこととなった。
「あ、お帰りネク」
「ああ、ただいま」
ディメンションリンクバッジが出口となり、加蓮の部屋へと帰ってきたネク。出迎えられると、すぐ加蓮がネクに近づき、耳元で囁くように言った。
「ねぇ、もしかしてだけど、凛と何かあった?」
「……なっ!?」
「図星、だね。さっき凛も帰ってきたんだけど、やけに暗い顔しててさ。どうしたのって聞いても、別にって何も教えてくれなくて」
「……」
加蓮からそう聞き、ネクは表情を固くする。
「何があったか、ネク、分かる?」
「……確信があるわけじゃないけど、でもお前も知ってる通り、あの様子は……」
「……うん。どう考えても、普段の凛じゃなかった。なんていうか……あんなに荒っぽくなってる凛、中学校の時でも見たことないかも」
この時、不意に気になってネクは尋ねる。
「ん?凛とは中学時代からの友達だったのか?」
加蓮は軽くうなづいた。
「うんうん、まあちょっとした知り合いみたいな感じだったけどね。雰囲気は今とそんな変わらないけど、あんな表情は……」
「思い当たるとすれば……昨日のあの男との出会いか……それとも」
自分たちから見たところ、昨日までの凛は、今日みたいな様子になったことはなかった。となると、やはり昨日の4253プロダクションの影響と考えるのが自然だが、
「……他に、あり得るとするなら、それよりも前からか」
346プロダクション、そして全アイドルを取り巻く呪縛のようなあの記録、『CINDERELLAGIRLS MIND』。もしも、その時の記憶が、凛の豹変のトリガーになっていたとしたら。
その時、加蓮はあることを思い出した。
「……思えば、あの日も」
「ん?」
「ほら、私が最後に凛たちと一緒にいた『あの日』。奈緒を探しに、卯月、未央と三人で出て行ったあの……!!」
「今日の凛……そういえば、その時と同じ目してた」
一ヶ月前、あの時も加蓮は、凛の表情から不穏な気配を感じていた。苦悶に緊張、苛立ち、葛藤、それに焦りも、様々な負の感情がごちゃ混ぜになったマイナスを。今日の凛からも似たようなものを感じた。
「この感じだと、ただ一時的なもの……なんかじゃ、到底なさそうだな」
「凛も、私と同じでずっと気にしてて……そりゃ、当然だよね。ただでさえ苦しいはずなのに、こんな状況に立たされて」
「……」
思えば思うほど、ネクは自分の勝手さにやらせなさを感じる。目の前にいたはずの少女に目を向けてやることが、何故出来なかったのか。
『凛』は苦しんでいた……助けることはできなくても、話を聞くことくらいできたはずなのに。自分は、それどころか苛立ってわざと挑発するようなことを言ってしまった。
「俺が、助けないと……」
「えっ?」
「俺が……凛のことを追い詰めたんだ。アイツの壊れかけてた心に、トドメを刺した」
「……!?」
「過去に恐れて、甘えて、すがり付いていい理由にして自分の価値観を押しつけてたんだ」
自らがどれだけ凛に無頓着だったか、そしてどれだけアイツという存在に依存していたかを改めて知った。
だからこそ、それを受け入れるべく、自分は覚悟してここに戻ってきたんだ。
「それって……どういう、意味なの?」
当然、尋ねる加蓮の声色も少し低くなる。もう、過去を理由にするつもりはない。
「……隠すつもりなんかない。俺と凛の関係の、その全てを話す」
「……」
真剣な表情と態度で加蓮に向き合うネク。
これから話すことはきっと……自分がまだ知らないネクのことなのだろう。察する加蓮は、一度目を瞑る。一瞬ではあるけど、それはとても長く感じた。じっと、ただじっと目を瞑り……覚悟を決めた後に、現実に目を向け直す。
「ネク、もしも言い難いことがあっても……遠慮なく言ってよ」
「……加蓮」
「ネクのその真剣さ、私も向き合うよ。どんなことも真っ直ぐに受け止めて見せる。それに……友達、でしょ?私たち」
「……えっ」
友達。そう言われて、心が大きく脈動する。
「まだ出会ってからほんのちょっとしか経ってないけど……でも、ネクが私と真っ直ぐ向き合ってくれたこと、嬉しかったんだ」
「……」
「アイドルになる前も……テレビ越しに、病室のベッドの上からアイドルを夢見てて。アイドルになってから、憧れ、目標、夢……いっぱいできたんだ。これからもっと、もっともっと、こんなキラキラした世界が広がってくって、思ってた」
「…でも、現実はありえないくらい重くて。ファンになってくれた人達も……一緒に頑張ってきたみんなも……ずっと側にいた奈緒も……何もかも消えちゃった」
「……」
手に入れ、そして失った夢のカケラ。それらを一つ一つ数えるうちに、加蓮の瞳は潤っていく。同じく大切なものを失い…過去に苦しめられている者たち。
「ずっと独りだったから……だから耳を傾けてくれたことが、すごい嬉しかった。たった数日でも、ネクが私たちと向き合おうとしてくれたことは、ちゃんと分かってる。
大丈夫、ネクは独りじゃない。独りになんかさせないよ」
「加蓮……ありがとう」
——夜の、冷たい雨が降る渋谷センター街。
[なあなあ、四日後のアレ、お前ももちろん見るよな!]
[あったりまえだろ!!なんせ、あのミッシングアイズがトリを飾るんだ!!行かないわけがねぇよな!]
[ちょっと〜、わたし抜きで勝手に話進めないでよね〜。わたし、ミッシングアイズよりトライアドプリムスの方が好きなのにー]
[おいおい、忘れたのかよ。もうあそこのアイドルは表に出てこれないだろ]
[社内混乱でアイドルの総ボイコットとまで来ちゃったし……もうそれどころじゃないよね]
[アタシ、シンデレラプロジェクトのみんなとか、大好きだったのにぃ……ほんと残念。もう見れないのかなぁ〜]
[しょーがないだろ。ささ、この後みんなどーするよ?]
寒い……だるい……うるさい……
[ねぇねぇ……あの子、家出?]
[こんな時間に一人とか、危ねえな]
[び、びしょ濡れじゃんか……って、あれ?どっかで見たことあるような?]
[あっ!あの子って……ええっと〜、あれ?]
[誰だっけ、あの子]
……こんなに、この街が嫌いになったのは初めてだ。いつもは聞こえない声が今日は鮮明に聞こえる。現実を叩きつけてくる声が。
思わず、誰一人いない路地に駆け込む。
頭に思い浮かべていた、過去のあの日々。加蓮、奈緒、未央、卯月……よく一緒に、この街を歩いていた。
冷たく濡れた、硬い壁に手をつき、そんな考えをもみ消す。
「どうすれば……ねぇ、どうしたら私は……」
手足をジタバタとさせて、これまで無闇に歩いてきた。もう表情に余裕なんてものはない。
どうすれば、この夢から覚めることができる。
滴の垂れる髪を痛いくらい掻き毟っても、息が震えるくらいに身を凍えさせても、目に映る映像は何も変わらない。蒼暗い、濡れて、残酷に満ちた渋谷。
思わず、地べたに足をつく。生足が汚れた水に浸かり、身を縮れ上がらせる臭いに身体が包み込まれる。
過去を変えたい。こんな現実、これまでのこと全てがなくなってしまえばいいのに。これまで目を向けずに、無意識に心の奥すみに押し寄せていた感情、絶望が、凛の心を喰い漁っていく。
怖い。
身の回りにあったはずの、当たり前が崩れることが。二度と戻すことのできない人生が。常に一方向にしか進まない時間が。
怖くて、こわくて。今を、現在を、現実を生きることが。
「……」
これまでのことなんて、何もかも起きなければよかった。死神さえ、いなければ……全部、なにも、かも……
『……私たち、ずっと友達だよ。凛』
「!?……」
億劫な記憶をもみ消そうとしたその時、大切な親友の声が、凛の頭に浮かんだ。
「シキ……」
ここで凛は気づいた。これまでの出来事を否定することは、結果、彼女との思い出も全て否定することになる。そう考え出すと……思わずためらってしまった。
現実を生きることは嫌だ。肯定なんかしたくない。でも、シキを否定するなんて自分には絶対に出来ない。約束したはずだ、もう一度友達になると。
その約束は、破れない。
「……私、いつの間にか、シキにまで」
鬱々しさのあまり、シキを一瞬でも余計だと考えてしまった自分に、より失望する。シキに友達になろうと告げたのは、自分自身だ。それなのに、裏切るのもまた自分からだなんて。
ブレブレで、独りよがりが過ぎる。
そう思うと、これまでのすべての出来事。自分の考えてる通り、これらは本当に何もかもが死神によるものなのだろうか。
いや、違う。
発端の『CINDERELLAGIRLS MIND』の失態。思い出した『最後の記憶』……あれは死神によるものじゃない、紛れもなく、自分たちによるものだろうに。
「ネク……」
「ごめん、加蓮。俺、お前の友達の凛に、酷いことを——」
自分の長所、短所、欲望。あらゆる自分を知ることができた今、ネクは本心を全て曝け出して、心の底から加蓮にぶつかっていった。
自分の知らない友達を知った加蓮は、大量の情報で少し頭を混乱させるが、
「ううん、何も言わなくていいよ」
すぐに整理して飲み込むと、ネクの両肩に手を置く。
「……それって、ちょっとワガママになっちゃった、そういうことでしょ?」
「ワガママになるなんて、人間なんだから当然のことだし、私だってそうだったんだし……
それに、『もし死んだ友達が自分の目の前で生きてる』なんてことが起こったら、ネクと同じことしちゃうかもしれない」
そう言い、加蓮は優しくネクの肩を叩く。
「うおっ、と」
「ほら、いつまでそんな顔してんの?心配しなくていいって。私はちゃんとネクの、友達、だよ」
全てを打ち解けても、加蓮は自分の友達であると強く言ってくれた。改めて、ネクの覚悟が一層強固なものとなった。
「ありがとうな」
ネクの世界が、また一つ大きく広がった。
もう、あの過去は過去でしかない。ようやく、自分は失ったものを取り戻せた。かつて記憶の彼方に置き去りにした、物語の忘れ物を。
「ふふ、いい顔、してるじゃん」
「……自分を、世界を広げる覚悟が出来たから」
『——世界を広げろ!!』
CATの、羽狛のあの言葉に感銘を受けていた時点で、もう分かりきっていたことだった。自分の嘘偽りない思い、ひねくれることなく、心のままに自由に生きる『俺の物語』……広がる物語は今度こそ、ここから始まるんだ。
ここから——そう、思った時だった。
「なっ……ど、どうしたんですか!!何故、あなたがここに!!」
突如、玄関の開く音と共に、侑芽の驚くような声が聞こえる。どうやら、誰かと対面しているようだった。
「ん?……どうしたんだろう」
「知りあい……だとしてもこんな時に……怪しいな」
昨日のこともあって、嫌な予感がしたネクと加蓮は、互いに軽く頷き、急ぎ足で広間へと向かう。足音を立てながらも、扉を勢いよく開けて中に入る。
すると、そこに居たのは、
「少し……邪魔させてもらう」
黒のコートで身を包み、黒のハットに黒のサングラス、黒のマスク……と、シルエットすら分からないほどに身を隠している正体不明の人物。その人物は少し言葉を交えてから、広間にゆっくりと入り込んだ。侑芽とちひろはその人物を前に目を見開き、広間の入口で立ち尽くしていた。
距離が近くなり、ネク、加蓮の表情が硬っていく中、謎の人物は徐々に体の黒色を取っ払っていく。
黒のハットの内側にあったのは黒の長髪、黒のマスクの内側にあったのは赤い口紅、コートの内側にあったのはスーツ姿。そして、ネクの目の前にたどり着くと、最後のサングラスを外し、その瞳があらわになる。
「桜庭音操君……キミがそうだな?」
見下ろすように、ネクと加蓮の前に立つ女性。
「誰……だ?」
身にかかる重圧感、奈緒が受けていたものと、同じものを身に感じる加蓮。目の前の存在の名を、呟く。
「美城……専務……!?」
「……!?専務って……まさか、コイツが!!」
「口が軽いぞ。目上には敬意を払え。世の常識だ」
ネクの態度を、厳格な口調で指摘する女性。彼女こそ、この346プロダクションの『専務』に位置し、アイドル部門の統括重役を担う、あの美城だったのだ。
『——!!皆さん!!!伏せてください!!!!!』
『うわぁぁぁぁ!!!!!に、逃げろ逃げろ!!!!!!!』
——それは、シンデレラの物語の分岐点。これまでの軌跡を断ち切ることになってしまったイバラ。様々な苦難をしのぎ、前を向いて進んできた、少女達の前に立ちはだかり、永遠に彼女達の運命を変えることになった、黒く憎たらしく、醜い棘の花。
『げほっ!げほ……!!?そんな……嘘!?』
『なに、これ……ホントに、現実……?』
『ああっ……あ、あ……』
目の前には、信じられない光景が広がっていた。空中に設置されていた可動式の丸いオブジェがステージ上に轟音を響かせて落下し、飛び散るオブジェの破片や硬い鉄骨が、この会場に集っていた全ての者達に襲いかかる。
今回のライブには、ほぼ全てのアイドルが出演していた。どんなに幼く小さく些細な夢でも、誰にも譲れない夢を持つ者をシンデレラへと導く。
そんな夢を叶える魔法をテーマにした『CINDERELLAGIRS MIND』は、346プロダクション最高のアピールチャンスとして、史上最大のパフォーマンスを提供することを目的にしていた。
人気絶頂。今や渋谷どころか、日本で知らない者はいないほどに絶対的な地位を確立した346プロダクション所属アイドル、シンデレラガールズ。そんな彼女達が贈るこれまでの軌跡とこれからの決意。それを見届けるため、これまで多くの者達がこの場に集ってきた。一回だけじゃ伝えきれない思いを一週間かけて伝え、今日は最後の一日。
最高のエンディングを迎え、今日という日を境に、さらに先の世界へとシンデレラ達は飛び立つはずだった。
だが、今目の前には何がある?
答えは、数えきれないほどの傷だった。赤く滲んだ腕や足が観客席に、ステージに広がる。綺麗な衣装の切れ端が散らばり、怪我を負ったメンバーの肩を持ってステージを降りるユニット、ヒザを擦りむいてしまい、担当プロデューサーを涙ながらに呼ぶ小学生くらいの子もいた。
出入り口には人が押し寄せ、我先にと外に出ようとする人で溢れ返っていた。破片の一部がステージのそばにある設備のコードを切ってしまい、ステージ中央に映し出されていた白馬のハートマークが黒く消えた。
——全ての少女の夢を叶える、そんな城がここである。
そんな理想とは裏腹に、現実は次々と悪い方向へと進んでいく。
『……奈緒?』
『奈緒!!どうしたの……』
ビジョンもペンライトも消え、薄暗くなったステージの上で、急に奈緒は宙を向き膝をつく。
『私、だ……あの時、調子に乗ってレバーを傾け過ぎて……危険だって、だれがどうみたって、あからさまに、だって、あんなに、くっきりと………』
プロデューサー、スタッフがステージに乗り上げ、夢が次々と剥がされていく。負傷者を外へ運び、事故の後始末に会場中を駆ける。曲ではなく焦燥の声や怒号が耳に入り、現実に戻されていく。
この時、奈緒はまともな目をしていなかった。声は震え、腕も肩も足も四肢全てが痙攣し、見開いた両目から止まらない塩水を垂れ流していた。パニックで錯乱し、言葉にならない言葉を話す。
あのオブジェは可動式で、実は専用の小型無線コントローラーを使って操作できる。レバーで会場中を移動し、ボタンを押して粉吹雪を降らせる。それをリアルタイムで自由に指定する、そのギミックを使用するのに抜擢されたのが奈緒だった。安全性を高めるべく、既に何度も予行練習はしていたが、先ほどの本番で奈緒はつい冷静さを欠いてしまい、その結果、コントローラーの電源を切ることを忘れてしまった。コントローラーを持った際、レバーを傾け過ぎてしまったことでオブジェが急発進し、その勢いに耐えられず崩落した。
後に、支え部分の頑丈性に問題があり、整備不良も要因の一つであったことが判明するが、そんなことは今の奈緒、それに肝心の被害者である来客達も知る由もない。
ここにあるのは、加害者と被害者の明確な二分関係のみだ。
『渋谷さん!!!北条さん!!!……これは……』
失望に溺れる少女の背に立ち、茫然と立ち尽くす二人の少女。その二人の名を叫び、ステージへと飛び込んでいく一人の男がいた。
少し前、346プロダクションが大きな転換期を迎えた時、一人声を上げ、様々な者達と協力することで、自らの大切な存在であるアイドル達の居場所を無事に守り抜いた男。現れたのは、そのシンデレラプロジェクトのプロデューサーだ。
『プロデューサー!!!』
『アンタ、凛の……!!!』
『皆さん!無事で、何よりです……』
『プロデューサー、どうしよう……私たち、どうすれば……』
頭が真っ白になって、その場に立ち尽くす彼女たちを、プロデューサーは出口へ向かうよう促す。
『……ここから先は、私の役目です。皆さんは皆さんだけで、身支度を済ませて、一刻も早くこの会場を出てください』
『え……私たち、だけで?早くって、なんで…』
『恐らくここには、この事故を聞きつけた多くの人が集まります。あと少しもすれば、辺り一面がカメラとライトで覆われることになるでしょう……
事態は、一刻を争います!とにかく人のいない裏口から、急いでどこかへ逃げてください!!』
『そんな……逃げる、だなんて……』
『待って……アンタは、どうするの?凛とは、一緒に行かないの?』
加蓮からその身を心配されると、プロデューサーは一度険しい表情を浮かべるが、すぐに表情を元に戻し、そして、
『……皆さん、また後で会いましょう』
ガチガチの作り笑いを浮かべ、ステージの裏側の闇へと消えていった。
『プロデューサー!!……っ!!』
『凛!!どこ行こうとしてるの!?』
『決まってるでしょ!!逃げるなんて、できるわけない!!私だって——』
『ダメだよ、凛!!私たちじゃ何もできない!!できない、よ……』
『……!!それでも、私は……』
置いて行きたくなかった、その時、何故かそう強く凛は感じた。手を伸ばすべきだった、たとえ何もできなくても、離しちゃダメなものはある。彼がそれのはずだった。
だが、
『しぶりん!!!』
加蓮に腕を掴まれているうちに、ステージ下から未央が現れる。既に支度を済ませ、楽屋から凛たちの荷物を持ってきてくれていた。
『早く行かないと!!私たちよりも小さい子たちは、みんなもう外に出た!!菜々さんや川島さん、美嘉ねぇがみんなの案内役になってくれたから、次は私の番だよ!!』
『っ……』
『しまむーも待ってる!!だから、早く!!』
『凛!!大丈夫だよ、後で絶対に会えるって。だから、今は行こう、ね?』
寸前まで抵抗し続けたが……ついに腕に込めた力を抜き、凛はそのまま、静かにステージの下へ、よろよろと歩いていった。
『っしょ、っと……大丈夫、奈緒?』
『……』
『平気?肩、私も持つよ』
『あ、ありがと、未央……でも荷物が……』
『大丈夫大丈夫!!リュックだし、このくらいならへっちゃら!!ほら早く、せーの——』
——その後、凛、卯月、そして未央、加蓮によって担がれ出た奈緒は、急ぎ足で近くの広い公園の木々に身を隠した。彼女たちはちひろに連絡を入れ、迎えに来た車に乗り込み、なんとか脱出には成功した。
車の窓から見えた会場は、既にカメラと無数のマスコミの海に飲み込まれていた。スクランブル交差点のビジョンの、ネットニュースでは早くも緊急速報としてこの事故のことが取り上げられていて、世間はこのことで大きくざわついていた。
窓を覆って暗くし、暗闇と化した車内。未央と加蓮の手を痛いくらいに握りしめ、身体を未だに震わせ、静かに鼻をすする奈緒。
『——そして、自分も一人静かに、その衣装の裾を握りしめた』
「……」
『久しぶり、って言っても、なんだかんだ毎日会ってるっけ』
「……ほっといてよ」
体育座りになって縮こまりながら、濡れた身を震わせて凛は当時の、思い出してしまった感情にぐちゃぐちゃにされていた。
『まあ、そんなの聞かないけど。君だって何も言えないもんね?これじゃ、ただの私への八つ当たりだし』
「何、嫌がらせ?縮こまってる私を笑いに来たの?」
『うん、そんなとこ』
悪びれもなく、突如現れた謎の少女はそう凛に返す。すると、同じくびしょ濡れの状態でゆっくりと近づき、そして、凛の隣に同じく体育座りで座った。
『やっと分かったよ……インバージョンの時、なんで未央と卯月とは違って、あんなに思い出すのが遅かったのか』
「……っ」
「肝心の、凛にとって最も思い出したくなかった、でも最も重要な記憶は、最後の最後にこうして目を覚ました。
最後の記憶……『CINDERELLAGIRLS MIND』での失態の記憶。あんな周りに当たり散らして、ヒステリックだったのも、そゆことね』
「……昨日、あの男に会ってから……急に、頭の中がモヤモヤとしてきて」
いつの間にか、自然と凛は、隣の少女に本音を吐いていた。
『その記憶と一緒に『失ってた感情』が、今の瞬間になって一気に心に押し寄せてきた。要するに、昨日までの凛は、かりそめの姿だったってわけ』
「この、希望もへったくれもない、灰を被ったこの姿が、本来の私……」
『そうだね。本来の時間の通り……インバージョンによる時間の歪みは、完全に元に戻った。気分はどう?』
「……最悪」
ボロボロと衣を剥がされる凛と、剥がす少女。不思議と、凛にとっては、荒れていた心を休める、そんな休息の一時になっていた。
『結局、ネクも凛もなんら変わらない。本当の自分をどちらも偽っていた。
片方は、歪な友情の鎖に囚われ、
片方は、本当の自分を思い出さないようにしていた。
今のこの状況は、二人が初めて素を見せたことで生まれたもの』
「……でも、今の私はアイツのことを受け入れられない。アイツのことを、見てると……」
『最悪な現実を、嫌でも見ることになってしまう……自分で言って分かるでしょ?
これ、全部自分の内側の問題だって。アイツの非がたまたま見つかったから、それを理由に当て付けしてるだけだって』
「……」
『強情になるの、疲れてきたんじゃない?こんなに私がウザったく接してるの、何でか分かんない?』
今の凛の心にあるのは、異物への異常な嫌悪。突如、自分のテリトリーに現れた存在達に対して、拒否反応が自然と出てしまう。
でも、元を辿れば、その根本は死神やネクよりもさらに遡ったところにある。そう、他の要素はあくまで促進剤に過ぎない。この嫌悪に直接的に関与する要因は、あのステージただ一つ。
「トラウマ——」
『……やっと言ったね。自分が加蓮や未央、卯月と同じくらい、ううん、それ以上に過去に苦しんでるって。どんだけ当たり散らしても、結局、自分の芯が変わらない限りは、何も変わらない。
見える世界は、そのままなんだよ』
「芯が、変わらない限り……」
『ピンと来るでしょ、仲間と結んだ絆……思い出してよ。かつて『魔法』を失った先で、貴方達は何をしたの?』
「……!?」
——魔法って、何だろう?
——魔法なんて、本当にあったのかな?
「……」
『現在、346プロダクションは大きな危機に陥っている。その理由は他でもない、死神にある。
でも、ここに至るまでの全てが死神によって引き起こされたわけじゃない』
「……」
『目を背けないで、向き合って。凛はそうやって、これまで何度も苦難を乗り越えてきたでしょ?魔法がかかっていた頃から、素足の今までずっと。自分の物語を、自分で進めてきたはず』
はっきり、そう少女は凛を導く。
「物語……私の、自分自身の、物語」
これは自分自身の問題で、自分自身でしか解決できない。
あの出来事に対して……目を背けることが楽だった。自分の中で自己完結させていた。
……そうでもしないと、壊れてしまいそうだったから。こんなにも悲惨で、あまりにも儚くて……積み立てていたものが大きくなればなるほど、失った苦しみは大きかった。
あの日、全てが崩れ落ちた。卯月の笑顔に導かれて階段を登り始め、その道中に幾度も壁が立ちはだかっても、どれだけ心が揺らいでも、同じ願いを持つ仲間たちと共に、それを乗り越えた。
……たった一度だ。たった一度の、一回だけの行動が、これまでに積み立てたものを全て崩していった。
恐ろしい……怖い。忘れることができるなら、どれだけいいだろう。アイドルとして、仲間として、そして友達として繋がった皆との絆。それすらも壊してしまいそうなほど、凄惨な出来事だった。
…そんな中、急に、自分の前に現れたアイツ。自分はアイツを、いい当て付けのはけ口にした。初めから……自分は完全にアイツを信用してなかった。
この全ては、自分の過去への固執が理由だ。大きく変わってしまった物語が、新たな存在達の介入によって、さらに変わってしまう。それが恐ろしく怖かった。そうしていつの間にか怒りに変わった恐れを、本当にぶつけるべきものではない、関係ない赤の他人に対してぶつけた。
過去を求めるだけ求め続け、そのための行動は取らないまま、文句ばかりを垂れ流す。
それじゃ、意味なんてない。
『……本気で、この物語を元に戻したいって思ってる?』
「……本当は思ってなかったから、私はこうして逃げ出した」
『……戻そうとしたら、必ずトラウマにも目を向けることになる』
「……それが嫌だった」
『……自分が負けてしまったから、だから当たり散らして被害者ぶって、本質から目を背けようとした』
「……本当に大切なことまで、奥底に閉じ込めようとして」
『……自暴自棄になって』
「『バカみたい』」
奈緒と加蓮と共に、意を決して新しい一歩を踏み出したはずなのに……未央と卯月と心からぶつかって、思いっきり泣いて、アイドルになってよかった、楽しかったって、心の底から思えたはずなのに。
そんな自分を……どこへやってしまったのだろう。
「私、バカ野郎だよ」
『うん、大バカ。頭悪いよ』
自分のことにも関わらず、二人して辛辣な言葉をかける。
「……」
『……』
「……」
『……』
こんな姿……未央や卯月が見たら、なんて言うのだろうか。呆れられるのだろうか……約束したのに、破ってしまった自分を。
「でも怖いよ。訳わかんないことだらけで、どうすればいいのか、どこに向かえばいいのかも、また分からなくなって……
戦って、仮にみんなを助けても、もう明るい未来を望むことなんて、出来ない……!!真っ暗な黒色しか見えない……もう絶望しか、未来には……」
【……しぶりん!!】
【……凛ちゃん!!】
「えっ!?」
絶望しかない……そう弱音を吐いて、目を瞑ったその瞬間、
自分の中に映像が……いや、二人の姿が浮かんできた。
【別に見捨てたりなんかしないって!!こんなにカオスな状況、誰だって混乱するし……辛いって】
【そうだよ!!今、側にいることはできなくても、私たちはいつでも信じてるよ!】
【【だって……私たち、友達、でしょ?】】
「未央……卯月……」
二人は笑顔で、右手の小指を向けてくる。思い出す……ニュージェネレーションズとして歩んだ、あの忘れられない日々を。
【ねぇ、凛ちゃん】
卯月、未央共に近づいてくると、卯月は制服のポケットからあるものを取り出す。
「……これって」
卯月の手にあったのは、星の形をしたメッセージカードだった。
【覚えてる?このカード、凛ちゃんがくれたんだよ。持っておいてって、入れてくれた、あの】
「……」
このメッセージカードには何も書かれていない。本来、ここには将来の夢、目標、願い……様々な希望を書くことになっていた。何もない……何も、見えない。この先の物語は、葬られてしまったから……
【……違うって】
暗い表情を浮かべると、未央が自分の手を優しく包み、首を振る。
【何もないから、いいんだよ】
「何も、ないから?」
どういうことだろう。
【何もないから……だからこそ、未来はまだ分からない。悪いことが待っているかもしれないけど……もしかしたら、そこには良いことが待っているかもしれない。それに向かって努力していけば、本当にその未来に、辿り着けるかもしれないって!】
【これは、未来にある絶望を表しているんじゃない。私たちの……新しい未来を表してるんだよ。絶望だけじゃない……きっと、希望の笑顔だって、そこにはあるはずだから!!】
卯月も手を重ねるようにして包む。
【諦めないで、凛ちゃん!戦ってるのは凛ちゃんだけじゃない……私たちは、いつでも凛ちゃんの味方だよ!!】
「っ…………」
【ここから先の物語は……しぶりんが自分で作るんだから!】
【だから……どんなに辛いことがあっても、自分を信じて。間違ってなかったって、そう思うくらいに、今を全力で頑張って!!】
二人は、笑顔だった。また自分は……彼女の、笑顔に救われたのだった。
「二人とも……ありがとう」
目を静かに開く。相変わらず雨は降り続けている。
「今を全力で頑張る……未来には、希望もある……ねぇ」
『ん?』
「急に聞くけどさ、君って、誰かの笑顔に救われたことって、ある?」
『笑顔?……笑顔、か』
不意打ちを喰らった謎の少女は、珍しく表情を驚かせて声を唸らせ、しばらく悩んだ末に答えを出した。
『……あるよ。悩んで、今の自分のやってることが、本当に正しいのかって思った時、よく『その笑顔』を思い浮かべる。間違ってなかったって思えるように、今も、この瞬間を全力で生きてる』
「……そっか」
『……ひょっとして、今誰かに助けられた?』
「うん。大切な友達の笑顔を思い出したら、居ても立ってもいられなくなってきた。この瞬間を全力で頑張って、物語を自分で作る。それが、今の私に必要なことだって」
ようやく思い出した。絶望で埋もれかけていた、あの笑顔。あの希望を、失うわけにはいかない。だからこそ自分は……
「話、聞いてくれてありがとう」
あの頃のように、頑張ってみよう。そして今こそ、自分オリジナルの魔法で、再びこの一歩を踏み出すんだ。
『ふふっ、どういたしまして。何があったかは知らないけど……吹っ切れたみたいなら、よかったよ』
凛の心の歯車はゆっくりと動き始めていた。錆びつき、とても固く鈍くても、決してもう止まることはなかった。
立ち上がろう。今、出来ることを全力で頑張ろう。
そう考えていた時、
「よお」
「こんなところにいたのか……余計な手間かけさせてんなよ……時代遅れの、灰被りが」
そこに現れたのは、自らの覚悟を問うように立ちはだかる、強大な壁だった。
凛の意識下のメッセージカードのやり取りは、デレアニ本編からのものです。
記憶を取り戻し、過去を乗り越えると決めた凛と、
自分を解き放ち、過去を受け入れると決めたネク。
ようやく完全な状態へと戻った中、そこに現れた音流零は、二人に衝撃の真実を明らかにします。
強大な敵に、過酷な運命に、二人は立ち向かうことができるのか。本当に心を通わせることができるのか。
次回、ネク&凛編最終回です。