すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
過去に囚われた者達を巡る明日は、どこへ辿り着くのか。
逃げ出したくて、泣き叫びたくなるような、真実、現実、運命を突きつけられた今、彼らの、その覚悟が試される。
「何故、あなたがここに……?」
「当たり前だ、私はこの部門の統括役。顔を出すことなど、何もおかしいことではないだろう」
「……っ」
美城を見る侑芽の目は、鋭く尖っていた。その場にいたちひろも、また同じだった。
それも当然のこと、彼女はこの事態を悪化させた張本人であり、侑芽達に理不尽な重責を押し付けた卑怯者。既にそのことを知らされていた加蓮とネクも、表情を硬くする。
周囲から目の敵とされている。そんな状況なのは、彼女自身がよく分かっていた。
「……何故、そんな目を向けられる。一体、何のつもりだ」
「……」
「渋谷凛の保護に関しても、統括である私『ではなく』上へと報告をした。
笑える冗談のつもりか?……お前たちの行いは、許し難い行為だ」
「……はっ?」
この時、美城もまた、侑芽達に怒りを露わにする。今のこの状況はアイドル部門どころか、346プロダクション全域から見ても前代未聞ほどの危機だ。先の見えない絶望の中、『最後の砦である存在』に失望させられたことは、彼女の逆鱗に触れた。
そして、今の美城の言動は、さらに侑芽の怒りを掻き立てた。自分のことは棚に上げて、そのうえ他人への当て付けまで。謝ることも誠意を見せることもせず、今の言動は酷く自分勝手で、到底許せるものではない。
侑芽の怒りは、爆発寸前だった。
「その態度が答えか……実に、私が愚かだった。お前など早くから切っておけば良かった。事態の収束など望む方が馬鹿馬鹿しかった。
……お前を高く買ったことは、間違いだった」
怒りに身を任せ、珍しく美城は感情を織り交ぜて、侑芽に言葉を放つ。
本来感情を荒げることのない美城が、ここまで低いトーンで重い苦しい声を出すことは稀だ。この空間を包み込むかつてないほどの暗色のプレッシャー。
ついに、侑芽も感情を抑えられなくなる。
「高く買った……?何が……何が間違いだ、ですか!!!!!」
専務である美城に、侑芽は正面から牙を向ける。
「ふざけないでください!!!!こんなことになったのも……この状況を招いたのは………全部アンタのせいだ!!!!」
「……貴様。今の言葉……もう一度言ってみろ」
「侑芽さん!!落ち着いてください!!お願いしますから、止まって——」
ちひろは暴走を静止しようとするが、実際は自身の歯を食いしばり、滲み出る美城への悔しさに、なんとか堪えていた。
声が普段よりも強張っていたのは、一瞬で分かった。
「……このままだと、あなたも『あの人』と同じ道を辿ることになります!!!」
「黙ってください……ちひろさん!!!僕は……僕はこの人を絶対に許せない!!!」
「……それは私の台詞だ。お前は私を……何よりも『お姫様達』を裏切った。残された微かな運命さえも悪運へと誘い……ガラスの靴を粉々にした、悪しき死神そのものだ……!!!」
侑芽も美城も互いに互いを罵り合い、状況はさらに悪化する。だが外側のネクから見れば、
「死神って……自分のことガン無視で、よくそんな戯事が言えるな」
美城の責任転嫁は、あまりにも清々しすぎた。思わず、呆れたように溢す。
「なに……?」
「忘れたとは言わせませんよ……アンタは奈緒さんに、酷い暴言を吐き続け、彼女の心を壊した!!!その結果、事務所でボイコットが起き、それによって……『先輩』は、この会社を追い出された!!!結局、収拾も付かず、最後は僕に全てを押し付けて、アンタは責任を逃れた!!!
もう……アンタの言いなり人形になんか、絶対にならない!!!!」
強い口調でそう美城に言い切る。ちひろも複雑そうで、どこか精々とした表情をしていた。
部下の二人に真正面から正論を突きつけられ、美城はもはやなにも言い返すことは出来なかった。
そりゃそうだ。
「……ボイコット?」
彼らにとっては正論だとしても、
「……追放?」
「そんなことは……何一つとして、起きていないが」
彼女にとっては、ただの空想上の話に過ぎないからだ。
「アンタは……!!」
「昨日ぶり……なんて、挨拶はいらねえか。用が済めばすぐに意味なんてなくなるからな」
路地の入り口から、昨日の男、零が姿を見せる。そして、気づくと凛は、
〈クルルルルルル……〉
大量のノイズに包囲されてしまっていた。路地の前後の出口を塞がれ、さらには空中にも配置され、今か今かと獲物に狙いを定めている。
「い、いつの間に!?」
「おいおい、気づいてなかったのかよ。お前が独り言駄弁ってる内に、こっちはもう準備済ませ終わってるっての」
「えっ」
独り言、そう言われて横を見ると、つい今までいたはずの少女は、まるで存在自体がなかったかのように消えていた。凛は、知らぬ間に一人の状況になっていた。
困惑している凛に対して零は距離を詰め、静かに礼を行う。右腕を回し、大袈裟に誇張して腰を曲げ、そして、
「お迎えに上がりました、シンデレラ……いいや、傷だらけの灰被り……か」
最大限の皮肉の言葉を凛に浴びせ、零は不敵な笑みを浮かべた。
「お迎え……一体、何のつもりなの……死神!!!!」
「俺の正体、気づいてたか……まあ、そりゃあんな名前じゃバレてたか。4253だなんて……俺の『弟』はセンスなさすぎて笑っちまうよなあ?はっはっは!!!」
「……昨日会った時は、まだ確信はできなかった。でも、こんなにデッカくネタバラシされたらバカでも分かるから」
周囲のノイズを見渡し、冷静に凛が返すと、零は笑いを止める。
「本当なら、もう少し黙ってるつもりだったが……予想より早くチャンスが来たもんでな。早くことを済ませちまおうってわけだ」
「こと……?」
嫌な予感がする。自分に死神であると暴露し、昨日とは違って大量のノイズを連れてきた。
……つまり、
「ああ」
「お前は、今日ここで殺すことにした」
その言葉と同時に、全方位一斉にノイズが攻撃を始める。
「くっ!!」
真っ先に飛び込んできたカエル型をかわすと、今度はそこにクマ型のダイビング攻撃。『サイコキネシス』を使い、辺りに転がる鉄棒をぶつけて阻止するも、そこにハリネズミ型とモグラ型、さらにミング型の総攻撃を受け、
「うぁぁっ!!!」
避けきれずに、背中に鈍い一撃を負う。一旦体勢を崩すも、ノイズの攻撃の手は緩まず、急いで『バーストソード』を放ち正面の敵を消滅させる。
だが、まだ攻撃の嵐は止まない。それどころか次々と数を増やし、勢いを増していく。ワイバーン型が強い一撃を喰らわせ、オタマジャクシ型が体にまとわりついて行動を妨害し、巨大カラス型が空から鉄骨を降らせ……容赦ない攻撃に、一人である凛は徐々に耐えることが出来なくなっていた。
蓄積されたダメージが、無視の出来ないものとなり、ついにワイバーンの攻撃を真正面から受けてしまい、凛は後方に大きく吹き飛ばされてしまった。
「ぁが……っ」
この時、凛は思い出した。こうして戦う以前に、自分は今日、既にSGで大量のノイズと戦っている。他にも、先ほどまでの精神的なダメージを含め、体の疲労は最早限界を超えていたのだ。
「……おいおいどうした、もう終わりか?シンデレラ」
群がるノイズを一旦下げ、凛に近づくと、哀れな視線で見下す。挑発を受けても、凛はもうそれに、強気な姿勢を返すことができない。
背中、膝、後頭部、身体中がとにかく痛い。
「こんなことなら、わざわざ今日まで待たなくても、とっとと殺せばよかったな。それこそ、あんな死神ゲーム紛いのこと、やんなくてもな。
……へっ、まあいい。折角だ、殺す前に、お前を絶望の淵まで叩き落としてやる」
そう言うと、うつ伏せの状態で動けない凛にしゃがみ込み、耳元でそっと呟く。昨日のあの時と、全く同じ状況で。凛は、思わず肩を微かに震えさせる。
「いいか?よく聞け……」
「……っ」
「お前が世界を越え、再び戻るまでの時間。この間に起きた出来事の中にはいくつかの間違いがある」
「アイドルがボイコットを起こした……そんなことは、現実には起こっていない」
「……えっ」
不意に明らかにされた事実により、一瞬頭の中が真っ白になる。今まで、覆るなど考えてすらいなかった前提。
346プロダクションへのボイコット……それが、本当は起こっていない?
「おかしいと思わなかったのか?346は大手芸能プロダクション、当然所属しているアイドルの数も相当だ。
……その数が一斉に消える?そんなわけあるか。人はそれぞれだ、離れる奴もいれば、残る奴だって当然いる」
「えっ……で、でも、私の記憶にも……!?そうだった、よく考えてみれば……」
よく、『あの日』を思い返してみる。
自分は奈緒が失踪し、それを追いかけて未央と卯月と共に渋谷を出て、そこで別世界の渋谷へと渡った。
その間……ボイコットが起こったなんて、『どこに、書いてあった』だろうか?
凛が視線を向けるも、零はただニヤニヤとしているだけだった。この無言の答えが、現実を唐突に恐ろしくさせる。
「だと、したら……本当は、何が……」
当然浮かび上がる疑問を、恐る恐る口にする凛。まさか……今の自分に対する行動からすると——
「決まってんだろ?全員、俺たちが陰で殺したんだよ」
「……どう、して——」
先ほどまでの空気感は、完全に消え失せてしまった。突如現れた男、そして女性によって、状況は再び暗闇へと誘われてしまう。
「——そんな、ありえない!!……だってアンタが、僕たちの運命を狂わせた張本人のはず……」
「自惚れるな、杉蕗侑芽。お前のその言葉には、微塵の根拠もない。運命を狂わせたのは……理想に取り憑かれ判断を見誤った、愚かなお前自身だ」
「えっ……いやおかしい……おかしい、おかしい!!!じゃあ、僕が知っていることはなんだったんだ!!先輩のことも、今起こってる、こと、も……あれ、これ、って……現実……それ、とも、夢……?」
当然だとされていたものが崩されてしまい、侑芽は頭を抱えてよろめく。
「……今更、夢に逃げるつもりか。結局、お前は理想を掲げることしか出来なかった。理想を果たそうと、肝心の行動を取らなかった」
出来なかった、取らなかった。全てを、過去の出来事として美城は言う。何故なのか。
「……貴様は狂っている。そこまで夢を求めて尚、何故この部門をここまでに追い詰めた?」
「え、ぇ、っ……」
「言うのが遅れたが、私はこれを伝えるために今日ここに来た。
上からの方針だ……この部門は、『今週』限りで正式に解体されることが決まった」
——この場にいる全員が、この言葉を聞き息を吸うことを忘れた。
特に、今まさに美城の正面に立ち、異議を唱えていた侑芽は、息が戻った途端に過呼吸を起こし、動揺を抑えられなくなっていた。
シンデレラプロジェクトの元プロデューサーである先輩が追放されたことを、誰よりも重く捉えていた侑芽。彼は新たなプロデューサーとして崩壊寸前のアイドル部門に降り立ち、これまでどうにかして先輩の意志を繋ごうとした。
時には、アイドル達の話を無視することだってあった。話している場合じゃない、今は何とかして部門を復活させないと。
上司を無視したりもした。当然だ、独断で全てを他人に押し付けるような奴など、誰が信用するか。上の手は借りない。全て自分の手で……先輩の意志は、必ず自分が引き継がなければ……
それらは、全て最悪の方向へと転んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
結局、この男はただの理想主義者に過ぎなかった。
自分が、美城ではなく、死神の言いなり人形として、利用されてことにも気づかず、周りが違うと疑わずに独断を貫き続けた。何の力も、知識もない。無知であるが故に、その独りよがりを加速させ暴走した。
「…そんな……私も、なんて、こと、を……」
そして、下を向いて声を荒げる侑芽を前に、ちひろは一人膝をついてその場に座り込んでしまう。
「ちひろさん!!しっかり……」
「加蓮ちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……私がこんな大人で……みんなを守ってあげられないような、こんな、こんな……!!」
ちひろは自らを追い詰める。自分も現実を知らずに、侑芽と同じことをしていた。
侑芽に伝えられたこと……そして、プロダクション内で広まっていた、その内容を裏付ける噂。
自分もまた愚かだった。まんまと噂を信じ込んでしまうなんて、一切の確認を取らなかったなんて。
「……」
侑芽は錯乱し、ちひろはショックのあまり倒れ込み、加蓮も戸惑いを隠しきれず……そんな中、ネクはこの状況に対しての違和感を覚えていた。
(こんなことが……本当に起こり得るのか?)
(侑芽さんの鮮明なあの話、そして今の状況……多分、侑芽さんには『その時の記憶』が実際にあるはずだ。それにちひろさんも加蓮も、ハッキリとした記憶を持っている……そんなことはおかしい)
前からずっと、この話にはおかしな……というよりも、無理のある点がいくつもあった。
アイドルの一斉ボイコット、その後に残ったわずかなアイドル以外、『その他からの一切の連絡が途絶えていたこと』、さらに、それを容認しながらも未だにアイドル部門が存続していたこと、侑芽以外のプロデューサーの話をほとんど聞かないこと、この状況を凛とネク以外、侑芽やちひろなどの誰もが、全く疑問に思わなかったこと。
普通に考えると……非現実的だ。あまりにも不可解な点が多すぎる。だがもっと不思議なことは、これらが全て実際に起こっている、リアルタイムの出来事であるということ。
起きるはずも、そもそも起こせるはずもない。
……普通の人間には。
「まさか——」
「はははっ……全ては、俺たちの計画のためだ」
「計画……?」
耳元から離れると、零は勝ち誇った態度で話し始める。
「俺……いや、俺たちは『特別な死神』だ。この世界、そしてもう一つの世界。それぞれの世界から招集され、組織された『運命の死神』……俺はその内の一人だ」
「運命の死神は、普通の死神達とは違う。生死をかける死神ゲームを実施し、参加者を妨害する、ただの壁役……そんな質素なものじゃない。遥かに偉大で崇高なる、我らが『あのお方』の力を授かり……
そして、この世界を新たに再生する」
今までの暴力的な口調が、一転して静かになった。運命の死神……崇高なるあのお方……世界の、再生。
「あの、お方って……」
「ははっ?なんでお前なんかに、言わなきゃなんねぇんだよ。ここで消えるお前が、あの方を知る必要はない」
「……どうして、私たちを消そうとするの」
「消そう、じゃなくて消したんだよ。いい加減に認めろよ」
いちいち痛い所を突き刺す零に、思わず凛が苛立つ。
「……いいから、答えろ!!!」
「はっはっは!!!その気になれば、今すぐにでも殺せるってのに……まあいいぜ。俺も気分がいい、ありがたく思えよ?知りたいこと、教えてから殺してやる」
「正直に言えば、誰でもよかったんだ」
あくびをして、背を伸ばしながら零は声色を柔らかくする。
「俺たちが欲しかったのは、大量のソウルだ。今この世界に存在している擬似平行世界『SG』を、完成させるためのな」
「SGを……完成させる?」
「ああ。お前らは今、何故このRGで能力が使えるか、気付いているか?
これは、俺たちのSGの影響だ」
零の話によると、SGを運命の死神が生成したことにより、RGとUGの境界の壁が不安定になり、その結果、UG以上の次元でないと使えないサイキックを、RGでも使用できたという。
「運命の死神は、世界の再生を掲げて行動している。俺たちはこのSGを創り、ソウルを注ぎ込むことで徐々に肥大化させているんだ。そして最後には……この世界の渋谷RG、UGすらも飲み込み、渋谷という街を崩壊させる」
「……!?」
「もう、気付いたか?そうだ、俺たちがSGを生成する際、ちょうどいいところに『大量の餌』が現れてな?聞くと、ソイツらは大手芸能プロ所属のアイドルだったとか。ライブ公演でやらかして大炎上騒ぎして……これほどピッタリな奴らはいないと思ったぜ?」
その言葉を聞き、その瞬間、凛は全てを悟る。
「まさか……ボイコットなんて、初めから真っ赤な……」
「ははっ、ああ。嘘だ」
笑い混じりに、軽く吐き捨てる。
「……戦犯の神谷奈緒が『独りでに』消えた後、お前ら三人が、もう一つの世界へと渡った。正直、これは想定外だったが……逆に好都合だったな。お陰で次々アイドルを殺してソウルにしても、世の中はボイコットだと信じて疑わなかった。不満を訴え、アイドルに見放された哀れな美城……この構図、最高に完璧だろ?」
全てが、今まで死神の手で踊らされていたことを知る。思えば不思議だった。この世界に再び戻ってきた時、加蓮と自分たちはノイズに襲われた。さらにその後も、六人のアイドルがSGに幽閉され、その中でゲームを……ん?
「あれ……なんで、そんな周りくどいことを?」
あのライブ以降の出来事が、全て死神によって仕組まれていたことだとした時、何故わざわざゲームなんて開催したのだろうか?
「今も行われている死神ゲーム……いや、実際はエントリー料もない、ガッタガタな紛いもんだ。『死神ゲームもどき』ってとこだが、それでもお前らを苦しめるには、十分な働きをしてくれた」
「今回の出来事は他にも都合がよかったことがあってな……あのな、俺、お前らが腐るほど大嫌いなんだよ」
そう言うと、零は声色を急に固く変え、眉間にシワを寄せる。
「あれはいつだったか……そうだ、美城がまだ常務だった頃……ちょうど、『シンデレラの舞踏会』なんてやつが終わった時だった」
【奇跡の軌跡、シンデレラの舞踏会無事に終幕】
【シンデレラプロジェクトの集大成、シンデレラの舞踏会ついに来る】
——渋谷駅ハチ公前入口の前にある新聞売り場。どの記事にも、表紙は346のアイドルで占められていた。
どの記事にも、希望、理想、夢、笑顔……不気味なほどに笑顔ばかりのアイドル達と共に、そんな綺麗事が綴られていた。スクランブル交差点の巨大ビジョンにもそのことが取り上げられ、その場にいた誰もが、彼女たちの話で持ちきりだった。所々に設置されている広告看板にも346。その瞬間、渋谷中が346一色で染まっていた。
……ウゼェ。こちとら寿命も管理されて、人殺さなきゃ明日生きることもままならねぇってのに。
何がいつまでも一緒だ。そんな綺麗事が通るわけない。芸能界だって、死神ゲームだって弱肉強食は同じだ。弱いやつは喰われて消え、強いやつだけが生き残る。それこそがこの社会の決まり、掟、ルール……だったらどうして、このお人好しの馴れ合い共が、次々と上に行く。
真に上に行く存在は、こんな奴らじゃない……こいつらは、上に立つに相応しくない。
「綺麗事が、都合よく受け入れられてる世界に、腹が立った。だから、今回ついでに正してやったんだ。上に立つ存在はどういう存在なのかを、わざわざ4253まで用意してだ。
どうせなら、シンデレラの命だけじゃなくて、城ごとまとめて滅ぼしてやろうってな」
「そんな……全部アンタの、勝手な価値観の押し付けじゃん!!!」
零の超理論を、凛は理解することができなかった。当然だ、何かをしたわけでもない。凛たちアイドルからしてみれば、ただのとばっちりだ。
「はっはっは!!!ああ、いくらでも言えばいいさ。理解されるつもりなんか満更ない。俺は、俺の美学に従うだけだ」
まるで開き直りのように、零は凛に返す。凛の話を聞くつもりもない。零はまた一人、凛の心を無視して話を続けていく——
「……ネク?」
「俺たちは……ずっと、大きな勘違いをしていたのかもしれない」
腕を組み、深刻な表情を浮かべるネク。そして、何かを掴み美城に伝える。
「美城専務、聞いて欲しい」
「なんだ?」
「侑芽さんとちひろさんを……許してくれないか」
そう言った途端、美城の目が細まる。それはもう、客人に対する目ではなくなっていた。
「……言い方は悪いが、君は部外者だ。仲間の彼らを守りたいのかもしれないが、君の意見は、この場では何の意味もなさない」
「ネク……」
美城はあっさりと話を切り、加蓮も噛み締めるような表情を見せる。だが、ネクは決して根拠なしで感情論を起こそうとしたわけではない。
「いや、そういうわけじゃない。この件……侑芽さんもちひろさんも、美城専務も、多分、悪いのは誰でもない」
「……どういうことだ?」
「さっきのぶつかり合い……話が噛み合ってそうで、まるで噛み合っていない。侑芽さんは美城専務を、美城専務は侑芽さんをこの事態を悪化させた張本人だとしている。
……専務。改めて聞くと、神谷奈緒に対して、何かマイナスなことは?」
侑芽の記憶には、奈緒は美城から恐ろしいほどのプレッシャーをかけられていたという……なら、実際にはどうなのだろう?
「……まあ、言いたいことがない、と言えば嘘になるが、決して彼女を追い詰めることなどしていない。彼女の境遇は私も知っていた……接する際は出来る限り……気は、使っていた、つもりだが」
心なしか、若干声が弱々しくなる美城。確実かどうかは分からないが、彼女は彼女なりの努力をしていたようだった。
「……えっ?それなら……僕のこの記憶は一体?」
「あの噂話……あれは確か、社内中で広まってたはずなのに……?私の記憶も、どういう……」
やはり、ただの勘違いじゃない。『記憶の改竄』という異常な現象がここには関わっている。
そして、こんなことが出来るのは、ただの人間じゃない……
「……死神!!」
「嘘、それって……!?」
ネクが口にした言葉を聞き、加蓮も全てを察する。自分たちのこれまでのことには……全て裏で死神が動いていたことを。
「そうだ、加蓮。前に死神ゲームに参加した時、俺は人の心に何度も介入した」
かつてネクは、死神ゲームで、ライブスタッフ、プロモーター、悩めるラーメン屋の店主、喧嘩していた二人の女子高生、他にも『死神さん』を愛用していた社長や、時には交差点の巨大ビジョンにバッジの映像を流し、街全体のトレンドを変えたこともあった。
「UGは、RGのムーブメントに密接に関係している……だとすると」
「死神が……この346プロダクションのトレンドを操作した!?」
衝撃の事実に目を見開き、ネクと加蓮は互いに見合って危機感を覚える。
だが美城、侑芽、ちひろはこの話の内容を理解できずに、疑問の表情を浮かべていた。
「……この件に心当たりがある。頼む、俺たちに少し時間をくれないか?」
「時間?何をするつもりなんだ?」
「これまでに歪んだ物語を……俺たちの手で元に戻すんだ」
「……こんなことが、現実に起こせるなんて……」
零から知らされた真相は、人間の所業の域を遥かに超越していた。
運命の死神の責務……『SGを肥大化させ、RGUGまでもを飲み込み、最終的にソウルキャパシティを超えさせ、爆破を引き起こし、渋谷を消滅させる』。
その最中、零は単独でUGに移動し、数回に分けてこの渋谷のムーブメントに影響を与えていた。346プロダクションの内と外にそれぞれ別々のトレンドをもたらしたのだ。
外には、アイドルのボイコットの『噂話』を流し込み、内には、アイドルがプロデューサーと共に表に出ることを避けているという『嘘の報告』を流し込んだ。
つまり、346プロダクション内部のみが、世間とは全く異なる認識の中、動いていたのだ。そのため、噂話に耳を傾けることなく、アイドル部門存続のみを危惧して、美城が連絡の取れるわずかなアイドル達で組織した『ラストナンバー』のプロジェクトが実行された。
ボイコットを知らないため、美城は信頼回復のためにも、歩みを止めてはならないということからプロジェクトを決行したという。決して、責任の尻拭いをさせるためではなかった。
そして、そのプロジェクトの担当プロデューサーに選ばれたのが杉蕗侑芽、アシスタントは千川ちひろだった。だから零は次に、彼ら二人に強力なインプリントを仕掛け、嘘の記憶をねじ込んだ。外と同じくボイコットの記憶をねじ込ませ、美城への不信感により346内部との連携を崩し、完全にプロジェクトを独立状態にした。
この段階で、既にSGは完成寸前にまで迫っていた。ソウルの統合が進めば進むほど、その内部は現実世界と似ていく。
建物が構成され、街並みが構成され、そして人が構成される。
これまでの二回に渡るSG突入の際、蘭子たちと出会った時はまだ街には人がいなかった。だが、今日の杏たちとの再会時、スクランブルスクエアには現実と同じように多くの人がいた。
これは統合が徐々に進み、SGが完成に近づいているためだった。あの少女が言うタイムリミットとは……恐らくSG完成までの時間を示していたのだ。
「ゲーム……なんて言ってるけど、実際はただの幽閉……渋谷が終わる直前まで、ギリギリまでみんなを苦しませるために……」
「ふっ……生き残ったのが運の尽きだったな?とっとと俺たちに見つかって、素直に殺されてSGの一部になってれば……そう思うよなぁ?」
零はおちゃらけた口調に戻り、高笑いをすると凛に目線を下ろす。
「さて、と」
周囲に待機するノイズの目線が、一気に鋭くなる。
「お前と話すのは久々に楽しかったぜ……だが、それももう終わりだ。諦めろ、どう足掻いてもお前らが運命を変えることは出来ない……破滅への、なぁ!!!」
一方的に話しておいて、結局碌なことも言わずに、零はゆっくりと右腕を上に伸ばした。
「お前ら喜べ!!この女のソウルはお前らに与えてやる!!本能のままに……全てを貪り尽くせぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
そして、腕を下げ処刑の合図を下そうとした、その時、
「……ぁあ?」
凛は震える腕に力を入れ、最後の力で一枚のバッジを取り出す。蒼のフリーフロー、『オーバードライブバッジ』。
「お、お前……まだ絶望してないのか?」
「アンタなんかには……アンタなんかには負けない……!!!」
オーバーロードを発動し、この戦況を打破する……そのつもりだったが、
「……!?」
オーバーロードが……発動しない。
「なーんてな。取っておきの猫だましは、それで終わりか?」
「そんな!?どうして!?」
何度も繰り返し発動するが、バッジは全く反応を示さない。
「っ……くっ……!!なんで!?」
「くくっ……おーい。まさか、気づいてなかったのか?」
「パートナーのアイツから離れた時、もうお前の契約は、とっくに切れてたんだよ」
「歪んだ物語……君が、私たちを救うとでも言うのか?」
美城は冗談半分でネクに尋ねる。本当は、耳を傾けることすら鬱陶しいはずでも。
「ネク君……君は関わらなくていいんだ!!悪いのは僕だ……僕が、僕がこんなにも自分勝手じゃなかったら……!!」
侑芽はネクを止め、自らを追い詰める。ちひろも、ネクに対して切なそうな目線を向けていた。
でも、そうじゃない。ただ、感情的になって庇いたいわけじゃない。
「侑芽さん、ちひろさん……ごめんなさい。実は俺、凛のことを守れなかったんです」
この場はまさしく……自分の覚悟を示すためにもある。
「え……っ」
「自分のことを優先して、凛の気持ちを全部無視して……独りよがりに走って、凛自身の気持ちに気づくことが出来なかった」
『アイツ』をいつの間にか照らし合わせ、肝心の凛に目を向けることがほとんどなかった。切り離すことなく、同一の存在として見ていた。
「凛は……苦しんでたんだ、自分の過去に。全部消えろって、何もかも捨てるくらいに……でも俺は目を向けなかった。
一番近くにいるはずなのに……手を伸ばすことなんて、すぐに出来たはずなのに……!!」
この世界に来て、一日目の夜。自分は凛から過去の一片を知らされた。それで仲良くなっただなんて、笑ってしまうような勘違いをしていた。
彼女自身のことを何も知らない癖に、彼女に誠実に向き合ってなかった癖に、仲良くなってるだなんて……勝手に勘違いしてた。
自分が過去に浸って、妄想を楽しんでいた間も、彼女はずっと悩んでいた。悲しんで、苦しんで、逃げ出したくなって、
そして……助けを求めてた。
「これは……俺の覚悟でもある。俺の世界、これまで広がることのなかった、ちっぽけなこの世界を広げる……今この瞬間こそ、俺が初めに乗り越えるべき壁なんだ。エゴを押し付けてばかりじゃ何も広がらない、他人にも、自分にも」
「……俺は、俺の世界を広げたい。過去に縛られないで、また新しく、昔のように……世界が広がる様子を、もう一度この目で見たい!!だから、共に……俺は未来に進む!!」
「誰かがつまづけば、そばに居て手を引く。道を誤りそうになれば、誰かの手を掴む……俺も友達として、この物語を共に守りたいんだ!!」
【……凛!!!!!】
「——ふははははははぁっ!!!!今更悔やんだって仕方ないんだよ、バーカ。結局、お前の夢は夢のままで、理想は理想のままで終わる……最高だよ!!これこそが俺の望んだ……正しい本当の世界!!!」
オーバーロード……そのサイキックは一人では使えない。必要なのはパートナーとのシンクロ、すなわち絆。自分はネクのことを、自分から遠ざけた。
……これは当然の結果だった。
でも、
「うぐっ……ぁぁぁぁああっ!!!!!」
震える手足に力を入れ、その場に立ち上がる。残った力などもうほとんどない。だが、心の灯火は、まだ消えてはいない。
「……私は、諦めない……どんなことがあっても、最後まで信じ続ける!!」
「……往生際が悪いな。もう散々引っ張ったんだ、これ以上はないぞ」
無表情になり、再び手を上げ、合図を出す零。もはや、助かる道はない。でも、理想は潰えていない。
「あれからずっと、忘れてた。みんなと一緒に、同じ思いを交わしたあの絆も……これまでにあったこと何もかもを……」
「けど今なら……覚悟を決めた今ならハッキリと分かる……!!
私は、あの輝きを取り戻したい!!!だからどんな結末が待っていても、私は絶対に希望を捨てない!!全てを取り戻して、これからも新しい道を進み続ける!!
……私は、私の世界を広げたい!!!」
「そのために……今の私には、あなたの力が必要なの!!!」
【……ネク!!!!!】
物語は、加速する。
「……!?」
心の中で強く叫んだ名前……その後に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「凛……凛!!!」
応えるように名前を呼びながら、ネクは突如広間を飛び出し、凛の部屋へと駆け込む。
……明かりはついたままで、開いた窓から流れ込む雨が冷たい。その部屋に、既に凛はいなかった。
「……」
この時、全てをネクは察していた。自らの覚悟を今一度胸に秘め、一人、開いた窓へと向かう。雨粒が顔に打ちつき、ネクの歩みを止めにかかる。
「……ネク!!」
その時、その足を、同じく駆け上がり部屋に来た加蓮が止める。
「急にどうし……って、ここ凛の……」
「……加蓮」
水滴だらけで寒々しい部屋に入り、加蓮も何が起こっているのかを察する。
凛がいない。今日の様子、最後に会ってから一度も姿を見ていない、不自然に開いている窓……
ネクは静かに名前を呼び、この場を任せる。
「ごめん。ちょっと、この場頼めるか?」
「えっ……ひょっとして、凛のところへ……?」
「ああ。声が聞こえたんだ。助けを求めてる……声が今」
そう言うと、アンサプレッションバッジを手に取り、ネクはフリーフローを発動し、身体に紫の炎を宿す。
「行かなくちゃいけない……もう、あいつを独りにさせたくない。俺が、守るんだ……!!」
「……分かった」
ネクの覚悟は、硬く揺るぎない。その思いをただ受け止め、支える。加蓮に出来ることはそれだけだった。
「…信じてるよ、二人のこと。だから大丈夫」
「ありがとう……行ってくる」
「うん……行ってらっしゃい」
背中を叩いて、柔らかに見守ってくれる笑顔を背に、雨が叩く試練の夜空へ、ネクは飛び立った。
そして、
「お願い、ネク……私に力を貸して!!私と一緒に戦って!!」
「今すぐ……凛の元に、俺を導いてくれ!!」
ついに攻撃を開始したノイズ達。全方向からの集中砲火が今まさに襲い掛かろうとしている。
「……もう何を言っても無駄だな。アイドルは全員死んだ、部門も潰れた、世間からの興味も消え失せた。
……終わりだ。夢の果てのシンデレラ」
「終わらない……終わらせない!!!」
「終わらせない……俺が止める!!!」
「ネク!!!」
「凛!!!」
「「新しい世界を……俺と、私と、一緒に!!!!!」」
「無駄だ……いい加減に諦めろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「「うおぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」」
叫び声でその身を奮い立たせ、濡れた冷たい手で、彼らはガラクタと化したバッジを握りしめた——
攻撃が、正に当たった瞬間、
「なっ!?」
零がその場で見たものは、自らのビジョンには起こり得ない光景だった。
「っ……」
……生きている。彼女は死んでいない。ソウルになっていない。バラバラに引きちぎられて、ノイズの血肉にもなっていない。紛れもなく、彼女は生きている。
……その身に、蒼い炎を宿して。
「はぁ……はぁ……」
気づけば、凛を攻撃を仕掛けたノイズ達は塵となり消えていた。覚醒の蒼きシンデレラを前に、ノイズたちは怯み、攻撃の足を止める。
「バカな……なんで、だ!?なんで、そのバッジを使える!?」
零の指差すその先……凛の身に付けるオーバードライブバッジは、蒼い光を一層強める。その光は、この暗い雨の降る路地を輝かせ、包み込む絶望をさらに希望で包み込む。
その希望は、決して望むことを諦めなかった理想が生み出したものだった。
「どうやら、お前の言う『力』は破られたみたいだな」
「!?」
声が聞こえる。計画外の出来事に完全に焦った姿を見せる零。どこからだ、一体どこから……
「……上か!?」
「もう遅い!!!」
長い時間を費やし、右手の刃からは紫の光が溢れ返る。普段は使わない、強力な一度の攻撃に全力をかける『マッシブスマッシュ』。
「消えて……失くなれ!!!」
不意から放たれるその一撃は、凄まじい威力を発揮する。振りかぶり、上空より振り下ろすように零と衝突するネク。その姿は白黒のツートンカラーで、黒き死神の羽、紅き瞳を備え、アンサプレッションバッジは紫に強く光り輝く。
「くっ……うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
慌てて腕を出すが、一撃に耐えられず、零は後方に大きく吹き飛ばされ、倒れこんだ。攻撃の威力を物語るように、周囲のノイズには衝撃のみで消える存在もいた。
そうして、死神の羽を使って地に降り立ち、対峙していた零から目を逸らし、後ろを向く。
とうとう、この場にたどり着いた。
「ネク」
「凛」
決別してしまった二人の再会。そして、その二人が望んでいた再会でもある。
「……大丈夫だったか?」
「その、どうして……ここに来てくれたの?」
少し後ろめたくなっている凛に、ネクは自分の言葉を伝える。
「俺も一緒に戦う、ただそれだけだ。それ以外に……理由なんてない」
「え、っ……」
「お前、言ってたよな。希望を諦めない、自分の世界を広げたい……って」
「……!!」
声が、届いた。諦めずに信じたからこそ、未来が変わった。一筋の希望が生まれ始めた。
「俺も、力になりたいんだ。他の誰でもない、お前自身の夢を叶えることに」
ネクもまた、凛を『アイツ』ではなく、凛として視認することが出来るようになった。自分の世界を、ようやく広げることが出来た。
だから……伝える。
「俺も、お前の側で戦わせて欲しい。お前の物語を……俺にも、手伝わせてくれ」
白黒の手を前に出すネク……その交わした手と手は、二人にとって最大の救済となった。
「……言ってくれて……信じてくれて、嬉しい。諦めないで、よかっ、た……」
「……ああ。きっと全て取り戻せる、だから頑張ろう」
「うん……本当に、ありがとう……!!」
ようやく、二人は心から微笑み合うことが出来た。そこには影も、霧も、靄もない。繋がれた手と手の堅さが、二人の間に確かなものを築き上げていく。
夢の向こうに待つ、新しい世界への、道を。
「……ってんめぇぇぇっ!!!!待ちやがれ!!!!」
だが、落ち着くのも束の間のこと。
「よくも……よくも俺をコケに!!!!」
身体が紫に光りだしたと思えば、零は恐ろしいほどの速さでその場から飛び出し、ネク、凛に向かって襲いかかりだした。
「くっ……!!!」
「桜庭音操……渋谷凛!!てめえらだけは、てめえらだけは許さねえぞ!!!」
ショックウェイブで攻撃を受け止めるも、ネクは僅かに零のフリーフローに押される。だが、凛もオーバーロードのショックウェイブで、共に零を迎え撃つ。
「別に、許してもらいたくもない!!アンタは、必ずこの手で倒す!!!」
「そうだ!!お前を倒して、まずは奪われた物語を取り戻す!!!」
紫と蒼の刃が、零の紫に染まった腕を徐々に押し返していく。
「くぅっ……く、そがぁぁ……!!」
そして刃の向きを変え、バランスを崩して腕を跳ね除けると、
「うりゃぁぁぁっ!!!」
「はぁぁぁっ!!!」
懐に潜り込み、二人同時に零の身体を貫く。雄叫びを上げると、零は膝から崩れ落ち、その場に倒れ込んだ。力を望む運命の死神は、理想の参加者らを前に敗北した。
「く……あ、ぁぁっ……ま……ぁだ……だ……」
「ふ、つ……かだ……。あと、二日で……どのみ、ち……絶望を、味わわせてやるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
そう、断末魔を上げ、恨み節を残して零は姿を消した。同時に周囲のノイズ達も砂嵐のエフェクトがかかり、その場で消滅した。
死神の魔の手は、完全に退いた。
「……助かったな」
「うん……うぁ、っ」
終わった。そう思った瞬間、凛は全身から力が抜け、その場に倒れ込む。オーバーロードの副作用で疲労が蓄積され、今になって押し寄せてきたからだ。
「……!?大丈夫か!!」
アンサプレッションバッジを外し、フリーフロー、禁断化を解除してネクは脱力した凛の背中を支える。
「うっ……ちょっと、疲れちゃ、った……」
「はぁ……こんな雨の中飛び出すから、こんなことになるんだろ……」
「……つい昂っ、ちゃ、っ、てさ」
段々とフラつきが増し、声が震えて小さくなる。そして、急に全体重が前側に傾き、凛はネクの腕を擦り抜けて壁にもたれかかり、頭をぶつけてそのまま崩れた。
「お、おい、動いたら……」
「……めん」
「ん?」
目を閉じ、息を荒くしながらも、凛は小さな声で何かを言っている。無理をしないで、今は安静に……そう伝えようと、しゃがみ込んだ時、
「ごめんね……ネク」
凛は、安堵と負い目で涙を流していた。暗く、重たく、冷たい雨の中で気付かなかった。ネクに再会した時から、凛は既に鼻を赤らめていた。
「酷い、こと……私も、いっ、ぱい、言っちゃった、から——」
「……」
それを最後に、凛は完全に意識を失った。その表情は泣いていたが、そこからはどこか安心感のような安らぎを感じた。
「そんなこと……言わなく、て……いい、よ」
釣られてネクの目からも、込み上がるものが溢れ出る。心と心がぶつかり合い、分かち合った思いに、思わず崩れ落ちる。
「俺こそ、悪かった……ごめん、凛……」
「……」
「絶対に、死神から、お前の物語を守ってみせる……必ずだ」
顔全体にシワを寄せ、ネクも壁に寄りかかり、地に座り込む。
本当ならば……今すぐにでも帰らなきゃいけない。加蓮に任せている寮は、今も混乱している。
まだ、何も解決はしていない。死神の計画は順調に進行し、今も奴らの手の中で、転がされているに過ぎない。
……でも、流石にもう……今は、立てない。
「う……っ——」
一度座り込んだが最後、身体を持ち上げることは出来なかった。朝から夜まで、何も口にせず一日中渋谷を駆けたその身体に、もう体力は残っていなかった。
凛の隣で、ネクも寄り添って、静かに目を瞑る。雨は強まり、身体の熱は奪われ続けるが、心は不思議と温かった。温もり、安心感が彼らを包み込む。
……それは、憎悪な現実と冷酷な現実の狭間に見つけ出した、小さな希望の火だったのかもしれない。
彼らは逃げることなく、今度こそ真っ正面から立ち向かった。鋭く爪を立てる存在が現れても、これまでに味わったことのないほどの苦しみを受けても、諦めなかった。未来の希望を、物語を信じる思いを、『現実にしたいという理想』こそが彼らの力となり、強大な力を打ち負かした。
確かに理想は理想でしかなく、儚く、脆く、弱い。だが、力を生み出すことも、誰かを蹴落とすことも、地の底から這い上がることも、何かを現実にすることも、全ては理想から始まるものだ。
理想を掲げ続け、前に進むことをやめなかったからこそ、かつてシンデレラガールズは頂点に立つことができた。かつて参加者は死神のゲームで生き返ることができた。
『だから、この世界を変えることができるのは……アンタなんかじゃない』
途中で姿を消した少女は、二人が眠ったことを確認し、それからこの場に現れた。初めから凛以外には姿を隠し、そのため、零に気づかれることなく、凛を立ち直らせることが出来た。そして、予想通り、凛は自分の手助けなしで、過酷な現実の壁を跳ね除けることを成し遂げた。
『負けないで……共に『ウィルド』に立ち向かって。ネク、凛』
介入は、せめて最小限に……それは今回も同じ。自分は裏方として、これからも動き続ける。
来たるべき、時が来るまで。
少女は、眠ってしまった彼らの身体を、再びSGへと送りだした。
(用語説明に、禁断化、運命の死神、SGを追加しました)
本作も、今回から中盤に突入です。
本当の心を通わせることができたネクと凛により、ここからSGの捜索、そして渋谷崩壊の阻止、部門解体の危機の回避へと話が移っていきます。
『奴ら』と称していた存在達の名称も、『運命の死神』であると判明し、彼らの目的や、美城と侑芽の邂逅、ソウルとされてSGに吸収されたアイドル達など、様々な要素が今後絡んできます。
ネクと凛は、待ち受ける運命を跳ね除けることができるのか。
断片『A NEW DAY - back side - 』の『あの日』にて、一度も『ボイコット』という言葉は出てきていません。これは凛の記憶は、零のインプリントを受けていないという証拠になっています。
次回は、六人の内の、最後の二人の回です。