すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
ついに明らかにされた、『運命の死神』の存在。
彼らの掲げている『世界の再生』により、渋谷は崩壊の運命を辿ろうと、アイドル部門は解体の危機に至ろうとしていた。
もうこれは、アイドル事務所だけの問題でも、参加者だけの問題でもない。SG、そしてRG。
集う全ての者達の心を一つにして、今こそ、強大な敵に立ち向かわなければならない。
「……て」
硬い壁の感触を背中に感じる。目を瞑りつつ、そんなことを不意に思うと、
「起きて……ねえ、起きてって」
ゆっくり肩を揺さぶられ、ネクは目を覚ます。重たい瞼を上げると、そこに写ったのは自分を心配する凛の表情だった。
「……凛?」
「ちょっと……そんな寝ぼけてて、大丈夫?」
「ここは……」
暗いが、奥の方に明るさ、そして行き交う人々の話し声が聞こえる。
「SGだよ。私たち、寝てる間にSGに来てたみたい。メールで、彼女がそう教えてくれたの」
凛はスマホの画面をネクに見せる。差出人は不明だが、女の話し言葉で『SGに送っておいた』という意味合いの内容が記されていた。
「あいつか……助かるような、お構いなしなような」
「……ははっ、まあ、言えてるかもね」
軽く笑うと、凛は話を繋げる。
「昨日さ、私、シニプロの……いや、死神の男と会って、多くのことを聞かされたの」
「あの男、シニプロのプロデューサーだったよな……やっぱり、死神が絡んでたのか」
「いや……どうやら、ただの死神じゃないみたい」
「どういうことだ?」
「実はね——」
「運命の死神……世界の再生……あの男は、確かにそう言ってたのか?」
凛は、これまでに零から伝えられた真実を、隠すことなく全てネクに打ち明ける。
「うん。それに、あいつの計画のことも全て……」
計画……これまでに起きた惨劇を思い返し、微かに凛の表情が曇る。
「……今いる、このSGを完成させるために、多くのアイドルが犠牲になった……トレンド操作、記憶操作……ちひろさん、侑芽さん、美城専務……全ては、死神の思惑通りだったってことか……」
「……っ」
全ては、この渋谷の消滅のために……背後で起こっていた出来事に、ネク、凛は悔しさを浮かべる。
「……もはや、これは346だけの問題じゃない」
「私たちの渋谷の、存続を賭けた戦い……」
「俺たちの世界と同じ危機が、こっちの世界でも起こされていた。運命の死神による、世界の再生の、ために」
……これまで、自分たちの前に立ちはだかってきた『運命の死神』は、
かつて操られた状態で襲いかかってきた、『新子々』。
インバージョンを引き起こし、数々の都市と渋谷を手にかけた、『八代未月』、『狩谷申輝』。
そして、SG崩壊を利用し、渋谷の次元破壊を企む、『音流零』。
【彼らは、何故世界の再生を掲げ行動しているのだろうか。】
【何故、再生が目的の彼らが破壊を行うのか。世界の再生とは何か。その先に、何が待つのか。】
まだ明らかにされていない謎は多い。だが、まずは目の前の危機を乗り越えることが最優先だ。
もう、残された時間がなさすぎる。
「ここからは、ゲームマスターの捜索を第一に行動した方が良いな」
「飛鳥や杏たちにも連絡できたらいいんだけど……ダメ、私からじゃ出来ないようになってる」
参加者同士ならまだしも、ゲームの部外者であるネク、凛は、内部の存在と連絡を取ることは出来ない。
つまり、今行動を起こせるのは、自分たちしかいない。
「俺たちだけでも、やるしかない」
「うん……分かってる」
彼らの心には、既に揺るぎない覚悟が備わっている。必要なものは揃った。いよいよここから、反逆の狼煙を立ち上げていく。
「……ねえ、ネク」
「?」
「あの……その、昨日のことだけど」
「もう、言わなくていい」
「え?」
「だって、過ぎたことだろ。過去なんて、今更掘り返したって意味なんてない。
……俺も昨日、それをやっと分かった。今を、楽しむことが出来るようになった」
「……ネクの方も、何かを見つけたんだ」
「お前こそ、取り戻したんだろ。自分にとって大事なものを」
「うん……忘れかけてた笑顔を、友達が思い出させてくれた」
「友達……か。悔やみ続けるよりも、今はただ前へ進む……『アイツ』も、この方がいいって、思ってくれるはずだよな……」
「前に進む……あるはずの、私たちの希望に向かって——」
一時間後、ネク、凛はスキャン、インプリントを駆使し、ひたすらに街中の人間から情報を集めていた。
まだ、ミッションは出されていない……つまりゲームは始まっていない。謎の少女は恐らくこれを見越して、あらかじめ彼らをSGへと送り込んだのだろう。ゲームの制限時間内でプラスアルファの探し物をさせるよりも、本格的な捜索を始めさせるためか。
「街にまで、人が……」
「……SGの完成が近づいてる。急ごう!」
「ああ!」
ゲームマスター、参加者に関する有力な情報は未だに掴めていない。だが、諦めずにやるしかない。
そう、意気込んだ時のことだった。
「……ん?」
街中を駆け巡り、宇田川町へと入った際、突如辺りから人が消えた。
「……どうしたの?」
「なんか、様子が、変じゃないか?」
先程まではなかった異様な気配に、二人は緊張を走らせる。ゲームはまだ始まっていないため、まだノイズは現れるはずがない。
だが、着実と気配は近づき、そして強まっていく。その気配は危険を、明らかな敵意を感じさせるものだった。
「……!?」
一瞬が過ぎ、気づいた時、ネクはその身に銃身を突きつけられていた。後頭部、髪のすぐ向こうに無機質で硬い感覚がした。
「動くな……動いたら、命はないにゃ」
後ろから、そう声をかけられる。
「お前は……」
これまでに聞いたことのない声だった。その存在は、未知の存在であることに間違いはない。そして、自らの身がとても危険な状況に置かれていることも。
「……っ!!」
危険に詰め寄られ、咄嗟の判断で、ネクは瞬時に身を屈め、転がるようにその場を脱出する。そして、目の前にあったグラフィティアートの壁に衝突し、フリーフローを発動させ、大きく空中に飛ぶ。
……見えた。ネコミミのカシューチャを付け、胸元と腹部が露出するワインレッドの衣装を着ている、短茶髪の少女。バイオレットのロンググローブを付けたその手には、本物の拳銃が握られていた。
「……!?その力……やっぱり、お前がこのゲームのマスター様だにゃ!!」
何かを確信した少女は、地上から瞬時に空中にいるネクの背後に回り込む。その姿はまるで見えない。
「なっ、速い!?」
瞬間移動のように素早く行動し、確実に敵の尻尾を掴み、狙った獲物を逃さない。『C・A・T・A・B・L・E』バッジの能力を使い、徹底してネクを殺そうとする少女。
だが、その引き金を引き、命を掻っ攫おうとしても、既にネクの姿はない。高速移動なら負けてはいない。フリーフローの力を最大限に活用し、ネクは翻弄するように空間を大きく移動する。地面に降り立ち、壁を蹴り飛ばして向かいの壁へ、また向かいの壁へとスライドし、ジャンプしては着地し、とにかく動きを止めることなく空間を移動し続ける。
「……は、速いにゃ……これじゃ、後ろを取れないにゃ!!」
「お前こそ……後ろが、ガラ空きだ!!」
「ぎにゃぁっ!!」
背後を取ることにこだわりすぎたあまり、少女は逆に背後を取られてしまう。目の前で飛び回っていた彼はいつの間にか背後へと移動し、少女は間に合わずにフリーフローの一撃を喰らう。
「うぐ……あいたた……」
空中から地上へと落とされ、身体を押さえる少女。ネクはそのままトドメを刺そうとし、空中からショックダイブを放とうとするが、
「待って、ネク!!その子は敵じゃない!!」
その場に凛が割り込もうとする。その言葉に思わずネクの攻撃の手が止む。そして、その隙を少女は逃さなかった。
「今にゃ!!……これで、捉えたにゃ!!」
甲高い銃声と共に、弾丸は真っ直ぐとネクに向けて放たれた。
だが、それはネクの身に届く前に静止した。
「うっ……?」
結果、何事もなく地上に着地するネク。
よく見れば、自分のいた空中の箇所に、何やら『黒いモヤ』のようなものが浮かんでいた。当たるはずだった弾丸を、まるで守るように包んでいた。
「あれは……ノイズ?」
「……みく!!」
ネクが上を見上げる中、訪れた一瞬の隙に、凛が少女の銃を掴み、取り上げる。
「あっ……って、り、凛ちゃん!?なんでこんにゃところに!?」
「ネクは敵じゃない、私のパートナーだよ!!みく達を一緒に助けに来たの!」
「……そ、そうなのかにゃ!?で、でも確かにみくは見たんだにゃ!!あの『紫のやつ』は、ゲームマスターのノイズが使ってた、同じ色の力にゃ!!」
ゲームマスター……どうやらこの少女も自分らと同じくゲームマスターを追っている同士だった。頭上に滞留する黒いモヤを一旦置き、フリーフローを解除し、ネクも会話に入り込む。
「お前、ここのゲームマスターのことを知ってるのか?いや……そもそも、お前は誰なんだ?」
「ふん!名乗るのはまだ早いにゃ!!他人に尋ねるなら、まずは自分から名乗れにゃ!!」
……怪しまれている。凛に銃を取り上げられた後も、少女は顔を背け、細い目で疑いの視線を向ける。言われた通りに、ネクは自身のことを説明する。
「……桜庭音操だ。凛のパートナーで、死神の計画を阻止するためにここに来た。敵じゃない、本当だ」
「そう、私たちは今一緒に戦ってるの。ほら、参加者バッジだってあるし」
ポケットから参加者バッジをそれぞれ取り出し、二人でみくに見せる。他にも、これまでにネクが入手したバッジ、そこから何枚か凛が借りていたバッジなどを見せ、同じ境遇であることを示す。
「ええっ!?り、凛ちゃんまで、能力者だったんだにゃ……?」
「どう?これで、信じてくれるでしょ」
「うっ……ま、まぁ、名前くらいなら教えてやってもいいにゃ。でも、君のことは、まだ完全には認めてないにゃ!!」
「私は、前川みく(まえかわ みく)にゃ!!本当に死神じゃないって言うなら、本当のゲームマスターを見つけて、きちんと証明するんだにゃ!!」
勢いよく指を突きつけられたものの、結果として、みくからの誤解を免れたネクだった。
「——杉蕗侑芽。どうだ、私と手を組まないか?」
朝早くのRG。ネクと凛が帰ってこないことを不安に思っていた侑芽の元に、昨日に引き続いて、美城専務がやってきた。
だが、その内容は、驚くべきものだった。
「専務……急にどうされたんですか」
「……覇気がないな。君の掲げていた理想は、それほどのものだったのか?」
「何、言ってるんですか。それを言ったのは紛れもなく貴方でしょうに……」
昨日から、侑芽は一睡もしていない。重い疲労感に打ちひしがれ、何をするべきか、何がしたいのかも分からない。
部門が解体される……突きつけられたものを、ただ見ることしかできない。
「目の下といい、シャツの乱れといい……身だしなみは肝心な第一印象だ。『彼』から教わらなかったのか?」
「うるさいよ……うるさいよアンタ!!これ以上、もう何も言わないでくださいよ!!」
居間でソファで座っていたところ、テーブルを叩きつけ、侑芽は苛立つ様子を見せる。
「責任は僕にあるんですよ!!ええ!?分かってますよ!!遠回しに、そうやって仄めかさなくても分かりますよ!!悪いのは僕だ!!!全部、僕が——」
声を裏返し、奇声を上げる。まるで、ワガママを騒ぐ子どものような……理想狂となった自分への自己嫌悪が溢れかえる。目上の上司に逆ギレして、責任を口にしても、結局は何もできない……なんなんだよ、理想理想って。
再びよろめき、ソファに寄りかかる。
記憶も、ぐちゃぐちゃとしていた。
……今まで、侑芽の心を取り巻くものは、先輩である『彼』を追放した美城を含む、組織上層部への不信感……だったが、それは偽りだった。
【実はね……】
あの後、加蓮から聞いてしまった。
自分は、何者かに記憶を書き換えられた。実際、自分の記憶と現実には、確かに差異が存在する。昨日、ネクが言っていたことが分かった気がする。
彼は昨日の時点で既に、そのことを察していた。加蓮も、凛も。
みんなは、ちゃんと今のこの現実に立ち向かっている。
……自分は?
先輩の意志を継ぐ……このことしか頭にない自分は?これまで、具体的なことを、何か考えたことはあったか?
アイドルを守る……どうやって?
部門を再生……どうやって?
世間の信頼を回復……どうやって?
上の力を借りずに、全て自分だけの力で……誰も信用できない、だから自分で……どうやって?どうやって?どうやってどうやってどうやってどうやってどうやってどうやって……
自分の『思い込み』は恐ろしいほど狂っていた。
きっと、記憶が元のままでも……『ボイコットが起きず、このユニットプロジェクト『ラストナンバー』を、美城専務がわざわざ託してくれたという事実が分かっていた』としても……部門の衰退は、自分では、何も変えられなかったと思う。
「僕……プロデューサーどころか……人間失格ですよ。驚きですよね、これでも『シンデレラプロジェクト二期生』の新プロデューサーになる予定だったんですよ……なんで……なんで、こんな、僕なんか……っ」
「……一つ、自分語りをしよう」
絶え間なく続く自分自身への非難を、美城が遮る。
「私は、君の言う先輩の思想を、あまりよく思っていなかった。彼と真っ向から対立し、結果、話は平行線に終わった。私は私のやり方で、彼は彼のやり方でプロデュースするという風に……だが、どうやらそれは違ったようだ」
「ライブの責任を負い、部門と共に専務の名も剥がれ落ちる。そうなることは分かっていた、でも私はそれ以上に、いつの間にか、部門の喪失を気にかけていた」
「……専、務?」
「急場凌ぎではあるが、どうにかプロジェクトを考案し、実行に移した。『ラストナンバー』、このプロデューサーに、私は自ら君を選んだ」
美城は、侑芽の目を見る。そして深々と頷き、彼の身に宿る何かを理解する。
「私と君は、真の対極に位置する存在だ……従来の私のまま、だったならな」
「“power of smile”……あの男の見せた舞踏会は、悔しくも輝いていた。そこにあったのは灰を被った、お姫様のイメージとは程遠いものだったが、それでも彼女たちは輝きに満ちていた……あの時、私は何かが変わってしまったようだ」
不意に目の前で話す美城の声が、徐々に大きくなっていく気がした。表情を見てみると、そこに冷酷さはない。
むしろ、微かな無邪気さのような、頬を柔めているようにも見えた。
「こう見えて私は、案外感情に動く頑固者でな。自分の考えだけが全てだとヤケになることも多い……悪い点だが、だからこそ、あの奇跡に心掴まれた事が悔しい。そう考えれば考えるほど、心の内に感慨深いものが何度も押し寄せてくる。
こんなことを何度も繰り返し続け……正直、私は魅入っていた。彼のプロデュースに」
「だから、私は失いたくない。あのアイドルの城を、まだまだ輝くことの出来る、素晴らしきあの城を、なんとしても守りたいんだ」
「専務……」
珍しく……というより、素直になったと言う方が正しい。美城は素の表情を見せて、熱く思いを語る。この城を守りたいと、昨日の諦めムードが一転していた。何故だろうか。
「昨日出会ったあの少年……彼の瞳に、宿る思いの強さは、『彼』と似るものがあった。仲間と共に困難を超える、共通する意志を彼らは持っていた」
昨日、美城は侑芽が情報を流していないにも関わらず、ネクの存在を知っていた。
あの後、話をする気も起きなかったため、すぐに専務は此処を去ったが……とにかく、専務はあの時のネクの覚悟に、先輩に似た何かを感じ取ったようだった。
「理想を……自らの思いを望む姿がそこにはあった。そして、あの舞踏会の奇跡を通じて芽生え始めた、私の理想が暴れ出した。
【この城が好きだ】【失いたくない】【彼のプロデュースの先に待つものを、私も見てみたい】
……居ても立っても居られなくなった。
奴らの、思うようにはさせない。私も『死神の計画阻止』に協力する」
「……えっ!?」
その時、ちょうど広間に入ってきた加蓮が、反応を示した。
「専務!?今、なんて……」
「千川には、既に事情を説明しておいた。あの後、彼女も私と共に戻ったんだ。私の協力者に、会いたいと言ってな」
「あれ……そういえば、ちひろさんも……」
いつの間にか、ちひろもこの女子寮から姿を消していた。全く気づいていなかった侑芽は、慌てて横を向く。すると、
「侑芽さん」
玄関口の方から、名前を呼ぶ声が聞こえた。侑芽に答えるちひろの、その表情は柔らかで、信頼に満ちていた。
「私は、貴方のことを決して責めません。記憶の改竄うんぬんの話ではなく、例え貴方がどれほど最悪な状況を引き起こしたとしても、絶対に見捨てはしませんよ。元々、貴方をシンデレラプロジェクトに招いたのは、私とプロデューサーさんです。当然じゃないですか」
「ち、ちひろさん……」
「私も同じで、居ても立っても居られなくて、女子寮を出て……そこで分かりました。美城専務も、私たちと同じ気持ちだったんです。
みんな、この状況を変えたいと思っています」
侑芽は気づく。ここにいる全員が、自分を支えようとしている。なんでなんだ……暴言を吐かれたはずの美城も、自分の思い込みによって巻き込んでしまったちひろも、結局何もしてあげられなかった加蓮も、どうして自分にこだわる?先輩も……どうして、自分にこだわるんだ。
「ん?それって、当然のことじゃない?だって、ここを守りたいのは同じでしょ、プロデューサー?」
加蓮は、拍子抜けな表情をして答える。
「変に考えすぎだって。多分そう言うところだよ、プロデューサーのモヤモヤしてるとこって。
【自分を『理想のプロデューサー像』に強引に押し込もうとしてる】
変に、プロデューサーという肩書きを尊大化して見すぎてる」
「……!?」
考え、すぎてる……見すぎてる……プロデューサー、らしく…リーダー、らしく…責任者、らしく……
そうだ。
自分は、あの日に。シンデレラの舞踏会で観た、あの奇跡をきっかけにしてここに来たんだ。
彼女たちの強い思い…立ち上がり、キラキラを掴んだあの瞬間。自分もそう成りたい、少女たちのように、今まで知らなかったものを知りたい、新しい自分に会いたい……会いたいって、思ったんだ。
「ぼ、僕は……」
同じステージを理由に、奇しくも多くの者たちが巡り会うこととなった。侑芽もそのうちの一人だ。
「僕は、変わりたかったんだ……アイドルになるのは無理でも、プロデューサーとして、何の取り柄もないこの自分を破れるように……生まれてからずっと、どんなことを目標にしても一度も成し遂げたことがなかった。全部夢のまま終わって行って、結局いつも人からの指示でしか行動できなくて」
……指示待ち人間。確か、自分のような人間はこう言われるのだった。何とか抜け出そうとして、何度も行動に移そうとしても、いつも空回りした。
そして、気づけば大人になっていた。
培ったものは何もない、あるのは日々増大していった理想への執着と、空虚なプライドだけだった。
「……本当は、全部分かってたのに!!!僕一人でできることなんてたかが知れてるって!!そういう力がないから、手に入れたいからここに来たのに……なのに」
ボロが出る。アイドルのみんなのためではない…これまでの行動は結局、自分のためのものだった。変わりたいという思いが先行して、結果いつもと何も変わらずに、
「あの先輩みたいに、みんなを引っ張れるような人に、なりたくて……」
自分もまた、大人のフリをしていた。
なら、
「なら……ここから、変えていこうよ———」
侑芽は頑固で、独りだった。その性格が影響していたのか、ラストナンバーの雰囲気も、良いものではなかった。期間はとても短かったが、会話をした回数も片手で数えるほどしかない。
仲間が、信頼がどういうものか、侑芽は知らなかった。
だから、彼女たちが代わりにそれを教えてくれた。
俯いていた顔を上げると、そこには繊細なネイルで飾られた手があった。加蓮の手だ。それだけじゃない、その両隣りにはちひろと専務も。
「今はまだ、何も出来てなくても、それは私たちも同じだよ。だからこうやって、今立ち上がろうとしてる。
……ネクも、凛も、SGにいるみんなも、私たちもみんなそうだよ」
【……俺は、過去を決して忘れない。アイツのことも……でも、それで自分の世界を縛るわけには行かないんだ。もう一度、一緒に進むって決めたから……シキ、ヨシュア、ビイト、ライム、ココ、ミナミモト、羽狛さん……そして凛、お前に会って】
【……私だって、進んでみせる。今は先の見えないまっさらな星でも、いつか無数のキラキラで満たしてみせるから。プロデューサーから始まって、卯月、未央、シンデレラプロジェクトのみんな、加蓮……奈緒、他にも多くの人たちとの思い出も抱いて、新しい世界にこの足跡を残す】
「プロデューサーも知ってるでしょ?私たちは元々、なんでもないただの女の子だった。でも、今こうしてアイドルになって、花を咲かせられた。それは、変わりたいって思ったからだよ」
「だから必ず変わることができる。そうですよね……私たちにも、加蓮ちゃん達と同じことが言えますよ。間違えてしまった道をもう一度やり直したい、そう思うことが出来れば、きっと」
「……昨日、私が君にかけた言葉は、全て事実だ。だが、かつて私が君を選んだことも、また事実だ。あの時、何かを掴まれた『その目』に宿る物……理想が、ただのまやかしの虚物でないことを私に示してくれ。
その時は、私も、全力でそれに応えよう」
みんな、自分と同じで……変わりたいと思って、悩みながらも前に進んで、今を生きて——
「専務、ちひろさん、加蓮さん……」
変われるのか……今度こそ。ずっと独りだったなら……今度は仲間達と一緒なら、越えられるかもしれない。
自分の新しい世界を……広げられるのかもしれない。
「……っ」
自分は独りじゃない……今まで、気づいていなかった。他人とぶつかり合ったことで、初めてこのことに気づけた。
もう自分にとって、手を取る以外の選択肢なんてなかった。
「ありが、とう……ありがとうございます、皆さん……!!僕も、変わりたい……今度こそ先輩のような、誇れるようなプロデューサーに……絶対に、現実にして見せたい!!」
今度は、理想なんかでは終わらせない。この思いを現実に変えてみせる。
意気込む侑芽の表情は明るく、握る手に力も入る。
「346プロダクション……ここに復活!!」
確執を解き、ついに全員が一致団結した。
346プロダクションの夜が明けた。
「……ここにゃ」
目の前にあるのは、巨大な赤い扉。あたりの無機質なコンクリートの様相からすると、一際異質さを放っている。
……ここは渋谷川の奥。ネクの世界では、ここは『死神の部屋』へと繋がる扉だった。
「なに、ここ……明らかに他の場所と違う……」
異彩に不信を募らせる凛。案内をしたみくは、ここにゲームマスターの手がかりがあると、探りを入れていたらしい。
「みくは、元々はみんなみたいにパートナーがいたんだにゃ。と、友達の李衣菜チャンって奴にゃんだけど……でも少し前に、アイツ自分から姿を消したんだにゃ!パートナー……いや、友達のみくを置いて、何も言わなかったんだにゃ!」
……今まで探していた六人は、それぞれ飛鳥&蘭子、杏&きらり、みく&李衣菜に分散し、パートナー契約してゲームに参加していたようだ。その最中、自分たちが介入し、結果これまでに五人の生存が判明した。
最後の一人……李衣菜が最後に目撃された場所がここ、渋谷川だったようだ。
「お前は、パートナーとゲームマスターを見つけるために、今まで一人で行動してきたのか」
だからサイキックの扱いに妙に手慣れていた…一人で戦っていれば、それも当然のことだ。それに、みくが戦うことができるのは、パートナーとの契約が切れていないことを示す何よりの証拠。つまり李衣菜は生きている、その確証が彼女をここまで突き動かしたのだろう。
「ミッションは他のみんなに任せっきりだったけど、お陰でこのヘンテコな渋谷を目一杯探索できたにゃ!ゲームマスターも李衣菜チャンも、きっと手がかりはここにあるにゃ!」
「それで、ネクの『そのバッジ』が役に立ったんだね」
「まさか……こんなところで役に立つなんてな」
ネクはそう言うと、手のひらで温められた一枚のバッジを見せる。
それは前の死神ゲームの三周目、ワイルドキャットの中でビイトと共に見つけたものである、『レベル4キーバッジ』だった。
先ほどまで、この世界の渋谷川入口にも、かつてのような結界が張られていた。みくは前に李衣菜を見つけた時、追いかけるべく渋谷川へと向かったが、その入口の結界に阻まれ中に入ることは出来なかった。
そのため、壁を突破する手段を模索していた。
「ネクに一つ助けられたね。みく」
「うっ、ま、まだまだにゃ!もっと信頼して欲しかったら、ちゃんと李衣菜チャンとゲームマスターを見つけるにゃ!!」
「わ、分かったって……てか、その語尾なんなんだ?」
思えば……微笑むように凛がみくを見る中、ネクは尋ねる。
「それ、絶対言いにくいだろ。なんでそんな変わった……」
「ちょっ、ネク!?」
何かを察したのか、急いで凛はネクを掴み、一緒にみくに背を向けるようになって、コソコソと耳打つ。
「うおっ!なんだ急に!!」
「それ以上言ったらダメ!!」
「いや、不思議だって思ったくらいで……てか、どうなってんだよお前の友達って!飛鳥も蘭子も杏もきらりも、アイドルって濃いやつばっかじゃないか?」
「いや、そんなこと私に言われても……」
「そこから、今度は猫キャラって……それで頭こんがらないやつなんているかよ……?」
流石にツッコミを抑えきれなかった。そう言っても、これが当たり前になっていた凛には、あまりピンと来ていなかったが。
慣れは恐ろしいと、その時。よく見てみると、みくの様子がおかしくなっていた。顔から耳まで、全部が徐々に赤くなっていって、そして……
「……もーーー!!!!!いいもん!!解散だ!解散だ!解散だー!!!」
急に、爆発してしまった。
「「ええっ!?」」
「バカなのかにゃ!!声デカすぎて全部聞こえてるにゃ!!これはみくにとってのガソリンみたいなものにゃ!!欠かせ、ないん、だ……にゃ!!!」
「もう、ネク!不思議とかじゃなくて言葉変えるとか、もうちょっといいフォローの仕方あったでしょ!?」
「わ、悪かった……」
「凛ちゃん……なーにがフォローだにゃ!!!そう言ってる時点で、トドメ刺してるにゃ!!」
「あ……!!ご、ごめんみく!!フォローって、そう言うつもりじゃ……」
「二人とも……酷すぎるにゃーーー!!!」
「あ、みく!!ちょっと待ってよ!!」
……二人とも、少し不器用なところがある。
直前までの緊張感はすっかり抜け、みくは扉の先へと走って行ってしまった。
「いや、お前まで同じでどうするんだよ……」
ネクは、思わず凛にツッコむ。
「うぐっ……ご、ごめんって……」
「はぁ……でもさ、あいつって多分、いつもこんな感じなんじゃないか?」
だが、すぐに切り替え、ネクはみくのバックグラウンドを考察した。
「え?確かに、よく李衣菜と痴話喧嘩みたいなのはしてたけど……なんで分かったの?」
「……解散だー、ってどこか言い慣れてた気がしたから」
「……ふふっ、い、言い慣れてるって……まあ、もうお家芸みたいなもんだしね、あれ」
初対面の人からお約束、と言われてしまったみくに、凛は思わず笑ってしまう。ネクにとってその表情は、今までに見たことのない、淀みなき自然な笑顔だった。
「ははっ……やっぱり、笑って話すって楽しいな」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
「……ひょっとして、リラックスしてる?」
凛の目が細まる……が、今までと違って、雰囲気はかなり柔らかい。
「い、いや!!こんな中で、別にそういうわけじゃ……」
「いいのいいの別に。怒ってるわけじゃないから。ネクって……ひょっとしなくとも不器用?」
「はぁ?急になんだよ、それ」
どんぴしゃ。少しビックリするように目が開くネク、凛はそこを突く。
「ううん?初めからずっと思ってたからさ。不器用そーな男の子って」
「は!?えっ……いや、おい!どういうことだよ!!」
「ぷっ、動揺してる……」
「ちょ……お、お前って結構そういうやつなのか?」
「心が開けてきた歴とした証拠だよ。嬉しいでしょ?」
「嬉しくないし!!」
口調が大きく崩れるネクは、今までに見たことのないほどの動揺を見せた。まさに心の底からの、素の姿の彼を見て、不思議と微笑ましくなる自分に気づく凛。
(上手くやっていけるか、昨日は不安だったけど……全然楽しいじゃん)
気づけば、使っていた気もなくなり、普通に話し合いが弾んでいた。
と、その時に。
「おおおおおおおおおおーーーーい!!!!!!!!!遅いにゃーーーーーー!!!!!!!!!!!」
扉の向こうから咆哮が聞こえてきた。実はずっと待ってくれていた、気まぐれな猫の声だ。
「「あっ」」
二人は揃って、視点を現実へと戻した。
『……私に、情報の橋渡し役になれ?』
一方、時は遡ること、前日の深夜。美城は侑芽と対立し、侑芽を選んだことを悔やみ頭を抱えていた。
そして、代々の輝かしい功績が壁に並ぶ専務室にて、彼女は『協力者』である、金髪の謎の少女との出会いを果たしていた。
暗闇に包まれ、唯一差し込む月明かりが机を照らす専務室に、その少女は静かに佇んでいた。
『【死神SNS】、この存在を、杉蕗侑芽に共有して欲しいの』
少女はこれまで346プロダクションを取り巻き起こった出来事の全てを美城に伝え、『自身からは伝えられない』という理由から、開示の代役を頼んだ。
『私が、あの男に……』
『嫌だ?』
『……はぁ、っ』
大きくため息をつく美城。頭では分かっている。真に悪いのは、侑芽ではなく、また別の第三者であると。この混乱を引き起こした、真犯人であると。
『杉蕗侑芽も、同じく被害者の一人だった……とは言っても、そう簡単にはいかないもんなのかな』
しかし、最初は美城も、侑芽と手を組むのを躊躇っていた。
『おばさんが、ずっと突っかかってるのは【理想】じゃない?』
『……私情が滲み出るとは、私もまだまだだな』
『確かに、理想ほど後先知らずで危険なものはないよ。でも理想を捨てた魔法の城なんて、ただの灰被りの集いと似たものじゃない?』
『……』
何故か不信感のない謎の少女と話していく内に、美城もまた、自分に正直に慣れない自分自身に気がついた。感情に飲まれやすい、そんな自分の一面に。
『おばさんの望む、アイドルのカタチのビジョンも、誰かから見れば理想になるかもしれない。おばさんも気づいてたんでしょ?なんで自分が、あんな男を選んだのか』
目的は、同じはずなのに……だからこそ、ここでため息をついているわけにはいかなかった。仲間同士で争ってないで、事務所の危機を今こそ、力を合わせて切り抜くべきだと。
『みんな、過去に……縛られてるだけなんだよ。それは根強く、鬱陶しく、鎖のように痛く食い込んでくる。でも、人は絶対に超えられる。どんな未来も変えられるのと……同じようにね』
着実に、物語は進みゆくある。
杉蕗侑芽は自身の理想を受け入れ、
346プロダクションは団結して死神に対抗する意思を示し、
ネク、凛は互いの根強く蔓延った過去を払い除けた。
飛鳥、蘭子、杏、きらり、加蓮、みく。六人を見つけ、見つけるべき七人のアイドルも、残すはただ一人——
「ねえ、プロデューサー。もうそこまでみく達が来てるよ、どうするの?」
『死せる神の部屋』、ガラス張りの水槽を丸々床にした不思議な場所。みく、ネク、凛がこの場所に近づいてくる中、緑の瞳をしたクリーム色の髪の少女、多田李衣菜(ただ りいな)は尋ねる。
「……すみませんでした」
その返答に、静かに謝罪の言葉を呟く、目の前の大男。
足元の水槽に、ガラス越しに無数の魚が群がりながら、恐ろしい目つきで少女を見るスーツ姿の男は答える。
「私は、何もすることが出来ませんでした。奴らのいいようにされ、何も変えることもできずに、時間だけを、ただ……」
「……まだ、あと一日、残ってるって。それに、みんなだって頑張って……」
「ここが完成してしまえば、皆さんの住む渋谷も危険です。もう時間がありません。多田さん、あなたはここで前川さん達と合流してください」
「……ダメだよ!!だって、その後プロデューサーはどうするのさ……」
固い地面を駆ける音が、徐々に聞こえてきた。その中、プロデューサーと呼ばれた男は李衣菜の質問に黙り続ける。
場が静まり、音が徐々に大きくなって来た。
「ダメだよ、プロデューサーまで消えるなんて……これ以上、誰もいなくなって欲しくないんだよ!」
「……」
「この世界でアンタを見つけて、でも放っておいたら今にも自分を犠牲にしそうで……だから咄嗟にアンタを追いかけてきたの!!」
「……しかし、前川さんに会った方が」
「みくなら……ううん、大丈夫だよ。あの子、強いって知ってるし。それに……」
「信頼してる、私の大事な友達だからさ」
……そして、その部屋にとうとう三人が到着した。
「——やいやい、ゲームマスター!!今すぐ李衣菜チャンを返す……にゃ?」
だがしかし、既にそこには誰もいなかった。
「……くっ、もぬけの殻、か」
「ええー!!!どうしてにゃ!絶対ここにいるはずにゃ!!」
考えが不発に終わり、頭を抱えて唸るみく。
「……ん?ねえ、これなんだろ?」
すると、凛は部屋のカウンターテーブルに、何らかの紙切れが置いてあることに気づく。
「これ、メッセージカードだにゃ!!それに……これ、李衣菜ちゃんの字だにゃ!!」
「何!?」
左右から、ネク、凛も顔を覗かせて、みくと同じく紙切れを見る。
小さく走り書きされたその紙に、書かれていた内容は。
【お願いだから、ゲームマスターを倒さないで。】
次回は、いよいよSG編最終回前編です。
これまでにネクと凛が見つけてきた、六人のアイドルに加え、最後の一人である李衣菜の生存も明らかになり、さらには美城が少女から渡された、【死神SNS】によって、346プロダクションの死神への反撃が始まります。
ゲームマスターは誰なのか?アイドル達は元の渋谷RGに帰れるのか?そして、ネクと凛は、渋谷を守ることはできるのか?