すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
その矢先に起こった、信じられない現実……究極の絶望を見せられたアイドル達、そしてネクは、渋谷を巡る決戦に臨む。
「え、っ……」
縁まで駆け寄るも、既にそこに彼の姿はない。震える身体を抑え、恐る恐る下を見ると……
「嘘、だろう……」
言葉では表せない光景が、ネクと飛鳥の目に写った。
「ど、どうしたの、ネク?」
「く、来るなっ!!!」
後ろを向いていた凛たちは、ネクと飛鳥のその形相以外、まだ何も知らない。彼らの見開いたその目に、写ったものも。
ネクは大声で叫び、彼女たちの注意を逸らさせる。
「うわぁっ!!ちょ、急に大きな声出すなにゃ!!」
「どうしたの……まさか、プロデューサーに何か!?」
不穏な雰囲気を感じ取り、李衣菜が近づこうとするが、飛鳥が抑えてそれを止める。
「……一旦、ここを離れよう。大丈夫だ、きっと儀式を行っているんだ。ボクらは、先に戻って待っていよう」
「急に焦り出して、どうしちゃったんだにぃ?」
「我が友よ……一体何があったのだ?」
「いいから来い!!こっちに来るんだ!!」
「うわっ……ちょ、わ、分かったって」
困惑するきらり、蘭子、杏もネクに連れられて屋上の出入口へと戻されていく。
そんな中、ふとアイドル達の手のひらを見る凛。
それぞれの右手に刻まれた、赤黒いタイマーは、まだ止まっていなかった。
「おいお〜い、ミッション投げてどこ行くつもりだ、お前ら……あぁ?」
その時、ネクたちの行方を遮るように、出入口に突如姿を表した男。紫のスーツの上からでも、滲み出た無数の血痕が見える。
……運命の死神の指揮者、音流零だ。
「お前は……!!」
先頭にいたネクは、咄嗟に右腕を横に出し、アイドル達を庇うように立つ。
「よお、元気にしてたか?この、クソ野郎共が……!!!」
癒えきっていない傷の痛みに苛立ちを見せる零。二日前、ネクと凛によって倒された零は、まだ死んではいなかった。
「アンタ……まだ消えてなかったんだね」
「ははっ!!当たり前だ。俺の目的はお前らの苦痛……特にテメェを殺すまでは、絶対に死んでたまるかよ……あぁ!?」
「……でも、アンタがどう思おうと、私たちはこのゲームに勝つ。全員は無事で、渋谷を守る方法も見つかった。もう、アンタ達が勝つ術は何もない」
……全員が無事、か。その言葉を何度も浮かべ、その度に湧き上がる高揚に、零は大きく高笑いをする。目の前の憎き女達に焼き付けるように、皮肉で不快な笑みを浮かべる。
「な、何がおかしいの……」
「……勝つ術は何もない?まさか、これで終わったとでも思ってんのか?」
そう言うと、零はアイドル達の右手を指さす。
「タイマーは、まだ止まっていない……これがどういうことか、分かるか?」
「あのバカ男の、身を呈した抵抗は……ぜ〜んぶ水の泡になったってことだよ」
「バカ男って……Pチャンがそうとでも言うのかにゃ!!」
「そうだよ!!!ありもしない救済にすがり、絶望しかないこの空間に希望を求める!!ほんとに、うざってぇ。どこまでも諦めの悪い、バカだ」
「ありもしない……?」
そう呟く李衣菜に、みくを無視して零は返す。
「奴は、自分一人が犠牲になることで、このゲームを終わらせようとしたのさ……どこまでも付き纏うお前を鬱陶しく思いながらなぁ」
「え……っ」
「お前が居てもいなくても結果は変わんなかったんだよ。アイツは今、ここから飛び降りて死んだ!!死んだんだ!!」
刻み込ませるよう、何度も零は叫ぶ。
「死んだ、死んだ、死んだ死んだ死んだ死んだ、死んだ!!!他の方法?用意するわけだろうが!!お前らは何も出来ず、初めからただただ見守ることしか出来なかったんだよ!!」
強い口調で怒鳴りつけるような声に、李衣菜の目からは思わず涙が込み上がってくる。
「そんな……そんなぁぁっ!!!」
「ああ泣け!!さあ泣け!!泣き叫んで、自分の無力さを痛感しろ!!」
「ぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「くっっっ……っはっはっはっはっはぁ!!!!!!いい気分だぜ!!!」
「この小物野郎」
嗚咽を吐く李衣菜。その後ろから、一言の小さな罵倒が飛んでいく。
「……あぁ?」
言葉を放ったのは、なんと杏だった。
「あの人は……確かに不器用だけど、決してバカ呼ばわりされるような人じゃないよ。どこまでも、幼稚で惨めなアンタと違って」
「なんだと……?」
「おかしいと思ってた。プロデューサーの表情もずっと暗かったし、方法が見つかるのも都合が良すぎだし……全員で帰るのを、死神が見逃すはずないって」
死神によって仕掛けられた最後の罠……それは犠牲だった。誰かを救うには、誰かが犠牲になる。全員生存の道を完全に断ち切っていたのだ。
……最後にプロデューサーが残した言葉を、杏は思い返す。そして、あの言葉に込められた思いを知る。
「……私は、絶対にプロデューサーの命を無駄にしたくない。アンタなんかに潰されるほど、ここにいるみんなの思いは、弱くなんてないから!!」
「杏ちゃん……」
「さあ、行こ、李衣菜ちゃん。託された分、絶対に私たちが生き残らないと。みんなもそうでしょ?」
鼓舞するように、杏はその場の全員を奮い立たせる。悔しさに感情的になるより、必ず生き残って未来へと進む。普段より感情が色濃く出た杏の決意に、参加者達も心を高めていく。
「絶対に無駄にはさせない、あの人の思いを、貴方に踏み躙られたくなんかない!!……行くぞ、我が友よ!!」
「蘭子……分かった、君の好きなようにすればいい。ボクはそれに、全力で応えるだけだ!!」
「はっぴはっぴ!!きらりはずーっと頑張るゆよ!!笑顔でいる方が……見守ってくれてるPちゃんだって安心できるもんね!」
「李衣菜ちゃん……やってやろうだにゃ!!Pチャンにも伝わるくらい、私たちの最強のコンビネーションを見せてやるにゃ!!」
「……うん!!生き残る……生き残って、絶対に元の世界に帰る…!!」
何度倒れても、何度折れても、何度逃げ出しても、その度に彼女たちは強くなってきた。そんな彼女たちを、プロデューサーは最後まで信じていた。そして、アイドルの未来を次へと託した。
絶対に、死神に負けるわけにはいかない。
「……やる気、か。はっ、いいぜ。テメェらのその希望……ブッッッッ潰してやる!!!」
対峙する参加者たちを前に、零は懐からフュージョンバッジを取り出すと、それを全力で宙に投げ飛ばす。参加者たちの頭上を越え、フュージョンバッジはそのまま渋谷スクランブル交差点目掛けて落ちていく。
「指揮者様直々の追加ミッションだ!!ボーナスタイムは二十分、内容は……」
その時、突如としてマークシティが大きく揺れ動く。渋谷の中心に、巨大な力が働き始めていた。
猛獣のような唸り声が、渋谷中に轟く。
〈ゥゥゥゥゥゥゥァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!〉
徐々にその声は近づいていき、その度に揺れが大きくなっていく。このマークシティのビルの側面を這い上がってくる大型ノイズ。
揺れはさらに増していき、そしてついに、それは姿を表した。
今までにないほどの巨大な爪を兼ねた紫色の巨腕、固い筋肉質の巨脚、精気を失った鋭い目、身体中に硬質の獣毛を生やした『紫色』の熊。
『ブルーインカンタス』……少女達への審判を下す者は、不協和音に包まれた、かつての恩人から作られた存在だった。
「ゲームマスターを……殺せ」
そう言い、その場から姿を消す零。ここに残されたのは、最後のミッションのみ。
「……プロデューサー」
そこにいた、変わり果てた姿を目の当たりにし、凛はただそう零す。
一緒に帰ると言っておきながら、最後は隠れて、自分一人で片をつけるつもりだった。
いつも、一人で抱え込もうとするところ。心配をかけさせないようにするところ……良くも悪くも、あの人らしい。
ずっと、助けられてきた。アイドルとして自分は、守られる立場にあった。でも、最後に彼が告げた言葉は、
『皆さんは再び夢に向かって突き進んでください』
凛に、アイドル達に、この346プロダクションの未来を託すという内容だった。
……凛だって、いつまでも守られる立場にいるわけじゃない。
「ねえ、ネク」
隣にいる、ヘッドフォンを首にかけている少年の名を呼ぶ。
「一緒に、着いてきてくれる?」
「……言われなくても、そのつもりだ」
躊躇うことなく、ネクは真っ直ぐ凛を見据えて応える。もう、簡単に絶望するような自分達じゃない。過去を言い訳に未来を諦めるのは、もうやめたんだ。
今を……全力で生きるんだ。
「プロデューサーが安心できるように……私の思いを、全力でぶつける!!行こう、ネク!!」
「ああ、俺たちの新たな物語を、見せてやる!!」
互いに握り拳をぶつけて、パートナーとして、友達として共に行くことを決意するネク、凛。各参加者達も、バッジを手に身構える。
アイドルとプロデューサー。これは渋谷をかけた戦いであり、覚悟を示す舞台でもある。
思いを問う咆哮が、轟いた。
ブルーインカンタスは、大地を力を込めて踏み締める。すると、直後。世界はひび割れ、無数の破片へと変貌した。
ネクはこの光景を覚えている……かつてミナミモトが使った、あの『虚数空間』だ。
宇宙のようにどこまでも終わりがない空間に、重力を無視して浮遊する参加者達。
ブルーインカンタスは、ついに攻撃を開始した。
「来る!!」
身構えると、参加者の周りに無数の紫色のノイズシンボルが現れる。その中からはカエル、ミング、クモ、コウモリ、クマ、サメ、ハリネズミ、ドラゴン、そしてサソリ。あらゆるノイズ達が現れ、一斉に参加者目掛けて攻撃を行う。
「雑音が……世界を埋め尽くしていく!?」
「この数にプラスして、あのデカブツまで……一網打尽だけは回避するにゃ!!」
隙を見つつ、確実に敵を倒す中、蘭子とみくの言葉を聞き、ネクは言う。
「敵を分散させるんだ!!みんなは紫のノイズを頼む!!凛、俺たちは……」
そういい、徐々にこちらに近づくブルーインカンタスを見る。
「……分かった。あのノイズとは、私たちが!!」
そう決めると、ネクと凛はエンタングルメントを放ってフリーフローアクションを使い、ノイズの間をすり抜け、本命へと二人同時にショックダイブを繰り出す。
虚数空間でも、足場となるものが存在すれば、フリーフローは力を発揮できる。ブルーインカンタスは、二人のその強力な一撃に大きく後退する。
〈ゥゥゥッ!!!!〉
「効いてる!」
「攻撃の手を緩めるな!!前と同じなら、コイツも……」
そう言い切る前に、ブルーインカンタスは身体中に紫色の光を纏い、一瞬の隙の出来た凛に急接近する。
零の投げたフュージョンバッジを使い生まれたノイズ……八代未月、狩谷申輝がそうであったように、それらの個体は、ネク、凛と同じフリーフローの力が使える。
人の体ほどある爪が凛の体を引き裂く直前、紫を纏った無数の剣の群がその爪を折る。離れた距離から『バーストソード』を使い、そこからピアシングピラーで突き上げ、ネクはブルーインカンタスを凛の頭上へと吹き飛ばす。
「くっ……ありがとう、ネク!!」
「大丈夫だ、フォローは任せろ。とにかく攻撃を続けるぞ!!」
そう言い、ネクは『サイコキネシス』、凛は『アクアバリア』をそれぞれ身につけ、エンタングルメントとフリーフローで浮上しつつ、さらに攻撃を叩き込む。
「……ふっ!!」
バリアを纏った凛が追撃を喰らわせる間に、ネクはフリーフローでサイコキネシスを使い、マークシティ屋上を形作っていた数枚の巨大な破片を自在に操り、そのうちの三枚を、
「これに乗れ!!」
足場がなく、不安定な戦いを強いられていたみく達の元へと飛ばす。みく達とノイズ達の間に器用に破片を滑り込ませ、その場で回転させることで、一斉にノイズ達を吹き飛ばした。
「おお!今のはナイスアシストにゃ!!ちょっとは感謝するにゃんよ!!」
「はぁ、まーたそうやって強がって……サンキュー、ネク君!!私だって……!!」
みくの代わりに感謝を告げると、破片に飛び乗り、李衣菜は自身のサイキック『スタンドアップハート』を発動し、自身の手元にギターを召喚、痺れるような震える音を奏で、全体の士気を高める。
「すごいにぃ!!力がもりもり〜って、湧いてくる気がするにぃ!!」
「えへっ、ギターを使うサイキックね。えへっ、李衣菜ちゃん、えへっ、らしい、じゃん」
どんな状況下でも、笑顔を崩さない。大量の敵を硬直させ、その経験を最大限に生かす杏。足場が出来たことで、きらりも動きやすくなり、小さなカエルから大きなドラゴンまで、なんのそのと突進して吹き飛ばし、叩き潰していく。
「我が友……いや、天命をその身に宿す、片割れよ」
「どうしたんだい……深淵の契約を絡めし、片割れ」
——尾に毒を持つサソリ型ノイズを前に、天界と冥界の天使が手を合わせる。
「あの者、どうしてくれようか?」
「さぁね。どうせ消える命に、割く時間はいらないさ」
静かに俯いて笑い合い、そこから静かに言葉を呟き始める。
「「混沌の色を示せし双翼、移ロウ環ノ先ノ審判……光と闇、絡み惑わす複雑よ……」」
そして、一気に声を張り上げ、手を前に出し、
「「その力を……解き放て!!!」」
彼女たちの背に備わる、合わせて二つの翼。そこから光と闇を帯びる剣が、一斉にサソリを釘刺しにすべく解き放たれる。六本足で素早く避け、その毒を打ち込もうとするも、尾の針が届くよりも先に塵となり、腕を疼かせる堕天使達の前に消滅する。
全員が全員を支え合うチームワークにより、いいテンポが生まれ、大量のノイズを前にしても優勢を維持する。
「いっけぇっ!!」
李衣菜、ネクのサポートもあり、ブルーインカンタスを押す凛。
〈ァァァァァ!!!!〉
「はっ……まだまだっ!!!」
しかし、敵もやられてばかりではない。一瞬の動きを見定め、そこに鋭い蹴りを入れようとする。凛は浮いたその身体を一回転させて回避し、そのまま自身の攻撃へと繋げる。
ライトニングボルトでダメージを与えつつ、『スプラッシュポイント』で滞留弾を設置しつつ、それを隠すように『スパークポイント』を使い、赤いインクで目をくらませる。
〈ッッッッダァァァッ!!!〉
精気が抜けた白い目が赤く染まり、さらにそこから生まれる光球に直撃し、大きく揺らめいた先でも滞留弾に接触。オーバーロードの力も混ざり、巧みにサイキックを組み合わせることで大ダメージを与えた。
「お願い、ネク!!」
「ああ、任せろ!!」
そこにネクが瞬間で現れ、凛と掛け合いを交わし、すぐさま戦闘を交代する。
〈ッッッ、ァァ、ァッ……〉
「プロデューサー……いや、今はただのノイズか」
バッジを切り替え、火力の高いサイキックで一気にトドメを刺そうとする。『バレットソード』、『ボルカニックアッパー』、『ベロシティアタック』、『レーザーノヴァ』、そして『タイムボム』。
だが負けじとブルーインカンタスもフリーフローを使い、ネク目掛けて突進する。すかさず上空へスーパージャンプで回避するも、ブルーインカンタスはそこから脅威の身体能力を発揮し、その場でムーンサルトキックを放つ。
「ぐぁぁぁぁぁっ!!!!」
突き落とされるように、頭からかかと落としを喰らうネク。その勢いのまま、砂埃を上げてマークシティ外壁の破片に衝突する。だが額を擦り、すぐさま体勢を立て直すと、その外壁を蹴り飛ばして一瞬で元の位置に戻り、そこからキックダイブをお見舞いする。
「負けて、たまるか!!」
カウンター攻撃から繋げるように、まずはタイムボムを後方に設置、そこからベロシティアタックで追突し、ブルーインカンタスをその位置へと吹き飛ばす。爆発の衝撃で宙をまく巨体に、
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
紫色にゆらめく炎の拳で、全力のアッパー攻撃のボルカニックアッパーと、縦横無尽に大量の剣を飛ばすバレットソードを同時に放つ。もはやブルーインカンタスには、荒れ狂う剣撃の嵐を両腕で防ぐことしか出来なかった。
「トドメだ!!準備は出来たか、凛!!」
「うん!!バッチリだよ、ネク!!」
明確な隙が生まれ、今がチャンスだとネクは遥か遠くにいる凛に呼びかける。エンタングルメントの鎖を滑走し、空間を自由に駆け回りつつ雑魚ノイズを処理していた凛は、呼びかけによりネクの元へと戻る。
そのまま、二人が装備するのは互いに見た目の似たバッジ。セットバッジの一種で、二つ揃って初めて発動できるサイキック、レーザーノヴァだ。
宙を舞う巨大な雑音に、隣り合う二人は手のひらを向けて力を集め出す。手のひらに徐々に光が集まり、ネクには紫色の、凛には蒼色の光の波動が溜め込まれていく。強力な力を示すように風が巻き上がり、ブルーインカンタスは未だに浮遊して、体勢を崩したままだった。
ようやく、これで終わりを迎える……そう、誰もが確信した時だった。
「……何!?」
「異界者よ!?危ない!!」
突如として飛鳥達の対峙していたノイズらが一斉に標的をネク、凛に変えて攻撃を繰り出す。
「……しまった!?」
声に気付き、すぐさまチャージを中断して振り向き、サイコキネシスでの破片で防御するネク、凛。なんとか攻撃はやり過ごしたが、その分、大きな隙を作り出してしまうことになり、
〈キエロ……ァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!〉
その間に復帰したブルーインカンタスのスーパースライドからの爪攻撃に、
「「……ぁぁぁああっ!!!!」」
無防御だった背中から、直撃を許してしまう。
大きな傷が付いた背から鮮血が舞い、二人はそのまま宙に投げ出され、空間上に浮かぶ破片に無抵抗のまま衝突した。
「……っぐぅ……ネク、っ」
「り……ぁ」
フリーフロー状態のため、二人とも消滅までは至らなかったが、特にネクは先程のダメージもあり、かなり瀕死に近い状態に陥ってしまう。このままではやられるのも時間の問題だ。さらに、これまでみく達、杏達が対峙していたノイズも、全部が二人に向かって収束していく。
「……ひょっとして、アイツの能力って」
「この紫色のノイズ達を作り出して、操ってるのかにゃ?」
急いでノイズ達を跳ね除けて向かい、うつ伏せに倒れる二人を取り囲むようにしてみく、李衣菜、杏、きらり、蘭子、飛鳥は攻撃を凌ぐ。急に標的を変えたノイズの挙動から、杏とみくはブルーインカンタスの能力を考察していた。
ソウルの集合体であるSG全体が壊れた今の状況は、無限にノイズを作り出せる環境だと考えられる。だからいくら倒してもキリがない、作り出す本体を叩く以外、自分たちが勝つ方法はない。
「でも、あいつを倒せる力を持つのは、凛ちゃんとネク君だけ……」
「うぅ……きらり、も……もう、自分の力、なくなっちゃった……」
李衣菜がそう言った時、きらりがその場に倒れ込んでしまった。きらりのサイキック『キャンディンパクト』のもう一つの能力である、体力の共有を行おうとして、力を使い果たしてしまったのだ。
既に少量だった力を与え、僅かながら凛を回復させる。
「きらり……」
酷く痛む身体をなんとか起こし、倒れ込むネクの前に立って、正面を見る凛。もうそこまで、大熊は迫ってきていた。
あいつと戦うことができるのは……プロデューサーを止められるのは、もはや自分しかいない。
「……!!!」
一瞬目を瞑って呼吸を整えた後、ネクを参加者の輪の中に残し、凛はオーバーロードを発動して、迫り来るブルーインカンタスと正面から激突する。自身より何倍も大きい身体を持ち、振り下ろすように放たれた爪の一撃を、凛はショックウェイブの刃を両手で支えて、全力で受け止める。
「凛ちゃん!?無理するなにゃ!!」
嬲り殺されるだけだ。慌てて凛にサイキックを使って接近しようとするみくだったが、李衣菜がそれを軽く静止した。
これは、凛とプロデューサーの互いの決意の証明でもあるんだ。
〈ゥゥゥゥァァァァァァゥ…〉
「……っ……こん、のぉぉぉっ!!!!」
睨み合うその目は確かにおぞましく恐ろしいものだが……そんな目よりも、よっぽど目つきが悪い男を、凛は知っている。
「怖くなんか、ない。そんな目で私を睨んでも……その程度じゃ、もう私は怯ませられない!!」
すると、小さな細い腕にも関わらず、何倍もある男の巨腕を徐々に押し上げていく。
「私は、アンタからたくさんのものを貰った……だから、ここでアンタに殺されるわけにはいかない。アンタも、アンタの思いも全部受け止めて、一緒に未来に行く!!」
蒼いショックウェイブの刃を、あるだけの力を振り絞って押し込む。
ここには、数日前まで現実を恐れていた、腕を曲げられ悲鳴をあげていた少女はもう存在しない。その身を奮い立たせ、宿す蒼い焔を激らせ、素足で力強く地面に立つ勇気ある少女が、男の目には写っていた。
「アンタを倒して証明する……今度こそ揺るがないこの足を!!!」
「いっ……けぇぇぇぇっ!!!!!」
その時、ノイズが咆哮を上げることはなかった。ただ静かに、抵抗して爪を立てることもなく、人ならざるものとなったその目で、自らを断ち切った少女のことを見つめるのだった。
〈アゥゥ……シぶ、ヤ…サ……〉
会心の一撃を喰らい、その場に膝をつくブルーインカンタス……いや、プロデューサー。
本来、フュージョンバッジを使えばディゾナンスノイズと化して使用者は自我を失う。しかし、彼と彼女たちの繋がりの強さからか、微かにかつての声が化け物から聞こえた。
終わらせるなら、今が最後のチャンスだ。
無防備となり、腕を広げ、ただ終わりを望んでいるプロデューサーの周りには、取り囲むように大量のディゾナンスノイズが群がり、洗脳のように不協和音を奏で、凛の行手を阻むべく立ちはだかる。
〈ッッッ……コれ、いじょ……みなサんの、ミラいは……邪魔、させません!!!!〉
「プロデューサー…… 絶対に無駄になんかさせない、させてたまるか!!」
大量のノイズの群れに、凛は怯むことなく突入していく。手を伸ばす先には、不快な雑音に耳を押さえ続けて苦しみ、そして抗っているプロデューサーの姿。
「凛ちゃん!!」
ひたすらにノイズを倒していく時、突如目の前の視界が大きく開ける。後ろを振り向くと、そこにはみく達が肩で呼吸をしながら立っていた。
「行く、にゃ……!!みく達が、倒れる前、に……!!」
「蒼き刃よ……お前だけが、この絶望の怨嗟を浄化できる……書き換えし者よ!!!」
「プロデューサーのこと……任せたよ」
みく、蘭子、杏はそれぞれが言い終わると、すぐに能力を使ってノイズの壁に風穴を開ける。
凛は止まることなく進み、それはノイズがいくら襲いかかってきても、いくら束になって争ってきても同じことだった。
凛だけじゃない、ここにいる全ての者の思いが一つに重なっていた。
「はぁっ!!」
突如、凛の背後に大きな水色の爪痕が具現化される。その爪痕に当たり、爆散する数体のノイズ。凛の背後を守ったのは、『パイオニア』の能力を駆使し、ネイルの軌跡を現実化させた新たな参加者だった。
「お待たせ、凛……!!」
RGからようやくSGへと到着した加蓮は、凛と背中合わせになるように立つ。さらにそれだけではなく、凛の手元に一本のキュアドリンクが投げ込まれる。その先を見ると、侑芽とちひろも浮遊しつつ能力を使っていた。
「えっ、加蓮!?それに、侑芽さんとちひろさんも!!」
「二人も一緒に来てくれたんだ。度胸あるでしょ、私たち?」
「ええ、みんなが戦っているのに、僕だけがジッと待つなんて出来ません!!」
そういうと、侑芽は『ハンドガン』を発動して、慎重に敵を倒しつつ参加者全員にキュアドリンクを投げ渡していき、倒れていたきらりを回復させた。
「ぅぅん……はっ!!侑芽ちゃん、ありがとうにぃ!!」
「へへ、お役に立てて光栄ですよ!」
「自分からこのSGに来るなんて……案外、大胆なとこ、あるんですね……」
「ふう、まるで生き返るようだ……ありがとう、感謝するよ」
これまできらりを守っていた李衣菜、飛鳥、そして、
「侑芽、さ……あ、ありがとうにゃ!!いきなりすぎて、みくビックリして…」
「其方の魂の勇姿……しかと心得たぞ、杉蕗侑芽よ!!」
「う〜ん、うまうま〜。結構度胸あることするじゃん。一気に漢見せたねー、侑芽さん」
前線に立っていたみく、蘭子、杏からも侑芽と掛け合いを交わす。前とは何かが違う侑芽の姿に、六人の見る目にも変化が現れていく。
「凛ちゃん、みんなのサポートは私たちに任せてください!!」
「先輩を……頼みます!!」
ちひろも負けじと『バレット』を発動して応戦し、全員の回復からも形勢は逆転した。
飛鳥、蘭子、杏、きらり、みく、李衣菜、加蓮、侑芽、ちひろ。そして、
「……消え去れ!!!」
フリーフローの力を宿した大規模なブラックホールに数えきれない程のノイズが吸い込まれ、凛の視界がついに完全に開ける。全員が凛の進む道を作り出す中、最後にそれを完全なものとしたのは、ネクだった。
「行け!!凛!!!」
「決着をつけて、凛!!!」
手に持ったキュアドリンクの空き缶を投げ捨て、ネクはエンタングルメントを放ち、そこに加蓮が薙ぎ払うように腕を振る。整えられた華美なネイルの軌跡は水色の光となり、ワイヤーを軸に凝固し、一本の輝く道を作り出す。
その道は、まるで夢かのように美しく、そして現実に戻る覚悟を問う残酷な決断でもあった。だが、地団駄を踏むなんて選択肢は当然存在しない。
未来は、歩むことでしか掴めない。今更思い浮かべるまでもない。
この道の果てに待つ彼の下へ。全ての参加者達が見守る中、思いを託された一人の少女は走り出した。
「プロデューサー……約束するよ」
勇気を振り絞り、オーバーロードを発動し、
「この先の未来で、私、絶対笑ってみせるから」
覚悟を定め、蒼いショックウェイブの刃を構え、
……そして。
「最高の未来を、手に入れて見せるから」
「……くっくっく……バカが。誰がゲームクリアでSGを止められるなんて言ったんだよ?」
RGのどこかのビルの一室。目が眩むほど光を反射させるルビーのタイルの壁に囲まれ、音流零は自身のデスクに置かれたパソコンを見つめていた。
ブルーインカンタスが、倒された。しかし、元からSGの増長を止めるつもりなどない、というよりも止める方法などそもそもないのだ。
「そろそろ、時間だな……あばよ、渋谷の民達」
残り十秒。零は、この世界に別れを告げる。
自身が散々に掻き乱したこの世界。最後は完全なる勝利に終わり、自分は次の世界へと移動し、選ばれし一住人として再び死神として生きる。綺麗事も理想も存在しない、過酷で困難な現実が絶対的に課せられる世界……まさに自分好みだ。
残り一秒。世界は、終わりを迎える——
『は?何、言ってんの?』
その時、突如零の目の前に現れる金髪の少女。もう一秒は既に経った。二秒、五秒、三十秒、時間はさらに経過していく。
世界は、止まらなかったのだ。
「なっ……どういうことだ……!!?」
『アンタさ、指揮者のくせして重大な違反を犯したの忘れちゃったの?』
「……何?」
そういうと、少女は零の正面に立ち、にゃんタンを弄り回しながら、目も合わせずに適当に答える。
『追加ミッション、だよ。ミッションは一日に一個のみ、死神になるときに教わったはずだけど』
「……はぁ?バカかよ、んなもんわざわざ守る奴がどこにいる。このゲームの主催者は、俺だぞ、バカ野郎」
『じゃあ、アンタが主催者なら、私はゲームプロデューサーってことで。このゲームを管理する必要があるね』
「……は?」
訳の分からないことをほざく目の前の少女に、徐々に苛立ちを募らせていく零。
すると次に、少女は衝撃の発言をした。
『……ゲームプロデューサーより、ゲーム内にて不正を確認。よって、ここにルール変更を課す。
変更点、
【ゲームマスター撃破時、SG内に滞留するソウルは全て、ディメンションリンクバッジへと内包される】』
「はっ?」
『まあ、ルール変更は、前もってさせてもらったよ。アンタはこれまでにも、ゲームマスターに代わってミッションを出したりしてたし、もう厳重注意では済まされない。
ノイズを出してたのも、全部アンタでしょ。
凛たちがゲームマスターを制限時間以内に倒した。つまり、SGの大爆発は回避されたことになる』
『渋谷凛が、このゲームの勝者だってことだよ』
そうして、初めから終わりまで淡々と話し続け、その後消えるように部屋を後にした少女。
ゲームプロデューサーが不在であったため、彼女はその枠に入り込み、内部からルール変更を行った。
つまり、ディメンションリンクバッジをRG内で渡し、外部から渋谷凛、桜庭音操を連れてくることも……初めから、想定されていたのだった。
「ふざ……けてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」
湧き上がる殺意をぶつけるべく、目の前のノートパソコンを勢いよく掴み、そのままルビーのタイルの壁へと投げつける。コードは引きちぎられ、利器は、大きな窪みのあるただの鉄屑と化した。
「くっっっっ……くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
机に大きく突っ伏す零。憎しみの強さから、握りしめる拳からは血が漏れ出てきている。天井に吊るされている高価なだけの照明が、惨めな男の背中を橙に鈍く照らす。喉の奥にへばりつく痰を剥がす音を奏で、自ら愚かさを助長させる。
小物と呼ばれるのに相応しい人間、初めからずっと、きっかけから何もかもが未熟なまま、成長することはなかった。周りは変わった、だが彼は変わらなかった。
「……じゃ、僕の勝ちってことで。バイバイ、兄さん」
変わらないが故に、全死神を統制する指揮者どころか、【その身の主であること】すらも否定されてしまった。
「……っひぁぁぁぁ、っ!!ぁぁ、あがあまぁぁががががぁ!!!!!!」
「……小物、だってさ。最期まで可哀想に」
「かはっ……で、出て、くんな……いや、だ……おれ、きえた、な——」
過去を乗り越え、未来を見上げた少年少女、そして大人たちの紡ぎあげた物語により、『音流零』の物語は、終焉を迎えたのだった。
「あ、ぁ……」
辺り一面が真っ白と化した空間へと飛ばされた参加者達。ゲームをクリアし、手のひらにあったタイマーは消滅した。
目の前に倒れ込んでいる一人の男……身体は粒子と化し、徐々に肉体が消えていっている。
「先輩……ようやく、会えましたね」
凛が話をする前に、侑芽が先に話をする。目標としていた人との念願の再会、しかし、声のテンションは当然高いものではなかった。
「侑芽、さん……来て、いたんですね」
「当然ですよ。先輩も、みんなもここにいることは知っていましたし、何よりも、力になりたかったですから」
侑芽達は既に美城からの情報で、プロデューサーがゲームマスターとしてここにいることは知り得ていたのだ。
全域が虚数空間と化したSGに入り込むのに、少しだけ時間がかかってしまったが、彼らの存在がこの決着に大きく貢献したのは言うまでもない。
「流石……皆さんのプロデューサー、ですね」
「いや、プロデューサーだなんて言えませんよ。僕なんて、先輩がいない間にいっぱいバカなことやっちゃって」
色々なことをした。目上に噛み付いたり、自分が絶対だと信じ込んだり。これまで多くの失敗をしてきた。
とてもプロデューサーなんて言えない、未熟な人間の姿を見せてしまっていた。
「正直、この先に不安がないかと言えば嘘になります」
侑芽も、心の中に宿した決意をプロデューサーへと見せる。ラストナンバーのプロデューサーとして、当然そのままでい続けるわけがない。何のためにここに命を賭けてきたのか、それは今度こそ理想を現実にさせると証明するためだ。
「でも……僕は変わりたいと思ったんです。ずっと、貴方になり切ることが全てだと思っていた自分から」
しかし実際は、そうしようとしても、どうにも気が乗らなかった。自分の心の奥底にあった、本当に自分のしたいプロデュースが渦巻いていることに気づかないまま、無理矢理先輩らしさを出そうとして、そして失敗した。
「僕のプロデュースはきっと、貴方のものとは違うものになると思います。一生懸命に彼女たちを向き合っていくつもりでも、どこかしら乖離があるはずです。
……任せてなんて、そんな大層なことは言いません」
すると、侑芽は頭を下げてお辞儀をして、頼み事としてこう言った。
「アイドルの皆さんを、僕にプロデュースさせてくれませんか?」
自分にプロデュースをさせてほしい。とても斬新で面白いことを言ったが、それはプロデューサーに対して言っても意味はない。
「侑芽さん、それは多分……皆さんに直接聞く方がいいんじゃないですか?」
ちひろがそう言い、侑芽を後ろに振り向かせる。
そこにいた六人のアイドル達。それぞれの表情は、戦いを経て朗らかに変化していた。
「皆さん……」
「ほら!男ならちゃんと勇気出して言うにゃ!!」
助長されたこともあり、大きく息を吸って吐くと、侑芽はいつもよりも大きな声でアイドル達に告げる。
「皆、さん!!僕に……僕に、貴方達をプロデュースさせてください!!」
「……ま、いいけど、でも覚悟はしておいた方がいーよ?」
「……へ?」
「そうにゃ、しっかりと一人前のプロデューサーになれるよう、みく達がみ〜っちりと叩き込んでやるにゃ!!」
「み、みくさん!?」
「ええ〜!!きらり達が、侑芽さんのプロデューサーになっちゃうにぃ!?でも、なんだか楽しそうだにぃ!」
「楽しそう!?ちょ、こ、これから何をするつもりですか!?」
「ふっふっふ……我が深淵の啓示を望むか!!その心意気、我が堕天使の魂に刻むとしよう!!」
「深淵の……?よ、喜んでいいんですか?」
「ふっ……いいだろう。ボク好みに染まってくれるなんて、これほど嬉しいことはない。過去の古傷が疼くくらい、キミにこの価値観をインストールしよう」
「ふ、古傷……?」
心からぶつかることを放棄していた侑芽が叫んだことで、今まで開いていた距離が急速に縮まる。近寄りもしなかった侑芽の周りに次々と集まり、それぞれが変わるがわる侑芽に話しかけていく。
「ちょ……はぁ、みんなして乗っかっちゃってさ。特にみくのレクチャーとか、受けたら本物の猫になっちゃったりして?」
「なにぃ!!李衣菜チャンめ……みくをバカにするなんて、いい度胸だにゃ〜!!!!」
「え……い、いやぁっ!!ちょ、くすぐった……あは、あははははっ!!!!やめてってば、みくっ、あっはっはっはっ!!!!」
「うりうりうりうり〜!!にゃっはっはっは!!観念するにゃー!!」
「み、みく様てんさい、ちょーカワイイ、たまにバカなとこも……あっ、あっはっはっはっは!!!!ごめんごめんって!!」
「みーんなはっぴはっぴしてて、きらりもすっごーく嬉しいな!!」
「よかったねー、みんな。杏も久々に働いたかいがあったもんだよ……って、うわぁっ!!」
「にょわっはっはっはー!!!」
「ちょ!?高い高い高い!!!急に肩車しないでって!!ひ、ひゃぁぁ!!!」
目の前で起きる少女達の掛け合いは、これまで見たことがないほどに楽しそうだった。心を開き、そして心を開かれ、勇気の一歩が大きく未来を動かした実感を、侑芽は感じていた。
「……私が、何かを言う必要はなかったようですね」
微笑ましい、彼女たちの笑顔が目に入る。それだけで、侑芽はプロデューサーとして大きく成長できたことは十分に分かる。
まもなく、完全に消滅してしまう肉体。でも、そんな彼の心を満たしていたのは哀愁ではない。紛れもない、幸せだった。
「ねえ、プロデューサー」
ネク、ちひろ、加蓮は静かにその場から離れて侑芽達の方へと移る。
最後に一つ、凛と彼だけのいる真っ白な空間。別れが、もうそこまで迫っていた。
「どうしましたか、渋谷さん」
「私のこと、これからも見ていてくれる?」
「もう会えないなんて、言わせない。またいつか、もう一度会える日が来たら、その時は思いっきり驚かせてあげるから」
「はい、私もとても楽しみです。夢の先から、いつまでも見ていますよ」
「だよね、そう言ってくれるって思ってた」
言葉を交わすことも、これで最後になった。身体から流れ出る粒子に、とうとう姿が完全に飲み込まれた。消える直前、彼の頬を伝った一筋の涙を思い返す。初めて見た彼の泣く姿に、同じく凛も肩を震えさせ、誰にも気づかれないよう目を覆う。
「私の夢中になれる『何か』……最高の日々をありがとう、プロデューサー」
「未来で、待っててね」
瞬間、世界は元の姿を取り戻し、参加者達は全員宇田川町のグラフィティアート前に転移した。SGは膨大なソウルへと変化し、ルール通りディメンションリンクバッジへと全て吸収された。
アイドル、そしてプロデューサーのソウルが詰まったバッジ。完全体と化したそのバッジには、桃、黄、蒼の三色に光るダイヤモンドが刻まれていた。
真っ暗で星一つ見えないこの街の夜空の下、凛は強くそれを握り締めたのだった。
『渋谷』は未来へと向かって再び進み始める。
SG編が、終わりました。第二章は残り四話で完結します。
次回からは『トライアドプリムス』編に移り、部門存続のため、346プロダクション最後の戦いが繰り広げられます。