すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
運命の死神の計画を退け、しかし多くの犠牲を払いながらも、渋谷は前へと進んでいく。
だが、嵐の前の静けさのような……まだ、隠されていた謎が、この物語には残っていた。
「んん〜〜!!!!っと」
部屋から出て居間に降りると、カーテンからの日差しが目に入る。気持ちのいい、清々しい朝だ。腕を広げて、大きく身体を伸ばしてリラックスする。暖かくて、心が程よく落ち着く。
これまでずっと戦い続きだった凛は、久しぶりの休息を過ごしていた。
「おっはよー、凛」
「おはよう、昨日はよく眠れたか?」
ちょうどその時、凛の横に加蓮とネクが顔を出す。二人も同じく身体を伸ばし、久々の渋谷の朝日を気持ちよさそうに堪能する。
「あ、二人とも。随分早起きだね」
「なんか、昨日までの感じがまだ続いてるというか」
「分かる、この生活に慣れちゃった感じするよね。凛だってそうでしょ?」
壁にかけられた時計の針は、5と6の間にある。昨日の壮絶な戦いの後にも関わらず、今日もまた同じく目が覚めてしまった。
……死神達との渋谷を巡る戦いは、もう終わったというのに。
「うん。不思議な感じするよね。ずっと戦ってたから、こうやってゆっくり過ごしてるとさ。ソワソワするというか」
「……なんか凛、職業病みたいなこと言ってるんだけど」
「その職業病も、アイドルじゃなくて参加者としてだもんな……」
「ちょ、二人だって同じじゃん」
「「たまたまだし」」
「いつ、そんなに仲良くなったんだか……」
普段はしてないであろう、そんな適当味ある会話が、嵐が過ぎ去ったことを仄めかしているようだった。軽くため息をつくと、凛はキッチンの方に行き、お茶を出して三杯のコップにそれぞれ注ぐ。
起きてすぐに飲むお茶は格別だった。一斉に感嘆な声を出して、そのまま三人だけでテーブルで話し込む。
「ごく……ぷはーっ、あー、おいし」
「うまうまー、のどこし最高〜!!」
「何かの宣伝かよ。んー、うまい。あ、そういえば、昨日戻ってきてから一回も飲んでなかっけ……」
お茶への感想から、ポロッとこぼれたネクの言葉に加蓮、凛が反応する。
「え?ひょっとしてネクって、普段あんま水飲まない人?」
「ええ、ちゃんと水飲もうよ、身体に悪いよ?」
「そうだけど、なんか分からないか?水飲むのも忘れて何かに没頭しちゃう、みたいな」
「没頭って、何かハマってることあるの?」
凛が聞くと、微かに澄ました表情になってネクが答える。
「……音楽とか、グラフィティとか、CATとか」
「……今、カッコつけたでしょ」
「ほ、ホントのこと言っただけだ!!」
ジト目になってネクを茶化す凛。加蓮はそんな凛を、ニヤけながらさらに上から茶化す。
「ふふ、そんなこと言って、凛だってよくカッコつけてるけどね」
「加蓮!?か、カッコつけてないよ!!」
「ネクも感じない?凛ってば、結構カッコつけた話し方するでしょ」
「……あ、確かに言われてみれば」
「ネクまで!!いつもホントのこと言ってるだけだし!!」
「あ、ネクと同じこと言ってる。おっそろーい」
「ちょ……べ、別にいいし。それよりさ、ネクのその趣味よく見せてよ、ほら、見せて見せてって!」
「な、ま、待て待て!そんな勢いでスマホ掴むな!」
あまりスマホを触られたくないネクと、あまりにもスマホに喰らい付いてくる凛のいざこざで、電源が付けてしまい、CATの宇田川町のグラフィティの待ち受けが、デカデカと映し出される。
「うわ、待ち受けおっしゃれ!!これがCATって人のグラフィティ?」
それに加蓮が食らいつくと、ネクは突然嬉しそうに早口で語りだす。
「お、オシャレ……!?やっぱ、そう思うよなっ!!そりゃ、CATの作品はどれも心掴まれるものばかりで、特にこの作品は、俺の人生を変えてくれたすごいもので……」
「え、ちょ、ちょっとネクさん!?急にオタクみたいになってるよ!!」
「全力で、今を楽しめ……ねえねえ、ネク。後で私にもこれ送ってくれない?」
ずっと静かにCATのグラフィックを見つめていた凛は、キラキラした瞳をネクに向ける。
「り、凛……まさか、お前」
「うん……ハマった」
「マジか!!」
大声で叫び、頬を赤くして興奮した様子で凛を見つめるネク。目は見開き、少し鼻を膨らませているその表情に、同じくテンションの上がっている凛はさらに顔を近づける。
「趣味、もっと聞かせてくれない?ネクのいつも聴いてる音楽とか……めっちゃ気になるんだけど」
「ああ……いい、いいぞ!!それじゃ、この曲なんてどうだ?『Twister』って言うんだけどさ、俺のお気に入りなんだ!」
「色んな音が入ってて……一度聴いたら忘れない、頭にずっとこびりつく感じがする。これ、すごい特徴的じゃない?」
「そうなんだよ!!どんな曲とも違って、色々なものが混ざって独特で、まさに誰とも分かり合えない『捻くれ者』を表現してる……最高だろ!」
「捻くれ者……独、特……」
既に自分達の世界に入り込んで、早朝にも関わらず音楽、グラフィティにノリノリで熱中している二人。そんな熱の昂りにすっかり置いてかれてしまった加蓮は、横で静かにお茶を飲みつつ、仲良く話し合う二人をやれやれと微笑ましく俯瞰していた。
「やれやれ……楽しそう、二人とも」
何にもたわいない友達同士の会話、嵐の後のひと時だった。
時間が経ち、昼下がり。
いつものスクランブル交差点を見に来ていたネク、凛、加蓮。こうして外に出たのは、ノイズの脅威が去ったことを知るためでもあった。
実際、彼らはもう能力者ではなくなっている。
これまでRGでも能力が使えたりノイズが現れたりしたのは、SGという次元によってRGUG間のバランスが乱れていたためだ。参加者バッジを持っていても、スキャンもインプリントも何もできない。でもそれは同時に、死神も身動きが取れなくなったことを意味する。
部門存続のため、今は美城専務が上層部へと掛け合い続けている。死神関連の話をすることが出来ない中、これまでの様々な誤解を解くことに尽力しているようだ。
今は、渋谷を守った救世主に、ささやかな安らぎを。
「帰ってきた、そんな感じ?」
「いつも通りの渋谷、よく見てる風景のはずなのに、なんだか落ち着くよ」
「いつもみたいに、うるさい。でも……これも、悪くないな」
ハチ公の側で、顔をハットとサングラスで覆い隠した加蓮と凛、ヘッドフォンを首にかけたネクはそう言う。
渋谷の喧騒が、心地よく感じる。少し前の自分達には、考えられなかっただろう変化だ。
「ネク、凛。今日は久しぶりに、色々なとこ回ってみない?みんなも、それぞれで休んでるし」
「ああ。今日くらいはいいんじゃないか?専務を待つ間の時間潰しとして考えればさ」
「侑芽さんとちひろさんも、今のうちに思いっきり羽伸ばししてくれ、って言ってくれたよね……ほんと、頭が上がらないよ」
自分達だけが休むことに、ばつが悪かった凛だったが、ネクと加蓮にそう言われ、さらに大人達からも休めと勧められて、顔を掻きながらも頷いた。
ちなみに、今こうして外に出ているのは三人だけだ。
朝の10時近くにも関わらず、昨日からずっと部屋を出ていない杏。
そんな杏を強引に引っ張り出し、そのまま笑顔で風呂に連れ込んだきらり。
蘭子がインドア派のため、今日一日を部屋で過ごし、一緒に絵を描くことにした飛鳥。
いつか『親友』に見せるためにギターの練習を再開する李衣菜、その隣で眼鏡をかけて高校の教材とノートに向き合うみく。
今日はそれぞれが、それぞれの休日を過ごしている。
「決まりだな、じゃあ早速……って、そういえば俺、ここよく知らないんだった……」
歩き出そうとするが、ネクは『凛たちのこの世界』をよく知らない。死神の影響でほとんどRGを探索出来なかったのもあり、SGを通じてしか世界を見たことがない。渋谷スクランブルスクエアなど見たことのない建物があったことからも、恐らく『あの渋谷』とは違う箇所は他にもいくつもあるはずだ。
「ほら、慌てない慌てない。ちゃんと私と凛が、案内してあげるよ。ヒカリエとか、ハンズとか」
「ヒカリエ、ハンズか。渋谷ビガリィや渋急ヘッズじゃないんだな」
「私からすると、そっちの名前の方が違和感あるけどね……ネクの世界の方の話も、色々聞かせてほしいな」
「俺の世界?そうだな……あっ」
加蓮の質問に、思いついたようにネクが交差点のビジョンを指さす。
「そうだ、王子英二って知ってるか?」
「おう……じ?タレントさん?」
凛は、知らない人物の名前を首を傾げながら答える。
「ああ。俺たちの世界だと、とにかく人気で、あのビジョン全部独占して映ってることもあったくらいだ」
「ええ!?それ、すごいね!」
「その反応だと、こっちでは無名なのか……ビジョンに映る内容も、まるで違う」
今、ビジョンに映し出されているのは、覆面を被った謎の三人組ユニットのMVだった。
「だって、あんなの見たことない。変わった奴らが人気なんだな、最近って」
「いや……私もあんなユニット知らない。加蓮知ってる?」
「あのユニットってほら、4253プロのアイドルだよ」
加蓮が軽くそう言うと、ネクと凛は目を見開き、ビジョンを見つめる。
「死神!?まさか、アイツらも死神なのか?」
「いや、それは分からないけど……でも、今のこの渋谷では、誰もが知ってる有名ユニットだよ」
「名前は……『ミッシングアイズ』?」
MVの下には、走り書きのような黒いフォントの文字でそう描かれていた。ミッシングアイズ……欠けた、目?
「確かに4253出身だけど、人気が出るのは分かる気がする。アウトローなメロディー、超セクシーなダンス、そして……絶対に明かさない素顔。独自の世界観がよく現れてて、すごい魅力に溢れてる」
少し悔しそうにしつつ、彼女たちの実力を認める加蓮。謎めいていて、実に魅惑的な無法者の少女たち。あの覆面に見つめられたら最後、二度と目を逸らすことは出来ない。
「うわぁ……あ、あんなポーズして……って、足上げすぎ!?見ちゃダメだよ!!」
「お、おい!!別にそんなつもりないぞ!?」
過度に低いカメラワークが、彼女たちのボディラインを強調させるようなダンスを一層引き立たせる。衣装のスカートが捲れ上がった瞬間、錯乱していた凛は慌ててネクの目を両手で覆い塞いだ。
「でも、不思議だね。あんなに凄いグループをプロデュースをした人って、あの人なんだよね」
4253プロダクション所属ユニットグループ、ミッシングアイズ。そう掲げると、やはり浮かぶのは音流零だ。謎の身勝手な自己理論で動き、側から見れば嫉妬を振り撒いてるだけだった男に、こんなプロデュースが出来るのだろうか?
「正直、そんなに才能があるとは思えなかったのにね……って、聞いてる?」
「凛、凛って!!もう終わった!終わったから!!離、せっ……!!」
「な、何かもうよく分かんない……と、とにかく恥ずかしくてたまんない!!」
「はぁ!?急にどうしたんだよ!?とりあえず落ち着け!!」
「あーむりむりむりむり!!!ちょ、早く行こ!!ほら、加蓮も早く早く!!」
落ち着かない様子のまま、騒ぎながら凛はネクの手を引っ張って交差点の喧騒へと入り込んでいってしまった。あんなに平静を失った凛を見たのは初めてだったかもしれない。加蓮は驚きを隠せずにいる。
「何、あれ……!?いつもなら、ああいうのなんか気にすることもないのに……まさかネク?」
アイドルのみんな、そして自分と、凛は決して友達が少ないわけではない。でも、凛が同年代の男の子と共にいる状況は、これまでに見たことがなかった。
「り、凛って、案外う……!?いやなんでもないや……は、早く追いかけよ!!」
友達の意外すぎる女々しい一面が垣間見え、釣られて加蓮までソワソワとし出してしまう。とりあえず動かないと落ち着かないと、笑ってしまうような理由で、少女達は渋谷の街を駆け始めるのだった。
「あ、雰囲気いいな。俺これお気に入りかも」
「あーやっと落ち着く……この曲、すごいイカしてる」
「こういう曲あんまり聴かなかったけど……結構カッコいいな〜」
流れで入ったタワーレコードで、『Revelation』『Underground』『Transformation』をそれぞれ立ち聴きするネク、凛、加蓮。
位置を代わって聴き合ったり、音量を上げすぎたまま渡したり、新しい好みの曲を見つけたり、メジャーからマイナーまで全て詰まっている渋谷サウンドに存分に酔いしれていた。
東急ハンズでは、渋急ヘッズにもあった2階のビューティ&コスメエリアにて加蓮が新商品のマニキュアを見つけた。その時、ふと手を見てみると、ネイルはすっかりボロボロに剥がれ落ちていた。
「うそ、こんなに落ちてるなんて!?あー、もっと早く気づけばよかった……」
「気にする暇なんて、今までなかったもんね。仕方ないよ」
「そういえば、加蓮のサイキックってネイル使うよな。お前の趣味なのか?」
急に恥ずかしくなって手を握って爪を隠す加蓮に、ネクはふと聞く。
「んー、趣味というか特技というか……ほら、私って入院してたでしょ?その時にやることが、ネイルくらいだったからさ」
「加蓮のネイルって、ほんと上手だよね。相当努力したんだろうなーって、思ったりするもん。実際、ちゃんと努力家だしね」
「度胸だって、あるしな」
昨日のあの行動を思い返し、互いに顔を見合わせて言う二人。だが、加蓮自身はどこか詰まるような表情をしていた。
「努力家……ね。まさか自分がそんな風に言われるなんて、思いもしなかったよ」
「ん?なんでそう言うんだ?」
「そうだよ、どうして?」
やけに自分を卑下しようとする加蓮に、理由を尋ねる。
帰ってきたのは、今の加蓮からは想像もつかないような少女の話だった。
「私さ、アイドルになった頃すっごーく暗かったから。才能が全てとか、環境とか運に恵まれないとか、努力が無意味とか本気で思ってたし。当たりも今よりもっと強かったよ」
それは過去の自分の話で最初期、アイドルになってまだ間もない頃の一面だった。
「え、そうなの…?そんな加蓮の姿、全然想像つかないけど……」
「そりゃ、凛と会ったのは少し経ってからだし。初めは悪態吐きながらやってたアイドルだったけど……凄く努力してるみんなや自分に気づいて、そこから段々見え方が変わったんだ。諦めなければ、思いは叶うって」
——入院続きで、長いこと劣等感を感じ続けていた加蓮は当時、卑屈な思考で身の回りを埋め尽くしていた。そして、そのことに気づきながらも悪びれることなく、自らを肯定し続けていた。その内、後悔や嫉妬の火すら付かないほどに、心は固く乾き切っていった。
そんなドライな彼女にすら、アイドルは希望のスポットライトを照らした。こんな身体じゃ何も出来ないと言い続けても、練習を重ねるごとに動きは柔軟になり、バカバカしかった努力の恩恵を初めて受けた。
いつの間にか火を灯した心と共に、徐々に友達も増えていった。その度に切磋琢磨し合い、さらに努力というものに向き合った。
毎日のように事務所に通い、毎日のように友達と出会い、毎日のように努力をし、身体はすっかり自由を取り戻していた。かつて自分が望むことを諦めた全てが、気づけばみな自分の手元に集まっていたのだ。
特に一番の友達で、一緒にいる時間の最も長かった奈緒とは、何度も何度も競い合った。乾いた反応をしても、何故かいつも気になってしまう。アイドルになって初めて笑ったのは、奈緒とレッスンをした時だった。
自分の世界を広げる門口として、彼女との時間は大きく今に影響していた。奈緒との時間、凛との時間、そして自分の過去の時間。トライアドプリムスの時を繋いだ三角形は、一人の少女の人生を大きく変えたのだ。
「……最高、だな」
「でしょ?最高だよ、アイドル。ね、凛?」
「もちろん。色々なことがあったけど、やっぱり、アイドルになってよかったって思ってる」
アイドルは、彼女たちに数え切れないほどの希望を与えた。時に葛藤や離別、現実、絶望を見せることもあったが、今の心に宿る希望を招いたのは、紛れもなくアイドルがもたらしてくれた、夢の力だった。夢を信じるその心が力になり、揺るがぬ芯として今の彼女達の要になった。
だから、自分たちは運命に抗い、そして勝利できた。これまでの出来事の全てが、今の強さに繋がっているんだ。
ふと横の二人を見るネク。見えた少女達は、濁りなくキラキラと輝いていた。
「……ささ、こんなシケっとした話は終わりにしてさ!どうする?今ならアイドルの私が直々にネイル教えてあげちゃうよ〜?」
「いくらだ?」
「ん〜三万円」
「ライブに行く方が安いな」
「あ、言ったね。来なきゃ針千本のーばす」
「おい、凛。勝手に約束にすんなよ」
「言い出しっぺで渋ってたら男が廃るよ?まあ、来てくれたらちゃんと最高の思い出にするからさ」
「はぁ……まあ、楽しみにしてるけど」
その後、渋谷ヒカリエのレストランでパスタを食べてから109、渋谷モディ、渋谷パルコと街を渡り歩き、既に午後の夕暮れ空に紫色が差し掛かっていた。
もうすぐ専務からの連絡も来るだろう。休息の最後に、彼らは竹下通りに来ていた。
「この時間になっても、相変わらず人多いねー」
「あっ……ここのチョコ……」
「ん?どうした、凛?」
「い、いやなんでも。チョコなんて後でコンビニで買えばいいし」
「?」
『売り切れ』と書かれた看板のあるポップな雰囲気の店の前で、凛は少し肩を落とす。
最近の流行だった新感覚のチョコスイーツがあったが、世間から離れている内にすっかり忘れてしまっていた。
「あー凛、チョコ好きだもんね。そこのお店最近大人気だから……」
「へー、チョコ好きなのか。ちょっと来るのが遅かったな」
「ちょ、言わないでよ加蓮。チョコ売り切れて落ち込んでるって分かったら、ダサいじゃん」
「そ、そうか?」
「私みたいなお年頃はイロイロ難しいんだよ。でしょ、ネク?」
「自分で言うなよ……ってか、俺も混ぜんなし!」
カカオの甘い匂いだけが残る中、未だに多い人混みに紛れつつ、笑いながら原宿を歩く。ずっと渋谷の中心部にいたため、久しく竹下通りに来ていなかったネク、凛。
元はと言えば、ここに来ると言い出したのは、二人ではなく加蓮だった。
「でも、急に竹下通りなんて。元々来るつもりじゃなかっただろ?」
「なんか、急に久々に来たくなっちゃって?たまに、凛と奈緒と三人でここに来てたんからかな」
「あっ、そこのお店とかで、ナゲットとかポテト食べてたっけ。レッスンの後とかに集まって……」
「そうそう!疲れた後だからすっごく美味しかったりしてさ、楽しかったな〜……」
トライアドプリムスの三人は、ユニット結成の前から何度も出会っていた。
奈緒と加蓮に凛が混ざり、そこから徐々に交友が始まった。午前の授業、午後のレッスン、一日中身体を動かし程よく全身の疲労感を抱え、夜遅くに友達と入るファストフード店。そこで頬張るハンバーガーの美味しさやポテトの脂っこさは普段とは格別だったりもした。
何故か、そんな楽しかった思い出を思い出し、次の瞬間、無意識にその彼女の名前を言おうとした。
そんな自身に気づき、思わず言葉が止まる。
「——あ……」
「え、奈緒って確か……あっ」
前に聞いたトライアドプリムスのメンバー、神谷奈緒(かみや なお)を思い出し、ネクはすぐに手で口を塞ぐ。
死神の脅威は去ったが、消えたアイドル達のソウルは元に戻ることなく、全てディメンションリンクバッジへと内包された。奈緒も、きっとそこに……
何とも言えない空気感が、三人の間に広がる。
気づけばその店も通り過ぎていた。無言のまま歩き続け、そして通りを抜けそうになる三人。来た意味もまるでないまま、何故ここに来たのかも分からないまま帰ろうとした、その時。
「ん?」
竹下通りの人混みの中、出口付近のわき道に逸れる一人の男が目に入る。『紫』のシャツに『紫』のジャケットを羽織り、洒落たハットにハーフパンツにスニーカーと、ラフとユニークを兼ね備えた服装をしているが、問題はそこではない。
その男の顔は、あの音流零と全く同じだったのだ。
「アイツ……って」
「あれって、音流零……!?」
瞬時に凛、加蓮の表情が変わり、その男から距離を取るようにわき道から離れる。だが、男の方はまるでこちら側に気づくことなく、誰かとニコニコと話しながら奥へと入っていく。
よく見ると、その楽しそうにしている男の横には、マスクで顔を隠した三人の少女達がいた。
「アイツ……あんな顔するの?」
「いつもなら、すぐ目の敵にして私たちに突っ掛かってくるのに……」
警戒した割に何も起きず、思わず拍子が抜ける。四日前のように、自分から乗り込むほど346プロに憎悪じみた敵意を抱いていた音流零。苛立つ様子がほとんどだった彼とはまるで似つかない男の様子に、違和感を覚える。
「……何か、様子がおかしいな」
異変を確かめるべく、追いかけるように三人もわき道へと入っていった。
「ね〜聞いてよ、プロデューサー。今日の前席のオッサン、すっご〜いエッロイ目つきで胸元見てきたんだけど〜」
「うわ、キモ……っていや、いいんしゃない?だって私たちってそもそもエロ路線な訳だし」
「エロ路線って……そ、その言い方強くない、バニラちゃん?」
「だってそのための、その胸でしょ?ほんと……いっつも見られる見られるって自慢されるワタシの身にもなって欲しいよ、ラプト」
「自慢じゃないわ!!」
人目に付きにくい、わき道の奥の狭い空間。ビルに四方を囲まれた中、そこに置かれた車を前に談話を交わす三人の少女達。
赤い瞳で豊満な身体つきをしたラプト、黄色い瞳でスレンダーなシルエットのバニラ、そして、青い瞳で口数の少ないアオン。
「アオンはどう思う〜?この渋谷中の、あらゆる全ての人々のヤラシイ視線が、私たちの胸や尻、全身に集まる……スゴイ体験、じゃない?」
「……それで、みんながそれでいいんだったら……あたしはいい」
「……あ、そ、そう?」
「相変わらず、アオンは我欲が薄いね。機械的アイドルって感じ」
晒し者になる自分を想像し、全身を震わせて息を荒げるラプトに、アオンは一言ポツリと呟くだけで話を終える。そんなアオンに毒舌を吐くバニラだが、男がすぐに彼女をフォローした。
「まあいいじゃないか。理性的なバニラ、情欲的なラプト、虚無的なアオン。それぞれが尖りながらも共通の仮面に覆い隠され、矛盾と謎から生まれる魅惑的な世界観を構築する……素晴らしい!!まさに僕の理想のアイドルだよ!!」
「プロデューサーさん……!!誰かの理想になれたのか、あたし……!!」
「ああ!ミッシングアイズは僕の理想そのもの、君たちがいて初めて成り立つんだ。誰一人欠けてはならない……もちろん、君もね?」
「はぁぁぁっ!!……必要と、されてる。幸せ者だ、あたし……!!」
自分をミッシングアイズに選んでくれた張本人から絶賛され、アオンは怖いくらいに様子を一変させて感嘆のため息を吐き、目を輝かせる。側から見ていた二人は、そんな彼女とは別の意味でため息をつく。
「あー今日も始まった……プロデューサーとアオンの両依存劇場」
「ほぼ毎日やってるし、ブレないね〜二人とも。流石は変態集団だ……」
「誰が変態よ。そんなこと言ってるラプトがこの中で一番エロいくせに」
「えっ……な〜に、や〜っと私の魅力に気づいたのかな〜?」
「いや、超ド変態って意味で」
「ちょいっ!?」
頭の後ろに腕を組み、見せつけるような仕草をするラプトに軽く毒を吐きつけるバニラ。
プロデューサーと呼ばれた男は、依然としてアオンと話し続ける。どこか歪さを感じさせる、見た者を混乱させるような空間。
「……な、何これ?」
想像もつかなかった光景が目前に広がり、壁に潜んで見つめていたネク、凛、加蓮は思わず目を回した。
「アイツら……死神、なん、だよな?」
「なんて言うか……頭悪そう?」
「単純な悪口じゃん、それ……」
「いや、だってさっきからずっとあんな話ばっかりだし!同年代であんなことずっと言ってる子なんて、普通いないよ!」
気づかれないよう、小声でコソコソと話を続けるも、またもや少し取り乱しかけている凛に、加蓮が呟く。
「凛……ひょっとして下ネタ苦手?」
「き、急にどうしたの?」
「だって……明らかにあがってるから」
「あがるに決まってるでしょ!?他人がずっと下ネタ言ってるところ友達と見てるんだよ?気まずさすごいし……あー、もう……」
両手で顔を叩いて鎮火しようとしても、余計に燃え盛る赤い頬を恨む凛。
「たかが、あんなのの何が……」
「……ネク、後で覚えておいてよ」
「なんでだ!!」
明らかに当たりが強い反応に、訳もわからなく頭を抱えるネク。全てを察した加蓮は二人のやり取りにため息を吐く。
そして、その激しくなる会話は、ついに相手側にも伝わってしまい、
「あの〜、そ、そこで何してるんですか〜……?」
心配するような口調で、ラプトが壁に隠れていた三人に話しかけた。
気づけば、これまで話していたバニラにアオン、男も全員三人の方を向いていた。
「あっ……」
「コソコソそこで何してんの?てか、誰?」
「いや、あのその……私、なんか悪いこと……し、しちゃった、のかな——」
見かけによらず案外優しく接するラプトと、見かけどうりに不信感を醸し出すバニラ。
ラプトがこちらに近づき出した瞬間、ネク、凛、加蓮は駄弁りを終えて咄嗟に目つきを尖らせ、構えの体勢を取る。
「うわぁ!?な、なななななななななな何々!?なんなの!?」
「見つかったならしょうがない、実力行使だ!!」
「はぁ!?急に訳わかんないこと言い出したんだけど、この人たち!?」
「とぼけないで、アンタ達は死神でしょ!?ここで何をしようとしたのか、今すぐに吐いてもらうよ!!」
やられる前にやる。正面に立って脅しに出る初対面の三人に、死神と言われたラプトとバニラは状況を理解できずに混乱する。するとその時、
「まあまあ、ちょっと待ってよ」
ラプトとバニラの前に、男がゆっくりと入り込む。顔や声こそ同じだが、これまでの音流零とは歩き方も話し方もまるで違う。静かな、そして昨日までとは明らかに違う、絶対的で強烈な威圧感を覚える。
「ははっ、それで脅しのつもり?もう能力使えないんだから、そうされても何にもならないんだけどねえ……」
「……っ」
「そんな怖い顔しないでって……まさか、そっちから来てくれるとはね。
僕は『音流天(おとながれ てん)』。この世界の死神の、真の指揮者だ」
「真の、指揮者?」
ネクはボソリとそう呟く。ラプト、バニラ、そしてどこか落ち着かない様子のアオンを置き去りにし、かつて零だった男はそのまま話を進める。
「そうさ、昨日までの指揮者だった僕の兄、『音流零』は僕とのゲームで負け、存在は消滅してしまった。だから僕がこの身体を頂いたってわけ」
「……は?」
「わかりやすく言うと……二重人格ってとこかな?」
音流天と名乗る男は、なんと自身が零との二重人格であったことを明らかにした。
「兄はほんとーに苦しんでいたよ。何をしても僕の方が能力が上なんだから。子どもの頃の勉学や運動も、今のお仕事や当然サイキックも。生まれ持った力がそもそも違うんだ、しょうがないよ」
「だからこそ、兄は天性の才能や、努力や苦労が報われない世界に嫉妬した。ろくに時期も重ねずに成功した、と見なされた君たちは、それを理由に兄に狙われた。
笑っちゃうよね。ああ、もちろん笑い話として言ったんだよ」
「『運命の死神として、渋谷を滅ぼせ』、結局兄は最後までこの条件を満たせず、僕とのゲームに負けた。指揮者の器でも何でもない、僕がいるからこそこれまでの人生があり、その現状から抜け出せなかったただの凡人。兄は……実に、小さな人間だったよ」
音流天という自身の内側に宿った、もう一人の存在。その時、音流零は猛烈なアイデンティティの喪失を体感した。たまに表に出る彼と比較された零は常に他人から言われ続けた。
彼の方が有能だ、彼の方が下等だ、と。常に急かされ、焦りと苦悩から無我夢中で様々なものに手を出すも、内側の彼はあらゆる分野で自分を軽々と追い越す。
やがて学力が意味をなさない社会に出ても、たまに出る彼に敵うことは一度もなかった。仕事も、プロデュースも、死神の責務も。指揮者になれたのも彼の力が評価されたからではない、彼の内側に潜む彼の力こそが評価されたものだった。
嫉妬に塗れた哀れな存在は、哀れに独りで消えた。誰にもその最期を知られることなく。
「まあ、そんなことは君たちにはどうでもいいか」
天は頭をかきながら話を戻し、その後、再び音流零の話をすることはなかった。
「僕が何をしてたか、だっけ。それはね、4253プロダクションの、歴とした僕の事務所のお仕事さ」
「死神の責務じゃない……って言いたいの?」
「その通り、ようやく自分の身体が手に入ったからね。明日のイベントに向けて準備であちこち回ってたんだよ。死神の仕事は、兄がやらかした分お休みさ」
「……」
「これまでは数日に一回、不規則にしかこの身体になれなかったからね。これまで溜まってた分の仕事、急いで片付けないと」
天は、自身は死神の役割ではなく、ミッシングアイズのイベント調整に一日を費やしたと言う。どうやら、346プロやアイドルに対する思いは何一つないと言っているようだったが。
「さあ、そろそろ出発しようか。ごめんね、三人とも。ちょっとお話が弾んじゃってね」
「知り合い、なんでしょ?だったら、久々に会えてよかったんじゃない?やったね〜、いえい」
「はぁ……ワタシたちだけでも大変なのに、あんなヤバい奴らとも知り合いなんだ。変態……あ、間違えた。大変だね、プロデューサー」
「……」
軽く謝り、ミッシングアイズのメンバーとやり取りを交わすと、天は車に乗り込もうとする。その時、
「——あ、言っておくけど」
「僕と彼女たちのシナリオの邪魔をしたら……その時は、容赦なく潰すよ」
優しい声のトーンが下がり、殺気を感じさせる声を天は最後に残した。その言葉の強大なプレッシャーが場を占拠する中、嵐は鎮まり、各々は解散する。ラプト、バニラは最後まで置き去りにされるも、話が終わると、また先程の調子に戻って話しながら車に入っていった。
ネク、凛、加蓮の前に最後まで残ったのは、何故か初めから一貫してこちらを見続けていた、アオンだけだった。今もずっと見続け、そして、どこか悲しそうな表情を浮かべて、もどかしさを抱えていたが、
「……君、は……」
加蓮が声を振り絞って話しかけると、アオンは逃げるように車に乗り込み、そのまま車は走り去ってしまった。
マスク越しでも分かる、厚いメイクを塗りたくっていたその顔は、今まで見たことのない顔だった。だが、そんな会ったことすらない他人であるはずのアオンに対して、凛、加蓮はこの瞬間、同じ感情を抱いていた。
それは、アオンの青い瞳の奥と同じ、寂しさだった。
竹下通りはさらに夜が更け、街が騒がしくなる時間が訪れた。
ミッシングアイズは、シンデレラガールズ編プロローグにて既に出てきていた、アイドルユニットです。
その性格は、346プロダクションには絶対にいないような、アイドルマスター本家らしくないものにしています。
元々、絶対に公式で出せないようなキャラクターを出そうとして生まれたのが4253プロダクションで、346プロダクションの対義語とも言えるようなユニット、そしてプロデューサーにより、デレマスの物語を大きく揺るがしてきました。
しかしそれこそが、346プロダクションが今一度自身を見つめ直すキッカケに繋がることになっています。