すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect   作:デトネート

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ミッシングアイズ、そして新たなるプロデューサー、音流天。
彼らの登場により、346プロダクション存続を巡ってきたこの第二章も、いよいよ終幕を迎える。
プロデューサーの願い、自分自身のアイドルへの思い。凛は、それを必ず現実にする。


#28 決戦前夜『ビフォアフロンティア』

 ——午後8時。『MIYASITA PARK』と呼ばれるかつての宮下公園にやってきた三人。深夜遅くにも関わらず、一瞬足りとも静寂に満ちることなく光り続ける街、それが渋谷だ。

 

 夕方までの楽しそうな雰囲気とはまるで違う、放心した様子で凛、ネク、加蓮は疲れ果てたその身をベンチに叩きつけた。

 

「はぁ、はぁ……とりあえず、ここら辺りで……」

「はぁ、っ……でも、こんなことって、あり得るのかよ……」

「みんなは……無事、かな」

 走って息を上げながらも、はぐれた全員の安否を確かめるべく、加蓮はスマホでビデオ通話をかけようとする。すると、ちょうどその時にみく、李衣菜からも通話の着信が入り、凛と加蓮はそれぞれのスマホで応答して画面を反映させる。

 凛の画面には、李衣菜、きらり、杏、ちひろ。加蓮の画面には、みく、飛鳥、蘭子、侑芽がそれぞれ映っていた。

「みく!!無事だった!?」

「李衣菜ちゃん!!……はぁ〜よかった!死んでなかったにゃんね!」

「よかった〜!!何事もなさそうでホント……」

 画面に詰め寄るようにして、お互いの声を聞いて思わず安堵の本音が漏れる二人だったが、

「……って、別に心配で不安だったわけじゃないし!」

「……って、別に心配で不安だったわけじゃないにゃ!」

 思わずイジられると、慌てて画面から離れて平静を保とうとする。

 とりあえず、全員の安否がこれで確認された。

 

 

 ならば、一体、アイドル達に何が起こったのか。

 

 

 事の始まりは、今から一時間前に遡る。

 

 

 

 

 

「——全員集まってくれたか。まずは結果から直入に言おう」

 

 

 

「現時点で在籍する全てのアイドル、北条加蓮、神崎蘭子、二宮飛鳥、諸星きらり、双葉杏、前川みく、多田李衣菜、そして渋谷凛。計八名が明日のイベント『FRONTIER』に参加してもらうことになった」

 

 

 

 凛たちが渋谷から寮に戻って間も無く、侑芽のパソコンに美城からの連絡が入った。寮内の全員がテーブルに置かれたパソコンの前に集まった後、軽くシャツのシワを伸ばしてから、侑芽はビデオ通話を開始すると、

 その内容は部門存続の有無ではなく、新たなるステージの舞台に関するものだった。

「フロンティアって……もしかして渋谷で開かれる、あの音楽イベントのこと?」

「そうにゃ、李衣菜チャン。確か、随分前の、この時期のイベントスケジュールに書いてあったにゃ」

 『CINDERELLAGIRLS MIND』以前、本来なら346プロアイドル部門は、このイベントへと参加することになっていた。しかし、度重なる混乱からその枠は4253プロへと移ってしまい、そこに『ミッシングアイズ』が入ることとなっていたはずだった。

「待ってよ、それって……4253プロダクションの枠を、もう一度私たちが取ったってこと?」

「そんなに急に決まっちゃったら……ミッシングアイズの人たちはどうなっちゃうにぃ?」

「我らは……未だに浮世の存在。この現状で、突として翼を広げることなど出来るのだろうか?」

「今を輝くミッシングアイズ、その状況下に予告なしに飛び込むなんて……いくらなんでも、無謀が過ぎないかい?」

 想像だにしていなかった展開に、杏、きらり、蘭子、飛鳥は常識的な疑問を浮かべる。

 展開の速さを飲み込めず、パソコンの前で目を見開く侑芽、ちひろ。

 先程まで会っていたミッシングアイズの記憶を思い浮かべ、ネク、凛、加蓮も両腕を上げて喜べるはずがなく、含むところのある微妙な表情になる。

 そんな全員の困惑に答えるように、美城は根本の要因を伝えた。

 

「……実は、これは私からの提案ではないんだ。向こう側からの……フロンティア主催元からの、提案なんだ」

 

 

 

『社長、これは……』

 昼間、ブラインドを下ろした暗い社長室で、親族同士の絡みとは到底思えない空気の中、美城は社長に掛け合いを持ち込んでいた。

『君へと直接伝えて欲しい、と言われた。アイドル部門に最も精通してるのは、確かに君だからな』

 話を先に始めたのは社長側であり、とある会社からの連絡を美城に伝えた。そこは『FRONTIER』運営に主催として携わっている会社であり、提案を持ちかけたく美城に声をかけたという。

『君には、今から調整に向かってもらう。場所は代々木第一体育館、既に予定は組み込んでおいた』

『代々木、第一体育館……お待ち下さい。私は今日、別の案件で話を伺うために……』

『部門存続の件だろう、分かっている』

 勝手に進められては困ると話を挟むと、社長は初めから知っていたようにそう言う。詳しい話はされていないが、恐らく『FRONTIER』関連の件だと察し、美城の意見も飲み込んだ結果だと理解させる。

『すぐに対応を頼む。恐らく、これは我々にとって起死回生の一手となり得るはずだ』

 

 

 

『——お待ちしてました。ご無沙汰していますよ、美城さん。4253プロダクションに対しては、さぞ頭を悩ませていることでしょう』

『我々業界人も同じく悩ませているんですよ。ころころ言うことを変え、起こるトラブルは管理責任をこちら側に押し付けてねぇ……

そこで、ね、どうでしょう?4253プロダクションの枠を、奪うというのは?』

『どんな結果になっても、こちら側が責任を取りますよ。あなた方には何もデメリットはない……デメリット、は。無理難題だとは言え、やる価値は十分にあるでしょう?』

 

 

 

『……4253を潰しましょうよ?復讐と憎悪に、心を煮えたぎらせて……ははっ、少し冗談が過ぎちゃいましたかね——』

 

 

 

「何ですか、その人……怖くないですか?不気味だなぁ……」

「4253に対する不満から、私たちに力を貸してくれたということでしょうか?それにしては……どこか裏があるような、恐怖を感じますけど」

 『FRONTIER』に346アイドル部門の参加を持ちかけた、中年男性の社長。その血眼で連ねる言葉に微かに押されたことは事実だが、実際、これほど強力な一手になるチャンスもない。

 不安の募りを覚悟してまでも、生き残るための最初で最後の、最大の機会を掴んだのだ。

 生かす以外の選択肢は残されていないが、だからこそ、全員は微妙な心情になり、その場に靄が立ち込める。

 

「……嫌な予感が、するな」

 

 不意にこぼしたネクの言葉が全員の心情を代弁していた。待ちに待った自分達の反撃の機会、そのはずなのに、まるでそんな気がしてこない。何をするにも、常に裏に何かが回されているような、そんな気がするのだ。

 ほんとに信用していいのだろうか?身の回りを囲う全てに不信が伴い始めた。

 このまま突き進めば、やがて自らを滅ぼしかねないのではないか。慎重に行動する方がいい。

 

 全員の困惑と臆病がピークへと達し、疑念から生まれる『守りの姿勢』が露骨に見えた時、

 

「……ん?」

 真っ先に異変に気付いたのは凛だった。自身の足元から漂う臭い。どこか煙たく、そして熱い。

「ねえ……なんか部屋熱くない?」

「……言われてみれば、確かに足が、熱い……?」

 凛から伝えられ、ネクも同じく異変に気づく。その間までに異変は広がり、既に建物全体が熱さに包まれていた。

「待って……これ、何かおかしくないですか?」

「おかしくないんじゃない……おかしいんですよ!!」

 黒い煙が立ち込め始め、火花が散る音がハッキリと聞こえだした。熱風が全員の身体を襲う。間違いない、火だ。

 

 今、この女子寮には火が付いている。

 

 理由など分からない、とにかく火は燃え広がり続けている。既に玄関部分には、床壁一面に火の海が広がっていた。

「熱い!!!い、いやぁぁっ!!」

「加蓮!!危ない!!」

「捕まれ!!」

 危うく服に燃え移りそうになった火を凛、ネクが直前で加蓮を引き寄せて避ける。既に居間にまで火が広がっている。

「……大火だ!!急げ!!身が焦がれ落ちるぞ!!」

「まずい、既にこっちにも火が広がっている……」

「きらり、しゃがんだ方がいいよ!煙吸わないようにして!!」

「うっ、あ、ありがとうにぃ、杏ちゃん……」

 全員が咄嗟の対応を迫られる中、侑芽、ちひろは咄嗟に先導を切って非難経路を確保する。

「なんで急に寮に火が……一体何が!?」

「うりゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!そんなこと言ってる場合じゃありません、侑芽さん!!まずは、みんなを守らないと!!」

「は、はい!!ちひろさん!!」

 玄関、裏口が火で包まれる中、ちひろがテレビを投げつけ窓を破壊して、侑芽が外への道を作り、そこに全員が駆け込んでいく。だが、

 

〈……〉

 

 ……『赤』い四本と『黄色』い四本の脚を持ち合わせる、人間と同等の大きさのクモのような特殊ノイズ。

 

 これまでに見たことのないノイズが、出口の行く手を阻んできたのだ。

「ノイズ!?どうして?もうRGには現れないはずなのに!!」

「分からない……死神の襲撃?」

「くっ……ともかく、今の俺たちは能力を使えない……食らえば一溜まりもないぞ!!」

 凛、加蓮、ネクの危惧したように、ノイズは脚の先を尖らせ、恐ろしい速さで迫りくり、全員の身体を貫こうと襲いかかってくる。

 火が押し寄せ、まともに動くことも出来ず、みくが初めに、ノイズの一撃を掠るように腕に受けてしまった。

「うにやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

「みく!!!!」

 腕を抑えるみくに、声を上げながら李衣菜が近寄る。友の危機に平静を失い、そしてそこをノイズに狙われ、真横から身体を釘刺しにされそうになる。

「李衣菜!!!」

 能力が使えれば、凛が飛び出せる、ネクが火を止められる、加蓮が防壁を作り出せる。しかし、今の彼らは無力だ。なす術もなく仲間が殺されていくのを見るしかできない。

「……っは、っ!?」

 

 最悪の展開が頭をよぎった、その時、ネクの身体が大きく脈動した。

 

 数日前から渦巻いていた黒い靄のような『何か』。それが具現化し、とうとう主人の体を離れたのだ。

 

 

 

 『カエル』、『コウモリ』、『ミング』。三体の禁断ノイズがネクの身体から飛び出し、その勢いのまま特殊なクモのノイズに衝突し、李衣菜への一撃をズラした。

 

 

 

 かつてミナミモトがネクに植え込んだ『禁断ノイズ』達は、水球を飛ばし、音波を放ち、旋回で切り刻むように攻撃し、コンビネーションを発揮してノイズを牽制した後、

 『ネク、凛、加蓮の中に』溶け込むようにして入り込んだ。

 ノイズと一体化することで、禁断化に近い状態にさせることで、三人の能力を復活させたのだ。

 

 炎の塔と化した女子寮から逃げ出す際、侑芽とちひろの二手に分かれ、それぞれが夜の渋谷の街へと、バラけながらも何とか逃げ出していく。

 

 唯一、燃え落ちる寸前まで寮に残り続けた三人の『参加者』。

 ネク、凛、加蓮の目の前にいたのは……また三人。二人は衣服を何も着ていない、生まれたままの姿を曝け出していた少女。そしてもう一人は——

 

 

 

 振り戻しのように、和やかな平穏は終わり、以前より遥かに激しく吹き荒れる嵐の中に、参加者達は巻き込まれていく。

 帰る場所を失い、もう後戻りは出来なくなった。自分達に残された手段は、明日のステージを成功させることのみ。

 

 用意された壮大なクライマックスの舞台に、彼女たちは上がることを強制された。

 

 

 

 

 

「……」

 現在。MIYASITA PARK屋外の白い繊細なベンチに座り、頭上のアーチ状の鉄骨を見上げて、放心している加蓮。これまで瞬間瞬間で身体を動かしてきたが、脳はまだ理解が追いついていない。

 ただ、これまで積み重ねてきたものが、全て壊れてしまったことだけは分かる。

「……部門存続どころか、急に明日のステージが決まって、その途端に寮が燃えて、またバラバラになった」

「……専務は、部門復活の最後の望みとして明日のイベントの枠を確保した。確か、初めにそんな話をしたんだ」

 状況を纏める凛に、砕いて大元だけを伝えたネクだったが、そのチャンスも純粋なものではない。

 どこか不安と疑念と思惑に満ちた、不自然なものだった。

 

 

 

 運命の死神による渋谷崩壊を阻止し、仲間を全員生存したまま帰還させ、恩人から未来を託された。

 

 

 

 実際、自分達にとって状況は良い方に向かい続けている……そう思っていたが、その考えはあの僅かの時間でまるで覆されてしまった。

 実際、先程の火災も、誰かの単純な不注意でもなく、放火魔による快楽のためでもなかった。

 『ウィルド』に陶酔し、自ら運命の死神と化したこの世界の死神、真の指揮者である音流天による策略だった。

 

 ——炎が上がり、壁が崩れ落ち、部屋の中の小物も全てが燃え尽きる中、襲いくる熱風と共に現れた謎のノイズ。ネク、凛、加蓮だけとなった寮内で、三体の禁断ノイズに襲われたことで分裂してしまい、

 

 異形の生命体は、二人の人間となった。

 

 姿は、布一枚も羽織っていない裸体だったが、既に目にした顔で誰かは分かった。

 4253プロダクション所属ユニット、ミッシングアイズのメンバー、ラプトとバニラだったのだ。

「いったぁ〜……やばっ!あたしたちバレてる!?」

「あっつ……ちょ、そんな見ないでって、恥ずかしいでしょ……」

 火傷どころか命を落とすほどの炎の中で、平然として掛け合いを交わす二人。この瞬間、二人が人間ではなかったことを知った。

 

 意識を持ち合わせた、死神とも違う新型の『ヒト型ノイズ』。それこそが、彼女達の正体だった。

 

「あ〜、ホントにごめんね?会ったばっかで、急にこんなことしちゃってさ〜。ウチのプロデューサーが『どんな手でも彼女達をステージに出演させたいんだっ!!』……って言うからさ〜」

「……ものまね、死ぬほど全然似てないよ」

「うっさいわ!!ち、ちょっと後からクルからやめて!」

 炎をもろともせず、ラプトとバニラは本心から申し訳なさそうに凛たちに謝り、そしてまたふざけあう。

「……私たちを、ステージに?あいつが、そう言ったの?」

「そう、ワタシたちにもよく分からないけど、急にノイズになって襲い掛かれとか言ったよ。まあ、あの人は元々そういう人だしね〜」

「ふざけるな……こんなことして、他人面なんかさせるわけないだろ!!」

 凛に対してあくまで人様という態度を取るバニラに、ネクが当然の怒りを示す。何故かこのタイミングで具現化した禁断ノイズらにより、能力を取り戻したことで、RGで再びサイキックを使えるようになった三人。

 形勢を変えるべく、攻撃しようとしたその時のことだった。

 ネク、凛、加蓮の動きがピタリと止まったのだ。決して能力が使えなくなったわけではない、ただ前を見ていた。

 

 ……ラプト、バニラの前に現れる最後の少女。

「なぁ……どうして、あたしたちのステージに来るんだ?」

 周囲が火に包まれる中、暑がる素振りも見せずに少女、アオンは静かに仮面を外す。

「あたしが必要とされるには、こうするしかないのに……存在するには、こうであるしかないのに……なんで、邪魔、するんだ?」

「プロデューサーさんも、二人も、三人も……なんで、なんでなんでなんで……」

 外された仮面の奥に秘めていた表情は、かつてとはかけ離れていた。

 可愛らしさは消え、自身の支えが消えてしまうことへの恐怖で怯えて強張っている。柔らかなブロンドカラーの髪だけが、当時から何も変わっていなかった。

 

 

 

「え、っ……?」

「……奈、緒……?」

 

 

 

 信じられない光景に、凛、加蓮は自身の目を疑った。

 ミッシングアイズのメンバー、アオン。その正体はかつてのトライアドプリムスのメンバー、神谷奈緒(かみや なお)だった。

「こうして見せれば……二人も諦めがつくかな……」

「奈緒……なんで……なんでここ、に……」

 再会を祝福するなど当然あり得ず、凛は声を震えさせながら奈緒に聞く。

「必要と、されてるから……こんなあたしが、自分以外の、ちゃんとした他人に……」

 返ってきた奈緒の返事は、どこか現実から乖離していた印象を受けた。

「え……意味、分かんないよ……なんで、奈緒が死神と一緒にいるの!?どうして4253プロダクションの、ミッシングアイズに……」

 ……五日前、凛をただ一人待ち続ける中見えた、ステージ上のミッシングアイズの姿。

 加蓮は既に出会っていたのだ、ずっと前の始まりから、消えたと思っていた友達の奈緒に。

 

 ……自分達の戦うべき敵という、最悪の立ち位置で。

 

「来ないで、くれ……二人が来たら、もう……アタシはどうすればいいんだよ!!誰にも必要とされなくなったら、アイドルでも人間でも価値なんてないだろ!?アタシは……いらなくなった、のか…?なぁ……なぁ!!」

 奈緒の言っている意味が、凛と加蓮には分からなかった。

 これまで落ち着いていたと思えば、突然に何度も何度も泣きそうな声で、煙を吸い込むのも厭わずに叫び始めた。友達で一緒にいた時間も長かったのに、加蓮でさえ、今の彼女の真意は理解出来なかった。

 その様子は、どう見ても紛れもなく狂っていた。

「必要……?奈緒、言いたいことがあるなら、ちゃんと話してよ!!」

「凛の言う通りだよ!私たち、三人とも友達でしょ?どんな悩みでも、一緒に受け止めて——」

 様子がさらにおかしくなり、不気味さを増していく奈緒に、力強く声をかけて立ち向かう凛、加蓮。距離をまるで縮めようとしない友達に、聞こえるようにさらに声を強め、腕を掴み、こちら側へと引き寄せようとする。

 ……しかし、

 

 

 

「来ないでくれって……離れてくれって言ってるのに……!!!!」

 

 

 

 二人が手を伸ばそうとしたその瞬間、奈緒は突如として背から八本の折り曲がったクモの脚を伸ばし、凛、加蓮、ネクの三人を衝撃で寮外へと吹き飛ばした。

 既に割られた窓の破片に当たり、三人は背中に軽く灼けるような痛みを感じる。

「い、っ……アイツ、死神の力を……!?」

 クモの力……ラプト、バニラをあの姿に変えたのは、奈緒だったことを察するネク。まさか、寮に火を放ったのも、全員を襲ったのも……奈緒は自分達の友達でも救うべき存在でもない、自分達を滅ぼしかねない敵になっていたのだ。

「なんで、どうして奈緒が死神に……まさか洗脳とか、あいつらに操られて——」

 合理的な理由を上げる凛だが、奈緒自身が真っ先にそれを切り捨てた。

「あたしはあたしが生きるために……存在するために死神になったんだ……あたしはこれからも生き続ける、神谷奈緒じゃなくて、アオンとなってでも……」

 明確にトライアドプリムスを否定し、ミッシングアイズとして敵対する意思を示した奈緒。その瞬間、凛は何も言うことができなかった。

 友達の衝撃的な暴露を信じられずに、肩を震わせながら、思わず怒鳴るように大声で加蓮は叫ぶ。

「死神なんて……嘘だって、嘘だって言ってよ奈緒、ねぇ……ねぇ!!」

「……」

「お願い……帰ってきてよ!!嫌だよ!!やっと会えたのに、行かないでよ!!お願、い……奈緒……」

 身体を起こすことができず、懇願するように、悲痛に頼む加蓮。友達としての頃を思い出すように願うも虚しく、奈緒は加蓮に手を差し伸べることなく、背を向けてラプト、バニラの方へと歩み寄る。気づけば彼女達は炎の中へと消えていた。

 この数日間の中で、最大の絶望に飲み込まれた加蓮。目の前に広がっていたのは、もはや原形を留めていない燃えた何かだった。

 

 

 

「……」

 

 

 

 いくら息をついても、絶望が癒えない。吸っても吐いても生まれ続ける負の瘴気が、ベンチに座っていた、加蓮の心を締め付ける。

 奈緒の存在は、ネクが代わりに通話で全員に伝えた。死神の力も、ミッシングアイズの力も……伝えた時、場を埋め尽くしたのものが何だったのか、それは言うまでもない。

 ちひろ、侑芽がそれぞれホテルのチェックインを済ませ、とりあえずビジネスホテルに身を一晩寄せることを伝え、全員は通話を終えた。

「はぁ……っ……」

 ベンチの色とは対照的に、空気は黒く重かった。加蓮は、ため息をついて気を紛らわそうとするが、目は潤って、既に何度も流れた筋が頬に見える。

 最も仲が良くて、トライアドプリムスになる前はいつも一緒にいた。何もかもバカバカしいと考えていた自分に、競い合う相手として、そして友達として大きな変化を齎してくれた。

「……なんで、なのかな……はぁ……なん、で……なんで……!!」

 自分の大切な友達に……生きていてくれてよかったと、そう言いたかった。

 

 絶望の運命……あの日から今日までずっと続いている悲しみは、終わることはないのか。

 ……どれだけもがいても、どれだけ夢に向かっても、どれだけ諦めなくても、この自らの運命は変えられないのか。

 

 続く悲しみは、終わらせられないのか。

 

「加蓮」

 また涙が流れそうになった時、凛は優しく名前を呼び、

「え……っ」

 手を持つ冷えたジュース缶を、そっと手渡した。

「少し、リフレッシュしない?」

「あ……ありがと、凛……」

 鼻を啜り、微笑む凛からジュースを受け取り、フタを開ける。鼻が詰まって少し息苦しかったが、とても甘くて美味しかった。

「……美味し」

 凛も加蓮の隣に座り、自分の分の同じジュースを飲む。

「ごく……あ、うまっ。すごい美味しくない、これ?」

「うん……結構、おいしい」

「そこの自販機で売ってた新商品だって。ネクと一緒に買ったけど、これ当たりかも」

 ジュースの甘さが、徐々にメランコリックな心に隙間を作っていく。気づけば加蓮は、ジュースに夢中になってがっついて、勢いよく一気に飲み干していた。

「ごく……あれ、もうなくなっちゃった」

「嘘、もう飲み終わったの?早くない?」

「なんか私、喉渇いてたみたい」

「そっか、よかったじゃん」

 買った甲斐あったし、そう言うと凛も一気に缶を傾け、流れ込む甘さを幸せそうに噛み締める。

「って、凛も飲み終わるの早いじゃん」

「うん、なんか私、喉渇いてたみたい」

「いや、それ私のやつだし」

「じゃあ、暑かったから」

「何その理由」

「普通でしょ」

 加蓮がそう言うと、二人は思わず吹き出して笑ってしまう。あまりにもくだらない話で、ずっと上を向いていた加蓮もすっかり普通に笑っていた。

「はははっ、てかさ、ネク遅くない?」

「ほんとだ、自販機で何して……って、あ!!」

 凛がベンチから自販機の方を見ると、ネクは自販機に金を入れてジュースを買おうとしていた。だがよく見ると、既に片方の手には空になった缶が握られていた。

「ネクーー!!!!抜け駆けは許さないよ!!」

「凛!?いや、違っ、もう飲み終わってたから、もう一本くらい買っとこうとか思って……」

「私だってもっと飲みたいし!一人だけ別の味買おうって、そうは行かないんだから!!」

「だからそうだって言ってるだろ!?みんなの分買う……って、ううぁっ!?ま、待て待て!」

「ふふふ……ここでジュース奢るのと、私にくすぐり倒されるの、どっちが良い?」

 夜にも関わらず、自販機へと走っていき、ネクと戯れる凛。本当に高校生なのか、酔っ払って退行した大人みたいな姿で、原っぱを二人で暴れている。

「く、クールさの微塵もない……」

 なんだか不安すら感じてきた加蓮も二人に駆け寄る。

「ねえ、凛……そ、その……元気?だね?」

「えっ、そう?」

「くくっ……ふ、っ……は、ははは……っ……」

 観念して顔を両手で抑え、顔を真っ赤にして声を抑えるネク。手を止めないまま、凛は加蓮に首を傾げる。

「さっきまでは沈んでたのに……奈緒のことで、凛も、その……なのかな、って思ってたんだけど…」

「奈緒……でも、さ。考え込んでても、何も起こらないでしょ」

 そう言うと、凛は動かしていた指先を止める。

「ショック、だったよ。私も、会った最初に、おかえりって言いたかったし」

「……」

「けれど、奈緒は生きてた。だから今は、それが分かったことを希望にしようと思ってさ」

 絶望の中でも、希望を目指して何度も挑んできた。シキとの虚構の関係への決着も、過去のあの日のトラウマとの決着も、大事な人との心からのぶつかり合いも。

 そして、その度に乗り越えてきた。いつの時も、凛の心の中には導となる芯があった。

「明日、どうなるか、何が起こるか分からない。確かに失敗すれば、今度こそ346プロダクションは死神に敗北して、私たちの希望は完全に潰える」

「でも友達となら……みんなとなら、大丈夫。ネクと加蓮と一緒にいたら、そう思えてきたんだ。こうやって戯れて、益々安心してきたし」

「凛……」

 加蓮も、薄々気付いていた。凛は、空気を紛らすためにこうして振る舞っていると。友達である自分の気持ちを、少しでも軽くさせるために。

「ぜー、はー……安心ならもっと、別の、方法なかった、のか……」

「ごめんごめん、ふふっ」

「全然、笑ってるじゃないか……」

 笑いで過呼吸になった身体を起こし、ため息をつくネク。そのため息も、前までなら他人を拒絶するものだったかもしれない。それが他人に、友達に心を開いた印になるなんて、自分自身も思ってもいなかっただろう。

 牢獄の鍵も、取り巻いていた黒い負も、もう縛り付けるものは何もなくなった。

 

 

 

「明日のステージ、絶対に成功させよう。この渋谷中の人達に正面から向き合って、この部門も、奈緒も助ける。

 

私は必ず、やり遂げてみせる」

 

 

 

 プロデューサーから託された思い、そして自分自身の芯からの思い、新しい物語へのプロローグは自分で綴る。

 

 アイドルとしての物語を、リスタートする。

 

「……そうだ、約束する?」

「……うん」

 

 気づけば時が経ち、空の色が黒から淡い紺へと変わっていた。誰もいない、蒼い空気が広がる公園の中、凛が手を出し、その上に加蓮が同じく手を重ねる。

「ほら、ネクも」

「俺も、いいのか?」

「もちろん。友達でしょ、私たち?」

「……ああ、分かった」

 仲間となら、友達となら。アイドルとしての調子を取り戻した加蓮がネクも誘い込み、手を重ねさせる。

 

 そして、三人の手が重なった瞬間、渋谷の空は紺からオレンジへと変化した。ビルの隙間をかき分けるように太陽が登り始める。

 差し込む光が照らす三人の顔には、笑みが浮かんでいた。

 加蓮はネク、凛を。

 凛は加蓮、ネクを。

 ネクは加蓮、そして『凛』を見る。

 

 

 ——最終日が、ついに始まった。

 




渋谷で開催される、大規模音楽イベント『FRONTIER』。
部門の明日も、大切な友達も、渋谷の未来も……自分自身の夢を望みながら、明日、凛たちアイドルは最後の決戦に挑みます。

代々木第一体育館は、『CINDERELLAGIRLS MIND』が開催されたステージでもあり、彼女達にとっては因縁とも言える舞台です。
運命の死神が再び動き出した中、能力が使えるのは、ネク、凛、加蓮の三人のみ。

今回の禁断ノイズの復活については、用語説明の禁断化の中に、追加してあります。
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