すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect   作:デトネート

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『FRONTIER』当日。未来を求める者達は、それぞれの配置に着き、各々の役割を全うしようとしていた。
それは、ネク、凛、加蓮だけではなく、謎の少女も、ミッシングアイズも、奈緒も同じだった。

それぞれの思惑が絡まる時、渋谷の心は一つになる。


#29 7日目『トリニティ・フィーリング』

[おお!!あと30分だ!!あ〜早く始まんねぇかな〜?]

[大都会の渋谷でこんなお祭り騒ぎ、滅多に出来ないからな!!]

[ねーねー!!みんなは誰お目当てな感じ?]

[えーあたし?デスマーチもいいけど、最近有名になってきたあの人とかもいいな〜]

[分かるわかる!!それにさ……やっぱりアレ、気になるよね〜!!]

[あ〜、あれな!!ミッシングアイズの、『重大発表』!!一体何だろうな?]

[新曲とかですかね?いや、それにしてはシングル発売のサイクルが早すぎる気がするでござ……も、もしやのまさか!?]

[ライブの発表とか!?まじか、あり得るかな!?]

 

『……』

 

 普段の夜に比べ、一層と人混みが激しく、そして色とりどりの照明で眩しく照らされた渋谷スクランブル交差点。恐らくここだけじゃない。

 渋谷中のビジョンの前では、ここと同じような光景が広がっているはずだ。

 

 改修を終えた代々木第一体育館にて開かれる、国内アーティストの祭典『FRONTIER』。

 

 渋谷中の全てのビジョンに一斉中継され、SNSでも全国に配信され、現時点でも何千万もの人々が今か今かと画面上のカウントを見つめている。

 

『……重大発表。奴らは、一体何をするつもりだろう?』

 

 渋谷中の空気を感じ取ると、謎の少女は交差点から瞬時に移動し、会場である代々木第一体育館の2階スタンド席層に移る。

 少女は足早に歩き、そしていち早く会場に入り、座席の人混みに紛れていたネクに伝える。

『ネク君、もう侑芽さんは発表したの?』

「発表……いや、あれはまだのはずだ。どうして?」

『渋谷の人々が、既にその情報に気付いてるかもしれない』

「何だって?」

 その話を聞くと、騒がしい会場の中、ネクは急いで侑芽に携帯で連絡を入れる。

「侑芽さん。あれって、まだ公開してないですよね?」

「それって、例の『告発文』のことだよね?僕はみんなの準備を手伝っていたから、まだ出せていないけど……まさか、漏れたとか?」

「はい、その可能性が——」

『ネク君!これ見て!』

 通話の最中、謎の少女はネクに、取り出した装飾の派手なスマホの画面を見せる。表示されていたのは、Twitter上で検索した4253プロダクションのアカウント。その最も新しいツイートに、

「……『FRONTIERにて、ミッシングアイズの、重大発表があります』?」

 これから何か大きなことが起こることを匂わせる、そんな内容が書かれていたのだ。

「死神の方から、既に発信がされてるってことか?」

「……僕たちが来ることを、自ら匂わせている……ということですか?」

『これ、宣戦布告とも取れるんじゃない?』

 となると、音流天は、自らのプロデュースしたミッシングアイズのステージに、敢えて邪魔が入るように誘導していることになる。

 346側の計画では、この後に侑芽が4253への告発文を発信し、4253を急遽キャンセルさせ、その枠を奪うことになるはずだった。

 だがやはり、このステージは一筋縄ではいかない。どこまで相手の考えを予測できるか……それが死神に対抗するための手段になる。

「侑芽さん、まだ準備には時間かかりますか?」

「えっと、みんなの準備の方は……」

 

「お〜っすお〜っす!!!!ネク君、そっちの調子はど〜?」

 

 侑芽の声を遮るほどの大きな声に、思わず驚いて声を上げるネク。

「うわっ!!!き、きらりか?元気そうだな……」

「えへへ〜、久々のステージだから、ちょ〜っとテンション上がっちゃったにぃ」

「はぁ、やれやれ……こんな感じで、こっちの準備なら全然オッケーだよー」

「今宵は、運命が動きし刻……我が漆黒の翼は、また命を灯せるだろうか……」

「せる、というよりもする、と言った方が力強くなる。ふっ、たまに人の心を縛り、狂わせる要因になる感情も、使いようさ」

「みく……なんか、もう泣きそうになってきたにゃ……ううっ」

「いや、まだ衣装着てメイクしただけだよ?……とは言っても、私もその気持ち……ううっ、分かる、かも……」

 きらり、杏、蘭子、飛鳥、みく、李衣菜、そして凛、加蓮のアイドル全員は、346プロダクション本社のメイクルームにて準備を進めていた。あれほど参加に協力的だったにもかかわらず、何故か会場には346プロの楽屋が用意されていない。

 このように現実的じゃない、あり得ない対応を取られるのも、恐らくは4253がタイミングをズラさせ、自らのステージに346を誘導するためだと思われる。

 やはりこのステージは、4253が予め手回しを施した罠だと予想がつく。

「ネク、一応みんなならもう出発できるけど、まだステージまで時間あるよ?」

「……向こうがその気なら、さらに先手を打ってこっちから仕掛ける。そんなとこじゃない?」

 加蓮が疑問に尋ねたところを、凛が悟って答える。ネクはそういうことだと頷いた。

「これもアイツのシナリオ通りだとしたら……そのシナリオをさらに崩すように行動すればいい。既に重大発表でフラグは立ってるし、こっちにも都合がいい。

始まるより先にこの会場で死神を倒し、その後から346のステージに繋げればいい」

 どこまで音流天が計算しているかは分からない。未だ不明だが、自身の目的のためなら例え火を放つことも自らピンチを招くこともする。それほどまでに固執する『シナリオ』に、ネクは目をつけた。

「ああ、私も同感だ」

 ネクのその考えに、侑芽やアイドル達と同じくメイクルームにいた美城も共感した。

「恐らく4253は、我々のことを『計画を遂行させるための駒』としか見ていない。その計画の大元にある『シナリオ』とやらを突くのは、対抗として最もな手段だ」

 本来の出発は、トリのミッシングアイズのステージの時刻から50分前。だが、それをさらに早めて『FRONTIER』開始前に出発をズラし、ステージまでに死神を倒せれば。

「ミッシングアイズのステージを、事前に止める方に移行する。僕たちの流れにステージを持っていくんですね」

「よし、杉蕗。君は千川らに出発の準備を。万が一に備え、地下駐車場までの道は私が案内する。会場に到着してからは桜庭、君に案内を頼む。行けるか?」

「分かりました。ここの内部構造は事前に入れておいてます。

みんな、合流先はここの正面入口だ。気をつけてな」

「分かった。ネクも気をつけてね」

「ああ、凛もな」

 早まったというよりも、寧ろ早く会場に着きたいと思っていたほどに全員の判断は早く、通話を終え各々が行動を開始した。

『あのさ』

 ネクもネクで、4253プロの現在位置を探ろうと会場を動こうとしていた時、少女が話しかける。

「なんだ?」

『ネク君……いや、もうめんどくさいや。『ネク』はさ、今日の計画うまくいくと思ってる?』

「……ん?」

 疑問の表情を浮かべるネクに、少女は言う。

『今も世間の評価は、完全に4253に傾いてる。つまり、この渋谷は完全にアウェーなステージになっている』

『そんな不利な中で訴えかけても、本当に、渋谷は振り向いてくれるの?』

「……それは」

 これまでの少女らしくない、抱いた不安をぶつけるようにネクに吐きつける。

『私、今回ばかりは無性に不安なんだ。346が今度こそ4253に敗れるかもしれない、それどころか、誰の心にも残らずに消えるかもしれないって』

 346プロダクションの失態によって離れ、流れ込んできたファンを一気に獲得して大躍進を遂げた4253プロダクション。その裏に運命の死神の策略があることなんか、誰も知る由もない。346の失態が、結局は整備不良によるものだったことが知られてからはアイドルを責める声は消えたが、既に心は4253に移ってしまっている。

 厄介なことに、4253を叩いてもあくまで4253の評価が堕ちるだけで、相対的に346の評価が上がることはない。

 

 それが人間の感情という曖昧かつ、残酷な現実だ。普通に考えれば、詰みの状況に陥っている。

 

『4253によって、極限まで不利な状況に追い込まれているのに……』

 せめて、音流零のしたようにインプリントを使い、渋谷全域を346一色に染めておけばまだ分からなかったものの、そんな時間はもうない。

『勝てる兆しが……ダメだ、見えない』

 少女にとって、完全に『知らない』展開に突入したことが不安を倍増させている。

 死神側の隠し玉とも言える、音流零の別人格の『音流天』。そんな展開は予想打にしていなかった。

 もはや自分が手を貸すことも出来ない……失敗すれば、今度こそ終わりだ。

「俺は……」

 不安を拭いきれない少女に、ネクは、

 

「俺は、凛に加蓮、侑芽さん、ちひろさん、友達のみんな、346プロダクションを信じてる」

 

 声を震わせることもなく、真っ直ぐにそう言った。

「みんななら負けない。死神にも、過去にも、渋谷にも。この一週間、みんなの中に渦巻く感情とぶつかり続けて分かった。だからこそ、俺は信じられる」

『……凄いね。今まで近くでぶつかってきたからこそ、そうやって信じられるんだ』

「ああ、みんなそれぞれ抱えているものがあって、それを各々が乗り越えてきた。俺にも、それが分かるから」

 そう言ってネクは、『少女』の目を見据える。

「大丈夫、俺たちは死神には絶対に負けない。悲しみの物語は、ここで断ち切る」

『……びっくり、しちゃったよ。ネク』

 驚いた。自分の知っている、ネクじゃない。前に見ていたのとは違う、とても立派で頼もしい、自分の知らない桜庭音操が紅い瞳に映っていた。

 

 

 

『いつの間に、そんなこと言えるようになったんだ』

「……?」

『……いいや、なんでもないの』

 

 

 

 インプリントなんて、そんな邪道な手段を考えていたのがまるで恥ずかしくなるほどに、彼の信じる心は強固だった。インプリントなんかじゃない、今必要なのはこの渋谷に対抗出来るほどの覚悟と、自分自身の揺るがない夢だけだ。

『分かった。私も手伝えるだけ手伝うよ。346プロの未来を、友達の未来の幕開けを、導いてあげよう』

「分かってる……そうだ、そういえばお前、名前は——」

 また瞬きをした時、少女は姿を消していた。だが消える間際、少女の瞳に光が灯っていたのが見えた。映像の中でもずっと暗かった、彼女のあの紅い瞳に。

「……まあ、いいか。パートナーを……信頼、しろ、だよな」

 それから、真っ先に浮かんだ言葉はそれだった。誰か分からない、シキと同じにゃんタンを持った金髪の少女。いつも一方的で、また名前を聞くことも出来なかったが、不思議と懐かしさが心に広がっていた。

 

 

 

 

 

「……な〜んかさ〜、バニラちゃん」

「何、ラプト」

 白いライトに照らされた、豪華な広さの楽屋。真っ白な壁で覆われた部屋の中央のテーブルで、一級品の腕前のメイクを施された二人は話す。

「私たちって、腐り切っててもアイドルだよね?」

「そうだね、なんなら腐り果ててるかも」

「ちょ……って、そうだよね。紛れもない事実だったよ」

 昨日の襲撃を思い浮かべ、なんだか調子が優れずに、どこかぎこちない雰囲気が広がっている。

「……今日のライブさ、プロデューサーすごい張り切ってたよね〜」

「今まで以上に、ね。ようやくシナリオが完成するとか、それが何かワタシ達には一切聞かされてないけど」

 どこか、今日の音流天と自分達の間には、熱の差があった。逆に自分たちが惰性になっているのは、『役割』を終えるということに、何か思うことがあるのだろうか。

「……アイドル、人気者だなんて、大層な存在じゃないんだけどね、私たち。そもそもノイズなんだし、人じゃないし」

「大した過去だって何もない。何も考えてない。ただのミッシングアイズを構成するための駒。当然だけどね」

 そう、自分達は作られた存在だ。アオンと名付けられた神谷奈緒をミッシングアイズとして成立させるための、その取り巻きにすぎない。用が済めば消え、またソウルの塊になる。

 だがそんなことは、当然周知の上だ。恐らく詰まっているものは、

「あの子には、悪いことしちゃったかな」

 アオン……そう名付けられた奈緒自身のことだろう。

 ミッシングアイズが組まれた日からずっと、ラプト、バニラ、アオンは歪な関係を築いていた。

 病みきった一人の人間と、病むほどの価値すらない二体のノイズ。三人が笑い合ったり、心を通わせたりする瞬間は一度もなかった。仲が良い、ビジネスの関係として、そう見せかけに振る舞っていただけだ。アオンが抱いているものが何か、ラプト、バニラはそれを考えることが出来ない。

 全てが虚無の関係。他人からの目線に最適解を示す存在であり続けた。みな自分が求められるために、ただ一緒にいただけだ。

 決して分かり合えない。ぶつかり合う心もない。だから共通の仮面を被り、個性を潰した。

 

 身体を使い、色欲を振り撒く無機質な存在として、渋谷の道具であり続けた。

 

「……成功、してるんだよね。私たちって。エロ路線だけど」

「一ヶ月でこんなに心掴んでるんだから、そうなるよ。心を掴むってどういうことか分かんないけど。おかしいよね」

「そうだね、皮肉……って言うのかな?てことはさ〜」

 

 

 

「『人の心があったら』、私たちにもまた違ったカタチがあったのかな?それこそ、あの346プロのアイドルとかにも、なれちゃったり?」

「さあね。ま、仮面がないワタシ達を、他人が必要としてくれるとは到底思えないけど」

 

 

 

 ノイズの欠けた目では、人の心を理解することは出来なかった。

 

 

 

 ——だがそんなノイズに頼らなければ、今の彼女は自分の存在価値を見出すことが出来なかったのだ。

「……」

 自分達の楽屋から離れ、トイレの個室の中で一人静かに座っているアオン。

 スマホの画面を見る自分の手は震えていた。

 仮面を付け、自分じゃない別の存在へと変わった彼女。SNSの画面には、あの頃とは違って自分への評価の声が満ちていた。自分じゃない存在としてやり直したことで、ようやくアイドルになることができた。

「終わりたくない、終わって、欲しく、ない……」

 

 だが今日、ミッシングアイズは転換期という名の終焉を迎える。

 

 アオンにだけ事前に伝えられた、音流天の衝撃のシナリオ。それは明らかに自分の望むものとは異なり、ミッシングアイズという自分の理想だった幸せを崩壊させる趣旨のものだった。理由など分からない、だがあの瞬間の圧は、本物だった。

 

 嘘じゃない。間違いなくラプト、バニラ、アオンは今日、ステージ上で文字通り処刑される。

 

 

 

『必要とするよ……僕には君が必要なんだ。だからこそ、僕に従ってくれないかな?』

 

 

 

 音流天……彼がこのミッシングアイズを作り出し、4253プロダクションを生み出したのは、今から一ヶ月前のこと。

 

 奈緒が失踪し、凛、未央、卯月の三人が別の世界へと移動した『あの日』。

 

 家に帰ろうとも気が乗らずに、とうとうその日は、滅多にしない夜遊びをした奈緒。だがゲームセンターでいつもより多く筐体をかじっても、贅沢なハンバーガーを二、三個頬張ってもまるで気が晴れない。この頃はずっと一人でいたこともあり、すっかり口数も減っていた。

 ふとした時にはスマホでエゴサーチを繰り返していた。毎度辛い思いをすると分かっていても、いつも同じことを繰り返してしまう。負のスパイラルに自らハマるうちに、焦燥、恐怖、悲嘆が混ざり合い、自分を見失ってしまった。

『……』

 睨みつけるような目つきで街を歩き続ける内、気づけば夜も更けてしまい、奈緒は引き込まれるように宮下公園を訪れた。

 誰もいない無人の公園に刺激を得たのか、酷い浪費癖が染み込んでいたのか、自販機で別に飲みたくもないジュースを買い、そのまま白い繊細なベンチに座ると、飲み干そうと缶の蓋を開ける。

 その時だった。

 

『こんにちは、奈緒ちゃん。会いたかったよ』

 

 突如、知らない紫の服の赤髪男が目の前に現れ、顔を凝視しながら話しかけてきた。

『ねえ、変わりたくない?こんな人生をやり直したいとは思わない?』

『……やり直す?』

『簡単さ、【神谷奈緒】を捨てればいいんだよ。今のままでは誰も君になんか目も向けないだろうし。必要とされなくなったら、アイドルに価値はないも同然だよ?』

『価値が……ない……』

 恐ろしく鋭く、感情のない男の言葉が、奈緒の心に致命傷を刻んだ。

『やめ……言わ、ないで……』

『アイドルは商品。他人から必要とされるかどうかが、商品価値には関わる』

『言わないで……おね、がい……』

 徐々に震えて詰まっていく奈緒の声など気にもせず、男は自らの話を続けていく。

『芸能界の不祥事、いわゆるヤラカシとか挙げればキリがないでしょ?そういう人たちは最終的にどうなっていくか、分かる?』

『……ぁぁ……』

『公から干されて、誰の目にもつくことなく消え、そして忘れ去られる。世間だけでなく仲間からも』

 仲間……共に頑張ってきた友達が、真っ先に奈緒の頭に思い浮かぶ。

『加蓮……凛……みんな……いやだ、忘れられたくない、消えたくない!!あたしは消えたくない!!!』

『無理だよ。トライアドプリムスはもう地に落ちちゃったし、あの二人も直に消えていくだろうね』

『ぁ……そんな、ぁ……ふたり、も……』

『二人だけじゃない。全員だよ』

 心を抉り尽くされ、もはや掠れたような声しか出ないほどに希望を奪い取られた。二人だけしかいない空間で、奈緒は誰にも助けを求めることが出来なかった。

 その結果、

『助けて、助けてくれっっ!!!……とにかく……お願いだから、助けて、ください……』

『……はははっ、いいね』

 奈緒は、苦しめたその張本人に助けを求めるしかなかった。もはや溢れる涙で掠れて全く見えない男を、必死に見つめる。

 

『じゃあ、さっさと捨ててくれる?その自分』

 

 そう言うと、くしゃくしゃになった酷い顔の少女に、男は仮面を付けた。

「ナオちゃんだから……そうだ、アナグラムでアオンちゃんなんてどうかな?今日から君は【アオン】だ。全く新しい、君さえも知らない人生だよ」

『僕は音流天。この世界の死神の統率者、指揮者を担ってるんだ。

……君を、僕の4253プロダクションへと招待しよう!!付属の『オプションの取り巻き』なら用意するし、存分に他人から必要されればいいよ。僕も、君のことを必要としてる』

『あたしは、必要と、される……』

 仮面をつけたことで、視界が悪くなった。でも、嫌気がさすほど目を逸らしたかった渋谷が見えなくなったことが、どれだけ楽なことか。

 自分じゃなくなった。奈緒じゃなくなった。幸せだ。解放された。ようやく……価値のない自分から解放されたんだ。

『いくらでも『必要』としてあげるよ。僕は、君がずっと欲しかった。君の望むものなら喜んで恵もう』

『しに、がみ様……』

『ありがと、う……『プロデューサー』さん』

 

 

 

 あの時の笑顔は吸い込まれてしまいそうなくらい優しさで満ちていた。他人に必要とされたのは久しぶりだった。嬉しかった。あんなに苦しかったアイドルが、一気に輝いて見えた。

 他人に必要とされるから、他人から求められるから、他人が欲してくれるから、他人、他人他人他人他人他人他人他人他人他人他人……このまま新しい存在として、永遠に求められ続ける時間が続くと思っていた。

 

 でも……あの時必要としてくれたのに……どうして、自分を、殺すの。

 

 

 

 

 

「……死神は、まだここには来ていないのか」

 ネクは辺りを見渡すが、ベストを着た関係者スタッフや出演予定のアーティスト以外そこにはいない。

 ライブ開始までもう間もなく。行動を開始したネクが来たここは、地下二階の南通路内。機材も運べるように広く空間が取られており、一面が白い固い材質の壁で占められている。

 関係者の印のネックストラップで内部に馴染むように入り込んだが、ミッシングアイズの姿は見当たらない。

「……ん?」

 そう思った時、一人の出演者と見られる少女がトイレから出ていくのを見かける。その顔には仮面を付けていて、黒い露出の多い衣装を纏っていたが、その姿は足早に視界から消えてしまった。

「あれは、神谷奈緒?」

 慌てて駆け出し、後を追うネク。どうやら奈緒は非常口を使い、人目の少ない場所へと向かったらしい。

「本番直前なのに……こんな時間から、どこへ……?」

 なんとか奈緒の背中を見つけ、走る彼女をひたすらに追いかける。

 そうしていくうちに、白いシンプルだった空間から会場の裏側へと移り、灰色のコンクリートに覆われた人のいない広い空間に出た。今度は、使われなかったどこかの搬入口だろうか。

「おい、待て!!どこへ行くつもりだ!!」

 搬入口なら、ここから先は外へと繋がっている。躊躇いもなく真っ直ぐと進もうとしていた奈緒に、ネクは叫ぶ。

「……!?お、お前は……」

「桜庭音操、凛たちの友達だ。ここで、何しようとしてるんだ?」

「……放って、おいてくれ……っ」

 昨日の凛たちと同様に、奈緒は一向に相手にしようとしない。そう呟き、再び走り出そうとしたその時、

「……奈緒!!」

 その正面、暗い空が見える搬入口から凛、加蓮が現れる。黒がメインに使われている『かつての衣装』を見に纏い、この会場に入り込んできたのだ。

「凛、加蓮!?まだ出発したばかりじゃなかったのか?」

「あの子が力を貸してくれて、私たちを先に連れてきてくれたの。理由は多分……こういうことなんだと思う」

 謎の少女が、先に凛と加蓮だけをこの会場に連れてきたという。友達の未来の幕開け……この行動に込められた意図をネク、凛、加蓮はこの時に瞬時に察する。

「……なんで、なんで結局来たんだよ……来んなって言っただろ!!それなのに……そんな、カッコまでして……」

「そうでしょ。どう、あの時の……トライアドプリムスとして、初めてステージに立った時の衣装。懐かしいと思わない?」

「……ふざけんなよ!!!」

 もはや怒号の域まで達するほど声を荒げ、掴みかかる勢いで凛に迫り来る奈緒。この感情の揺れ動きから、明らかに自分たちを遠ざけていると理解する。

「……ねえ、奈緒。どうしてそんなに私たちを遠ざけるの?どうしてそこまで、トライアドプリムスから離れようとするの?」

「っ!?加蓮……それは、それ、は……」

「必要とされたいって、言ってたでしょ。奈緒って、元々はそんなことは言ってなかった。どうして、急にそんなことを?」

「凛……う、うぁっ……」

 二人から痛い点を突かれたのか、また明らかな動揺を見せる奈緒。頭を手で抑え、押し潰れるほどに強い力で締め付ける。

 

「あたしは……もう、アイドルにはなれない……だから」

 

「だから、あたしにはもう、神谷奈緒を捨てるしか方法が——」

 

 

 

 

 

【直に、二人だってこの芸能界から消えて、346プロダクションは滅びるって……】

 

【誰かに必要とされて初めて成り立つ、だから必要とされないアイドルに意味はないって、存在価値はないって……】

 

【あたし……やらかして、ずっとずっと迷惑かけ続けて、最後には自分のいたところ潰して……怖くて、怖くなって……自分が大嫌いになって、恨めしくなって……】

 

 酷く怯え、今にも泣き叫びそうな声で身体を痙攣のように震えさせる少女の嘆き。

 

 イベント開始直前にて、突如始まった謎の映像。

 会場の、そして渋谷中のビジョンに映し出されるその姿を、人々はただ黙って見るだけしか出来なかった。

 

【なんか、分からなくなってきた……ミッシングアイズのアオンになって、死神になって、やっと自分から変われたと思った。でも、そのミッシングアイズがなくなったら、今度は誰があたしを必要としてくれるんだ……誰が、あたしに価値を見出してくれるんだよ……?】

 

【他人から必要とされなくなったら、また同じことになる……そうなったら、またあたしは『誰か』に変わるのか?あたしは誰なんだ?その価値に意味なんてあるのか?今のあたしの価値は、本当にあたしの価値なのか?もう、訳がわからなくなって……】

 

 

 

【最初にあたしは、なんでアイドルなんてやろうとしたんだろう……】

 

 

 

 そう呟くように吐いた時、自然に仮面が剥がれ落ちた。涙で顔中を真っ赤に腫らし、瞳に絶望の闇が広がっていた奈緒の姿が、

 夢を失った小さな少女の姿がそこにあった。

 

[あれって……神谷奈緒じゃない!?]

[えっ!?アオンちゃんが、神谷奈緒に変わった!?いや、神谷奈緒がアオンちゃんだったってこと!?]

[え、どういうこと?じ、状況が掴めないんだけど……]

[これって、やばいことじゃないか……だって、シニプロは神谷奈緒が所属したなんて、一言も公に言ってなかったぞ……?]

[えっ、何が、起こってるの……?アオン、ちゃ、ん?]

 

 渋谷全体に一斉に混乱が広がり、静けさから一転して響めきが街中を埋め尽くす。

 

[てか、待てよ。あれって、渋谷凛じゃないか……!?]

[おい、北条加蓮もいるぞ!?346プロダクションのアイドルは、全員消息不明になってたんじゃ……]

[あれ、ボイコットしたんじゃなかったっけ、あそこの人たちって確か……]

[そうそう、この前のニュースで確か、部門は凍結したって!?]

[どういうことなの……?]

[すごい、すごいことがおこってるぞ?]

[トライアドプリムスの三人が……揃ってる!?]

[しぶりん……まさか、こんなところでまた見れるなんて……]

[加蓮ちゃんも……もう会えないかと、思ってた……]

 

 ビジョンに映される中、その衝撃的な会話はまだ続く。会場の彼女たちは、この会話が外に映っていることには、気づいていない。

【……ずっと他の人の目ばっか気にしてたら、自分すら分からなくなってたんだ】

【奈緒……】

【結局何も変わってなかったんだ。あの日からずっと、あたしは奈緒だった。見た目だけ取り繕っても、あんな変な踊りして、こんな自分に似合わないカッコしても、最後にはこうやって自分が嫌いになるんだ】

【……どうして、変われなかったの?】

 

【……】

【分からない……いや、分かりたくないだけかもしれない】

 

【未来を見つめるのは、怖いよ。私も、加蓮も、一度だけじゃなくて、何度も何度も目を逸らしそうになった。この先の私たちの未来……明るい希望なんて、ないかもしれない】

【でも、たとえ黒すぎる絶望しかなくても、絶対に諦めたくない。凛やみんなと一緒にいて、またアイドルやりたいって思えたから】

【アイドル、やりたい……】

 

【そっか……いつの間に、二人は強くなったんだ】

 

 三人の会話の雰囲気は、初めから徐々に鋭さが抜けて穏やかになりつつあった。自分の友達と久しぶりに話し、感情を全て吐露したことで少し落ち着いた奈緒は、僅かながら心の内へと意識が向いていた。

 三人の会話を、その後ろで静かに聞いていたネクは、その様子を見て、奈緒に宿る『他者への固執の正体』を掴みかけていた。

「……アイドルとしての、本人の夢が欠けている……ってことか」

 このまま、奈緒がこのことに気づいてくれれば……そう思っていた時、

 

 

 

【おいおい?こんなところで、何しているんだい。アオン?】

 

 

 

 突如、コンクリートで囲まれた無機質な空間に男の声が響く。その声を聞いた途端、アオンと呼ばれた奈緒は、誰がどう見ても分かるほどに肩を震えさせる。

【外からの客に招かれたのかい?わざわざ出向くなんて、流石はアオンだよ。ちゃんと他人に必要されようとしている】

【ぅ……っ】

【にしては妙だな……何故、僕の元から逃げようとしたんだい?】

 急に脅すように声のトーンを下げる音流天。その横には、仮面を付けた状態のラプト、バニラが棒立ちで立っていた。まるで生きているのかも分からない、完璧な人形として個性を捨てた存在がいた。

【……】

【……】

【な、なんで、分かって……】

【必要とされたいんじゃなかったの?僕以外に君に価値をつける他者なんか誰もいないって、言わなかったっけ?】

【……】

【……】

【っ……ぁぁ……】

【死神!!それ以上、奈緒を揺らがせないで!!】

【うるさいな。所詮は商品になり損ねた出来損ない。会社のお荷物ごときのお前らに、首を突っ込まれたくないんだけど?】

 奈緒に洗脳という名の脅しを吹き込み、他者への固執へと再び引きずり戻そうとする天。

 凛の言葉をズタズタに引き裂いて切り捨てると、ラプトとバニラの肩を掴み、引きずるように前に出し、奈緒に見せつける。

 

 

【アオン、今一度よーく教えてあげるよ】

【……っ】

【この二人を見てみて。どう?完璧な人形だと思わない?ラプト、バニラと値札を付けられ、渋谷中から手を伸ばされる、この陳列された商品……僕がプロデュースした、素晴らしい売り物だよ】

 

 

 この天の発言も、ビジョンを通じて渋谷中で流れている。その中で、天は次に衝撃的な行動に出る。

【命令に応える、需要に応じる、他人からの価値はこうして得るんだよ。

分かりやすく、二人に手本を見せてもらおうか——】

 

 

 

【僕専用の、性奴隷になれ】

 その瞬間、天は腕を伸ばし、左手でラプトの、右手でバニラの胸を掴む。

 

 

 

[……え、っ…?]

 この映像を見ていた渋谷中の人々に、電流が走る。超人気アイドルユニット、もはや知らない人はいないほどの知名度を誇るミッシングアイズ。そのメンバーが、たったの一言で、あのプロデューサーの性奴隷と化した。

【……!?】

 信じられない現実を前に、凛、加蓮、奈緒、そしてネクまでもが驚愕する。

 

【……っっ】

【……くぅ、っ】

 

 演技的でもなく、妙にリアリティのある本能的な手の動きに、ラプト、バニラは仮面の奥から吐息を漏らす。

【ひ、っ……】

 これこそが、他人に価値をつけられるためだけの存在、存在意義が価値と直結する存在。奈緒が、到達したいと心から望んでいた存在だ。

【違う!!!あたしは……こんな、こんなこと……う、うわぁぁっ!!!】

 言葉にできないほどの恐怖に腰が抜けてしまい、奈緒はその場に崩れ落ちて座り込んでしまう。

【り、ん……】

【そん、な……】

 敵であったとしても、同じアイドルとして、枕になってしまった現実に大きなショックを受けた。加蓮、凛も、他人事と思えずに、恐怖に鳥肌を立てた。

【ん?どうしたの、奈緒?ほら、よく見ておかないと勉強にならないでしょ?ここをこうしたら、どうやって反応するか……】

【……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!】

 声を荒げて絶叫し、無我夢中に目の前の男を遠ざけようとする奈緒。その必死の抵抗と取れる言葉を聞き、天は奈緒に対し、とうとう見せかけの優しさの仮面を外す。

【……】

【く、来るなぁっ!!!こないで、ひっ、こないで、こないでくれ!!!!!】

【……僕にそんな口を聞くなんて、今まで一度もなかったよね。今日はミッシングアイズにとって最高で最良の日になると言うのに、急に不機嫌になってさ】

【……っ、うっっ】

【くっ、はぁっ……】

【僕らの、何が不満なんだい?】

 まだ問いかける形で奈緒への揺さぶりを続ける天。奈緒は自分がこの会場から逃げ出そうとした理由……アオンとして生きる意味を喪失し、再び自分を見失ってしまった理由を覚悟して暴露する。他人からの価値に重きを置いてから、絶対的な他人であった天には従い続けていた。ミッシングアイズという最高の場所で、他人からの価値の獲得に幸せを感じていた。

 

【だって……だってだって】

 

 ならば、何故アオンは天の元を離れようとしたのか?

 

【……ミッシングアイズは、アンタの手で潰される……文字通り、ステージ上で無慈悲に『殺される』。それが、アンタの望む、価値あるシナリオ、なんだろ……?】

【なんだ、それならさっきそう言ったじゃん。もっと精神的な何かがとか思ってたんだけど、それの何が不満なの?】

【当たり前だ!!……あたしは……あたしは……自分の人生を捨ててまで、他人に価値づけられるなんて……やっぱり、出来、ない】

 

[……]

[……]

[……]

[……]

[……]

 渋谷中が、硬直した。あんなに騒がしかった夜のネオンの街が、照明で照らされ、色とりどりに輝いている街が、一斉に沈黙に包まれた。

 自分たちの常識の範疇を遥かに超えた現実に、直面したからだ。

【……えっ】

 凛、加蓮、ネクもそれは同じだった。天の考えていたシナリオ……それは新ライブの発表、自分達346の完全な崩壊でもなかった。

 

 

 

 自らの手で作り上げ、育て上げたミッシングアイズを、自らの手で壊すことこそが、彼の望んでいた『シナリオ』だったのだ。

 

 

 

【どういう、ことなの、奈緒?】

 加蓮が尋ねると、代わりに天が答える。

【どうもこうもないよ。僕らの終着点は初めから決まっていたんだ】

 

【ミッシングアイズは僕が育て上げ、結果、渋谷のトレンドの頂点に達した。あらゆる人々が、一斉に目を向けるような、そんな存在を僕は生み出した】

【だからこそその存在を消し去り、この渋谷がどう絶望するのか】

【僕の手で弄ばれた渋谷はどんな苦しみの表情をしてくれるのか。それがずっと見たかったんだよ】

 

[……は、ぁ?]

[何、言ってんだよ、あいつ……]

[ふざ、けんなよ……]

 

【この退屈で愚かな渋谷に見せつけたい。最高の舞台で、最高の道具を使って、これまでに存在しなかった新感覚のエンターテインメントを。

興味を持ち、好きになり、ファンとして応援し、崇拝の域まで達したその時、そこで味わう究極の悲しみ、虚しさ、虚無、絶望……爆発的な感情を生み出す。

僕のプロデュースで、滑稽な人間の常識を転がし尽くす……ふふっ、愉快だね】

 ……狂っている。いや、誰にも理解することが出来ない。それを分かった上で、この男は行動している。まるで、自らが革命を起こすナポレオンであると本気で思い込み、今日この日までに全ての準備を整えてきた。

 自らの元々の人格であり、兄と呼んでいた音流零の惨めな嫉妬心までもを利用し、自らのシナリオを完成させようとしていた。

 ……運命の死神というよりも、音流天個人の価値観が、この七日間に色濃く反映されていたのだ。

【……商品として、僕の道具として動いて欲しいんだ、アオン。君だって幸せになれるよ、他人からこれ以上ない価値をつけられ、そのまま生を終えて消滅する。死ぬ瞬間までずっと満たされ続けるって、正に願ったり叶ったりなハッピーエンドでしょ?】

【死にたくない、あたしは死にたくない……やっぱり怖い、怖いんだ……】

【ならば、また価値のない神谷奈緒か、新しい別の誰かになるのかい?君がアオン以上の価値を擁立できるとは、僕には思えないよ。この完璧なプロデュース抜きで……君が必要とされるとでも思ってるの?】

【……】

 奈緒をひたすらに揺るがし続ける天。未だその手は、少女を模した人形の尊厳を踏み躙りつつ、商品としての価値を高騰させている。

 

【待ってよ】

 

 その男に、凛は我慢の限界に達した。

【……ん?まだ、何かあるの?】

【アンタ……価値なんて、勝手にアンタのエゴで決まるものじゃないでしょ。一人の人間を分かりきったように……決め付けないで】

【凛……】

 恐れも怒りも気味悪さも含んだ震える声で、天と奈緒の会話に割り込む凛。

【奈緒……私は、奈緒の価値を決めることなんて、出来ないと思う】

【……えっ】

 凛が奈緒に告げた、その言葉。その意味は、

【奈緒の価値を肯定否定するんじゃなくて、私は、奈緒がどう思うかが大事なんだと思う】

 

【人の価値を、人が決めることは出来ない。自分が自分をどう思うか、最後に自分の価値を決めるのは、結局自分でしょ】

 

 他人からの価値を求め続け、自分というものを見失ってしまった奈緒に、凛は問う。

【ねえ、初めてアイドルになった時、奈緒は何を思ってたの?】

【……】

【確かに、アイドルは商品であって、需要がなくなれば徐々に世間の目からは消えていく。実際、私たちも前とは違って、もう誰からも見てもらえなくなった】

【……そのことを分かってたのに、なんで、凛はここに来たんだ?】

 奈緒が尋ねると、凛は少し微笑んで言う。

【キラキラしてたいって、諦めきれなかったからだよ】

 奈緒に向けて、そして渋谷にも向かって、凛は心からの声をぶつける。

 

 

 

【アイドルとして過ごした、あの夢みたいな時間をもう一度過ごしたいって思った。誰のためじゃなくて、まず自分がそうしたい、自分が輝きたいって思った】

 

【アイドルになりたい理由は『みんな』それぞれ違って、でもそれぞれにそれぞれの理由があって、『みんな』自分の夢や希望や憧れを持っていた。そして、今でもそこに手を伸ばそうとしてる】

 

【だから、私たちはここに来た。自分の選択に他人なんて関係ない、自分がどうしたいか、アイドルとして自分は何がしたいか】

 

【ただキラキラしたいって、それだけの思いだけだっていい。だって、最後に自分の未来を決断できるのは、他人じゃない、その夢を抱いてる自分だけでしょ】

 

 

 

[……]

[……凛、ちゃん]

[夢……たったそれだけの思いでも……]

[自分だけが、自分の未来を決断できる……]

 

 凛の決死の思い、今日この場所を訪れるまでに抱いてきた覚悟。

 虚構、過去、意志、死神、様々な苦しみに立ち向かってきた。それだけじゃない、死神との戦いが始まる前からも、アイドルとして凛は多くの苦難や葛藤に直面してきた。時には、それで『友達』が気を病むこともあった。

 でもその度に、自分個人としても立ち上がり、そして仲間達とも共に立ち向かい続けた。

 ——プロデューサーとの出会いから始まり。

 未央、卯月とのニュージェネレーションズ。みく、李衣菜、杏、きらり、蘭子、アナスタシア、美波、智絵里、かな子、莉嘉、みりあとのシンデレラプロジェクト。

 プロジェクトクローネにて出会った加蓮、奈緒とのトライアドプリムス。

 そして、たとえ世界が変わっても出会えた大切な友達、シキ……ネク。

 

 渋谷凛、という人間が歩んできた軌跡そのものが、言の葉に乗って、今日を生きる全ての人々に放たれた。

 

 奈緒の心に、そして音流天のプロデュースに打ちひしがれた無数の人々に染み渡っていく。ビジョンの画面を通じて、渋谷という街に少女の心からのメッセージが正面からぶつかる。

【奈緒。自分の夢……思い出せそう?】

【あたしは……】

 優しくそう言うと、凛はゆっくりと手を奈緒の前に出す。奈緒はその手を、昨日のように振り払うことはなく、

 

 

 

【……キラキラ、したい。本当は他人なんて……誰かの目なんて、気にしたくない。今の自分を、ありのままの自分を見て欲しい】

【奈緒……】

【ずっと合ってないって思ってたはずだった。アオンなんてあたしとは全然違う性格の、別の誰かで、それはあたしじゃなくて、あたしはあたしになりたくて……でも怖くて、ずっとそっぽ向いてた】

【今、止まらないよ、思いが。アイドルに対する、私の憧れが……急に溢れ出てきて、満たされてくみたいに……】

 

 

 

 奈緒は、とうとう凛の手を取った。大切な友達が、ようやく戻ってきた。加蓮も凛の横に立ち、凛と奈緒の手に混ざるようにして手を伸ばす。

【あたしも、またアイドルに……またみんなと一緒に、アイドルやってもいいのか?】

【私も、凛と同じだよ。最後に決断するのは誰か、もう言ったでしょ?】

【うん……】

 

【……ありがとう、加蓮】

【ほんと……世話が焼ける親友だよ、奈緒】

 

 かつて事務所で同じ部署にいた頃、誰よりも互いに競い合っていた最高の友達を、加蓮は腕を引き寄せて抱きしめる。感じた温かさに、思わず涙が溢れ出して止まらなくなる。またこうして出会えることを、友達としていられることを、どれだけ思っていたか。

 加蓮の詰まる声に、奈緒も肩を震えさせて抱き返し、自分の大切な存在を改めて実感する。

 

【……】

【……】

【はぁ、面倒だな……ん?】

 

 うざったがるように呟いた直後、天の背中に手のひらが突きつけられる。

「……邪魔はさせない」

 バッジを付ける小さな音で、ネクは天の恐怖を煽り立てる。先読みし、未知なる天の行動を完全に封じたのだ。天は、未だに左右の手で少女達の自由を奪っている。

【おっと……】

「負けを認めろ……お前のシナリオは、ここで終わりだ」

【ふーん】

 ミッシングアイズから、奈緒を取り戻した今、4253のステージが予定通り行われることはなくなった。あとは346プロダクションの、彼女たちの最後のステージを立つだけだ。4253のシナリオは、これで完全に破錠したはず、そうネクは確信したが、

【残念だけど】

 微かすら表情を変えることなく、天は人形の胸から手を離すと、

【ぐぇ……っ】

【はが、ぁぉ……】

 常人の比ではない力で、今度は首を握りしめるよう掴む。

【……なっ!?】

 耐えきれずに軋む音が響き、苦しさにうめく声が漏れる中、天はそのまま背後に腕を伸ばし、ネクを挟み込むように押し潰す。鈍器と化した二体の威力は凄まじく、ネクはよろめくようにその場に倒れ込んでしまう。

【が、ぁぁっ……!!!】

【僕『たち』のプロデュースは、ここでは終わらない】

 苦しみに叫ぶネクに、凛は瞬時に天の方を振り向く。

【……!?どうしたの、ネク!】

【さあ、ミッシングアイズ。そろそろみんなの出番だよ。トライアドプリムスという存在そのものを……消去するんだ】

【い、た、い……】

【うぐ……うっ、うう……】

 圧迫で呼吸が出来ず、骨にヒビが入りかける人形たち。完全に道具として扱われ、命令された直後に、顔面から地面へ投げ飛ばされる。その様子は完全に天が人形でしか見ていない、都合の良い道具でしかないことを物語っていた。

 

[あいつ……まずいぞ、トライアドプリムスにミッシングアイズ、どっちもこのままじゃ!!!]

[嫌だよ、あんな奴に……大事なみんなが、殺されるなんて!!!]

[多分、この映像が映ってることにみんなは気づいていないんだ。会場の人たちも危険だぞ!!早く促さないと!!]

[SNSで!!みんな、力を合わせてこのことを伝えようよ!!]

[みんなで……俺たちの推しを守るぞ!!!!]

 

 渋谷中が現在ライブ中継で起こっている出来事に緊迫し、アイドル達を守るため、すぐさまSNSで情報を送り、ステージの緊急事態を発信する。

 

 その情報発信は、現在会場に向かっているアイドル達にも伝わっていた。

「何にゃ……これ!?」

「殺人ライブ……ひょっとして、もう凛たちが死神と!?」

 首都高を通った頃、車内でSNSで断片的な情報を確認したみく、李衣菜が目の色を変える。

「首を絞める様子……って、うわ、やばっ。これ早く行かないと、まずいよ……」

「異界者が……倒れ込んでいる!?それにこの男は、例の……蒼の三角が危機に陥っているぞ!?」

「奈緒は取り戻せても、このままだと危ない……ボクたちも早く向かうんだ!!」

「ちひろさーーーん!!!!!!もっともっと、も〜〜っと早く飛ばして〜!!!!!」

「……もちろん分かっています。でも、影響が出てるみたいで、道が混んでいて……そう簡単には着けなさそうです」

 混乱の影響は交通にも出ているらしく、渋滞が多発している。到着までにはもう少し時間がかかってしまう。ちひろがアイドル達を会場へ送り届ける間、一方侑芽、美城は346プロダクションに残り、ビジョンの様子を緊張下で見守っていた。既に4253への告発文もTwitterで発信し、映像の影響もあって急激に拡散されている。

「専務。一体、どうすれば……」

「……君がこれからプロデュースしていくアイドル達だ。その彼女達を、君が信じられないでどうする」

「っ……そうですよね。きっと、いや絶対に。凛さん、加蓮さん、奈緒さん……それに、みんななら……」

「今の渋谷は奇禍の中だ。街の中を移動することさえままならない……だが」

 

「恐らく、我々に出来ることは、まだある」

 

「至急、このビル内のあらゆる人員に声をかけてくれ——」

 

 

 

 

 

【うぐっ……ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!】

 トライアドプリムスを潰せ。その命令を受信すると、ラプト、バニラに続き、アオンまでが頭を抱えて苦しみ始める。

 凛、加蓮の眼の前で様子が急変し、倒れ込むと泣き叫ぶような声で暴れ出す。

【どうしたの!?奈緒!!!】

【うぎぃぃぃっ………ぁぁぁぁ、だぁ……ぁぁぁあだまが……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!】

 加蓮がアオンに触れようとした直後、その身体から伸びる節だらけの脚が吹き飛ばし、加蓮をコンクリート壁へと叩きつける。

「うぐ……ぃった……っ」

 アオンの身体は、その増え続ける謎の脚によって飲み込まれていく。やがて脚の塊となったそれは暴走を始め、無数に脚を伸ばして壁を貫き、空間全体を支配していく。

「さあ、準備の時間だ。『シュピンネカンタス』」

「君たちも……あの一部となれ」

 そう言うと、天はその場をただ一人離れようとする。自我を喪失した脚の塊はそんな天にも襲い掛かろうと脚を伸ばすが、

「ぐぼ、っ……」

「がばっ……おえ、ぁ……」

 その瞬間、命令を受信したアオン、ラプトが身を呈して天を守る……いや、命令通りに脚に腹を貫かれ、そして脈動する脚の塊へと取り込まれていく。

 

 

 

 アオンを基に、ノイズであり、人形であり、道具であるラプト、バニラを取り込み、完全体になったシュピンネカンタス。小さな『紫』の頭部以外は全てが無数の脚で構成された球体で、この空間の四方八方に脚を張り巡らせ、移動することなく中央部に留まり続ける。

 目に入るものは全て取り込み、自らの虚無の心を埋めようと脈動を続ける。

 

 

 

「ノイズ化した!?奈緒!!目を覚まし——」

 声をかけるが、既にその言葉は友には届かない。標的を凛に定め、中央部より脚を伸ばすが、

「危ない……っ!!!!」

 後ろより、ネクのパトロールショットで放たれたブーメランによって脚は撃ち落とされる。膝を叩き、痛む身体を立ち上がらせたネクは、スーパースライドですぐさま加蓮の元に移動し、キュアドリンクを手渡す。

「ぐっ、ありがと、ネク……あの、状態って」

「……既に、バッジを仕込まれてたのか」

 例のバッジ……運命の死神がディゾナンスノイズと化す際に使用する『フュージョンバッジ』を、天は予め奈緒に持たせて、いや潜めさせていた。恐らく、本来ならばステージで使うものだったのだろう。

「まさか……もう助からない、の?」

 前回の経験、プロデューサーのノイズ化を思い返し、加蓮はそう口にする。

 ネク、凛はこの他にも、このバッジの使用者を覚えている。かつて渋谷をインバージョンで時の渦に閉じ、崩壊させようとした八代未月、狩谷申輝。

 

 あのプロデューサーと同じく、二人も助かることはなかった。

 

 ……でも、

 

 

「こんなことまで来て……見捨てるなんて絶対にしないよ」

 加蓮に迫り来る脚を、凛がオーバーロードのショックウェイブで切り落とす。

 その言葉には、幾度諦めかけてもその度に壁を乗り越え、そしてこの地にたどり着いた凛の決意が宿っていた。

「約束しただろ、必ずステージを成功させる……大事な友達なら、絶対に取り戻すんだ」

 同じく迫り来る脚を、ネクがフリーフローのショックウェイブで切り落とす。

 その言葉には、失う辛さから一度は閉ざした世界を、再び広げることを決めたネクの覚悟が宿っていた。

 今更、弱気になんて……なってもしょうがない。加蓮も痛む身体を起こすと、ただ真っ直ぐに揺らぐことない瞳で親友を見つめる。

「……奈緒は、奈緒だよ。アオンでも、他の誰でもない、私たちの……大切な仲間で友達なんだから!!」

 

「だから……こんな場所で終わらせたりなんかさせない。

また一緒にステージに立とうよ!!トライアドプリムスとして、神谷奈緒として、また私たちと一緒にアイドルやろうよ!!

……そうでしょ、奈緒」

 

 奈緒は言った。また自分として、神谷奈緒としてアイドルがやりたいと、目を輝かせてハッキリと示した。少女が抱いた、あの純粋な憧れを、夢への思いを、捨てることなんて出来ない。

 

 

 

 失わせない、必ず……私たちが、あの輝きを取り戻す。

 思いを乗せた少女達の心が、交じり合おうとしていた。

 




次回、第二章シンデレラガールズ編最終回です。

凛、加蓮、奈緒、ネク、ラプト、バニラ、天……そして、渋谷の人々。全ての人の一人一人の思いが、強大な力をも上回るほどの、さらに大きな力になると、証明できるのか。
 切実な理想である思いこそが、自分自身の未来を選択できる、たった一つの方法だと。
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