すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect   作:デトネート

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今日で全てが決まる。
もう後には引けない。
死神と346プロダクションの全面戦争も、最終局面へと突入した。


#30 最終日『シンデレラガールズ・イン・ザ・フロンティア』

[……消え、た?]

 先程までのお祭り騒ぎとはまた違う、緊張感からの騒々しさが満ちる渋谷。

 現在、渋谷中の混乱をもたらすことになったビジョン。そのビジョンが突如、一斉に砂嵐を映し出し始めた。謎の少年の呻き声が聞こえ、倒れる奈緒に寄り添う加蓮が、突き飛ばされ……そこで映像は乱れてしまい、その後も戻らず、会場にて起きている混乱に関しては未だ掴めていない。

[……正確かは分からないけど、今回のイベント責任者には、今のところ連絡が取れなくなってるみたい]

[フロンティアの責任者?そういえば、突然あの映像が流れたり、明らかに出演者が気付いてなかったり……となると、流した奴がいることになるよな]

[346の関係者でも、4253の関係者でもない……やっぱイベント側の人間が、あの映像には関わってるのかも]

[でも、まだ公式からの情報は何もないし、トライアドプリムスもミッシングアイズの安否も分からない。俺たちに出来るのは、ただ無事を祈るしか……]

 この混乱が、意図的なものであった。僅かではあるが、かなり鋭い意見を挙げる者も中にはいた。

 

「……ンハッ。こっちの渋谷も、な〜かなかやるね〜?」

 

 そんなスクランブル交差点の人混みを、離れた場所から達観する謎の存在がいた。

 

 

 

 

 

「……ネク!どう、見える?」

「……っ、何かが、思考を遮っているのか?」

 シュピンネカンタスの脚で完全に支配されたこの空間内で、四方八方より襲いかかる脚を切り落としながら、ネク、凛、加蓮はシュピンネカンタスの内部構造を探っていた。

(落ち着け……感覚を、研ぎ澄ませろ……)

 オーバーロードのパイロキネシスで壁一面を焼き払い、パイオニアによるネイルの軌跡を刃として使い、中心部から壁へと突き刺さる脚に致命打を喰らわせる。三人で固まり、凛と加蓮が猛攻に耐える中、ネクはスキャンを使い、シュピンネカンタスの頭部へとアクセスを試みていた。

(……運命の死神は全員、バッジを使ってノイズへと姿を変えている……だとしたら)

 本来、死神やノイズにはスキャンは使えない。だが今の状態なら……もしも内部にて、奈緒という存在とバッジが別個として存在していれば、シュピンネカンタスの中にいる『奈緒』に、スキャンが届くかもしれない。

「……!?届いた!!奈緒の心に、ここは恐らく……?」

 ネクの目論見は見事に的中した。だが、

「ど、どうしたの、ネク?」

 腕を振り上げ、正面に鉄格子のような壁を生み出し、加蓮は何かが詰まる様子のネクに尋ねる。

「これは……そうか、そういうことだったのか」

 奈緒の心をスキャンし、そこで見えた光景……そこから、ネクは奈緒という死神の特異性を知った。

「奈緒は、純粋な死神じゃなかった。本来ならRGにいるはずの普通の人間だったんだ」

 そう言う直前、突如シュピンネカンタスの至る箇所から噴き出すように何かが空間中に溢れる。

「力を扱えた理由は……心を蝕んでいた、このノイズ達の影響か!!」

 シュピンネカンタスの動きが鈍ると同時に、外に放出された『紫』のディゾナンスノイズらが一斉にパイオニアの壁に衝突する。凛は瞬時にサンダーボルトの蒼い電流を壁に流し込み、衝突するノイズを高電圧で焼き切っていく。だがそれでも押し寄せる無数のノイズに、加蓮も幾重に軌跡を重ねて壁をさらに強固にする。

「こんなに大量のノイズが……今までずっと奈緒の中に!?」

「ああ、ノイズは負の感情を餌に増殖する。恐らく、これこそが奈緒の溜め込んでいた負そのものだ」

「これだけの数になるまで……ずっと奈緒は」

 スキャンを通じて改めて知る奈緒の負の感情、そして負の感情を増幅させるノイズを埋め込んだ音流天……初めから道具として使われていたことを加蓮は確信する。その上で、死神なんかに奈緒を奪わせるわけには、絶対にいかない。

「……それがどんなに大きくても、私たちが受け止める。決意はもう揺るがない!!」

「もちろんだよ、加蓮。どれだけ押し寄せても、私たちは負けなんかしない!!」

「間違いなく、徐々に声は届きつつあるはずだ。大切な友達は失わせない……俺以外に、もうそんなことにはさせない!!」

 

 

 

 

 

『奈緒!!』

『奈緒!!』

 

「……んっ」

 

「奈緒ちゃん!!」

「奈緒!!」

 

「ここ、は……っ」

 

 痛む頭に意識を覚まし、目を開く。目の前には、自分の名前を呼ぶ二人の少女がいた。既にその仮面を外した、人形とはとても思えないほど可愛い少女たち。

 赤茶髪のツインテールの少女、上條ラプト。黒髪のロングヘアーの少女、泉谷バニラ。真っ黒な世界でただ二人が、目の前にいた。

「よかった〜、目、覚めたみたいでさ〜。私も心配だったし、特にバニラなんか泣きそうになってて」

「誰が泣きそうだし。心ないし、感情ないし、分かるわけないでしょーが」

「ちょ、そういう感じで話した方が人には響くんだって!も〜せーっかくちゃんと話できると思ったのにな〜」

「……二人、とも?」

 状況の掴めない奈緒は困惑するが、ラプト、バニラはいつものおちゃらけた雰囲気で接する。

「あーごめんねー?私たちと話すよりも、早く済ませちゃった方がいいよね?」

「ま、そうだね。外部からの『スキャン』のお陰で、私たちもやっとここに来れたわけだし」

「え、あ、いや、待って……」

 奈緒の言葉を受け取るも、ラプト、バニラには響くことはなく、そのまま奈緒の衣装の尻ポケットに手を突っ込むと、そこに潜んでいたバッジを取り出す。

「うわっ……!?それって、なんだ?」

「奈緒、アンタはワタシらのプロデューサーに、初めから利用されてたんだよ。このバッジを仕込んで、時間がくればノイズになるようにね」

バニラがバッジを見せながら説明すると、奈緒は自分の今の状況を察する。

「ノイズ……まさか、今、アタシがノイズに……?」

「平気だよ、奈緒ちゃん。外のみんなが頑張ってくれて、奈緒ちゃんのノイズはみーんな外に出て行ったから。残ってるノイズは、私たちだけだよ」

「このバッジを壊すために、ずっとチャンスを待ってたんだ。プロデューサーなら、絶対にワタシたちを利用するって思ったからね」

「……えっ」

 そう言うと、ラプト、バニラはしてやったりと笑みの表情を作る。多少強引さを感じるも、明確に奈緒を助けるという目的がその表情には宿っていた。あの瞬間、咄嗟に天を庇ったのは、命令に従うと同時にシュピンネカンタスの内部に入り込むためだった。

「とは言っても、奈緒に群がるノイズが多いし強いしで、結局ワタシ達だけじゃどうにもならなかったけどさ」

「ほんと……そういうとこ、すごいね〜、奈緒ちゃんの友達は」

「……?」

 奈緒が不思議がる中、ラプトは、今も外で争い続けている奈緒の友達、凛、加蓮の姿を思い浮かべる。

「だって、強い力もあるし、強い信念もあるし、強い心もある。346の客層を奪うようにしてここまで来た私たちだけど、決して諦めないで立ち向かい続けるなんて、やっぱし想像付かないんだよね」

「ワタシも思った。どうしてあそこまで動けるんだろう、絶対に捨てられない夢があるんだろうって。でも結局、ワタシたちには分からないんだよね。心ないし」

「やっぱ、それこそが心なのかな〜。私も欲しかったな〜、心。それさえあれば、奈緒ちゃんとももう少し分かり合えたかもしれないのにね」

「……」

 人間である奈緒から見ても、彼女たちの話し方は、まるで感情が宿っている人間のようだ。振る舞いも心がないとは思えないほど個性に満ちてる。でも、それすらも天によって、初めから作られたものだった。

「……悩んでた、のか。二人も、自分自身について」

 彼女たちには、それすらも分からない。まず理解したい、アオンというメンバーを、自分たちの仲間を。でも永遠にそれは叶わない、絶対に理解できない、それでも人間っぽく振る舞い続けてきた。

「悩む?それって、私たちが?あ〜んまし実感ないけど……」

「……どういうものか、分からない。やっぱり、ワタシには理解できないよ」

 

「それだよ。それこそが、悩んでるってことだよ」

 

 自らのアイデンティティの模索。ラプト、バニラの今の状況は、それと同じだった。

 理解できなくても、そう振る舞い続けた。それは、理解してみたいという興味が存在したからだ。興味を求めようとしても、得られない。その葛藤こそが、悩むということなんだ。

「アタシにも分かる。自分を捨てた時、無視し続けた時、アタシも自分が誰かわからなくなったから」

 自分をアオンと偽ることで、自分は奈緒を捨てて全てをやり直した。目を背けることを思い詰める必要がなくなった。再び必要とされ、幸せな人生へと進めるはずだった。

 

 でも、それでもアオンは、アオンに成り切ることができなかった。

 

 自己実現、本当の自分である神谷奈緒を捨てきれなかった。その思いを爆発させた今なら、ラプトとバニラの苦悩も理解できる。

「心がない私たちのことも、心があれば理解できるんだね」

「別に……心のあるなしなんて関係ないだろ。アタシも、二人も、自分が誰か分からないままずっと悩み続けてきた。その時って、同じことを思ってないか?」

「思う……こうやって奈緒を理解しようとすることが、悩むってこと?」

 

「そうだ。二人はアタシを、アタシは二人を今理解したんだ。ようやく、こうやって心から話せたんだ」

 

 アオンは自分の思いに気づき、神谷奈緒として、

 人形達は心なき自らの苦悩に気づき、上條ラプト、泉谷バニラとして、

 終わりの時がもうすぐそこまで迫る中、ミッシングアイズの三人は本当の意味で分かり合うことができた。

「……ごめん、二人とも。二人のそんな気持ちに、アタシ今まで気づけなくて」

「奈緒ちゃん……なんか私、今、すっご〜く不思議な感じだよ」

「作ろうとしなくても、自然と口がニヤけてくる。ほんと……不思議な感じ」

 嬉しい……自分の胸の内に広がるものの答えを、既に彼女達は知っていた。奈緒が元々過ごしていた友達との時間、346プロダクションで過ごした、アイドルとしての時間。

 一生分かれなかったであろうことを、こういった形で体験できるとは思ってもいなかった。

 

 人は脆く、傷つきやすい。でも、その度に心は訴えかける。そして、再び夢や希望を思い出させる。何も感じない、忘却の時間など存在しない。だからこそ自ら望む未来へ向けて、歩みを進められるのだろう。

 

 たとえ、ガラスの破片が突き刺さる素足でも、泥に塗れた灰被りと呼ばれても、何度も未来を見ることができるのだろう。

 

 これが、人なんだ。

 

 

 

「……えっ」

 

 

 

 パリンと、軽い音が聞こえると、真っ黒な地面に粉のような破片が落ちていく。ラプト、バニラの二人が繋いだ手の隙間から、粉々に砕かれたバッジが砂時計のように零れ落ちていく。

「ねえ、奈緒ちゃん。人って、やっぱ楽しいね。凛ちゃんに加蓮ちゃん、他にもい〜っぱいの友達がいるなんて、最高じゃない?ね、バニラちゃ〜ん♪」

「今度は、ちゃんと神谷奈緒としてアイドル頑張るんだよ。奈緒みたいな優等生は、ホントはこんなワタシたちとツルんじゃいけないんだから」

「ちょ、ちょっと無視しないでって!!最後まであいかわらずだな〜、まったくもう!!」

 

「……最後?」

 

 いつも通りのやり取りを交わしていたと思えば、その後、二人の身体がソウルの砂となり、バッジと共に消滅を始めたのだ。

「え!?」

 慌てて近づこうとすると、その瞬間、向かい風が奈緒に対して吹きかかり、徐々にその身体を闇の中心から外へ……シュピンネカンタスの外部へと押し戻していく。

「うぐっ……なん、だ、身体、が……」

 まるで戻ることを強制するような風に抗い、手を伸ばそうとするも、もう二人には届かない。それもそのはず、何故ならば。

「……奈緒ちゃん、忘れちゃった?この中に残ってる最後のノイズは、私たちだけなんだよ」

「……負のノイズとは違って、自分から入ったノイズのワタシ達は外に出られないし。一度この中に入ったら最後、一生このデカブツの中だよ」

「えっ!?そん、な……!?」

 今、たった今分かり合えたばかりだった。それなのに……たった一瞬の、この心の交じり合いのためだけに、彼女たちは自らの命を捨てたのか。

 心を持つことは出来なかった、でも、心を感じることは出来た。ただの人形でしかなかった彼女達の目的は、これで全て果たされたのだ。

 人からすればあまりにも小さすぎる目的でも、彼女達からすれば、どんなものよりも価値のあるものだった。

「まあ、ちょっとだけ……未練なのかな?なんか感じるような気もするけれど。これがデッカくなる前にした方が、らしく終われるからね〜」

「ミッシングアイズじゃない、本当の自分の場所を見つけたんでしょ?それと同じでワタシ達もワタシ達の場所に帰るだけ。目的も……やっと果たせたしね」

「……!!」

 

「最後に、ありがとね……奈——」

「奈緒ちゃん〜!!!」

「……は?」

「……ん〜?」

 

 最後の最後まで、ラプトはラプト、バニラはバニラ。だが、二人とも満たされた表情で、偽りのない自分を見せていた。

 

「……ラ〜プ〜ト〜!!最後くらい割り込まないで、ワタシに言わせなさいよ!!」

「いやだね〜!!せ〜っかく私がいい感じに締めようとしたってす〜ぐ辛気臭い感じに持ってくし〜!!」

「は?アンタみたいな終始エロのことで頭がいっぱいな奴に言われたくはないけど?」

「誰がエロばっかだし!!元々そういう奴らでしょ、私たちって!!」

「いや、一緒にしないでよ。ワタシは思慮分別あるしー」

「なんじゃそりゃ——」

 

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 パイオニアで空間に幾つもの壁や柱を生み出し、それを利用してフリーフローアクションを繰り出し、ノイズを殲滅する。キックダイブ、ショックダイブ、ポールスピンを連発し、多数の衝撃波を繰り出し、シュピンネカンタスの脚もろとも完全に空間上のノイズは消滅する。

「よし!!これで、後は……」

 壁に張り巡らされていた脚も消え、とうとうシュピンネカンタスは地面へと落下する。支えもなく、完全に無防備になったその状態で、

「……!!」

 突如、シュピンネカンタスの頭部から光の砂粒が漏れ出し、加蓮、凛の目の前で積み重なっていく。足を作り、腕を作り、肉体を再構成し、光が消えた頃には、二人の元に完全な状態の奈緒が現れていた。

「奈緒!!」

「加蓮!!凛!!……っっ!!!」

「奈緒……なおっ、なおっ、奈緒!!」

 目を合った瞬間、飛び込むように奈緒は二人に腕を広げて抱きつく。二人も同じく奈緒に抱きつき、ひたすら互いの名前を言い続ける。

「よかった……戻ってきてくれた!!」

「ちゃんとノイズから元に戻れたんだね……助かったんだ!!」

「凛、加蓮……ありがとう……ずっと、アタシを呼び続けてくれて…!!」

 初めて、フュージョンバッジを使用した後でも、元の姿に戻ることが出来た。これはもはや奇跡に近い。特殊な条件がいくつも重なっていた奈緒だからこそ成し得ることができたと考えられる。

 ネク達は、外部から負の感情のノイズを全て取り払い、全ての脚を破壊して本体を弱らせるところまでいった。でも、肝心のバッジに関しては、最後まで手をつけられなかった。

(なんとか、上手くいったのか……でもどうやって、奈緒は)

 抱き合い、笑顔を噛み締め合う三人を横目に、ネクは主を失い消えつつあるシュピンネカンタスの亡骸に近づく。その時、ネクの足に何か硬い音がした。

 

 亡骸の中から現れたのは、二つの仮面だった。

 

 ネクは全てを悟り、あの人形達の存在を今一度思い浮かべる。

(奈緒のバッジを壊したのは……たとえ道具だったとしても、ミッシングアイズとして、アイツらにはアイツらの思いがあったのか…)

 仮面を優しく拾い上げる音に、奈緒は不意にネクの方を向く。二つの仮面を持ち、ネクは加蓮と凛に囲まれた奈緒の元へ行き、その仮面を渡す。

「いい友達を持ったな、お前」

 その言葉と仮面から、加蓮と凛もラプトとバニラの存在を把握する。自ら身を呈してまで、友達を分かり合って見たかった。その思いを二人も感じ取る。

「……ああ。心がないノイズでも、アタシにとってはそれ以上の価値があったって、分かったんだ」

 

「雑音なんかじゃない。あの二人は確かに、アタシ達と同じアイドルだった。同じ目標や夢に向かう、一個人の女の子だった」

 

 心がなくて、人間と分かり合えない存在だったとしても、やり方や方針がまるで違くても、二人は『アイドル』だった。

 確かなものを、自らの内に秘めていた。そんな二人は、最後に分かり合うことで自分の背中を押してくれた。

 もう立つことのないと思っていた神谷奈緒自身の、トライアドプリムスのステージへと。

「アタシは、もうアオンじゃない。神谷奈緒として……自分として、もう一度ステージに立つんだ!!」

 凛、加蓮と向き合い、バニラ、ラプトから託された今の自分を……今なら、信じることが出来る。自分の内に抱いた輝きを、忘れかけていた希望を、もう一度渋谷にぶつけてみせる。

 

 他人本意じゃない、自分自身の思いで、奈緒は凛、加蓮を見る。

 

「トライアドプリムス、また一緒にやってくれるよな?」

「……ふふっ、それ何回目?」

 もはや、答えは聞く必要もない。

「何度でも言ってあげるよ。もう一度、思いっきりキラキラしてやろうよ。三人で一緒に、みんなで一緒に!!」

「私たちみんなの、そして私たち三人の何もかも全部を、この渋谷中にぶつけてやろうよ!!」

「凛、加蓮も……だよな!へへっ、ありがとな、二人ともっ!!」

 完全に心を一つにしたトライアドプリムス、奈緒、加蓮、凛は共に同じ方向へと視線を向ける。それは暗闇の立ち込める外部への道の逆、自分たちを呼ぶ声が轟く、とりどりの色が広がるステージへ通ずる道だった。

 

 搬入口に近いここからでも、既にライブステージのアツい熱は伝わってくる。音楽を身に纏って白熱する皆は、今か今かと伝説が舞い戻る瞬間を切望している——

 

 

 

「……ん?」

 三人の後ろで、ふと、ネクは携帯を取り出して時間を確認する。疑問は的中し、本来のイベントの開始時刻は10分後……まだ開始までは時間があるはずだ。

「イベントなのに、繰り上げることなんてあるのか?」

「……あれ、そういえば早くない?始まるの」

 ネクがそう言うと、凛もその違和感に気づき、奈緒、加蓮も疑問を浮かべる。

「そういえばあの男も。アイツは、どこに行っちゃったんだ?」

「分からないけど、でもミッシングアイズを手放した以上、もう打つ手は残ってないはずだよ」

 思えば、そもそも、こんな騒ぎが起こっていたのに、誰も気づかないなんてことは考え難い。ここは初めからずっとRGであり、あの大規模な戦闘を気づかれなかったのは、ある意味奇跡かもしれないほどだ。

 でも、四人が感じ取っていたこの空気は、明らかに先程までの会場とは異なっていた。

 

 このネツは……悪くない気分だった。

 

「……やはり、この搬入口だったか。無事でよかった、桜庭、渋谷、北条、神谷」

 その時、外部への道から、名前を呼ぶ声をネクは聞き取る。

 美城の声だった。四人は驚くように後ろを振り向く。

「……せ、専務!?」

「あれ、専務?」

「なんで私たちの場所を?」

 奈緒が明らかに動揺しつつも、既に空気感に慣れた凛、加蓮が尋ねると、美城は改めて状況を把握する。

「なるほど。その反応はやはり、何が起こっていたのか、知らないようだな」

「起こった?」

 ネクが尋ねると、美城は簡単に説明する。

「この会場の何者かが、搬入口の防犯カメラの映像を、渋谷中に流していたんだ」

「「「……えっ!?」」」

「よって全てを知ることができた。私だけじゃない、君たちの問答も……あの男の卑劣な目的も、既にこの渋谷中に伝わっている」

 これまで映し出されていたビジョンについて、凛、加蓮、奈緒、そしてネクはここで初めて知ることになる。

「あの様子なら、男もそのことには気付いていなかっただろう。誰の仕業かは知らないが、4253には明確な致命傷が刻まれたことになった」

「……多分、それは」

「うん、あの子が……」

 ネク、凛は顔を見合わせ、瞬時に同じことを思い浮かべる。自分なりに助けると言ったあの彼女の行動なら、納得が行く。

 結果、ビジョンを通じて、音流天の明確な証拠もその他にも、

「……渋谷凛」

「はい」

「……君のあの覚悟は、私たちの心に強く響いた。これほどまでの決心と共に、再びステージに戻って来てくれたことを、私は感謝する。君という存在が、アイドルでよかった。

 

……アイドルを楽しんでくれて、ありがとう」

 

「専務……私こそ、アイドルと出会えて本当によかったって思ってます。こうしてアイドルと出会うことが出来たのも……お礼を言うのは、こっちの方です」

 

 渋谷凛の魂の思いも、奈緒を通じてこの渋谷中に広がったのだ。凛の心は、渋谷というカオスの集合体と渡り合った。そして、見事にそれに打ち勝った。

 惨事から堕ち、新たな流行の波に飲まれ、忘れ去られようとしていた少女の名前を、今、渋谷の全ての人が思っているのだ。枯れ果てたはずの花は、その身を不死鳥のように燃え上がらせて、生きる人々の心を熱くたぎらせたのだ。

 

 少女達は、自分の輝ける渋谷をついに取り戻した。

 

 

 

「あ、あの、専務……その……」

 凛に柔らかな表情を浮かべる途中で、ちょっと勇気を出して、奈緒は美城に話しかける。

 ネク、凛、加蓮とは違って、ずっと別の事務所にいた奈緒にとって、統括の立場である美城ほど恐ろしいものはなかった。

「……どうした、神谷」

「っぐ……じ、自分勝手に今まで散々して、ご、ごめんなさ……!!!」

 必死に頭を下げて、心の内を切り替えた誠意を示そうとするが、

「別に謝る必要はない、既にキミの決意は知り得ている」

「えっ?」

 奈緒の想像よりもずっと優しい丸い声で、美城は奈緒に語りかける。

「力になってくれるのだろう。ならわざわざ何かを言う必要はない。神谷奈緒の、君自身のアイドルを存分にやればいい」

「せ、専務……」

「君が無事に戻ってきてくれたことを、私は感謝する。彼女達と共に、また新しい夢のカタチを見せてくれ」

「ありがとうござい、ます……!!専務!!アタシ、この後のステージで、精一杯にめっちゃ頑張ってきます!!」

「……ふふっ、それでこそ、奈緒って感じするよ」

「へへっ……そう思うか?アタシも、やーっぱりそんな感じがするよ!」

 安堵して、歯を見せて満面の笑みになる奈緒に、凛、加蓮も釣られて笑顔になっていく。

 若干のわだかまりをこうして解いた上で、美城は話を戻し、ネクを含めた四人を連れる。

 

 

 

「とにかく、まずは一旦、外の車まで来て欲しい。話すことと、渡すものがある——」

 

 

 

 

 

[……消え、た]

 ——少し前。ビジョンから少女達の行方が消えたその時、会場の方でも、街と同じく不安の声が高まっていた。

[あのプロデューサー、この会場の中にいるんでしょ……あんな殺人鬼がこ、この中に……]

[俺たち……に、逃げた方がいいんじゃ……]

[でも、じゃああの子たちは、どうするの……]

 すぐそこまで迫る、死への恐怖。無惨な殺人ショーの宣告。渋谷の人々と同じく、会場にいた人々は選択を問われていた。

 このままだと、彼女達は殺されてしまう。しかし、それを止める力なんて自分達にはない。ずっと、ただ見ることしかできない。

 

 346プロダクションが世界から消えたあの日も、そして今も、自分達に出来ることは見ることと、逃げることしかなかった。

 

「……よし、行くか」

 

 既に出口に向かおうとする者も、座席を離れることが出来ない者も、何をすべきか戸惑う者もいる。限りある時間の中、選別を問われる状況下で、最適な答えを導ける者は少ない。

 でも、その全員の心の中に残り、響き続ける『言葉』があった。

【最後に自分の未来を決断できるのは、他人じゃない、その夢を抱いてる自分だけなんだよ】

 たとえ自分に力がなくても……覚悟の末に、勇気を与えてくれたあの少女の、力になれれば。その微かな思いは、確かにこの場の全ての人々に宿っていた。

「だったら、見えてんじゃないの?自分がやるべきことをさ」

 その時、会場内に強烈なキラーチューンサウンドが轟く。耳を超え、頭を劈くほどの轟音が響き、会場の人々は足を止め、その音の源を振り向く。

 その音はステージの、あるバンドグループのギターから届けられたものだった。

[おい!!あれって、まさか……]

[で……デスマーチ!?]

 

 ステージに立つ五人組バンドグループ、『THE DEATH MARCH』。

 

 この混沌とした会場内に突如現れ、場の空気が一変する。会場中が注目を向ける中、ボーカルを務めるSAWAはマイクを掴み、語りかける。

「……なあ、聞いてくれ。このステージ、会場、広がる空気、伝わる熱、アツい思い……この感動はライブでしか味わえない。身体中が研ぎ澄まされるこの感じは、今、この瞬間しか生み出せない」

「そんな、一生に一度しかない今を、アタシは一秒たりとも無駄にしたくないんだ」

 丁寧に静かにそう声を届けると、その次の瞬間にドラムが響き始め、それに乗り上がるようにエレキギターが重い音を会場中に飛ばす。

「……みすみすと、この瞬間を奪われてもいいのか?」

 SAWAは声を低く、そしてデカくする。

「ここでしか味わえない、誰にも邪魔されない音と音のぶつかり合い……全力で楽しめるのは、今この場にいるみんなだけだ!!魂が燃え上がるような、そんな時間を、あの男のデスゲームにさせるつもりか?

アタシは……そんなことは、絶っっっっっ対に認めない!!!」

 ドラム、ギターは徐々に小刻みに震え始め、煽るように熱を高め続ける。その内、ただの音に過ぎなかったそれらは、衝突を始める。

「このステージはアタシら、アーティストのものだ!!!アツい熱を生み出せるのは誰でもない、アタシらとみんな、会場の全てがぶつかり合って、グチャグチャに混ざり合うそれがあってこそだ!!!

 

この街は、サイコなプロデュースなんかに潰れるほど廃れてなんかない……アタシたちがこの場で証明してやろうぜ!!!!!!!」

 

 衝突にて生まれた雑音は、不思議と心地の良い音色へと変化していく。そして、ここにいる全ての人々の魂を強引に掴み取り、火で炙りつける。静けさなんか、髄も残さず溶かしきってやる。目に、身体に、心にしっかりと、忘れることなく永遠に刻んでやる。『Twister』だ。

 

[アツい……俺たちも、守れるのか?]

[直接は無理でも、たとえ自分自体はちっぽけだとしても]

[この場所で変わらず楽しみ続けて、『この空間』を守ることは出来る……]

[俺たちも、アーティストも、ずっと楽しみだったフロンティアを潰されるなんて、嫌だ……んなの、誰だって嫌に決まってんだろうが!!!!!]

 

 一度は、その全員が動揺に動きを止めた。だが、その中で唯一行動し、誰も現れることのなくなったステージに降り立ったデスマーチ。

 このイベントを強引にでも続行し、自らがステージを動かし、あの男の計画阻止に加担したのだ。

 ビジョンにて示された凛の思いが、デスマーチという存在達に届き、そこから連なるように広がっていく。

[……!?ついた!!また映像がついたぞ!!!]

 その時、渋谷の街から砂嵐が明け、再び光が戻る。それはアツく熱を帯びたロックサウンドと共に、渋谷中の魂にも刻印を刻むほどの景色だった。

[あのステージが……沸いてる!!!]

[デスマーチだ!!デスマーチが扇動して、一丸になってステージを守ってるんだ!!]

[アイツのプロデュースに負けないように……アーティストとしての意地を見せてるんだ]

 

[ああ、負けたくない……騙されてバカにされたまんまで、終われるかよ!!!]

[いいようになってたまるか!!アイツが入り込む隙すら残さない勢いで、俺たちだって楽しんでやる!!!]

[女の子散々な目に合わせておいて……アタシ達舐めてもらっちゃ困んだよ、あのオッさんが!!!]

[おお、怖っ……]

[どう動くか、何やるのか決めんのはアタシたち自身って、渋谷凛だって言ってたし!!あのオッさんなんかに当て嵌められるかよ!!]

 

 そして一つ、また一つと小さな明かりが人の波に浮かび上がっていく。

 渋谷駅周辺、渋谷パークシティ、ヒカリエ・スクランブルスクエア、宇田川町、竹下通り、あらゆる箇所にて配布されている『ペンライト』が次々と人々の手に渡り、七色の明かりが照らされていく。

「皆さん!!こちら、346プロダクションです!!現在、無償でペンライトを配布しています!!是非とも彼女達のステージを、宜しくお願いします!!!!」

 配布活動を行なっているのは、346プロダクションの社員達だった。侑芽が先頭に立ち、在庫分から処分品まで、社内にあるだけのペンライトを用意し、人々に流し込んでいったのだ。

「……はい!!ありがとうございます!!やりましたよ、侑芽さん!ヒカリエ方面は無事に配り終えました!」

「侑芽さん!センター街方面も、たった今、終わりました!!報告によれば、宇田川町や千鳥足会館方面にも行き届いたみたいです!!」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

「ええ!デスマーチや、先程のビジョンの件もあって、一瞬でなくなったらしいです!」

「よかった……これでこの後のイベントも、さらに盛り上がれば……!!」

 先程の『出来ること』の一つとして、侑芽のペンライトプロモーションは、現在の車道の混雑より、莫大な数のペンライトを外部に運ぶために大量の人手が必要だった。

 限られた僅かな時間での行動は、非常に困難を極めた。一秒たりとも無駄が許されない、現在アイドル部門唯一のプロデューサーである侑芽でさえ、まだ新人であり社内には疎い面もある。

 ……だが、その侑芽には、自らの欠けた情報を補える存在がいたのだ。

 

「……よかった。順調に進行しているようだね、侑芽君」

 

 通話を終え、スマホをしまう侑芽の隣から、その男は話しかける。

「はい!力を貸して頂いて、ありがとうございました、今西部長!」

 侑芽が行動を開始する際、そこに真っ先に現れた男性がいた。

 かつてはアイドル部門の美城に近い地位に立ち、シンデレラプロジェクト諸々の件に携わっていた人物、今西だった。侑芽の先輩であったプロデューサーやちひろとも関係があり、部門凍結の後も、部門の力になるべく一人で行動していた。

「君たちに何があったのかは、正直、皆目分からない。こんな歳じゃ、中々頭の理解も回らなくてね。でも、何らかの事件に巻き込まれていたことは分かっているよ。

……君たちが、彼女たちを守ってくれたこともね」

「そんな……僕はただの夢みがちで、だからこそまんまと死神に騙されて……」

「でも、その後は自らを見つめ直し、巨悪に立ち向かった。君も大きく変わることが出来たはずだ。初めから完璧な人間なんて、どこにも居ない。君の先輩だった『彼』も、そうだったよ」

 これまでの不安定だった自分のプロデュースを思い出し、思い詰める侑芽を、今西は責めることなく優しく労う。

「彼こそ、初めはすれ違いが多く、担当のアイドル達と何度も衝突したものだ。だがその度に、彼もアイドルも互いへの理解を深め、信頼を築いていった。人と人はぶつかり合って、初めて分かり合える……君は、彼に似ているよ」

 かつて、どこかで耳にしたようなそんな言葉を、侑芽を見ながらふと思い浮かべる。共に仕事をした『彼』は今もまだ、他のアイドル達と同じく『行方不明』のままだ。

 だが、彼の宿していた情熱は、若き青年へと確実に引き継がれていた。会っていないはずなのに、まるで彼に再び出会えたような。今日侑芽と出会った時、そんな感覚を覚えた。

「部長……先輩は……」

「分かっているよ、別に君に気負わせるつもりで言ったわけじゃない。ただの、年寄りの祝辞だと受け取ってくれ」

 今西は微かに複雑そうな表情を浮かべるも、柔らかに微笑むと侑芽の肩を軽く叩く。

「ここからは、君が彼女たちを引っ張っていくんだ。困難もきっと多い、でもその度に衝突を恐れてはダメだ」

「……ええ、もちろんです。理想ばかり連ねて地に足が付かない、そんなフワフワしていた自分を諌めたい。彼女たちと衝突して、そう思えたんです」

「そうだ。だが、君の理想は夢で終わらせるには、余りにもったいない。それをバネにし、実現して初めて、夢が意味を為すようになる。このことを、忘れないでくれ」

「……はい」

 まだ新人であるが故、侑芽は様々な混乱の中で、向き合わざるを得なかった己の未熟さを露呈してしまった。だが、それは悔やむべき出来事ではなく、自身の成長へと繋がる大切な鍵だったと、今なら心から言える。

 自分と向き合い、そして衝突を経験する。紆余曲折を経て、先輩と同じで侑芽もやっと、プロデューサーとしてのスタートラインに立ったのだ。

「……さて、話はこれほどにしておこうか。どうやら、千川君の車はまもなく会場に着くらしい。美城専務も会場で彼女らを確認できたようだね。

私たちも、今、出来ることをしよう」

「もちろん……止まるつもりなんか、当然ないですよ。引き続き、作戦のお手伝いをお願いします!」

 侑芽、今西は頷き合うと、需要に人手が足りてないスクランブル交差点方面へと応援に向かった。

 

 

 

【みんな……最っっっ高だよ!!!こっからドンドン会場盛り上げるぞ!!!!アタシ達に着いて来れるかぁぁぁっ!!!!!!!】

【おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!】

【なあ、聞こえてるか?シンデレラガールズ!!!!お前らの勇気と覚悟が、この会場を超えて、この街中のみんなに伝わってるんだ!!】

 

【このステージはアタシ達渋谷が守り抜く!!みんな、待ってるんだ!!お前らがもう一度、ステージに立つその瞬間を!!!】

 

 多くの協力が伴い、渋谷の熱は最高潮まで高められていた。あの男への対抗、そしてシンデレラガールズの帰還を、街中が今か今かと待ち望んでいる。凛に、加蓮に、奈緒に、シンデレラガールズに感化された人々は全力で『ステージ』を作り、彼女たちの帰る場所を守り続けているのだ。

 ——あの日、途切れてしまった物語を再び。この目に、あの伝説が舞い戻る瞬間を焼き付けるために。全ての思いが、彼女たちの帰りを待っている。

 

「デスマーチ……渋谷のみんなが、私たちを助けてくれてる……」

 美城に連れられ、正面入口に止まる一台の軽自動車の中で、凛はスマホで映像を確認する。

 名前を呼ぶ声が画面越しに、そして目の前の会場の両方から聞こえて来る。

「呼んで、くれてる……奈緒って、みんな、あたしの名前を……」

「加蓮って……聞こえる。待ってくれてるって、伝わる……」

 夢にまで思わなかった現実に、凛、加蓮、奈緒は心を強く打たれる。ネクも体感する会場の興奮の凄まじさに、武者震いを覚える。

「神谷、君にこれを届けるために、私はここに来たんだ」

「えっ、アタシに?」

「そうだ。そんな格好、いつまで続けてるつもりだ?」

 そう言うと、美城はミッシングアイズ特有の肌けたセクシー衣装を指さす。改めて指摘され、恥ずかしさに赤くなる奈緒に、美城は変わるように衣装を手渡した。

「君は、もう神谷奈緒だ。ならばその衣装よりも……こっちの方がいいだろう」

「これ、って……」

 わざわざ混雑した車道を使ってまで、美城が出向いた理由。それは奈緒に、あの『黒い衣装』を渡すためだった。

「あっ!それって、私たちが今着てる!」

 手渡された衣装に目を向け、加蓮は声を上げる。

「ああ。なんせ、今から346のアイドルとしてステージに出るんだ。一人だけ浮いたままは、君も頂けないだろう」

 

「お姫様を万全の状態にすることも……ふっ、我々魔法使いの役目だからな」

「へへ……なんか、久々に触ると変に緊張しちゃうな」

 

「ふふっ、専務もノリノリだね」

「あはは、いい意味で、いつもの感じ出てるよね」

「ホントはこんな感じで、案外ノリいいんだな」

 場に広がる高揚感に、全員が心を躍らせているのが分かる。こそばゆく咳き込んで誤魔化す美城に、奈緒、凛、加蓮、ネクは思わず笑う。

「ミッシングアイズは、既に消滅したと聞いた。道は違えど、彼女たちもまた、輝きを秘めた原石達だった。失くしたことは、実に惜しい」

「だが、そんな彼女たちの思いも、君たち自身の思いも、そしてこの渋谷中の一人一人の思いも、全てが追い風となっている今だ。

安心しろ、『私たち』は君たちの味方だ。最高のステージを、期待しているぞ」

「「「……はい!!」」」

 ラプト、バニラ、侑芽、ちひろ、美城、今西、デスマーチ、ソウルと化したアイドルとプロデューサー……ここにはいない未央、卯月も、渋谷で今を生きる一人一人が、待っている。迎え入れてくれる場所が、凛、加蓮、奈緒、みく、李衣菜、杏、きらり、飛鳥、蘭子に開かれたのだ。

 

 

 

 トライアドプリムス、シンデレラガールズを招く舞踏会がいよいよ開幕する。

 準備は、いいか。

 魔法を失い、残ったものはただ一つ。身に宿した覚悟だけで歩み続けた素足のシンデレラ達、

 フロンティアの新たなスタートラインはもうそこだ。

 

 

 

 

 

「……愚かだ、本当に愚かで、つくづくどこまでも……」

 アオンが完全に死神の元を離れた。ラプト、バニラもノイズでありながら、不条理な感情を持ってしまった。心の内が曝け出された後も、渋谷は自らを奮い立たせ、このプロデュースに抗い続けている。

何故だ。何故、誰一人として折れない。究極の絶望を与えたはずなのに、凡人はこの高尚なる存在のいいようになり、ただ弄ばれていればいいのに。

「何者だ……一体誰が、僕を陥れようと……」

 代々木第一体育館、独特のアーチ状のドームの頂点にて、デスマーチのステージを見下ろしながら、天は最後の手段であるバッジを手に持つ。

「それを使って、どうするつもりだ」

 その時、同じく天井に登り、天の背後に現れる少年がいた。天は忌々しく、計画を狂わせた張本人の名前を呼ぶ。

「桜庭……音操……!!!!!」

「シナリオは完全に崩壊した……そんなところか」

「貴様か!!貴様が僕をここまで蹴落としたのか!!!!何故だ!!僕はプロデュースもサイキックも、全てが恵まれた才能に満ちているはずなのに!!!貴様如きの平凡が、何故僕をここまで!!!」

 既に冷静を欠き、髪を毟る勢いで掻き乱し、ネクを睨みつける。その圧に負けることなく、ネクは眉間に力を入れ、尖らせた目つきで一人天と対峙する。

「俺たちの声は届いた。お前の声は届かなかった。ただそれだけだ」

「声が、届かない……ああそうだ。そうやってお前ら平凡は、いつも僕を無視し続けてきたんだったな……あぁっ!?」

 天は暴走し、元人格である零に近い声質に戻り、口使いを荒くする。

「くだらない、恵まれなかった低能が集って才人を潰す……兄もそうだった。どいつもこいつも、図々しくイキリやがって、その割に一丁前の戯言をほざいて……価値もない奴が、何故評価される?才能もない、運ばかりの凡人なんか落ちぶれていればいい。大人しく才能に選ばれた存在に従えばいい。渋谷も、東京も、世界も、全てが従えばいいのに!!!」

「……」

 天の心は、全ての存在への排除で占められていた。天は元々、平凡で卑屈な零のもう一つの人格として誕生した存在。

 理想通りに、零と異なり、天は幸運にも多くの才能に恵まれた。

 零と何度も主導権争いを行い、最後は『期間内にアイドルを全滅させる』というルールの元で、零を打ち負かし、その身体を奪い取った。

 自分は、兄とは違う。渋谷の凡人とも違う。革命を起こす選ばれし存在として、天の名に相応しい存在になるはずだった。このステージで、誰にもプロデュース出来なかった究極の【喪失】を与え、全世界が自分の手で絶望し、一生の哀哭を味わせる。

「……天罰を下す。『神』に選ばれた、この才能に刃向かった重罪を、骨の髄まで償わせてやる……」

「……いや、償うのはお前の方だ、音流天」

 天がバッジを手放すつもりはない。一触即発の状況下で、ネクは更に鋭い言葉をぶつける。

 

「この渋谷に存在する誰よりも、お前は愚かで惨めだ。神の使徒なんかじゃない……自分の世界に籠る、ただの臆病者だ」

「……なんだと?」

 

 籠る臆病者……ネクは言葉を続ける。

「お前も、音流零も、何かにぶつかることでしか自分を維持できなかった。誰かが自分にぶつかって、ふと自分のメッキが剥がれるかもしれない。それを、恐れていただけだ」

「怯える……だと?どこまでも凡人は、浅はかに僕を欺こうとするんだな……そんな自分は金にもならない無価値なんだと、何故認めない!!!!」

「認めないのは、お前だ!!!あるだけの才能に心酔し続けたお前に、苦しんでもがき続けて、それでも今を必死に生きている人々が負けるはずがない!!!」

「っ……!!」

 渋谷はカオスの街だ。この世界も、向こうの世界もどちらの渋谷も変わらない。思考が入り乱れ、何かがぶつかり合い、何かが生まれる。

 戦場のようなこの街で生きるネクも、アイドル達も、全ての人も必ず何かとぶつかり合い、そして自らの世界を広げていった。この男はそんな人々から目を逸らし続けた。

 他人を認めることは、自分が非凡に劣ることを意味する。そんなことを、彼が今更認められるはずがなかった。

「黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!!!僕は……僕は神に、『ウィルド』に選ばれたんだ!!!!!才能が蔑まされる世界なんて価値はない、能力は評価されるべきなんだ!!!」

 目の前の男は……まるで、いつの日かの自分のような頑固者だった。

 これまで渋谷でぶつかり合い続けた今だから、ネクは天という人間を正面から見据えることが出来たのかもしれない。耳を塞いだあの頃の自分と対峙するような……そんな感覚を微かに覚えていた。

「だったら……俺たちが証明してみせる」

 

 

 

「渋谷の人々の世界は、お前の才能すらも凌駕する……どんな泥臭い素足の人生にも、価値があることを!!!」

 

 

 

 その時、足下の会場全体の照明が途切れ、絶えず続いていたデスマーチの演奏が止まる。とうとう諦めたか、天は渋谷の滑稽さに太々しく笑みを浮かべるが、

 

「頼むぞ、凛」

 

「そっちこそね、ネク」

 

 暗闇に包まれたステージに、微かに見える何者かが増えていく。会場内の誰も、それが誰かをまだ知らない。その中で再び、デスマーチのギター音が響き出す。

「……待たせたな、みんな。さあ、盛大に歓迎してやってくれ」

 闇からSAWAの声が聞こえた瞬間、一斉に落ちていた照明の灯が息を吹き返す。眩しさに目を伏せ、そこからゆっくりと目を開いていくと——

「……!?」

「シンデレラの夜明け……止まった時間が、動き出したぞ!!!!!!!」

 デスマーチが端に移り、ステージの中央部に現れた九人のアイドル。二宮飛鳥、神崎蘭子、双葉杏、諸星きらり、多田李衣菜、前川みく……北条加蓮、神谷奈緒、渋谷凛。

 過去を乗り越え、前へと進み、もう一度彼女達はステージへと戻ってきた。

[シンデレラ、ガールズ……!!!!!!]

[戻ってきた……帰ってきてくれたんだ!!!]

[待ってたよ……みんな!!!ずっと、ずっとずっとず〜っと!!]

 彼らの視界に姿が映ると、たちまち会場全体が震えるほどの歓声に包まれていく。感情が昂り、涙を浮かべる者も多くいる。かつての思い出、彼女達への同情、最大級のテンションが会場を超え、さらには渋谷の街へと爆発的に広がる。

[ダークイルミネイト……あの二人!!また見たかったんだよ、アタシ!!!]

[あんきらいるじゃん!!二人のあんきランキング、あれ好きだったなぁ〜俺……]

[アスタリスク……何億年ぶりに見たか、っっ、もうわっかんねえよ……ミニライブだけど、ライブハウスにも行ったんだぜ!!会いたかったよぉぉっ!!!みくにゃん、だり〜!!!]

[トライアドプリムス……覚悟して、あの場所に立ってるんだから、そんなの、私たちも全力で応援するしかないでしょ!!!]

 ビジョンを見つめる者達も、会場で戦い続ける者達も、一斉にペンライトを掲げ、全力で応援を始める。

 夜の渋谷は色とりどりの光に包まれ、神秘的な空間と化していた。人々は彼女達への賞賛、そして期待を向け、この街を美しく照らしている。

「みんな……ありがとう」

 歓声の中、凛は感謝の言葉を伝える。

「待っててくれて、本当に嬉しい。辛いことも、苦しいことも沢山あったけど……アイドルでいて、よかった」

 加蓮、奈緒はセンターに立つ凛の横で、静かに微笑む。後ろに立つみんなも、それは同じだ。

「全力で歌うから……『もう一度』、ついてきて!!」

 力強い少女の言葉に呼応するよう、力強い歓声と拍手が上がり、渋谷の街はネツが冷えることをまるで感じさせない。

 足掻いてもがいて、泥臭くても、ようやく辿り着いたアイドルの舞台。そこで正に輝いている彼女達に、ネクは拳を握りしめて笑みを浮かべる。

「さあ、届け……受け止めろ、渋谷!!!」

「させるか……させてたまるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」

 ……美城合流後、ちひろの車が無事に会場に到着し、アイドル達は全員再開を果たした。それと同時に、侑芽が昨日から制作を依頼していた、新たな楽曲がついに完成し、その音楽データが彼女達に届けられた。

 

 どんな苦難が待ち受けていても、自らの意思で前へと進み続ける、シンデレラの『新天地』へのストーリー。

 

 デスマーチを発端に、出演予定だったアーティストも次々とステージ上に登り出し、その結果、アイドル達に一時間の準備期間を設けることが出来た。

 デスマーチのメンバーとも合流し、その音声データを渡すことで、ステージ上での生演奏に協力してもらうことになった。

 

 渋谷を取り巻く、数えることなんて出来ない全ての人々にとって、そして彼女達にとっての『開拓地』……『ガールズ・イン・ザ・フロンティア』に込められた思いは、全てを超越していく。

 

〈ぐ、っっ……がぁぁぁぁぁァァァァァァッ!!!!!!!!!!〉

 

 

 

 一回、ドラムの乾いた音が鳴る。それを皮切りに、次々と勢いを増すドラムの『ビート』に、『士気』を上げていく白熱サウンドのギター。ここは、『来たる夢』もまだ何もない未開拓地。荒れ果てた紅き大地に、響くその音は、開拓者達の『勝』負と『孤高』の挑戦を刻み込む。酔いしれるも、名乗りを上げるのも『よし、止』めることなく、素足で切り拓かれた、軌跡の物語を……刮目せよ。

 

 

 

「……待っていても、手には入らない。そうだよな、動かなきゃ、今を全力で生きなきゃ、価値なんて分かるはずがない」

「俺は、気づくことが出来た……だから凛を、アイツのことをやっと受け止められたんだ」

 運命のステージが始まった、その上空で。九人のアイドルの魂の叫びを聞き宿し、ネクはフリーフローを発動する。

 目の前に臨在するのは、巨大な白の翼に、紫の蛇の尾を携える鳥頭の『コカトリックスカンタス』。音流天の考え……かつての自分自身の考えでは辿り着けなかった、今の強さを証明する。友達と共に、輝きを放つ渋谷と共に。

〈はぁ、はぁ、ハァ……消えろ、渋谷の塵共がァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!〉

「守るべきは、過去じゃない!!!俺たちはこれからもずっと、世界を広げ続けるんだ!!!」

 瞬間、波動を放とうとした大鳥、コカトリックスカンタスの動きが硬直する。よく見ると、ネクはあるバッジを握りしめている。杏の手にしていたバッジだ。

〈何っ……!?〉

「お前が戦うのは、俺だけじゃない。全員の思いも一緒だ!!」

 能力を使ったネクに気づき、ステージから杏がとびきりのウィンクを飛ばす。

「杏たちの力……貸してる分、ちゃんとぶつけといてよ!」

「はぁっ!!」

 バッジを切り替え、きらりの能力でコカトリックスカンタスを会場上空から離し、彼方の空へと吹き飛ばす。

「どご〜〜ん!!!!えへへ、きらりもめ〜いっぱいステージ頑張るよ!!」

〈っおぉっ!!よくも邪魔を……〉

「まだだ!!」

 一気にMIYASITA PARK上空まで吹き飛ばされたコカトリックスカンタスは、強力なレーザー砲を放つが、ネクはエンタングルメントの鎖を空に縦横無尽に掛け、飛び回るようにそれを受け流し、そこから急接近する。みくのバッジの能力だ。

「見せつけてやるにゃ!!みく達ならどんな困難でも越えられるって!!」

〈いい加減……しつこく付き纏うな!!!〉

「ぐぅ、っ……!」

 だが、コカトリックスカンタスも反撃を開始し、指揮者に選ばれた力を体感するよう、軽くはたかれたネクは恐ろしい勢いで宮下公園ガードレール下へと落とされる。

〈……ノイズ!!存在価値もない、哀れで愚かなそいつを微塵も残さず切り刻め!!!〉

 自然発生したノイズが現れ、倒れ込むネクに集中攻撃を浴びせにかかる。落ちた背中の痛みを堪え、咄嗟に身体を起こすと、ネクはノイズを蹴散らし、爆風を掻き分け全力で雑音だらけの道を駆け抜ける。

「くっ……!!」

 ガードレール下を抜けると、スーパージャンプで跳躍し、エンタングルメントを使って再び空を駆け抜け、次は首都高へと向かうコカトリックスカンタスを追いかける。

 塀を掴み、転がり込むように首都高歩道橋に辿り着くと、コカトリックスカンタスは不意打ちを狙い、ヒカリエ上空よりネクに遠距離弾を放つ。

[おい、あの鳥、ま、マジで本物かよ……?]

[これも、あの男のプロデュースの一環なの……?]

[それが、どうしたの!!あんな意地の悪い騙しなんかにビビってる暇なんかないよ!!私たちは、このペンライトを動かして、みんなを応援するの!!]

[おい!!よく見たら、近くに少年がいるぞ!?]

[あの子、必死であのプロデュースに抗ってる……]

 遠距離弾を間一髪で避け、再びバッジを切り替え、蘭子、飛鳥の能力を発動し、背中に堕天使と大天使の白と黒の翼を広げ、疾風迅雷の刃の乱撃を放つ。

「行くがいい、異界者よ!!其方の魂に、我が言霊を結び繋げし刻、真の世界が目を覚ます!!!」

「似合ってるじゃないか。是非とも存分に、最後までボクらと戦ってくれ……桜庭音操」

 紫に輝き、翼で空を駆ける少年と、蒼に輝き、渋谷中に熱き叫びを歌う少女達の姿は、地上の人々に記憶され続けている。

〈ガアァァァアァァァアアァッ!!!!!!!!グァァッ!!ハァ、ハァ……この、凡人如きどもが……お、お前らは……価値のないゴミなんだよ!!!!!!〉

 刃の嵐に身体を削がれ続け、とうとう左翼が千切り落とされ、バランスを崩し、苦しむ声を上げる。劣勢を隠せないコカトリックスカンタスはおどろおどろしい瞳を動かし、突如109屋上へと進路を変え、首都高上空から移動する。

〈……ふふふはははははははぁぁぁっ!!!!!!!!!僕は運命に選ばれた……選ばれなかった存在は、苦しみ悶え死ねばいいんだ!!!!〉

 109上空に辿り着くと、その場で耳を破るほどの咆哮を上げた後に、コカトリックスカンタスは尾の蛇を操作してその目を光らせる。

 瞬間、コカトリックスカンタスを中心に『紫』の霧が円状に広がり始め、渋谷の街へと降り注いでいく。

〈毒に塗れて死ね……渋谷ァァァァァァァァァァ!!!!!!!〉

 コカトリックスカンタスの強力な能力である、蛇の毒を引き起こし、渋谷全域の上空に猛毒の霧の層を構成する。靄のような層からは粉のように毒が降り注いでいき、一度吸ってしまえば人間の命はない。地上の忌々しき人々が正に文字通り一掃されてしまう……しかし、そう危惧した人間は、一人もいなかった。

 

「言ったはずだ。『全員』も一緒だって」

 

 渋谷スクランブル交差点、入り乱れる人混みの中。エンタングルメントを乗り継ぎ、その中央部に降り立ったネクはある一枚のバッジを掲げる。夜の大都会に放たれたそのバッジは、人々の叫びに応えるよう、神々しい光を放ち、円状に広げて渋谷を包み込んでいく。

「力を貸してくれ……シンデレラガールズ」

 そのバッジは、SGを吸収して完全体となった『ディメンションリンクバッジ』。全てのアイドル達、そして一人のプロデューサーのソウルと思念が内包された、膨大な質量を誇るバッジは、光のバリアを生み出すことで降り注ぐ毒から人々を守ったのだ。

〈なっ……シンデレラ、ガールズだと……!?〉

 想像だにしなかった名前を聞き、コカトリックスカンタスは動揺の色を見せる。

〈あり得ない、アイツらは兄と死神達によって消去されたはず……!!〉

「SG創造に利用された後も、彼女たちの『思念』はソウルと共に残り続けていたんだ。シンデレラガールズは、決して消えてなんかいなかったんだ!!」

 ネクの手から離れ、天に登り続ける眩いバッジを、そこから広がる光を見つめ、人々は次々と懐かしい記憶を思い出していた。零によって仕掛けられたインプリントが完全に外れ、かつて世間を席巻したシンデレラガールズ、一人一人の思い出が再録されるよう『インプリント』されていく。

「……?」

 そのインプリントの影響を受けたのは、アイドルも同じくだった。デスマーチのギター音と共に、マイクを握る李衣菜の脳裏に、突如ある記憶が浮かんできた。自分の憧れる存在であり、そして親友でもあったロックな彼女。何かを訴えかけてくるように、記憶が次々と思い出されていく。

「……見てくれてるの、なつきち?」

 

 その時、上空のディメンションリンクバッジが微かに青く光り、ネクが持っていた李衣菜のバッジが、呼応するように宙に向かって行く。それと同時に、地上の人々の持つペンライトから、次々と光の球が放出されて行き、渋谷を包む光のバリアをさらに強固にしていく。

 

 トライアドプリムスやラストナンバーだけではない。いつの日も人々と共にあり続けた全てのアイドル達も、共に渋谷を守ろうと戦っているのだ。

 ペンライトの先から放たれる、インプリントされた記憶の光が渋谷中に溢れ返る。枯れ果てた大地に種を撒くように、アイドル達は次々と新たな地平へと飛び出し続ける。

「……ありがとう」

 ネクは自らの身に、力が湧き出てくるのを感じる。ディメンションリンクバッジ……その中にいる『誰か』が、李衣菜の能力を発動してくれている。痺れるエレキギターによって奏でられる興奮が、ネクの心のネツを上げる。

「一緒に戦ってくれ……共に未来を取り戻すぞ!!!」

 直後、ネクは再度フリーフローを発動し、背中の白黒のアシンメトリーの翼を広げ、109の屋上へと飛び立つ。

 神々しい光に満ちた、『すばらしきこのせかい』に、渋谷の人々は我を忘れて声を上げ、ビジョンに映る少女達、そして渋谷を守る少年へと声援を送る。

[頑張れ……頑張れぇぇぇぇぇっ!!!!!!]

[私たちの渋谷を取り戻して!!シンデレラガールズ!!!]

[俺たちの思いも、一緒だ!!みんなで、渋谷を守るんだ!!!]

[この雑音だらけの街で、私も色々な出会いをしたよ。みんなもみんなで、一人一人が大切なものに出会える……そんな大好きな渋谷を、守りたい!!]

 渋谷の人々の思いも重なり、全てのペンライトから膨大な光が溢れ出し、希望のバリアは輝きをさらに増す。その光を見に纏いながら、ネクは毒で埋まる夜空へと飛び込み、次々とバッジを切り替えて行く。

〈そん、な……僕は、どんな凡人よりも優れてる……なのに、何の能力も持たない人間達が…ぁぁぁっ!?〉

 

 『営業スマイル』で攻撃を停止し、『理想郷』『失楽園』の連撃の嵐の中、『ハンター』で懐へと潜り込むと、『キャンディンパクト』『ショックウェイブ』を同時に発動する。

〈ぐぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!〉

「うぉぉぉぉおおっ……!!!!」

 ショックウェイブの刃を胴体部に突き刺すと、身体に捻りを加え、急回転のキックダイブをその場から放つ。自分よりも遥かに巨大なノイズであるコカトリックスカンタスを、キャンディンパクトの力も利用することで、徐々に自らの回転に巻き込んでいく。

「っ……くぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」

 強大な負荷に細い腕が軋む中、その身を奮い立たせてコカトリックスカンタスを109上空から引き剥がし、そこから再び代々木第一体育館上空へ向けて直進して行く。

〈っぐぁっ……ぅぐぉぉぉ……〉

「ぁぁ……ぐぁ………り…………ん!!!!」

 

 

 

「守るべきは過去じゃない、ずっと——」

 もうまもなく。後は歌い切るまで、幕が降りるまで、ここに立ち続けるだけ。ステージが終幕へと近づく中、凛はこの会場へと向かってくるネクの声を聞き取る。

(……)

 一瞬の間に、凛は目を瞑り、空中のネクとシンクロする。極限下の集中、そして会場のボルテージがシンクロ率の上昇を促す。

 キックダイブでコカトリックスカンタスと共に移動し続けるネクも、その最中に目を瞑り、凛とのマッシュアップを開始する。

 100%、200%、それを遥かに凌ぐほどに二人の意識は重なり合って行き、そして一つに集約される。

〈そんな……嘘だ、僕が消える……なんてそんなの、嘘、だ————〉

「……!!!」

 ステージの真上、願い星の夜空にたどり着き、ついに完全にシンクロを終える。キックダイブを止めて刃を引き抜き、そのままネクはパイオニアを発動し、その場に巨大な城を形成する。青白く照らされた高貴なる城、入口前の噴水広場にて、コカトリックスカンタスは完全に動きを止める。城壁に埋め込まれたローマ数字の時計、その針が『Ⅺ』を指し、巨体の時間を一時停止させたのだ。

「はぁぁぁぁっ!!!!!」

 城の頂上より、飛び降りながらネクは両腕に蒼白い刃、紅黒い刃を携え、時の止まった巨体を切り刻んでいく。翼を切り落とし、蛇の頭を貫き、毒を放つ身体の羽毛すら塵と化させ、

 

 

 

「これで……終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」

 

 

 

 両腕を重ね合わせ、一太刀と化した刃を振り下ろし、巨体を一刀両断する。

 そしてその瞬間に、時計の針が『Ⅻ』を指し——

 

 

 

「「STAY……」」

 

「「「「AT THE……」」」」

 

「「「……FRONTIER!!!!」」」

 

 

 

 少年が、少女達が、渋谷の人々が巨悪を打ち倒した。そう告げるように、城から鐘の音が渋谷中へと響き渡る。ステージのデスマーチの演奏が終わった時、会場中に紙吹雪が勢いよく舞い上がり、斬られたあの巨体はガラスの固形へと変化し、轟音を立てながら爆発し、光の粒の雨を街中に降らせた。

 

 

 ……それぞれの生きた証が、明確な価値を示した。一人一人の人生が紡がれた世界が、強大な力を打ち負かした。自らの存在価値を主張し続けるように、今も渋谷は光で溢れかえっている。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 光となって城が消えていき、疲れ果てて代々木第一体育館屋上に座り込むネクは、その光景に言葉を失う。希望に満ちたその街は、これまでに見たことのないほどに、

「なんて、綺麗なんだ……」

 街をしばらく見つめていると、正面入口方面から誰かの姿が見えてくる。こちらを見上げて、名前を呼び続けている。

「お疲れ様〜!!ネクく〜ん!!!!」

「ネク君!!お陰でライブは上手くいったよ!!大成功だよ!!」

「ああ、アイドルも、渋谷の街も無事だ。お手柄だぞ、桜庭!!」

「お疲れ様。うちの彼女達が、世話になったね、ネク君」

 ちひろ、侑芽、美城、今西が呼びかける中に飛び込むと、ちひろと侑芽はネクを思い切り抱きしめ、感謝と喜びの言葉を次々とかけていく。勇敢で心優しい少年の浮かべる笑顔を見て、美城も思わず笑みを浮かべ、その姿を見る今西もまた表情を緩める。

「君も、笑顔が似合うようになったものだね」

「ふっ……私自身も、そう思えるのが不思議だ」

 

 そして、ステージ側では、

 

「みんな〜!!!勇敢に満ちた伝説、彼女たちに大きな拍手を届けてくれぇぇぇぇぇっ!!!!」

[ううぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!!]

[いえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!]

[最っっっっ高だったよ、みんな!!!!]

[時間があっという間に感じたし、本当楽しかった〜!!!!]

 SAWAが観客達を盛り上げ、ステージには賞賛や感動が飛び交っていた。

 『あの日』とは違う、本当の自分達の物語が、ここにはあった。

「……ありがとう……ありが、とう……みんなっ!!!」

 ライブを終え、思わず、奈緒は目を押さえる。目を擦り、マイクに雑音が入る中、その姿に思わず加蓮までもが涙を流す。

「信じられ、ないよ……やったよ、私たち……また、ここに戻ってこれたよ……!!!」

 すぐ横にいた奈緒に抱きつき、声を上げて泣き出す加蓮。これまでの思いが込み上げ、とうとう抑えることができなくなった。

「なつきち……守ったよ、私……帰ってくる場所、ちゃんとここで待ってる、からさ……!!!」

「李衣菜ちゃん……泣きたい気持ちは……みくだって、みくだって一緒にゃ……!!!」

 微笑みながら泣く李衣菜を、同じく涙声のみくが抱き寄せる。温もりに安堵が広がり、李衣菜の目からさらに雫が溢れ出す。

「ボクらの勝ち、さ。不思議と、心が熱くなる……ノスタルジックというやつかな……蘭子?」

「我が、翼は……再び、未来へと羽ばたけた……それが、嬉しくて嬉しくて……うう、っ」

「ふっ……それはよかったね、蘭子……本当に、よかっ、た……」

 隣の泣く蘭子を肩を抱き寄せた途端、飛鳥も急激に目頭が熱くなるのを感じる。堪えようと口に力を入れるも、耐えきれずに鼻を啜る。

「にょわ〜!!!!!す〜〜〜っご〜〜〜く楽しかったにぃ!!!!!ね、杏ちゃん!!」

「はぁ、こんだけ働いたの久々だよ。疲れたんで、杏は当分の間休みを要求しまーす」

「えー!!もう、杏ちゃんてば!」

「……って、言いたいとこだけど。まあ、それは、完全に元に戻ってからでもいいよ。

久々に……杏も楽しめたし」

 ふときらりが見ると、杏の目が微かに潤んでいることに気づく。適当に見えて、実は情に熱い一面もあることを、きらりは知っている。思わずニコニコするきらりに、杏は少し困った表情を浮かべた。

 そして、

「……私も、楽しかったよ!!」

 凛はマイクの電源を入れ、会場の人々へと話しかける。

「久々に、こうやって人前に出て、歌って。少し前まで、こんなこと二度と叶わないと思ってた」

「でも、やっぱり待てなくてさ。来ちゃったんだ」

 少し笑いながらそう話すと、凛は最後に告げる。

 

 長きこの戦いの、終わりに。

 

 

 

「渋谷のみんなに、私の大事な友達に、そしてプロデューサーに。迎え入れてくれた人達に改めて言うよ!!

 

……本当に、ありがとう!!!これからも……またよろしくね!!!」

 

 

 

 

 

 その日の夜は、渋谷から光が消えることはなかった。伝説との再会を果たした人々の心に宿った興奮は、決して冷めることなく、これからも永遠に刻まれて行くことだろう。

 

 花の寿命は短く、満開に咲き誇った後、枯れればその価値を失う。だがアイドルは、花との間に決定的な違いがある。何故咲き誇りたいか、それは一人一人によって千差万別であり、単純なものではない。

 その複雑でカオスな感情が、いつの日か枯れたはずの花弁を甦らせ、元あった根よりもさらに力強く地に立ち、やがてはまだ見ぬ大地へと辿り着けるほどの力になる。

 

 

 

 全力で今を楽しみ、生きた子どもたちの物語は、ここから始まる。

 伝説の夜明けの物語は、ここから——

 

 

 

 

 

第ニ章『シンデレラガールズ編』 完

 

次章『■■■■■■■■■■■■■……




第二章、完結しました。運命の死神の思惑を、凛、ネク、346プロダクション、そして渋谷に集う全ての人々が心を一つに通わせ、見事に打ち破ることができました。
渋谷を守る、最後に決定打になったのは、これまで346プロダクションと共に歩んできた人々の、一人一人の思いです。たとえ流行に流されたとしても、その心には確かにアイドル達との思い出が残っていたと、これまでのアイドル達の努力があったからこそ、今回の結果は生まれたと。

『THE DEATH MARCH』は、実際に『すばせか』側のBGMを担当されているアーティストグループで、ボーカルのSAWAも含め、キャラクターではありません。

次回からは第三章、最終章になります。
運命の死神を創り上げた存在達。運命の死神と、ネク、凛に共通するフリーフローの力。そして、ヘッドフォンをつけ、にゃんタンを持った謎の少女。
あらゆる謎が明らかになります。
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