すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
奇妙な光景が頭の中に流れ込んできたネク、凛、そして、ココ、ミナミモト、未央、卯月は、今日、渋谷に『何か』が起こることを予期する。
それは、この渋谷を巡る戦いの終幕であり、同時に、世界の終末の幕開けでもあった。
『CODE、020111128810、002007726421の流出を確認。第二下位次元『UG』内の追跡を開始します』
『CODE、【未知】の挙動を検知。時間軸の詮索を遂行します』
渋谷が、東京が、世界が、崩れる。運命の審判はもうそこまで——
「……!?」
額に汗をかきながら、ネクは飛び跳ねるように身体を起こす。
「えっ……夢か?」
辺りを急いで見渡すも、コンクリートに覆われた部屋に、積み立てられた段ボール箱と床に敷いていた布団以外、特に何も変わらない。薄暗い中、唯一の窓ガラスから差し込む光が、寝ぼけているネクの目に入る。
「眩しっ……いや、違う。この感じ、前にもあった」
夢を見た、というよりも、映像が流れ込んできた、という方が近い。何者かが、自分に干渉して何かを訴えかけている。
こことは違う、向こう側の世界にて、かつて自分が体験したものと同じだった。
「なんだ……何かが、未来で起こるのか……?」
危惧するネクは、即座にナイトウェアから私服へと着替え、錆び付いて軋むドアを開いて部屋を出る。階段を登り、まだ人の少ない広い正面ロビーへと出て、そのまま渋谷の街へと繰り出していく。
「……渋谷は!?」
事務所のビルを出て真っ先に空を見上げるが、晴天の空がいつも通りに広がっていた。映像に流れ込んできた『あの光景』……それはまだ現実には起きていない。
「嫌な予感がする……早く、凛や、みんなにこのことを……」
未来からの叫びであるトレーラーを受け取ったネクは、急ぎいつもの花屋へと駆け出して行った。
同じく、別世界にて。
「あだぁっ!!!……って、あ、あれ?」
目を覚ましてすぐに頭を抑えるが、今日は目覚める場所が違う。テーブル席のソファじゃない、ワイルドキャットの奥側にある小さな個室、その中の小さな布団の中だった。
「あ、あっはは……いつもの癖で、また角に頭ぶっけると思ってた……」
最近、日夜問わず暇さえあればずっと寝ている。昼寝か睡眠か休眠か分からなくなるほど不規則な自身の生活に、ココも流石に頭を掻く。
「にしても、なんだろ……」
「今日は、ヤケに目覚めがいい気がするなぁ……」
時計を確認しても、こんなに早い時間に起きたことなんて今まで一度もなかった。体内時計の突然の狂いを、ココは妙に思う。
「な〜んか……嫌な感じ」
死神であるため、着替える必要はない。そのまま部屋を出て、いつもの店内のカウンターへと出る。
「おはよう、ココちゃん」
「おっ、いつもに増して早えじゃねぇか、ココ」
「おはよ、ヨシュア、羽狛さん……あれ?アイツはまだ起きてないの?」
「ん?ミナミモトなら、とっくにここを出たさ。確かめたいことがあるって」
「早っ!?アイツってば、生活習慣お年寄りじゃん……」
どうやら、ミナミモトも体内時計が狂っていたらしい。いつも通りとはどこか違う朝に、ココも違和感を確かなものにしていく。
「まあいっか……私も、ちょっと外出てこよっと」
何かが、いつもとおかしい。
「……蓄積された時間の歪みの反動、か……?いや、インバージョンによる時間改変の影響は、既にゼロと化したはずだ」
午前7:30。いち早く店を飛び出し、104屋上へと向かったミナミモトは空を見上げ、細めて目を凝らす。うっすら……先程までは見えなかった何かが空に映り込んでいる。
「データは足りないが、定義なら出来る……あの空に映る『渋谷』に、恐らくは時間改変と同じ程の影響を及ぼす要因が秘められている」
「イチかバチか……『奴ら』の出方を探るか」
——この日、当事者達の頭に、突如として流れ込んできたトレーラーの映像。
二つの渋谷の街が、向き合うように、互いの空を隠すように、渋谷という次元が一体化してしまう。青暗い空気の中、日の光も消えていき、日夜の時間が歪む。
現実には到底起こり得ない、ディストピアのような光景が、そこには映し出されていたのだ。
「……凛!!」
「ネク!よかった、来てくれたんだね」
店の前に立つと、インターホンを鳴らし、ネクは凛を呼ぶ。出向く凛の方も、どこか落ち着かない様子で、既に着替えを済ませていた。
「ひょっとして、お前も見たのか?渋谷の空に、もう一つの渋谷が浮かんでる……」
「私も見たよ。この先の未来で、あれが起こるってことだよね」
「ああ、多分な」
当事者である凛もまた、トレーラーを受け取っていた。この後の未来で、渋谷に何かが起こる。何か、よからぬ危機が訪れる。
「みんな渋谷にいるはずだから、とにかく事務所の方に集まるように言っておいたよ」
「ありがとう、俺たちも早く行こう」
「分かった……お母さん、ちょっと行ってくるね」
部屋に置いてあったバッジを鷲掴みにしてポケットにしまい込むと、最後に、現実に別れを告げるように、凛はすぐそこにいた母に伝える。
母は凛、そしてネクの顔色から良からぬ状況を察していた。
「いいけど……危なくなったら、すぐに自分の心配をするのよ?最近のシニプロのこともあって、すっごく心配してるんだから」
「……大丈夫だって。ちょっと見に行くだけだからさ」
「無事に戻ってきてくれて、本当に安心したのよ。だから……気をつけてね、凛」
「……うん」
普段よりも念押しした後に、母は凛を強く抱きしめ、ゆっくりと背中を押して送り出す。再び現実と非現実の境界へと向かって駆け出す娘に、『空白の数ヶ月』を知らない、ようやく再開を果たしただけの母は、何事も起きずに一日が終わることを願っていた。
「……急いで、みんなのところへ」
「急ごう……!!」
徐々に母の姿が見えなくなり、非現実の渋谷へと足を踏み入れていく凛、ネク。空に注意を払う中、僅かだが、浮かぶ何かが濃くなっている。初めに見た未来が、現実になり始めている。
「……ネク!!凛!!一体何が起こってるの!?」
「……アタシも聞いたぜ!!さっきのメールって……この上のヤツのことか!?」
109のロゴが見えるスクランブル交差点にて、目を疑う異変が確実になりつつある中、ネク、凛は事務所に向かう途中の加蓮、奈緒と出会う。
既に街全体が暗くなり、朝とは思えないほど影が濃くなり、日の光が遮られ、青暗い空気が街中に漂っている。
自分達の頭上に、全く同じような都市が逆転しているように存在しているのだ。街中の人々も全員が空を見て、迫り来るもう一つの渋谷に身を震えさせている。
「マルシー……まさか、あの渋谷って!?」
「俺たちにも分からない。だけど……今までの渋谷崩壊と、関係があることは間違いない」
凛、ネクの二人だけが、この世界で唯一あの街を知っていた。
特徴的な104のロゴが存在している、頭上のあの街は、ネクの元々の世界であり、凛、未央、卯月が流れ着いた世界。
一ヶ月前にインバージョンが引き起こされた、かつての世界の渋谷だった。
「うわぁぁっ!!何、地震!?」
「いた!ココちゃん!!」
「ココッペ!!無事だった!?」
ミナミモトを探しにスクランブル交差点に出たココは、ワイルドキャットへと向かう途中の未央、卯月と合流する。その瞬間、渋谷が大きく揺れ始め、空に見えていた街がハッキリと具現化される。
「しまむー……これ、夢で見たヤツだよ!」
「そうだね……本当に、現実に起こるなんて……」
「えっ……ひょっとして、未央、卯月。それって、渋谷が重なるような夢だったり?」
「そうそう!ココッペも見たの?」
「う、うん……あれって、ただの夢じゃなかったんだ……」
「とにかく二人とも、まずはみんなに連絡しよう!」
「分かってるよ、しまむー!」
揺れに耐えながら、卯月は頭上の写真を、未央は様子のおかしい渋谷の写真をグループ会話に送信して、全員にワイルドキャットへの集合を呼びかける。
「……ああっ、もう!!なんでこういう時に出ないのよ、アイツってば!!」
ココは電話をかけるも、パートナーであるミナミモトは出てこない。非常事態にもかかわらず、どこかでまた謎のオブジェでも建てているのだろうか。
渋谷は、一瞬にして混乱状態に陥ってしまった。頭上にどこまでも広がる無機質な都市圏。天地の区別が分からなくなる奇妙な空間。自分が立っている場所が果たして地面なのか、天空なのか、どこに自分がいるのかも曖昧になる。
ただごとじゃない、二つの世界を混ぜ合わせるほどの力……これまでに渋谷を、少年少女達を狂わせてきた『不協和』の元凶が今、その姿を現す。
【……ご機嫌、いかがで御座いましょうか。いつの日かの、渋谷の皆様へ】
一滴、液体が滴るような音がした。その瞬間、渋谷と渋谷、双方のビジョンに突如として砂嵐が巻き起こり、代わるように謎の映像が映し出される。
……黒い靄の塊と、白い靄の塊。渋谷と渋谷の狭間を背景に、視認することのできない何者かが、全ての人々が見守るビジョンを通じて、渋谷中に声明を出す。
【この度は、皆様の街、渋谷を終了させていただくことを、心より御礼申し上げます。誠にありがとうございました】
【皆様の物語は終わりを告げますが、世界は終わりを告げますが、残念だと嘆いてはなりません。これは、救済なのですから】
黒の靄から発せられているのか、白の靄から発せられているのか、そもそもどこから音が発せられているのか、下位次元の人間には理解することができない。目の前に映る黒と白、そして聞こえる抑揚のない機械的な言語。それこそが認知できる全てだった。
【終わるのです、永遠に】
【そして始まるのです、永遠に】
【断ち切ってはなりません】
【やり直してはなりません】
【共に】
【共に】
【この運命に抗う選択を取るのです】
【この運命に争う選択を選ぶのです】
何を言っているのか、理解が出来ない。人間には理解できない。復唱するように伝えられる言葉の意図を、飲み込めない。
「一体、何を、言ってるの……?」
「でも、なんだ……心が、騒めく……?」
これまでに対峙してきた死神とは、明らかに次元が違う。ただ言葉を聞くだけでも、身が潰れそうになるほどのプレッシャーを感じる。これまで幾多の異形の生命体を倒してきた凛とネクでさえ、抑えようとしても震えが治まらない。
【御機嫌よう、そしてさようなら。いつかの日の、渋谷の皆様へ】
【御機嫌よう、そしてさようなら。かつての日の、人間の皆様へ】
宣言を掲げると、黒い靄、白い靄は徐々に形を変えていき、下位次元が視認可能な二足歩行動物のような姿へ変化する。
【私は、**************……言語翻訳同調、完了。
【CODE 001】、ドゥーム】
【私は、■■■■■■■■■■■■■■■……言語翻訳同調、完了。
【CODE 002】、フェイト】
【すばらしきこのせかいの、永遠をここに——】
低位同調を行い、RGに存在する全ての人間が視認可能になった謎の存在。
黒い靄の渦巻く人間態、ドゥーム。白い靄の渦巻く人間態、フェイト。
運命を意味する名を抱き、彼らは今日この時間、『世界の永遠』を宣告した。
その瞬間、渋谷と渋谷の狭間……空の境界に、『紫』の水溜まりが出現する。天地両方より、どこからともなく現れる紫の水滴が、重力に逆らうように宙に向かっていき、巨大な紫の水球体を形成する。
地面のコンクリートから水滴が滲み出し、その度に双方の渋谷では地響きが酷くなり、スクランブル交差点では電柱や信号機、野外広告のボードが崩れ落ち、人々は叫びながら、安全地帯を求めて逃げ始める。
「や、やばい……ちょ、っと、これ……何事なの?」
「これが、ひょっとしてヨシュア君の言ってた……」
「……上位次元、ってこと!?」
次々と巨大化していく水球体を見上げる、ココ、卯月、未央。肥大し、肥大し、さらに肥大し、そして、
「渋谷エリア01、計画の施行へ」
黒い靄の人間態であるドゥームが、逃げ惑う人々の集まるスクランブル交差点へと降り立ち、まずは三人の前に姿を表す。降り立つ瞬間、あまりの衝撃にコンクリートの地面は抉れ、交差点を形成する白のラインにヒビが入り、スクランブルが壊滅する。
「同質の力を認識。『廃棄』を実行します」
「えっ……!?うわっ、来るよ!!未央、卯月!!」
「っ……やるしかないね!!」
「よぉし、ひっさびさに未央ちゃんの力、見せてやっちゃうよ!!」
島村卯月、本田未央……そして、新子々。敵意を見せる存在達を確認し、ドゥームはその場で自らの思考を『ウィルド』に接続する。
計画のバグを取り除くべく、本来なら存在しないはずの三人を消すべく、上位次元存在である『運命ノイズ』ドゥームは戦闘態勢に入る。
それを皮切りに、白い靄の人間態であるフェイトもまた、もう一つの渋谷のスクランブル交差点へと降り立つ。
「渋谷エリア02、プログラムを開始します。同質の力を認識。『廃棄』を実行します」
「……他の人たちには見向きもしない。こっちを、ずっと見てくるよ」
「狙いは俺たちか……気抜くなよ、来るぞ!!」
「奈緒、ここは私たちに任せて、早く……」
「いいや、私だって戦うぞ、加蓮。誰だか知らないけど、せっかく取り戻した渋谷に、手出させてたまるか!!」
戦闘態勢に変化し、『運命ノイズ』としてフェイトはそれぞれ契約する凛とネク、加蓮と奈緒に立ちはだかり、
「受け入れなさい、下位に属する人間」
「終末の、訪れを」
午前10:10:10。平穏だった街の均衡が、ついに破られてしまった。
突如として空に現れた謎の水球体、そして上位存在である『運命ノイズ』のフェイト、ドゥーム。
「……どうやら、最悪の展開になってしまったようだね」
「くっ……ダメです、どうやら完全に次元ごと渋谷が切り離されているようです。UG以降の次元に……同調できません」
渋谷コンポーザーであるヨシュアは、自らのテリトリーである渋谷に迫り来る存在より、ワイルドキャットに集まったシキ、ビイト、ライムを、羽狛と共に保護していた。
店に認識阻害のインプリントを仕掛け、外を飛び回る『白い謎の生命体』達から身を潜める。
「最悪の展開って……昨日、お前が言ってた上位次元のやつか?」
「そうさ。近頃、上位同調する際に違和感を感じることが多くなってね。しかもそれだけじゃない、僕が本来持つはずの力も、引き出せなくなっている」
「恐らく、さっきの奴らの仕業で間違いねえ。UG以降の次元、天界への接続を断ち切り、コンポーザー様の力を抑制したんだ」
渋谷で本来、最も力を持つ存在であるはずのコンポーザー、ヨシュアが抑制されてしまった。状況から考え、上位次元の関連は確実と言っていい。
だからこそ、今この状況を事前に予知することが出来なかった。UGレベル以上に同調できない時点で、今のヨシュア、羽狛は天使以下の存在でしかない。
「不協和の力は一切予測がつかない。次元操作を行えるほどの存在に、今対抗する手段は、ないね」
「マジ、でかよ……」
「あの変な靄の人達は、二つの世界のUGを意のままに操ってるんだよね。ヨシュア君でも出来ない次元操作が出来るってことは……」
「ヨシュアの言ってた天界は、無事なの?」
店に向かう途中で空を見上げた時、自身の認知を逸脱した光景を目の当たりにしたビイト、ライム、シキ。次元そのものをコントロールしてしまうその力は、明らかにコンポーザーをも凌ぐ上位次元の能力だった。
RGUGはこの通り……ならば、天界はどうなっているのか。
「見ての通り、この様だよ」
そう言うと、ヨシュアは店外を指さす。渋谷中にまさに広がり続けている謎の『白い生命体』。狭間にある『紫の水球体』を中心に放出され、倍増するように数を増していくその存在こそが、天界の末路だと言う。
「ここが見つかるのも時間の問題だよ。一刻も早く、奴らを迎え撃つ準備をしなくちゃならない」
「とは言っても、誰も勝てないなら、どうすればいいの?」
シキが尋ねると、羽狛が答える。
「今から、向こうの渋谷にコンタクトを取るんだ。あっち側の渋谷にも……俺たちと同じ、能力者の波動を感じる」
「私たち以外の、能力、者……?」
「パイロキネシス、ショックウェイブ、エンタングルメント。バッジ内のイマジネーションを解読」
「ぐぅっ……!!」
「ぐぁぁっ!!!」
白い靄の運命ノイズ、フェイト。その身から押し寄せるプレッシャーと同等に、その力は計り知れないほどに強大であり、ネク、凛はその攻撃に押されていた。
「バッジの能力を使うなんて……ほんとに、ノイズなの?」
「フリーフローの力も使う……でも、死神とはまた違う。別の……何かだ……」
戦うことで、二人はこのノイズの異質さを改めて理解する。
ネク、凛が放ったサイキックを瞬時に解析し、そのバッジを模倣して再現するが、威力は比べ物にならないほど凄まじく、扱いこなしている。
ノイズにも関わらず自我と知能を持ち、死神と違って、参加者と同じくバッジの能力で戦う。人間ではない人間……音流天が不協和の力を用いて生み出したラプト、バニラと似た原理がこの個体にも作用していた。
「ダメだ、普通のサイキックじゃ、削り切れない……ネクと凛のフリーフローじゃないと、攻撃が……!!」
「言ってる場合か、加蓮!!こいつらどんどん増えてきてる……アタシらで抑えないと!!」
一方、ネク、凛と少し離れた位置にいる加蓮、奈緒は謎の浮遊する『白い生命体』の大群と対峙していた。正体は不明だが、突如水球体より現れた存在達は今までのどの敵よりも硬く、二人はダメージを与えられないまま、防戦一方を強いられていた。
「頼む!アタシが抑えるから、その隙に!」
「分かった、奈緒!!」
そう言うと、奈緒は無言で迫り来る白い生命体達に『タイムラグ』を放つ。
「……喰らえっ!!」
……一ヶ月前、加蓮達が運命の死神から奪い取った幾多のバッジのうちの一つであり、事前に奈緒が密かに持ち去っていたバッジである。上記の中に数枚余分に紛れていた参加者バッジと共に、奈緒は非常時に備えて戦う力を手にしていたのだ。
タイムラグを発動した瞬間、奈緒の指定した『白い生命体の大群』の時間が数秒巻き戻る。
二人に直進していた大群は、逆再生のように行動をやり直し、その一瞬、数秒分の隙が生じる。
「今だ!!」
その間に加蓮はパイオニアを放ち、両手を繊細に使いこなし、戻りつつある大群を取り囲むように巨大な箱部屋を創造し、その中に封じ込める。時間が経過して凄まじい力ですぐさま壁を壊されるも、その度に時間を戻して壁を補修し、中の存在を無力化する。
「攻撃が効かないなら、せめて今は時間を稼ぐしか……だ、大丈夫、奈緒?」
「ぐぉっ、これきっつ……いや、今はアタシよりも二人だ!!大丈夫か、ネク、凛!!」
まだ慣れないサイキックに疲弊するも、奈緒は心配してフェイトと対峙するネク、凛の方を向く。二人はコピーするようにサイキックを一人で多用するフェイトに苦戦し、力の差を実感していた。
「がはっ……」
「何故、人間が同質の力を持つ。答えろ。その力を、渡した存在は、何者だ」
「はぁっ……ち、力……?」
「濃度レベル以上の異常値、RG存在とはかけ離れた能力……発信源は二枚のバッジと特定した」
これまでの機械的口調を少し砕き、フェイトはネク、凛の持つフリーフローのバッジ、アンサプレッションバッジとオーバードライブバッジを示す。
「RGレベルでは完全に使いこなせなかったようだが、その力を放置することは危険。以前の計画の錯誤も含め、やはり即座に廃棄すべき……」
「何言ってるか意味分かんないけど……ネク、必殺技、行くよ!!」
「これ以上、戦いを長引かせるわけにはいかない……分かった、凛!!」
既に渋谷全域に奴らの手先は広がっている。ここでずっと足止めを喰らい続けるわけにはいかない。凛、ネクはオルタナティブカードを発動し、その身に十二本のガラスの短剣を纏い、フェイトに向けて乱雑な軌道を走らせる。
「いくらやっても無駄だ。次元が違う」
しかし、いくら乱舞を刻んでも、まるで歯が立たない。痛みなどないように、関節も無視した動きで刃をいなし、その姿は人間では到底辿り着けないほどの領域に達している。砕かれ、砕かれ、ついに最後の一本が音を立てて散った。
「そん、な……」
「シンクロでも、何も効かないなんて……」
「言ったはずだ。諦めろ、もう抗うな」
短剣を全てガラスの欠片に帰化させると、フェイトは無尽蔵の体力から放たれる強力な一撃を放つ。その身のように白く、触れれば瞬時に溶かされるほど強大なショックウェイブの刃。ネク、凛の放つそれよりも、遥かに破壊的な威力を誇る。
「……!?危ない!!」
「ネク!!凛!!……くっ!!」
危機を察知し、奈緒、加蓮も咄嗟に飛び込もうとするが、時間が元に戻った白い生命体によって阻まれ、先に進めない。フェイト同様、この存在達もどうにか出来る相手ではない。
明らかな次元の差……かつてヨシュアに出会った時のような、上位次元との邂逅。このままでは何も出来ずにただ消し炭になるだけだ。
「渋谷は礎になる。その運命は……変わらない」
運命の通りに、ネク達人間は敗北する……だが。
「……何?」
恐ろしい威力の一撃が到達し、瀕死の二人を両断する、その直前。
突如、二人は渋谷から姿を消した。
「……えっ」
「あれ……どこ、行ったんだ……?」
その場に取り残されることになった奈緒、加蓮は目の前の出来事に理解が出来なかった。慌てて姿が見えない二人を探そうとするも、間髪入れずに襲いかかる白い生命体に、それを邪魔される。
「エリア内を再検索……対象無し。渋谷同調記録……CODE、020111128810、002007726421の流出を確認」
突然の予想外に、フェイトは戦闘態勢を解除し、人型から再び靄の状態へと変わる。ウィルドに接続し、予想外への対処策を検索し、即座に計画を修正する。
「第二下位次元『UG』内の追跡を開始します」
すると、加蓮、奈緒には目もくれずに霧散し、フェイトもまた渋谷から姿を消した。音を立てることなく、危機が静かに去った後の交差点に残ったものは、荒れ狂う謎の『白き天使』達と、
「よかった!無事だったにゃ、二人とも!!」
「連絡が途絶えたものだから来てみれば……なるほど、既に賽は投げられたのか」
「きらり達が来れば、も〜安心にぃ!!ささ、ぜ〜んぶ倒しちゃうよ!!!」
事務所から助太刀に現れたことで集った、八人の少女達の壮絶な戦闘の火蓋だった。
「この……ゼクトパスカルがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
その一方で、黒い靄の運命ノイズ、ドゥームに侵略された渋谷にて、同じくピンチに追いやられていたココ、未央、卯月の元へ、ミナミモトが上空より助太刀する。
「新規CODE解析……濃度レベル、UG。敗北の確率に、誤差は検出されません」
「けっ、お前も計算ばかりの質か。奇遇だな、上位次元」
「ミナっち!!来てくれて助かるよ!」
「ミナミモト君!!無事だったんだね!」
「アンタ!!大丈夫なら連絡くらいよこしなさいよね!!」
フェイトと同じく、ドゥームの力もまた強大。不協和の力を持つココも、強力なバッジを持つ未央、卯月も当然のようにあしらわれ、さらには飛来する白き天使達にも襲撃され、もはや詰みの状況に取り囲まれていた。
「時間の歪みに関してはココ、お前も分かっていたはずだ。そして流れ込んできたあの映像……少しばかり、準備をしてきた」
そこに現れたミナミモトは、この渋谷に何かを残してきたと言う。
「へぇ……で、それってこいつらを倒すのに役立つの?」
「バカ言うな。渋谷の危機を黙って見過ごすほど、俺はマヌケじゃねえ」
「すごい!さっすがミナっち、頼りになる〜!」
「じゃあ!それを使って、この状況を逆転させよう!!」
何か手応えのある受け答えをするミナミモトに、未央、卯月は起死回生を狙ってその策に乗ろうとする。だが、
「いや……今はどうすることもできねぇ。ここを離れるぞ」
「……え?」
「……へ?」
ミナミモトはそう言うと、未央と卯月の身体を抱き抱えると、死神の翼を広げて急上昇する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!」
「またこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!?」
ビルの側面に足をつけると、そこから駆け上って上空へと飛翔し、崩壊を始める渋谷の街を飛び始める。
「いや、なんでよ!!じゃあどうして準備なんて思わせぶりなこと言ったの!?」
ココも翼を広げ、急いでミナミモトと並んで空を飛ぶ。
「ふざけんな!!相手は上位次元だ、小手先でどうにかできる奴らじゃねえ。解析には時間が必要だ」
「そ、そそそそそれじゃ……調べ終わるまでずっとこの状態!!?」
「ここここここここ、怖い怖い!!!助けて、ココちゃん!!」
ミナミモトが導き出した最適解は、時間稼ぎだった。打開策を見つけるまでの間、注意を引きつける囮になる必要があったのだ。
「無駄です。貴方がたと私では、次元が違います」
しかし、それもまた口に出すほど簡単ではない。どう足掻いても人間は上位次元のドゥームに敵わない。白い天使達も加わり、徐々にミナミモト達は追い上げられて距離を縮められていく。
「何を企んでいるのかは存じませんが、いくら足掻いても焼け石に水かと」
「やばい、アイツらもう追いついてきてる!!」
「あの白いウヨウヨした人たちも……あの人たちはノイズなの?」
「いや、アイツらは次元汚染された天界の末路……あの上位次元よりも『下位に位置する天使達』だ」
「天使……要するに、よっしゅんや羽狛さんみたいな人がこんなにもいるってこと!?」
「そういうわけだ!!このままじゃまずい、大きく動くから酔うんじゃねえぞ!!」
ただ逃げるだけでは簡単に追いつかれてしまう。力をコピーしたドゥームと汚染天使から放たれる大群の矢、電柱、銃弾が降り注ぐ中、ココはディゾナンスノイズを宿した銃弾でそれを打ち返し、ミナミモトも高低を利用して撃ち漏らしを回避する。
「あのノイズ、私たちの力使ってる……バッジを能力を使うノイズなんて、今までいなかったよね?」
「ノイズであのレベルなら、生み出した『黒幕』は必然的にそれ以上の上位次元存在になる」
「嘘でしょ……っ、この天使達でさえキツいのに、これ以上がいるとか……」
「ミナミモト君の解析は、目安はあるの?」
「いや。だが、今は僅かな可能性にかける他に道はねえ。下位次元の俺たちに出来ることは、着実に相手の弱点を炙り出し、全力で叩くだけだ」
成す術はない。その答えが見つかることを祈るしか、UGレベルの存在には出来ない。脇道に入ったり、もぬけの殻と化したビル内に侵入したり、あの手この手で撹乱させるも、天使はビルを突っ切り、全てへし折っていく。
天使達の数は膨大であり、その一体一体が渋谷の各地に蔓延り、地上の人類と街を殲滅し、浄化していく。理由も分からず、次々と上位次元の意のままに殺されていくRGの人類達。抵抗も出来ずに逃げようとするも、既に渋谷は包囲され、もう外に出ることは出来ない。
渋谷を礎にする、全ては運命のままに……
「……何?」
着実に渋谷の終焉が近づく中、四人の参加者を追っていたドゥームは、前方から謎の力が働いたのを感じた。時空の歪み、それを感知した直後、突然四人は現在から姿を消した。
身を捨てるように特攻していった天使達は、その消えた姿をすり抜けるようにして、そのまま頭を地面に叩き潰し、ソウルとして霧散する。
「エリア内を再検索……対象無し。渋谷同調記録……対象なし。並行世界転移……対象なし」
追跡を止め、戦闘状態を解除して人型から靄の姿に変わるドゥーム。その途端、ドゥームを筆頭に集団行動していた汚染天使達も停止し、再び単独行動に移り、渋谷各地への攻撃を再開する。
「時空転移……一件、CODE【未知】の挙動を検知。解析……この時間軸上に、データは存在せず」
ウィルドに接続し、未知の波動を過去の時間に感知する。場所は、現在から遠く離れた渋谷エリア01。その地点にて、非常に強烈な次元の歪みが発生している。
「どういうことでしょうか……とにかく、時間軸の詮索を、遂行します」
特定に成功した後、ドゥームも同じく霞むようにして消え、現在の渋谷から姿を消した。
突如渋谷に現れ、一瞬で街を壊滅状態へと追い込んだ謎の上位次元、フェイト、ドゥーム。
天界に存在する数多の天使達を、汚染天使として渋谷エリアUG、RGへと放ち、一方で自らは、同質の力を消し去るべくネクと凛、そしてココを標的として渋谷を離れた。
『……とうとう、始まった』
天使達によって地上の浄化が加速する中、渋谷スクランブルスクエアより、黒いネコの人形を抱えながらその街を眺める少女。一本のビルが根本から崩れ、そのまま重力に逆らって宙へと浮上する。既に建物だったと思われる残骸もいくつも浮かびあがり、RGの人間もこの僅かの間に随分と数を減らしてしまった。
『どんな命にも価値はある……そんな言葉を簡単に打ち砕くほど、上位次元は絶対的な存在、逆らうことは決して出来ない。これが、その証拠だとでも言うの……』
あまりにもちっぽけで、無力を証明するように消えていった人々。希望も夢も、何もかもが絶対的な力の前では意味を持たない。そんなのは、あまりにも惨すぎる結論だ。
屋上の渋谷スカイにて佇む間、汚染天使とは何度も相見えたものの、少女はいとも簡単にその個体を消し去った。しかし、彼らは止まることなく現れ続ける。
ウィルドの不協和の力によって狂わされ、自我を失い、単なる殺戮兵器と化した天界。どこまでも留めなく天使を噴出し続ける『紫の水球体』。
渋谷に総攻撃を仕掛けてきた、運命を名乗る二体のノイズ。
そして、渋谷から姿を消した当事者達。
終わりは、着実に迫っている。
『それでも私は、人間の力を信じる。今日まで、数え切れないほどの人々が築いてきたこの街の力を……この世界で、必ず永遠の環を断ち切れるって』
『この未練も、何もかもを纏めて……私が必ず、運命を変える』
黒い猫の人形を握る手に力を込めると、少女はその身に緑色のオーラを纏い始める。その時、彼女を取り巻く世界は変化を始め、緑色の渦が存在する広遠な空間となる。
『私も、そろそろいくよ』
ここから、第三章は次の三つの視点、
ネク、凛編。
ココ、ミナミモト、未央、卯月編。
その他の能力者編。
が、同時進行していきます。