すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
これまでの運命の死神を組織していた、黒幕である運命ノイズ、フェイト、ドゥームがRGに降り立ち、僅かな間に渋谷が崩壊状態まで追い詰められた中、抗うネク、凛、そしてココ、ミナミモト、未央、卯月は、現在の渋谷から姿を消してしまう。
彼らは、それぞれどこへ消えてしまったのか。
『……っ、くっさ!!何ここ!?』
鼻に突き刺す激臭に、ココは慌てて鼻をつまむ。水音がこだます暗い謎の場所、上下に狭く、左右に広いこの空間にて、目を覚ましたのはココだけではなかった。
『うっ……ここって、渋谷川の中、かな?』
『ど、どういうこと?だって、私たちさっきまで空に……ミナっち、何か転移みたいなサイキック使った?』
『確かに使えはするが、そんな子供騙しじゃ奴らは欺けないはず……俺にも状況が分からねぇ……本当に、ここは渋谷川か?』
生暖かい、気味の悪い空気に包まれた中、卯月、未央、ミナミモトも同じくしかめ面を浮かべながら状況を整理していた。
突如変化した環境に戸惑いつつ、起き上がるとすぐに警戒を張り巡らせる。
卯月、未央は当然この状況に見覚えはない。だがミナミモトにとっては……この空間を占める気配を、どこかで知っていた。
『……嫌な、気配だ』
張り詰めたような、冷酷で殺伐とした空気。
『これ……私も、知ってる、かも』
ココ、ミナミモト。かつて渋谷死神だった二人だけが、この緊張感を察知出来た。
『……!?まさか!?』
すると何か思い浮かんだのか、ミナミモトは突然その場を駆け出し、渋谷川を一人駆け出す。
『えっ?ど、どうしたの急に!』
『どこ行くの、ミナっち!!』
慌ててその後を追う卯月、未央、そしてココ。
『あり得ないが……今は、これしか考えつかない』
かつて、境界の川と呼ばれていた地点にて目を覚ました四人は、渋谷川の出口、渋谷ストリーム方面へと歩みを進めていく。その途中、視界に入ったのは、何故か積み上がっているガラクタの山と、そして、
「っ……ぁぁっ……」
山に潰されて気を失い、今にも消滅しかけていた『ミナミモト』の姿だった。
『……えっ!?ど、どうなってるの!?』
未央は目の前に広がる信じられない光景に、驚きを隠せない。それは卯月、ココ、そしてミナミモトも同じだ。横を向けば、自らがミナっちと呼んでいたミナミモトはすぐ隣にいる。
……だとすれば、この『ミナミモト』は一体何者なのか?
『……タイムスリップ……?』
ふと、卯月はかつて、未央とそんな会話を交わしたことを思い出した。同じ日が何度も繰り返されていた時、まだ無知だった自分達は、適当にタイムスリップの話題を口にしていた。
……もしも、本当に今がそうだとしたら。
『やっぱりか……間違いねえ』
『この空気感……そうだよ、私も思い出した』
否定する者は一人もいなかった。ココも、ミナミモトも、この空気感の正体にようやく気がついた。
渋谷川、ガラクタの残骸、倒れ込む禁断化した死神、そして妙に静かな渋谷。
卯月、未央がバッジを握りしめてスキャンすると、渋谷全域から言葉が流れ込んでくる。
【数え切れないこの世の不幸を断ち切るためにこの救済の光をさすればここは幸福な場所となるすなわちそこはすばらしきせかい】
【数え切れないこの世の不幸を断ち切るためにこの救済の光さすればここは幸福な場所となるすなわちそこはすばらしきせかい】
【数え切れないこの世の不幸を断ち切るためにこの救済の光をさすればここは幸福な場所となるすなわちそこはすばらしきせかい】
【数え切れないこの世の不幸を断ち切るためにこの救済の光をさすればここは幸福な場所となるすなわちそこはすばらしきせかい】
【数え切れないこの世の不幸を断ち切るためにこの救済の光をさすればここは幸福な場所となるすなわちそこはすばらしきせかい】
『みんな、同じことを考えてる……』
『電波みたいな話し方して……怖い……渋谷が、おかしい』
思考が統一された渋谷に身震いする卯月、未央。その反応を聞き、ココとミナミモトの考えは確信へと変わった。
この渋谷は、先程までの現在から見て『過去』に位置する時間。
『ここは、ネクが参加者だった頃の最後のゲーム……ビイトと一緒に、コンポーザーを倒しに向かっていった時間だよ』
「——おい、起きろ……起きろっ!!!」
「っ……なんだ?」
「やれやれ、いつまでそんなアホ面晒すつもりだ?渋谷の運命を何度も変えた救世主、それがこのザマか?」
「アンタ……だ、誰?」
やけにうるさく、大きな声で意識を目覚めさせる、赤い派手な格好をしたアネゴ肌の女性が目の前に現れる。辺りを見渡せば、ラグジュアリーな装飾が施された空間に、アートチックなトリックルームや、西洋風モダンのテーブル席など、ごちゃごちゃとした光景が目に入る。
戦いの最中だったはずのネク、凛は、頭を振り、混乱する情報を整えようとするも、それを待つ前に女性が話し始める。
「アタシは、松苗叶多(マツナエ カナタ)だ。桜庭音操、渋谷凛、まずはこの街を代表してお前達を歓迎しよう」
「ようこそ、カオスが集まる街、『新宿』へ」
両手を広げて高々に宣言すると、訳の分からない二人を置き去りにして、カナタと名乗る女性は一人盛り上がって話を進めていく。
「渋谷に、審判の日が訪れたことは見て分かる。だからこそ渋谷の境界に僅かな隙を見出し、そこからお前らをこの新宿エリアへと引きずり込ませてもらった。これで……きっと、奴らの計画も、少しは狂わせられたはずだ」
「ちょっと待って、何を言ってるのかさっぱり……」
「奴らはウィルドの生み出したノイズ、恐らくは最上位に限りなく近い上位存在だ。普通の人間が到底立ち向かえる相手じゃない。全上位次元存在ひっくるめて渋谷に喧嘩売りに来たってことは、本気で渋谷を終わらせる気だ——」
「落ち着け!俺たちも落ち着かない間に、お前がそんなんでどうする!!」
どんどん先へ進めるカナタに、ネクと凛はひたすら呼びかける。
まず状況が掴めない。あのノイズと戦っていたはずの自分達は、何故この空間にいるのか?そもそもこの空間はどこなのか?説明もなしに勝手に実行をされても、理解できるはずがない。
「え?……あ、ああ!すまない。そうか、そりゃ前提から話さなきゃ分かるわけねえよな……コンポーザーの感覚にも、早いとこ慣れないとな」
「そ、そうか…………はぁっ!?」
苦笑いをしながら頭を掻くカナタがふと言った言葉、ネクはそれを逃さなかった。
「お前、今、コンポーザーって……!?」
「え?……い、言わないと分からなかったか、兄ちゃん?存在を丸々別エリアに運び込むなんて、不協和の力抜きならコンポーザーくらいしか出来ないだろ」
軽い口調で、次々と衝撃的な発言をする新宿コンポーザー、松苗叶多。困惑する二人を前にして、自身がUG次元だった頃を思い出し、今度は丁寧に改めて説明を始める。
「そうかそうか……よし!じゃあもっと分かりやすく、なるべく分かりやすく、きっと分かりやすく教えてやる!」
「……」
「……」
「……そんな顔しないでくれって。今回の件はアタシらにとっても重要、関係のあることなんだ。安心しろ、下手なことは言わねえさ」
今下手なことを言ったばかりだが、そうツッコむ二人などお構いなしに、カナタは話す。
「じゃあ、簡単に話すとだな……まず、今日、渋谷についに『審判の日』が訪れた。上位次元存在である運命ノイズ、フェイト、ドゥーム。奴らによって、渋谷は現在孤立状態にされている」
「……孤立状態って?」
渋谷の現状について、凛にカナタは言う。
「あの空に浮かぶ街は、お前らももう知ってるはずだ。あれはもう一つの世界、こことは違う世界だ」
すると、カナタはネク、凛の腕を掴み、今いるこの空間から外に連れ出す。
『サナギ新宿』というガード下にある店内から出て、そこから覗く空を見上げると、そこにも渋谷と同じく反転した街が広がっていた。ネク、凛の予想の通り、向こう側はかつてインバージョンが引き起こされた世界であり、あの街は既に壊滅してしまった新宿だった。
「酷え有様だろ……瓦礫や残骸しか残ってない、もぬけの殻だ。あんなんじゃ、中にいた人間は愚か、何もかも一発だっただろうな」
「……そうか、俺たちが渋谷のインバージョンを阻止しても」
「失われた都市は、崩壊したまま、あの後も戻ってない……確かに、私たちが守ったのは、渋谷だけだったから……」
助かった自分達と、助からなかったその他の都市達。今まで気づかなかった事実を目の当たりにし、ネクも凛も、そしてカナタも表情を暗くする。
「っ……別に、お前達が悪い訳じゃねえさ。実際、エリア同士は本来なら干渉できないんだ。そんで、それをいいことに、あの運命ノイズ達は渋谷の街を天地から挟み込み……要するに、蓋をするようにして渋谷を密閉空間にしたってことだ。大体な」
カナタの説明によると、突如として渋谷に現れた運命ノイズ、フェイト、ドゥームは双方の世界を利用し、まだどちらも崩壊していない渋谷を両側から挟み込み、密閉した空間を作り上げたと言う。
「でも、どうして?渋谷だけを覆って、アイツらの目的はなんなの?」
「恐らく、渋谷に相当の憎悪がある……いや、絶対違うな。アタシら下位次元には想像もつかないようなとんでもねえ計画でもあるんだろ。どの道、渋谷ないし東京はそれによって危機に立たされている」
そう言うと、また場所を変えようと言い、カナタは二人を連れて新宿の街を移動しながら話をする。空に異質が露呈する中、新宿駅構内に入り、券売機前で止まると、カナタはその上部にある路線図を指差す。
「見てくれ、この新宿周辺に存在する各東京の都市の駅が、消えてる」
「駅があった場所は、池袋、中野、六本木、丸ノ内、秋葉原……渋谷も、消えてる」
普段から利用していた路線図の違和感に、凛はすぐに気づく。丸ノ内線の消滅、大江戸線、山手線の一部駅の欠落、普段のおびただしいほどのあの路線図からすると、驚くほど空白が目立つ。
「これらは汚染天使の一件が関係して……ああ、汚染天使ってのはな、あのノイズ達がRGに低位同調する際に放った波動によって、存在が狂わされた天使……洗脳って言うのが近いか?白いウヨウヨ、見ただろ?」
「各都市にも同じ影響が出ている。消えた街のコンポーザーは既に汚染され、その影響で街も荒廃した。現在姿を保っているのは、この新宿と渋谷だけだ」
「アタシと渋谷のもう一人以外、各都市のコンポーザーも全て汚染された今……それが、全て渋谷に集まってる」
カナタから聞いた情報は、想像を絶する絶望的現状を明らかにさせた。これまでの戦いとは規模が違う。運命の死神を遥かに超える、その先にいた存在達……最上位次元による襲撃が、自分達に降り注いでいたのだ。
「……ずっと前から……いずれ来る今日を待ち侘びてた。ようやく、奴らとの御対面が望めるんだ」
「……お前が俺たちを新宿に呼んだ理由は、その協力を呼びかけるためか?」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、ネクの言葉にカナタは強く頷く。
「そういうわけだ、兄ちゃん!お前達二人を連れてくることで精一杯だったが、渋谷側は向こうの『コンポーザー』に任せる。まずは連携を取って、上位次元の計画を食い止めるんだ」
「……とにかく、渋谷を守るために力を貸してくれるってこと?」
「ああ、もちろんだ!もはやこれは渋谷だけじゃない、東京全土の問題だ。アタシらも、黙ってるわけにはいかないからな!!」
そう言うと、カナタは近くの自販機から缶ジュースを三本買い、二本をそれぞれネクと凛に投げ渡す。
「そいつはアタシの奢りだ。神に叛逆を起こす同志として、今からアタシらは仲間だ!兄ちゃん、姉ちゃん!!」
「あ、ありがとう……」
「助かるな……あいつみたいに、コンポーザーって変な奴ばかりだと思ってた……」
「っ、変な奴って、お、お前な……街の頂点に立つ奴が、イカれてたら終わりだろうが……」
「ぶぶ……ちょっ、飲んでる途中に笑わせないでよ」
「アタシのせいなのか、今の!?」
……二人よりも少し背の高い、明るい姿勢で周りを引き連れ、そして少し抜け目のあるカリスマ……新宿の女王という肩書きを持った新宿コンポーザー。
だが、その内面には、何を隠しているのだろうか。
「少し飲んでから、初めにアタシらのベースに連れて行く。渋谷も渋谷で黙っちゃいないはずだ。まずは互いに連絡を取ろう」
『私たち、時間を超えたってこと?』
『そんなSFみたいなことが……って、今更何が起こっても不思議じゃないけど』
『時間逆行が起こった……ココ、前に俺が言ったこと、覚えてるか?』
『時間を超えて過去を直接改変するのは現実的じゃない、だったよね。コンポーザーでも出来ないようなことなら……やったのはあのノイズしか思いつかないけど』
渋谷川から外には出ずに、四人は中で、なるべく身を潜めながら話し合っていた。
実際に時間逆行が起こったのだとすれば、最も懸念されるのはタイムパラドックス……本来の時間の流れを変えてしまうことだ。
『本来、俺はここで消滅し、ネクや他の奴らはコンポーザー様と出会い、ゲームはそこで終わる。そこから先は知っての通りだ』
『私たちは出会って、一緒に死神を止めるために戦ったよね』
卯月の言葉に、ミナミモトは頷く。
『そうだ、つまり、この時間にはまだココ、未央、卯月は存在していない。存在しないはずの存在がこの時間と干渉すれば……』
『ねっくん達が私たちを元々知ってることになる、そうなれば、本来の出会い方が少し変わってきて……え、えっと……』
『結果的に、今ここにいる私たちの存在が消える、でしょ?』
複雑なパラドックスに頭を抱える未央を、ココがフォローする。
『となると、あのノイズが私たちを過去に送ったのは、そのパラドックスを起こすため?』
『そういうことなら……ここに長居するのは危険だ。一刻も早く、転移前の元の時間に戻らなきゃならねえ』
整理がつき、ようやく目標を定めたものの、そもそもこの時間に来た仕組みが分からない。これを仕組んだのがノイズだとするならば、
『奴と対峙する以外、他になさそうだな』
張本人と思われる、あのノイズと出会うしかない。だが奴の狙いがパラドックスだとしたら、そもそもの対峙にも大きなリスクが伴う。居場所は恐らくパラドックスの中心、今、ネク達のいる場所だ。
『この嫌な気配、あの鉄仮面の虚西さんと一緒なんだよね。それに、入口まで見てみても、川の中にはもう誰もいなかった。多分、ネクとビイトは、今まさに』
『鉄仮面との戦いを繰り広げてる最中だ』
この時間のゲームマスターは、虚西。ココの上司に位置する幹部死神であり、冷酷な性格で、ビイトの妹のライムをエントリー料として奪い、最終的にネク達とここで戦い、敗北する運命にある。
『じゃあ、その鉄仮面って人の所に行けば!』
『あのノイズが、そこにいるってことだよね』
目には見えないが、既に虚西はネクと戦いを繰り広げている。その座標に位置取るように、四人はその場で立ち止まり、あのノイズの襲来を待つ。
渋谷を崩壊させたと思えば、今度は時間を遡り、過去で改変を起こす。改めて次元が違う存在を相手にすることに、絶望感が拭い取れない。
今日、渋谷で目を覚ました時、明らかに何かが異なって感じた。ココの言う体内時計の狂い、ミナミモトの言う時間の歪み、その理由には恐らく、このタイムスリップが関与している。
時空を歪ませるほどの相手から、人間である自分たちは渋谷を守ることが出来るのだろうか。
『……おや。何故ここに貴方達はいるのでしょうか』
その時、もう誰もいないはずの渋谷川に、四人以外の声が響く。無機質で、人間が発しているようには聞こえない、言語を垂れ流すような声。
黒い靄を纏った運命ノイズ、ドゥームが四人の前に現れる。
『……!!出た、アイツだ!!』
『自らパラドックスを引き起こそうとは……これが俗に言う、血迷った、というものでしょうか?』
『誰が血迷っただし!!元々、そっちが仕組んだことでしょ!!』
身構えながら、未央が問い詰めるように言う。しかし、
『パラドックスの形成、それが私の思惑だとお思いですか?』
ドゥームはどういうわけか、その受け答えを渋る。
『何……?』
『そんなことをしなくても、下位が上位に抗うことは出来ない。現に力の差は歴然、わざわざ面倒な手間をかける必要は0です』
『あれ……まさか、何も知らないってこと?』
話が噛み合わない状況から、卯月はパラドックスの元凶がドゥームでもないことを察する。だがそうなれば、一層謎は深まるだけだ。
『貴方達を過去に連れ去った張本人、唯一本来の時間に記載のなかった存在CODE……彼女を【未知】と仮定した場合、関与の可能性は確実かと』
『へっ、他人の仮定なんざ興味ねえ。お前は直接的には関与していない、だが今、この時に時間逆行して姿を現した。
……なら、都合がいい。俺たちの目的に変わりはねえ』
『それは私も同じです。私以外の存在の思考、考察、推測、憶測、そんなものに意味はありません。故に、この渋谷にも、貴方達が築き上げてきた過去にも興味はない。
私たちは、既に何度も同じような世界を見てきたのです』
どこか気が合いそうで合わない、ミナミモトとドゥーム。その二人が摩擦を始めると、場の空気は一気に緊迫したものに変わる。
『本来の筋道であれば、私の目的は新子々の、不協和を持つ裏切者の排除。しかし、この際、この時間ごと貴方達を消し去ってしまいましょう』
『……ふん、バーカバーカ!!私はもうアンタ達の仲間じゃない。あの死神達からもらったこの力も、絶対に返したりなんかしないんだから!!』
あっかんべーで煽ると、意を決して上位次元と対峙する四人。ため息をつくように、ドゥームは憐んで腕を突き出し、そのまま四人……の空間座標上にある存在を手繰り寄せる。
『……?何してるの、アイツ?』
『まさか!?気をつけろ、来るぞ!!』
その瞬間、何かを察知したミナミモトはココ、卯月、未央を突き飛ばし、腕をノイズ化させる。結果、三人に向かってきた『謎の影』は、ミナミモトの腕に衝突し、そのまま引き裂かれて消滅する。
『いったぁ……いきなりなんでよミナっち!?』
『この技は、鉄仮面の……こいつ、虚西の特殊空間に外部から侵入したのか!!』
『ちょ、無視しないでってば!』
『言ってる場合か、未央!!まだ来るぞ!!』
『ええっ!マジ!?』
ふと見ると、既にドゥームはこの時間から姿を消していた。それと代わるように、渋谷川の硬い空間の中、静かに流れる水を叩きつけるようにして、何かが現れる。
虎のような姿をした、しかし黄から『紫』に染まった体毛に身を包み、無数の影を従える肌けた獣、『ディゾナンスティグリスカンタス』。
不協和の波動によって狂わされた虚西は、両脇に気絶したネク、ビイトを抱え、四人の前に姿を表した。
『……ネク!!!』
「ネク!!!危ない!!」
新宿の女王、カナタの居城である歌舞伎町一番街アーチを通る直前、凛はネクを突き飛ばすようにして倒れ込み、奇襲からネクを守る。突如、新宿の空から降り注ぐ無数の瓦礫。かつての世界の残骸達が、次々と少年少女を消し去ろうと狙いを定めていく。
「……次元移動を行い、他エリアへの介入を図った。干渉は禁止事項であることを忘れたのか、CODE、081……松苗叶多」
そして、再び無機質な声が辺り一面に轟く。白い靄を纏った運命ノイズ、フェイトは、既に渋谷から新宿へと移動を完了していた。
「今更何言ってんだよ。まさかお前らの方から来てくれるなんてな……お前が……運命ノイズ、フェイトか」
狙われる凛、ネクの前に立ち、カナタは二人を庇うようにして右腕を出し、空に浮かぶフェイトと対峙する。仲間は守ると言わんばかりのその頼もしさ……とは少し違い、その様子はどこか、殺気のような鋭利さを帯びていた。
「……お前らの狙いは、こいつらの力、不協和の回収。お前らが直々に組織した集団、『運命の死神』以外に力を持つ存在はありえない、異端分子はぶっ潰す……だからこその邪魔者の消去、だろ」
「理解しているなら早く二人を差し出せ。無駄な時間だ」
「そうすればこの街、新宿だけは救済を得るだろう」
表情も何も見えない、そんな心にもない交渉を受け、カナタは心に刻み込んだ『あの出来事』が渦を巻き始めるのを感じる。神なんか信じない……忌むべき敵だとして立てた誓いが、コンポーザーを怒り狂わせる。
「ざけんな……言われて安易と頷くほど……アタシらは生半可な覚悟じゃねぇんだよ!!!!」
すると、カナタは途端に逆鱗の怒号を上げ、フェイトに向けて青白い光を纏った巨大なレーザー砲を放つ。天使の羽が舞い散る中、天より何本も集中砲火を浴びせ、血眼になり、恨みを晴らすよう目の前の上位存在に下剋上を仕掛ける。
「舐めんじゃねぇ、刻み込んだんだよ……お前らだけは許さねぇ……アタシが、絶対にぶっ潰すってな!!!!」
「……無駄だ」
だが、そんな怒りを帯びた攻撃すらも腕で跳ね除け、その反動でカナタは大きく後方に倒れ、ネク、凛に衝突する。フェイトは次元の違いをネク、凛だけでなくコンポーザーにさえも見せつける。
「がっ……クソ!!!あのヤロ……っ!!!!!」
「コンポーザー……にしては、弱すぎる。怒り任せの一撃でこれでは、もう何の利用価値もない。先代の『080』を失ったことは、私たちにとっても損失だな」
「っ……数字なんかで呼ぶな……奪ったのは、お前らだろうがっ!!神だなんてクソ喰らえだ。どんな偉い奴だろうと、アタシの世界を歪めたこと、忘れてたまるか……忘れてなんか、やるわけ……」
「お、おい……しっかりしろ!!」
「急にどうしたの、カナタ!!」
立ち上がろうとするも、どこか弱々しくなっていくカナタに、ネクと凛は手を貸す。フェイトは心身共に弱すぎる現コンポーザーに失望したように、肩を落とすような仕草をする。
「抗うも従うも自由だ。だが、あまり無駄をかけさせるな。不条理だらけで世界を動き回る様を見るほど、不快なものはない」
「無駄が存在するから、矛盾は永遠に消えないのだ。そんな世界に、正しい解など当然あるはずがない。消去することでしか、この矛盾の連鎖は途切れない」
「消去……アンタらの目的はやっぱり」
「渋谷を消すために、上位次元は侵攻を開始した……間違いないみたいだな」
フェイトの言語を聞き取り、ネク、凛は奴らの目的が消去であることを特定した。
「今に始まったことではない。無限のような時間の中、何度世界は終わりを迎えたことか。終始の全てが決まっている上で、抗うという行動が以下に非効率で愚かなことか」
「知る、か……何言ってんのかサッパリだが、お前が勝手に終わりを決めんじゃねぇよ……つまらねぇエゴで、多くの人々の世界を巻き込むんじゃねぇ!!」
「これは総意だ。世界を管理する私たちの、始まりから揺るがぬ思考だ。この世界の人間の単数の思考など、ある必要もない」
「……あくまで上位次元は上位次元、私たちは私たち……このまま平行線が続く感じかな」
「下位次元の人間を理解できない上位次元……だから、これまでの事件は引き起こされてきたんだ」
双方の世界にて、運命の死神が渋谷崩壊を企んだ理由に上位次元の思考が絡んでいるのは明白だ。不条理によって矛盾が起こる、そう考えるフェイトに何を言おうと尋ねようと、恐らくはそれこそが無駄だろう。
根本の考えが違う、理解できない相手とはどこまで行っても、結局は行けるところまでしか行けない。肝心のその先に辿り着かないのだ。
「この世界も、結局は同じだ。これまでに失敗した多くの世界と同じく、多数の思考が入り乱れ、分かり合えない人間がやがて現れ、やがては運命に沿った未来を迎える。
今回は我らが自ら終焉を与えただけで、初めから世界は終焉を迎えることは決まっていたのだ」
「……」
「……」
「……理解できない、とでも言いたいのだろう。最も、私にとっては推測でしかないが、やはりただの時間の無駄だ。運命は絶対、決して下位次元、ましてや人間に抗えるものではない。これが全てだ」
「く、っ………偉ぶり、やがって……」
いい加減飽き飽きしたのか、フェイトはもはや何も言うことなく、次々と上空の破片を前方に飛ばす。
フリーフロー、オーバーロードを発動し、ネクと凛はカナタに代わって、それを弾き飛ばして迎え撃つも、このままでは先程と同じく勝ち目はない。別のエリアへと逃げ込んだとしても、上位次元はこちら側の考えを超越して行動してくる。もはや逃げる道すらない。
「ようやく気付いたのか。抗う愚かさを」
「っ……」
「どうすればいい……どうすれば、上位次元と対抗できる……」
新宿コンポーザーの後ろ盾を手にしたにも関わらず、それでもまだ上位次元には遥かに追いつけない。どこまでも絶望が消えない……最悪のビジョンがネクと凛に映ったその時、
「……おいおい、俺たちのリーダーに手ぇ出すなんて、いい度胸してんじゃねぇか……『ウィルド』の使い魔、フェイト、だな」
「……どこの馬の骨か知らないけれど、他所者にしては随分な態度ね。人の常識も知らずに、よくも人を語れるものだわ」
気づくと、ネク、凛、カナタ、そしてフェイトは、大勢の死神軍団に円を描くように取り囲まれていた。その数は尋常ではなく、全員が団結したように、一斉に円の中心を見ていた。
「なっ!?」
「死神……!?」
目を疑う光景に、咄嗟にネクと凛は体勢を整え、背中合わせで周囲に警戒を配るも、死神達は二人には目も向けない。向ける場所はただ一点……フェイトだけだ。
「コンポーザーの取り巻きか。だが、いくら数を束ねようと、私を倒すことなど出来ない」
「そうだな。だからこそ、こっちもバチバチにやろうとしてるわけじゃねぇ。これは……テメェらへの宣戦布告って奴だ」
「宣戦布告、だと?」
多くいる死神達の中、仕切るように大きく甲高い声を上げ、上位次元と対峙する男。その図体は並のノイズすら凌ぐほど大きく、他の死神とは一線を画していた。
「私たちは交渉に来たのよ。こちらは貴方が欲しい情報を渡す。その代わり、貴方はここで女王様を離し、今日一日間を事なく済ませる」
「情報だと?そんなものを私の餌に選ぶとは、判断を誤ったか、下位次元よ」
そしてもう一人、男の横に現れる一人の女性。カナタと同じ程の背を持ち、首に生きたイグアナを巻き付け、冷静な眼差しを向けるその姿も、男とはまた異なる死神だった。
「聞くだけ聞いてけよ、どうせテメェがその気になりゃ、俺たちなんざすぐ消し炭に出来るんだ。下手に出てきたわけじゃねぇ」
「……聞きなさい、ウィルド。私たちが持ち合わせている情報は……貴方も探り続けていた、『例の少女』についてよ」
「……なんだと?」
例の少女……女性がそのように言うと、無機質的だったフェイトは、初めて明確な動揺を示した。
「テメェに散々やられた後、俺たちも黙っちゃいられなくてな。所々で渋谷を観察させてもらってたんだよ」
「唯一、世界と世界の壁を越えられる『新宿の女王』。その力を使って、私たち新宿死神はこれまで何度も動向を探っていたのよ」
ネク、凛には、新宿死神が言った意味がまだ理解できない。ただ分かることは一つ。新宿死神と名乗ったこの死神達は、運命の死神とはまた違う勢力の存在であるということだ。
男がその巨大な両手を叩き合わせ、腹の底からの声で自らを名乗り上げる。
「俺は!!!!我らが女王、松苗叶多に属する配下、周々木佩一(ススキ ハイチ)!!!!!」
そんなけたたましい声とは変わり、女は冷静さを欠かず静かに自らを名乗り上げる。
「私は。我らが女王、松苗叶多に属する配下、上池菖乃(カミチ アヤノ)」
直後、取り囲むように立っていた多数の新宿死神が、フェイトとカナタの間に入り込むようにして駆け込み、円を縮める。フェイトとの緊張状態が一瞬解除されたことで、息をつきかけたネク、凛だったが、
[おい!!お前らはこっちだ!!]
「うおっ!!!」
「痛っ!!ひ、引っ張らないでってば!!」
一部の死神達は二人の服を掴むと、凄まじい勢いでアーチをくぐり、その向こう側に広がる歌舞伎町へと急いで連れ込む。
[女王様!!無事で何よりです!!]
[さあ!!こちらへ!!]
「っ……ああ、すまねぇ、っ……」
コンポーザーでありながら、カナタは一般死神である彼らの肩に手をかけると、そこから抱えられるようにアーチを潜っていく。奥に見えるフェイトと対峙する、配下を名乗った二人の死神。その二人の名を弱々しく呼ぶ。
「ススキチ、アヤノ……ごめん、すまない……」
「何言ってやがる、女王、サマ。ここは大人しく任しとけよ」
「女王様、貴方も疲れているのよ。はぁ、少し後ろに下がって、まずは気を落ち着かせるべきよ」
「っ……」
二人の幹部死神に諭される一人のコンポーザー。上下関係の歪みが明確になる中、カナタ、そしてネク、凛はアーチを抜け、歌舞伎町の大通りから逸れるようにして脇道を駆け、入り組んだ細道を進む。
フェイトから逃れ、しばらくして見えてきたのは、暗がりを赤い提灯が鈍く照らす、長い一本道の飲み屋街。
渋谷とはまた違う、東京の幻想が満ちた、どこか大人びた空気感の空間……新宿の聖域である『女王の御前』に、ネク、凛は思わず言葉を失った。
『……はぁ、はぁ……もう、動くんじゃねえぞ、鉄仮面野郎が』
隙を生むことなく襲いかかる『影』達を掻い潜り、ミナミモト、ココ、未央、卯月は突如現れたディゾナンスティグリスカンタスと対峙し、打ち破った。影を自らの幻影として放つ攻撃は通常時と変わらず、虚西の意識が消滅していることからも、パターンさえ読めば敵わない敵ではない。しかし、不協和の力により、フリーフローと同じくその攻撃の威力は桁違いとなっている。
四人で背中合わせに固まり、まずは背後からの不意打ちの可能性を確実に潰し、ココ、卯月が高威力の銃弾と弓矢で空間中に漂う幻影達を牽制する。幻影の標的が自然と二人へと向く中、一瞬生まれた隙を逃すことなく、ミナミモトは手足をノイズ化させ、僅かに姿を現した紫の本体の……影目がけて飛び出す。幻影の数が減り、身体を露呈せざるを得なくなったディゾナンスティグリスカンタスは、その影への一撃に酷く喘ぎ、その場に倒れる。
『ひ、久々に私サイキック使ったよ……は〜、上手くいって良かったぁ』
トドメに、未央がその場から飛び出し、ココと卯月によって撃ち抜かれた幻影の内の一体を掴み、パッションストライクの凄まじい破壊力を本体の影へと叩きつけるよう喰らわせた。
既に動くことなく気絶しているが、それは虚西だけではなく、対峙していたネク、ビイトも同じだ。本来の時間では、二人が虚西にトドメを刺す。つまり、この地点だけは何としてでも死守しなければならない。
この事実を書き換えては、未来が変わってしまう。
『なんか、複雑な気持ちだよ……助けられる力があるのに、何も出来ないなんて……』
思わず卯月は、身の内に浮かんだもどかしさを吐く。この時間のネクに力を貸したい、ただ見るだけなんてじれったい。時間という繊細かつ重大なテリトリーだからこそ、このような不思議な感覚に襲われる。
『力を貸そうが、元の時間と流れが変わった時点で終わりだ。幸い、この状況ならまだやり直しが効く。ネクと鉄仮面の対峙の構図を、もう一度作り出すんだ』
『……なんか、変だよね。仲間のはずのねっくんとだいちゃんを、こっちから苦しめる形に持ってくなんて』
『だから言ってたんだよ、過去を改変することは非現実的だって』
ねっくんとだいちゃん……ネクとビイトは、ドゥームによって自我を失った虚西により、一時的に気を失っている。彼らはこの後、本来の時間通りに虚西を倒し、当時の指揮者と対峙し、コンポーザーへと繋がる道を歩む。
……必要だと分かっていても、彼らが苦しむ未来を知っておきながら何もしない選択を取ることは、彼らにとって何とも歯痒かった。
『未来を変えられるとして、本当に自分は未来を変えるべきなのか……解を出す過程ばかり気にしちゃ意味がねぇ。俺たちにとっての正解に従うんだ』
『……ごめん、変なこと言っちゃって。ちょっと気にしすぎたのかな』
『ううん、卯月は何も悪くないよ。ただ、この時間でネクを助けることと、未来を守ることはまた違うから……』
『……はぁ』
立て直そうとしてもまだ沈み込む雰囲気に、ミナミモトは重苦しさを吐くと、そのまま倒れ込む虚西の元へと歩む。
『……?アンタ、何してんの?』
『へっ、変に心配すんなよ。ただ少し……手を加えるだけだ』
そう言うと、ミナミモトはしゃがみ込むと、気を失っている虚西のその胸元に……
『ええええっ!!!!!?ちょちょ、ミナっちストップストーーーップ!!!!!!』
……ではなく、制服の内ポケットに手を入れ、そこから一枚のバッジを取り出し、すぐに元に戻す。
『あ、あれ?』
『馬鹿野郎!!手を加えるだけだって、言っただろうが!!』
『ビックリした……み、ミナミモト君がそ、そんなことす、すするなんて……』
『う、卯月!?テンパって現実との境目がなくなってるんだけど!?』
目を回す卯月も、未央も、ココも、一瞬だったため、ミナミモトが何をしたのかはよく分からなかった。
ミナミモトが取り出したバッジは、かつてのこの時間にて、虚西がゲーム中ずっと持ち続けていた『バッジ』だった。その正体は今も知らないが……『そのバッジからノイズが出る程度』の細工など、そこまで大きな影響を与えないだろう。
『俺たちは未来を変えるわけにはいかねぇ……だが、これくらいの手助けなら出来るだろ』
『……へぇ〜、アンタってそんな気遣い出来たんだ』
『じゃあ、今までどう思ってたんだよ』
『え、ヘクトバカスルって』
『テメェふざけんな、ココ!!!」
笑い混じりに煽ると、ミナミモトはココを追いかけ回し、捕まえて互いに服を引っ張り合う。友達同士が戯れ合うその様子に、未央と卯月は思わず笑みを浮かべる
『あっはっは!!!さっすがミナっち!!気が効く男はモテるね〜』
『ミナミモト君……ありがとう!!』
『どうってことねぇよ。だって、友達だからな』
『うお……か、カッコよ』
『おい、お前も煽ってんのか?』
『そ、そんなわけないじゃ〜ん、ミナっち!!』
卯月に対して明らかに素で話したミナミモトに、未央は思わず反応してしまう。そんなことを話している内に、ヨレヨレになったココがまたミナミモトに襲いかかったり、いつの間にか重い空気は薄くなっていた。
——戦いを終え、まずは第一の改変を阻止した彼らが次に向かう時間。その道は既に、川の向こう側に広がっていた。緑色の渦を巻き、飛び込めば何処かへと吸い込まれてしまうような、どこまでも先が見えない無限の空間。先へと進んだ後、彼らを待ち受ける場所は一体何処なのか。
新宿への侵攻を開始したフェイト、過去の改変を遂行するドゥーム、そして新たな勢力として現れた新宿死神。
渋谷に迫る危機は、始まったばかりだ。
【なぜ…私の分析に誤りなどないはず……】
【死神でないあなたが、なぜノイズを召喚できるの!?】
【……知るか!!】
【それにあれは、ノイズじゃない】
【俺たちの仲間……ライムだ!!】
最後の【】はちょっとした原作のシーンの一部分です。ネクがノイズ体になったライムを召喚できた理由は、今回の過去に遡ってきたミナミモトによるものだった、というものです。
今回は原作のビイト編最終日への時間逆行、そして、コンポーザーであって新宿の女王である、松苗叶多との邂逅がありました。
この展開があったからこそ、原作紹介でシキ編、ヨシュア編、ビイト編の説明をする必要がありました。