すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect   作:デトネート

44 / 51
予想外の上位次元フェイトの新宿への乱入により、カナタ含め新宿死神達は、極限まで追い詰められていた。予想できたはずの困難ではあるが、復讐に駆られる今のカナタと新宿死神には、そんなことは考えもつかなかった。
このままでは母と同じ末路を辿ることになるも、自分にはどうすればいいのか分からない。まだあまりにも幼すぎた女王を奉る、新宿の未来は。

一方、時間逆行を引き起こす、何者かの考えを探ろうとしていたココは、ネクの時間よりも遥か過去へと遡る。
そこで目にした光景は、これまでの全ての軌跡を崩壊させた。


#36 新宿3日目/過去4巡目『導く者と示す者/解なしの選択肢』

「くっ……怯むんじゃねえぞ、お前ら!!!!!女王の命令だ、死んでもアイツに喰らいついてやるんだ!!!」

「愚かな……せっかく得た、生きる機会ですら、無碍にしてしまうとはな」

[女王様を、バカになんかするな!!!]

[そうだ!!女王様なら……女王様なら!!!]

 

 時はさらに進み、丁度12時間が経過した。辺りは冷たく、暗い空が街の上に映し出されている。

 新宿死神達はその中で……既に数えきれないほどの同志を失った。

 

 ススキチとアヤノが上位次元、フェイトと交わした約束事。それはゲームで決着をつけるというものだった。

 ルールは新宿死神とフェイトは、五時間の戦闘を行い、その後に共に二時間の休憩を挟み、これを何度も繰り返していく。新宿死神側に逃げる時間を作ってゲームを展開したが、所詮はただの時間稼ぎに過ぎない。渋谷に連絡を取ろうとしても、既にエリアを隔てる壁は厚く、信号を掴むことができずに、全ての計画が崩れた。

 

 これでは、フェイトを倒すことは出来ない……そんなことは、誰もが分かっていた。

 

「……」

 

 既に二度の出撃を経て、新宿死神はその数を半数まで減らしていた。その他にも、辛うじて生き残った者も、もはや再起不能の者も、見るも無惨な姿になった者も。この紅い横丁では、酒と紅い鉄の臭いが満ち溢れていた。

 

「ねえ、カナタ」

「……凛か」

 

 女王の間にたどり着き、静かに座椅子に座ると、そこには既に凛がいた。軽い傷はあるものの、他の者達と比べると、その差は歴然。二度の出撃を経ても、未だ力を残している。

「頼まれてた手当ては終わったよ。みんな、一応は無事ってところだけど」

「もう戦うことは出来ない……みんな、力尽きてるってことだよな」

 凛の話すことを、先回りしてカナタは言う。

「うん……今のままじゃ、あと二回の出撃も持たない。私もネクも、いつまでも戦えるわけじゃないし」

「……ごめん……凛の言いたいことは、分かってる」

「……」

「導け、ってことだよな」

 カナタは、既に分かっていると、凛に伝える。分かってはいる、気を遣われているのも分かる……全部分かる、分かるだけなら誰よりも分かってる。分かってはいるんだ……

「ごめん……ごめん、ごめん……本当に、ごめん……」

「カナタ」

「やっぱ、ダメだ……アタシじゃ、アタシ達じゃ、アイツには勝てない……敵討ちも、新宿を守ることも、何も出来ない……」

 

「アタシじゃ……こんなアタシなんかじゃ……」

 

 凛の呼びかけも届くことなく、カナタは頭を抱えて、似つかわしくない豪華な椅子に今も座りこんでいる。

「……ススキチも、アヤノも、みんなアタシに任せっきりで……導けって言われたって、やっぱ分かんないよ……リーダーって、どうすればいいんだよ…!!」

「母さんみたいになれって、最初はみんなの視線がアタシに向いてて、期待されてるって、変に浮かれてた。でも急にいなくなって分かったんだ……思うよりずっと、女王は過酷なんだって……」

 子どもの時、アヤノに女王はカッコいいと、ススキチに女王になると、言った。

 何故、二人は未だに自分を女王でいさせ続けるのか。こんな惨めな自分を、代わりにもなれていない、ハリボテのような哀れな女王を、何故ここに置き続けるのだろうか。

「今もアタシのせいで……バカみたいなアタシがいるせいで、みんな次々に死んでく……」

「もう、助けて……誰か、誰か助けてくれよ……お母さん……会いたいよ、お母さん……」

「……」

 神に抗う唯一のコンポーザー……だがここにいるのは、そんな立ち位置から到底かけ離れた、臆病なたった一人の少女。

 行動することを止め、考えることを止め、どこまでも悪くなる状況をただ見るだけ。かつての新宿は何処へ行ったのか、何故こうなったのか、自分のせいなのか。母が死んだことも、父が死んだことも、仲間達が次々と殺されていくことも……未だに自分がコンポーザーであることも。

「ぁぁ……っ……」

 凛の前で、コンポーザーは声を押し殺して震えていた。新宿の女王とは程遠い、力を持つだけでは不完全であることを知ったカナタは、神のその不協和の力を前に打ちひしがれていた。

 ……過去からずっと、大切なものを失って、その場に立ち尽くしていた。そんな彼女の後ろ姿を、凛は自らの身で、既に知っていた。

「本当に……カナタは女王になりたいって、思ってたの?」

「……え、っ」

 優しさを交え、そして僅かに言葉に重さを加え、凛はカナタに向き合う。

「今起こってることも、過去に起こったことも全部、最後にはここに行き着く。自分の夢や理想が、本当にその通りなのかどうかに」

「……アタシが、本当は女王に、なりたくなんてなかったってことか……?」

「それは、私に聞いても分からないでしょ」

 凛は鋭く、カナタに伝える。

「でも、夢なんて、夢でしかないから。ただ考えることと、現実に起こすことはまるで違う。心に秘める理想は、その過程に過ぎない」

「夢は簡単に叶うものじゃないし、それに、持つこと自体も簡単じゃない」

 そう言うと、凛は自身の過ぎし日……何がしたいのかも、何を得たいのかも分からなかった、かつての日々を思い出す。

 分かりきっててつまらない日々、でも新しい何かを見つけようとしても、どうすればいいのか分からない。その心にあった自己への提起に、悩まされ続けた毎日。

 だが、今の自分が夢を得たのは、そんな中でも一歩、前へと進めたからだ。

「……」

 夢を持つことは難しい。そう言われ、カナタは顔から手を離し、今の自分の姿を見る。

 紅い派手なドレスに身を包み、ヒールを履いて脚を露出し、大人びたセクシーさを演出している。見せかけだけの、そんな自分の姿を見て、今一度心に問いかける。

「アタシ、は……」

 

 偉大なる新宿の女王であった母、ツグミ。その後ろ姿に宿っていたものを、自分も知っていたはずだ。カッコいいだけじゃない、失って傷ついたことも、悲しみを押し殺していたことも、数えきれないほどの苦難を経験していたことも。

 でも、それでも、最期までリーダーとして生き続けた新宿の女王。次期女王に運命付けられていた、若きカナタは……その姿から、何を見出していたのか。

 

 

 

「アタシは……」

 

 

 

「……女王になりたかった。ずっと前から、全部を導いてくれる、そんなお母さんに憧れてた」

 

 

 

 過去に言った女王への憧れ。それが偽りではない、この本心からのものだと、カナタは答えた。

「アタシも、本当は分かってたはずだ。ただみんなの前に立つだけじゃない。辛いことも、苦しいことも、その全部を乗り越えて前に進む。それが、人を導くリーダーだって……」

「リーダー……か」

 カナタの言葉を聞き、凛もあることを思う。

 ……夢を描くだけでは、見えないものもある。自分にとっての一番の景色だけしか、人は夢に映し出すことが出来ない。自分がアイドルを始め、そして……あり得ないほどに辛い、泣き叫ぶほどの現実に叩き落とされたことも、同じだ。

 カナタの夢と現実の狭間の葛藤に、凛も寄り添う。

「……心に、嘘はつけないよ。どんな責任があっても、どんな使命があっても、どんな宿命があっても、自分が本当に思ってることは、ブレない自分自身の芯になるから」

「……でも、変だよ。お母さんがみんなをまとめてたのも、こんな風に非常事態になった時に場を正してたのも、私には何一つ出来ない……出来るわけ、ないし……」

 それなのに何故、まだ自分は、この椅子から離れられないのか。このドレスを脱ぎ捨て、その無様な身を曝け出さないのか。

 

 母親の代わりとしてではない、『新宿の女王カナタ』という本物に、心の何処かで、思いを馳せているとでも言うのか。

 

「……!?アタシは、代わりのままで……それで終わって、いいのか…?」

「やっぱり、思ってることがあるんでしょ、カナタ」

「り、凛……」

 自身の奥底に眠る強大な思い、その一端を感じ取るカナタ。まだ座り込み、何かを気付きかけているその肩に、凛は手を置く。

「夢を追いかけることは大変だよ。私も辛かった……あり得ないくらい、それこそ逃げ出したくなるくらいに」

「……」

「でも、逃げるだけじゃ、自分の世界は変わらない。別にやめたいなら、それもまた一つの道。ただ足を止めないで、まず一歩を歩むことが、一番大切なことなんだって」

 自分のこれまでと共に、凛はカナタに思いを伝える。渋谷を歩んで得た時間全てを、今、この瞬間にぶつける。

 

「目を背けることは……簡単だからな」

 

 その時、この空間にもう一人、渋谷の時間を歩んだ者が現れる。

 凛、カナタの話を入口からずっと聞いていたネクも、途中からその輪の中に入る。

「ね、ネク……聞いてたのか」

「ああ、お前が母親の代わりに固執してることも、逆に女王としてのアイデンティティを求めていることも」

 ネクは今のカナタの中にある、相反する二つの思いを並べる。

 一つは新宿死神内の伝説と化しているリーダー像、松苗亜未をトレースして継承すること。

 そしてもう一つは、新宿の女王、松苗叶多として『自分自身』が新宿の頂点に立つこと。

 

 母か、自分自身か。今現在、カナタの頭や身体を鈍らせているものは多くあるが、これこそが最大の理由であると。

 

「死んだ人は戻らないし、その先を知ることはできない。でも、残された人々の心は、呪いのように鎖で縛られ、気づかないまま永遠に苦しみ続ける。

……それじゃ、いつまで経っても意味なんかない」

「お前も、そのことを分かってたんだろ。だから今のその気持ちが、お前の心の中にあるんだ」

「……」

 子どもの頃から忘れずに抱き続けていた夢。それは今でも変わらずに、この胸の内にあった。残り続け、鎖で縛られた牢獄の中から叫び続けていたのだ。

 本当の奥底にあるものは、どんな苦しみを経ても変わらない。常に単純で、常に純粋なものであるはずだ。

「凛……お前の言ってること、俺にも分かったよ。どれだけ人を突き放しても、拒絶しても、ずっと思ってた……信頼し合える友達がいてくれたらって」

 ネクの芯は、常に人に向いていた。他人を拒絶することこそがかつての彼のアイデンティティ。

 つまり、あれほど他人に干渉されることを拒んでいた彼が、実は誰よりも一番誰かのことを考えていた、つまり、他人と関わっていたのだと。

「ネク……」

 かつてとは比べ物にならないほど、ネクは凛に向かって、朗らかな笑顔を見せる。今のネクの目に映るものは、この時間に存在している、友達の『渋谷凛』だ。

「一度忘れそうになっても、それを気づかせてくれたのは……お前だ。この世界に俺を引き戻してくれた。俺の手を、引っ張ってくれたから」

「私だって……ネクに救われた。ネクは『私』のことを見てくれて、私の手を、掴んでくれたから。だから、私はここにいられる」

 凛もまた、ネクに向けて笑顔を見せる。その表情に不信は微塵もない。パートナーとして、そして大切な友達として、完全な信頼で満ちていた。

 

「みんなと、凛と友達になれたから……俺は『今』を、生きていられる」

 

「みんなを、ネクを信じられたから……私は『今』を、生きていられる」

 

 過去の呪縛を解き、全力でぶつかり、心から分かり合えた二人だからこそ、その言葉に測れないほどの意味が宿る。二人が望む今は、理想と夢を超えた、その先で手にしたものだった。

「……お母さんも、みんなも、アタシ自身も。この全部、全てが全てに繋がって……」

 母の偉大な女王像を押し付けてくる新宿、純粋な夢の塊である女王への憧れ、その狭間で足を止めてしまったカナタは潰れるしかなかった。

だが、その芯にあったものは、いつも変わらない。母が消えてしまっても、この新宿から求められなくても、それでもどこかで、思い続けていた夢があった。

 

 一歩でも前に進められれば……そうして自らの未来を掴んだ二人が、カナタの目の前には写っていたのだ。

 

「……カナタ」

 ネクは改めて、カナタに伝える。

「俺もさっきまで、ここの新宿死神と話してた。男も女も、みんながみんなして、女王のことを口にしていた」

「……」

「でも、お前の名前を呼んでいた奴は、誰一人いなかった」

 戦場で負傷した者たちの救護をしている間、ネクは新宿死神達の心の奥側を見ていた。

 もはや病的とも言えるような、その女王への崇拝心は凄まじく、これほど多くの仲間達が無策によって死んでるにも関わらず、彼らは皆、女王への狂った信頼を寄せていた。

「ここの新宿死神達も、先代女王を失った呪縛で、心を縛られている。みんな自分のことばかり考えて、『女王』という存在に酔い浸ってる」

「この新宿って、絆を重視してるエリアでしょ。でも、今はまるで違う。エゴを満たすために、一人一人が他人を利用してるだけ。繋がりなんて……それを正統化させる言い訳に過ぎない」

 ネクも凛も、それが、決してカナタのせいだと言いたい訳じゃない。寧ろ、これは新宿の元々の組織体制が招いてしまった、必然的なものだった。

 新宿の統治は、全てが女王ツグミの元で行われていた。そこに付随するように死神達は所属していたため、仲間意識を高めることには成功したが、予想だにしなかった不慮の死を迎え、混乱が起こった。

 受け入れられない死神達は、次期女王として大切に育ててきたカナタに依存するしかなく、ツグミの後釜としての『女王像』を奉ることにした。

 通常のエリアとは違い、新宿は女王なしでは、もはや成立すらできないエリアとなってしまっていたのだ。

「……そうだ。みんな、昔までは仲良く、優しくアタシと過ごしてたはずだった。でも、いつの間にかアタシなんか必要されなくなった。みんなが必要としてたのは、お母さんだった」

「ここの新宿の奴らの目……俺が見た中でさえ、誰一人として、生きてなかった」

「みんな自分のことしか映ってない。女王の元で仕える自分の姿しか、頭にない」

 もはや、作戦や計画でどうにかなるものではなかったのだ。この新宿は、フェイトの侵攻以前からボロボロだった。

 繋がりの裏を返して初めて分かる弱み、そのことに気づかない限り、新宿は絶対に上位次元に敵わない。

 

「……残された僅かの時間。どう動くか、何をするかはお前の自由だ。最悪、もう誰も『女王』しか見てない。足を進めずに止まったままでも、きっと何も言わない」

「でもカナタなら……本当に女王になりたいって今でも思うなら、新宿のみんなを呼び起こして、止まった時間を動かせるかもしれない。お母さんとは違う、カナタの思い浮かべる女王として」

 

「アタシの、本当の女王として……新宿を……」

 

 凛とネクから伝えられることは、これで最後だ。

 持つことも難しい夢を持ち、失った悲しみのその裏側にある、本当の自分の芯にも対面した。あとは、彼女が何を選ぶか次第だ。

「……時間だ、俺たちは先に行く。行こう、凛」

「分かった、ネク」

 二時間の休息が過ぎ、これより三度目の出撃が開始される。不協和の力を持つ者として、現時点での有力戦力であるネク、凛を中心に、新宿死神達は上位次元と対峙する。

「夢……アタシだけの、新宿……」

 未だに椅子にしがみつくカナタだったが……その目の奥には、見たことのない自分自身の姿が、微かに顔を覗かせていた。

 

 

 

 

 

『……あははっ!ちょ、キミってば、どんだけ鼻にお弁当さん付けてるの?』

『ちょ!!み、見ないで見ないで!!うわ、恥ずかしっ……』

『ぷぷ、と、取れてないよ……全然、まだまだくっついちゃってる……』

『ええっ!?は、鼻でしょ!?は、早く取れて〜っ!!!』

 

 何故か、記憶の彼方に存在するはずの景色が、浮かび上がる。いや、現実に起こっている。

 目の前にいる橙色の髪をした少女。忘れもしない、この死神ゲームで出会ったパートナー……新梨遠。

 

『……えっ』

 

 何故……目の前に彼女がいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 今日、目を覚ました時から既に、何らかの違和感は感じていた。

 これまでの三度に渡る逆行より、明らかにこの時間への移行が長かった。恐らく一週間程度ではない、かなりの長い時間を遡ったということは容易に想定できた。

 だが、まさか。

 

 ……自分の、あの過去へと通じていたなんて。

 

『う〜ん、おはよ〜、ココッペ……ココッペ?』

『嘘……そんな、ここって……』

『あれ、どうしたの?そんな怖い顔して……ひょっとして、何かあった?』

 目を見開くココから何かを察した未央は、声色を変えて尋ねるも、応答はない。辺りを見回してみたところ、目覚めたここは竹下通り……でも、どこか時代遅れな気がする。

 近くの屋台にあるものも、話題のチョコスイーツなんてものはない。よく分からない食べ物の絵と共に看板に書かれているのは……スパイシーツナロール?

『スパイシー……ツナ、ロール……あ!これ、ミナっちが言ってた!』

 昨日の戦いの中で、ミナミモトが口にし、そして、ココがその存在を仄めかしていたものだった。

『んっ……あれ、ミナミモト君がまだ寝てる……ん?未央ちゃん、ココちゃん?』

 やがて卯月も目を覚まし、先に目覚めていた未央とココを見つけ、その様子に気づく。言葉を失い、目の前の事実に身を震わせるその姿は、何か計り知れない出来事が起きていることを示していた。

『ここは、私が……』

 ココは恐る恐る、状況から考えられる可能性を口に出す。見覚えのある、逆行先のこの時間は……

 

 

 

『私が、リエンを……殺した、時間……』

 

 

 

 考えたくもないことに、目を逸らすことはできなかった。誰よりも初めに目を覚ましたココは先程、この屋台で、リエンともう一人のパートナーが共にいるところを目にした。そこで全てを思い出したのだ。リエンがあの日着ていた服装、これから向かう場所、指定されるミッション。

 当たり前だ。何故なら自分は、かつてこの時間にいた。リエンを殺す道を、自ら歩み出したではないか。

『……ゲームマスターを倒せ。場所は宮下公園。制限時間は300分』

『ココちゃん……?』

『まだ、間に合う……今だったら、私の、私の、あの、私のあの日を……』

『ココッペ!しっかりしてよ!!』

 ココの様子が、おかしい。昨日までは一切なかった瞳の澱み、鈍く震える声、その身から溢れ出す焦燥。嫌な予感がした未央と卯月は必死に声をかけ、その腕を掴もうとするが、

 

『……や、やめて!!!お願いだから触らないで!!!私は、私は行かなくちゃいけないんだよ!!!』

 

 突如、癇癪のように腕を振り解くと、ココは未央と卯月を置いて、羽を広げて渋谷の空へと飛び去ってしまう。その目に友達であるはずの二人が映ることはなく、ココは全てを置き去りにしてスクランブル交差点方面へと消えていった。

『嘘……!?しまむー!!すぐにココッペを追いかけよう!!』

『うん……このまま放っておいたら、絶対に良くないことが起こる!!急ごう!!』

 声をかけるも、その手を振り解かれる……何かデジャヴのようなものを感じつつ、二人はココの行き先を確認すると、急いでミナミモトの元に向かう。

『おーーーーーーーーい!!!!!!おーーきーーーてーーーーーー!!!!!!!』

『うおぁぁっ!?な、なんだ!!』

『大変なんだよ、ミナミモト君!!今すぐ、ココちゃんを追って欲しいんだ!!』

『ココが……?分かった、すぐに向かう。どっちに消えたんだ?』

『あっちの方だよ、ミナっち!』

『スクランブルか……よし、捕まれ、未央、卯月。手、離すなよ!!』

 理解が早いのか、はたまた、この可能性を想定していたのか。

 ミナミモトは目を覚ますと、すぐに羽を伸ばし、未央と卯月を抱えるように空へと飛ぶ。つい昨日友達だと言ったはずなのに……急にココを変えてしまったものは何だったのだろうか。

 それとも、まだ、ココには何か、心の奥に残っているものがあるのか。

 前にも未央、卯月は手を伸ばし、掴むことを失敗している。また何かを抱えているのなら、なおさら凛とは同じようにさせられない。

 

『まさか、貴方がそうだったとは……やはり人間の不条理こそが、この改変を解き明かす鍵……』

 

 ココと、それを追いかけるミナミモト、未央、卯月。

『……さあ、一体どう動くのでしょう?』

 ミナミモトではなく、ココの方を見ながら、ドゥームは一人、ビル屋外から考察を募らせるのだった。

 

 

 

 

 

『まさか……こんなこと、夢にも思ってなかった』

 空を駆け、ビルを渡り、独りで渋谷の街を巡るココ。その表情は必死と、どこか安堵のような期待が混ざったようなものだった。

 もし、何かの代償と引き換えに、過去をやり直せるのなら——、今なら迷わずに頷くだろう。ネクに打ち明けた時も、ミナミモト、未央、卯月が優しく接してくれた時も、全てを経由して辿り着いた今だったが、自分はその友達のいる現在よりも、未練の募る過去を選んだ。

『やり直すに……決まってるでしょ!!自分の最低な失敗のせいで、消えるべきじゃなかったリエンの命が奪われた……これで、黙って見捨てなんかする方がおかしい!!』

 それはそれ、これはこれ。まさしくこの言葉こそ、ココの……人間という存在の内面を、深く表現していた。一見すると、未練を拭い取り、友と共に未来へと進む決断をしたかのように見えたが……

 

 いざ、その場所に巡り帰った時、誰がその罪を野放しに出来るだろうか?

 

『どこ……何処にいるの、リエン……リエン!!!』

 自分なら未来を知っている、これから何が起こるのかを全て理解している。

 そんな目前に迫る悲劇を、ただ見て見ぬふりなんて出来るか?本当は今でもどうしようもなく悩んで、苦しんで、思い出すだけでも叫びたくなるあの過去を、もしかしたら変えられるかもしれないのに。

『はぁ、はぁ……くそ!!!あぁ、もう!!!!』

 広大な渋谷の中から、あの日のリエンが辿ったルートをしらみ潰しに探していく。当時の自分は三日前の鉄仮面……虚西によって意識を失い、終盤まで目を覚ますことはなかった。そうである以上、未来から来た自分でも、リエンの道筋は知らない。この不確実性が、ココの心をさらに荒まさせ、狂わせていく。

 

 もはや目に涙まで浮かべ、詰まった鼻を啜らせながら探し、探し、探し、そして探して……とうとう見つけた。

 

『いた……見つけた!!!リエン!!!』

 

 そこは、スクランブルを超えた向こう側の、104だった。そこに入っていく二人の少女の姿を、ココは見逃さなかった。既に服装は変わっていたが……間違いない、あれは新梨遠だ。

 咄嗟に地上の白線部へと降り、ココも追いかけるように104へと入る。

『いよいよ、き、今日が最後……リエンちゃん、私、緊張してきちゃったよ……』

『大丈夫だよ、平気平気!!私は前にもゲームを潜り抜けてるんだから!ほら、食べよ食べよ!!』

『もぐ!!ち、ちょ、分かったってば!!』

『緊張なんて、食べて忘れちゃえばいいんだよ!ちゃんと生き残れるように、私も準備しないと…!!』

 8階のレストランにて、当時流行っていたツナロールを模したスイーツを頬張り、リエンともう一人のパートナーは語り合っていた。とても楽しそうではあったが、この先に彼女たちを待つのは熾烈な死闘。現実に紛れた女子会の裏には、それぞれの想いが秘められていた。

『……ねえ、リエンちゃん。生き返ったら、お母さんとお父さんに会いにいくんだよね?』

『うん、そうだけど……でも、もう一つあるんだ。生き返る大事な理由』

『もう一つ?』

 リエンは口一杯に頬張って、場の空気を穏やかにしようとするが、それでも隠しきれない真剣さが出ていた。

『私ね……君とパートナーを組む前、また別の子とパートナーになってたんだ。そして約束したんだ。一緒に生き返って、絶対に元の世界で会うって』

『一緒に……えっ、でもリエンちゃんは今参加者として……』

『……うん。私たちのどちらも、前のゲームでは選ばれなかった』

 それは、実際にリエンが経験した、望みを打ち砕くような現実だった。前のゲームにて、選ばれたのはポイントが最も高かった一人だけであり、その他の全員は生き残ることができなかった。今日を越えたとしても、生き返れるかは分からない。ましてや二人一緒になんて、無謀すぎる話だ。

『でも、私たちはどちらも諦めてなんかない。あの子は今も、死神として、生き返るために必死に努力してる』

『死神に、なってまで……』

『私だって、めげない。このゲームに勝って、絶対にあの子と一緒に生き返る……もちろん、君も一緒にね』

『リエンちゃん……頑張ろう!!絶対にゲームマスターに勝って……生き返ろうよ!!私も二人のこと、応援する!!』

『えへへ、ありがと!三人まとめて一緒に、絶対に生き返ろうね!!』

『うん!!』

 お互いの志を確かめ合い、今一度その身を奮い立たせ、希望を口にする二人の少女。その目にもはや迷いはなく、二人して勝負飯を平らげると、席を立ちあがり、ゲームマスターの元へと向かおうとする。

 

 

 

 ダメだ。これでは……このままじゃ……

 

 

 

『待って、リエン……待って!!』

 店を出た直後、名前を呼ばれ、リエンは立ち止まって後ろを振り返る。その目に映ったのは……会ったことのない、派手な見た目の少女だった。

『え?えと……君は?』

『リエン……よかった……また、会えた……』

 その身を震わせながら、その瞳を澱ませながら、よろめくように近づく。腕を伸ばし、肩を弱々しく掴むと……その声は、詰まった聞こえの悪いものになる。

『へっ……?』

 リエンは何故か、その少女に抱きつかれてしまった。

『よかったよ、リエン……もう二度と、会えないって思ってた……ごめん、本当にごめん……ごめんごめんごめん!!』

『え!?ち、ちょっと、待っ……』

『私が……私が、悪いんだ!!全部何もかも、リエンを苦しませたことだって、パートナーの未来まで奪ったことだって、全部……ぜん、ぶ……』

 声を上げ、大声で泣き喚く少女に、リエンは困惑を隠せない。そもそも会ったこともないはずなのに……そう思った時、隣にいたパートナーは、少女の背中にあるもの、網目状の羽に気づく。

『あれ……君、ひょっとして死神!?』

『死神!?ちょ、ちょっととにかく落ち着いてって!』

『っ……ごめん……ご、め…ん……』

 ずっと泣き続ける死神の少女に、理由も分からず何も言うことのできないリエンとパートナー。そのあともしばらく泣き続けたが、何かを思い出すように、少女はリエンに伝える。

『リエン……お願い、ゲームマスターの元に絶対に向かわないで!!』

『……向かわない?どうして?』

『それがリエンの、私たちの未来に繋がるから!!お願い!!私を信じて!!』

『ま、待ってよ!!そうやって私たちを消滅させる気なら、そうはいかないよ!私たちは、絶対に生き返るって決めたんだから!!』

 脈絡も辻褄もない少女の言葉を、信じられるはずもなかった。パートナーは当然、死神である少女の言葉を疑い、リエンにも響くことはなかった。

『ち、違う……違う!!ほんとなんだよ!!このままじゃ、リエンは……リエンは!!』

『私は、全部を見てきた、経験してきた……だから分かる!!』

『だって、私はリエンの——』

 少女はついに、自身にとっての過去を明らかにしようとした。それは、自分にとっての過去であり、リエンにとってのこれからの未来。この話は事実であり、衝撃を与えるのには十分すぎる力を持つ。

 

 

 

 これで、自分は未来を、変えられる——そう、思った時だった。

 

 

 

『過ちを、犯すな』

 少女は、自分の身体が宙に浮いたことに気付かなかった。そのまま後ろへと、意思に反して身体は向かい続け、店内の壁へと自身を密着させる。だが、その勢いはあり得ないほど凄まじく、轟音と共に痺れる痛みに、危うく意識が飛びかける。

『……ぁ……が、っ……』

 壁から剥がれ落ち、うずくまるようにして倒れ込む少女。その場にいた他の客達が悲鳴を上げる中、少女に向かって歩み寄る、もう一人の少女がいた。

『……ぁ、んた、は……?』

『初めまして、だね。でも、都合が悪かったから、今の話はなかったことにさせてもらうよ』

 黒いネコの人形を提げ、見下すように睨み付ける謎の少女。見たことのない謎の女に、少女はより一層焦燥を強める。

『は……?』

『新梨遠……貴方達は今から元の時間の通り、今日のゲームマスターを倒しに向かう』

『……!?』

 後ろを振り向き、謎の少女はリエンに対し、ゲームマスターへの道、つまり従来の時間通りの筋道を辿らせようとする。

『だめ……ダメ!!行っちゃダ……っぐは…っ…!!』

『……!?し、死神さん!!』

 必死に身体を持ち上げて訴えるも、その小さな胴に鋭い蹴りを入れられ、苦しみから涙が溢れる。

『未来を変えて、一体どうするつもりなの?』

『……っ、ぁぁ……』

 謎の少女は冷たい声色でしゃがみ込み、少女のピンクのフードを取り、その金色の髪を引っ張って持ち上げる。

『未来が変われば、それによって今以上の悲劇が起こされる。誰も神を止められず、みんな死んで消滅する。アンタだって、分かってるでしょ……』

『ぅっ……ぃやだ……しんじゃ、いや……リエ、ン……』

『……』

 弱々しくも、縋り付くように名前を呼ぶ少女。その姿は、醜く、弱く、脆く、矛盾だらけの子どもそのもの。どこまでも、身勝手で、自分勝手に他人に不幸を振り撒く。生きているだけで……みんなが、苦しむ。

 

『……っ!!!!』

 

 眼球が破裂するほどの圧を自らにかけ、少女に掴みかかる少女。胸ぐらを掴み、顔を自分の元へと引き寄せる。この血走った目で、その涙でぐしゃぐしゃになった顔を見るたびに、虫唾が走る。

『アンタが、いるから……アンタが……いるから……!!!!!!』

『っご、ば……』

 首根っこを掴み、何度も、壁に少女を叩きつける謎の少女。掴む腕は震えていて、怒り、悲しみ、悔しさ、切なさ……その内に隠している強大な何かを、これでもかと少女にぶつけている。

『リエンも、パートナーも、未央も、卯月も、ミナミモトも、凛も……ネクも!!!!みんながみんな苦しんだんだ!!!!』

『っ……』

『お願い……もうバカなことはしないで……アンタがそんなんだから、全部が狂う……いつまでも、そのままでい続けたから!!!』

 謎の少女は、少女に嘆いていた。その理由は誰にも分からない、理解することもできない。激昂する謎の少女と、今にも息絶えそうな少女。傷つけ、傷つけられる彼女にしか、真意は明らかに出来ない。

 

 次の一撃で、頭の骨が折れる……分かった上で、謎の少女はその自分を止められない。命を終わらせるべく、腕を振るおうとしたその時。

 

 

『やめて!!!!』

『……!?』

『お願い……お願いだから、もうやめて!!!』

 

 

 壁に叩きつけようとする謎の少女の手の甲に、痺れる痛みが走る。リエンだ。リエンがバレットショットを放ち、少女を守ったのだ。

『私には全然何も分からないけど……でも、人が苦しむ姿なんか見たくない!!その子を、今すぐに離して!!』

 そう言うと、リエンはショックウェイブを発動し、謎の少女を攻撃すると、すぐさま庇うように双方の間に入り込む。

『大丈夫、君!?』

『……り、ぇ……?』

 折れた何本かの骨の痛みに、意識を失いかける少女。焦点の合わない瞳に投げかけるよう、リエンは自ら目線を合わせようとする。

『どう、して……』

 これまで、会ったこともなかったはずのリエンとココ。だが何故か、お互いのその間を埋める空気には、どこか懐かしさを覚えるものがあった。

『だって、目の前で苦しんでる姿を見て、放ってなんか置けない。困ってる人を助けるのに、理由なんかいらないよ!!』

 ……そう、だった。思えばリエンは、いつもそんな優しいことを言う少女だった。困っている人は放っておけない、そんな笑顔になれるような明るさにかつて、自分は救われたのだった。

『……』

 死神ゲームに参加していた頃、エントリー料で記憶を失い生きる目的を失っていた頃、生き返るために過酷な日々を生き抜いていた頃。

自分は、どれほど、あの笑顔に救われただろうか。

『……それに、さ』

 

『なんだか……他人事に思えなくて。何があっても、君を助けたい。自分でもよく分からないけど、そう思う』

 

 リエンもまた、少女に何か特別な繋がりを感じていた。仲がいいとか、会ったことがあるとか、そういうものではない。もっともっと、忘れることのない大事な何かが、ここにある。

 

 たとえ、自分の見ていた姿とはお互い違くても、お互いに呼び合っていた名前とは違くても。二人の間には、決して途絶えない絆があった。

『リエン……リエン……っ!!!』

『ふふっ……懐かしいような、知らないような、すごい変な感じ……ね、死神さん』

 キュアドリンクを使い、リエンは少女を回復させ、そのまましゃがみ込んで頭を撫でる。頭を撫でられる少女のその表情に、もはや死神の面影はない。年相応の、ごく普通の女の子がそこにいた。

『リエン、ちゃん……』

『……それでも、私の目的は揺るがない。時間の改変は、意地でも阻止させてもらう』

 謎の少女は懐に忍ばせていた銃に手を、

『……はぁ』

 ……かけることはせず、その場で静かに一度、深呼吸する。

『でも流石に、ちょっと私もやり過ぎた……リエンのその優しさ、見習わなくちゃね』

 頭が冷やされたのか、リエンの一撃を喰らい、謎の少女は平静を取り戻し、頭を掻きつつ誤魔化す。だが、リエン、パートナー、少女の三人は当然謎の少女に対する警戒を緩めてはいない。そんな中でも謎の少女は再びリエンを導こうとする。

『でも、リエン。どんな思いがあっても、貴方達はこれからゲームマスターの元へと向かわなければならない。その運命は、決して変えてはならないの』

『リエン……ダメ、真に受けちゃったら!!』

 

『……まだ分からないの、ココ。未来を変えたら——』

『そういうアンタだって!!誰だか知らないけど、リエンを危ない目に遭わせないでよ!!』

『やりたくてやってるわけじゃない。私は選んだ。ただ取捨をしただけ』

『取捨だなんて……他人のことも考えられないようなアンタが、何言ってんのよ!!』

『考えられない……?』

『そうだよ!!じゃなかったら、リエンをゲームマスターの元へなんか行かせるはずがない!!』

『そう……なら、やっぱりアナタも同じってわけだね』

 リエンら過去の時間の存在には理解できない、時空の干渉者同士が互いの脆さを突きつけている。

『……えっ』

『だってそうでしょ。リエンを助けたいって言っておいて、実際は自分のことしか考えてない。だから未央も卯月もミナミモトも置き去りにして、リエンに自分の意思を押し付けた』

『っ……でも、リエンには生きなくちゃいけない理由があるんだよ!!まだ死んじゃいけないんだよ!!』

『そんなの、誰だって同じなんだよ』

 謎の少女は、少女がこれまで、永遠にずっと逃げ続けてきたものを知っている。こんなにも少女という存在を嫌うのも、全てはその弱さが理由だった。

『私は、これまで何度も取捨をしてきた。その中で当然……守りたくても守れなかったものもたくさんあった。今でも時々分からなくなる……自分がどこを目指しているのか、何のために決断をしてるのか』

『……っ』

『アナタに、この苦しさが分かるの……?目の前のものだけを助けて、それで全部丸く収まればそれでいい。でも、時間はそれほど単純じゃない。誰かが、全部を背負って選ばないといけない時もある……もうハッピーエンドはあり得なくても、望む終わりが存在しなくても、希望がないって分かっていても、それでも……!!!』

 

 謎の少女は、少女と対面してからずっと、感情的な姿を露わにしてきた。ネクにも凛にもミナミモトにも未央にも卯月にも、加蓮、奈緒、他の全員にも一切見せることのなかった、その心を剥き出しにした姿。

 唯一少女だけが知るその姿には、これまで隠し通してきた真実が現れていた。

 

『私は、命を選びに来た。救う命と、救うことの出来ない命を。選ぶしかない。例え時間を歩ける私でも、それでも、全てを救えるわけじゃない』

『大勢の命と、一つの命。もう何度も経験したよ。数を救えばいいわけじゃない、どちらを救う選択も決して間違いでもなければ正解でもない。何をもって最適解と言えるのか、本当に自分の選択が最適解なのか……分からないのに、その責任だけは常に自分に課せられる』

 

 神による、新宿の悲劇……運命の死神による、シンデレラガールズの悲劇……そして今、リエンの悲劇……自分はそこで、命を救わない決断をした。助けられたかもしれない、いや、助けられたはずの多くの命を、見捨てた。

 

 たとえ正解じゃなくても、それを誰も教えてくれなくても、自分自身しか背負うことが出来なくても、それでも、この選択が未来に繋がると、そう信じて。

 

『……』

 何故か、それを聞いていた少女は、その場に膝をつく。会ってからまだ少しも経ってないはずの赤の他人の言葉。だが、それを聞いた者の心を挫くほどの力を、その言葉は秘めていた。

『……もう、何も言えないか。やっぱりまだまだだね、ココ』

 謎の少女は、勝ちを確信したように言い捨て、その場から姿を消した。その考え通り、少女は邪魔が消えた今でも、リエンに声をかけることができなかった。

『……ぁ』

 自分は、弱い。リエンのためでも、何でもない。この弱さを隠すため、目に映さないために今まで、これまで自分はずっと……

『死神、さん』

 静寂が場を占める中、リエンは手のひらのタイマーを見て、少女へと告げる。

『……私たち、行くよ』

 ダメだった……過去を変えることは、出来なかった。あんなにリエンのためだって言ってたくせに、それなのに、ワガママになって当たり散らして、全部ほっぽって、全部論破されて……

『バカみたい』

 一ヶ月前から、何も変わってなかった。どこまでも過去にしがみ続けて、弱く脆い自分勝手な自分は、まるで何も。

『……ねぇ、死神さん』

 もう、自分に彼女と話す資格は……

 

 

 

『ありがとう……でも、ごめんね』

 

 

 

『……え』

 今、何と言ったのだろうか。よく……聞こえなかった。

『君の言葉を、本当は私も無視したくない。でも、私たちはそれでも行かなきゃいけない』

 それは、あの少女に唆されたからだろうか。

『いいや、違うよ。大事な友達との約束を、破れないから』

『あの子も、ずっと頑張ってる……どれだけ周りから諭されても、ずっと死神としての自分に抗い続けて。そんな子を放っておいて、私、一人でなんか逃げられないから』

 ……確かに言っていた気がする。私は、素行不良の死神として、死神内でも話題になっていたと。だから鉄仮面に首絞められて、結局脆いから折れたんだけどさ。

『それに……戦うことで、私は勇気付けたい。戦ってるのは君だけじゃない、私たちも同じだって』

 ……そうだったんだ。そんなことまで考えてたなんて、流石だよ。大丈夫。そんな優しさに、私はもう何度も助けられたよ。

『心配してくれて、ありがとう。でもごめんね。私は、戦うためにここにいる。それがあの子との約束を守る、大切なことに繋がるんだ』

 ……リエン。

 

 

 

『ふふっ、大丈夫!!だって私たち、勝つからさ!!』

『うん!リエンちゃんも、私も、もう止められないよ。勝つまでずっと、走り続けるのも止めないから!!』

 

 

 

『……』

 ——静閑な、この空間。あの少女も、リエンもパートナーも消え、自分だけが、まだここにいる。

 まだ僅かに痛む頬を、震える手で抑える。だが心が苦しくなれば、今度は胸を手で抑える。ずっと手の位置を変え続ける。こうでもしないと、この何処までも広がる虚しさに耐えられなかった。

 涙も出ない、怒りも湧かない。ただ惨めさを思い知り、押し潰されそうな空虚から、自分を何とか保ち続けている。

 

 時間は、止まったままだった。姿も心も、『あれ』からずっと。

 

 

 

 

 

『……どわぁっ!!す、すみません!急いでたもので!!』

『けっ、走るなら、前見てからにしろ!!』

 見知らぬ二人組の少女にぶつかられ、ミナミモトは正論を吐きつける。何やら急いでいたようで、聞く耳持たずで走り去っていってしまった。ココの行方をようやく掴み、104へと辿り着いた三人はそのまま中に入ろうとする。だが、

『……皆さん、おはようございます』

 それを待っていたかのように、背後から話かけ、その足を止めるドゥーム。

『ドゥーム……今日のココッペは、アンタの仕業ってこと!?』

『冗談はよしてください。昨日も言った通り、私は逆行の謎を解きたいだけ。なんならもう改変にも、貴方達にも興味はない』

『気の移りが早い奴だぜ。それでなんだ。今日で、お前の求めていた解は分かったのか』

『ええ、大方は。そこでですよ』

 謎が解けて十分に満足したのか、ドゥームはどこか上機嫌そうに話を進め、一つの提案をする。

 

『ここまで付き合ってくれたお礼です。私と存在を賭けて、ゲームをしませんか?』

 

『……ゲーム?』

 卯月が言い返すと、ドゥームは頷く。

『ええ、単純に言えば賭け事です。マルとバツ、二つの選択肢を用意し、どっちに乗るかを選ぶだけの、簡単なものです』

『当然ですが、私は貴方達よりも遥かに優れた上位存在。潰そうと思えば、意図も容易く潰せる。正面から挑んでも勝ち目はない、そんな状況に打開策を与えると言っているのです』

『……ハンデってわけか。随分と舐めやがって』

『別にいいのですよ。もう逆行の真実は読めた。ここで貴方達を叩き潰しても、当初の計画の同じ筋道に戻るのみ。桜庭音操も渋谷凛もいない貴方達では、もはや手も足も出ないのでは?』

『くっ……』

 ドゥームの言う通り、相手はこれまでのようにもう手加減をしない。そうなれば、たかが三人の人間如きになど、当然勝ち目はない。

『了承、して頂けますね。では、ルール説明と致しましょう』

 緊張感を強めて黙る三人の表情を受け、ドゥームはゲームの説明をする。

 

 それは、今からさらに時間逆行を重ねた先の時間……

 

『そこで起こる出来事を、変えるか変えないか。変えなければ貴方達の勝利、変えてしまえば私の勝利。敗北時の代償は、消滅のみ。

そして、私は一切、何も手を出しません』

『え?』

『どうです、実に魅力的なハンデでしょう』

 ドゥームの告げたルールは、圧倒的にこちら側に有利な状況を生み出していた。

 

 要するに、ただ何もしなければいいということだった。

 

『それって……一体どういうつもりなの?』

『これほどのハンデがあったとしても、私は貴方達に勝利できる。そう見越してのものだということです』

『どういうことだろう……変えなくていいものを、私たちが変えなくちゃならなくなるってことかな?』

『それか、或いは……』

 ミナミモトは、104の、最上階である8階を見上げる。

 自分達が変えないとするなら、変えようと動く者はただ一人……

 

 

 

『……では、さらに先の過去で。果たして待つものは何か、期待しています』

 

 

 

 既にドゥームは『逆行の真実』に辿り着き、その上でこれ以上の改変を行わないと宣言した。

 恐らく、次が最後の時間逆行となる。生き残るのは上位次元か、下位次元か、お互いの存在同士を賭け合う決戦が迫っていることは、明白だった。




新宿編の補完の一つとして、ネク、凛をこの新宿に呼んだのはカナタでしたが、これは当然カナタが思いついたものではなく、その配下を名乗るススキチ、アヤノによる提案です。
ネク、凛の渋谷での活躍を知った上で、わざわざ内部壊滅寸前の新宿に二人を呼んだのには、どんな意味があったのか。

過去編でココ達が飛んだ時間は、第一章断片2『離遠』の時間です。原作すばせかの各最終日より遥か前に遡った時間で、ココはずっと、その日を未だに引きずっていたことが明らかになりました。
謎の少女の台詞も含めて、とても重要なパートです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。