すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
女王になりたい、純粋な気持ちを思い出したカナタは、新宿の女王として、その思いを彼らにぶつける。
一方、謎の天使クボウによって崩壊が加速する渋谷にて、能力者達は新たな脅威のディジーズノイズに苦しめられていた。
「……なあ、ススキチ、アヤノ」
ネク、凛に一旦を任せ、この場に残ったカナタ。その中で、これまで二度の出撃を潜り抜け、生き残ったススキチ、アヤノとある話をしていた。
「どうした、カナタ」
ススキチは変わらず、自分のことをカナタと呼んでくれる。大勢のいる場以外では、いつも。思えばススキチとアヤノだけが、変わってしまった新宿の中で、唯一変わらないでいてくれた存在だった。そんな二人に、いつも救われていた。
「もしも、さ。アタシがその……女王を辞めるって、言ったらさ……」
二人は、なんと言うだろうか。
「別に、構わねえけど」
「ええ、私も一緒よ」
……あれ?
「え、えっ?い、いいの?」
「おう。お前が決めたことだったら、俺たちは何でも応援するからな」
「そうよ。貴方が子どもの頃からずっと、私たちは変わらない思いで接してきた。今でも、同じことよ」
ススキチとアヤノは、何のことやらといった様子で、当たり前のように返す。重要な話であると思い、気張っていたカナタは、思わず拍子抜けする。
「だ、だって、アタシ二人に言っちまったじゃんか!ちっちゃい頃、女王になりたいって!!二人は、アタシのその言葉を真に受けて、これまでアタシの側にいたんじゃないのか?」
「……はぁ」
「……ぶっ」
カナタの表情は必死だった。当然だ。このままおざなりにしていれば、さらに迷惑をかけることになる。あくまで二人のためを思って言っていたつもりだったのに……
「……あっはっはっはっは!!!!!!お、お前、いつのこと言ってるつもりだよ!!!は、ははははっ……あー、笑った笑った…」
「……バカね。元々頭は普通だと思っていたけど、貴方、それを通り越して正真正銘のバカだったのね」
「……えええええ!?」
真面目に話したはずが、笑われてしまった。それどころか、ススキチもアヤノも思い出話としか思っていないらしい。挙句の果てには、そんな昔のことは忘れたとまで言う。
「あのな、カナタ。俺とアヤノがお前を応援してんのは、別にその思い出話を引っ張ってるわけじゃねえ」
「むしろ、そんなバカ親みたいな奴らだと思われていたのかしら。心外だわ、バカナタ」
「ば、バカナタって、何だよ!?」
茶化しつつも、ススキチとアヤノはカナタに、自分達の大切な理念を伝える。
「俺たちが応援してたのは、お前が女王になるからじゃねえ。あくまでお前がそれになりたがってたからだ」
「……え?」
「当然でしょ。私たちは貴方を女王にさせようとしてたわけじゃない。貴方が、元々女王への道を選んでいたからこそ、女王へと至る貴方を応援してた」
「もし別の道に進みたいって言ってたら、そっちへの道を応援してた。変わんねえよ、昔からずっと」
ススキチもアヤノも、『女王になるカナタ』を応援していた訳ではない。二人はただ、『自らの夢を追うカナタ』を応援していただけだ。
「……二人は、ずっとアタシが女王を目指してるって、思ってたのか」
「ええ、当然よ」
「……ずっと、だぞ?アタシが何にも知らなかった昔から、その分のツケが回ってる今までずっと。アタシが、女王に、なりたいって……」
「ははっ、白黒ハッキリしてない、変なこと聞くもんだな、カナタ」
「別にハッキリと言ってもいいんだぞ。女王なんか辞めるってな」
「……」
ススキチがそう言うと、カナタはそのまま黙って目を瞑る。ススキチもアヤノも何も言わず、ただカナタの答えを待つ。
でも、その様子は不安ではなく、どこか確信めいたように、優しく見守る姿だった。
「……アタシは」
カナタは、答える。
「いいや、アタシは、辞めないよ。女王」
カナタは、決して迷っていた訳ではない。選ぶ答えは初めから、自分の心の中にあった。芯には刻まれていたのだ。かつての夢も、今でも残るあの背中への憧れも、それでも今の自分がどう動くかも。
「へっ、だよな」
「はぁ、いちいち言わなくても、初めから分かってたわよ」
ススキチもアヤノも、初めからカナタの心は分かりきっていた。カナタが無邪気に憧れる姿から、廃れたように何も出来ずに燻っている姿も、全部知ってる。
知っていて、その上でカナタの夢追う姿を応援し、影ながら支えていたのだ。
女王になりたい、その夢を。
「やっぱり、流石だよ、二人とも。全部分かってたんだ」
「そりゃ、当たり前だろ?」
「私たちはずっと、貴方の側にいたでしょ、カナタ」
新宿死神は皆、あの日を境に変わってしまった。自分が何者であるかも忘れ、ただの『一般死神』となって、復讐のために時間を過ごした。見せかけの女王でも、虚構の信仰心を基に行動を起こしていたのが、新宿の現状だった。
一人、また一人とカナタを忘れていった。子どもの頃はみんなで可愛がり、大切な存在として扱っていた少女など、もう記憶にはない。誰も彼も、彼女を女王と呼ぶようになった。
ススキチもアヤノも、人の心を持つ以上、湧き上がる復讐心は止められなかった。でも、ずっと側にいた少女を守るためにも、完全に飲まれるわけにはいかなかった。その芯こそが、カナタを今でも忘れずに覚えていられる、唯一の理由だ。
とうとう、この日を迎えた。本当の意味で、小さな少女が、新宿の女王としてこの地を踏む日を。
「ずっと信じてたぜ、女王様」
「ようやく、本当の自分を見つけたのね、女王様」
「……うん」
自分は、新宿の女王になりたい。でもそれは、ツグミになることではない。ツグミを記憶しながらも、それでも自分らしくある女王。
自分は、ツグミのハリボテじゃない。新宿の女王、松苗叶多は、ここにいる。
「もう、考えて立ち止まるだけの自分は終わりにする。アタシはアタシらしく、アタシが思う女王でいる」
たとえ、ツグミと違うと言われても。示したものが望まれた偶像じゃなかったと言われても。
「示すだけじゃない。アタシは、今度こそこの新宿を導いて見せる……絶対に!!」
「ススキチ!!アヤノ!!今いる新宿死神どもを、全員アタシの前に集めろ!!まずは眠ってる奴らの頭を、この手で叩き起こしてやるんだ!!」
一度大きく息を吸うと、側近である幹部の二人に、カナタは力強く命令する。それは先代女王ツグミを模倣した以前のものではない。自分自身の、芯から込み上げる本当の言葉だ。
「へへっ……おうよ、女王!!!」
「ええ、了解したわ、女王!!」
「ああ……ありがとな、二人とも!!」
カナタは感謝を伝える。いつまでも側で支え続けてくれた二人に、そして、偶然出会うこととなった、二人の渋谷からの訪問者に。
「報いは受ける……お母さんの悲劇も、アタシが引き起こした罪も全部。でもその前に、この『新宿死神』をもう一度元の姿に戻す……アタシは、やってやる!!
新宿の女王として、アタシがこの戦いを終わらせるんだ!!!」
その目で見た景色に、紅き横丁に垂れ下がる提灯が、一斉にその身を激らせていくのが分かった。
[なんだ、こいつら……っ!!く、来るなっ!!]
[うわぁぁぁっ!!!!た、助けて……ぁぁっ]
[死にたくない……死にたく、死にたくっっ!!!]
「くっ!!ち、ちひろさん!!ダメです、これではどうしようも……っ!!」
「そんな、社内に逃げてきた人たちが次々と……!?侑芽さん、専務!!しっかり……っ!?」
「ンハッ……守れるもんなら、俺から渋谷を守ってみろよ」
クボウの放った無色透明の未知なるノイズ、ディジーズノイズは、汚染天使とは異なる新たな勢力として、この渋谷に数を広げ始めている。
「な、何だろう、このノイズ達!?」
「見たことのない……ボクらにも分からない、未知なる敵か!?」
「……!?避けろ、異界者よ!!」
「うおぁっ!!……おおっ!ありがとな、蘭子!!」
「れ、礼には及ばない、さあ次だ!!」
解放が進んでいた02側の渋谷にも、奴らは侵攻を進めていく。狙いはUGRG間の次元の壁、そして、
「……そうか、奴らは通常のノイズとは違い、人のソウルに特に強く引き寄せられる性質がある。現在、あの346プロダクションは、この渋谷で唯一人が存在している場所……奴らが集まるのも当然のことだ!!」
「駄弁ってる場合じゃないでしょ!でも、まだよかったよ。杏たちが宇田川町に行く前で」
「Pちゃんからの連絡も、全然なくなっちゃったにぃ!!いそげいそげ〜!!!!」
「っ……みくちゃん、李衣菜ちゃんは大丈夫なのかな……?」
「……李衣菜チャン、危ない!!」
「っ!!あ、ありがとうみく!!」
「急に出てきて、一体何なんだにゃ、コイツらは……とにかく、早くビルの中に入るにゃ!!」
「敷地にもこんなにいっぱい……ねぇ、みんなはまだきてないの!?」
「今は非常事態だにゃ!!みくたちだけでも、行くしかないにゃ!!」
この渋谷で、逃げ込んできた生存者が唯一集う346プロダクション。ヨシュアの認識阻害により、これまで天使の魔の手から守られてきたが、ディジーズノイズはそれを突破し、既にビル内へと侵入してしまった。
中では非常時の際に備えていた侑芽、ちひろが交戦に当たったが、その銃撃は何故か当たることがなく、全く敵に攻撃を与えることができなかった。
一瞬にして、悲鳴が轟く地獄と化した346プロダクション。エレベーターに駆け込む人々も、階段を駆け上る人々も、意を決して外に飛び出た人々も、皆決死の形相で助けを求めていた。
だが、どこまで行っても逃げ道はない。戦う能力を持たない以上、逃げることしかできない。
黒く澱んだビルに入り、みく、李衣菜が目撃したのは、その壮絶な現場の後に残ったものだった。
「なんだにゃこれ……ひ、人……?」
「うわぁぁっ!!どうなってるの……真っ黒なんだけど……!?」
静かなビルを登り、そこで目にしたフロアの廊下に転がる、人の形をした『何か』。息はしている、でもその姿は黒く染まり、思考は完全に消滅してしまっている。既にディジーズノイズによって、ソウルを喰い尽くされた後の姿だった。
「Pチャン……ちひろさん……」
「嘘でしょ、そんな……」
もはや原型を留めていないため、その個体が誰かは判別できない。だが、この惨状を目にしてしまったみくと李衣菜は、ちひろと侑芽が敗北した可能性から目を背けられなかった。一つ二つではない、無数の真っ黒な個体がこのビル中に散らばっている。
……346プロダクションは、ディジーズノイズの手に堕ちた。
残った人のソウルまでも、全て喰らわれてしまったのだ。
「……ん〜?あれ、もう終わったのかよ。案外拍子抜けだな?」
渋谷エリア02の人間は全滅した。残された能力者以外、意図も容易くだ。所詮は人間。天使と不協和の前では、手も足も出ない。
クボウのその言葉は、対峙する羽狛一人に向けて放たれた。
「……おいおい。これでもまだ人間側につくって言い張るつもりなのか?」
「……」
「ハネコマ、俺は別に悪いことは言ってないんだ。元々面識だってあれば、そこまで険悪って訳でもねえだろ?俺は新宿で、お前は渋谷の担当。同僚として手を差し伸べてるだけだぜ?」
シキ、加蓮、奈緒は渋谷エリア01の解放を、みく、李衣菜は346プロダクションの捜索を、
ビイト、ライム、蘭子、飛鳥は渋谷駅での戦闘を、
ヨシュア、杏、きらりは渋谷ストリームからの移動と敵の分析をそれぞれ行っている。
今現在、キャットストリートに残っているのはクボウと羽狛のみ。ここには嘘も忖度もない、同僚同士の軽い繋がりだけがある。
「……相変わらずだな、クボウ。お前がどの世界の、どの時間から来たのかは知らないが、それでもお前は変わってない」
「いいことじゃねえか。お前こそ安心するだろ?」
「人のこと無視して自分のことばかりなとこも、変わってねえって言いたいんだよ」
「天使なんてそんなもんだろ。何、人情ぶってんだよ」
クボウは攻撃する兆しを見せない。あくまで羽狛と戦う気はないという姿勢だけは本当らしい。それが自分の保身のためだということも、必要によっては簡単に切り捨てることも分かってはいるが。
「何度言おうが、俺の答えはこうだ」
羽狛の答えもまた変わらなかった。どんな姿になろうと、どんな結末を迎えようと、自分が信じようと選んだ街だ。地の果てまでも共にする覚悟で堕ちたことを、羽狛は忘れていない。
手に取るのは、紅と蒼の二枚の羽。
「ここにはちょうど誰もいない。俺も、本気で行かせてもらうぞ」
羽は光り輝き、羽狛の身体を人間から、異形の生命体へと変化させていく。紅き獅子と蒼き虎、二体の相反する、だが一体の意識下に存在する特殊なノイズ。
「はぁ……お前って奴は」
〈……さあ、始めるぞ、クボウ。二言はなしだ〉
『パンテーラカンタス』は己の望む未来のため、今、同志の天使へとその牙を向けることとなった。
双方の渋谷を取り巻く侵略と抵抗も、クボウという第三者の介入により、さらに激化していく。
「……うぉぉっ!!!」
「頑張って、奈緒!!」
迫り来る汚染天使、そしてディジーズノイズの時間を止め、その隙にパイオニアの軌跡で壁を作り、巨大な箱庭を形成する。
「危ない!!」
それでも囲いきれずに漏れ出す分から、にゃんタンはその身を自在に膨張させ、攻撃を防ぎ、カウンターを食らわせる。
「……ありがとう、シキ!!」
「ああ、助かったよ、ありがとな!」
「お安い御用!!サポートは私に任せて!」
現在、シキ達はスクランブル交差点にいる。
01エリアは、未だ汚染天使の手の内にあるため、まずは解放を優先し、途中で対峙するディジーズノイズ達を倒す……そのつもりだったが、
「にしても、このノイズ……どうやって倒せばいいんだ!?」
天使を相当数吸収したバッジを身につけていても、何故かディジーズノイズへの攻撃はすり抜けてしまう。
奈緒のタイムラグは通用するものの、加蓮のパイオニアやシキのにゃんタンの攻撃は全てが透過するように効かない。
それだけではない。人のソウルの存在が消えた今、ディジーズノイズは渋谷の境界へと向かい、ビルを通じて空へと登り始めていた。
奴らの目指す先は、『紫』の水球体が存在する、双方の渋谷の境目。汚染天使もまた次々と渋谷地上から離れ、別勢力であるディジーズノイズへと攻撃を開始する。
渋谷の防衛を目指す能力者。
渋谷の封鎖と崩壊を目指す汚染天使。
そして、渋谷の解放を目指すディジーズノイズ、クボウ。
三勢力が互いに互いを攻撃し、激しさを増す戦いにより、渋谷はさらに荒廃の一途を辿る。能力者である彼女たちに出来ることは、ディジーズノイズの対処法を探り、汚染天使を退けることだけだ。
「ヨシュア!!解析はまだなの!?こっちでディジーズノイズを抑えるのも、このままだと!!」
「みんな!!346プロダクションに来て、一緒にPチャンを探してくれだにゃ!!このまま、諦めるなんて……あきら、めるなんて……」
「くっ、苦しい状況だよ……ボクたちの方も、迂闊に動けない……!?しっかりするんだ、ビイト、蘭子!!」
「分かってる、やってるさ!!でも、今の僕は完全じゃないんだ!解析にも時間が……!?」
シキ、加蓮、奈緒。
みく、李衣菜。
飛鳥、蘭子、ビイト、ライム。
ヨシュア、杏、きらり。
それぞれの非常事態が複雑に絡み合い、バッジを介した回線も混乱を極める。唯一の頼みであるヨシュアが完全でない以上、ディジーズノイズへの対処法は未だ分からない。
ディゾナンスノイズと同じく不協和から生まれた存在だとは言え、その構成はかなり違っている。ディゾナンスノイズが次元を生成する『不協和の大きさ』をメインにしているならば、ディジーズノイズはその特殊性能から『不協和の厄介さ』をメインにしているのか。
だが、そんな風に考えている内も、時間は止まってくれない。
「えへっ」
「ちょっと、今大事なとこなんだから、気が散るようなことしないでよ」
「じゃあ、このまま串刺しになっちゃえばいいんじゃない?」
「……冗談さ。助かったよ、杏ちゃん」
「はぁ……後ろ、気をつけてよね」
杏が指差す先には、攻撃を繰り出す寸前で硬直したカエル型ディジーズノイズがいた。
ヨシュアが分析を行う間も、気は抜けない。杏ときらりは汚染天使とディジーズノイズからヨシュアを防御する。
「杏ちゃん、ヨシュア君と仲良くなれてよかったにぃ!」
「ちょ、そうじゃないって、今はコイツだけが頼みの綱だから……」
「そうだよ。僕が死なないよう、ちゃんと君たちが守らないとね?」
「こ、こんのやろ、まじで……」
「えへへ!りょ〜かいだにぃ!!」
ヨシュアの解析が進むまで、能力者は一旦退ける以外の手を使うことが出来ない。みく、李衣菜はビル内に蔓延るディジーズノイズに、ライム、ビイト、蘭子、飛鳥はビルに向かう途中の渋谷駅のディジーズノイズに、シキ、加蓮、奈緒は空に登る無数のディジーズノイズにそれぞれ苦戦を強いられている。力の質量では倒せない、どのような方法が必要なのか。
「……ンハッ!まさか驚いたぜ。お前とこうしてやり合う日が来るなんてな?」
〈そんな無駄話してる場合か?下手なノイズばかりで、俺にとってはどいつも似たり寄ったりだ〉
「へっ、言うじゃねえか」
パンテーラカンタスは、本来なら天使である羽狛のポテンシャルを最大限に活かせる形態だ。
〈ノイズマスター、なんて呼ばれてたお前はどこに行った?〉
「まあまあ、急かすなよ。もし初めから出したら、アイツらにはお前でさえどうしようもできないだろ?」
力の強い紅き獣と技の早い蒼き獣。分身を生み出し、敵の逃げ場を潰した後に強力な一撃を叩き込む。たとえ通常のノイズが五万と迫り来ようと、パンテーラカンタスの前には手も足も出ないだろう。それほどの実力が備わっているはずにも関わらず、クボウは未だ余裕を持っている。
「……さ、そろそろお前の目を覚ましてやる頃だな」
静かに言うと、クボウはその身の前に、とっておきであるノイズを生み出す。
透明な姿を持つ、カメレオン型ディジーズノイズ。
現時点の能力者では誰も対策が出来ていないディジーズノイズ。それはパンテーラカンタスも同じであり、どれほど体術が強くても、能力が特殊だとしても、戦いの平行線は免れない。
〈……力の質量では敵わない……でもお前のことだ。どうせ不協和が関わってるんだろ?〉
「おお、鋭いな。ひょっとしてコンポーザーよりも頭が回るのか、お前」
〈違う。お前のことを少し多く知ってるだけだ〉
パンテーラカンタスはクボウの仕掛けるからくりを不協和だと予想した。流石だと言うように、クボウは答える。
「あのノイズは俺がかつて作り上げた、崩壊へと導くためのノイズだった。唯一ブラックライトが欠点だったが、そこも既に克服した。
そうだな〜、倒せるとすれば……今ここにいない、ネクと凛くらいじゃねえか?ンハッ」
〈……だから、ネクと凛が消えてから、変わるようにお前が現れたのか。なるほど、お前らしい〉
「汚染天使は不協和に汚染された存在。だがそのソウルをいくら吸収しても、不協和の力とは性質が異なる。こいつらを倒すには、同じ不協和の力をぶつけるしかないのさ」
羽狛にだけ種明かしをした理由も、もう自分の勝利を確信しているからだろう。対抗できる不協和の力を持つ存在は、現時点でこの地にいないネク、凛、そしてココのみだ。
「……さあ、ど〜する?ハネコマ」
〈ああ、そうだな〉
パンテーラカンタスは、ふと思う。自分は天使ではなく、既に堕天した存在であったことを。
「あぁ?」
ゆっくりと、パンテーラカンタスは向きを変えていく。
〈悪いな、クボウ。今の俺は、世の正義にも神の正義にも従わない。俺は、俺自身の意志でこの街にいる〉
正面にいる標的であるはずのディジーズノイズから、その目の先はクボウへ……
「……!?お前、嘘だろ?」
〈こんなやり方、天使の肩書きにはそぐわないが、もう気にする必要もない。堕天使らしく、自由にやらせてもらうぞ……!!〉
パンテーラカンタスは天使の仮面を取り捨て、なんと生身であるクボウへと攻撃を開始したのだ。狙いはただ一つ、クボウの命……
「……ぐおっ!?」
ではなく、その右手に握りしめられていた、一枚の不協和のバッジ、フュージョンバッジだった。
「よし、集まってくれたな」
女王の間にて、ススキチ、アヤノによって集められた新宿死神達はみな、目前の女王の御前で膝をつく。
「まずはここまで戦い抜いてくれたことを、アタシから直接感謝する。本当にありがとう」
[女王、様……]
[ありがたき……幸せでございます!!!]
[女王様のお陰で、今の私たちはここにあります!!]
[女王様]
[女王……様!!!]
[女王様]
[……女王様!!]
女王様、もう何度も聞いた言葉だ。昔はこうして自分が呼ばれることに、無邪気に憧れていたものだ。
「もういい、みんな。それと、もう一つ……」
皆をなだめるように静止させると、それに合わせて声を止め、息を止め、ただ女王を見る新宿死神。男も女も、目を逸らすことなくただ一点を見つめる。自らの導であり、希望である女王。何があろうと、いてくれればどうにかなる。いれば、ただそこにいれば。
「……」
そんな様子を目に通して、心に焼き付けた上で……意を決して、カナタは告げる。
「意志を告げる。自分が新宿の者である思う者は……ここで全員、アタシをカナタと呼び捨てろ」
紅き空間全体に響き渡る、これまでに聞いたことのない声色。
[……えっ?]
その場にいた、新宿死神たちの目の色が変わる。安堵の表情が一転し、凍りつくようなプレッシャーと恐怖で顔が軋む。
「一度、その場で女王であるアタシを呼び捨てにしろ。そうすればお前らを新宿の死神だと認めてやる。そうでなければ……この戦いから降りて、今すぐに街を出て行ってもらう」
[え……!?]
「お、お待ちください!!何故……何故なんですか、女王!!」
「アタシを……女王だと呼ぶな!!!シイバ!!!」
「……っ!?」
赤いフードに身を包んだ一人の死神。怒号と共に名前を告げられると、震える声を必死に堪えながら、女王の強圧をその肌で受ける。
「シイバ……お前の名前は、三柳椎葉(ミヤナギ シイバ)、だな」
「ぁぁ……」
これまでとは明らかに違うその気迫に、シイバと呼ばれた男のみならず、全員の『一般死神』たちがその身を震え上がらせる。崇敬している……そう表面上で取り繕い、裏側では都合の良い偶像として利用していたその報いを、彼らは今、受けることとなる。
「私は……ここにいる全員の名前を、覚えてる」
「お前は、真野解依(マノ カイエ)。そして、道筑菱真(ミチズキ ヒシマ)」
【……】
「……」
「……神代恵美(シンダイ エミ)、成田大地(ナリタ ダイチ)、松宮俊英(マツミヤ シュンエイ)、須藤健(スドウ タケル)」
[じ、じょ……ひっ!?]
[……ぁ、っ]
[っ……]
[え、えっ……ぁ、あ……]
「マミ、ゴウ、ショウマ、トワ、マイ、ミナト、ニイナ、ツキノ、ケンゴ、ヒカリ、ヒロ——」
[……っ……]
「当然覚えてるさ。ずっと一緒に、アタシたちはこの街で過ごしてきたんだ」
「思い出なんだ……大切な、アタシのこれまでの時間の記憶だ。楽しかったよ、いつもいつも」
「……今のお前らは……そんな儚い日々、どこまで覚えてるんだろうな」
すぐそばにいる新宿死神、離れたところにいる新宿死神、そして、今はもうこの世にいない新宿死神。
一人一人の名前を告げ、カナタは自らの記憶を全員に伝える。新宿の街で、共に過ごしてきた日々を。ススキチやアヤノ、ツグミだけじゃない。ここにいる、全ての新宿死神の名前を、カナタは忘れずに覚えていた。
「アタシは……お母さんが死んでからずっと、自分がどうすれば良いのかが分からなかった。みんなだって、それは同じだったはずだ」
「……」
カナタの横にいるススキチ、アヤノも何も言わずにただ見つめている。
「……分かってるさ。お母さんは、ツグミはすごいリーダーだった。すぐそばで見てたんだ。今でも、忘れてなんかない」
「女王……俺たちの、女王……」
シイバは、カナタを見ながら女王のツグミのことを呼んでいる。その事実そのものが、新宿死神の繋がりの『強さと脆さ』を同時に表している。
「アタシは、ツグミにはなれない。だからこそ、アタシはみんなが求めるようなリーダーにはなれない」
「……でも、このまま投げ出すわけにはいかないんだよ」
カナタの言葉は、厚みを増していく。
「今の女王は、アタシだ。そうである以上、アタシは女王として、この新宿の悲劇と罪に向き合う。これまでの全部に向き合うって、決めたんだよ」
だからこそ、自分はここにいる。自らの芯に宿る強い意志で、この椅子に座っている。
「……こうして、みんなを集めたのにも理由がある。この集いが終わった後に、アタシは最後の計画に出るつもりだ。
……恐らく、もうこうして話をする機会もなくなる」
「……!?」
最後の計画とは、何だろうか。一度も聞かされたことのない話に、新宿死神たちは不穏な気配を感じ取る。
「だから、ここに集まってもらった。最後に、アタシからみんなに、改めて伝えたかった」
「アタシは、カナタだ。ツグミじゃない。ツグミは、もういない……目を覚ませよ!!」
「……」
「このまま嘘を見つめたまま、アタシをツグミの代わりにしたまま、上の偉そうな奴らのいいようにされて、殺されて、ただ終わっていくつもりか!?」
「……」
「そんなの、アタシは絶対に認めてやらねぇ!!!」
「女王として、お前たちを絶対置いては行かない!!早く戻ってくるんだ!!依存と復讐の道を引き返して、この新宿に戻ってこい!!」
「……っ」
「引き戻してやる、絶対にだ!!それがこれまでずっと一緒にいてくれた……アタシのみんなへの感謝と償いなんだ!!最後まで導いてやる、だからアタシの名前を呼べ!!」
「……っ!!」
「アタシは……この新宿の女王、松苗叶多だ!!!」
カナタの覚悟は、これまでの貧弱な自身を覆すほど強固だった。自分は元から女王になりたかった。その思いがある以上、こうなることは必然だった。
自分は、誰も彼もから認められるリーダーにはなれない。優れてもいない。歴代の新宿を導いてきたコンポーザー達と比べれば、圧倒的に劣っているだろう。
でも、たとえ評価はされないとしても……今を取り巻くこの悲劇は、終わらせられるかもしれない。今いる、この時間のためにも、自分は自分のやり方で新宿を導き、この戦いに終止符を打つ。
ようやく女王になった、少女のその声は……
「……」
「……カナタ」
【……ふふ、カナタ】
「カナタ……」
一般死神の集合体であった新宿死神達から、女王の、カナタの名を呼ぶ声が聞こえてくる。
[カナタ……懐かしいな]
[そうだった、カナタ。いつも、一緒にここで遊んでたっけ]
[いつの間に、大きくなってたのね、カナタ]
[いつからだったっけな……アイツをカナタって、呼ばなくなった日は]
[俺たちも、カナタとずっと一緒にいて楽しかった。それなのに……いつの間にか忘れてた]
[私たち……カナタに寂しい思いばかり、させちゃってた]
「……みんな」
一人、また一人と、被っていたそのフードを脱いでいく。
もう遠い昔に見られなくなっていた、時間と記憶の彼方に置き去りにされていたその姿が、次々と現在に回帰していく。
フードを取り、隠れていた顔が互いの目を覚まし合い、徐々に新宿の本当の姿が明るみに晒されていく。
【人の心とは、恐ろしいものだね。本当に大事なことまで見失うほど、感情は強いだなんて】
「同感だ。今までの俺は、一体何をしていたのだろうか。まさか、年下の娘に叩き起こされることになるまで、情に支配されることがあるとはな。随分と愚かなものだ」
「……その通りだ。俺たちはずっと、女王であるツグミの仇を取ると、自らをネツに浮かせ続けていた……俺たちは一個人の存在であるはずなのに、これでは意志のないノイズと同等だ」
「カイエ、ヒシマ、シイバ……」
フードを取ったカイエは、携帯を取り出してメールで意見を述べ、それにヒシマとシイバが頷きながら答える。その場にいた他の新宿死神たちも頭を振り、ようやく全員が自分自身の意志を持って目を覚ます。
「……カナタよ」
シイバは前に進み、カナタ、そしてススキチ、アヤノを見る。すぐそこにいた存在のことも忘れていたとは、思い返すだけでも自分が恥ずかしい。
覚悟を決めるのは、自分達も同じことだ。
「誓わせてくれ、俺たちにも。どうか……この新宿の者として、そしてお前の大切な仲間として、最後まで共にこの街で戦わせてくれ」
「俺も……この冷え切った街のネツを上げ、高め、再び燃え上がらせてみせよう!!俺たち新宿死神は、お前と共に歩む……松苗叶多!!!!」
演説のように強く告げると同時に、死神たちは全員その衣服を脱ぎ捨て、裏側に着けていた本当の姿を露わにする。
自慢の肉体美を見せつけるシイバに、何処か不真面目さを感じさせるヒシマ、誰にも似つかないオリジナルであり続けるカイエ。他にもそれぞれが、それぞれの個性溢れる衣装を身につけている。
完全に指導者の下に置かれ、制服着用を義務付けていたツグミの新宿が、こうして完全に終わりを告げた。この姿は、自らの芯を重視し、心からの思いで全力でぶつかって行こうとするカナタの新宿へと移行したことの、何よりの証拠だった。
「……おっと、俺たちも、忘れてないよな?」
「私たちも、何処までも着いていってやるわ。それが私たちと新宿の、切れない運命ってものよ」
シイバ、ヒシマ、カイエ、アヤノ、ススキチ。この場にいる全ての新宿死神が、カナタを見ていた。ハリボテでも、偶像でも、ツグミの代わりでもない。自分達に心の底からぶつかり、理解し合い、そして目を覚まさせて気づかせてくれた彼女に、こちらも全力で応える。
「……ははっ、ありがとな、みんな!!」
新宿の思いは今、一つになった。あの日以来、ずっと忘れ去られていたこのネツの高まりを、久々にその身で感じる。
【ふふっ、懐かしいね、こういう感じ】
「そうだな、俺はどうも苦手だが……まあ、今くらいは許してやってもいい」
「はぁ……お前はいつもムードを読まないな、ヒシマ!!何度ネツを下げれば気が済むんだ!!」
「何度も言ってるだろう、シイバ。俺はそんなことに微塵も興味はない」
【仲良さそうだね、二人とも!!和やかなのは僕も好きだよ!】
「貴方のその変わりようも異質よ、カイエ……」
「ガッハッハ!!素直なのはいいことじゃねえか!なあ、シイバ、ヒシマ!!」
全員が全員、新宿死神達が互いに向き合って、戦いの直前の、最後の団欒を交わす。
——全員、分かっている。カナタの最後の計画の正体、罪の精算の方法を。
「……はは、は……」
もう避けられない。女王である以上、それは宿命として何処までも纏わりつく。まだ若いカナタにとっては、あまりにも残酷すぎる結末でもあると言える。
でも、
「ガッハッハ!!!」
ずっとそばに居てくれる、
「……ふふっ、このバカナタ」
約束して、信頼してくれた仲間たち。
もう一人じゃない……女王として、そして完全な新宿死神として、
「お母さん……行ってくるよ、アタシ」
待ち受ける運命に、新宿は立ち向かうのだ。
次回で新宿編が終わりになります。先代の死を引き金に歪んでしまった絆を戻し、次代の女王は、待ち受ける新宿の運命に立ち向かいます。
順調に進んでいたはずの渋谷編も、クボウによってかき乱され、それぞれがそれぞれの場にバラけてしまい、過去編でもココが離れ離れになり、一時的な仲違いをしてしまいました。
危機が未だ渦巻く中、全ての能力者は再会を果たせるのか。
(キャラクター欄にシイバ、カイエ、ヒシマを、用語説明に汚染天使を追加しました。これで、残すキャラ枠もあと僅かです。クライマックスが着実に迫ってきています)