すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
自らの罪と責任を今一度見つめ直し、本田未央、島村卯月、南師醒、そして、『渋谷凛』は、現代へと帰る前に最後の誓いを立てる。
目にした光景……それは誰も予想しなかった、衝撃的なものだった。
銃弾の威力で身体は宙を飛び、そのまま交差点の中へと投げ込まれる。これではまるで、今起きた交通事故に巻き込まれて死んだように見えてしまう。
そう。こうして渋谷凛は、渋谷凛の手によって死亡した。こうなることは、初めから決まっていたことだったのだ。
『……ふふふ』
硬直する未央、卯月、ミナミモトの前に現れる、慣れていない不器用な笑い方をする黒い靄。
同時に、交差点を羽で飛び越え、三人の元へと降り立つ凛。
全ての種明かしが、ここで成されることになる。
『皆さん、お疲れ様でした。これにてゲームは終了しました。おめでとうございます、貴方達の勝利ですよ』
ドゥームは多少声のトーンを上げて、祝福すべき場を盛り上げようとする。だがその不可解な行動は、当然まるで意味がなかった。
『……それどころでは、ないと。ええ、私も同じです。時間逆行の果てに待っていた事実に、このような興味深いものが隠されていたとは』
『新子々……改めて、渋谷凛。貴方が全ての時間逆行の発端であったと』
渋谷凛……もう長らく呼ばれてなかった本名を呼ばれ、派手な衣服に身を包む少女、凛はくすぐったさを覚える。
『なんか……そう言われると、変な感じするよ……ココって呼ばれるのが、当たり前だったから』
『ど、どういう、こと……?』
未だに状況を掴めていない、未央と卯月。自分が見届けるはずだった悲劇……それは、想像の斜め上の場面を展開させたからだ。
凛は、昨日とは打って変わって余裕のある表情で答える。
『今まで、ずっと黙っててごめん。私は新子々じゃなくて、本当の名前は、渋谷凛。私は今日ここで死んだ、ネクの親友の凛だよ』
『……』
『……えっ』
正直、言われても困惑しかなかった。これまで一緒にいたはずの少女が、凛だった。まるで意味が分からない。二人の頭が理解に追いつくまでには、まだ時間が必要だ。
……だが、そんな二人を置き去りにして、
『それよりも、お前な……これまで一人でどこほっつき歩いてたんだ……あぁ!?』
『うぐっ……!!ち、ちょっと色々あってさ。うん、色々と、さ……』
『さっさと吐け。もう隠し事はなしだって、前にも言ったよな?』
『っ……』
『にも関わらず、お前は自分の名前も正体さえも、何もかも隠してた。ったく、どこまでも面倒臭い女だ』
『う、うるさいよ……』
ミナミモトは、すんなりと正体を受け入れて適応し、これまで通りに凛と会話をする。
これほど早い理解にも、ある理由があった。
一ヶ月前のインバージョンの災禍にて、まだココを名乗っていた凛は、渋谷凛の話に過剰に反応していた。さらにはその後のリエンの回想の中でも、凛は一度も、『自分をココだと言ったことはなかった』。
そして、昨日今日のリエンに関しての、あの未練……当然だ。『ココ』の悲しみを全員で背負ったところで、それは『凛』の悲しみではない。
どれほど訴えかけても完全に分かり合えなかった理由は、そこにあった。必死になってぶつかっていた心は、ココのものであり、凛のものではなかったのだから。
『死神ゲームで記憶を失い、そして取り戻した後に今度はリエンを失い、原因となった自分自身を恨んだ。だから『渋谷凛』という名前を捨て、苗字を文字って『新子々』と名乗るようになった……ざっとこんなとこだろ』
『うわ……何、アンタってそんなに私のこと見てたの?』
『ああ、友達だしな。それに、俺も同じような境遇を辿ってる。特別変じゃねえだろ?』
『う……直球で言われると、な、なんか変な感じになるな……』
『友達、なめんじゃねえよ。凛』
ミナミモトの言う通り、凛はリエンの件があってから、一度自分の名前を捨て、全く新しい誰かになろうとした。
髪を茶髪から金髪に染めたのも、『地味』な服から『派手』な衣服を着るようになったのも、瞳の色だけは変わらずに蒼なのも、全て当時の出来事と繋がっている。
ならば、何故今になって、凛はもう一度自分の名前を使い始めたのか。ココという偽りの自分を、手放したのか。
『……さっき、偶然会ってきた人がいるんだ』
今から、まさに一時間前。
『……これで、よしっと』
凛は死神の力を使い、自らをRGからUGへと上位同調させる。こうすれば、この街の人たちは誰も自分の存在に気づかない。
『……』
ぎこちなく、凛はそっとガードレールから覗くように下を見る。
歳の割に大きすぎるヘッドフォンをかけて、流れる音に身を任せている、まだ小さい男の子。橙色のツンツンとした髪に、とにかく尖った格好で、ポケットに手を突っ込んで、得意げに壁を見て、そして上を向いて……
『……わわっ!?』
目が合いそうになり、焦って恥ずかしくなって、慌ててガードレールで身を隠す。凛はまだ、その顔を直接見ることができなかった。
『ば、バレてないよね……だ、大丈夫、だよね……?』
なんせもう一ヶ月会ってない。久々に会う時のような気まずさに、思わず胸が緊張で苦しくなるのを感じる。
会えて嬉しいはずの気持ちと、どこかぎこちなくなる気持ちと……同時に申し訳なくなる気持ちが、同時に凛の中に芽生える。
『……私のバカ。申し訳ないなんて、本当は思ってないくせに』
だが、それは偽物なのだろう。昨日の少女が言っていたように、ただ自分の罪を清算したいだけだろう。結局人のことは考えていない、自分のことしか考えていない。
『こんな私、君が見たらどう思うんだろうね』
『……ネク』
聞こえるはずもないのに、無意識に小さな声になって、凛は下にいる少年の名前を呼ぶ。
自分が、最も謝らなければならない相手の名前を。
『あの日も、ここで、待ち合わせしてたよね。宇田川町のグラフィティ……私も君も、大好きだったから』
ネクにCATの存在を教えたのは、凛だった。当時、学校でも尖っていて、決して誰とも会話をしようとしなかったネク。凛はそんな彼と仲良くなるために、彼が気に入りそうな趣味を探し、教えてあげたのだ。
【全力で今を楽しめ、世界を広げろ】
彼が気にいるものは、何となく自分にも分かった。元々趣味も合う方であり、すっかり仲良くなり、いつのまにか親友と呼んでくれるようにまでなった。
『ふふっ、嬉しかったなぁ、あの時。ずっと仲良くなりたいって思ってたからさ』
一目見た時から、凛はネクに興味を抱いていた。きっかけはそれだけだった。不思議でも何でもない。人と人が繋がる理由に、複雑な意味なんか必要あるわけがない。
学校でお弁当を食べる時も、食堂でカレーを食べる時も、家に帰る時も、遊びに出る時も、自分達はいつも二人でいた。初めは気取ったような、ギザな内容の会話ばかりだったネクも、徐々に自分に興味を持ち、趣味のことや休日のこと、家の花屋のことを聞いてくるようになった。
【俺は、こんな堅苦しい社会の飼い犬とは違う。流行になんか飲まれない、自分オリジナルを貫いて、どこまでも孤独の道を歩く。それが、俺なんだ】
【ふん、別にカレーごとき食ったところで、笑ったりなんかしない。味も普通だ、不味くもない普通のカレー……それ以上でもそれ以下でもない。いちいち反応してたら、生きてなんかいけないからな……こんな、縛られた窮屈な世界じゃ】
【……そういえばさ。お前って、普段何やってんだよ……え?何のことって?そんなの、趣味とか、ゲームとか、言わなくても分かるだろ?おいおい、俺たちはもう子どもじゃないんだぞ……】
『あははっ、そうそう。ネクってこんな感じだったよね』
久々に記憶の引き出しから見た彼の姿に、凛は思わず吹き出す。
尖っているのは何となく分かっていたが、そんなネクと一緒にいるのが、自分にとっては何よりも楽しかった。側にいて、毎日が楽しいことだらけだった。
『あはは……はは、は……』
……だが、
【…へらへら笑ってバカ話して調子合わせて気ぃ使って疲れて傷ついて……そんな関係なんて意味ないだろ!!】
【ウザいんだよ……他人なんて邪魔なだけの、ただの重りなんだよ!!】
そんな大切な親友だった彼を、自分が永遠に変えてしまった。
そのことを最も感じたのは、インバージョンが起こった直後のこと。八代未月、狩谷申輝……フェイト、ドゥームら運命の死神の洗脳を解かれ、ヨシュア、羽狛からネクの保護に向かうよう言われた時のことだ。
ヘッドフォンを耳にして、一切の外界を遮断し、猫背になって俯いて、人を睨みつけながら街を歩く姿。
『……』
行き交う人混みの中、少し背が高くなった彼を、初めて見た。そして、絶望した。
自分は既に一度ネクと会い、そして撃ち殺している。だがあの日の一連の行動は、全てが運命の死神によるものであり、自分の意識は消えたままだった。
リエンを失ってから新子々となり、生きる理由もなく、ただ日々を無駄に過ごしていた自分に目をつけたのだろう。気づけば傀儡とされ、その間の二年の記憶はない。その間のネクについても、当然知らない。
だから悲しかった。完全に心を閉ざしきってしまった彼が。自分のせいで、本当の気持ちを押し殺してしまうようになったことが。
【って、おい!!こんなのおかしいだろうがぁぁ!!!】
【私の知ってるネクはこんなんじゃない!!】
コミカルな新子々を装いながら、本心を誤魔化すしかなかった。それからも自分は渋谷凛ではなく新子々だと言い聞かせ続け、ずっとネクの隣にいた。
記憶を取り戻したネクは、随分と丸くなってはいたが、彼はある時、自身の大切な親友についてを自分に暴露した。
ネクは、二年経った今でも自分のことを責めていた。自分のせいでたった一人の親友が死んでしまったと、今でも悔やんでいた。
本当は自分が悪いのに……自分が今日、ここで死んだことが悪いのに。
『謝らなきゃいけないのは、私なのに……ネクは、悪くないよ』
ガードレールに隠れながら、座りこみながら言葉を言っても、下にいるネクには響きも届きもしない。
そうだった……自分はずっと、ネクに謝りたかった。でも、ずっと自分を隠し続けて、とうとう今日まで引きずって来てしまった。
『私、今まで何してたんだろ……言い出せばよかったのに。いくらでも時間はあったはずなのに……なんで、なんで何も言えなかったの……!?』
本当に苦しんでいたのはネクではなく、もしかすると自分の方だったのかもしれない。勇気がなかったのだ。謝りたくても、そのことを話すのが怖かった。
結局、自分のエゴで物事を考える癖はやめられていない。この小さく幼い身体と同じく……自分の時間は、今日この日から何も変わっていなかったのだ。
『……っ』
リエンの時も同じだ。ただ怖かったから、なかったことに出来ればいいとばかり思っていた。いつまでも自分を縛り付ける過去を受け入れることが、課せられた責任を負うことが、ひたすらに怖かったのだ。
過去をなかったことにすれば、何も気にすることはなくなる。自分がこれ以上、何かを思い詰めることも、リエンのことも、ネクのことも考えなくて済む。何も気にすることのなかった、ネクとの二人だけの日々に戻れる。
……ほら、見ろ。謝りたいなんて最後には嘘になるんだ。自分自身が楽な道へと、ただ流れていっているだけなんだ。
結局……自分は、また逃げてしまうのだ。
『……っ!!!』
その時、硬い何かが、音を立てて切れた。
凛は、半ばヤケになるようにガードレールを飛び越え、そのまま下のグラフィティの広がる道へと降りる。何かを考えようとする隙も与えずに、固まろうとする身体を強引に動かし、目を閉じたまま、自分を正面を向ける。
ちょうどネクの顔が、すぐ目の前にある。
『っ!!!……こ、怖い……私は、やっぱり怖い!!!……でも!!!』
肩が、脚が、声が震える。これまで逃げ続けてきた責任と、向き合わなければならない時が来たのだ。
ウジウジとして、今にも逃げ出しそうになるその足を、凛は全力で殴る。何度も叩いて震えを止め、覚悟を決めるべく一歩もその場から動かない。
『……君に……もうネクに、私は嘘なんかつきたくない!!!!それはきっと……いや絶対に、心からの思いだから!!』
ネクとの思い出を思い出した。そして、今のネクの言葉も思い出した。
自分は、大切なことを。親友として、向かい合わなければならないことに、気づかなければならなかった。
意を決して、鋼のように重かった瞼を……一気に、見開く———
『……ごめん。ここで集まる約束、守れなくて』
目の前に見えたのは、懐かしい、自分がよく見て、遊んで、一緒に時間を過ごした馴染みある顔だった。背も自分と変わらない……変わらなかった自分と、同じほどだった。
……思わず、涙が出てくる。懐かしいのか、悲しいのか、もう二度と戻れないからなのか、様々な思いと感情がぐちゃぐちゃに混ざったその涙は、いつもに増してしょっぱい。
その肩に触れる、そのツンツン髪に触れる、その顔に触れる、そのヘッドフォンを取ろうとする。
全て、すり抜けてしまう。この視線もまた、ネクには何も伝わらない。
『遅いな……まだかな、アイツ?』
ネクがふと、携帯を見ながら自分を待つようなことを口にした。
自分なら、ここにいる。
ネクが来る前から、ずっとここにいる。今目の前で、泣きながらも、鼻を啜りながらも、ちゃんと君を見ている。
『会いたいよ……本当なら、ちゃんと話したい……あの時みたいに、一緒に過ごしたい……ネク……ネ、ク』
出来ることなら戻りたい。そのネクの気持ちは、凛も同じだった。でも、それでは、何も変わらない。互いに嘘をつき合って、互いを永遠に騙し続ける。親友であるはずの関係を、都合の良いように利用し続ける。
そんなのは、自分たちが望んでいたことじゃない。
『……触りたい、抱きしめたい、側にいるって、分かってもらいたい。こんなにも、こんなにも気持ちが溢れて、止まらない……辛い、苦しいよ、ネク……会いたいよ、会いたいよ!!!!』
『一緒にいたいよ!!!本当は、私だって嫌だよ!!!責任なんて背負いたくなんかない!!!!世界も、渋谷も、何もかも気にしないで、ただ君と一緒に過ごしていたい!!!!』
『どうして、どうして私ばかりこんなことになるの……そんなに、君と一緒にいることがダメなの!!!何でなの!!!どうして!!!どうして……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!』
『ネク……ネク!!!!!ネク!!!!!ネク………!!!!!!!』
思う存分、これまでの全ての心を、親友の目の前でぶち撒ける。たとえ聞こえてなくても、見えていなくても……こうして叫ぶことが、今の凛には何よりも必要だった。
『っ……っぐ、っ……はぁ、はぁ、はぁ……』
頭を垂れて、汗と涙でぐちゃぐちゃになったピンクのパーカーを取る。長い後ろ髪がなびき、かつての凛としての面影を蘇らせ、ココとしての面影を影に隠していく。
『……ごめん、ネク』
息を整え、詰まる声を何とか通そうとする。別れを、告げる時が来た。
『ここに来れなくて……結局、来るのに二年もかかっちゃって』
『君を苦しめることになって……全部、私のせいだよ』
『……ちゃんと、謝りに行くから』
『だから、もう少し……未来で、待っててね』
未練が消えたと言えば、嘘になる。これもただの痩せ我慢で、心の底ではまだ、ネクとの日々に思いを馳せてる自分がいる。
だが自分は、何よりもリエンの友達であり……ネクの、親友だ。
身勝手に振る舞うんじゃない……心からの自分の意志をぶつけて、【心からの相手の意志をも受け止めて、受け入れる】。それが、友達である自分の役目であるはずだ。
——こうして凛は、あの日のネクと出会い、全てに別れを告げた。もう戻らない日々に、取り戻せない大切なものに、新子々であった自分自身に。
そして、誓った。
『私は、ネクに会いに行く』
そのためにも、今ここでゲームに負け、上位次元に渋谷を滅ぼされるわけにはいかない。この時間で立ち止まっているわけには、いかない。
『……それが、貴方の選択だった、というわけですか』
『そういうこと。嘘をついて、自分もネクも騙し続ける日々は……もう、終わりにしたいんだ』
『このケジメは、ちゃんと私自身が付ける』
中身がいくら未熟でも、見た目がどれだけ幼くても、自らの責任に向き合って、逃げずに立ち向かうことを選んだ。
それは、新子々にとって、渋谷凛にとって、大きな歩みとなったことは言うまでもない。
『決めんのがゼタ遅ぇんだよ、このヘクトバカスルが』
『うぐ……な、なんかさ?今日アンタ、めっちゃ当たり強くない!?』
『当たり前だろ。散々心配かけられた俺たちに、まさか何も言わせないつもりじゃねえだろうな?』
そう言うと、ミナミモトは凛の肩を掴み、身体の向きをズラす。
凛が向けられた方向にいた、未央と卯月の顔は、真っ赤に腫れあがっていた。
『未央、卯月……』
『……』
『……』
『責任を、取るんだろ?なら、ネクの前に、まずは目の前のケジメからつけろよ』
『……分かってる。二人にも、謝らないといけない』
ミナミモトの言う通り、凛は目の前の出来事から目を逸らすことは出来ない。ゆっくりと歩き、未央と卯月の前に立つ凛。二人はジッと黙りこくり、その目は今か今かと決壊する時を待っている。
何を言われるか分からない……意を決してその言葉を言おうとすると、
『ごめん……ごめんね、凛ちゃん!!』
『りんりん……無事でよかった!!戻ってきてくれてよかったよ!!!っ……ふぇ、っ……!!』
突如、二人は凛を殴ることもなく、飛びつくようにして抱きしめて、むしろ謝るようなことを言い出したのだ。
『へ……ええっ!!?ち、ちょちょ、何々!?』
思っていたのと真逆の展開に、凛は思わず顔を赤くして焦った様子を見せる。未央と卯月は、思い切り抱きしめながら、片方の手でそれぞれ凛の手を取る。
『ごめん……私、誰かが死ぬのが怖くて……一度未来を変えそうになったんだ。口では助けたいって言っても……結局、それを見届けることが怖かったから!!自分が弱かったから、こんなことしようとしちゃったんだ!!』
『……う、卯月』
『ココッペ……いや、りんりんを助けることばかり考えて結局、自分のことしか考えられてなかった。ごめん!!友達だって言ったのに、私もりんりんの気持ちを考えてなかった!!嘘をつきそうになったんだ!!』
『……み、未央』
卯月も未央も、一度本当に過去を変えようとした。目の前の腕を掴む、そのことを引きずりすぎて、二人は取り返しのつかないことをしそうになったのだ。同じく葛藤していた凛の気持ちも知らずに、自分のエゴで世界を変えようとした。
だがそれは、凛も同じだ。
『なんだ……二人も、同じこと思ってたんだ』
自分のエゴで、世界を変えようとした。大切な友達のことも忘れて……未央も、卯月も、凛も、三人とも同じことに追い詰められていた。
逃れられない、罪。責任に課せられた時、彼女たちは大いに苦しむこととなり、己の矛盾や弱さと向き合うこととなった。それは同時に、友を信じることの覚悟を決める、彼女たちという関係において最も重要なことでもあった。
『……ごめん……ごめん、未央、卯月!!こんなにも私のことを考えてくれて、思ってくれて、心配してくれて……こんなにも優しくて誇らしい友達のことを、見捨てるなんて……!!』
『りんりん……ううん、とんでもないよ!!』
『凛ちゃん……帰ってきてくれて、よかった!!ありがとう、凛ちゃん!!!』
『みんな……ありがとう……本当に、本当に……!!』
改めて気づく。自分がこれまで共にしていた友達が、どれほど素晴らしく、どれほど頼りになる、かけがえのないものだったのか。
ネクやリエン、だけじゃない。新子々として過ごした時間の中にも、偽りだとしていた時間の中にも、自分にとっての大切なものはあったんだ。
『ミナミモト……』
『……けっ』
『未央……』
『あははっ!!』
『卯月……』
『えへへ!!』
自然と優しく熱い涙が溢れる。この日、本当の意味で凛は、友達と心を通わせた。
嘘はこれ以上つかない。本当の意味で、彼女たちは繋がり合うことが出来た。互いの責任も、互いの罪も、もう一人で抱え込んで苦しむこともない。
みんなで向き合うと、立ち向かうと決めたのだ。
『……これが、この謎の真実ですか。やはり……不条理とは実に不思議なものです』
団結した四人が声のした方向を向くと、そこにいたドゥームはもはや人型を保つことなく、靄の身体となっていた。その靄も、外周が徐々に消散を始め、全体の体積が減っている。
上位次元の消滅が、現実に起こり始めていたのだ。
『えっ……本当に、消えるんだ……』
『と、言うと?まさか、私がもう一枚噛ませているとでも?』
『ああ。てっきり、そうだとな』
不自然なほどの素直さに、まだまだ疑いの眼差しを向ける凛とミナミモトだったが、ドゥームは弁明する。
『いえいえまさか。私はあくまでルールに乗っ取っているだけですよ。貴方達は勝ったのです。存分に喜ぶと良いでしょう』
『私は、もう十分楽しませてもらいました』
ドゥームは、どこか満足そうにそう呟く。
『この次元に降りなければならなくなった時、違和感は既に感じていました。最下位存在であるはずの人間が、次々と私たち上位の計画を覆したことに』
『そして昨日。人間にのみ存在する特殊な要素、不条理こそが、これまで逆行の要因だと判断し……私はこの世界の人間を、試してみることにしたのです』
『その結果は予想通り、一度は未来を変えようとその身の不条理に突き動かされ、だが、最後はその不条理が逆方面に働き、私とのゲームに勝った。
……やはり貴方達は、これまでの世界とは何処かが違うようです』
消える前に、ドゥームはこの過去を彷徨う中で、この世界の持つ特異性に気付いたと言う。それこそが、『他の世界』にはなかった複雑な人間の不条理であると。
『お前の言う『他の世界』は……俺たちの現在いる世界とは違うものを指してるようだな。これまでも、何度も世界を滅ぼしてきたってとこか』
『鋭いですね。ええ、この世界に手をかける遥か前から、私たちは何度も世界を創っては壊してを繰り返していました』
『ヘっ、規模だけは随分と一丁前だな。そこまで言うなら教えろよ。お前達の、崩壊の明確な目的を』
ミナミモトとドゥームは、また二人だけの世界に身を投げ込んでいく。こうして議論を交わすのもこれで最後だ。しかし、ドゥームはあえて、ミナミモトの答え合わせを引き伸ばすことにした。
『その話に関しては……私たちの主に聞くのが、一番早いでしょう』
そう言うと、ドゥームは残された力を手に集めて放ち、四人の前に時空の裂け目を形成する。緑色の渦がどこまでも広がっている、無限の空間。そして、ずっと探し求めていた、現在へと至る帰路である。
『恐らく、そろそろ『あの時間』が来る頃でしょう。フェイトとの通信が途絶えた以上、これで運命ノイズは全滅……配下を倒せば、元締めが出る。よくある展開ではありませんか?』
ドゥームは既に、元の時間でフェイトが新宿死神に倒されたことを察知していた。それと同時に、現在の渋谷へと迫り来る『頂点の波動』をも。
『それって……ラスボス、的な奴がいるってこと?』
『フェイトとドゥームを作り上げた人が、まだ私たちの前には残ってるってことだよね』
未央も卯月も、まだ戦いが終わってはいないことを理解する。たとえ現在へと戻ったとしても、そこにあるものは望んでいた光景とは程遠いものかもしれない。
ひょっとすると、自分達を絶望へと追い込むほどの、惨憺たる悲劇が目の前には広がっているかもしれない。自分達が過去に飛ばされた後の渋谷が今どうなっているのか、それはまだ分からない。
『……でも、まさかビビって逃げるだなんて、言い出すと思った?』
だが、凛は怯まなかった。それは、未央も卯月もミナミモトも同じだ。そのためにこれまでがあった。自分との弱さに向き合うという、最大の敵との戦いが。
『……楽しみです。上位存在である私の理解を超越した貴方達が、最後に辿り着く場所が』
『もしかすると、貴方達には私たちの主ですら……ふふっ、予想外の展開を期待していますよ。もう誰にも予測できない、貴方達の決断が生み出す世界を』
ドゥームは、完全に彼女ら人間の虜となっていた。不条理を携え、全能であるはずの自身の理解を超越し、退屈だった自身の時間を有意義なものに変えてくれた。
最後のゲームも、ドゥームは自らが負けて消えることになってまでも、人間の不条理をさらに追求したかったが故のものだった。
彼女達はよく動いてくれた。ドゥームの行いは、その礼だとも言える。
『さあ、生きなさい、人間達よ。何物にも変えられないその心を用い、この世界を刺激に満ちたすばらしきものへと変えるのです。
本当に世界を変える者は、不条理を宿し、ぶつかり合い、心と心を高めあい、共に生きていく、そんな貴方達の方なのかもしれないのだから』
『……ありがとう、ドゥーム』
『感謝を述べるのは、こちらの方です。貴方達のお陰で、永遠に退屈に満ちていた私の時間も報われました。
この先の未来にて、貴方達の命運を、どうかお祈りします』
元は敵であったはずのドゥームからも応援を受け、凛、ミナミモト、未央、卯月は四人で手を重ね合わせ、時間を超える前に最後の約束を交わす。
『……私は、絶対にネクに会う。ちゃんと謝って、飾らない本当の渋谷凛をぶつけに行く。もう躊躇ったりなんかしない……嘘はつかない。一緒に、来てくれるよね』
『……しょうがねえが、友達のお前のためだ。どこまでも着いていってやるさ』
『私は、ちゃんと君を助けたい。君の力になりたい。渋谷を全部元通りに戻して……今度は、本当の友達になろうよ!嘘偽りない、心からの笑顔でね!』
『そうそう!たとえ会うきっかけが良くなくても、色んなしがらみがあっても、最後は全部乗り越えてきたのが私たちだし!!ねっくんに会って、ちゃんと全部に決着を付けよう、りんりん!!』
『……うん!!ありがとう、みんな!!!』
思いは一つに、目指す先も一つになった。自らの覚悟を問う試練を乗り越え、彼女たちは再び現在へと舞い戻る。
大切な、心の芯からの思いを抱いて。
『……意外、でしたか?私が素直に消えるのが』
『うん。まあ、ちょっとね』
既に見送りは済んだ。試練を終えた今、この時間にい続ける理由はない。ただ一人終わりを迎えようとするドゥームの前に、意外な客人が現れた。
『未知、と呼ばせてもらいましたが、それは間違いではなかったようですね』
『それって、私が時間逆行を引き起こした、犯人ってこと?』
『ええ。貴方だったのでしょう。私たち上位の計画を狂わせてきた張本人、そして、新子々に試練を与えた黒幕は』
『そうだよ。頭から尻尾まで、全部私が仕組んだこと』
ある場所ではツグミと呼ばれ、ある場所では謎の少女と呼ばれ、ここでは未知と呼ばれている……誰もその正体を知らない金髪の少女。赤いヘッドフォンを身につけ、にゃんタンを手に抱え、白と赤の制服に身を包んでいる。
『私は、時間を遡ることが出来る。アンタ達と同じ、不協和の力を持っているからね』
『ほう……やはり、貴方はこの世界の中でも、さらに特別な存在ですね』
『上位存在様に褒めてもらえるなんて、光栄だよ』
『貴方にも、随分と楽しませてもらいました。娯楽へのお礼は、敵味方関係なく伝えたいものですから』
『……律儀なんだか、計算バカなんだか』
実際、少女の存在さえなければ、こうして自分がRGに降りてくることも、ましてや消滅することもなかった。だが同時に、この退屈を晴らすことも、少女がいなくては出来なかっただろう。
消滅は加速している。だがドゥームは、少女に感謝を伝えていた。
『貴方が何を考えているかは、結局、最後まで暴くことが出来ませんでした。ですが、この世界の者である以上、貴方にもあるはずです。
人間の証である、不条理が』
『……人の証、か』
『時間では測れない程長い間。創世、繁栄、衰退、滅亡、そして再創世。その循環を私は、何度も見てきました。
私は『主』に作られた存在であり、寿命も姿も存在しない永遠の命。世界を壊しては創り、また壊しては創り……その永遠の環の中の一つに、この世界もなるはずでした』
だが、いざ滅亡へのカウントダウンを刻もうとも、何故かこの世界は壊れる速度が異様に遅かった。それどころか、まるで滅亡に抗うように、再生の道に向かい始めたのだ。
こんな世界は、これまでになかった。衰退には向かうも、いつも滅亡に向かわずに再び戻る。その理由を、ドゥームは今回の時間逆行によって見出したのだ。
『人の心にイレギュラーを引き起こし、そのズレが広がることで、やがて時間を変えるほどの力までも生み出してしまう。不完全なバグであると思っていた不条理こそが、この世界が強く残り続けられる理由なのだと』
心があるからこそ、互いと分かり合える。不条理があるからこそ、より確かな繋がりが芽生える。
最下位存在の人間の力を、上位存在のドゥームは認めたのだ。
『アンタの言う通りだよ。心があるからこそ、感動が存在する。論理では動かせないものも、変えられないものも、変えられる。大事であって、同時に厄介でもある、そんな不思議なものなんだ』
『……では、貴方の心は、一体どこを向いているのでしょうか。滅亡なのか、その先の未来なのか』
『……いいや、私は……どちらでも、ない』
『私は、渋谷の未来を守る、ただそれだけのための存在。だから……私自身の、未来は——』
そう言おうとした時、既にその場にいたのは自分一人だけだった。黒い靄に覆われていたその存在は、塵となり完全に時空の彼方へと消え去ってしまっていた。
『えっ……本当に、逝ったんだ』
久しぶりの話し相手に、つい籠っていた感情が漏れ出しかけた。
『……』
でも、その心配をする間もなく、また何事もないように孤独に戻った。まるで運命であるかのように、感情を排斥しなければならないと言われているかのように。
『……って、何考えてんだか、私。敵と話して感情に浸って……こんなんじゃ、ダメだし』
だが、その身に課せられた責任を思い出し、すぐさま元の調子を取り戻す。こんなことはよくあることだ。
実際、自分は何度もそうしてきた。突然、人前から姿を消すのも、全部自らを孤独へと追い込む……いいや、導くためだ。
『もう、残された時間も……っ……少ないんだし』
街中に響く、耳をつんざくサイレン。立っていると、ふとした瞬間に離れそうになる意識を、何とか手繰り寄せる。
『こっからが……本番、だから』
そうして、少女も同じくこの時間に別れを告げ、『最後の準備』を着実に進めていく。
——そろそろ、元の時間に戻る時が迫って来たのだ。
(キャラクター欄に、渋谷凛を追加しました)
今回で、過去編、新宿編が終わりました。
覚悟を新たに前に進む、凛、未央、卯月、ミナミモト。
新宿の思いも背負って進む、凛、ネク。
過去から、そして新宿から、能力者達が目指す先は、今も尚戦火の最中である『渋谷』。
次回より、とうとう本作の物語も最終盤に入ります。全能力者が集まるその先に待ち受ける、真の敵。その正体とは。