すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
その力は全てを消し去り、無に帰す。目的は『運命』の崩壊。
『神』と呼ばれるその存在に……人間は、自らの価値を示すことが出来るのか。
久しく、目にすることの出来なかった渋谷。だが、それはある意味での幸福だったのかもしれない。
目の前にある惨状は、まさに地獄そのものだった。
渋谷川はコンクリートの瓦礫に埋もれ、渋谷ストリームは根本から崩れ落ち、その上半分は宙に浮かび上がっている。綺麗に舗装されていたはずの道も、瓦礫との境目が分からないほどの有り様と化し、石屑の山を形成していた。
「これが、本当に私たちの……」
「……渋谷の、姿、なのか」
ついこの前まで過ごしていたのが、嘘であるかのように思えてくる。瓦礫の山を掻き分け、慎重に足を運び、渋谷ヒカリエのあったはずの場所へと着く。
当然、あの存在感あるビルなどあるはずがない。ヒカリエらしき断片は宙に浮かび、そこでもう一つの渋谷ビガリィと衝突する。轟音と共に破片が散らばり、その破片がまた宙に浮かび、渋谷を破滅の色へと塗り替えて行く。
スクランブル交差点も、同じだった。
「……」
「……」
二人は、離れないよう手を繋いでいた。
他にも、キャットストリート、タワレコ、O-EAST、千歳会館前、東急ハンズ、道玄坂、渋谷モディ、マルイ、渋谷パルコ、スペイン坂、東急本店、首都高、渋谷センター街、渋谷スクランブルスクエア、竹下通り、宇田川町、MIYASITA PARK、女子寮、346プロダクション、代々木第一体育館……この街に残存するものは、その粉々にひび割れた形相で、全てが自分達へと恐怖を植えつけようとしてくる。
生きているが故の宿命とでも言うように、ハチ公も、モヤイ像も、広告に写る誰かの顔も、全てが自分達を睨みつけているような、まるでそう思えてしまう。
だが、前に進む足を、止めはしない。
それらが紛い物であると、既に分かっているから。今、信じられるのは、すぐ横にいる大切な友達だけだと知っているから。
もう、誰の声も聞こえてこない、無音に満ちた渋谷。ビジョンなど地に落ち、煌びやかな映像も、鬱陶しいほどの雑音も、そして、本当はいたはずの多くの人々も、皆消えてしまった。渋谷にいたはずの友達も、この戦いで全員、その命を落としてしまった。
普通なら壊れてしまうほどの苦痛が襲いかかるも、二人の心の奥底に宿る信念は、揺らぐことのない強固なものとして確立されている。
交差点の中央から、見上げる正面。日が差し込まず薄暗い中、空に広がるのはもう一つのかつて大都会だった渋谷。
渋谷と渋谷、その二つの渋谷の境界ともいえるような場所……104と109の間の空間に、一人、何者かがいるのが見える。
『紫』の髪を携え、この世で最も美しく、この世で最も青白く、この世で最も輝きに満ちた肌に包まれるその女体。薄い最低限の靡く羽衣を纏い、その紫の瞳で、ただこちらを静かに見つめている。
「……」
神……彼女こそが、世界の頂点に立つ存在。そのことは言われなくても、教えられなくても、自然に分かる。
空気が違う。これまでのどの死神とも、天使とも、コンポーザーとも、上位次元とも。近づくこともままならない、近づけばその瞬間に身が蒸発して消え失せてしまうような、そんな錯覚を覚えるほどの、次元の違い。
そして、それほどの存在が今、自分達が対峙しなければならない敵であるということも。
「……来たか。神の御前に踏み入る、命を貪る者達よ」
109にエンタングルメントをかけ、その屋上に登るネクと凛。神は、その二人をただ、その場に留まって待っていた。
その目があった途端、二人は強烈な吐き気とめまいに似た感覚を得る。
「……っ」
プレッシャーなのか、ただ向き合うだけで蓄積されるほどの疲労感だが、ネクと凛は負けずに、気を強く持つ。
「見るがいい、この終わりゆく街の姿を。滅びゆく世界の姿を」
反転したように104の屋上部が頭上に存在している中、109の屋上部に立つ神は、この閉鎖され崩壊した渋谷へと腕を広げる。
「多くの心、不条理が蔓延り、今日この日まで継続されて来た形。世界中の思考が集い、正に人間の存在の象徴ともいえる場所。その最期は、実に呆気なく、惰弱に満ち、空疎なるものだった」
落胆するようにため息をつき、人間の積み重ねて来た結晶の末路をただ嘆いた。
「単数の思考も、その存在が経験して来た過去も今も、その瞬間で想像し思い浮かべた情景も記憶も歴史も。
全て、私の前では無に等しい。どんな価値あるものも全て、全て消えるのだ」
人の思考がどれほど集まろうと、どれほど強固であろうとも、所詮それは非力で脆く、弱い。変えられないものは変えられない。神である自分の力と決断は、無情にもその全てを白紙へと帰す。
「そんな中でも……何故お前達は私に抗う?この渋谷の消滅は絶対であり、同時にこの世界の終了も意味する。渋谷が消えれば、同時に世界も終わり、もう一度新たな世界が創世される。今はその過程に過ぎない……いわばお前達は、次の世界への架け橋の一部だ」
コンポーザーや女王が各エリアを管理するように、神はこの世界全体を管理している。二本のペットボトルがあるこの状態を、一つの世界として、神はこれまでの選択を取り決めてきた。
「お前達のこれまでは、全て次の世界へと至る準備期間に過ぎない。その途中では、理想も、夢も、価値を持たない。お前達単一の存在は無価値に過ぎない。
言えば、お前達人間に、存在価値はない」
神からすれば、最下位次元に位置する人間の行動は、理解に苦しむ。今しか目に映らない人間とは違い、神はさらに外側の『世界の外形』を知っている。
「……俺の、物語」
「……私の、物語」
桜庭音操……死神ゲームに参加する、物語。
渋谷凛……アイドルとして活動する、物語。
その道中で出会った要素も、付随した障害も、神からすれば全てはただのパーツに過ぎない。準備され、用意され、作られたものに過ぎない。
——『運命』を、消滅させるための。
「運、命……?」
ネク、凛の頭に思い浮かべるものを、神は察知し、即座に否定する。
「お前達の知る運命とは違う。
『ソウルに干渉する不可視流動体』。私が世界を創り出す以前から存在し、生まれた世界の全てのソウルに干渉し、やがて破滅への道筋を辿るよう誘導する、その存在を、運命と呼んでいる」
「……えっ」
神から語られる、この世界の真実。神によってこの世界が創られた理由は、全てが『運命』を滅ぼすためのものだった。
つまり、初めからこの世界は、壊されるために存在していた。神により、流動体である運命を陥れ、完全に消滅させるための罠。
無限に続く世界の破滅と再生の、そのターニングポイントとなるはずの世界だったのだ。
「運命と神である私の戦いは、数では数えられないほど長き時間に及ぶ。だからこそ私は……今日、この日をもって、この世界をもって、戦いを終結させる」
死神ゲームという仕組みも。多重次元という概念も。壁という、牢獄の役割を成すシステムも。
運命を閉じ込め、崩壊させるための箱庭の形成に必要なもの。全部、初めから仕組まれていたものだった。
「……」
「……」
自分がこれまで、何も考えずに生きていたこの世界。死神ゲームに参加していなければ、アイドルになっていなければ、決して気付くことのなかった事実。知ってしまった、知りたくなかった真実。
……二人は静かに、刃を構える。
「ほう。血迷いでもしたか、人間よ」
「……いいや、違うさ」
例に漏れず感情沙汰かと嘲笑う神に、ネクと凛は一歩も退くことなく対峙する。
二人を繋ぎ止めているものは、その身に宿した覚悟だ。
「……たとえ、世界自体が紛い物でも」
「……たとえ、必要とされていなくても」
凛は知っている、全てが偽りに満ちていた友との記憶を。ネクは知っている、この世界で生きて来た多くの人々を。
「脆くても」
「無駄だと言われても」
知っている。力を合わせ、思いを重ね合わせ、価値を証明した渋谷を。無価値だと言われても、最後には蘇り、夢を掴んだ者たちを。生き残り、今を全力で生きている者たちを。
「否定されても」
「脅されても」
「絶望を味わっても」
「何も信じられなくなっても」
「先が見えなくなっても」
「全てから逃げ出したくなっても」
その度に、人は答えを見つけてきた。自分自身の心と向き合い、弱さと向き合い、責任を知り、罪を償い、思いを背負い、そこで初めて、他人と向き合うことが出来る。ぶつかり合うことができ、分かりあうことができ、世界を広げることが出来る。
自分を知って、そこから他人を知る。
「俺は、この世界で……」
「私は、この世界で……」
そうしてこれまでを生きた大事な友達の姿を、この目で見た今なら言える。
自分達の、守りたいものは……望むものは。
「「……大切なこの渋谷で、共に明日を迎えたいだけだ!!!!」」
たとえ神が望まなくても、運命が蔓延ろうと、世界の用途が本来とは異なろうと、関係ない。信じるものは、ただ一つ。自分自身の、心からの叫びだけだ。
「俺たちは、何があっても忘れない……望むものは、明日を生きることだ!!!」
「世界を広げる、無限の夢へと挑み続ける……ようやく見つけた、私のアイドルは……終わりになんかさせない!!!」
シキ、ヨシュア、ビイト、ライム、未央、卯月、加蓮、奈緒、飛鳥、蘭子、きらり、杏、みく、李衣菜、ミナミモト、ココ、謎の少女。
羽狛、侑芽、プロデューサー、ちひろ、今西、美城、シンデレラガールズ、リエン、ツグミ、シイバ、ヒシマ、カイエ、新宿死神、ススキチ、アヤノ、新宿の女王カナタ。
そして、ネク、凛。
他にも、この渋谷で生き、渋谷で出会い、渋谷で共に過ごした、全ての人々の物語は……過去も今も未来も、決して価値のないものなんかじゃない。これまでの全てが、瞬間瞬間に込められた一人一人の思いが、今もネクと凛の心の中で生き続けている。
「物語は、終わらない……!!」
「物語は、永遠に続く……!!」
人は消えても、思いは消えない。不条理によって引き継がれ、受け継がれ、永遠に誰かにとっての価値となって存在し続ける。自分達の掴み取った……あのすばらしきこのせかいは、何者にも変えられはしない。そう、たとえそれが神であろうとも。
「「……この未来は、誰にも奪わせない!!!!」」
この決意は、揺るがない。二人は消滅ではなく戦いを選んだ。
「……所詮は、人間だな」
どこまでも救われず、報われず、虚空の希望に惑わされる。真実を知って尚、理解ができないからこそ同じ過ちを繰り返す。
神はここに、無慈悲なる最後の処刑を宣言する。
「桜庭音操、渋谷凛。その身に命を宿した罪を、世界に生まれてしまった罪を、原罪を、これより償うこととなる」
愚かなる人間に、裁きを下す。腕を前に出すと、その手には翼の装飾が施された巨大な長槍が現れる。青と紫の、邪な命を消し去る神の怒りであり、運命の統制でもある。
「世界の役目はここまでだ。運命と共に塵と化し、消える。
お前たちも、その終末を共にするがいい」
……鋒が、彼らを視界に捕らえし時、
「我が名は、ウィルド。叛逆者は……滅する」
不協和の根源、ウィルドは、世界の終末の到来を宣告した。
ウィルドの力は、不協和の力そのものであり、それは神の力。普通のサイキックでは、到底歯が立たない。
「……遅い」
ピアシングピラー、ブーメランショット、スプラッシュポイント、バーストソード、ディスチャージ、ライトニングボルト。ネク、凛は意志を一つにして手数で攻めようとするが、ウィルドにはまるで効果がない。氷の柱で貫こうと、電気で焼き焦がそうと、剣で串刺しにしようと、その肌には傷一つ付かない。
「やっぱり、あれをやるしか……行ける、ネク?」
「ああ、今度はしくじりはしないさ、凛!!」
お互いに頷くと、目の前でスパークポイントを放ち、スプレー缶で目を眩ませた後に、二人は互いの足の裏を付け合い、そこから一気に蹴り飛ばす。フェイトに唯一ダメージを与えることのできた、フリーフローの使用方法。離れては密着し、その度に裏を蹴り合い、次々と力を高める。
「はぁっ!!」
「ふっ!!」
二人の斬撃が、神を襲う。紫と蒼に輝く、素早くもあり図太くもある一撃を無数に繰り出していく。その中でも二人は加速を止めることなく、その威力とスピードはさらに上がっていく。
「……」
長槍を横にして、防戦一方の姿勢を見せるウィルド。ネク、凛は現在、明らかに有利な戦況にもつれ込んでいたはずだった。
「……っは……っ!?」
だが、次の斬撃を差し込もうとした直後、二人の身体は、渋谷の果てまで飛んでいく。104、109から一気に渋谷ヒカリエ内部まで飛ばされ、そこに残っていた瓦礫だらけのショーウィンドウを突き破るネク。一瞬のことに驚く間も与えず、目の前に長槍と共に現れるその姿。
人間には到底考えられないその速さに、ネクは追いつけなかった。
「……やはり、遅い」
「っが、は……」
恐ろしい速度で振り払われる長槍に、ネクの身体は文字通り吹き飛ばされる。渋谷ヒカリエをさらに突き抜け、今度はスクランブルスクエアの残骸に衝突し、
そして、すぐにまた目の前に現れ、薙ぎ払われ、渋谷の宙を舞い……ウィルドは初めに、徹底したネクの排除へと動いた。
「……お前たちの力が、絆によるものだと言うなら」
「っぐ……っぁ……っ!!!」
「ネク……!?どこ、何処にいるの!?」
「片方さえ潰せば、自然ともう片方も堕ちる」
ネクとは真逆の方向へと飛ばされた後、即座に109へと戻った凛だが、ネクとウィルドの姿が掴めない。全方位を向くが、聞こえてくるのは鈍い打撃音と呻き声。凛は焦りそうになる身を必死に安静にさせ、目を瞑り、ネクの位置を探る。
(……り、ん……!!!)
「っ……そこだぁぁっ!!!」
シンクロを高め、感覚でネクの位置を掴み、そこにオーバーロードで突進する。スクランブル交差点の中心部にて、耳を裂く金属音と共に、凛はネクを庇うように、どうにかウィルドの長槍を受け止める。
「っ……!!!」
「り、ん……すまない!!!」
散々に殴られた頭を振り、ネクもショックウェイブを手に、凛と共にウィルドに立ち向かう。だが、二人のショックウェイブの力は、その長槍に徐々に押し負けていき、刃は地面に叩き落とされそうになる。
咄嗟にショックウェイブの向きを変えて敵のバランスを崩そうとするが、ウィルドに小細工は通用しない。完全に動かないウィルドは石像のように強固な体幹でその場に留まり、隙を見せた二人を再び宙へと吹き飛ばす。
「が……っ!!!!」
ネクは頭上にあるもう一つのスクランブル交差点へ、凛は頭上側の宇田川町のグラフィティアートへと身を突っ込む。フリーフローの持つ、身体のセーフティー機能がなければ、今頃二人の身体はぐちゃぐちゃに潰れ、曲がっていた。
そんな生死の境に追い詰められる中……次にウィルドは、凛を集中して潰しにかかる。
「っ——」
ネクの時と同じく、全てを遥かに超越するスピードで宇田川町に現れ、凛の目の前に立つウィルド。凛が吹き飛ばされてから、まだ一秒も立たない間に、ウィルドは長槍の先をその凛の喉元に付ける。
瞬間、長槍が凛の喉を貫いて破裂させる寸前に、凄まじい爆発音と共に凛が姿を消す。後に残ったのは貫かれて粉々に砕けた黒猫のグラフィティ。ウィルドの頭上には、凛を抱えるように宙をワイヤーで瞬間移動するネクがいた。
「ネク!!……助かったよ、ありがとう」
「平気だ……無事で、よかった」
何とか安堵を装いつつ、恐怖に震える身体に喝を入れる二人。エンタングルメントで移動を続けるが、どれだけ離れても、ウィルドにとって距離は意味を持たない。ウィルドは神であり、時間も空間をも超越する。
敵と自らの間の『空間を歪めて移動する』など、造作もない。
「……大事な仲間か。まだ分からないのか?」
104、109へと向かおうとする二人を予測し、空間を歪めて先回りして待ち構えるウィルド。ネク、凛という個体間に存在する不条理に、やはりウィルドは疑問を隠せない。
「互いに互いの足を引っ張り合い、邪魔をしている。パートナーである以上、片方が消えればもう片方も消える。自分一人ではなく、気を使う相手が増える。こんなにも制限のかかった柵を、まだ強さだと言い張るのか」
「ああ、当たり前だ!!」
「一緒だったから、どんな相手にだって、負けなかったんだから!!」
「強情だな。明白なる下級な、人間の限界点か」
二人の堅固な意志を、簡単に一蹴すると、
「……ならば、実際に見せてみろ。これでもまだ戯言でないと、言い切るつもりか」
ウィルドは自らの手にしていた長槍を物質変換させ、無数の液状の何かへと変化させ、それを二人に……主にネクへと向けて放つ。
「!?……な、なんだ?」
104、109に辿り着くと、その液状の何かは足へと移って纏わり付き、ネクの右股関節部分を徐々に締め上げていく。その質量は少なくなく、集まれば集まるほど強くなっていき、そして硬くなっていく。
「……え」
圧迫で血を止め、苦しみを味わわせた次の瞬間、ネクの右足が、根本から切り落とされた。
液体から再び固体へと戻った槍の硬さに貫かれ、意識とは独立した存在となった右足を見ながら……ネクはバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。
「……ネク!!!!!」
目の前で起こった信じられない光景に、凛は焦燥を抑えられずに、慌ててネクに近寄る。
「……ぁ……な、に……が……」
頭が焼き切れそうなほどの痛みが、ネクの身体を襲い、意識を奪っていく。右足は粒子となって消えていき、根本から熱が流れ出ていくのを感じ、ネクは、もう二度と立ち上がることが、出来なくなってしまった。
「嘘……う……う、そ……」
目の前のショックに、思わず凛はその場に座り込んでしまう。立ちあがろうにも、足が震える。大事な友達が苦痛に悶える姿を、自分に照らし合わせてしまい、吐き気が襲いかかってくる。
「……足を切れば、二度と私の力……不協和、神の力は使えまい。お前たちの非力さの提示には、いい手段だ」
的確に相手の急所を追い詰め、徹底して抉るような戦い方。神の冷酷で合理に満ちた思考は、一人の少女を震え上がらせるのに全く不足はなかった。
「……は、ぁっ……」
ネクに寄り添おうとするが、そこにウィルドが歩いてくる。近づいてくるその女性の姿が、今は無性に怖い。
「動かなくても構わない。私がただ、その喉を裂けばいいだけのことだ」
「……っ!!!」
本能によるものか、瞬時に身体を捻り、ウィルドの素早い一撃を避ける。掠れた硬い感触が、凛の心の恐怖をさらに増長させていくが、
「……まだ……だ……」
襲うウィルドの背にエネルギー弾を打ち込み、放心する凛を守ろうとするネク。命を削る痛みに、気絶寸前の身体を両腕で持ち上げ、何とかサイキックを放ち、凛を守ろうとする。
「りん、に……てだし、させな——」
だが、それも、虚しいだけだった。
「消えろ」
ネクの言葉を待つことなく、ウィルドは抵抗できないその身体の、右腕の付け根をさらに槍で集中的に抉る。肩甲骨を完全に破壊され、粉々になった骨が組織を傷つけ、血脈を辿って全身へと巡り、外から、内から、ネクの身体を終わりへと導く。
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
「やめて……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!」
悲鳴のような悶え声を上げるネクに、凛はもう完全に取り乱しながら、涙を流してウィルドに殴りかかる。
パートナーとの絆が強すぎる分、その絆にヒビが入れば、それは途端に脆くなる。まるで、新宿の絆を想起させるようなそれに、人間の心の不条理を考えずにはいられない。その大きすぎる欠点から、目を逸らすことは出来ない。
「ネクを、離して……離して!!!離してよ!!!離せ、離せっ、離せぇぇぇぇっ!!!!!」
「ははは……笑い物だな」
「……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
激情のままに、その背中をショックウェイブで切り刻み、バレッドショットで蜂の巣にしようとする。だがいくら攻撃をしても、その衣服にも肌にも何も通らない。全て無効化され、凛はウィルドを止めることができない。
ウィルドは、さらに凛に見せつけるようにしながら、突き刺した槍に力を加え、ネクを今以上に苦しめる。聞こえてくる悲鳴は、より高く、よりか細く、弱々しく……背中に感じるくすぐったさが、多くなったのが分かる。渋谷凛が焦っているのが、今にも嗚咽を上げそうなのが、戦いの終わりを望んでいるのが、分かる。
だが、ウィルドは簡単に終わらせはしない。天に刃向かった罪は重い。もう一手、凛を更なる絶望へと追い込む。
「……っ!?バッジ、が……」
凛の放っていたサイキックが、突如発動できなくなる。掲げた手から力が抜けていくのを感じる。アンサプレッションバッジ、オーバードライブバッジ……神の力を持つバッジ以外の全てのバッジが、ネクと凛の元から一斉に消滅してしまったのだ。
参加者バッジが消え、もう能力は使えない。
ディメンションリンクバッジが消え、もうアイドル達も、約束を交わしたプロデューサーも、二度と取り戻すことはできない。
ハーモナイザーバッジ、ショックウェイブ、エンタングルメント、パイロキネシス、ピアシングピラー、アポーツ、エナジーショット、ディスチャージ、ストリートライブ、ライトニングボルト、サイコキネシス、ブラックホール、アクアバリア、バーストソード、スプラッシュポイント、スパークポイント、バレットソード、ボルカニックアッパー、ベロシティアタック、タイムボム、レーザーノヴァ、カナタの真紅のバッジ……
渋谷の人々も、この東京中の人々も、天界の天使達も、ノイズも、死神も、全部、何もかものソウルが消え……街並みも、ビルも、夢見た空も、全てが、失われてしまった。
「あ……あ、ぁ……」
膝をつき、永遠という名の、本当の絶望を焼き付けられる、凛。もう立ち上がることは出来ない。戦うことも、生きることも、抗うことも、出来ない。
崩壊の運命に基づくように……初めから桜庭音操、渋谷凛、人間の敗北は決まっていた。
「っ……ぁぁ」
もはや、目の前の屍から声は聞こえない。
ウィルドは死を確かめると、槍を突き刺したまま後ろを振り向き、戦う力を失った、弱き少女の首を掴み、徐々に締め上げていく。
「先程までの威勢は、どうした?」
「……ぁ……ぁぁぶ、ごぁっ……」
身体を無理に持ち上げられ、首が軋む。喉が恐ろしい圧に耐えられず、潰れていく。声が漏らせず、腕も伸ばせず、何も出来ないまま身体が痙攣し、至る所で血が止まり、命が停止していくのが分かる。目の前の冷徹な声に、震え上がらせるものも何もない。
命は既に、僅かまで失われてしまった。
「もう、話すことも出来ないだろう。だが、無意味な物語は、これでようやく終わりを迎える」
完全に喉は破裂し、脳が死ぬのも時間の問題。死ぬ間際、凛が最期に連れて行かれた場所は、109の縁……風だけが強く吹き付ける、くすんだ空の中。
「安心しろ、こうして次の世界は、永遠の平和が約束されるのだから」
「……さよなら、無意味だった命たち。次回の、糧となる人生たち」
次の瞬間、凛は、浮遊感に襲われる。死に向かう感覚か、それとも屋上から落とされた感覚か、それはよく分からない。目の前にあった顔が、倒れている大切な友達が、徐々に離れていく。
でも、もうどうすることもできなかった。虚無に心を奪われ、手も足も、伸ばせなかった。
約束を……果たすことは出来なかった。
——桜庭音操。渋谷凛。二人の身体は光に包まれ、ソウルの粒となって消えていった。片方は槍で貫かれたまま息絶え、片方は宙を舞い、地へ堕ちながら息絶え、その状態は酷く、凄惨なものだった。
だが、ウィルドにとっては、何を思うこともない。人の一生など、命の終わり方など、感じた痛みや苦しみなど、結局この世界に起こる全てのことは過程に過ぎない。
気にするだけ無駄だ。結末が決まっている物語の、その過程に意味はない。
「……感じるぞ。お前のその姿を。世界に蔓延る、忌々しきその本質を」
静かになった、邪魔者が全て消えた牢獄の中、ウィルドは何事もなかったように、一人でに言葉を話す。誰もいない渋谷の空を見ながら、何もないはずの虚空を見つめながら、ウィルドはその目に、永き因縁の相手を浮かべる。
「長かった……この戦いも、終わる。お前を消せるこの瞬間を、どれほど待ち望んだことか」
目には映らなくとも、ウィルドには感じられる。忌々しい運命がまさにここに、自身の目の前に確かに存在していることを。
「——さあ、終わりにしよう。私とお前の旅も、世界の崩壊と創世の環も、生まれてしまった全ての悲劇も」
ウィルドは、手を前に出す。直後、渋谷は音を立てて完全な崩壊を始める。破片だったビルも、道も、壁も、全てが黒い粒子となって無へと消えていく。
築かれてきた世界が、消えていく。紡がれてきた物語が、終わっていく。重ねてきた思いが、潰えていく。積み上げてきたものが、崩れていく。
未来を求めて、散っていった少年たち、少女たちの物語はこれにて、その幕を無残に下ろす———
『いいや、終わらせはしない』
「……何?」
世界が終末を迎える……その時、ウィルドの背中に、くすぐったさ……とは違う、痺れるような感覚が走る。衣服を貫き、肌に、僅かに届くその槍。
それは、背後の……既に存在しないはずの命から放たれたものだった。
『……』
ヘッドフォンを身につけ、黒いネコのぬいぐるみを持った金髪の少女。
その手から放たれた槍は、ウィルドの胴体を貫通し、今まで一度裂けなかったその身へと初めてダメージを与えた。
「……何故、人間がまだ存在している」
『勝手に終わらせなんかさせない……アンタなんかに、この世界は変えさせないよ』
全く怖気付くことなく、謎の少女はウィルドと正面から対峙する。先程まではいなかった、存在するはずのなかった命が現れたことに、ウィルドは予想外の感覚を得る。
「なるほど……過去の時間に、まだ生き残りがいたとはな」
『ご名答さん。私は、時間を移動できる。ここに来る前に、最後の準備を終わらせてきておいたの』
「だが、それも徒労に終わったようだな。桜庭音操も、渋谷凛も、既に罪と罰は執行された」
ネクの身体も、凛の身体もソウルとなり、ウィルドの力で完全に消滅した。
こうして、渋谷は終末を迎えた……だが、他にも、この物語中ではいくつものポイントがあった。ネクや凛、様々な仲間たちが敗北し、結果、渋谷が終わってしまう分岐点が。
少女は、それをほとんど見て知っていた。自分がこの時間で、消えてしまったネクと凛のソウルを回収することも、消えてしまった仲間たちのソウルを回収することも。
自分がこうして未来を予測して動くことも、本来の時間の流れの一部であるということを。
「だが、時間逆行は、私だけが持つ力……何故お前がその力を持っている。一体どの時間から、この現在へと現れた」
『……さあ、ね。時間なんてどれほど遡って、どれほど進んだか、もう覚えてもいない。ずっと手探りで、合ってるか間違ってるかもよく分からない、そんな選択をずっとしてきた』
『……でも、これでよかった。誰から言われた訳でもないけど、今なら、そうだって分かる』
どこか安堵しているような、少女の言うことは、ウィルドにも理解は出来ない。あくまで時間の流れの外側にいた彼女自身だけが、彼女自身の言葉を理解することが出来るのだ。
……少女は僅かに笑みを浮かべながら、懐から三体のノイズを取り出す。
「……?」
宙に放たれたノイズは、『カエル』、『コウモリ』、『ミング』の姿をした、禁断ノイズ。
だが、このノイズはただの禁断ノイズではない。
【……これを、桜庭音操に使って、記憶を取り戻して】
少女から、ミナミモトへと渡され、ネクに伝わり……時間を越えて、今日まで辿り着いた存在。
『……このノイズは、酷く傷ついたソウルの寄せ集めで、私が作ったの。ミナミモトを通じて、ネクの身体の中に忍ばせて……こうして完全に回復するまで、『一ヶ月』もかかったけどさ』
「……どういうことだ」
この三体の禁断ノイズは、通常とは異なり、消えかけていたソウル達を寄せ集めて作られた特殊な個体。レベル虚数リターンの際に仕込まれたそのソウルは、ネクの身体の中で着実に回復を見せていた。
その中で、ネクは凛と心を通わせた。初めて牢獄を見つめた時……禁断ノイズは一定の力を取り戻し、『禁断化』としてその身に具現化された。
次に、牢獄を解放した後……とうとう実体化するほどまで至り、火事の中でネク、凛、加蓮の身体の中へ宿り、能力を復活させた。
そして、今。加蓮の母体が消滅し、凛の母体が消滅し、ネクの母体が消滅した。その身に宿っていた禁断ノイズ達は、とうとう目覚めの時を迎えたのだ。
消えたこの時間に、長い時間を経て再び帰還を果たす、その時を。
『……さあ、戻っておいで。みんな』
『一緒に、渋谷を守ろう……大切な友達と、共に』
104、109の少女の元から、渋谷中に三方向に広がっていくカエル、コウモリ、ミング。
カエルは姿を変え……四人に。
「……おおっ!!やっと元に戻れたんだな、俺たち!!」
「うおぁっ!!あ、相変わらずうるさいぞ、ビイト!!」
「わ、悪いって、蘭子。テンション上がっちまってな〜」
「全く……まあ、一ヶ月もいれば、どういう奴かは大体解る。その騒がしさも……懐かしいものだ」
「これぞ、急がば回れってやつじゃないかな、飛鳥ちゃん?」
「はは、言えてるね、ライム……一ヶ月ぶりの復活にしては、随分な歓迎だが」
コウモリは姿を変え……五人に。
「うへぇ……ど、どうせなら、コウモリじゃなくてネコがよかったにゃ!」
「まあ、魚とかサメよりはマシだったんじゃない、みく?」
「サメ!?そ、そそそそそれだけは、絶対になりたくないにゃ、李衣菜チャン!!」
「まさか、僕らがノイズになって時間を遡るとは……ネク君の中に入ることも、予想だにしてなかったよ」
「異形の生命体として、ペンション桜庭にみんなで集団生活……お、思い返すと、杏たち凄いことしてる気が……」
「ふふっ……ずっと見てて思ったけど、杏ちゃんってば、あんなに寝転んでばかりだと、将来太るよ?」
「はぁ!?ちょ、み、見えてたんだあれ……よりによって、一番見られたくない奴に、生活習慣を……」
「む〜!!ず〜っとネク君の中にいて、動けなくてムズムズしてたにぃ!!や〜っとの久しぶりのお外は、き〜もちいい〜にぃ!!!」
ミングは姿を変え……三人に。
「……やっと、私たちの思いを果たす時が来た」
「この渋谷に出会って、アタシも救われた……どんなことがあろうと、ただのたれ死んで、終わってなんかやるか!!」
「……みんな、諦めないで!!どれだけ敵が強くても壁が高くても……仲間を、友達を信じて!!」
そして……少女の持っていた黒いネコの人形、にゃんタンもまた光を放ちながら、その姿を変える。
「……っ」
消えたはずの身体を動かし、砕けた『右手』を握り、切れた『右足』を回し、そして気付く。
……世界の存続と滅亡をかけた戦いは、まだ終わってはいないことを。
第二話にて、ミナミモトがネクに流し込んでいた、カエル、コウモリ、ミングの禁断ノイズ。
あのノイズ達を構成していたソウルは、前回ウィルドによって消滅してしまった十二人の能力者の、治癒途中のソウルでした。
だからこそ、第一章では実体化することが出来ずに(ネクの中にずっといた)、第二章四日目で靄の状態でみくの銃弾を防ぎ、決戦前夜で実体化して李衣菜を守り、ネク、凛、加蓮の中に入り込み、能力を復活させて、サポートをしてきました。
未来からのソウルで構成されているため、既にその未来を知っていたからです。
そして、ネク、凛、加蓮が一度消滅した今、二周目を経た能力者達が再びこの地に戻り、もう一度神との戦いに臨みます。
もう一つ、これまで謎の少女が出てきた際に、『必ずにゃんタンを持っている』という描写がありました。これがどういう意味なのかは、次回分かります。
残すところ、あと二話です。