すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
その全てが解き明かされた時、ようやく彼らは前を向き、過去を受け入れ、未来へと歩み出すことが出来る。
旅立ちの時と、別れの時が来た。全ての者達が、ここに約束を立てる。
自分の思うように、世界を広げ、夢を追い求め、明日を生きていくことを。
『……っ』
倒れ込んだ状態で目を覚ますと、すぐ目の前に立ち昇る炎、崩壊したビルの破片、元々立ってたであろう、歌舞伎町の赤いアーチ。
明らかに、ここは渋谷じゃない。自分の知らない、いや、知っていたはずの場所だった。
『……ここ、って……新宿?崩壊、してるの?』
訳の分からない頭を整理しようと、瓦礫に手をついて立ち上がる。すると、すぐに違和感に気づいた。
いつもよりも……目線が高い。自分の背が、高い。
『えっ!?』
何かを思い、この瓦礫だらけの道を走り、慌ててビルのガラスの破片に写る自分を見る。
赤と白の制服。なびいている綺麗な金髪。紅い瞳。そして、頭に付けてある赤いヘッドフォン。
『何これ……どうなってんの……私!?』
新子々としての姿が、完全にあの謎の少女へと変わっていたのだ。
新宿で起きたことは、初めは全く分からなかった。宙を舞う無数の紫色のディゾナンスノイズに、それらを放ち続ける八代未月、狩谷申輝。彼らに立ち向かうように次々と空に飛び立つ、死神達。そして、赤い派手な服を着た謎の女性。
何も分からないことだらけで、一回目はただ巻き込まれるだけだった。見ている内に、自分の元にもディゾナンスノイズが群がっていき、逃げ続けたとしても、慣れない街に出口も分からず……そのまま、頭上のインバージョンに飲み込まれ……そこで再び、今日目覚めた場所と全く場所で目を覚ました。
『は、はぁ……?何も、急すぎて意味が分かんないんだけど……?』
『みんなは……?ネク、ミナミモト、未央、卯月、凛……なんで、誰もいないの?』
崩壊する寸前に戻った街を見渡しながら、何か手がかりはないかと、唯一の当時の持ち物であった銃を手にした時、
『……そうだ!!あの時、アイツに!!』
自分は最後に、この同じ姿の少女に弾丸を撃ち込まれたことを思い出した。
『……』
胸をさすると、とある箇所で、丸い何かが埋め込まれたように浮き上がっていた。この身体は、この状況は、この撃ち込まれた弾丸によるもの……?
試しに、前に手を出してみる。そして念じる……『過去に、戻れ』と。
やはり、間違いない。再び倒れ込んだ状態で、自分は目を覚ました。自分は、時間内の移動が可能になったことを知る。
『なるほどね……だったら、まずは色々と、調べてみなくちゃ』
情報を集める必要がある……そうして時間を何度も遡り、自分に今何が起こっているのかを、まずは把握した。
この新宿は、渋谷にインバージョンが引き起こされる直前、『インバージョンによって崩壊させられた時間の、ネク側の新宿』だった。コンポーザーだと思わしき女性、松苗亜未も奮闘していたが、次々と新宿死神の数は減っていき、努力も虚しく、運命の死神によって、新宿は終わりを告げた。
『また、間に合わなかった……』
その間、自分も何か力になれるならと、新宿の中でのやり直しで、崩壊を阻止すべく敵と戦った。自分の力は、『弾丸に宿っていた不協和の力』で膨大なものと化していた。
だが、それでも既に遅すぎた。
目が覚めたこの時点で、インバージョンは極限まで新宿を追い詰めていた。最期のループを止めることは、もはやこの時間では不可能だったのだ。
新宿と渋谷を繋ぐ道、地下に渋谷川の流れている道を歩きながら、自分はトレーラーを使い、ネクに新宿での悲劇を伝える。
ここで、自分は全てを察した。
何故、自分が今、過去に戻ることになったのか。自分の姿が、成長した年相応のものになったのか。
これまで、消えては現れてを繰り返していた少女は、一体どこで、何をしていたのか。
インバージョンにより消滅させられた新宿を、実際に見ているからこそ、自分は理解することができた。
未来を知っている自分が介入しなければ……恐らく渋谷も、『インバージョンによって崩壊の一途を辿ることになる』と。
自分は、即座に渋谷に向かい、行動を開始した。
自分はこの時間の渋谷にて、ネクと共に行動していた。だが最後の瞬間、戦場に集っていたのはネク、自分、ミナミモト、未央、卯月、ビイト、ライム、ヨシュア……そして、シキ、凛。
この中で、唯一二人の行方は、未来から来た自分にも分からない。だからこそ、自分はインバージョンの渦中にて、もう一つの視点である凛、シキ側の動向を探っていた。
新宿の崩壊を目の当たりにした以上、少しピリピリとした空気を漂わせてしまっていたかもしれない。凛に強く当たりすぎたことも、あったかもしれない。
実際、何度も失敗したのだ。
まだ戦ったことのない凛、未央、卯月を運命の死神の手から生き延びさせることは、とても難しいものだった。バッジもない状態ではとても助からず、さらにはネクとミナミモトの力を持ってしても、神の力である不協和の力には到底叶わなかった。
だから、この胸の弾丸の中の力を貸す形で、ネクにアンサプレッションバッジ、凛にオーバードライブバッジの不協和の力を渡し、未央と卯月にもバッジを流し、ビイトを解放して力を借りて……ここまでくる時点でも、もう相当のことを経験した。
『……』
インバージョンを切り抜けた時、既にどれほど長い時間が経ったのか。だが、自分のやるべきことはまだまだ多く残っている。もう一つの世界……かつて未央と卯月がいた世界にも、同じく運命の死神の手は迫っている。
『ネク』
『凛』
凛とネクを引き連れ、共にもう一つの渋谷へと渡った。
『急に聞くけどさ、君って、誰かの笑顔に救われたことって、ある?』
『笑顔?……笑顔、か』
次の世界の渋谷でも、自分は何度も時間移動を繰り返した。
凛、未央、卯月の事前の世界間移動、仕掛けられていたSGのタイムリミットに、さらに一枚噛ませていた、ミッシングアイズと二重人格の指揮者。
この辺りから、確実に、自分の弾丸に宿っていた神の力が減っていることを感じ始めた。さらに、シンデレラガールズやプロデューサーを救うことができないこと、友達の未央や卯月、凛、他のアイドル達に苦難の道を歩ませたことなど、未来を知るが故の罪と責任にも、また随分と苦しめられた。
『……あるよ。悩んで、今の自分のやってることが、本当に正しいのかって思った時、よく『その笑顔』を思い浮かべる。間違ってなかったって思えるように、今も、この瞬間を全力で生きてる』
「……そっか」
トラウマを拗らせた凛の側で、同じく雨に打たれた時、自分もつい心が漏れたことを覚えている。卯月、未央、ミナミモト、ネク……それとリエン。『友達の笑顔』を、心に浮かべて、なんとか崩れそうな自分自身を繕った。
『——みんななら負けない。死神にも、過去にも、渋谷にも。この一週間、みんなの中に渦巻く感情とぶつかり続けて分かった。だからこそ、俺は信じられる』
『……凄いね。今まで近くでぶつかってきたからこそ、そうやって信じられるんだ』
それだけじゃない。それでも自分が弱気になってしまった時、ネクも自分のことを勇気付けてくれた。
最後の日、ステージの観客席にて、凛と共に歩んだことで完全に過去を乗り越えた彼は、自分に今の道が間違ってないことを教えてくれた。無限に積み重なっていく罪と責任に耐えられたのは、紛れもなく彼の、その立派になって、かっこよくなった後ろ姿のおかげだ。
『ああ、みんなそれぞれ抱えているものがあって、それを各々が乗り越えてきた。俺にも、それが分かるから』
『大丈夫、俺たちは死神には絶対に負けない。悲しみの物語は、ここで断ち切る』
『……びっくり、しちゃったよ、ネク……いつの間に、そんなこと言えるようになったんだ』
自分がここまで誘導したなんて、大層なことは言わない。ただ、心残りだったこのことに、こういった形で助力し、償いを果たせたことには、価値があったと思っている。
そして、一ヶ月を越え、運命の日が訪れた。
過去の自分自身を二年前に送り、その心に、罪と責任を負わせる事前準備を済ませておいた。さらにはいくつもの視点を用いて、同じ力を持つ存在たちに勘付かれないよう、今まで以上に慎重に行動を進めてきた。
『……っ』
弾丸に宿っていた力も、残り僅かになった。
ずっと過ごしてきた中で、分かる。この力は、過去に自分が倒したウィルドから流れ出ていた、あの粒子……神の膨大なソウル。神の力が尽きれば、もう時間は越えられない。戦うこともできなければ、みんなに手を貸すこともできない。
最期の時、ネク、凛、ココ、ミナミモトと共に戦い、そして神の身体を構成していたソウルを人知れず回収し、弾丸に宿し……過去の自分に、撃った。
こうして、自分は長い旅路を、終えた。『今まで知っていた道筋』とは違う、『もう一つの裏側の道筋』を辿り、二回目の終わりへと辿り着いたのだ。
「……ただいま、私の、本当の時間」
ついに、過去の存在ではなくなった、自分。本来いるべき現在へと、戻ってきた。
「テメェ……ココを、アイツを何処にやりやがった!!!」
——だが、ミナミモトも含め、その少女の真実を知る者はいない。
胸ぐらを強く掴まれ、鋭く睨みつけられる少女は、ミナミモトに対し、冷静に答える。
「そんな怒んなくたっていいでしょ?なんだかんだで、アンタともずっといるんだし」
「はぁ……?何、言ってやがる……?」
「ほら、説明してあげるから、早く、離し、て……っぐ、っ……!!」
何の緊張もせず、余裕の形相で……とはとても言えず、少女は痙攣して大きく身体を脈打たせ、ミナミモトの手をすり抜けて、その場に倒れ落ちる。
「っ、ぁ、ぁぁっ……はぁ、はぁ……っ……」
既に身体は限界に近かった。人間の身体では到底扱いきれない、本来なら内包すること自体危険なほどの膨大な質量の力を、少女は全て使い切ったのだ。
最後の戦闘により、弾丸に宿っていた不協和の力は、ゼロになった。限界を超える力を使い、ネクと凛にその反動が来たように、少女もまた、これまで全ての反動を受けることになる。
「おい……!!大丈夫なのか!!」
過呼吸を起こす少女に、慌てて駆け寄るネク。明らかに瀕死に近い少女にキュアドリンクを渡そうとするが、それを少女は拒否する。
「無駄、だよ……そんな、子供騙しじゃ、もう意味ないから……それより、も、さ」
「さっき、言おうと、してたこと……今度こそは、言わせてよ」
「……えっ」
倒れる少女を抱えるように、しゃがみ込んで支えるネク。その困惑している目を真っ直ぐと見据えて、少女は見つめたまま話を始める。
「二年も……いいや、もっともっと、長く、かかったけど……やっと、君に言える」
「何を、言って、るんだ……?」
声を震わせることなく、ハッキリと彼に言う。伝えかった、本当の名前を。
「私は……新子々であって、ココじゃない……本当の名前は、渋谷凛」
「覚えてるかな……私の、親友の、ネク」
「え……り、ん……?」
ささやくような声で、今にも消えてしまいそうなか細い声で、そう言ったのが聞こえた。
ココ、凛、二年前の、死んだはずの、自分の……頭の中で恐る恐るピースを当てはめ、震える腕で少女の身体を下から抱える。
「お前、本当に……本当に、凛なのか?」
「そうだよ。ずっと、君の側で。君のことを、見てたんだ」
ココとしても、謎の少女としても、いつもずっと、ネクの元には彼女がいた。この戦いの時間の中、ネクはずっと、失ったはずの親友の凛と共にいたのだ。
……自分は、これまで何も知らずに、ココだと、凛の名前を呼んでいた。
「嘘だろ……そんな、どうして……どうして!!!?」
ピースを完全に揃えた瞬間、ネクは心に溢れ出てくる感情を爆発させる。
「どうして、もっと早く教えてくれなかったんだよ!!!こんなにも側にいたんだったら……すぐにでも、謝ればよかった!!」
「ネク……」
「言いたいこと一杯あったんだ、俺……ずっと、謝りたかった!!俺がお前を、凛を、殺したから……!!!」
「……それ、私のセリフ、だから」
ネクも凛も、二年越しの再会のせいか、互いに謝って、すれ違いを続ける。ぎこちない空気が、少年と少女の間に流れるのを感じた。
「ごめんね……私もずっと、謝りたかった……でも、言えなくて」
「そんなの……どうしてだったんだよ……」
「私と君が再会するタイミングは、今この瞬間じゃなきゃダメだったの……君が私じゃなくて、『凛』と心を通わせるためにも」
「……えっ」
ネクは、凛に何故言い出さなかったのかを問い詰めた。何故これまで正体を隠し続けたのかを。
すると、凛はその理由に至るまでの、これまでに思っていたことを、隠すことなくさらけ出した。
「私、ずっと、自分のことを責めてた。ネクが自分を奥底に閉じ込めたのは、私のせい……何も言わないまま死んで、その結果、君を二年間も苦しめることになった」
「それは、あの日、俺が待ち合わせ場所を変えてれば——」
「無駄だったよ。だって私は、事故で死んだんじゃない。直接過去に飛んで、自分自身を撃って殺したの」
「……じ、自分を、殺した……!?」
自身を二年前に移動させたのも、あれは全て『覚悟』を決めさせるためだった。一見無駄のようにも見えるが、あの経験がなければ、今の自分はここまで辿り着けてはいなかっただろう。長い時間の何処かで、必ず、潰れてしまっていた。
「君を。みんなを苦しめる選択をするしかなかった。未来で、神が世界の終末をもたらすことを、知ってたから。それを止めるためには、今ここにいる、全員の力を借りるしかなかったから」
「そん、な……」
「ごめん……本当なら、もっと早く助けたかった。わざわざ遠回りなんかしないで、何もかも全部、誰も犠牲になることなく、私が助けられたならそれで」
それこそ、リエンも、シンデレラガールズも、プロデューサーも、新宿死神達も、その他この世界で消えてしまった、多くの人々も。
力が及ぶなら、もちろん自分は助けた。リエンも助けて、その上で凛に未央に卯月に、そのまま世界を渡らせることもなく、新宿も救い、運命の死神を退け、運命ノイズも倒し、乱入してきたクボウも止め、神をも倒し、全部一人で済ませて……でも、こんなのは無謀な、たらればの理想論に過ぎない。
当然、一人なんかじゃ手が足りない。全てを思い通りに助けられるほど、人間は都合よく出来ていない。
取捨を、せざるを得なかった。正解のない、最適解を探す日々を送り続けるしかなかった。
「俺……あんなにお前と一緒にいたのに……話を聞くことだって、励ますことだって、何か、何か俺にだって、出来たはずなのに……ごめん、本当に、ごめん……」
「ネク。もう自分を、責めないで。私は何も怒ってない」
「……でも」
「それに今のネクには、過去を思い詰めるなんて、似合わないよ」
「っ……」
凛は、その身の息苦しさを必死で紛らわしながら、悔しさを滲ませるネクに微笑む。
「振り返らないで前を向くって、自分の世界を広げるって、決めたのは自分でしょ?」
「凛……」
嬉しそうに誇らしそうに言う凛に、どこかネクは、懐かしさから来る切なさを感じる。
「ネクが選んだ、その人との繋がりこそが、この渋谷を存続させる唯一の可能性だった。私の持つ不協和の力も、シンクロと共に使えば、本当はその力を増す」
ならば、何故……凛はこれまで誰とも共に行動せず、独りで歩んできたのか。ネクにも、誰にも、自分の正体を明かさなかったのか。
「私が手を出すわけにはいかなかった。私の唯一の『ワガママ』として……同じもう一人の私に、少し手伝ってもらうためにね」
そうして、視線を横に向けて、凛はもう一人の自分を見る。
「ねえ、凛。アナタにも、謝らないといけない」
「ココ、いや、凛……あなたが、私をこうしてネクと出会わせたのって」
「そう。私の代わりに、心を閉ざしたネクの助けになって欲しかった。ネクが変われたのは、凛のお陰だってことは、この時間で既に分かってたから」
ココとして凛と出会った時から、凛はもう一人の自分である凛こそが、ネクが過去を乗り越えるために必要な、最後の鍵だと踏んでいた。
未来を変えることはしないし、自分が直接干渉することもしない……でも、最後に神を倒すのに、ネクの『過去からの逸脱』は必要不可欠であり、
そして何より……自分が苦しめてしまった親友を助けられるのは、同じ自分である凛しかいないと思ったのだ。
「……ダメ、だよ……そんなの、ダメだよ」
ネクと横たわる凛の元に、凛は近づく。首を横に振りながら、その考えを真っ向から否定する。
「私は、凛じゃない……ネクと一緒に過ごしてた凛は、私じゃなくて、君でしょ……?」
「そうだけど……私じゃ、これは、どうしようもできないから……」
「……そんなこと!!!」
凛は、前に一度、ネクにもう一人の自分を照らし合わされたことがある。そこでよく知っていたのだ、たとえ同じ自分であっても、あくまで自分は自分であり、他人は他人であるということを。同じ存在には決してなれないということを。
「ダメだよ、凛!!私は君の代わりにはなれない!!いつもどんな時も、自分のことを決められるのは自分だけだよ!!!楽しいことも、嬉しいことも、それを感じられるのは自分だけでしょ!?」
決して怒っているわけじゃない。ただ、自分を他人に照らし合わせることで、自分の気持ちに嘘をついているのではないかと、そう思い、託すような考えに走る凛を止めようとしたのだ。
だが、
「……だったら、凛。今、私が感じてるこの気持ちも、凛は嘘っぱちだって言うの?」
「……えっ」
また凛の考えを、凛は真っ向から否定し返す。
「私ね、今嬉しいんだよ。自分が信じるって決めた親友が、こんなにも多くの友達に囲まれて、全力で今を楽しんでることが」
「凛……」
「本音なんか言っちゃったら……今更、カッコつかないでしょ。それに私は、自分の思いよりも、ネクの未来を選ぶことにした。これはあくまで、私自身の決断だから」
「こうしてここまで折れずに来れたのも……生半可な意思じゃない証拠だって、認めてくれたっていいでしょ?」
「……」
凛は、決して投げやりになってこれまで独りでいたわけじゃない。ココだった時からずっと考えて、考えて考えて、その果てに出した答えこそが、『自分ではなく親友のネクの未来を守る』ことだった。
だから、自分が正体を明かす訳にはいかなかった。ネクが自分を認知すれば、きっとまた過去に逆戻りしてしまっていたはずだ。完全に過去を振り切るためには、自分ではない『誰か』と、共に未来を歩む決断をさせるしかない。
『誰かがつまづけば、そばに居て手を引く。道を誤りそうになれば、誰かの手を掴む……俺も友達として、この物語を共に守りたいんだ!!』
『俺も、お前の側で戦わせて欲しい。お前の物語を……俺にも、手伝わせてくれ』
だからこそ、凛という存在をネクとどうしても繋げる必要があった。
世界を越える時、ネクと共に凛を引き連れて行ったのも、ネクと凛をパートナーにしたのも、全部、親友が『凛』という檻を抜け出すために必要なことだったからだ。
「ねえ、ネク、凛。どうして私が今になって、こんなに色々と話してるか、分かる?
私がこうして凛だって打ち明けても、もう過去に縛られないで、大切な友達と共に歩む姿を見せて欲しいからだよ」
「……っ」
「……」
「ネクと凛は、パートナーから始まって、徐々に心を通わせて、そして信頼し合える友達になった。私は、そうなってくれることをずっと望んでた」
「……私に出来なかったことを、私じゃどうしようも出来ないことを。その全てを、凛が救ってくれることを」
二年前、ネクは唯一の友達として、凛を信頼していた。だが、それは最悪の形で裏目に出てしまった。
凛を信頼しすぎたが故に、その凛を失ってしまったことで、極端に他人を排斥するようになった。失いたくないがために、本当は友達が欲しいという本心を押し殺して、その結果、二年もの長い月日が経った。
完全に停止してしまったネクを助けることは、根本の理由である自分自身には出来ない。自分とは違う、『もう一人の凛』だけが、唯一ネクを救うことが出来たのだ。
シキから始まり、ヨシュア、ビイト、ライムを経由し、ミナミモトを経て、そして凛へと辿り着く。
その道中の、多くの人々との出会いもまた、結果から見れば、ネクの心を解放する大きな役割を成した。
「だから言えるの。凛にネクを頼んだのは、間違いなく正解だったって。私はちゃんと、『親友の未来』にとっての最適解を、導き出せたって」
結果、それが渋谷も世界も救うことに繋がった。自分に課せられた責任も、自分が心残りにしていたネクのことも、ひっくるめて終わらせることが出来た。
世界を救うことも、
自分の我儘も、
やりたかったことは、やらなければならないことは全部やりきった……もう、自分が、思うことは何も。
「……っ」
終わる感覚……二年前に銃に撃たれた時、ここで弾丸を埋め込まれた時と同じ感覚が、凛の身体に着実に現れ始める。
胸の弾丸が、音を立てて金網の地面に落ちる。同時に、身体から色が消えていき、白い粒子が足元から流れ出ていく。
「……!?凛!!」
力の反動が、来たのだ。粒子は次々と速度を増して流れ出ていき、凛を構成するソウルが徐々に消えていく。
朦朧としていた意識が、明らかに遠ざかって行くのを感じる。別れの時が、来た。
「ネク……私と……最後に、約束してくれない?」
残された時間は、少ない。伝えられることも、もうこれが最後だ。
「……え、っ……」
「いい……?」
そう言うと、凛は残っている腕に力を入れ、最後の力を振り絞って身体を起こし……ネクのことを無理やり引き寄せ、
思い切り、抱きしめる。
「……これからもずっと、私の分も、ちゃんと頑張って生きていってね」
「凛……そんな、やめて、くれ……っ……もういなくならないで、死なないで、くれ……」
「コラっ、ダメだよ、もう私を振り返ったら。せっかくの私の頑張りを無駄にする気?ネクは、そんな弱い男じゃないでしょ?」
「……っ、ぁ、っ……」
「……忘れたの?私はもう、とっくの昔に死んでるの。私はネクの側にはいられない。ネクはもう、私と一緒にいたらダメなの」
ネクは泣いていた。二年ぶりにようやく感じられた、懐かしい温かさ。そして、まさにその命が尽きようとしている、残酷な現実。押し殺そうとしても、声が漏れ出てしまう。
一緒に、帰りたい。また昔みたいに一緒に街を回りたい。この渋谷で、一緒に生きていたい。
思ってはいけないと言われても、分かっていても、それでも心の内は、苦しくて切なくて、やるせなくて、どうしようもないほど痛くて。
……そんな、彼のくしゃりと歪んでしまった顔を見ていると……彼が感情に身を任せて、自分を見て泣いていると。
もう一緒にはいられないと、
もう二度と会えないと、
そんな風に思ってしまうと。
「……っ」
自分もまた、鼻の奥が詰まっていき、声に何かが混じっていく。
「……ばか……そんな風に、そんな、顔、見せない、でよ……」
泣かないと、決めたはずなのに。何故か自分も涙が止まらない。一度溢れたのを皮切りに、いくらネクの肩に顔を埋めても、とめどなく流れ落ちていく。
流れる度に、肩で強引に拭くが、それをする度に余計胸が苦しくなる。
抑え込んでたものを……もう隠しきれなくなってしまった。
「ネクの、ばか……最後くらい、泣かせないで、笑顔で逝かせてよ……っ……かっこ、つかない、じゃんか……っ!!」
「凛……」
「ごめん、涙止まらない……カッコいいこと言ったつもりだったけど……私だって、本当は、辛い……もちろん一緒に、ずっといたいに決まってるし……!!!」
「……っ!!!」
ネクは、さらに強く凛を抱きしめる。凛もまた、震える手でネクを強く抱きしめる。凛もネクと同じく、声を押し殺そうと必死になっている。
歯を食いしばり、気を緩めれば出てしまう声を、抑える。
「辛かった、よ……っ……辛かったよ!!!ずっと独りで、全部一人で抱え込まなくちゃいけなくて、そうじゃなきゃ、みんな、みんな死んじゃうから……渋谷が、なくなっちゃうから……ネクの未来が、消えちゃうから……っ!!!」
「私、頑張ったよ……折れなかったよ……泣きたくなっても、逃げたくなっても、ちゃんとやり切ったよ……ネク……ネク……っ!!!!」
「ああ……ありがとう……本当に、ありがとう……お前は、俺の大事な、本当に、本当に大切な親友、だ」
「……ネク……会いたかったよ……!!!」
「会いたかった……二度と会えないと思ってた……俺だって、お前と、お前と……!!!」
覚悟を決めた、成長した自分でいるつもりだった。でも、最後の最後で不条理に、心に逆らえなかった。
抑えてた弱音を、抱えてた苦しみを、結局ぶつけてしまった。
やはり、最後まで自分は、人間だった。神の力を手に入れたとしても、人智を超えた存在になっても、心は最後まで、自分を人間たらしめた。
「……凛ちゃん!!」
「……りんりん!!」
消えゆく、身体。もう僅かしかない、命。
温かさが、一つ、また一つと背中に増えていく。
「凛……この、バカ野郎!!!」
ミナミモト、卯月、未央。
友達として約束した三人もまた、凛とネクを、覆うように抱きしめ、優しさに満ちた温もりを与えてくれる。
「また一人で抱え込みやがって……ふざけんなよ!!!何回同じことすれば気が済むんだよ!!友達なんだろ……一人でなんて、カッコつけやがって……俺にも、俺にも、一緒にカッコつけさせろよ……このバカ野郎、バカ、や、ろ……!!!」
「辛いこと……言ってくれたって、よかったんだよ!!!凛ちゃんのこと、私たちだって大事に思ってるし、絶対に失いたくなんかないし!!!っ……死んじゃうなんて、悲しすぎるよ……!!!」
「一人で抱え込まないでって、一緒に約束したじゃん!!!私たちを生かすためだったとしても、それでりんりんが死ぬなんて……そんなの……っ、そんなの、いい訳ないじゃん……っ!!!」
「みん、な……」
声を上げて泣く、未央、卯月。目元を隠すミナミモト。強く、だがどこまでも優しく、消えゆく自分の身体を抱きしめる。
ネクも腕に力を込める。巡り会えて、友達になれたみんなの思いを感じて、余計に顔が歪んで、大粒の涙が出てくる。
寂しい。ネクの成長への嬉しさとは違う、そんな気持ちもまた、自分という存在を構築する、不条理の中の確かな一部だった。
「ごめ、ん……あり、がとう……ミナミモト、未央、卯月、凛……ネク」
「会えて良かった……最期が独りじゃなくて、よかったって思えるほど……楽しかった」
「……どうか、未来を、信じて。世界を、広げ続けて」
最後の最期で、嘘をつかないで正直になれた。身体から粒子がさらに溢れ出る。
凛がネクに、最後に見せた表情は、
「大好き……この世界で、この街で、明日を、生きていって——」
涙でぐしゃぐしゃになった……それでも、これまでで最も輝いていた、最上の、笑顔だった。
「……凛」
ネクの腕の内から、ミナミモト、未央、卯月の胸の内から、凛は完全に姿を消した。
その場に残っていたのは、一枚の参加者バッジと、赤いヘッドフォン。リエンの頃から、ずっと手に持っていたそれを、かつてこの「紫のヘッドフォン』と共に買った思い出を、ネクは全部自身の胸に引き寄せ、目を瞑りながら握りしめる。
「……」
長い沈黙が、漂う渋谷。全ての真実を知り、全員が心を痛めて、そして感謝していた。
自分達の裏側で繰り広げられていた、小さくも勇敢だった少女の、もう一つの『物語』に。
「……くそ……っ……」
金網の地面に、全力で握りこぶしを叩きつけるミナミモト。肩を震わせ、大事な友達の死を、心の底から悲しんでいる。
未央も卯月も同じだ。ミナミモトに抱きつくようにして、嗚咽を漏らしながら悲しみに耐える。
「……これで、本当に、良かったの……凛」
凛もまた、複雑な思いを抱えていた。もう一人の自分が、自分に親友を託して、世界から消えた。
自分が生き残って、もう一人の自分が消えた。
本当にこれでいいのか。最後の涙を思い浮かべれば浮かべるほど、凛は自分が、ネクの隣にいたことがふさわしいのか、悩んでしまう。罪悪感にも近い、後ろめたさのような、申し訳なさのような、そんな気持ちに襲われる。
「……それでも、君はちゃんと、ネク君の側にいてあげたんでしょ?」
その時、立ち尽くす凛に、後ろから声をかけた一人の少年。それは、ヨシュアだった。
「ヨシュア……でも、私」
「あの凛ちゃんも言ってたじゃない、託して間違いはなかったって、自分を責めるのはもうやめろって。まさか、自分が悪いとでも思ってるの?」
「……」
ヨシュアの言う通りだ。何を思っても、自分がどうにか出来ることではない。でも何か出来たんじゃないかって、どうも思わずにはいられなかった。
「……まったく、彼女と同じく不器用だね、君も」
ヨシュアはそう言うと、言葉とは裏腹の、優しい口調で伝える。
「大事なのは、何が出来たか思い詰めることじゃなくて、『何をしていくか考えていくこと』でしょ?過去を思い詰めてたら、それは昔の君たちと同じだよ」
「……過去を、思い詰める……」
「そうだよ、凛ちゃん……それに、ネク君も」
凛の次に、ヨシュアはネクの方を向く。
「僕が言ったこと、忘れちゃったの?自分を諦めたら——」
「……世界を諦めるのと同じ、だろ」
「ふふっ……そうそう。ようやく、思い出したみたいだね」
ネクは、赤いヘッドフォンを手に持ったまま、ゆっくりと立ち上がる。目は真っ赤に腫れ上がっていても、鼻をすすり続けていても、心に思い浮かべているのは、後悔なんかじゃない。
「……そうだ、そうだよな」
大好き……この世界で生きていって……ネクは、凛の最期の表情を浮かべる。それは、苦しみや悲しみに満ちたものではなく、嬉しさを浮かべたものだった。
応えるんだ。それが親友として、自分が出来ることだから。これまで通り、この世界で、生きる。
彼女の守ってくれた、この世界で……この渋谷で、明日を友達と迎える。それが、凛の望みでもあって、自分の望みでもあったはずだから。
過去を振り返らないで……今を、楽しんで、未来を、見上げる。
「……俺、生きるよ。絶対に、これからも、この渋谷で、世界を広げてみせる……凛が守ってくれた、大切な友達がいる、この街で」
「ずっと……忘れない。お前が俺に教えてくれた……ようやく見つけられた、世界の素晴らしさも」
ネクは渋谷の宙を見つめながら……笑顔で、最期まで凛を見送った。
声は震えても、心はちゃんと、強くなったって示すために。凛のためにも、自分のためにも、ここで過去を受け入れ、永遠の別れを告げる。
あの日、言えなかった言葉を、怖くて逃げていた現実を、全てに決着をつけた。
「……ネク」
そのネクの隣に、凛も立つ。思うことは同じだ。未来を生きろと言われた、そして、未来を生きると望んだ。選ぶ答えは、初めから決まっていたのだ。
手を繋ぐ、ネクと凛。崩壊し、黒い粒子が溢れ出る渋谷を、この悲劇の物語を、そして再起の物語を、最後まで見届ける。
そして、これにて完結させ、もう振り返りはしない。物語に終止符を打ち、
——みんなで、明日へと向かう時だ。
「……さ、ここからは、僕の役目だね」
神を倒し、汚染天使の力を使い、無事コンポーザーとしての力を取り戻したヨシュア。これより彼は、崩壊した渋谷、東京全体の修復にかからなければならない。
「みんな、ここまでよく頑張ってくれたね。これであとは、世界をかつての姿に戻すだけだ」
「……でも、それってどうするの?」
「ラスボス的な奴を倒して……これから、何をしていけばいいんだ?」
「よく聞いてくれたね、加蓮ちゃん、奈緒ちゃん。実際、神の仕業により、現存していたはずのソウルは全て消滅してしまった。もうこれ以上この時間軸で行動しても、世界は元には戻らない」
「はぁ!?じ、じゃあ神を倒しても何の意味もなかったのか!?」
「落ち着いてって、お兄ちゃん!ヨシュア君は今から、そこの説明をするんだよね?」
「そういうことさ。全てを元に戻す方法は、たった一つ」
絶望的状況を伝えた後、全員が見守る中、ヨシュアは答える。
「僕が、この東京全土にインバージョンを起こす」
神と繰り広げた、次元間の大規模な戦闘の残した爪痕は、計り知れない。これを一挙に解決する方法は、コンポーザーレベルの存在であるヨシュアにしか出来ない。
「インバージョン……って、あの紫色の死神達がやってたサイキックのこと!?」
「そうだよ、シキちゃん。彼らがこの渋谷に使った、『過去を自在に改変するサイキック』を、今度は崩壊じゃなくて再生のために使うんだ」
「過去を書き換える……いや、そんなものあるんだったら、もったいぶらずに初めからやっとけばよかったのに」
「残念だけど、杏ちゃん。このサイキックも、言うほど万能ってことはないんだよ。インバージョンは、元々はこういった『詰み』に陥って、どうしようもなくなった時の最終手段だったからね」
インバージョンは、確かに過去を自在に改変したり、次元間の壁が壊れたり、デメリットや悪いイメージが先行しやすいが、それだけの理由なら当然存在などしていない。
天界に存在しているのは、それなりの理由があるからだ。
こうして今のように、『これ以上の時間の進行が困難だと判断される場合』、強引に過去を変え、詰みの事態を打開するための最終手段として使われるために、元々インバージョンは生み出された。
インバージョンは、『使用者の次元レベルと同等の存在まで』にしか改変は適応されない。
さらに、使用にも膨大なエネルギーが必要であり、神の力を持っていた運命の死神でもない限り、何度も発動はできない。
「……ぜんっぜん、分かんないけど、それくらいすごい複雑だってことは分かったよ」
「よ、ヨシュア君に、ここら辺の解釈は、全部任せるにゃ」
「まあいいよ、李衣菜ちゃん、みくちゃん。ざっくりと言えば、『初めから神のいない世界』へと移行する、ということさ」
「神の、いない世界……あの時間を超えた異界少女は、力の救済を受けられるのか?」
「いや、彼女は神と同等の存在。インバージョンでも過去の改変は出来ない」
「そうなんだ、にぃ……」
「それを分かった上で、彼女はこれまで行動していたんだ……あの覚悟は、本物だよ」
ただの死神だと思っていたココの真実を知り、その小さな身体には抱え切れないほどの、理不尽なほど過酷だった現実を知ったヨシュアもまた、変に責任感のような、これまで抱えたこともないような堅い心情になっていた。
「……彼女の無限のようなやり直しに比べれば、東京全土の過去改変なんて、ほんの些細なことだ」
「……指導者、らしいじゃないか。世界を守るべく散っていった渋谷の民を、見捨てられなかったのだろう?」
「……僕も、随分熱に浮かされるようになったものだよ。これはこれで、悪くはないけどね」
ヨシュアもまた、この物語の中で、心を開くと決めた中の一人だ。凛が繋いだのは、決してネクだけではなかった。
ここに集まった全員、一人一人が、この道中で出会えてよかったと嘘偽りなく言える、大切な友達になれた。
「……そんじゃ、とうとうお別れってわけか、俺たちも」
「……その騒々しさを耳に出来なくなるのも、どこか寂寥がある……その魂が未来、輝きに満ちるものになることを祈っているぞ、ビイト」
「へへ……よく分かんねえけど、ありがとな、蘭子!!」
「……やれやれ、蘭子もすっかり気に入ったようだね、彼のこと」
「お兄ちゃんも嬉しそう……また、みんなで会えるといいね」
「ああ……ボクも、蘭子も、同じ思いさ」
インバージョンにより、世界はウィルドクライシスが起こる直前の時間まで遡る。だが、新たに始まる世界には神も、運命ノイズも、凛も、運命の死神もいない。
二つの世界も、また別々に分かれ、それぞれの新しい未来へと進んでいく。
「杏ちゃん!!ほらほら〜、最後くらい、ヨシュア君にぎゅ〜!!って、してきちゃうにぃ!!」
「……は、はぁ!?何言ってんの、きらり!?」
「いいんじゃない?もう会えなくなっちゃう前に、その熱い心はちゃんと打ち明けとかなきゃ!」
「……え、李衣菜ちゃん?それ、どういうこと?」
「あれ?杏ちゃん、ヨシュア君のこと好きじゃないんだにゃ?」
「なわけないじゃん!?なんで?何でそんな風に思われてんの?」
「喧嘩するほど仲が良いって、ライムちゃんがよく言うからにぃ!!」
「きらり……さては、ライムと一緒に変な噂流したな!違うってば、私とヨシュアは友達……うっ、い、いいや、何でもない同士だし!」
全てが元に戻っていく。元々、互いの存在すらも知らなかった世界達だ。本来あるべき姿へと、それぞれ帰ることになる。
「未央、卯月……」
「……ううん、気にしないで、シキちゃん。凛ちゃんも笑顔だったんだから……私も最後まで、とびきりの笑顔でいなくちゃね!!」
「りんりんの思い、ちゃんと受け取って、その分も私たちが未来に進まなくちゃ。それが友達としての……私の心からの思いだよ!!」
「……本当に、いい友達を持ったんだね、ココ、いいや、凛」
「すごく……いい笑顔してるよ、二人とも!」
「うん!シキちゃんこそ、ありがとね!!」
「また会えたら会おうよ、しーたん!私たち、いつまでもみんなのこと、忘れないから!!」
辛いこともあった。失うこともあった。でも、だからこそ得られるものもあった。かけがえのない、自身の一生に関わるほどの、少年少女達の心を大きく動かすものも。
「……ミナミモト」
「……分かってるさ、ネク。振り返るなんて、あいつの望んでたことなんかじゃねえ……こんなんじゃ、あいつの友達なんか、名乗れねえよな……っ!!!」
「その方がお前らしいよ、ミナミモト。しょげてる姿なんて、凛も喜ばない。俺たちは俺たちらしく、未来へ進めばいいんだ」
「ねぇ、凛……なんだか、恋しくなるね。ネクとお別れになるなんて」
「なんだかんだ、一ヶ月も一緒にいたしな、アタシ達……もう会えないと思うと、やっぱりちょっと寂しいよな」
「まあ、ね……でも」
「……心は、いつでも繋がってるでしょ。ここにいるみんなが、未来に向かって頑張っていく限り、私たちはいつまでも友達でいられる……どれだけ離れてても、絶対に切れない絆があるから」
寂しいと思って、止まっていては何も見えてこない。見える世界は、変わらない。
「だから私、頑張るよ。これからも。自分の未来のためにも、アイドルやり続けるから」
「俺も、頑張るさ。多くの人と出会って、多くのことを知って、この世界を広げていく」
「じゃあね。元気でね、ネク」
「ああ。お前もな、凛」
「「……ずっと、俺たち、私たちは、友達だよ」」
最後にネクと凛は、軽く互いを抱きしめ合う。
そして、覆いかぶさるようにシキも、加蓮も奈緒も、未央も卯月も、ミナミモトも、同じく友達を抱きしめる。
別れを僅かに惜しみながらも、未来へ踏み出す覚悟を全員は固めた。
「——どうやら、別れは、済んだみたいだね」
渋谷の管理者、ヨシュアは現渋谷にて、やり残しがないことを確認する。全員もそれに頷き、ヨシュアの方を向く。
「みんなの未来は、責任を持って保証しよう。目が覚めた次の瞬間、恐らく君たちにとっては、知らない時間が始まっているはずだ」
手を前に出す。大地が揺れ、空間が歪み、時空が割れ、世界が再生する。
「でも、君たちは今までと変わらず、日々を過ごせばいい。大丈夫、悪い世界にはしないさ」
渋谷は暗闇から赤く染まっていき、104、109を中心にシンボルマークが現れ、そこから放たれる波動は全てを飲み込んでいく。
バッジ、能力者、ビル、渋谷、新宿、池袋、中野、六本木、丸の内、秋葉原、そして、東京全土を覆うほどの広大な赤い波動。
「……ありがとう、勇敢な、僕の大事な友達」
ヨシュアがそう言うのを最後に、全能力者は意識を手放し、瞼を閉じる。
もう手は繋がっていない、でも、いつまでも続く絆は決して途切れない。
全員の表情は、誰が見ても微笑ましくなるような、温もりに満ちた笑顔だった。
——さあ、今の東京を生きろ、全ての若者達よ。
「……へっ、おい、お前ら!!!女王カナタの大号令を聞け!!!新宿の街を再建するため……今日も気合い入れてくぞ!!!!!」
仲間達が飲み交わし、賑わう紅い横丁にて、若き女王カナタの一声に、新宿中が歓声を轟かせる。
「ガッハッハ!!!いつもにも増してやる気に満ちてるじゃねえか、カナタ!!」
「全く、暑苦しいわ……まあ、女王様の命令なら、仕方なく乗ってあげるけれども」
「ススキチ、アヤノ……それに、ヒシマもシイバもカイエも、みんなも。辛い過去を乗り越えて、今を踏みしめてるんだ。
……だったら、未来はもっと明るくしたいに決まってるだろ!私なりのやり方で、これからもっともっと明るい新宿にしていくんだ!」
「ここにいる、頼りになるみんなと一緒にな!!」
フェイトを倒し、その後『存続した』新宿。
失ったものは多いが、先代女王ツグミの跡を継いだ次期女王カナタの、その前向き思考な体制が、全員の士気の向上に繋がっていた。
今は、ネク、凛から返却されたバッジから力を取り戻し、こちら側の新宿の統治、そして崩壊した側の新宿の修復を同時に執り行っている。
先は長いが、新宿死神達が曇ることはない。彼らを繋ぐ絆は、この出来事を経て、もう完全なものとなった。今のカナタであれば、新宿もいつかは、元の姿を取り戻せる日が来るだろう。
「……にしても、今回の騒ぎは上でも問題に……なんて、なるわけないですよね。そのトップが、この事件を引き起こしたわけですから。まあ、この件の責任は誰のものになるのやら」
「……さあ、ね。でも、そう言うってことは、不思議な体験をしたんじゃないかな?君がお友達と仲良く眠ってる間に、神は消え、渋谷は終末を免れ、全部いつも通りの景色に戻ってたんだから」
「ええ、全くですよ。ですが、良かったんですか?私も含め、この件に関わった全員の記憶をそのままにして」
「ん?あれ、ひょっとして君、クボウ君のこと忘れたがってたの?」
「だって、あんな憎たらしい顔、思い出したいって思います?そっちの方がおかしいですよ」
「そうかな?君も、随分と楽しそうにしてたから、いいと思ったんだけど。余計なお世話だったのかな?」
「……全く、貴方もお人が悪い」
「ふふっ、最高の褒め言葉をありがとう、羽狛君」
広がる青空の中、『104』が見える渋谷。
その中で、人間と共に神に抗った二人の天使が、相変わらず人のいない店内で談笑を楽しんでいた。
マスターとして一級品のコーヒーを手渡すダンディーな男性。育ちの良さを見せつけるように上品に嗜み、顔をしかめることなく、ご馳走を頂く少年。
最近までは、わちゃわちゃと騒がしい、若者の溜まり場と化していたというのに。いつのまにか、すっかりツウ御用達の店に逆戻りしてしまった。
「……寂しいのかい?」
「いいえ、変化は素晴らしいものですから。彼らが変わるのを見届けることこそ、私の心から求めていた望みです」
「ふ〜ん……別に、君が変わったとしても、誰も何も言わないんだよ?どの道、死神ゲームはもう行われない。ここから先の選択は、君の自由にしていいんだ」
「……余計なお世話、ですよ。渋谷に留まることへの意志は、貴方も知っていられるでしょう。むしろこの期待を、裏切らないでくださいよ。渋谷コンポーザー」
「ふっ……これからも、楽しくなりそうだ。僕は街の管理を続けるが、未来を生み出していくのは、彼ら自身さ。
共に、見届けていこうじゃないか」
死神ゲームは、ウィルドによって世界のシステムとして埋め込まれたもの。生死を懸けて、人間の価値をジャッジする方法としてこれまで機能していたが、もうその必要はない。
最上位次元を打ち破った人間に、今更誰がその価値を否定できる。
羽狛も伴って、ゲームプロデューサーを解任されることとなったが、彼はそれでも渋谷に残る選択を取った。
人間の価値を証明した、あの若者達の未来を、どこまでも見守っていくつもりだ。これからも、ずっと。
「おーい、ネク!!」
「こっちこっちー!!シキちゃんもー!!!」
『104』を覗き込むことができる、渋谷スクランブル交差点のハチ公前。
渋谷ビガリィで買い物を済ませた後に、今日はここで、みんなに会うことになっていた。
「ほら、行こっ、ネク!」
「ああ、みんなも待ってるしな!」
手を繋ぎ、駆け込むようにしてその場に現れる、ネクとシキ。小さめのビニール袋をもう片手に提げ、座り込んで待っていたビイトとライムの元へと向かった。
「おいおい、こんなにちんたらしてたら、始まるのに遅れちまうぞ〜?」
「ごめんごめん、ビイト。色々と探したんだけど、中々いいのが見つからなくて」
「ちょっと時間かかったけど、俺たちの方は見つけた。そっちは?」
「へへっ、こっちも、準備オッケーよ!!」
「うん!ボクとお兄ちゃんのお小遣い、大奮発して買っちゃったしね!」
「あ……だあぁぁあ!!そ、そういえばそうだった……お、俺の小遣いが……」
「一体、どんなの、買ったんだよ……?」
喪失感に打ちひしがれるビイトが持っていたのは、いかにも高級そうな万華鏡だった。中を覗くと、白い花の絵が反射して、とても美しい幻想的な空間を作り出している。
一方で、ネクとシキが買ってきたものは、花の刺繍があしらわれたハンカチであり、振り回しやすく、手にも持ちやすい。
「やれやれ……急に呼び出して、花にまつわるものを持ってこいなんてさ。ネク君も随分奇抜になったね?」
その時、ただでさえ騒がしかったハチ公前に、さらにもう二人が現れる。
「ふふっ、誰かさんの影響でも、受けすぎたのかな?」
「おい、誰のこと言ってやがるんだ、テメェ?」
「まあまあ冗談だよ、ミナミマタ君」
「おんまえ……その気なら、またコンポーザーの座、奪いに行ってもいいんだぜ?」
「出世熱心なのは感心するね。もう死神じゃないみたいだけど、ま、挑戦ならいつでも受けて立つよ?」
「へっ、上等じゃねえか……」
「こらっ、二人とも!ここ、人前、だから!!」
出会い頭から喧嘩腰でぶつかり合うヨシュアとミナミモトだったが、ライムが仲裁に入ってそれを止めた。どうやら一緒にラーメン屋に行った帰りだったらしく、仕方なくネクの準備に付き合ってくれたようだった。
ヨシュアは花のスタンプが押されたメール画面、ミナミモトはなんと本物の花束を手にし、これで約束していた六人全員が揃った。
春になってから久々に会ったため、つい色々な小話をしたり、和やかな笑い話を挟んで、笑い合う六人。そうこうしているうちに、いつの間にか渋谷のビジョンの時計が、5時を回っていた。
「あ、そろそろだな。みんな、準備はいいか?」
夕暮れ時になり、徐々にオレンジと紫に空が染まっていき、街の模様が変わっていく。
その中で、ネクの合図と共に、シキ、ビイト、ライム、ヨシュア、ミナミモトは一斉に、その空へ花を掲げた。
今日彼らが持ってきた花は……全てが、『リンドウ』に関連しているもの。リンドウの刺繍、リンドウの花柄の万華鏡、リンドウのスタンプ、リンドウの花束。
ネクは、少し前まで花屋でアルバイトをしていた。その時に知った、知識の一つ。
リンドウ……その花言葉は、強い女性。
「頑張れよ、未央、凛、卯月、みんな。今日は待ちに待った、晴れ舞台だからな。俺たちも、ここから応援してる」
「あはは、ネクってば、まるでみんなのプロデューサーみたいだね?」
「いいじゃない。たまには粋なことで、小洒落たロマンスに浸るのも」
「……案外、こいつが一番ロマンスだったのは驚きだけどな」
「何か……言った、か?」
「お兄ちゃん!花束で気合い入れすぎだろとか、挑発になること言っちゃダメだよ!」
「いや、お前が、言ってんだろうが!?」
今もわちゃわちゃと楽しい時間を過ごしている、ネク、シキ、ビイト、ライム、ヨシュア、ミナミモト。穏やかで、でも刺激的な毎日を謳歌し、渋谷で生き続けている者たち。
何故彼らは、リンドウの花を、『彼女ら』に向けて掲げているのか。
同じく、午後5時。
「いよいよ、だね」
『109』の渋谷に位置する会場で、飛鳥は、舞台裏にスタンバイしていた加蓮、奈緒と話をする。
「飛鳥。蘭子の調子はいい感じ?」
「もちろんさ。今はきっと、みんなと息を合わせてる最中だよ」
「ついに来たのか、この日が……!!すっごいキラキラしてたもんな、ドレスを着たみんな!!」
「ふっ、そうだね……とても似合っていたよ」
ステージ裏の楽屋にて、飛鳥、加蓮、奈緒は今日の主役達を既に目にしている。
紆余曲折を経て、この日を迎えた少女達。
これより少女は魔法を捨て、自らの足と友達と結んだ手で、姫への階段を登っていくことになる。
「とは言っても……なんだか、二人も顔つき変わったんじゃない?」
その時、加蓮と奈緒の背後から、懐かしい声が聞こえる。それは、二人の所属する部署の先輩である、『城ヶ崎美嘉』の声だった。
「おわっ!?み、美嘉さん!!お疲れ様です!!」
「あははっ、お疲れって、まだステージ始まってもないでしょ?」
「そうだよ、奈緒ってば。先輩の前で緊張しすぎだって」
「え、えへへ、すいません……」
久々の再会に、思わずぎこちなくなってしまう奈緒を、加蓮が後ろから支える。その加蓮の様子を見て、美嘉は前との明らかな変化を感じていた。
「そういえば、私たちが事務所に来れてない間、加蓮ちゃん達が頑張ってくれてたんだよね?ビックリしたよ、アイドル部門の復活を聞いた時、本当に嬉しかったからさ!」
「えっ……あ、ああ!!そうでしたね、美嘉さん達は確か……」
「……?どうかしたの?」
美嘉を始め、この部門全てのアイドルはディメンションリンクバッジに吸収されていたため、記憶は部門凍結決定直後で途切れていた。
そのため、ヨシュアのインバージョンの際に一緒にまとめて復活を果たし、『FRONTIER』による地位回復後、みんなは自宅謹慎から解放された、という風に、過去を部分的に改変していたのだ。
「うっかり忘れそうになるんだもんな〜、自分だけ元の記憶持ってるから、余計に……」
「?」
「ああ、いやいや!!何でもないです!美嘉さんや、菜々さんや、川島さんも、とにかくみんな、無事でよかったです……!!」
「うんうん!なんかさ、ちょっと見ないうちに、随分と立派になったね?」
「え?」
美嘉は優しく加蓮と、さらに奈緒の肩に手を置くと、そのまま楽屋の方を向きながら言う。
「大変な経験をしてきて、それでも諦めないで努力し続けてきたんだからさ。すっごい、カッコよくなった感じ!!」
「努力……はいっ!ありがとう、ございます、美嘉さん!!」
そうして話をしているうちに、次々と出演予定のアイドル達や他、関係者がこの舞台裏に現れてくる。
続々と集まり、自然と賑わう舞台裏のカオスの中。
準備が整ったのか、通路の向こうから現れ、次々と舞台裏に並び立つ十四人の少女達。
蘭子、アナスタシア、美波、
杏、智絵里、かな子、
きらり、莉嘉、みりあ、
みく、李衣菜、
そして、未央、凛、卯月。
少女達を見守る、あらゆる部署のアイドル達。ちひろ、今西、美城、侑芽、プロデューサー、携わった多くのスタッフ。
一歩一歩階段を歩み、ステージへと登っていく彼女達を、本当のシンデレラになるお姫様達を、全員で見上げる。
「こうして、今私たちがここに居られるのも、みんながお姫様になれるのも、全ては自分一人一人が諦めないで、夢を掴もうとした結果だよ!!
守ってくれてありがとう……みんな、アイドルになってよかったって、心から思ってるよ!!」
「はいっ!!」
「よかった……本当に、よかったです!!」
加蓮も奈緒も、美嘉も、プロデューサーも、全員が笑顔でシンデレラプロジェクトを送り出す。ペンライトを大海を一面に広げ、今か今かとその時を待つ、大勢の人々の元へ。
「……さあ、みんな。お待ちかねの、開演の時間だ」
飛鳥がそう言うと、会場の照明が一斉に落とされ、祝祭の幕開けを予感させる演出が入る。ついに始まる。シンデレラプロジェクトのメンバーが、真のお姫様へと変わるその瞬間が。
「届け……俺たちの思いも、思い出も、全部!!」
浮上する足場に乗り、ついにステージにその姿を表す、十四人の少女達。未だ目を瞑っている中、中心部にいる未央、凛、卯月は、僅かに微笑む。
……ふと、友達の彼らの声が、聞こえた気がした。
「「「「「「頑張れっ!!!!!!!シンデレラガールズ!!!!」」」」」」
満を辞して、照明が復活し、目を開いた彼女達の姿が露わになる。
純白のドレスに身を包んだ、キラキラと輝くその姿を今、
舞台裏から、
もう一つの渋谷から、
そして、目の前の観客席から、迎えられる。
「こんにちは!!」
全ての人々へと、彼女達は一片の曇りもない透き通った声で伝える。自分達の、名前は——
「——シンデレラガールズです!!!!!」
最大級の歓声と共に、動く時計の針。世界を隔てても、繋がる感動の糸。
溢れるほどの応援を、この目で、身体で、心で感じる。
その全てが手繰られた時、世界は新たなる方向へと進み出す。それが良いものか悪いものかは分からない。
でも、それでも未来を選ぶのはいつも自分自身だから。信じることは、自分にしか出来ないことだから。
だから、この足で歩く。
「ありがとう、ネク」
「ありがとう、凛」
ネクの、凛の、全ての人々の世界はそうして広がっていく。自身の選択と決断を重ね、大切な絆と共に、永遠にずっと。
——マイクを握って、希望を歌い届ける。誰もまだ見ぬ世界が、始まりを告げた瞬間だった。
The World begins With ... All of Us , Forever.
FIN.
これにて、すばせかとデレマスのクロスオーバーである、すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガは完結になります。
この後に、ちょっとした後日談も挟むつもりですが、主人公はネクと凛ではないため、『別の短編シリーズ』での投稿になります。
そのため、このシリーズはこれで本当に終わりです。
ネクと、二人の凛と、それを取り巻く人々の不条理の物語は、『自分の意志と、大切な友達と、共に明日を歩む』という終着点を迎えました。二年前から続いた悲劇も終わりを迎え、それぞれの物語の者たちは、それぞれの物語に戻り、これからも自分という物語のページを紡いでいきます。
広がりたいという思いがあれば、どこまでも自分の未来は広げられます。
最後に、『すばらしきこのせかい』も、『アイドルマスターシンデレラガールズ』も、どちらも心の底から大好きです。この先も愛されるコンテンツになることを願っています。
ネクと凛の物語を、ここまで読んでくれてありがとうございました。
読んで良かったと思ってくれたら、嬉しいです。