すばらしきこのせかい・シンデレラガールズ・サーガ World Connect 作:デトネート
さらに、ネクとココにも、予想外の存在との出会いがあった。
「……は、はい?」
目の前にいる未央に突然『しぶりん』と呼ばれ、凛は困惑する。
「しぶりん……よかった〜、しぶり〜ん!!!」
未央は凛のことをジッと見つめると、両手で思いっきり凛を抱きしめる。凛は顔を真っ赤にしながら、ついあたふたと慌てる。
「えっ、ちょ!?な、何でわ、私を抱きしめて……ええっ!!?」
「何って、いつもやってたやつだよ渋谷君!もう、来るなら来るって言ってくれればいいのに!水臭いな〜っ!!」
未央は凛の肩に頬ずりをする。突然の出来事に、凛の後ろに並んでいた沢山のファンたちは驚くと同時に、鋭い視線を向ける。
「ちょ、ちょっと未央ちゃん!?一体何してるの!?」
突然、ファンに抱きつく未央を見て、卯月は慌てて未央の元へ向かう。
「何って……見て分からないの、しまむー!?しぶりんだよ!しぶりんが帰ってきたんだよ!!」
未央は凛の身体をぐいっと卯月の方へ向ける。凛は未だに顔を真っ赤にして、顔を下に向けている。
「しぶ、りん……?」
「もー、忘れたのしまむー?しぶりんと言えば、誰もが知っているあの超有名アイドル、渋谷凛だよ!!」
「アイドル……渋谷凛……えっ」
何かを思い出したかのように、卯月は咄嗟に両手で凛の顔をグイッとあげ、その顔を間近で見つめる。目の前にある顔は、間違いなくあの渋谷凛本人のものだった。
「凛、ちゃん……なんだよね?本当に……本当にあの……」
「わ、私は凛ですけど……あ、あの、もしかして、なんかまずいことでも……?」
静かに肩を震えさせる卯月を見て、凛は弱々しく卯月に言う。しかし卯月はそんなことは、微かにも思ってはいなかった。
「……違うよ……ただ、ほんとに嬉しくて、つい……ううっ……!」
卯月は未央と同じく凛を抱きしめ、声を詰まらせながら涙を流す。
「お帰り……お帰り、凛ちゃん!!居なくなって、もう二度と会えないと思ってたよ……!!」
「お、お帰り……!?え、一体、なんのこと——」
凛が未央と卯月に疑問を投げかけようとした、
その時、
「未央さん!卯月さん!!」
その会場中に響き渡るくらいの大声で叫び、スーツを着た大柄な男性が凛たちの方へ駆け寄ってきた。
「よ、よかった……別に、何かあったわけじゃないんですね」
未央と卯月の安全を確認し、一息つく男性。その表情に笑みはなかったが、安堵はしているようだった。
「…ん?」
——その男の、無愛想な表情。
それを見て、凛は何か引っかかるものを感じていた。
「あ、プロデューサーさん!見てくださいよ、これ!!」
「見たら驚くよ……じゃじゃ〜ん!!しぶりん、無事帰還いたしました〜!!」
未央と卯月は、その場に現れた男性をプロデューサーと呼び、ニコニコと笑顔で凛を見せる。
「…?」
しかし2人が微笑みを浮かべる中、男性は凛を見て、眉をひそめながら未央と卯月に尋ねる。
「あの……未央さん、卯月さん。もしかして、この人を私に紹介しようとしていたんですか?」
「「…え?」」
「確かに、素質はあるかもしれません……ですが、今はそういう時間ではありません。貴方達には、他にやらなければならないことがあります。今、目の前にあるものを疎かにしてはいけません」
「……い、いやいやいや、何言ってるのプロデューサー!?この子、しぶりんだよ!渋谷凛!!」
「そうですよ!どう見ても凛ちゃん本人じゃないですか!こんな時にふざけないでください!!」
想定とはまるで違う反応に、卯月と未央は動揺を隠せない。しかし、プロデューサーは彼女たちにこう言う。
「え……?ふざけてなんかいません。それに……この人だって、困ってますよ」
「こ、この人、って……酷い!!だってしぶりんは、私たちと……そんな、どうして……」
未央はそう零すも、男性によって凛から静かに離される。その場に気分の悪い雰囲気が漂い始め、凛は気を紛らわそうと時計を見る。時計の長針と短針はどちらも12の針を刺していた。
「…ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「…い、いえ、別にそんな……あっ。わ、私これから友達と用事あるんで、これで失礼します!」
男性が頭を下げて凛に謝ると、凛は適当な理由をつけ、急いでその場を離れてシキの元へ向かった。
「あ!ま、待ってよ、しぶりん……しまむー、ちょっと私、行ってくる!!」
未央は握手会のことなどすっかり忘れて、走って凛のことを追いかける。
「なっ、未央さん!!なんてことを……卯月さん!!早く、未央さんを連れ戻さなくては——」
「…ごめんなさいプロデューサーさん、私も凛ちゃんの……自分の友達のことを見捨てるわけには行かないんです!!」
そう言うと、卯月もまた男性の横を通り抜け、未央が走っていった方向へ全速力で走る。
「卯月さんまで!!……どういうことなんですか!?お二人とも、急にどうしたんです!!」
男性は周りを見渡すと、列に並んでいるファン達はざわつきながら、目の前にいる自分に向けてブーイングを起こしていた。
[どーなってんだよ、これ!!ゲストが抜け出すとか、どうかしてるだろ!!]
[そうだ!!このイベントのために、CD10枚くらい買ったんだぞ!!]
[いや、それは流石に買いすぎじゃね…?]
[『336プロ』、やばいな、信頼落ちるぞこのままだと……?]
「っ……警備員さん!スタッフさん!お二人の捜索をお願いします!!それと、今、手が空いている方がいらっしゃれば、対応のお手伝いを頼みます!!」
プロデューサーはファン達に謝罪しながら、対応に応じている。
(渋谷凛……そのような名前は、今まで聞いたことも……一体、あの人は……)
「なんだろう……私、やっぱ何かしちゃったのかな……」
「おっ、帰ってきた。どうだった、凛?幸せ、噛み締めてこれた?」
トワレコの外のベンチに座りながら、シキはニコニコととても幸せそうな笑顔で凛に話しかける。一方、凛はしょんぼりと暗い表情のまま、シキの隣に座る。
「…ううん、ぜーんぜん」
「ええ〜?あんなに楽しみにしてたのに?あ、もしかして、緊張して全然手の感覚分からなかったとか?」
笑い混じりに言い、凛の背中をポンと叩く。しかし、凛はしょんぼりとしたまま下を向き続けている。
「はぁ……もしかしたら私、未央ちゃんに嫌われちゃったかもしれない…」
「き、嫌われた!?え、なんかやらかしちゃったの?」
「なんかさ……私の番になってから、急に卯月ちゃんが泣いちゃって、プロデューサーみたいな人が出てきて未央ちゃんと口論してたりして…自分でも何かよく分からないけど、もう雰囲気最悪だよ……」
凛は頭を横に倒して、シキの肩の上に乗せる。
「そ、それは災難だったね……トラブルに巻き込まれるとか、運悪いなぁ…」
シキは凛の頭をポンポンと軽く叩き、カバンの中をゴソゴソと探る。
「じゃあ、そんな落ち込んでる凛に私からいい提案!」
シキはそういうと、凛に週刊誌を見せてきた。名前は『マブマ二×ぴにゃタン』、
表紙には『ぴにゃタン専属モデル』の城ヶ崎美嘉がマーブルスラッシュに熱中している姿が写っている。
「ん……あ、これ知ってる!ぴにゃタンとマブマ二が週刊誌繋がりでコラボして、最近話題になってるやつでしょ?」
「そうそう!それでさ、この美嘉ちゃんが来てるファッションあるじゃん?」
タイトパーカーにレザーショートパンツ、そしてレッドウエスタンブーツと胸に【D+B】と書かれたバッジを付けている。今、上が長袖のパーカーで、下が短いパンツという季節感を感じさせない自由なファッションが、若者の女の子の間で流行っているのだ。
「今すごい人気でさ、どこの【D+B】のお店でも売り切れだったんだけど、すぐそこの104本店で、今日再入荷するって聞いたんだ〜!!」
「えっ、マジっ!!」
「マジマジ!!だからさ、今から一緒に見に行かない?そうすれば、ずーんとした気分もパーって明るくなるよ!!」
シキはニコッと笑顔を見せて、凛は笑みを取り戻す。
「ふふっ、いいね!行こ行こ!」
そう言って、二人はベンチから立ち上がり、並んで話しながら、104へと向かうのだった。
「お、おい!いい加減離せって!!」
引っ張られ続けておよそ10分。ネクは人通りの多かったスクランブル交差点から、全く人気のない宇田川町の路地裏へと連れ込まれていた。
必死で振り払おうと手をジタバタさせるが、全くココの支配から抜け出すことが出来ない。自身の身体はずっと引っ張られ続けていて、主導権は完全にココに握られていた。
「大人しくして、ってばっ!!!大丈夫!前みたいに君のこと襲ったりしないから!よーし、ここなら二人きりになれそ……」
「こんなとこに連れ込みやがって……何する気だ!!」
「だから大丈夫だっ、て……ああー!!まさか……なんか変なこと考えたりしてるんじゃ…」
緊張をほぐそうとココは軽い冗談をつく。だがそれどころじゃなく、当然シカトするネクを見て、恥ずかしさが込みあがり……
「…って、何言わせてんだこのヤロー!!」
「は!?お前が自分で言ったんじゃ…ぐほっ!!」
理不尽極まりないココのグーパンチを喰らい、降参したネクは抵抗をやめて、ココに身体の自由を求める。
「…いった……頼むからもう、勘弁してくれよ……」
その声を聞き、我に戻ったココは急いでネクから手を離す。
「はっ!ご、ごめんごめん!!よく考えたらネクは何も悪くなかったね!完全に濡れ衣じゃん!」
表情は笑ってはいないが、明らかに自分を馬鹿にしている。
…こいつは、ふざけているのか?ココの様子を見て、ますます苛立ちを覚える。
「…そ、そんな怖い顔しないでよ、ネク……私もヨシュアも、ネクのことを守りたくて——」
「……ん?」
…ヨシュア?その名前を聞いた途端、不意に心にじわじわと痛みが現れる。先ほどのイライラをも書き消す何かが、胸を締め付けてくるのを感じる。
「…?な、なんだこの気持ち?」
「…さっきのは本当にごめん!!って、ちょっと聞いてるのネク?」
「えっ……あ、ああ」
「ちょっと!!今、人が話してる最中でしょうが!どっかよそ見してないで、ちゃんと私の話を聞く!分かった?」
「はぁ……」
…とは言ったもの、今はとても集中して話を聞ける状態ではなかった。さっきのはなんだったんだろうか?
どこか暗い場所で、白髪の少年に銃を向けられている自分の『映像』が、頭の中に流れ込んできた。
それと同時に、自分の中からその少年に対する思い。喜怒哀楽が入り混じったそれも一緒に流れてくる。
これは一体……ヨシュアとは、何者なんだ?
「……コンポーザー。この街、渋谷の管理者だ、ゼタマヌケ」
薄暗く、陽の光が見えない裏路地に、とある青年の声が響き渡る。その声を後ろから聞いたネクは、自然と小さく体を震えさせる。蛇に睨まれた蛙となったネクに、ゆっくり、ゆっくりと声の主は近づいていく。
「…!?その声って、まさか!」
「フッハッハッハ!!待たせたな、ヘクトパスカルどもがぁ!!」
「み、ミナミモト!?」
声の主に気づき、ハッと後ろに振り返るココ。その目に写ったのは、尖った歯を見せ、凶悪な笑みを浮かべるの青年、南師猩(ミナミモト ショウ)だった。
南師猩とは、前に渋谷UGの死神の幹部として活動していた死神の青年だ。過去、かなりの功績をあげたことで史上最年少で幹部入り、という記録的な大出世を果たし、知能、戦闘能力共に死神の平均を大きく上回っている。ネクが死神のゲームに参加していた際に、二週目でゲームマスター、三週目でコンポーザーの座を狙う者として、かつて何度もネクたちと衝突してきた。
……今のネクには、そんなことは夢にまで思わないが。
「ミナミモト…?お前の知り合いか?」
ココの知人だと分かり、ネクは振り向いて尋ねる。
「知り合いっちゃ知り合いだけど、全っ然関係良くないよ!あいつ、私がこのRGに連れ戻してあげたのに、何のお礼も言わないでどっか消えちゃうんだもん!!最低でしょ?リザレクションの精製陣、一人で作るのほんっと面倒臭かったんだから!!」
南師に恩を仇で返されたココは、大声で愚痴をぶつけて、両手で中指を立てる。しかし、そんなことは御構い無しでミナミモトはネクと話し始める。
「おい、そこのラジアン」
「えっ、らじあ…俺?」
「そうだ、桜庭音操……まさかとは思わねぇが、俺のことを忘れてるのか?」
…?どういうことだろうか。忘れるも何も、こんな奴と会うのは正真正銘これが初めてだ。お互い聞いたことも見たこともない、赤の他人同士であるはず。
…あれ、じゃあ、何故こいつは俺の名前を知っているんだ?
思えば、この死神娘もそうだ。ずっと一人になっていたはずの俺を何故知っている?誰の目にも映らないはずの俺を何故投影できる?友達という言葉を忘れて一人だった俺に、どうしてしつこく関わろうとする?
「…やはり忘却済みか。相当なイマジネーションを持つコイツなら、『インバージョン』でも……と仮定もしたが、流石に逆行列が過ぎたな」
舌打ちをして、顔をしかめながら壁に寄りかかる南師。そんな様子を見て、ココは疑問を持つ。
「…あんた、何がしたいの?急に現れたと思ったら、ただネクと話すだけって……『奴ら』に寝返って私たちを消しにきた、とかじゃないの?」
「…寝返る?何言ってる、そんなことなんかしねぇよ」
南師は懐から三つ黒い何かを取り出すと、ネクの目の前に軽く投げる。何かは徐々に形を変え、カエル、コウモリ、ミングに似た異形の生命体へと変化した。
「俺は、俺の目的を果たすために行動してるだけだ。その道中で、お前らも利用しようと思ってな」
「…それって禁断ノイズ!?こいつ、やっぱ全然何考えてるか分かんない……とりあえず逃げよう、ネク!」
ココに大声で叫ばれ、ネクは我に帰りすぐに顔を上げる。しかし、禁断化されたノイズと共に、南師は徐々にネクへと近づいていき、
「3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679……レベル虚数リターン!!」
小数第百位までの円周率を詠唱し、自身の持つ最強サイキックの一つ、『レベル虚数リターン』を発動する。南師の身体が急に白く輝き始め、その輝きが徐々に彼の右腕に集中していく。そして、光が全て収束した右腕に先ほどのノイズ達が飛び込む。すると、真っ白に輝いていた右腕は次々と白黒の混沌に染まっていき、禍々しく変貌した。
「な、なんだ、これ…?一体、俺の目の前で何が……あがっ!!」
目の前で起こっている非現実的な現象に、言葉を失うネク。しかし南師は容赦なく、右腕でネクの頭を鷲掴みにする。そして、腕に力を入れていき、ネクの頭を割れるくらいに強く締め付けていく。
「俺からのプレゼントだ!!記憶を戻してやるついでに、お前の体内にコイツらのソウルを入れてやる」
そう言うと、南師はネクの脳内に混沌、禁断ノイズを流し込んでいく。元々ノイズというものは、存在を構成するための骨組みとなる『核バッジ』と、その骨組みに肉付けする際に使う『ソウル』のみで成り立っている。つまりノイズの戦闘力というのは、その核バッジとソウルに100%依存するのだ。禁断ノイズは名前の通り、通常ノイズよりも全体的な能力、凶暴性が増加しており、かなり強力な核バッジとソウル、そしてそれらの持つ力を最大限に引き出すための、最も好ましいソウルの結合方法が使用されている。
「がっ……あがぁぁぁぁぁ!!!」
そんな高密度のソウルの塊と、ミナミモトの強力な力が混ざったものを脳内に、同時に入れられているのだ。ネクへの苦痛は只ならぬものとなっていた。
「ちょっと!何してんのよ、バカ!!今のネクはRGにいるんだよ!?そんな乱暴に死神の力を使ったら、ネクの身体は耐えられない——」
「平気だ。なんだってこいつはUGとRG、両方に同調してるんだからな」
「は、はぁ?それってどういうこと?」
「忘れたとは言わせねぇ。こいつは前にお前に殺された後、RGからUGへと移動している際に巻き込まれたんだ。
時空サイキック『インバージョン』(invasion)にな」
「だから本来死んでいるにも関わらず、ねじりにねじ曲がった結果、UGとRGにまたがって存在している」
南師の説明を聞き、ココはなるほどと頷くが、同時に疑問も生まれる。
「ああ、そっか!だから今のネクは私のことを忘れて……てか、それより、アンタ今までどこ行ってたのよ?」
「それはだな……っと、オシャベリはここまでだ。ほら、見てみろ」
余裕を見せていた表情を固く変え、自身の後ろに指を指す。そこには、姿が映像のノイズのようにブレている紫色のカエル型ノイズがいた。
「…!?このノイズは!」
「…よし。全て流し込んで、これで少し経てば元どおりになるはずだ。お前もそれまで気失ってるこいつを守れ。ドジして、お前もまとめて消滅すんなよ?」
「……ふん、そんな心配いらないよーだ!ほら、早くネク渡して!」
苦しみのあまり意識を失い、宙ぶらりになっているネクを、ココは優しく抱きかかえるようにして持ち上げる。
その時、ココはネクの身体の軽さに驚く。
濃い目の隈、痩せ細った手足、音漏れが激しいヘッドフォン。よく着目しなくても、健康に良くない生活をしていることは一目瞭然だった。
「…」
ネクの心には、大きな空洞ができていた。大切な親友を失った、どれだけ代わりの友達を作ったとしても、絶対に埋まることのない穴が。
「大丈夫だよ、絶対……ネクは私が助けるから」
耳元でそっと呟いた後、ココは懐から銃を取り出し、殺すためではなく今度は守るためにノイズへ放つのだった。
「うっひょ〜!ついに買えちゃったよ、念願のタイトパーカー!」
午後6時、渋谷駅ハチ公改札口に着くと、シキは紙袋ごと両手を掲げ、心の底から嬉しさを表現する。そんな無邪気な笑顔を見て、凛も自然と笑顔となり、和やかな気持ちになっていた。
「それに、それ最後の一着だったもんね。他にも狙ってそうな人結構いたし、ほんと今日いいことづくしじゃん!シキ」
「うん!……あ、でもなんかごめん……せっかく誘ったのに、私だけこんないい思いしちゃって……」
実際、シキの手には【D+B】を始め、他にもいくつか紙袋が握られていた。しかし、凛の手には何もない。凛はただ、友人であるシキの付き添いとして104に行っていたのだ。
どうやらシキは、自分が凛に気を遣わせてしまったのではないかと思っているらしい。でも凛は、
「…?何言ってるの、シキ?もしかして……非現実的なことが起こりすぎて、トチ狂っちゃった?お〜い、ここは現実ですよ〜」
全くそんなことは気にしていなかった。
「へ……ってちょっと!?トチ狂ってるってどういう意味よ!?」
「トチ狂ってるのは、今のシキみたいな状態のことだよ」
「そういう意味じゃないし!!てか私、今すごいバカにされた気がするんだけど!?」
凛にいじられ、大声でツッコミを入れる。そんなシキの反応を見て、凛は思わず吹き出す。
「ぶっ……ははっ、やっぱシキは面白いね。一緒にいて、楽し……うるさくて、全然退屈しないし」
「ちょ、言い換えなくていいよ、言い換えなくて!もう、凛ってば!!」
いつも通りのやり取り、いじられてはツッコんでを繰り返し、シキは思わず笑みを浮かべる。
「ふふっ……あ、いつの間に笑顔戻ってる。やっぱり、シキはニコニコしてる方が全然いいな。あんなむすーってしてるときよりも全然可愛いよ?」
凛は微笑みながらそう言う。シキはその言葉に一瞬恥ずかしくなるが、
「……あはは、そうだね!ありがとう、凛!!私、今日も凛と一緒にいられてほんと楽しかった〜!!」
すぐに笑顔になり、心からの本心を凛に伝えた。
「私もだよ。じゃあまた明日ね、シキ。
あ、化学の追試勉強、頑張ってね」
「へ……ぎ、ぎゃあああああ!!!」
すっかり忘れていた追試を思い出し発狂するシキ。実は彼女は、化学が大の苦手なのだ。小テストも定期テストも赤点ばかりで、次に赤点取ったら放課後の特別補習にと、担任の先生から直々に招待を受けていた。
「なんでそーいうこと言うの〜!!折角の楽しい雰囲気ぶち壊しじゃんか!」
「あ、やっぱ忘れてたんだ。まあ、おっちょこちょいなシキのことだから、きっとそうだと思ったけど。私に感謝してよね?」
「むっ、ムキーーーッ!!!」
何も言い返せなくなったシキは、にゃんタンで凛のことをポフポフと叩く。とても可愛らしい。
「ほらほら、私に当たっても何にもならないって。分かんないところあったら、後でメールで教えてあげるから。あ、電車来たんじゃない?」
「……えっ、もう来たの!?い、急がないと!じゃあね凛!……あっ、別に凛に頼らなくたって、私1人でやってやるんだからね!!」
紙袋を持つ腕を器用に動かし、人に当たることなく改札を通り抜けて行くシキ。こういう時だけおっちょこちょいを出さないところは、ある意味才能かもしれない。そんなことを思いながら、凛は彼女のことを見送り続ける。
(でも、やっぱりシキっておっちょこちょいなんだよね。この前もコケて、公園の噴水に顔から思いっきり突っ込んでたし。この数ヶ月で、何回ドジしてたっけ?)
思い出そうとするたび、脳内に次々とシキと過ごした日々が浮かび上がってくる。大半が放課後に渋谷でぶらついている時のことだが、土日に新宿でカラオケに行ったり、秋葉原にイヤホンを探しに行ったりと一緒に休日を過ごすことも少なくはなかった。
高校生になって、ここまで一緒にいて楽しい友達が出来たのは初めてだった。初めてシキのことを見たときは、正直そこまでいい印象は無かった。ただの地味で根暗なやつ、そんなイメージだった。でも初めて彼女と話して、一緒に出かけて彼女の良さを知って、自分の趣味を共有できる友達になって。まだ数ヶ月しか経っていないが、この数ヶ月は凛にとってかけがえのない思い出となっていた。
「…あーあ、もう今日終わっちゃった。シキと一緒にいると本当にあっという間に過ぎていくなぁ」
「…ずっと、『こんな日々が続けばいいのに』」
必ず来るいつかの終わりなんか来なくていい。誰も来ることなんか望んでない。そんなことを思いながら、凛は改札に背を向け、一人自宅への帰路につく、
その時だった。
「フフフ……本当に仲がいいんだね、凛ちゃんとシキちゃんは。でも、君たちの友情は本当に全てが本物なのかな?」
謎の声、凛とシキという言葉に、凛は思わず立ち止まる。声が聞こえた正面には、自分と同じくらいの背丈の白髪の少年がいた。若干口角を上げて微笑みながら、こちらをずっと向いている。
「ふーん、前から思ってたけど、やっぱり凄まじいイマジネーションだね。この力、もしかしたら彼以上かもしれない……」
「…だ、誰?どうして私とシキのことを?」
少年がジロジロと見てくる中、凛が名前を尋ねると、少年は人差し指を立てて軽く横に降る。
「ちょっとちょっと。人にものを聞く時はまずは自分からさ……っと、そっか。君のことはもう僕が言っちゃったんだっけ?じゃあ、今度は僕の番だね」
頼んでもいないのに、謎の少年は勝手に自己紹介を始める。
「僕の名前は桐生義弥(キリュウ ヨシヤ)。パパとママからはヨシュアって呼ばれているよ。しぶりんちゃんもこれから気軽にそう呼んでもらって構わないからね」
「えっ……?」
昼に聞き覚えのある言葉に、凛は思わず声を漏らす。もしかして、あの未央ちゃんの知り合い?
「それでなんだっけ……ああ、そうだ。どうして僕が君たちのことを知ってるかだったね……それはね、君たちのことを見てきたからさ」
「み、見てきた……?いつから?」
「うーん、少し前からかな?あの時、この渋谷で『インバージョン』が起きた、ちょうどその頃くらいだよ」
インバージョン……?凛には彼が何を言っているのか全く理解できなかった。もしかしたら、宗教の勧誘か何かだろうか?呆れてため息をつく。
「いやいや、まさか。僕がしたいのはそんな安っぽいことじゃない。僕は君を守るために今日ここに来たのさ」
「…ちょ!?な、なんで考えてることが?」
「僕についてきてよ。今、この世界で起こっていること。君とシキちゃんの本当の関係。僕の知ってる限りのことを全て教えてあげる。君も知りたくない?自分の知られざる一面を」
初めから一方的に話し続け、頭の中を覗き込んでくる彼に、凛は背筋が凍りつくような恐怖を感じていた。声を聞くだけでプレッシャーを感じ、見られるだけで足が動かなくなる。逆らったら何されるか分からない。そんな冷酷なオーラをヨシュアは放ち続ける。この少年は只者じゃない。
「…フフフ、そんな怯えた顔しちゃって、大丈夫だよ。今は君を連れて行くためにわざと脅しているだけさ。ほんとは僕だってこんなことしたくないんだよ?」
「ひっ……」
「心外だなぁ。君にそんな顔されるの、流石の僕でも嫌なんだけど。まあ、無理はないか」
ヨシュアは懐から白い羽を取り出すと、それを凛に向ける。羽は光り輝き、夜の『渋谷』を鈍い光で照らす。
「…!?な、何こ、れ……っ」
光を直視した瞬間、凛の思考が停止する。強い眠気が押し寄せ、今まで軽かった瞼が気持ち悪いほど重くなる。
「……ぁ」
「まずは、一人目。悪く思わないでね、お姫様?」
力尽きて眠り倒れこむ凛を、抱きかかえるようにしてキャッチし、そのままサイキック『レビテーション』を発動する。ヨシュアは凛を抱えたまま宙に浮遊するが、誰もその姿には気づかない。話しかける少し前、サイキック『ステルス』を自身と凛に使用していたのだ。
「…少々荒技だったけど、あまり余裕は持てないからね。記憶の修復に関しては後にするとして、残すはこれで二人か」
「島村卯月、本田未央。この『インバージョン』が起きる直前に、この渋谷に突如現れた三つの波動の正体。恐らく、この異変と何か関係があるはずだ」
そのはずなのだが、とヨシュアはある不自然な疑問を俎上に載せる。
「…それにしても不自然だ。何故、『奴ら』は今まで一切何も動きを見せない……?消滅を免れたネクをココに、凛を僕が保護しても、渋谷の波動の数値に変動はない。どういうことだ?」
まるで、奴らの手の内で踊らされているような、そんな感覚を覚えるが、すぐさまそれを頭の中で否定する。奴らにとって、この二人が取られることはとても都合の悪いことのはずだ。でもそうなると、余計にこの状況が不自然に感じてくる。
『……』
これほどまでに不安が押し寄せてきた経験は過去にない。完壁主義の性格からして、その不安は、ヨシュアの思考を瞬間停止させるには十分なものだった。
そして、その隙を『彼女』は逃さなかった。
「…いや、こんなことで行動を止めるのは僕らしくないな。今は早く、凛を安全な場所へ……っと、おや?」
一瞬の出来事だった。両手にすっぽりとはまっていた凛は突如として姿を消し、同時にヨシュアの脳内に、言葉が流れる。
【『奴ら』の計画を阻止することはできても、貴方だけじゃ全てを元に戻すことはできない。
桜庭音操、渋谷凛、その他の『多くの人々』の力を借りて初めて、世界は再び元の姿に戻れる。
なんでもひとりで出来ると思い込んでると、痛い目見ることになるよ】
「フフッ……なるほど、ね」
その言葉を聞いた後、ヨシュアは何かに納得したようで、吹っ切れたように笑う。
「ずっと前から思っていたんだ。先日、どうして君だけが生き残ったのか。どうやってパートナーの力を借りることなく消滅を免れたのか。インバージョンによる影響について、何故気づけたのか。そうか、全ては『君』だったから、というわけだね」
上を向き、誰かに話しかけるようにしてヨシュアは語り続ける。
「…フッ、いいさ、君がしたいならそうすればいい。でも、僕にも僕なりの考えがある。道を歩む際にぶつからないことを祈るよ」
「……新宿の、ただ一人の、生き残りさん」
若干、皮肉を込めてそう呟くと、ヨシュアは背中から天使の羽を広げ、渋谷の暗い空高くへと消えていった。