帝国の使者の訪問が終わった翌日未明。
「神代魔法の本領、理の干渉か。随分と便利なシロモノではあるな」
自分は後回しになっていた神代魔法の検証をしていた。
神代魔法の種類は生成、変成、魂魄、重力、空間、再生、昇華、の七つだ。
それぞれの内容をまとめると
生成魔法:鉱石に魔法・技能の付与
変成魔法:魔物を生み出し支配
魂魄魔法:魂魄の操作
重力魔法:重力の発生・操作
空間魔法:空間の結合・断絶
再生魔法:対象の再生
昇華魔法:格の上昇
これらが初歩、その本領は
生成魔法:無機物全般に干渉
変成魔法:有機物全般に干渉
魂魄魔法:生物の非物質に干渉
重力魔法:星の力に干渉
空間魔法:境界に干渉
再生魔法:時間に干渉
昇華魔法:情報に干渉
といった理に干渉するモノになる。
理に干渉………と聞くと、あたかもご大層なモノかの様に聞こえるかもしれないが、そうでも無い。出来る事にはしっかり限度があった。
例えば再生魔法は時間に干渉するが、時間旅行や時間逆行なんて芸当は出来ない。過去に干渉してトータスに召喚される事自体を阻止すればいい、そんな考えも試したが出来なかった。他にも空間魔法の本領である境界への干渉で地球に帰還、とゆう事も出来なかった。
原因は干渉の規模にある。
重力に引かれて物が落ちる、物体は温度に応じて変形する、金属は電気を通す、どれもこれも当たり前の事、つまりは法則であり理だ。要するに、理と言っても世界に含まれる数多の要素の一つでしかない。そこに手を加える事で普通ならどうにもならない事に多少の融通を利かせられる、それが神代魔法の限界。
つまり、可能な干渉は局所的なモノに過ぎない。
そもそもが神代魔法も"魔法"である事は変わらず、魔力を元に現象を起こすとゆう魔法の大原則から外れる事は無い。理に干渉すると言っても制限も限界もあるのは当然である。
「そろそろ概念魔法を試して──ー」
概念魔法の検証を始めようとしたタイミングで唐突に脳内に空間座標が送られてきた。
「 ──ー、ようやっと網にかかったな」
検証を中断し、即座にその座標へ魔法で転移する。
空間転移した場所は北山脈周辺の森、の五十メートル上空。眼下で真っ先に目に映ったのは三人の亜人族の死体だ。空を蹴り加速し自然落下より速く、されど静かに死体の傍へと着地する。
(下手人は、っと…………いた)
自分の気配を隠蔽した状態で周囲の気配を探り、目当ての存在を見付けた。
「さっきの殺されに来たとしか思えぬ亜人族共は一体何だったのだ」
「分からないわ。ここは樹海からは離れてるし、少数で放浪でもしてたんじゃないの?」
「いや、明らかにこの周辺で長期間の野営をしていた形跡があった。山の食物目当てにハグレの獣共が住み着いてただけだろう」
「そう考えるのが自然か…………」
「あんな連中のことなんてどうでもいいわ。任務の方が重要よ、私達は例の情報の真偽を確かめに来たのよ」
「そうだな。あり得ない話だが、人間共まで魔物を使役しだしたなんて放置できる内容じゃないからな」
「ああ、先を急ごう」
怪訝な顔をしつつ話し合っていたのは、浅黒い肌に僅かに尖った耳とゆう特徴を持った男女の三人組。そして、その特徴は魔人族のモノだ。
(些細な工作を行なってから二週間か。全く、随分と待たせてくれたな)
当然だが、魔人族がいるのも亜人族が殺されていたのも偶然では無い。自分がそうなる様に仕込んでいただけだ。
オルクス大迷宮での実地訓練の開始前に王都の貴族達が飼っていた亜人族の奴隷を掻っ攫った時、全員に記憶の改竄と知識 経験 技術の刷込みをした上で指令を与えていた。
指令の内容は『人間族の王国が大量の魔物の使役に成功している、と魔人族の領土内で吹聴し一定期間の経過後に自害する事』を命じたのが最初の五人。残りの多数には『指定の地区で巡回し、魔人族を見付けたら殺されに行く事』である。
前者は魔人族を誘き出すのが目的。普通なら獣以下の扱いである亜人族が何を吹聴しようが信じたりはしなかっただろう。だが、魔人族達自身が魔物の大量使役をしている以上、一笑に付すなんて事は出来ない。どれだけ疑わしくとも確認しに来るに決まっている。そして確認するには、王国がとつけた以上は人間族の領土の奥にまで入らなければならない、そのルートはかなり絞れる。
後者はその位置を特定するのが目的だ。勿論、元奴隷の連中がただ殺されても知りようが無いが、その為に全員に条件起動式のアーティファクトを与えていた。起動条件は所持者の生命活動の停止、効力は自分へ向けた空間座標の送信だ。効力の方は当然として、起動条件に関しては過度な生存による情報漏洩のリスク回避を兼ねていた。
非情ではあるが、どの道 生きていても碌な事にならないのがトータスの亜人奴隷達だ。寧ろ死んだ方がマシな目にあっていた者もいた程だ、故に利用させてもらった。
(とはいえ…………あの時と今では少し事情が変わったがな)
あの時は戦争に対するスタンスを決定する為に魔人族の出方を見るのが狙い。偵察や斥候が来るなら情報を奪って指針の足しに、進軍してくるなら教師と生徒等を連れてトンズラかまして無干渉、とそうゆう予定だった。
然し、トータスの真相を知った今となっては無関係を決め込む訳にもいかなくなった。そして、一般人達を戦場に立たせる気も無くなった。その上でエヒトを始末する為に誰も彼も踊ってもらう。
(さて、戦力は本人達と使役してる魔物が各自に二十ずつ。実力の程は本人達が皇帝より少し強い程度に魔物が"大迷宮"クラスってトコか…………じゃ、やるか)
観察を終え、魔人族の三人に目掛けて奇襲した。
潜んでいた自分の存在に気取られる間もなく、三人全員の意識を瞬時に刈り取った。尚、敢えて魔物は仕留めていない。
処遇の決定は情報を奪ってからで問題無いからだ。
「んー、成程なぁ。魔人族の方が割と逼迫してんのな」
"
重要なのは三つ。
魔人族の領土は極端な寒冷地帯であり、作物も家畜も限られている。魔人族の戦争理由は宗教的な部分以外は肥沃な土地を得る為とゆうのが大きい、これが一つ。
魔人族が魔物を使役してるのは、"大迷宮"の攻略に成功して神代魔法を得た事によるモノ。つまり、少なくとも攻略者の将軍 フリード・バグアーはトータスの真相を知った上で戦争を推し進めている、これが二つ。
魔人族の国 ガーランドの王、魔王は殆どの実務を行なっておらず、余程の事がない限りは姿どころか声すら与えない。何故なら魔王は魔人族が信仰する神 アルヴである。王とはその依代に過ぎないが、民にとっては神が統治している事実そのものが支えでもある、これが三つだ。
これらの情報を踏まえると戦争の回避も不可能では無いが、エヒトの手駒であろうアルヴが現界している事が問題になる。
ただでさえ苦しい環境の中で生きている魔人族にとってアルヴの存在は大きい。莫大な利益を提示した交渉すら理屈ではなく感情論で拒否するだろう位には、だ。
何せ 神に統治された民である事は言わば選民思想の完全な肯定であり証明、神を信仰する限りあらゆる事柄に絶対的な正当性を得られる。そんな精神的支柱になっているアルヴと決別させなければ停戦はままならない。
魔人族で且つプラス方向での大きな影響力を持った人物が必要になる。この条件に該当する人物はいるのだが、それがフリード・バグアーで神の実態を知ってなお戦争を推し進めている張本人ときた。
(………………不確定要素に賭けてまで、戦争の回避に拘る必要は無いか。要は一般人達が戦場に出ないようにすりゃいいんだからな)
戦争そのものを避けなくとも戦場に立たせない方法はある。それに、戦争自体はあった方が人も資源も動かしやすい。
「そうと決まれば、派手に騒動を起こすとするか」
この魔人族の三人には膿出しにでも付き合ってもらうとしよう。
魔人族の斥候に幾つかの細工を施し、自分は王都に戻った。コチラでも工作を行って置かねばならない。
幾つかの作業の後に訓練場へ向かった。勿論 訓練の為ではなく目的は複数あるが、一つは実地訓練の再開日時の確認。余りに早いようなら妨害しなくてはならない。
「おぉ! 雹堂。魔法研究の為に資料を漁っていたそうだが、成果はどうだ?」
訓練場に顔を出したのは九日振りとゆう事もあり、メルド団長が成果を尋ねてくる。部屋に引き籠もっていた間は表向きは魔法の研究をしていた事になっている、実際はオルクス大迷宮を探索してたのだが。
「勿論、成果はバッチリですよ。実践するなら、そうですね…………、こんなトコですかね」
魔法研究は建前とは言え、何の成果も示さない訳にはいかない。適当に三節の詠唱を唱えて魔法を発動する。
「〝緋槍・千輪〟」
発動させた魔法を空へ向けて空打ちする。
〝緋槍・千輪〟は火属性上級魔法である〝緋槍〟を大軍殲滅用に調整された魔法だ。本来なら事前に大掛かりな準備をした上で複数人で発動させる魔法、とゆうのがトータスの常識だが魔力操作と魔法術式の突き詰めをすれば個人で扱える。
「大軍殲滅用魔法を、たった三節で………一体どうやっているんだ?」
この驚きようを見るにパフォーマンスとしては少し過剰だった様だが、後の事を考えるとこの位で丁度いいだろう。訓練場にいた連中の様子を視界の端で観察しつつ、そう断定する。
「創意工夫ってヤツですね。その他諸々の成果を書面に纏めてあるので後で確認と共有をお願いします」
「共有できる成果もあるのか! わかった。目を通しておく」
メルド団長に事前に用意しておいた紙束を渡す。中身は術式を改変して効率化を図った魔法陣の解説だ。
少し前までなら教会の連中が、“神が与えた魔法に対する冒涜だ〜”とか騒ぎ立てるのを避ける為にこういった事はしない積もりだったのだが、直にその辺りの配慮は不要になる。
「ところで、メルド団長。実地訓練の再開はいつになりますか?」
「迷宮の精査にはまだ時間が懸かる。今のペースだと、再開は四日後になる予定だ」
「分かりました」
大いに好都合、四日後なら妨害の必要は無い。
次は余計な事を仕出かす前に、拗らせている奴等(約二名)を引き込む。必ずしも必要な訳では無いが、御し易い人手はあって困りはしない。
(アチラは…………今は無理か。簡単な方からにするか)
現在 訓練場にいる方の拗らせてる奴は、ただ接触しても猫を被っていて本題に入れない。後で人目のない場に呼び出す事にして、手早く済む方から引き込もう。
((我が声が聞こえるか。大いなる力を持つ者よ))
"コンバート・テレパス"で年老いた厳しい声音の思念を届ける、と同時に様子を確認する為に"リカーニセンス・ビット"と"
「だ、誰だ!?」
ベヒモス戦以降、命の懸かった実戦の恐怖に呑まれ部屋に引き篭もっていた男子生徒、清水 幸利は唐突に頭に響いた声に跳び上がった。
((汝程の才があって、何を燻ぶっている?))
「姿も見せないで、いきなり何なんだよ?! …………俺に才能なんて、ある訳ないだろ。異世界に召喚されたって主役を張るのは天之河みたいなヤツらで、俺は日陰者の端役でしかないんだよ……」
清水 幸利は俗に言う隠れオタクだ。クラス内のあからさまなオタク蔑視の影響、だけでは無いが自身の趣味を隠しているせいで友人がいない。
そして、発言から察せられる通りの強い劣等感を抱えている。理想とかけ離れた自身を肯定する事が出来ず、卑屈になっている。
だったら、その辺りを突っついてやればいい。
((天之河? あんな者と比べて己を卑下しているのか?))
「ッ…………、仕方無いだろ……………………選ばれた勇者が世界を救って皆から称賛されて、それ以外は引き立て役のモブ…………お約束ってやつじゃんかよ」
((ぐぅ…くくっ、はっはははははははは!!
蒙昧な輩が選んだ程度で、選ばれし者だなどと片腹痛い! 真に選ばれたのは汝の方だ。栄えある闇術師よ!))
「 !!! 」
清水の天職は"闇術師"であり闇属性の魔法に高い適性がある。だからどうしたって程度だが、召喚者の中で闇属性の魔法に高適性な者は少ない。それ故の利用価値はある。
((我の元へ来るのだ。さすれば、自ずと理解するであろう))
「うっ、頭に………城の、宝物庫か?」
"
普通なら不可解極まりない現象に疑念を抱いて然るべきってモンだが、自身が気にしていたトコをつかれて平静を保てる程、清水の人間性はできていない。
案の定、清水は送り付けた情報通りに動き出した。
清水は以前に装備を選ぶため訪れた城の宝物庫に来ていた。
「……あった………これを、こうして……」
隅の壁に隠れていた模様を頭に流れ込んだ手順通りに動かすと魔法陣ができ、それを起動すると隠し扉が現れた。
「この先に、何があるってんだ………」
意を決した様子で扉を開ける。
((よくぞ来た。大いなる才を持ちし闇術師よ))
「なっ………お前が、俺を呼んでたの……か?」
そこには一振りの杖が浮いていた。しかも、見るからに高位のアーティファクトであると理解できる代物。清水には天之河の持つ聖剣すら霞むように感じているだろう。
事実、間違ってもいない。どういう理屈かは知らないが、力を発揮しきれていない聖剣とは歴然たる差がある。
当然だが部屋も杖も、事前に自分が用意しておいただけである。本来なら多少の手間が掛るが、そこは神代魔法バンザイといったトコだ。
((然り。我こそ救世の英雄に授けられる魔杖なり。我を手にし、あの蒙昧なる輩の企てを終わらせるのだ))
英雄。その単語を聞いた清水は、熱に浮かされたかのようにふらふらと近付いていき、杖を手に取る。
「うっ!? ………これ、は……?!」
杖を手に取った瞬間、清水の脳内にエヒトの本性についての情報が流れる。
((それが、この世界の民が崇めるエヒトの真実だ))
「とんだ邪神……いや、神じゃねぇのか。けど、まさか戦争そのものがエヒトの思うツボなのかよ」
驚愕の事実を知った事による動揺や高揚が落ち着く間を与えずに唆していく。
((然り。トータスの争いは遊戯に過ぎぬ。故に何の思慮も無く争いに交ろうとする者に救世を為す資格など無いのだ))
「そ、そうだ! 天之河はまっさきに戦争に参加しようとしてた………俺はあいつみたいな考えなしじゃない!」
誰の事かなんて言っていないのに、清水は天之河の事だと断定して自己を肯定していった。
((然り然り……我を手にした汝こそ選ばれし英雄よ。
汝が才を発揮すべき時は近い、我を使い熟せるように魔法の研鑽を積んでおくのだ。然るべき時には再び声を授けよう))
頭に響いていた声が止み、静けさに包まれた部屋の中で清水は暫し呆然としていた。しかし、少しして杖の力を確かめると堪え切れなかった様子ではしゃぎだした。
「は、ははは………やっぱり主役は俺だったんだ! やってやる!やってやるぞ!! はっははははははは!」
ここまで確認した所でPSIを解除した。
(これで杖の声とゆう体をとれば清水は言い成りっと)
勝手に清水が比較対象にしていた天之河をこき下ろしつつ、それっぽく煽てて承認欲求を満たしてやっただけで……あの通り。最初に抱いていた警戒心も疑いも完全にかなぐり捨てるのだから、本当に御し易い。
清水とのやり取りはPSIによって片手間で行なっていた事だ、故に他の活動も並行して処理出来る。この間に自分は南雲の成長度合いを確かめていた。
元々はどう訓練していようが構う積もりも無かったが、予定が変わり南雲にやってもらいたい役が出来たからだ。
「随分と上達したみたいだな、南雲」
南雲の訓練成果を見せてもらってから、扮飾無く評した。
「うーん……。魔力も上がったし、派生技能のおかげで出来る事も増えたけど、さっきの雹堂君の魔法の後だと霞む気が…………」
「そう卑下するコトねェよ。他の奴らと比べれば明らかにお前が一番伸びてんだからな」
「そう、なのかな……?」
上達ぶりに反して南雲の様子は自信無さげだ。
(天職による補正は思っていたより大きいモノなのかもしれないな)
実際 比較対象を自分にする事が間違っているだけで、予想以上に南雲は上達している。
魔力操作を教えて戦闘用に調整した魔法陣を与えたとはいえ、本人の努力無しでは進歩などある筈が無い。九日前とは格段に〝錬成〟の速度も精度も上がっているし、〝錬成〟の派生技能に関しても大半は修得済みときた。
これならば魔法陣の術式を改良してやるだけで役は果たしてもらえそうだ。
「それじゃ……現状に満足していないお前に、更に改良した魔法陣をプレゼントだ」
今回の術式は既存の魔法陣は勿論、前回 渡した魔法陣と比べても完全に上位互換の代物だ。要は生産と戦闘の何方にも十全に使える術式である。
「ありがとう。だけど………」
魔法陣を受け取って礼を言いつつも、何か言いたげな南雲の様子を見て首を傾げる。
「何か言い辛そうだが、どうした?」
「えっと………さっきも思ったんだけど、“魔法陣の書き換えは教会が騒ぎ立てるから隠すように”って言ってたのにこんなに堂々とやってて………、いいの?」
成程、歯切れが悪かったのはそういう事か。
「あぁ その事か、心配無い。そんな事を言ってられないレベルの成果は渡した。教会側にも共有されれば四の五の言わなくなるさ」
本当は言わなくなる、ではないが。問題ないのは確かだ。
「それなら平気……なのかなぁ」
「平気 平気。だからそう気を揉まずに、お前は訓練に励めばいい」
「うぅん………わかった。そうするよ」
懸念を払拭しきれてはいない様だが、そもそもが周囲の者と関わりを持っていないし、持とうともしない南雲にはどうにも出来ない事だ。懸念を抱いていようが何かしらの行動に移さない程度なら関係ない。
今の南雲に対しての用は済んだのでその場を離れ、拗らせている奴を呼び出す細工も行いながら、それとなく訓練に混じっておいた。
深夜──ー
自分は王城内の人気のない区画で身を潜めていた。
わざわざ隠れている理由は堂々と姿を現していた場合、呼び出そうとしてる相手がコチラを確認し次第に踵を返す可能性が高いからだ。
(仮にそうなったらなったでも構わないが、余計なリスクは排除するが吉だ)
隠れて待つこと暫し。相手にとって無視しようが無い呼び出し方をしたので来ることは確信しつつ張っていると、相変わらずの猫被りをした待ち人が来た。
「え、えっと………書かれているのはここ、だよね」
自分が呼び出したのは拗らせている奴こと、中村 恵里。眼鏡をかけた女子生徒で、ザ・図書委員といった風貌と雰囲気をしている。
中村 恵里を知っている者に彼女が拗らせていると言えば、九分九厘の者が『何を? どこが?』と疑問を呈するだろうが、それは猫被り或いは
「誰もいないし……何もない………。やっぱりイタズラか何かだったのかな、この手紙……?」
この場に呼び出した方法は単純明快。所謂“飴と鞭”な内容の手紙を送り付けただけ。但し、差出人を特定できない様にいくつか細工は施したが。
「いーや。差出人ならちゃんとココにいるぞ」
待ち人は来た以上は隠れている必要は無い。中村の呟きに答えながら姿を見せてやる。
「っ!? 雹堂君、いつからそこに!?」
「中村が来る前からココにいたが?」
「じゃあ この手紙の差出人は………」
「当然、僕だ」
中村の猫被りに付き合いつつ、問いに答えてやる。
「こんな根も葉も無い事を書いて呼び出すなんて………イタズラにしても酷いんじゃないかな……?」
「根も葉も無い、何が? それに本当にそうなら何故ココに来た?」
あえて、すっとぼけて聞き返す。
「だって、私が“魔人族側につこうとしてる”だとか“本性をバラす”だとか、まるで身に覚えがない事しか書かれてなかったから………送り主が誰かくらいは確かめるために来ただけで…………」
よく言う、身に覚えしか無いだろうに。どうも誤魔化しきる積もりの様なので、そろそろ本題に入る為に自分から切り出す。
「なぁー、その猫被り。いい加減にヤメようぜ? それなりの手間を掛けてお膳立てまでしたんだからさ」
「………猫被りって、何の事?」
中村の腹積もりも本性も自分は知ってる、その原因や過程も含めてだ。よって、これ以上ははぐらかす気も起きないように突きつける。
「交通事故。実父の死。母からの虐待。再婚。性的暴行未遂。義父の逮捕。自殺未遂、からの恋に落ちての豹変……」
指折り数える様に事実を列挙し、それに伴って徐々に中村は顔を俯けていった。今はもう、垂れた前髪が完全に表情を隠している。
「………もう少し細かく言った方がいいか? それとも豹変後の事も言おうか?」
そうして言外に問う──まだシラを切るか?──と。
「………………………ちっ!!」
少しの間の後に、中村は大きく舌打ちした。
「もう十分だよ! 勝手に人の過去をペラペラと! だれも知らない筈なのに何で知ってるかなぁ! ………ひょっとしてストーカー? 気持ち悪い!」
ようやっと猫被りをやめた中村は顔を上げると、不快感を露わにして一気に捲し立てた。
「ストーカー呼ばわりは心外だな。法に触れなくても個人の特定が出来てりゃ多少の経歴を洗う位、誰でも可能なのが情報化社会ってモンだ」
「だからって、大した接点もない相手の過去なんて調べないだろ。普通は………!」
「調べた経緯なんてどうだっていいだろ? 今 重要なのは僕がお前の目的も動機も知っている、この事実だけだ。違うか?」
「……………………………」
コチラを忌々しげに睨みつけて沈黙する中村。その様子に先程までの“控え目な図書委員の少女”の要素は無くなっている。
常に掛けていた眼鏡を外したから印象が変わった、なんてレベルでは無い。口調に眼つきと表情に雰囲気や立ち振る舞いに至るまで、人が意識的に変えられる点の全てが変わった。この徹底ぶりは一種の狂気と言えるだろう。
事実、ガワを取り去った中村 恵里は天之河に粘着しているタダの偏執狂だ。
「………雹堂、僕を呼び出した用件は何さ」
膨れ上がった警戒心はそのままだが、追及をやめて本題に入る事にしたようだ。召喚された一般人共の中なら、かなり現実的に頭を回せていただけある。
「用件もその手紙に書いたけどな。まぁ 改めて言うんだったら、『お前の目的は達成させてやるから全面的に従え』だな」
「脅してきた時点で拒否権なんて与える気ないくせに………!」
「いいや? 『来なければバラす』とは書いたが従わなければバラす、とは言ってねェ。拒否したけりゃすればいい。
その場合は僕と知略戦をしながらお前は計画を進める破目になるってだけだ」
結果的に手間が減るからこうしてるだけで、別に中村を引き込むのは自分にとって絶対条件では無い。拒否された所で計画を頓挫させてやりながらコチラの予定通りに動かすだけだからな。
「……なら、君に従った方が僕の計画より確実な保証は?」
コチラが対話する気があるのを理解したらしい。中村は探りを入れてきた。
「そうだなぁ……“天之河を自分のものにして、自分以外の天之河の周りに侍ってる奴らは排除”、それがお前の目的。そして、その為の手段が現状で有利な魔人族側に取り入る事。首尾よくいった後は戦争のどさくさ紛れでクラスメイトを皆殺しにして、魔法で天之河を洗脳するって算段だろ?」
口にしたことすら無い自身の計画を把握されてる事で、中村の表情は歪むが追及するのは自制して続きを促してくる。
「仮にそうだとしたら?」
「打算的過ぎてそもそもが成功するとは思えないな。特に大きな問題は二点だ。
一点目は情報の不足からなる判断の甘さ、情勢を読み切った訳でもねェのに魔人族につくのを良しとするのは浅慮だな。
二点目はお前個人で可能な工作の範囲の狭さ、計画に必要な体制を整えるのにどれだけの時間がかかるかな」
問題点を理解してはいたのだろう。隠してる積もりだろうが指摘されて揺らいだのが判る。
「そのどちらも僕に従うなら解決出来る。………穴だらけのお前の計画とやらよりは確実だと思うが?」
「計画の欠点を指摘しただけで僕の質問に答えてないよ。それじゃ保証にはならないし、信用もできない」
「前提がズレてるなぁ………これはあくまでも提案。取引でもなければ交渉でも無い。手札を開示してまで信用なんて要らねェ」
「さっき『手間を掛けて呼び出した』って言ってたんだから、僕の力は必要なんじゃないのかい?」
当然ながら、この対話は中村の圧倒的に不利な状態から始まっている。だからこそ少しでも優位をとれる要素を得たいのだろうが無駄な事だ。
「またズレてる。お前とはビジネスライクが成立すると判断したからこの場を作っただけ………必須じゃねェよ」
「………へぇ、ホントかなぁ?」
取り繕ってるが今度は明確に揺れた。そろそろ仕上げだ。
「なら、返答は否と捉えて話は終わりにしようか」
そう言いつつ、ゆるりと背を向けて立ち去り始める。
中村はコチラの提案に乗るか反るか、何方が自身の益になるのか。唐突に話を打ち切られた事で結論を急がなければならなくなった。決断しようにもコチラの情報は大して持って無い、即決できずに逡巡するのは分かり切っていた。
だからこそ立ち去る途中で振り向き、何てこと無いかの様に付け加える。
「あぁ、そうそう! 中村の計画の問題点………根本的なのを一つ忘れてた」
「! ……………何だい?」
「僕が昼間の訓練中に見せた魔法と同程度なら、人間族側の誰でも扱える様にする積もりだ。数の利程度は簡単に引っくり返せるだろう」
「っ!!?」
今まで公の場でのそれとなく魔法技術を見せ付ける様なパフォーマンスをしてきたのは、こうゆう時に説得力を生む為だ。
「要するに、魔人族側につこうとする計画は元から破綻するって事…………それだけだ。じゃあな」
今度こそ話は終わり………そう言わんばかりに歩を進めようとした所で声が掛かった。
「待った! 雹堂、わかった!」
「ぅんー? 何が?」
振り返ると苦々しさや苛立ちは滲ませているが、不信感は飲み込んだ様子の中村が言葉を返した。
「本当に………光輝君を手に入れるのを協力してくれるなら、君の提案を飲むよ」
「約定を反故にする様な不義理はしないと断言しよう」
嘘は無い。中村の計画とは過程も結果も大きく異なるだろうが、お望みは叶えてやる積もりだ。
「わかった。なら、君に従うよ」
「よし。契約成立だな」
リスクとリターンを考えるのなら、中村に拒否する選択肢は初めから無い。ただ“信用できない以上は組まない”と思考停止される可能性はあった。だから思考を止めさせ無いように揺さぶりをかけ続けた。
いくら頭が回り狂気じみてるといっても経験の浅い一般人の中村に、急に降って湧いた不確定要素を処理するだけの能力は無いのだから。
「さて、早速だが中村には────」
清水 幸利と中村 恵里。それなりに能があり我欲優先の行動をしかねない二人を引き込んだ事で召喚者内の離反の芽は摘めた。
後は下準備が終わり次第に騒動を起こすとしよう。