陽射しが遮られる曇天の下、ハイリヒ王国の王城前広場には多くの民衆が詰め寄せていた。その表情は皆一様に暗く、鬱屈とした空気が漂っている。
広場には昨夜には無かった異物が在り、その物々しさが本来の景観を損なわせている。
異物とはドッシリとした高い櫓。城門に比べれば一回り低いが五メートルを超えている。その天面に屋根は無く、どころか壁も柵すら無い吹き曝し。装飾も施されておらず、剥き出しの金属製の枠組みが冷え冷えとした輝きを放っている。
しっかりとした造りだが、明らかに即興の構造物。
はっきりと言ってしまえば──ー処刑台だ。
「昨夜は前触れもなく"神山"が戦場となり、聖教教会の者達をはじめ多くの人命が失われた。皆もまた、戦況も分からず、不安だったであろう」
処刑台よりも更に高い位置、城門の上に立つエリヒド国王が集まった民衆へ向けて演説する。
「しかし安心するがよい! 攻め込んできた魔人族の先兵は、エヒト様が遣わした"勇者"が討ち取った!!
忌まわしき魔人族に我々人類が屈する事は無いっ! その証として、襲撃の主犯は皆の前で裁かれる! !」
広場に詰め寄せた民衆の注目が、国王から処刑台の上へと移る。
「"勇者"天之河 光輝が、この場で我等が仇敵に死の咎を与えて下さろう!!」
多くの視線が注がれる処刑台には、魔法と物理的な枷による二重で拘束された魔人族。綺羅びやかな鎧を身に着け聖剣を携えた、一目で"勇者"と判る装いの天之河。と、ハイリヒ王国での看守の制服を着た自分がいる。
何故、この様な状況になっているのか。
それは三時間程前に遡る。
神殿が崩壊した際に魔法式のリフトも壊れていて、王都への帰路は徒歩での下山となった。着いたのは夜が明け始める頃だった。
王都の門前には防衛戦力として残っていた騎士達が詰めていた。大まかにではあるが"神山"での顚末を話し、国王陛下への謁見を求める旨を伝えてもらう。
本来なら天之河に話させるべきだが、それをすると騎士達と一悶着起こしかねない。この場で揉められても時間を無駄にするだけで不毛でしかない。
王城へ伝令が走り、戻って来た後に門を通される。
この一晩で窶れた生徒等の足取りは重く、凱旋とは言い難い空気のまま王城へ向かう。
「光輝殿。犠牲はあったものの、魔人族の捕縛は御苦労であった」
王宮の謁見の間でエリヒド国王が形式的に労う。労いの言葉にしてはあからさまに堅い、態度も雰囲気もだ。
「して、捕らえた魔人族について話とは何かな?」
理由は勿論、魔人族を殺さずに生かして捕えた事だ。王国からしてみれば勇者一行が魔人族に勝る証明が得られたのは僥倖だろうが、結果として甚大な被害が出たのも事実。
大幅に戦力が減った上に余計な爆弾を持ち込んだ様なものだ。良い顔をする訳が無い。
「彼の身の安全を保障してほしいんです」
そんな事は露知らず、天之河が安直に魔人族の処遇を頼み込む。
「…………どういった意味かな?」
一瞬 エリヒド国王の表情が僅かに強張り、謁見の間にいる王国の重鎮達もザワつきだす。それを静めて国王は訊ねる。
「魔人族は教会の人たちや皆さんの言うような、魔物の上位種でもなければ心ない化物でもなかった。彼らも俺たちと変わらない"人"でした!」
真剣に天之河は自らの主張を訴える。相手方の反応の意味を理解しないままに。
「彼は教会に捕らえられて拷問を受けていた仲間を助けようとしていただけだったんです! だから──」
「だから、無罪放免にしてくれと?」
エリヒド国王は天之河の言葉を先取りして問い質す。
「っ、そうは………言いません。彼が罪を犯したからには罰を受けるべきです。けど! それは尊厳を貶めるような非人道的なものではあっちゃいけない!
せめて真っ当な捕虜として扱ってほしいんです!」
厳しい面持ちのエリヒド国王へ、天之河は頭を下げて嘆願する。
「問題があるなら俺が勇者として何とかします! ですから、どうかお願いします!」
謁見の間が静まり返り、王国側の者達の視線が天之河へ注がれる。ただし感銘や称賛などでは無く、明らかに猜疑と僅かな敵意が混じった視線。
場の空気が変わる。一応は勇者一行の功を労う筈の場が、査問でも始まりかねない程に重々しいものとなった。
「光輝殿の言い分はよく分かった」
“分かった”とゆう部分だけで早合点した天之河が喜色を浮かべながら顔を上げる。
「それじゃあ、彼は──「そうではない」──え?」
エリヒド国王が天之河の言葉を遮って告げる。
「貴殿らには魔人族と戦い人間族を守る気などない。それが分かった、と言っているのだ」
“貴殿ら”が召喚者全員を指している事に気付き、それまで魔人族の処遇なんてどうでも良いと思っていた者達の肩が跳ねる。
精神的に疲弊しきっていてそれどころでは無かった生徒等もようやく、天之河の頼みが自分達の立場を危うくする事だと認識したらしい。
「そ、そんなことはありません! 俺たちは戦争を終わらせて人々を救ってみせます!」
「光輝の言う通りです。実際に私たちは襲撃してきた魔人族を捕らえたじゃないですか」
話の雲行きが怪しいのを感じたのだろう。八重樫が天之河に追随する形で弁明する。
まぁ 既に手遅れなのだが。
「確かに捕らえたのも事実であるな。……………しかし、メルドをはじめ多くの王国騎士達が迎撃に赴いたが全員が戦死、更に"神山"の教会神殿は全壊した上に救助できた者もいない。それだけの被害をだした襲撃犯は生け捕りで、貴殿らは大した傷も負わずに帰還したと。これらも事実であろう」
今 エリヒド国王が述べたのは客観的な事実のみ。生徒側の誰にも否定する事は出来ない。
「個体として魔人族は強いが、それも人間族の倍強い程度であって単騎で圧倒的なのではない。だと言うのに一人の魔人族と使役している魔物だけで、"神山"に常駐していた教会の戦力と増援に向かわせた王国騎士も一人残らず全滅など……………随分とおかしな話だとは思わんか?」
エリヒド国王の問いに誰も答えない、いや答えられないが正しいか。
幾ら疑われても実際に目の当たりにした生徒等からすれば、“事実 そうだったんです”としか言い様が無いのだから。
王都の門前にて伝令を頼んだ際には要点のみの大まかな説明とは言え、"神山"であった事を有りの儘に報告しただけで誇張も虚飾も一切無い。
しかし、現在のトータスの常識的には荒唐無稽なのは否めない。なら伏せている事柄がある、と思われるのも必然と言える。
「貴殿らが魔人族と戦おうとしなかった皺寄せで被害が拡大したのではないのか?」
これは王国側の総意とは行かずとも、多数派の意見ではあるのだろう。重鎮達の様子を観る限り、間違い無さそうではある。
「それは違いますっ!! 彼が強かっただけで俺たちのせいで被害が拡がったなんてことは──ー」
殆ど脊髄反射とすら言える勢いで天之河が否定し、弁解しようとするが・・・・・・・
「ならば、無事に帰って来た貴殿らと共に"神山"へ向かった筈のメルドが死んだのはなぜか。答えてくれるのだな?」
国王の次の問いで完全に失速した。
「……………それ、は………」
最早 体に染み付いてるレベルのご都合主義による勢い任せの弁解だったのだろうが、天之河の視点においてメルド団長が生徒等を庇った事で死んだのは事実。
仮に犠牲者が天之河にとって気に入らない者(例えば南雲)だったりすれば、普段通りのご都合主義を発揮していた筈だ。だが、メルド団長に対して天之河は思う所など皆無、寧ろ世話になった人物だ。認識を捻じ曲げて貶める様な真似は憚られるだろう。
「メルド団長が命を落としたのは…………確かに私たちを庇ったからです。………ですが、それと私たちの戦意の有無は関係ありません。被害が大きかったのも、聞いていたよりも魔人族が強かっただけなんです」
口籠った天之河に代わって、八重樫が言葉を選びつつも懸命に弁明していく。が、しかしエリヒド国王の対応はにべもない。
「これ以上の抗弁はいらぬ。多くの人命を奪った仇敵の助命を請う者たちの言葉など信じるに値せん」
そもそも王国側から召喚者達への信用は実力に対してはともかく、戦意や志については然程厚いものでは無い。
不信の要因は幾つかあるが根本は戦争参加が志願制だった事だ。言わば神から送られた救世の一行が邪悪な魔人族と戦うのに乗り気で無いも同然。トータスの価値観で言えば有り得ない事で、教皇から告げられたのでなければ偽物だと断じた可能性すらある。
そこへきて代表たる勇者が敵の助命を願ったのだから心象はお察しとゆうものだ。
「何事においても最も害ある存在は、優れた敵ではなく無能な味方…………正しく今の貴殿らだ。何度もこの様な被害を齎されては堪らぬ。
幾つかの功績に免じて選択権は与えよう。投獄か隷属か、どちらかを選ぶがよい」
その言葉と共に控えていた騎士達がぞろぞろと現われ、武器を突きつけコチラを取り囲む。
「そんなっ! 待ってください!」
「もう少し話を聞いてください!」
王国側の一方的な言い分をどうにか取り下げて貰うべく、天之河と八重樫が声を上げる。
「貴殿らの発言に信用などない。選択権を与えるのは慈悲である…………大人しく選ぶのだな」
エリヒド国王の突き離した発言に八重樫は口を噤んでしまう。とうに恐慌する気力も無い殆どの生徒は、ただただ愕然とするばかりである。
生徒等からすれば急な対応の変わり様を手の平返しとでも思ったのかも知れないが、今までの召喚者の高待遇は教会の意向であって王国の意向では無い。
教会と王国がズブズブの関係とは言えど、宗教組織と国家の全ての意向が一致する訳は無い。そして、トータスでは宗教が国家の上に位置している為、教会の意向に異議があったとしても王国は従わざるを得なかった。
しかし、聖教教会が総崩れとなっている今はハイリヒ王国の決定のみで国家運営が可能。教会の意向による施策を変更する絶好の機会なのだ。
「さぁ 投獄か隷属か、どちらがよい? 選ばぬのなら此方で決めるが………?」
愕然とした生徒等の様子を睥睨しながら、エリヒド国王は二択を迫る。
「…………次こそ必ず、誰も死なせずに守ってみせます。だから、どうか信じてください………!」
絞り出された天之河の言葉は、具体性の欠片も無いただの懇願でしかなかった。
「陛下。ここまで言うのであれば、信用回復の機会くらいならば与えても良いのではありませんか?」
ここでふと、ここまで口を挟んでこなかった重鎮達の中で傍らに控えていた臣下が進言した。
「ほぅ 理由を申してみよ」
「はい。勇者様が持ち帰った情報は俄には信じ難いものではあります。しかし万が一 真実であったなら、此度の襲撃者すら生け捕った彼らの力は有益な筈。であれば、処断の前に機会は与えても悪くはないかと」
臣下の提案にエリヒド国王は黙考する。そして、少し間を空けて結論した。
「うむ、一理あるな。…………然らば、貴殿らに信用を勝ち取る機会を一度だけ設けよう」
どうにか首の皮が一枚繫がり、僅かに安堵する生徒等と無駄に意気込む天之河。
「俺に出来ることなら何でもやって見せます!」
「なに。貴殿らが人間族を救う気概があると言うのが本当なら、そう難しいことではない。『魔人族と戦う』それが偽りでは無いと、言葉ではなく行動で示して貰おう」
エリヒド国王はそう言うと、信用回復の機会の具体的な内容を告げた。
「捕らえた魔人族を公開処刑とする。その刑の執行役を"勇者"として貴殿が行なうだけでよい、光輝殿」
魔人族の処刑、その執行人となる事。それが信用を得る手段だと提示され、天之河は直ぐ様 顔色を変えた。
「い、意味がわからない…………。どうして俺たちを信じてもらう話が彼の処刑になるんですか?!」
「何故にそう熱り立つ必要があるか。貴殿が初めに言った『捕らえた魔人族へ非人道的な仕打ちをせずに捕虜にしてくれ』と、その頼みを半分は聞き入れた上に信用回復の機会を設けると言うのだぞ?」
「関係ない話をまぜこぜにしないでください!」
話の道筋を理解してないのだろう。天之河は子供が駄々を捏ねる様に喚く。
「貴殿らの世界には法が無いのであろうか?
聖教教会への襲撃に大量殺戮と大規模破壊工作、これだけの事を仕出かした輩は魔人族であるか等は関係なしに極刑である。相応の罰は受けるべきと、貴殿も口にしたであろう」
エリヒド国王は淡々とトータスの法秩序を述べ、天之河自身の主張を指摘する。
「そ、それはっ!」
「それは? 続きを申すがよい」
「…………………………」
トータスにおける正当な法律を引き合いに出されて出来る反論が天之河にはある訳が無い。ただ反射的に反論しようとしただけだ。
「更にその者は戦争中の敵兵。拷問でもして敵国の情報を絞り取ってから始末するのは当然の道理である。それをただ晒し首にするだけで済ませるのだから、十分に人道的であろう」
無知な上に無理解な天之河へ、国王はいっそ丁寧過ぎるレベルで物事の道理を説いていく。
「それと、魔人族の処刑を貴殿が為すことが信用回復に繋がる理由だが……………そもそも殺せばよい敵兵を何故に捕らえて来たのだ?」
あくまで厳粛な面持ちを崩さなかった国王の視線と言葉が明確に咎める意図を孕んだ。
「情報を吐かせる為かあるいは捕らえるしか出来なかった、と言うのならば分かる。しかし、わざわざ生け捕りにしたことに対しての利益はおろか、理由すらも明かさぬではないか」
「そんなのは言掛かりだっ!」
「言い掛かりだと言うなら多くの人命を失ってまで、魔人族を生け捕るに足る理由なり利益なりを提示してみよ」
感情論で食って掛かるだけの
よって、返せる言葉の無い天之河は歯を食いしばり、再び押し黙るしかない。
「提示できぬのならば、そこに我々に明かせぬ不都合があると怪しむのに何の不思議がある。例えば、貴殿らが“自らの手を汚すのを厭った”だとか、“本当は魔人族に肩入れしている”だとかな。可能性だけならいくらでもある」
「………そんなことは──!」
三度 感情のままに天之河が口を開こうとするが、さすがにもうエリヒド国王も取合わなかった。
「無いと申すのなら、民衆の前で堂々と魔人族の首を刎ねて身の潔白を証明すればよかろう。
無論。出来ぬのなら貴殿らには奴隷の首輪を、城に残っていた者達は牢へ繫ぐことになる」
「「「「────っ!!」」」」
二択のフリをした厳罰一択の状況よりはよっぽどマシな結論に落ち着いた。しかし、殆どの生徒等からしてみれば不安しかない結論だ。
何せ、殺らざるを得ない状況で“人殺しはいけない”等と抜かしていた張本人が執行人に指名されたのだからな。
「待ってください! 刑の執行は私たちの中からなら光輝じゃなくても──ー」
八重樫は理解してるのだろう、天之河には出来無いと。だからどうにか執行人の点の変更を願う。
「ならぬ。公開処刑にするのは貴殿らの信用回復の機会を設ける為だけではない。聖教教会の総本山の陥落など前代未聞の事、民の人心は揺らいでおる。それを鎮める為でもある。
それには"勇者"が成し遂げた、と示すのが効果的なのだ。他の者では足らぬ」
処刑の様子をわざわざ見せびらかすのだから、政としての意味合いが強いのは当然。八重樫の意見は却下された。
「何より貴殿らの抗弁は受け付けぬと、既に言った筈であろう。話を聞くとすれば、魔人族の処刑を成してからである。
さぁ 公開処刑の準備を始めよ」
そうして、エリヒド国王の命令により人員が動き、直ぐに公開処刑の準備は進められた。
〝錬成〟の魔法で建築すら行うトータスにおいては、高さ五メートルはある処刑台の建造も短時間で終えてしまえる。派手な襲撃とは言え王都には直接的な被害は無かったのだから、民衆を集めるのもお触れを出すだけで済む。
結果、短時間で公開処刑の場は整えられた。
この手際の良さは、国王が初めからこの展開に持っていく腹積もりだった証だろう。
謁見の間でのやり取り、王国側にはわざとらしさが滲んでいた。相応に駆け引きを察する機微が無ければ判らない程度のものだったが。
何せ 本当に王国側がコチラを一切信じて無いとゆうのなら、伝令から報告を受け謁見の間に通した時点で言葉を交わす事もなく奴隷の首輪をかければいいだけの話。
それをわざわざ手順を踏んだ理由は逃げ道を塞ぐ為といったトコか。正式かつ公式なものにしてしまえば誰も否とは言えないからな。
今現在 執行人の天之河と受刑者の魔人族だけで無く、自分も処刑台に上がっているのは拘束役としてだ。
民衆の前で処刑する以上は万が一の事態も無い様、拘束には僅かな手抜かりも許されない。しかし魔人族の力が本当に常識の埒外であった場合、物理的な拘束だけでは心許なく抑えられるだけの魔法の術者も王国にはいない。よって、実際に魔人族を"神山"から王都まで拘束していた自分に任された、とゆう訳だ。
多くの注目が集まり、"勇者"への称賛と魔人族に対する罵倒が民衆から発せられている。
そんな中で称賛を向けられている筈の天之河の様子は優れない。普段の自信に満ちた振る舞いもなく、顔は俯き目は泳いでいる。
「どうした天之河。いつまでも魔人族を晒し者にしてないで、さっさと引導を渡してやったらどうだ?」
刑を執行するどころか柄に手をかけてすらいない天之河へ、軽々しくならない程度にやんわりとした語気で処刑を勧める。
「っ!…………こんなこと、間違ってる……」
天之河の喉奥から、何とか伝わる程度の掠れ声が絞り出される。
「間違い、何で?」
ことここに至って尚、腹を括れない天之河の言い分を敢えて聞いてやる。
「………いくら罪を犯したからって、仲間を助ける為に必死だっただけの人を裁判もせずに、晒し者にして殺すなんておかしいだろっ………?!」
叫ぶような気力が残っていれば、或いはいつも通りのご都合主義で今の状況を理解できないでいれば、大声で喚いていた。心を読むまでも無く、それが察せる位には感情が籠もった言葉が溢れ出す。
「何言ってんだ? 裁判ならちゃんとされたろう」
「そんなのいつされたって言うんだ………!」
「お前もいたろうに。謁見の間でだよ」
当たり前ではあるが天之河は現代日本の一般的な尺度でしかものを測っていない。それ自体を間違ってるとは言わないが、この件に関しては意味が無い。
「あの時 謁見の間にいたのはハイリヒ王国の王侯貴族と、相応に位の高い文官達、それに加えて捕縛した魔人族と勇者御一行。
つまり、王国での裁判に必要な人物は揃ってた。
裁判上の役割で言えば裁判長が国王で裁判官は貴族、検察が文官達で弁護人はお前、証人はお前以外の生徒で被告は魔人族ってトコだな。
そんな状況でした罪の審議が裁判で無ければ一体何だって言うんだ?」
「それは……、だけど………っ!」
天之河は思い込みが激しく都合の悪い事柄から目を逸らす悪癖があっても、決してバカでは無い。
「今更ゴネた所でどうにもならねェ。最高裁の判決が下った後から異義を唱える様なモンだ」
意識的には理性で判断して無意識にご都合をしているのが天之河の普段だが、今は逆転している。とっくに状況を理解してるのに目を背けようとしている。
「この処刑を間違ってると言うのは勝手だが、なら刑の執行を放棄するのは正しいのか?」
「っ──!」
いや、背けるのすら出来ていないか。理解してない振りをしているだけだ。本当に理解してないのなら、場も弁えずに大声で喚き散らしてる。
現にこのやり取りも周りに聞こえる様な声量ではしていないし、自分の言葉へ一度として明確な否定をしてないのもその証左だ。
「ここでお前が処刑しなければどうなるかなんて………そんなの分かりきってるだろう?」
往生際が悪い天之河に状況を完全に直視させる。その為にトコトンまで追い詰める。
「戦争に不参加を主張してた奴らは牢屋行きにして実質的に人質にされる、参加を決めた連中も首輪をかけて奴隷に落とされる。今だって………ほら、周りを騎士達が囲んでるじゃねェか」
民衆からは見えない処刑台の陰に集められている生徒等へ視線を向けさせる。
参加組と不参加組とで分けられてはいるが、どちらも完全武装の騎士に囲まれている。刑の執行を放棄すれば即座に動く、それは火を見るよりも明らかだ。
「仮に力尽くで逃げれたとして………その後は?
何の庇護もなしに行く宛もなく彷徨う羽目になる。そんなんで地球に帰れるとでも?」
天之河の顔色が青褪める。しかし、未だ剣を抜く素振りは無い。まだ足りないらしい、よって更に詰める。
「それにお前はこの世界を救う"勇者"なんだろ? だったら救う人々の声に耳を傾けてみろよ」
必死に意識の外に追いやろうとしていただろう民衆の声を、天之河に認識させる。
「勇者様──! 父ちゃんの仇を取って──!!」
死んだ父親の仇討ちを望む幼い少年の声──
「忌まわしい魔人族がッ! 姉さんを返してよッ!!」
姉を奪われた妹の悲嘆──
「ついこの間なんだぞっ……!! やっと司教になれたって、弟が喜んでたのはッ!!」
亡くなった弟を想う兄の慟哭──
「私の妹だって、憧れの神殿騎士になったんだって誇らしげだったのにっ………! よくもッ!!」
妹の死を嘆いた姉の怨嗟──
「ぐすっ………お母さん、教会でお仕事だって……朝には帰るって、言ってたのに………うわぁあぁぁぁん!!」
母の帰らぬ理由を知った少女の泣き声──
「魔人族め! お前達のせいで俺のダチはァ──!!」
友を喪った男の憤激──
「どうかっ! 死んだ者達の苦しみを其奴へ!! 騎士達の無念を晴らして下さい勇者様ぁ──ー!!」
殉職した騎士を想った叫び──
怒り、悲しみ、恨み、嘆き、憎しみ、籠められた感情は様々だ。でも どれもこれも例外無く、魔人族を殺す事を願う民衆の声だ。
「この処刑は民衆の想いを代行するものでもある。平穏に暮らしていただけの無辜の民の願いが……大切な人を奪われた彼ら彼女らの感情が……お前は間違ってると、そう言うのか?」
「……っぁ、……ぁぁ…………!!」
その重さに、天之河は声も上げられず小刻みに震え始める。だがまだ剣に手をかけない。なら、更に詰めよう。
「もし“トータスの法による沙汰に納得できない。地球での法なら違う筈”なんて思ってんなら、それこそ間違いだぞ?」
もしも や たられば といった仮定も潰す。
「地球で言えば、これは国際的なテロ行為として扱われる。犯人の国籍によって何処の国が裁くかで多少は揉めるだろうが、結局は大した情状酌量もなく執行猶予もつかずに実刑判決が下るのは確実。
トータスだろうが地球だろうが末路は変わらねェ。何百何千と殺しておいて、無罪なんてあるとでも?」
ここまで詰められ、とうとう天之河は口にした。
「……それでも………む、無理だ………俺には人を殺すなんて、できない………!! そもそも、俺がする必要なんてない筈だ………!」
その言葉を聞き、自分は敢えてやんわりとしていた語気をここで一気に冷たく鋭く変える。
「その言い分は筋が通らねェだろ。"勇者"の肩書きを抜きにしてもお前には
これまで遠回しに言っていたのはやるべき理由。直球でやらねばならない理由を言い放つ。
「まさか、忘れてないだろうな? 魔人族を生け捕る前に言ったよな、『後の処遇に責任をもて』と。それをお前は確かに了承した、だから僕は無茶を承知で生け捕ったんだ」
治療されないままになっている自分の左腕を指しながら告げた言葉で、生け捕る直前のやり取りを思い出したのだろう。既に青褪めていた顔色が遂に色を失くす。
「………ぁ、……あの時は……こ、こんなことになるなんて………思って、なくて………」
天之河が震える口で苦し紛れの言い訳をする。
「そりゃそうだろ。お前がちゃんとエリヒド国王陛下を説得できてれば、今の状況にはなってねェんだからな。………そして説得に失敗したのはお前だ、天之河」
「──ーぁ」
子供染みた言い訳を容赦なく切り捨てる。
「この世界に喚ばれて事情を説明された時にお前は言ったよな、『世界も皆も俺が救ってみせる』ってさ。
「──ーぁぁぁ」
否応なしに自らの行いを振り返らせる。
「お前が刑の執行をしないってのは、交わした約束を反故にして……負うべき責任を放棄して……自分の不始末を他人に押し付けた挙げ句に……逃げ出すって意味だぞ」
蓋をしようとした現実を突き付ける。
「そんな真似が
「──ーぁぁ、ぁぁぁ………!」
天之河は土気色の顔で声になり切らない音を発して、震えながら後退ろうとする。
これ以上は詰めても逃避で壊れるだけだろう。だから、逃避できない様に、絶対に譲れない所を突いてやる。
「それでも正しいと言い張るなら、そんなの誰に教わったのやら。教師か、親か? …………まさか、
「────!!!」
後退ろうとしていた天之河が半歩で止まる。まるで、越えてはならない一線が引かれたかのように。
本来 天之河の様な悪癖を持つ者の人格は、悪性に傾く方が自然だ。しかし そうはならず、未熟或いは幼稚ではあっても性根は善良である。ならば当然、そこには理由がある。
天之河の正義観、その原点は幼少の頃に亡くなった祖父 完治の教え。汚濁や腐敗とは切っても切れない司法の場で、為し得る限りの正しきを為せた程の敏腕弁護士だった人物。
そんな祖父の正義論に憧れて理想としている。但し、
元は孫の成長に合わせて少しずつ現実を教える筈だったのだろうが、祖父は早くにこの世を去り機会を逸した。その結果が今の天之河とゆう訳だ。
「いや、有り得ないか………天之河 完治さんみたいな立派な人がそんなとち狂った正義観を教える訳ねェよなぁ」
白々しく、独り言の様に語る。
「あぁ それとも…………そう教わったから、お前は今 言い訳して逃げ出そうとしてんのかな?」
独り言めいた語り口から一転、嘲りを含んで問いを投げる。
「ち、違うッ! 御祖父さんは──」
今日、初めて天之河が自分の言葉を否定した。それに被せて催促する。
「なら、ちゃんと刑を執行して証明しないとなぁ?
祖父さんが語った"正しさ"は悪行を肯定するものでは無いってさ」
最大の憧れであり理想である祖父、その顔に泥を塗る様な行いは天之河にとって最も看過できない事柄だ。
故に漸く、天之河は剣を抜いた。ここで刑の放棄をしてしまえば、理想とし憧れてきた価値観に自ら背く事になるから。
天之河が震える手でゆっくりと剣を振り上げる。しかし、そこで固まって振り下ろさない。
「どうした………早くしろよ。それともやっぱり、全部 投げ出して逃げ出すか? それが祖父さんの教えか?」
顔色は土気色、身体は震えたまま、過呼吸になりかねない程に呼吸は浅く、今にも気を失いそうな精神状態。
「……はっ、……はっ、……はっ、……はっ、……!」
目を背けられず、逃避の選択肢も取り上げられ、さりとて自らの手を汚して人を殺す事も受け入れられない。
「はっ、……はっ、……はっ、……はっ、……ぁぁ!」
完全な袋小路に天之河は・・・・・・・・
「ぁぁ、あああぁァァァァ──────!!!」
ザシュッ──ー!!
血飛沫が飛び、天之河の頬を赤く汚した。
「──────ー ぇ…………?」
目の前で起きた事象が信じられないかの様に、声を洩らし視線を下げる。
ゴトッ
そこには斬り落とされた魔人族の首と、それを為して血に濡れた聖剣を握る自らの手。
「ち、違……俺は──」
天之河が頭を振りながら、何事かを口にするよりも早くに宣言する。
「ハイリヒ王国の民よッ! "勇者"天之河 光輝が魔人族を断罪してくださったぞォ──ー!!」
その言葉に応じる様に民衆が湧いた。
『勇者様──!! ありがとう──ー!!!』
『勇者様!! 万ッ歳!!!』
『勇者様!! 万歳──!!!』
『勇者様っ!! バンザァ──イ!!!』
眼前の光景に天之河は茫然自失となる。
やむにやまれず罪を犯しただけの魔人族は悪人とは決して呼べなかった。そんな魔人族を殺した自身が万雷の喝采を受け称賛される光景が、信じられず認められない。
何よりも今まで純粋に信じて来たものが………まるで空虚な絵空事だったかの様に感じられ、それを自ら破り捨ててしまったと、そう思ってしまった。
「──ーぅぷ」
横の天之河の状態を察し、抱えて処刑台から飛び降りる。
民衆からは陰になる位置に着地したと同時に下ろし、直後 天之河は蹲って吐瀉物をブチ撒けた。
「ぅオェエぇっ!! げぼっ、オぇエッ!!」
一頻り吐いた天之河を自分は簡潔に労う。
「処刑の執行 ご苦労サマ、天之河。キレイな一太刀だったから余計な苦痛も無く魔人族も死ねただろうよ」
「ち、違う………殺すつもりなんて………俺は、剣を捨てようと…………こんな、はずじゃ…………」
労いという形で直前の行為を再認識させられた天之河は、頭を抱えて譫言のように呟き始める。
「……けど、………現に彼は死んで………俺が、おれは、オレは、オレハおレはオれハ──」
譫言を呟き続ける天之河は明らかに正常ではない。頭を抱えた手も、自らの頭を割らんばかりに力が入ってしまっている。
「おい 大丈夫か、しっかりしろ!」
自分はそれを気遣うように手を下ろさせた。
「──っぁ────」
手を下ろさせた結果。蹲っ際に手放した
「「「「「光輝っ!?/光輝君?!」」」」」
遠目からでも様子を察せたのだろう。公開処刑を終えた事で騎士の囲みから開放された生徒等が、コチラへ駆け寄って来た。
「多分 精神的に限界だったのかもな、気を失ってる」
連中に天之河を預けると共に、大半の生徒連中の頭からすっぽ抜けてるだろう話を切り出す。
「天之河の方はまかせていいか? 僕は国王陛下のトコに行ってくる。結局 僕等の処遇がどうなるのかの話が済んでねェ」
あくまで公開処刑の執行は信用回復の為であって、それ自体では王国側はともかく召喚者側は何も解決しない。結局の所 コチラの処遇については結論がなされておらず、早急に話をまとめなければならない。
処遇が未確定な状態な事を取り上げられると、やはり処刑が終わって一段落したと思っていたようで、天之河を心配しつつもどこか弛緩していた空気が一気に沈んだ。
「………一人でどうにかなるの?」
処遇について忘れていなかった者の中で、集団を仕切る側にいる八重樫の疑問に答える。
「寧ろ、雁首揃えていっても仕方ないだろ。それに他に冷静に話をまとめられる奴がいるか? …………まぁ 落とし所にはある程度の算段はついてるから、任せてくれた方が話が早いな」
どこか胡乱げに問うてきた八重樫だが、自身が平静では無い自覚はあった様で それ以上の問いはなかった。
「………わかったわ」
疑問を口にした八重樫は一応 納得し、他は意見すら出す素振りも無い。よって認められたものと判断する。
「じゃ 行ってくる」
そう言って、自分は王国側と話をつけに向かうのだった。