ありふれた複合世界線   作:混合化合物

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十七話 誤算

 

 

 

 ────ー少し時間を遡る

 

 

 

 

 

 

 

 予定通りに始めた侵攻は万事順調だった。

 

 

 魔人族側が軍備を整えるよりも早く進軍し、防衛線を張っての迎撃戦を余儀なくさせた。しかも張れた防衛線は、人間族領との中間地点とガーランドの首都から数km北の地点、の二つのみ。

 

 然し、それでも魔人族の統率者は優秀だった。

 

 中間地点の防衛線はブラフ。事前に退路を用意し、コチラの軍勢の情報を入手するなり撤退。損害を出さずに情報を持ち帰り、本命の防衛線に合流させた。

 短い交戦時間で、使役魔物を用いた部隊の練度が自軍に一日の長があるのを見抜き。更には屍兵と銃火器の存在も踏まえ、速やかに最適な陣形を組む。

 自ら前線へ赴く事で無用な犠牲を避け、尚且つ味方を鼓舞する。それでいて戦局の分析は怠らない。

 

 将軍 フリード・バグアーは名君だと言える。

 

 

 だとしても、コチラの勝利は揺るがない。

 

 

「陣形を変更。先陣を切らせていた屍兵部隊を下げて、魔物部隊の中から速度重視の隊で突撃させろ」

 

 人間族の総力を挙げた大軍勢、その中央後方で自分は作戦指示を出す。指示通りに清水と中村が魔物と屍兵を操作する。

 

「射程は長くても行軍速度の遅い屍兵。それに対応する為の防御陣形を破る。一度で崩せなくてもいい、連続して畳み掛けろ」

 

 戦場での指揮自体は帝国皇帝等の人間族の戦巧者に任せてある。自分がするのは、趨勢を決めるまでの戦略と戦術の指示まで。

 後に魔王城に居るアルヴの元へ突っ込む自分が、総指揮権を持っていては自軍が混乱してしまう。

 

「三波目で突撃させる魔物に屍兵を搭載。敵陣の中に屍兵を放り込ませろ」

 

 魔人族からすれば、長射程な上に半端な損傷では動きを止めない屍兵相手に、遠距離戦は無謀。防御を固めて近接で仕留める方向性で対応せざるを得ない。

 

 だが、それは自分の思う壺。

 

 屍兵に持たせた銃火器は、一度発砲したら設定した時間内に弾薬を装填しなければ爆発する機構を組み込んだ。つまり屍兵を倒したら爆破、弾切れしても爆破とゆう訳だ。

 勿論、充分な弾薬は持たせていたからブラフの防衛線での小競り合い程度では判りようが無い。これにより銃火器の処分と、敵陣への打撃を両立した。

 

「敵方の足並みが乱れたら魔物部隊の主力を投入。防衛線を食い破れ」

 

 内側に入り込んだ屍兵の掃射には対処した様だ。しかし、予想外の爆破で浮き足立った所へ、主力の第一陣をぶつければ布陣は崩れる。

 自軍は主力の第二陣 人間族の精兵部隊に加え、後詰めの為の充分な予備戦力を残してる。魔人族側が雪原方面(自軍の側面方向)に忍ばせている伏兵だけでは戦局は動かない。

 

 使役する魔物の質は魔人族側が上。兵の質は人間族側が上。軍の総数は人間族側が圧倒。戦術も自分が優った。

 

 魔人族側が形勢逆転する手段は一つ。

 

 最高戦力たるフリード自らが本陣に襲撃を仕掛け、魔物と屍兵を使役する術者を討つしかない。

 

 

「報告。フリード・バグアーが現れました!」

 

「方向は? 側面か、それとも後方か?」

 

 駆け込んできた伝令に敵将の位置を求める。

 

「敵陣中央です! 戦線を押し返し始めています!!」

 

 受け取った報告に思わず首を傾げた。

 

(何を考えた? それは悪手だろうに。力技で戦局を覆せるとでも? それとも部下を見捨てられなかったか………?)

 

 相手の下策の意図に考えを巡らせたが、どの道 放置は出来ない。使役魔物や屍兵だけではフリード・バグアーは止められない。

 自分が出るか、主力の第二陣を出して数で圧殺するか。僅かな思案の後に指示する。

 

「後詰めの戦力を残して全軍出撃。敵の大将を討てば、実質 決着だ」

 

 〝魔力操作〟の習得と改良した魔法陣を与えた人間族の精兵ならば、神代魔法の修得者が相手でも物量で圧殺できる。相応の被害は出るだろうが、戦局が傾く程では無い。

 もし、奇策があるのなら自分が残った方が確実だ。

 

 

 主力を全投入した事で、四倍近い数の暴力となり戦線を押し込んでいく。魔人族側も思ったより奮戦してはいるが、防衛線の崩壊は時間の問題だ。

 

(何か奇策があるのかと思ったが、やっぱ悪手じゃねェか。これじゃ雪原方面にいる伏兵は何も出来ずに終わるぞ)

 

 この戦況で件の伏兵達がどうするのかと思い、雪原方面へ視線を向けた。

 

「…………馬鹿かよ」

 

 後詰めに残してる部隊との戦力差も顧みずに、魔人族の伏兵が特攻をしかけてきた。後詰めの部隊の数は十万、対して向かってきてるのは一万だ。

 

「残ってる部隊で東側から来る敵戦力を迎撃」

 

 軽く呆れ混じりに迎撃を命じた。この神風特攻に何の意味があるのやら、指揮した筈の敵将を見やる。

 

 いない。一際目立つ白竜を愛騎とする以上、見落とす筈が無いにも関わらず見当たらない。つい数秒前まで自軍の主力と交戦していた敵軍の一部ごと消えている。

 

 

「進めぇッ! 屍と魔物を操る術者を討つのだぁ!」

 

 

 力強く勇ましい号令が、神風特攻を敢行していた筈の部隊から響いた。オマケに向かってくる部隊の数も五万程に増えている。

 

「成程。〝空間魔法〟………手札を隠していたのはお互い様って事か」

 

 一度目の交戦時には、使う素振りも使った形跡も無かった。だから、てっきり変成魔法しか修得していないものと判断していたが、この策の為に温存していた様だ。

 敢えて取るに足らない数の伏兵を忍ばせ、コチラの警戒を緩めさせる。戦局が不利になったタイミングで、これ見よがしに前線で暴れて主戦力を引き付けた。そうして、魔物と屍兵を使役している術者が居る筈の後方を手薄させ、同時に伏兵の進軍を始める。後は伏兵に持たせた魔法陣なりを基点にして転移すれば、多くの戦力を無視して術者を襲撃できるって寸法。

 術者を討ち魔物と屍兵の制御が失われれば、かなりの人間族側の戦力を削げて、魔人族側の勝ちの目も出る。

 

 十分に劣勢の状況から、よくこれだけの策を思い付き実行したものだ。と言っても・・・・・・

 

「コッチが隠してた手札は一枚じゃねェけどな」

 

 フリード・バグアー率いる特攻部隊が自軍の迎撃部隊が蹴散らされる中、その後方に氷雪洞窟の方角から飛来した氷竜が着陸する。

 

「あの氷竜は………バカな。 何者かが氷雪洞窟を攻略したと言うのかっ!?」

 

 着陸した氷竜が意味する所を知るフリードが驚愕するのを余所に、自分は水晶型魔力通信器(アーティファクト)を使う。

 

「約束と少し違うが、アルヴやエヒトとの戦いの前に手を借りてもいいか? アレーティア」

 

『構いませんよ、私も少々遅刻してしまいましたから。目の前の魔人族達を薙ぎ払えばよろしいですか?』

 

「ああ、頼む。僕も直ぐに行く」

 

 アレーティアとの通信を終えると、それから間もなく東側から魔法による震動が伝わる。

 魔物に曳かせてる馬車ならぬ魔物車に乗ってる一般人共へ、表向きの理由である魔力集めを始めると言い残して戦場へ駆ける。

 

 

 

 

 アレーティアとフリード・バグアー率いる特攻部隊の戦況を自分は視界に収めつつ向かう。やり取りも意識すれば聞き取れる。

 

「我が軍の精鋭達をこうも容易く葬るとは………これ程の使い手が野にいただと。貴様、何者だ!?」

 

 唐突に大迷宮攻略者が現れ、背後から急襲される事態にも迅速に対応したのだろう。どうにかフリードはアレーティアに食らいついていた。尤も初撃で特攻部隊の四割近くが地に伏していたが。

 

「今は亡きアヴァタール王国の女王 アレーティア。義理あって貴方方を討ち倒します。 〝蒼天槍・五輪〟」

 

 見た所、炎属性最上級魔法〝蒼天〟を重力魔法で圧縮した槍、アレーティアはそれを連続して放つ。

 

 フリードは周囲に滞空している小竜の大群。その背に乗った小亀型の魔物に障壁を張らせるも、容易く貫通し数十単位で撃ち落とされる。防ぎ切れない事に気付いた瞬間、回避へ移った為に本人に被弾は無い。

 受けに回ってはならないと判断したか、白竜を操りアレーティアの頭上を取って強大なブレスを見舞う。

 

「〝絶禍〟、〝乱れ飛ぶ砲皇〟」

 

 アレーティアは白竜のブレスを重力球で飲み込んで防ぎ、続けて不規則な軌道を描く風撃を放ち反撃する。

 

 小竜の編隊の隙間を縫う様に風撃が襲いかかる。フリードは咄嗟に魔法で迎え撃つが、至近距離で押し負け傷を負った。

 

「ぐぅ、ならば! 揺れる揺れる世界の理、巨人の鉄槌、竜王の咆哮、万軍の足踏──」

 

 生半可では倒せぬと見たフリードが長大な詠唱を始める。

 

「総員、 閣下を援護するのだ!!」

 

「「「「「「「うおおおぉぉおおぉっ!!」」」」」」」

 

 翼竜や鷲獅子を駆る魔人族の兵士が詠唱の時間を稼ごうと、アレーティアとの距離を詰めて挑みかかる。無陣・無詠唱の魔法使いと言えど、近接戦ならば付け入る隙があると思ったのだろう。

 

「剣よ、血を吸いなさい」

 

 アレーティアは抜剣と共に剣の機構を使った。十字鍔から小さな棘付きの細い鎖が飛び出し前腕に巻き付くと、鈍色の刀身が赤く染まる。

 自身の血を吸った剣を振るい、急降下して迫りくる魔人族を真っ向から斬り伏せる。

 

「なあ──ガッ!?」

 

「ゴヒュッ?!」

 

「ぐぉあっ!」

 

 ステータスや剣の性能にかまけたものでは無く、確かな技量に裏打ちされた剣捌きで魔人族の兵を駆る魔物ごと斬り裂く。しかも、童女と言って差し支えない程に小柄な魔法使いがだ。その様に後続に戦慄が走った。

 

「怯むな! 続けえぇッ!!」

 

 されど魔人族の兵達は自らの役目を全うするべく、果敢に立ち向かう。持てる力の全てを使い、将軍へ時間を与える為に。

 

「──いずれも世界を満たさない、鳴動を喚び、悲鳴を齎すは、ただ神の溜め息、それは神の嘆き──」

 

 その甲斐あって、詠唱は完了間近。

 

 アレーティアは向かってきた騎兵達を撫で斬りにして跳躍。風と重力を操って速度を上乗せし、迎撃を掻い潜り障壁を張る隙を与えずに小竜の群れを突破。

 

「──汝 絶望と共に砕かれよ!」

 

 遂にフリードが詠唱を終えた。

 

「〝蒼天槍・十輪〟」

 

 だが、射線を確保したアレーティアの魔法の方が一手早い。

 

「〝界穿〟!」

 

 炎槍が当たる直前、出現したゲートを潜り白竜共々転移した。しかし、〝界穿〟を発動させたのはフリードでは無い、白竜の陰に隠形していた兵士だ。

 大迷宮における神代魔法の取得条件を踏まえれば、修得者が一人とは限らない。最初の転移も行なったのはフリードでは無く、あの魔人族だったのだろう。

 

「〝震天〟! !」

 

 背後をとったフリードが渾身の魔法を放つ。

 

 襲いかかるは、空間を圧縮後に解放する事で発生させた強力な衝撃波。威力と範囲故に半端な防御も回避も許さぬ一撃に対して、アレーティアは同じ魔法での迎撃を選ぶ。

 

「剣よ、血を魔力へ。──〝震天〟」

 

 両者の魔法が激突、余波で周囲が吹き飛ぶ。自分が到着したのはそれと同時だった。

 

 

 

 

「ぬぅ、ぐ…………ここで斃れる訳には………ッ!」

 

 部下に庇われたお陰で、フリードは生きてこそいるものの致命傷。しかも、愛騎の白竜は絶命の上に部隊は壊滅的。勝負あり、だ。

 

「アレーティア、少し待ってくれ。聞いておきたい事がある」

 

 膝をついたフリードにトドメを刺す所だったアレーティアを自分は制止した。

 

「私は助太刀しただけですから、構いませんが………」

 

「ありがとう。直ぐに済む」

 

 基本的に戦争=殲滅戦がトータスの常。戦局が圧倒的有利な状況で敵将から何を聞きたいのか、アレーティアには分からなかったのだろう。不思議がりながらも剣を納めた。

 

「フリード・バグアー、大迷宮を攻略したならトータスの戦争の真相は知っている筈。なのに何故、唯々諾々とアルヴに従う?」

 

 フリードが信仰に厚いのは知っている。だがイシュタルの様に、信仰の為なら他の一切を蔑ろにする程の狂信者には見えなかった。故に機会があれば問うておこうと思っていた。

 

「貴様も攻略者か………だが敵に、ましてや異教徒共に教える事などない………!」

 

 フリードはふらつきながらも立ち上がる。既に勝敗が覆せないのは理解していても、命尽きるまで戦おうとする。

 

「生憎、僕は身勝手にこの世界に喚ばれた部外者でね。信仰の持ち合わせは無い。だから真偽を問わず答えさえすれば、非戦闘員の魔人族は逃がそう」

 

 避難の猶予も無く開戦したのだ、今も防衛線の向こうの都には魔人族の民間人が居る筈。自分は人間族を勝たせる予定ではあるが、それと種族を絶滅させるのは別の話。

 元から非戦闘員を逃がす手立ては用意してある。その事を信じる気の無いフリードへ開示する。

 

「これはステータスプレートの表示に於ける一定以下のレベルの魔人族を対象に転移させるアーティファクトだ。使えば非戦闘員は逃がせる………答えなければ、今 ここで破棄するが?」

 

 この言葉にフリードの内心が揺れたのが分かった。理性と意地がせめぎ合い、理性が勝った様だ。

 

「……………魔人族の安寧の為だ」

 

 フリードは屈辱感も露わに答える。

 

「神が邪悪だなどと、そんな戯言は信じるに値しない。だが、仮に真実だとしても。嘗ての傑物達すら及ばず、護るべき同胞が敵に回ると言うのなら本末転倒だ。抗えるものか………!」

 

 自分はフリードを観察しつつ聞いた。どうやら口にしたのは本音の様だ。

 

「成程。だったら神が討たれた後の世界でどうするべきか、よく考えて生きると良い」

 

「ぉぐッ!?」

 

 鳩尾に一発入れてフリードを昏倒させる。死なない程度に回復した後、非戦闘員を逃がす予定地へと転移させた。

 

「貴方は一応、人間族に助力しているのに見逃して良かったのですか?」

 

 自分の行動を黙って見ていたアレーティアが疑問を投げ掛けてきた。

 

「約束通りに非戦闘員だけ逃しても虐殺されるのがオチだ。生き延びれるだけの力は残してやらないと無駄骨になる。

まぁ 火種を残す様なモンではあるし、アレーティアがどうしても決着を付けたいなら止めないが」

 

「いいえ、先程も言いましたが助太刀しただけです。クレイが良いのなら私は構いません」

 

 ところで、とアレーティアが話を変える。

 

「魔王アルヴからエヒトの居場所を吐かせるとの事でしたが、その必要はなくなったかと」

 

 そう言ってアレーティアが〝宝物庫〟から取り出したのは小型の羅針盤、強力な魔法が付与されたアーティファクトだ。尚、自分はその存在も在り処も知っていた。

 

「解放者が遺した〝概念魔法〟の一つ、"導越の羅針盤"。込められた概念は“望んだ場所を指し示す”だそうです。これを使って居場所は割り出せましたから。

どうやらエヒトが居るのは──」

 

「──“魔法で創った異空間”だろう?」

 

 自分は先んじて言い当てた。

 

「ええ、その通りです。知っていたのですね」

 

「いいや、ただの消去法。普通に探しても見付からない、けどトータスの外にはいない、なら異空間でも創って引き篭ってるだろうってな」

 

 自分は適当に嘯き、その上で予定に変更は無いと告げる。

 

「エヒトの眷属に過ぎないとは言え、アルヴも弱くはないでしょうし。余計な消耗は避けるべきでは?」

 

「だからこそ、だな。他人の異空間を強引にこじ開けるより、正規の入口を開けさせた方が楽だ。それに後からしゃしゃり出て来られても面倒だしな」

 

「では、このまま向かいますか」

 

 自分の弁に得心がいったアレーティアは南へ向き直った。

 

「ああ、行こう」

 

 "導越の羅針盤"でアルヴと魔人族の民間人収容区域の座標を探知して貰う。割り出した座標を元にして、民間人の所へはアーティファクトを起動しつつ送り付け、アルヴの所へはアレーティアと共に転移した。

 

 

 

 

 

 

 

「まったく………フリードの奴も役に立たぬな。みすみす侵入を許すとは」

 

 案の定、アルヴが居たのは魔王城の奥の玉座だった。但し、その姿は予想外のものだった。特にアレーティアにとっては冒涜も甚だしい。

 

「だが、誉めて使わそう! 現れたのは主に捧げるべき器なのだからな!」

 

 アルヴの容姿は金髪紅眼で初老の男。アレーティアと特徴が似通っており、はっきり言ってしまえば血の繋がりを感じさせる。

 

「巫山戯るな!! それは叔父様の身体だッ!! 邪神の手先が使って良いものじゃない!!!」

 

 詰まりはディンリードの肉体を憑代にアルヴは現界していたのだ。その事実に激昂したアレーティアの怒声が玉座の間に響く。

 

「何を言う。寧ろ光栄に思うべきだろう? エヒト様の眷属神たるアルヴが使ってやっているのだから。心の底から感謝し、感動に打ち震える所だろう」

 

 アルヴの言い分は余りにも厚かましく烏滸がましい。

 既に怒髪天を衝いているアレーティアへ、火に油を注ぐに飽き足らず酸素と水素すら放り込んでいく。

 

「使ってみれば落胆を禁じ得なかったがな。お前を隠した記憶も神代魔法の知識も消してしまっていたのだから。本当に肝心な所で役に立たぬ男よ。

これは最早………ゴミの再利用と言ったものだな」

 

 親愛なる故人への冒涜、玩弄、愚弄、極めつけの侮辱。パキッと、アレーティアが食いしばった歯が割れる音がした。

 

「ッ!! それ以上、叔父様を愚弄するな!!」

 

「落ち着けっ! アレーティア! 闇雲に突っ込んだら思う壺だぞ」

 

 アレーティアは激情のままに飛び出そうとする。が、直前に自分が肩を掴んで制止した。

 

「分かっていますが、しかし………!!」

 

 沸き上がる怒りを抑え切れないアレーティアを諭す。

 

「なら前向きに捉えよう。あの身体からアルヴだけ抹消してやれば遺体を取り戻せる、キッチリ弔う機会が得られるってな」

 

「………そう、ですね。そうとでも思わなければ、怒りでどうにかなってしまいそうです………!!」

 

 自分の言った解釈で、どうにか怒りを御し始めたアレーティアの肩から手を離す。

 

「それに……プライドばかりが一丁前の、寄生するしか能の無い腰巾着が何を言ったトコで、貶める事なんて出来やしねェさ」

 

 好き放題に宣っていたアルヴを自分はせせら笑ってやる。

 

「言ってくれるではないか。遊戯の駒風情がこのアルヴを排するとでも? ふははっ、笑わせてくれる!」

 

 アルヴは大物振った態度を崩さず、余裕をかましている。

 

「なら精々笑っておけよ。直ぐに終わる」

 

「叔父様の身体は返して貰います!」

 

 啖呵を切ると共にアレーティアは抜剣して、自分はPSIを発動して構える。

 

「やってみるがいい。神に刃向かう者の末路を教えてやろう」

 

 アルヴが指を弾くと、自分とアレーティアそれぞれに向けて魔弾が放たれた。尤も弾は弾でも、弾丸ではなく砲弾のサイズだが。それをアレーティアは魔法で防ぎ、自分はバーストオーラを纏わせた拳で打ち払う。

 

「〝魂焦の天灼〟!」

 

 アレーティアがお返しとばかりに、最上級魔法に〝魂魄魔法〟を併用し、広範囲に放たれる雷撃の全てがアルヴ目掛けて降り注ぐ。

 

「はははっ、良いぞ! 神代魔法は修得済みか、主へ捧げる際の手間が一つ省けたわ!」

 

 アレーティアが神代魔法を使ったのを見て、アルヴは喜色を浮かべながら障壁を張る。

 

「?! ぬぅぁああ!?」

 

 だが、直ぐにアルヴの表情は驚愕にとって変わる。張った障壁が瞬時にバラバラに解体されたからだ。そのまま降り注いだ雷撃に呑まれ、痛苦の叫びを上げる。

 

「二対一で、そんな馬鹿正直な防御が通じる訳ねェだろ」

 

 障壁を解体したのは自分のテレキネシスだ。様子から察するに、どうやらアルヴもPSIを視認できないらしい。

 

 アルヴは魔力量にまかせて雷を振り払うと、左腕を掲げ先程の魔弾を複数生成していく。その数は千を超えても尚増える。

 

「ふん。思ったよりもできる様だが、この数を捌けるかな」

 

 指揮棒の如く腕を振るい、魔弾を斉射した。

 

「剣よ、血を吸いなさい!」

 

 アレーティアは剣の機構を使って身体強化を引き上げ、回避行動をとる。避け切れないものは斬る、又は魔法で防いでいる。一方、自分は弾幕の僅かな隙間を見切って抜ける。

 自分もアレーティアも、無傷で魔弾の斉射を凌ぎきった。

 

「芸が無いな。下手玉をバラ撒くだけか、眷属神(腰巾着)?」

 

 傷一つ負わせられなかった上に煽られたアルヴは眉根を寄せると、仰々しく言の葉を紡ぎ出す。

 

「アルヴの名において命ずる──」

 

「いけないっ! クレイ、 精神防御を!」

 

「──“動くな”」

 

 アレーティアが対応を呼び掛けるのとほぼ同時にアルヴが命令を口にした。直後、自分は何をされたのかを理解した。

 

(精神、いや魂への直接命令か………)

 

「ふははははっ! これが我が〝神言〟よ。人の身では抗えま──「下らねェ」──い?」

 

「クレイ………?」

 

 自分はアルヴが勝ち誇るのを遮り、無造作に歩いて近付いていく。

 アレーティアは影響を受けていない、事前に対策していたのであろう。だが、まるで何事も無かったかの様に距離を詰めていく行為には困惑し、様子見に回っている。

 

「っ!アルヴヘイトの名において命ずる──“跪け”!」

 

 今度はアルヴヘイトと名乗り〝神言〟を使った。恐らくは真名だと効力が増すとかだろうが、前提を間違えている以上 意味は無い。

 変わらず自分は歩を進めながら、言の葉を返してやる。

 

「“お前が、跪け”」

 

「?! 馬鹿な、体が……!!」

 

 自分の命令に従って、その場でアルヴが跪いた。

 無論、アルヴ自身の意思では無い。無様に狼狽えてるのがいい証拠だ。

 

「あ、あり得ん! 体が動かぬ! まさか………貴様も〝神言〟を使えると言うのか!?」

 

「違うな、もっと単純な話だ。こんなモンは格下にしか通用しねェ………同格以上の相手に使いたけりゃ、もっと練り上げておくべきだったな」

 

 〝神言〟などと御大層な呼び名を付けている様だが、所詮はただの魂魄干渉に過ぎない。そして思念、精神、魂と言った内界に干渉するのはトランスの十八番。

 魔法かPSIかの違いはあるにせよ、同系統の力なら力量・技量が優る方が勝つのは道理。格下からの粗悪な干渉が通じる訳が無い。

 

 跪いた姿勢から動けないアルヴの目の前に立ち、見下ろして言い切る。

 

「お前より僕の方が強い。ただそれだけの話だ」

 

 自分は純然たる実力差を宣告すると、丁度いい高さにあるアルヴの頭を右手で掴む。

 

「ま、待てっ! 早まるな! 私を消せばこの身体も無事では済まんぞ?!」

 

 大物振った鍍金が剝がれ、焦燥に満ちた面を晒すアルヴが命乞いを始めた。当然ながら、取り合う義理は無い。

 

「だから────────、」

 

「ハッタリももっと上手く使え………それに安心しろ。消すのはエヒトのトコへ案内して貰ってからだからな」

 

 零距離でトランスをかけ、人格情報のみを漂白しプログラムを植え込んだ。内容は『雹堂 九嶺の命令に従え』『命令が無い場合は待機』『ディンリードの肉体を保全せよ』の三つだ。

 エヒトの腰巾着から自分のパシリに変わったアルヴへ命令する。

 

「エヒトの所まで案内しろ」

 

「………リョウカイシマシタ。シンイキヘ、ゴアンナイシマス」

 

 人格情報を漂白されたアルヴは無機質な声音で命令を受諾する。跪いた姿勢から立ち上がり、虚空に異空間への入口を開いた。

 許し難い怨敵との戦いがあっさりと終わり、呆気に取られているアレーティアに呼び掛ける。

 

「さて、この先がエヒトが居る異空間【神域】だそうだ。準備はいいか?」

 

「あの、待ってください……聞いておきたいのですが………これはどういう状態なのですか? アルヴを無力化したのは、理解できるのですが…………」

 

 急激に変貌したアルヴを観て、アレーティアが戸惑いがちに尋ねてくる。

 自分が魔法以外の力を持ち、それを行使してるのは理解していてもアレーティアには認識が出来ない。だから、アルヴの虚言もあってディンリードの肉体が気掛かりなのだろう。

 

「心配するな、身体に影響は無い。端的に言えばアルヴの人格を廃人状態で固定して、命令に従う木偶にしただけだ。事が済んだら完全に抹消する。

そうしたら、叔父さんを弔ってやるといい」

 

 説明を聞いてアレーティアは胸を撫で下ろすと、改めて叔父の遺体を一瞥した。まだアルヴが入っているものの、肉体は確かにディンリードのもの。

 

「必ず……仇を討ち、因縁を清算します。もう少しだけ、待っていてください………叔父様」

 

 中身は兎も角、記憶の中と変わらぬ叔父の姿を見て、アレーティアは決意を新たにしていた。

 そんな中、防衛線を破った人間族側の軍勢の雄叫びが魔王城にまで届いた。戦争も終わりが近い。

 

「………決意は固め直せたか?」

 

「充分に」

 

「じゃあ、決着を付けに行こう」

 

 開けさせた入口を潜り、自分とアレーティアは【神域】へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 地球で空間系の異能者が創った異空間を知る身としては、エヒトの【神域】の創り込みは粗雑だった。

 

 ただ漠然と広がる白一色の空間。床や壁の有無すら曖昧で、碌な装飾も置物も無い。何を模するでも無い伽藍堂に一つの玉座が在るだけ。

 仰々しい玉座だけが無駄に目立っていて、却って虚しい。誰かが玉座に座れば人物ごと飾りに見える、それ程の虚しさだ。

 

 尤も、玉座に居るのは朧気な光の人型なのだが。

 

 光の人型の正体は、魔力で無理矢理に繋ぎ留めているだけのほぼ剥き出しの魂。思念体を構築できておらず、精神体ですら無い。確かに、これではまともな活動は不可能だろう。

 

「一応 聞いておく、お前がこの世界で神を名乗ってるエヒトだな?」

 

 自分の確認に人型は返答しなかった。代わりに右手を額に当て、左腕を軽く曲げ手の平を真上に向けながら、頭を緩く左右に振る仕草をする。まるで、やれやれとでも言わんばかりだ。

 

「人形遊びや駒遊びじゃない真っ当な会話なんて久方振りだろう。少しは興じてみようとは思わないのか?」

 

 会話に応じない人型に、自分は挑発めいた言葉を投げ掛ける。散見される情報から推測したエヒトの性格なら、煽りや挑発に対して無視はしないだろう。

 

『全くもって見当違いも甚だしいぞ。一体、何時の話をしているのだ』

 

 今度は応えはしたが篭っている感情は怒りや苛立ちではなく、呆れと落胆だった。

 

『…………いや、そう昔でもなかったか………。悦楽の時は短く、屈辱と辛酸の日々は長い。この様な感傷を抱いた事はあっただろうか………思い出せんな……』

 

 人型はほぼ独白に近い言葉を垂れ流すばかりで、応えてはいても答えてはいない。

 

(何だ?…………プロファイリングしたエヒトの人格と違い過ぎる)

 

「惚けた事を言っていないで答えなさい! お前がトータスを弄んできた邪神、エヒトなのでしょう!?」

 

 人型の様子に自分が違和感を覚える中、アレーティアが強く弾劾した。

 

『…………確かに、我がエヒトだとも。真名はエヒトルジュエだがな。しかし、我を邪神。神だなどと何時まで思っているのか』

 

 やっとまともに受け答えをした人型はエヒトである事を肯定しつつも、判然としない顔に虚無感を滲ませて続きを紡ぐ。

 

『今の我は神はおろか人ですらない、便利な道具へと貶められたわ…………こんな屈辱が続く位なら、死んだ方がマシと言うものよ…………お前達に我が殺せるのなら、頼むから殺してくれ……』

 

「一体、何を言って──ーっ!?」

 

((いやいや、勝手に死なれちゃ困るなあ。まだまだやってもらわなきゃならないことは沢山あるんだ))

 

 エヒトの発言の意を問い質そうとした時、第三者の思念波が伝わった。全く魔力の伴わない思念波に馴染みの無いアレーティアは驚きつつも警戒する。

 そして、玉座の隣りの空間が自分達が入って来た時と同じ様に波打ち、一人の青年が降り立った。

 

「自発的に死ねないようにはしてっけど、ウッカリでも殺されちゃかなわん。お前らは俺が代わりにブチのめそう」

 

 青年はエヒトを囲うように玉座の前に立つ。

 

「何者かは知りませんが、エヒトに味方するのなら容赦はしませんよ……!!」

 

「味方ってよりかは飼い主か、道具の主人かな?」

 

 警戒しつつ構えるアレーティアとは対称的に、青年は自然体でからからと笑っている。

 

「つまりは敵なのでしょう。行きますよ、クレイっ!……………クレイ?」

 

 自分は驚愕と戦慄に包まれていた、戦闘開始を呼び掛けるアレーティアに反応する余裕も無い程に。

 アレーティアにとって青年は突如 現れた得体の知れない新手に過ぎない。しかし、自分にとっては違う。突如 現れたのはその通りだが、青年が何者かを知っている。

 

 青年は灰色がかった白髪と青灰色の瞳をした凛々しくも中性的な顔立ちに、筋肉質に引き締まった長身。丈長の緑褐色のベストと薄色のジーンズを身に着けており、服の材質は明らかにトータス産ではなく地球の物だ。

 面識こそ無いものの、その容姿はある資料に載っていた少年の特徴と類似点が多く、成長すればまさしく目の前の青年の様になるだろう。何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()P()S()I()の反応が揺るがぬ証拠。

 

 

「────ーっ………嘘、だろ?………冗談じゃねェぞ、オイ…………?!」

 

 

 間違いであれと、口を衝いて出た言葉とは裏腹に確信していた。

 

 

 

「まさか………グリゴリ実験 被験体02号……?!」

 

 

 

 眼前の男が悪魔の名を冠する人間が造った怪物だと。

 

 

 

 

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