ありふれた複合世界線   作:混合化合物

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一話 仮初めの平穏

 

 

「……嫌な夢を見た」

 

 そう呟きながら目を開ける。視界に映ったのは現在住んでいるマンションの天井だ、あの施設のどんな部屋とも重なる要素はない。

 

「はぁ……あれから五年は経つってのに、今更に夢に見るか」

 

 自分に呆れつつ枕元に置いておいたスマホを手に取り時刻を確認すると、既に十時過ぎだった。高校の登校日ではない日曜と言えど寝坊もいいところだが、昨日は一騒動あったため一睡もしていない。それを踏まえれば、睡眠時間の帳尻は合わせられたので良しとしておく。

 

「……食事は作る気分じゃないな」

 

 布団から起き上がり、外出のために身支度を整えたところで着信が入る。

 まさか昨日の今日でまた荒事かと思いつつも電話にでる。

 

「おはようございます、アゲハさん」

 

『おはよう、今 平気か?』

 

「はい 大丈夫です、また何かあったんですか?」

 

『いや、昨日の件で知らせておく事ができたんだ』

 

 通話相手は夜科 アゲハ、自分の後見人である八雲 影虎の友人だ。そしてPSI(サイ)という超能力を扱う異能者、いわゆるサイキッカーである。また、サイキッカーが絡んだ事件専門のトラブルバスターなんて事もしている。

 これらは後見人にも当てはまる、但し裏社会でというのがつくが。

 

 昨日の件というのも、影虎さんの古巣である関東衆英会(名前からお察しの自営業)の縄張りでサイキッカー達が突如、集団かつ複数箇所で連続に能力を暴走させたらしく鎮圧するのに手が足りない、と影虎さんに連絡がきた。しかし、影虎さん自身も海外なため手を貸せないので代わりを頼まれた。それをアゲハさん達と自分は承諾。結果、一日掛かりはしたが事態は終息させる事ができた、という一件である。

 

『昨日のサイキッカー達から話を聞けたんだけど、かなり厄介な事になりそうだ』

 

「厄介な事ですか、そもそもどういう経緯だったんですか?」

 

『全員が妙な視線や気配を感じたらしいんだ。けど、辺りに不審なモノは何もない。なのに視線も気配も途切れず、空気にまで違和感が出始めたそうだ』

 

「それでPSIを暴走させてまで確かめようとした、と。結局、正体は何だったのですか?」

 

『いや、それでも正体は判らなかったらしい』

 

 確かに変だ、PSI能力は通常では暴走しない。否、させられないが正確だ、なぜならPSIは脳をオーバークロックさせる事で使うものであり、脳に相応の負荷がかかる以上は暴走する前に使えなくなるのだ。

 もちろん暴走する場合もあるが、それは余程の優れた素質を持つか、或いは強大な能力であるかのどちらかでしかない。そんな者達はそう多くはないにも関わらず、今回の人数は三桁を超える。

 あり得ないとは言わないが、それほどのサイキッカー達が探したのなら正体はつかめる筈だ。

 

「あの人数のサイキッカーから隠れ仰せるヤツがいるのは厄介ですね」

 

『違う、そこもだけどそっちじゃない』

 

「他にも何かあるのですか?」

 

『実は数人しかサイキッカーじゃなかったんだ』

 

「どういう事ですか? 彼らは確かにPSIを使っていたのに。急に集団でPSIに目覚めた上で暴走したとでも?」

 

『そのまさかだ。桜子に記憶を探ってもらったから間違いもない』

 

 流石に驚きを隠せない。慣れているとは言えど、まさに異常だ。

 表向きには知られていないだけで、実際には異能者も怪物も悪魔も霊的存在も実在する。何ならフィクションとされている事すらノンフィクションであったりもする。だからこそ、有り得ない事等ありえないと知っている。だが、既存の法則が無視されているのも事実。

 

「なら、原因はまさか……」

 

『おそらくだけど、異世界からの干渉だと思う』

 

「…………そうなりますよね」

 

 有り得ない事等ありえないなら、異世界だって存在する。

 時間旅行による過去や未来も一種の異世界と言えるし、地球の存在する宇宙とは全く違う異世界だってあるのだ。実際に、アゲハさんや影虎さんは未来世界を行き来した事があるらしいし、自分も異世界の知識を多少はもっている。

 どんな異世界かはわからないが、その異世界を観測するまでは何かしらの問題が発生し続けるのは確定したと言っていい。世界が違えば法則も理も変わり得るし、何も無ければ干渉等しない。

 

『誰が、何時、どういう形で巻き込まれるか分からない。周囲に異変が無いか気を付けてくれ』

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

『それじゃあ、また何かわかったら連絡するよ』

 

 通話が終わりスマホをポケットにいれる。そして今聞いた話を反芻し、頭をかかえた。

 

 あの施設から解放された時に真っ先に感じたのは困惑だった、望むと同時に諦めてもいたから。それでも自由を得られたなら外の世界を見てみたかった。施設の中しか知らなかったからこそ、今まで知り得なかった事を知ろうと思った。

 だからまずは普通というモノを知ることにした。故に一般の子供の様に学生として過ごす、カリキュラム等とっくに終えているとしても。何せ自分には普通を経験できる期間が限られているから。

 

 だが、このまま一般人として生涯を送りたいって訳ではない。

 

 自身がPSI能力者である以上に、異能者の生産工場で作成された自分が異常の側に居るのは理解している。それでも、”自身の意思で自分の人生を選ぶために世界をみたい”それが今の目的だ。

 

 よって、厄介事の塊であろう異世界には、今はまだ関わりたくないのだ。とはいっても、この事は成るようにしか成らない。

 考え込むのを止めて、行き付けの店で食事をとるべく部屋を出た。

 

 

 

 マンションを出て移動すること暫、目当ての店に着いた。

 

 洋食店「ウィステリア」 気に入っている店はいくつかあるが、ここにはよく訪れる。

 理由は一つ、単純に料理が旨い、これに尽きる。店主が色々とこだわっているのだろう、良い品ばかりで中でもパスタは特に気に入っている。

 店内に入ると、席はまだ余裕があった。昼食時には少し早いからだろう。

 

「こんにちは 園部」

 

「いらっしゃいませ!って雹堂、いつも日曜は来ないのに珍しいわね」

 

「偶々、そういう気分になっただけだ」

 

 ウィステリアで働いている彼女は園部 優花。同じ高校に通う同級生で、ここは彼女の実家だ。なので、働くというよりは実家の手伝いが正確である。

 違うクラスなので接点はさほど無いが、店に訪れる内に顔馴染み程度にはなっていた。

 

 ちなみに自身の姓が雹堂なのは後見人の旧姓だ。現在の姓の八雲は表の世界でも目立つので固辞した。

 

「ふぅん、まぁ いいわ。注文はいつものでいいの?」

 

「ああ、よろしく」

 

 料理がくるまでの間で、昨日の件が表向きはどういう扱いになっているのかを確認する。

 端末を操作し情報の収集と精査を行う。今 使っているのは、スマホと見た目は酷似しているが中身は別物である。ハードウェアもソフトウェアも自身で組み換えた特製品だ。

 

 結論から言って、隠蔽自体は出来たらしい。音響機器の連鎖的不具合によって音波振動が発生し集団で昏倒する事態がおきた、という筋書きになっている。ネットで噂話のネタにはなっているが、真に迫るものは全くない。

 どうやら心配はいらなかったようだ。

 

「その新宿の事故、今朝のニュースで流れてたけど物騒よね」

 

 後ろから料理を運んできた園部が画面が見えたのか話を振ってくる。

 

「確かにな。けど、そうそう起きる事じゃあないだろうさ」

 

「そうだけど。普段来ない時間や曜日にあんたが店に来る時って、前日に事件や事故がおきてる事が多いわよね。……実は関係があったりとか」

 

「はははっ、まさか。ある訳無いだろう」

 

 大分 鋭いな、と思いつつも笑い飛ばす。ついでに騒動の翌日に店に訪れるのは止めよう。冗談のつもりだろうが大正解だし、それでこちらの事情に気付かれたら目も当てられない。

 

「もちろん、冗談で言ってみただけよ。むしろ本当にあったら困るわ」

 

「嫌なジンクスが覆されるのを願っとくよ。それじゃあ、いただきます」

 

 話を打ち切る意味も込めて、運ばれた料理に手をつける。

 そろそろ昼食時が近付いてきて、店が混み出す頃合いだ。なので、会話を引っ張ることもなく、自然と園部も店の手伝いに戻っていった。

 

 

 

 料理を平らげ、会計時に当たり障りのない会話をして店を出た。

 

 冗談だとしても裏の事情に踏み込まれかけてしまった、世界の裏事情は一般人には無縁のものだ。確かにあの高校にも裏事情に縁のある人物はいるが、縁があるだけで当人は知らないだろう。おそらく、周囲も知らせない筈だ。理由もなく関わる様な事ではないのだから。

 

 異世界の干渉の件といい、今朝の夢の件といい、今日は少しばかり運がない様だ。大通りの交差点を渡った辺りで、後ろから面倒なのが絡みに来やがった。

 

Da quanto tempo!(久しぶりね) No.901」

 

「会う度に一々イタリア語で声をかけるな! 鬱陶しい」

 

 無駄に大声で呼びかけてきた相手に対して、苛立ちを隠さずに日本語で応じる。尚、この間も足は止めない。

 

Non riesco ad andare d'accordo came al solito.(相変わらず、つれないわね) No.901」

 

「オイ、いい加減にその呼び方をやめろ。僕は雹堂 九嶺だ、解っててやってるだろ! No.3017」

 

 二度もあの頃の番号で呼びやがったので、意趣返しでこちらも番号で呼ぶ。

 正直 相手にしたくなかったが、放置すれば何時までも悪巫山戯を続けかねない。仕方ないので、やめさせるべく足を止め後ろを振り返った。

 

 そこにいるのは、異様に容姿の整った娘だ。

 薄紅色の長髪に蒼の瞳、くっきりとした眉に二重瞼、小ぶりな鼻に艶やかな唇、それらが黄金比で配置された顔。そして少女と呼ぶには剰りにも妖艶で、しかし大人の女性と言うには少し幼い、そんなある種の背徳的な肢体を紺色のワンピースに包んでいる。

 

 これだけの容姿をもつだけでも周囲の注目を集めているのに、よく通る声でイタリア語を話しているのだ。話し掛けられている自分も含め、完全に悪目立ちしている。

 

「うわぁー女の子を番号呼びとか、引くわー。しかもその数って愛人の人数だっけ? 多すぎだし、勝手に愛人に含めないでくださーい! ドン引きですっ!」

 

 日本語で話したかと思えば、こんな道端で根も葉も無い事を声高に言い出した。

 

「愛人がそんなにいてたまるかっ!」

 

「そんなにって言った! やっぱり何人かいるんじゃない!その中に本命がいて、私の事は遊んで捨てるつもりだったの!?」

 

「コイツ……!」

 

 周囲の道行く人々がこちらを見て足を止め、ヒソヒソと話し始めた。

 よく昼ドラでありそうな、“屑男に遊ばれ捨てられそうな女の図”を観ながらする話が良いものの筈がない。このままデタラメが拡散されれば、社会的によろしくない。

 咄嗟にPSIを使って、周囲の人々の直近三分間の記憶を消去し自分達を認識から外させる。

 

「もう能力使っちゃうんだ、つまんなーい。せっかく、もっと話を盛ろうと思ってたのになぁー」

 

 悪びれもせず、玩具を取り上げられた子供の様な態度で宣いやがる。施設の外で再会した時には既に、コイツはこんな性格になっていたが、何に影響を受けたのやら。

 

「悪巫山戯にも限度があるだろうが、何か恨みでもあるのか?」

 

「いやー、人を思う存分にからかえるのは楽しくって! …………あわよくば社会的に抹殺しようかと思ったけど」

 

「シレッと とんでもない事を言いやがったな。まさか、本当に用はそれだけじゃないよな。ミレイナ?」

 

 施設での作成番号No.3017の語呂合わせでミレイナ、とコイツは名乗っている。あの施設がなくなろうが、作成された事実は変わらない。だから、他の連中も作成番号を文字って名乗っている。

 自分も作成番号No.901でクレイ→九嶺、だしな。

 

「んーとね、任務といつものスカウトだよ。クレイもウチに入らない?」

 

「断るって言ってるだろ、もう何度目だ」

 

 現在のミレイナの所属はイタリアのマフィアの特殊部隊だ。

 

 ミレイナは施設が無くなる以前に出荷され、その先で暗殺稼業に従事させられたそうだ。

 失敗するのが妥当、成功するなら儲けモノのレベルの難易度の暗殺を何度かこなした頃。現在の所属している組織、その幹部の暗殺に失敗し返り討ち。

 ただ何の気紛れか、その場で組織に入るか、死かの二択をくれたらしい。そこでミレイナは脳と頸椎に仕込まれたマイクロチップの除去を条件に組織に入ったそうだ。

 

「生憎だが、学生生活を終えるまで必要以上に裏には関わりたくねぇ」

 

「だけど、終えた後に下手な組織に属するとウチからの暗殺待った無しだよ? そもそも幾つかの要素がなきゃ、拉致パクからの強制入隊だし」

 

「分かってるよ。そこら辺は追々考えるさ」

 

 実際、先の事に関しては()()()()()()がある以上、選択肢は少ないのだが。

 

「じゃあ、スカウトの件はそれでいいとして最近で異世界絡みと思われる事はあったりした?」

 

「ああ、今朝方 判った事だがあったぞ」

 

 昨日の件を今朝方に知ったばかりの事含め、要点だけまとめて教えてやる。

 

「成る程、……ボスの予感は的中か、血筋じゃないのに直感あるんだ。ありがと、私の方からも調べておくよ」

 

「出来れば、そっちで解決してくれると助かるんだがな」

 

「それは時と場合によりけり、かな。じゃあねー♪」

 

 そう言うと、ミレイナはこの場から文字通り霧の様に消えた。

 

「つまりアイツの方でも何かしらはあったと」

 

 あの言い回しからして、まず間違いなく任務は異世界絡みのモノだろう。アイツの所属先を考えれば、関係のない事をしてる余裕はないからな。もっとも、干渉した異世界が同じとは限らない。

 もし同じ案件であるなら協力する、程度でいいだろう。

 

「思わぬ処で情報は手に入ったし、日課の鍛練を終えたら帰ろ」

 

 施設にいた頃も、雹堂 九嶺となった今も鍛練は最重要課題であり、欠かす事ができない理由がある。しかし明日は月曜で、退屈だが貴重で平穏な学校の登校日だ。学生生活を楽しむなら十分な休息は必要だ、なので日課にしてる分を片付けて早めに休む事に決めた。

 

 

 

 明日で平穏な学生生活が終わるとは、この時は思ってもみなかった。

 

 

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