ありふれた複合世界線   作:混合化合物

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十九話 "回帰者(リグレス)"

 

 

 自分のPSIが目覚めた時、その一番最初の記憶は曖昧だ。施設で課せられた難題に挑まされてた最中だったか? 失敗して処分された時だったろうか? それとも作成された時点から難無く使っていたか? 確かなのは施設で目覚めた事と、大して活用出来ない程には薄弱だった事だけだ。

 今でこそ並以上の使い手となれはしたが、初めはテレキネシスやテレパス位しか扱えなかった。そんな有り様だったものだから施設から生きて出られる訳も無かった。

 

 然し、事実として自分は施設の外に出ている。不可能を覆せた理由はPSI能力のお蔭、否 せいと言うべきか。

 

 通常 PSIが目覚めた場合、基礎的な行使を重ねる過程で自らの素質と噛み合った能力を形成していくが、例外は存在する。稀に形成していくまでもなく能力が備わっている者がいたりする。

 そして、自分は稀な側ではあったらしい。理解したのは()()()()()()()だった。

 最初の死因が何だったかは………忘れたが、間違い無く死んだ筈なのに、気付けば施設のカプセルで作成された時点の胎児に戻っていた。意味が分からず明確に動じた自分は、直後に異常な精神状態と判定されて殺処分された。だが、再び作成時点に戻った。

 ここまでくれば否が応でも理解する。自分に能力が備わっていたのだと、しかも“過去に逆行する”と言う時間干渉系の能力が。

 

 『回帰者(リグレス)

 

 自分のPSIの本質であろう能力をそう名付けた。

 ただ この能力には利便性がまるで無い、と直ぐに知る事となった。

 何故ならどうやっても自発的に引き出せず、死ぬ瞬間のみに強制発動、挙げ句に巻き戻るポイントは設定不可能な上に規則性が見出だせないときた。詰まり、死の度に周囲の状況と自分の状態から、どの時点に戻ったのかを瞬時に把握しなければならない。

 何より“過去に逆行している”と言っても記憶や経験を引き継いでいるに過ぎず、単純なスペックは戻った時点のモノでしかない。死ぬ前にどれだけ鍛えてあっても巻き戻ってしまえばやり直し。引き継ぐ記憶や経験も前回の生まででそれ以前は希釈されて薄れてしまう。

 個人的には“制御不可の爆弾の方が遥かにマシ”と言える位には質が悪い能力と結論した。

 

 それでも自分は強制的な生のやり直しの結果、施設で課せられる難題を乗り越えた。

 

 尤も生存期間が少し延びただけで、何にもなりはしなかった。施設で課せられる難題を順調にクリアした先で待っていたのは道具としての出荷、生殺与奪の握り手が施設から買主に移るに過ぎなかった。

 用途は様々だったが、共通していたのは化け物染みた連中或いは正真正銘の人外の相手をさせられた。刀一本で現代の戦場を踏破する剣士、悪魔と契約しているらしいヒゲオヤジ、力ある土地を治める妖魔、異界からの闖入者など、どいつもこいつも敵に回すべきではない存在ばかり。その上、敵対する状況の時点で詰みだというのに世界情勢そのものが激変しているパターンすらあった。

 

 例えば──

 

 空を得体の知れない膜が覆い、大気はPSIに適応出来ない者には有害となり、地上は文明が途絶え風化し、PSIの力を持つ怪物が跋扈する、荒んだ崩壊世界であったりだとか。

 

 ある男の組織した新興マフィアが、異常な速度での技術革新を成し遂げると同時に独占し、世界征服を果たした世界であったり。

 

 日本のある島から、異能を以てしてしか討伐不可の異形が湧き出し、世界規模の争乱に発展したり。

 

 ──等など

 

 何のボタンの掛け違いでそうなったかはついぞ分からなかったが、些細なバタフライエフェクトで規模のおかしい事変が何種も起こり得た。規模の大きさから当然の如く巻き込まれた自分の末路は死のみ。幾度となく"回帰者(リグレス)"が発動し、その度に少しでもマシな結果となるよう足掻き続けた。

 そうして幾多の繰り返しの中での試行錯誤と足掻きの末、絶望的な既知のパターンから外れる事に成功した。

 

 これでようやっと少しは平穏や自由を手に入れるかと思ってみれば・・・・・・異世界トータスへの召喚である。

 

 

 

 

 

 

 

(本当に嫌なモンだな………)

 

 脳裏を過った僅かな感傷と"回帰者(リグレス)"が発動した事実を割り切り、逆行時点を割り出す為にコンマ秒未満で状況を把握する。

 

(壁面に描かれた聖光教会の宗教画、困惑している教師生徒連中、台座の下方で祈る聖職者達………確定。トータスへの転移直後か……)

 

 前回の記憶と経験は薄れる事なくハッキリしている。

 トータスの現況は人間族と魔人族が延々と宗教戦争をしているのが表向き、神気取りのエヒトが個人的娯楽でリアル文明シミュレーションをしているのが裏向き、グリゴリ02号がエヒトを支配下に置いて何事かしようとしているのが真相。

 であれば、自分が取るべき行動は一つのみ。

 

(今直ぐに地球へ帰還する!)

 

 一般人共の困惑と教会連中の思惑、何方も置き去りにして唐突に魔法行使を始める。

 魔力を操作し、空中に魔法陣を構築していく。魔法陣を二つ、三つ、四つと増やしながら立体的に組み合わせ、別々の方向に回す事で球体を象った。

 

 既に球体魔法陣が放っている魔力は、現代のトータスにおいて神にしか使えないレベルにまで達している。その様に周囲は騒ぎ立てられもせず、完全に思考停止していた。

 

 自分は"回帰者(リグレス)"によって前回の記憶と経験を引き継いでいる。実践はしなかったものの帰還方法は確立していた、トータスにおける七つの神代魔法を組み合せ〝概念魔法〟を使えば良いと。"解放者"は大迷宮を攻略した者に神代魔法を授与していく積りだったが、自分は神代魔法授与の魔法陣を解析する事で技術に落とし込んでいた。それは魔力操作もまた然りである。

 そして能力ではなく技術ならば、知識経験が伴ってさえいれば活用できる。故にトータスへの転移直後の状態でも神代魔法ひいてはその先の〝概念魔法〟も行使は可能。

 

(よし、想定通り。いける………!)

 

 トータスにおいて神の御業の如く語られる〝概念魔法〟だが、実際はそこまで大仰な代物では無い。寧ろ、トータスを下位の世界であると立証してしまっている。

 〝概念魔法〟の行使に必要なのは七つの神代魔法(生成、変成、魂魄、重力、空間、再生、昇華)と極限の意思である、と"解放者"は認識していた。それは間違ってはいないが完全な正答でも無い。

 

 正しくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の何方かさえあれば〝概念魔法〟は使えてしまうのだ。

 

 何故ならトータスにおいて、魔力は肉体を主な器としながら、いざ操るとなれば精神的な要素に左右される。その気になれば誰でも魔力を操るのは可能だ。そして、現代のトータスに普及している魔法体系は神代魔法の劣化、逆に言えば最適化さえすれば同様の効力を得られる。魔法術式の最適化は、碌な理解も無いままに魔法を行使してしまえるトータスでなら、魔力操作さえ出来れば才の有無を問わず実現しうる。

 詰まる所、“真実 その意思が揺ぎ無く極まっているのなら”意思に沿って魔素は集まり魔力となり術式が構築され〝概念魔法〟は発動する。

 逆に意思など無くとも“魔法術式を真に理解していれば”理詰めで発動する事も可能だ。そもそも"解放者"が定義した極限の意思すら神代魔法で生み出せるのだから、出来ない道理が無い。

 理屈自体は単純。魂魄魔法と昇華魔法をもって望む概念に沿う意思を生み出し精練させ、同時にトータスに満ち満ちている低質な魔素を重力魔法と昇華魔法で高質な魔力に引き上げ、後は適宜 各神代魔法で理に干渉して組み上げればいい。今 自分が行っている〝概念魔法〟の発動はコチラの方法によるものだ。

 

 総じてまとめると〝概念魔法〟は適性も関係無しに誰もが使い得る代物。確かに強力ではあるが、万能には近くとも全能には程遠い。タネが割れてしまえば大したモノではない。

 

 そして、そんなものが世界の理や法則を歪め弄れる事実と、何よりたった七つの理や法則に干渉するだけで新たな概念を創れる世界の脆弱性。それこそがトータスが下位の世界である事の証明だ。

 

(これで、完成……!)

 

 頭の片隅で回していた思考をよそに、自分は〝概念魔法〟を組み上げきった。込めた概念は“位置座標を元に戻す”、要するにトータスに喚び出される直前の場所に戻る為のものだ。

 

 完成した球体魔法陣が眩い光と共にトータス中に伝わる程の魔力を放ち、その効力を発揮する──

 

 

 

 グジィヤッ!!

 

 

「ぁがッ!!!?」

 

 

 ──瞬間。肉と骨を穿つ、鈍く湿った音が響いた。

 

 

 気付けば自分の胸に何者かの腕が貫通し風穴を空けていた。

 

「召喚されて早々に〝概念魔法〟ってのは驚きだが、勝手に帰られるのも帰すのも困るんだよな」

 

 致命傷を負った体にムチを打って振り向けば、今まさに【神域】のゲートから出て来た体のグリゴリ02号が血塗れの腕を引き抜いていた。

 

「ごふッ!…………マジ………かよ………」

 

 グリゴリ02号の目の前で無詠唱・無陣の魔法の行使は不可、トータス召喚直後の今 魔法陣の手持ちは無く、致命傷を即時回復できる能力・技術も持ち合わせてはいない。死は避けられない。

 しかし、それでも疑問が口をついて出た。

 

「…………な、んで………ここに………?!」

 

 可怪しいのだ、対応が速過ぎる。召喚自体はエヒトの都合によるものの筈。なのに、何故わざわざグリゴリ02号が出張って来る? まさか、召喚自体もグリゴリ02号の目的の枠内なのか? だとすれば何の為に?

 

「なんでも何も〝概念魔法〟なんて使えばトータスのどこにいたって分かるだろ? …………いや、違うな。お前、グリゴリ02号()を知ってるのか……!」

 

 グリゴリ02号は自分の驚き様に首を傾げていたが、"読心(マインド・リーディング)"を使ったのか、急に合点がいった素振りを見せる。同時に視線に明確に敵意が籠もった。

 

「機関側のヤツに教える訳ないだろ。とっとと死ね」

 

 グリゴリ02号は前回同様、一方的に自分を機関側と断定。至近距離からのバースト砲撃で止めを刺してきた。

 既に瀕死の自分がどうこう出来る訳もなく、敢え無く五体が弾け飛ぶ。

 

 

(………また、か……)

 

 

 意識が暗転する僅かな瞬間に"回帰者(リグレス)"の発動を感じ取りながら、あえなく自分は死亡した。

 

 

 

 

 

 

 

 意識が帰着したのはまたしてもトータスへの転移直後だった。"回帰者(リグレス)"への負の信頼で察してはいたが、転移前に戻るなんて都合のいい事は起きはしなかった。

 

(チィ。本当にままならねェな、畜生………!)

 

 瞬時の状況把握と同時、毒づく内心とは裏腹に身体は淀みなく行動に移る。

 気配を殺し、ライズを全開にし、一切の音を立てず、この場の誰に認識されるよりも早く、部屋から抜け出す。

 並行して、この時点から教会の人員に紛れて召喚者を観察していた銀髪の修道女、既に正体も位置も割れている"神の使徒"の一体を急襲すると心臓を潰して瞬殺。その屍の魔力が霧散する前に制御下に置き、そのまま空間転移して"神山"から離脱した。

 

 

 "神山"を離脱した自分が転移したのはオルクス大迷宮。ただしカモフラージュの階層ではなく、本物の"大迷宮"の階層だ。

 追手が来る気配が無いのを確認した後に警戒を解くと、心臓を潰した状態のまま腕にぶら下がっている"神の使徒"の屍を放り捨てる。

 

(取り敢えず〝常世の法〟の解除を………いや、待て。無闇な解除はマズいか………?)

 

 異世界転移によるスペック上昇を制限する魔法、グリゴリ02号曰く〝常世の法〟を解除するべく魔法を組み上げようとした所で手を止めた。

 

(この魔法には発信器じみた効果もある………解除しない訳にはいかない。だが、解除すれば確実にバレる………その際の相手の出方は? 気に留めずに放置なんてあり得るか? それとも飽くまでかけたのはエヒトでグリゴリ02号には伝わらないか? どうする………)

 

 前回は解除する間もなく死んで前々回は土壇場で解除した為、解除した際にグリゴリ02号がどう出るか、その確定情報が無い。対処のしようのあるリスクは冒すが“グリゴリ被検体の強襲”は完全にアウト、自分の死に直結している。

 だが解除しなければ、恐らくはエヒトを使ってトータスを俯瞰してるだろうグリゴリ02号の目を掻い潜れない。わざわざ行方を辿られないよう解放者によってエヒト対策が成されている"大迷宮"に来ても、〝常世の法〟を放置しては意味が無い。

 

「………完全解除って訳には行かねぇか」

 

 短い時間で思考を重ね結論し、組み上げようとしていた魔法術式を修整する。魔法行使を終えると左腕に腕環がかかった。

 それは〝常世の法〟の効果対象を調整したアーティファクト〝常世の環〟だ、ただし前々回に作った物とは少々異なる。あの時は土壇場だった為に、効果を移し替えられて多少の頑丈さがあればそれでいい程度で作ったが今回は念入りだ。効果対象の調整は勿論としてかなり頑丈に作り込み、発信器じみた効果も潰した。

 だが、スペック制限の効果以上に発信器としての役割が重視されていたようで、ある程度の魔力を供給していなければ位置情報の隠蔽は十全には出来ない。それなりの魔力の持ち主が身に付けているか、或いは外付けで魔力供給装置でも作らなければ結局バレる。要するに、現状は自分が身に付けざるを得ない。

 

 兎にも角にも行動の自由度は上がった。尤も、殆ど詰んでる状況なのは変わっていないが。

 グリゴリ02号の存在でトータスという厄介事の危険度合いは飛躍的に高まっている。正直、自分の手には負えないレベルにだ。

 

(直ぐにでも救援を求めたいトコだが…………無理だろうな)

 

 トータスに転移させられてから四ヶ月が過ぎた前々回でも何の音沙汰もなかったのだ。よっぽど時間の流れが違うのか、もしくは意図的にしろ偶発的にしろ妨害でもされてるのか、真相がどうであれコチラから働きかけない限り救援は無いと判断すべきである。

 

(だが〝概念魔法〟を使おうとしただけで直接出張って来るぐらいだ、トータスの外へ干渉出来る規模の何かを行使すれば阻止に動くのは確実。となれば救援を望むのは絶望的、か)

 

 地球へ帰還するにはグリゴリ02号への対処が絶対条件になったと言っていい状況、自分が取れる選択肢は一気に狭まってしまった。

 現状、グリゴリ02号の目的は不明。手段も“エヒトと地球から喚んだ一般人共を使う気でいる”程度の事しか判っていない。対話や交渉を試みようにも、『グリゴリ』の事情を把握しているというだけで一方的に機関側に決め付けられ敵認定される有様、取り付く島もない。武力で排除しようにも実力差は歴然、分が悪いなんてものじゃない。

 改めて状況を整理してもやはり詰んでるとしか言えないが、どうにかしなければならない。

 

(絶対条件はグリゴリ02号への対処。対処の程度は最高は排除で最低でも相応の足止めは必須。目的は不明、対話はほぼ不可能。相手が相手だし状況が状況だ、一般人共の無事は二の次でトータスの連中の被害は完全に度外視、ただし僕の首が締まらない程度に落とし込む必要は有り。

これらを踏まえて、使えそうなのは………)

 

 手持ちの情報を洗い直し、前提となる条件を踏まえ、方策と指針を検討し、手段と実現性を熟考する。

 

(………選択の余地はない、か)

 

 長考の末に出したプランは、もし仮に成功したとしても自分の身が危ぶまれる公算が大きいが、まだ比較的に実現性がある。

 他にも幾つかプランは練ったが、どう見積ってもそれらは博打以下のほぼ自殺行為でしかない。ただでさえ一歩間違えばどころか、一歩も間違えなくとも死にかねないのだ。そんな真似をしようとは思わない。

 

(何より、"回帰者(リグレス)"の発動前提なんてのは論外だ)

 

 これまで数え切れない程に"回帰者(リグレス)"は発動したが、その詳細など未だに張本人の自分ですら分かっていない。これまでが発動したからと言ってこれからもそうである保証はない、発動を前提にして一度でも不発になれば終わる、そんなもの何の保険にも当てにも出来はしない。

 ならば詳細を知る為に検証する、とはいかない。単純な制御を試みる段階はとうに過ぎた、故に"回帰者(リグレス)"の詳細検証が意味するのは自殺の繰り返しになる。

 しかし、これまでは半端な成功もしくはマシな失敗をしてる状態。だと言うのに、もし検証の過程で完璧な成功をする前に完全な失敗をしてしまえばそれで終わり、当然ながら次は無い。“それでも”と実行するようなのは狂人の部類だ、自分はそこまでイカレてる積りは無い。

 

(今は僕の欠陥能力なんぞに思考を割いてる場合じゃねぇ………問題はプランをどうゆう手順で進めるべきか、だ)

 

 少し逸れた思考を戻す。

 大筋は決まった。細部はある程度は臨機応変でいい。が、手順はもう少し詰めておくべきだ。最終的には出たとこ勝負になるとしても、事前に上げられる可能性は僅かでも上げなければ博打にすらならない。

 

 更に思考を重ねる事、暫し。

 

「…………手駒を増やす前に手札を増やすか」

 

 そう呟いて思考を締め括り、大迷宮の奥へと歩を進めた。

 

 

 

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