狐のお話を聞いたことはありませんか。
例えば狸と狐の化かし合いだの、尾が九つに分かれた美しい狐が美女に化けて国を傾けただの。
そうそう、狐の嫁入りや狐の窓なども有名なお話ですか。
日本霊異記という書物には、広野で男が一人の美女に出会い結ばれるものの、正体は狐だったなんてお話もありますね。
その中の有名な話の一つですよ。
長い年月をかけて妖力を増やし、尾の数を増やす。
つまり彼らの強さは「尾の数」で測れるともいえるでしょうね。
……けれど、それよりももっと上もいるのですよ。
所謂神獣。つまり、神の遣いとされる獣としての彼らはまた異次元です。
彼女は天狐を名乗りました。
天狐はほとんど神のような存在。千里の先を見通すとされている狐です。
本来であれば、私たちの前には早々現れない存在でしょう。
けれど彼女は「自分の命の恩人のため」と言って私たちの前に立っている。
──日ノ本の国の神、天照大御神様の恩恵を受けて。
「修行です。私はもともと白狐として生まれた子狐でしたので。ありましたでしょう、カナヲ様の生家の近くに小さな神社が」
柱合会議から帰って来たカナエとしのぶは、きっと自分たちが聞いても答えてくれないだろうからとカナヲを呼び立て、申し訳なさそうにしながらも「どのような経緯でそのような力を得たのか」を淡雪へと問うていた。
たとえ姉たちに言わされていたとしても、淡雪にとっては些末事。
もとより自分の主人たるカナヲに自身のことを話さない選択肢などなかったので、意気揚々と口にする。
「神の遣いになれるかなれないかは、その獣の生によって決まります。生き延びられるかどうか、知恵を付けられるかどうか、力を己のものとできるかどうか……私はその最中で人間の罠によって捕まり、毛皮を売られ肉を食われるかというところであなた様に助けられた」
「……」
「それから私は、神に仕える獣としてではなく、あなたに恩を返すためだけに修行をしたのです。神に食らいつき、千度も死んだ。人の化け方を三日で覚え、あとはひたすら神の国で研鑽を積んで、神と契約を結んで、ようやくあなた様の御力になれると思ってここに来たのですよ」
それは淡雪だけが知っている忘れられない光景だ。
自分を逃がした恩人が、自分を助けたせいで殺されそうになっていたあの光景を。
神の国の泉に映った、大切な糸をぷつりと切らしてしまった少女をじっと見ていた。
矮小な自分が腹立たしい。今すぐに駆けつけて、恩人をそんな目に遭わせた男も女も喉笛を嚙みちぎってやりたかった。
無論、力を得た今そんなことをすれば、淡雪には文字通りの神罰が下る。
それを知っているから殺しはしないが、はてさて今頃あのぼろ屋はどうなっているのだろうか。
くふ、と笑いをこぼせばカナヲが不思議そうに首を傾げるので、なんでもありませんよぅとにこにこと返した。
「淡雪さんがどれだけ規格外かわかりましたね……」
「まあ、いいんじゃない? カナヲが危ないときは問答無用で助けてくれるみたいだし」
「ふふん、任せるがいいですよ」
しかし、古来より狐は嘘つきと相場は決まっている。
のらりくらりと煙を巻くようにして嘯くものだと。
「カナヲ様はまだ、十六ですからねぇ」
十六はまだ幼すぎる。
まだ御恩も返し切れていないだろうし、うん。やっぱり二十……二十がいい。
人間は四十を超えて数年ほどで死に至ることが多いという。
ほぼ神に等しい、あるいは神の眷属である私の"嫁"にカナヲ様を迎えれば、彼女は私と共にずっと生きてくれるだろう。
私の命を救った人。
殺されるかもしれないのに、人でもなんでもない子ぎつねの命を救った尊い人。
「──狐と人間が結ばれるお話なんて掃いて捨てるほどあるのに、気づかないほうが悪いですよね」
美しく育った。
まだ心の声が小さいだろうが、確実にあの日よりもやさしさに包まれて嫋やかになった。
あとほんの少し、ほんの少しだけ待とう。
きっと彼女が気づいたとき、もうとっくに私の胎の中であることを祈って。
淡雪(きつね)
天照大御神に話をこぎ着け、僅かな歳月で神格化を果たしそうになっているやべー狐。
もともと白狐になるように期待されて生まれているのでまあ問題はない。
カナヲがまだ心の中にしっかりと己があった時に、自分を顧みずに獣を助けた姿をみたことで惚れ込んでいる。
表向きは「恩返し」
本当は自分を助けた尊い人を「嫁にするため」にやってきた。
「男にも女にも変化できます! はい! でも雄のように下半身で動く生き物ではないので、私はどちらかというと女の姿の方が安定するんですよね。鈴鹿御前様も天照大御神様も女性神だったし」
どこかのタイミングでうっかりカナヲを嫁にしにきたことがバレて胡蝶姉妹とバチバチしてほしい。
カナヲはちょっとドキドキしてほしい。
炭治郎とどっち選ぶんやろか…炭治郎やろか…淡雪さんかわいそう…。