地獄の中でそれでも生きろ   作:夕藤

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【百合】明日に咲く藤の花(全年齢)

▼その花は吞み込んだ。

 

「好きです」

 

 たった四文字の言葉はやけにするりと告げられる。

 言った当の本人は薄らと頬を赤らめて、けれどその淡い紅藤色の瞳はまっすぐに目の前の人を射抜いていた。

 

「……まあ」

 

 気の抜けた、驚いたというような声。

 声の主が体を動かしたことでさらりと肩口から黒髪がこぼれ、それにつられるように片耳につけていた藤の耳飾りが小さな音をたてる。

 

「付き合ってください」

 

 美しい紅のさされた唇が祈るように言葉を紡ぐ。

 それを聞いて、言われた側の影はぴくりと揺れて、それから納得してこくりと頷いた。

 

「私も好きですよ、カナエさん」

「っ! 本当っ?」

「はい、もちろん。それで、どこへお付き合いしましょうか」

「……ん、ぇ?」

「? お買い物ですよね。荷物持ち」

「……………………」

「? カナエさん?」

 

 はくはくと、カナエと呼ばれたその女は言いたいことも言えぬほどにいろんな感情に揺れて、けれどもその感情をうんと、それはもう山を越えて海を飲み干す勢いで呑み込んだ。

 

「…………えい」

「いた。カナエさん、痛いしくすぐったいですよ。わ、つんつんしないでください」

 

 ずるい。にぶい。私がどんな思いでこの言葉を口にしたのか、この人はわかっていないんだ。

 ああ、もう、なんでこんな……こんな人なのに、

 

「……好きよ」

「ふふ、ありがとうございますカナエさん」

 

 ああ、やっぱり伝わらない。

 

 

 

 

 

 

▼その蝶は捕まえたい。

 

「ずっとここに居る気はありませんか?」

 

 にこり。

 きっと誰しもがうっとりするような笑顔で、綺麗だと思われるような笑顔で、鬼殺隊の蟲柱を賜っている胡蝶しのぶは、もう何度目かになる問いかけを目の前でボタンを留める人物へ投げかけた。

 

「……お気持ちは嬉しいですけど、薬の仕入れとかがありますから」

「……」

「……あの?」

「ふふ。残念です。でもいつでも帰ってきて良いんですからね? 私も、姉さんもカナヲもみんな喜びますから」

「そういってもらえるとありがたいんですが……蝶屋敷は鬼殺の隊士の大事な場所で、」

「いつでも! 帰ってきてください!」

「……はい」

 

 蟲柱に気圧され辛うじてこくりと頷いて、そんな姿を見て蟲柱は微笑む。

 

「ここに、ずっと居ても良いんですよ? 不便はさせませんし」

「……わぁ、いい顔。でも駄目ですよ? 私を飼い殺す気ですか?」

「……まさか!」

 

 にこり、にこにこ。

 

「私、あなたのこと好きですから」

 

 笑って伝える蟲柱の胸中は浮かべている笑顔とは裏腹だ。

 もしこの場に鼻や耳が良くて感情を察せられるような人物がいたのならぎょっと目を見開いて「失礼します!」と裸足で逃げ出すくらいには穏やかではない。

 けれどこの場にそんな者はいないのだ。

 

「しのぶは今日も可愛いですね。私もしのぶのこと好きですよ」

「……、……っ、」

 

 代わりに蟲柱の心をかき乱す、たった一人の人がそこにいる。

 

 

 

 

 

 

 

▼その心は揺らいでいる。

 

「カナヲ、今日の修行はそこまでですよ。しのぶとカナエさんに頼まれて迎えに来ました」

 

 ヒュゥゥ、という独特の呼吸音がぴたりと止まり、常中と呼ばれる独特の呼吸音に切り替わる。

 木刀を下ろし振り返れば、そこには手拭いを持ったあの人がすぐ近くまで来てくれて、ふわりと柔らかな手拭いで私の顔を挟んだ。

 

「お疲れ様です。少し見ていましたけど、カナヲの型は綺麗ですね。二人の姉さんも魅せる技だし、三人ともいつも笑顔でいてくれるから、きっと鬼に襲われた人も安心する」

 

 力強い技だけなら、誰にでもできますから。私にはそういうのできないし、カナヲはすごいね。

 そう言ってくれる人はこの人しかいない。その言葉に何人の力が足りないと言われた隊士が報われたことだろう。

 

 汗をぬぐってくれる優しい手。姉のほかにはあなたしかいない、と伝えてもいいのだろうか。

 カナエ姉さんにもらった銅貨を投げようと懐に手を伸ばしかけて、でもふとそんなことを言って困らせてしまわないかと指先が止まる。

 

「カナヲ、帰りましょう」

 

 山を下りる。

 ずっと、繋がれた手が離せない。

 

 生まれてただ一度もわいてこなかった感情だった。

 守りたい、そばにいたい。その小さな体をめいっぱいぎゅうっと抱きしめて独り占めしたい。

 この人といると、そんな気持ちや考えがぐるぐる胃の腑のあたりを駆け巡る。

 こくり、つばを飲み込んで言葉を探しても、いつも出てくるのは報われない言葉ばかり。

 

「……すき、です」

 

 嫌われる以外なら、この人にたとえ殴られても蹴られてもいい。

 必死に出した言葉は思いのほか短くて、その上声まで情けない。

 じわりと汗がにじんで、この言葉のせいで嫌われたらどうしようと今更思う。

 

 でも、私の手を引いて歩いていた人はぱっと振り返って私を見て、

 

「ふふ、うれしい」

 

 それだけ言って、また手を強く握ってくれる。

 はふ、と常中じゃない息が漏れた。

 

 

▼蜜花はお腹を空かせている。

 

「見つけた、幽さん」

 

 桜の花の下でぽんやりと空を見上げていた顔布の少女の前に随分と大胆な装いの少女が現れる。

 顔布の少女はびくりと肩を震わせて、それから顔布を押さえて振り返る。

 

「かんろ……蜜璃さん」

「うふふ、久しぶり幽さん。ずっと探してたの」

「? 私を、ですか?」

「ええ。あのね、とっても有名な甘味処があるのよ。それからこの間任務で行った場所で買ったお土産を渡したくて、あと、それから、」

「お、落ち着いてください、蜜璃さん。えぇと、確かあちらにお茶屋さんがありましたから、そちらでゆっくりお話聞かせてください」

 

 はふはふと落ち着きなく話題の風呂敷を開いた蜜璃を窘めて、幽は遠目に見える茶屋を指さした。

 蜜璃はかぁっと顔を赤らめてこくこくと頷き幽と共に茶屋へと歩みを進めた。

 

「品書きの、ここからここまでを十品ずつ。できた順から運んでください」

「え? あ、はい! 毎度!」

 

 茶屋に入ってすぐに幽が流れるように注文を取り付ける。

 通常の量を遥かに超える注文に店の奥が慌ただしく動き始め、取り急ぎと言われ作り置かれていたであろう団子が机に並べられた。

 その一連の所作に蜜璃はぱちりと目を瞬かせて、いつもなら吸い込むように食べてしまうお団子を一つ一つゆっくりと口に運ぶ。

 

 話す内容は他愛のない話だ。

 甘味処にはあいすくりんがあるらしいだの、お土産に買ってきた櫛のお返しは何がいいか。二人きりで話すときは、着ている服の重みも刀の冷たさも忘れることが暗黙の了解のようなものになっていた。

 

 甘味を口に運び、話に花を咲かせて、

 

(……ああ、やっぱり)

 

 蜜璃はその中で、ふわりと思うのだ。

 胸がいっぱいになって、顔がじんわり熱を持つ。

 次へ次へと口に甘味を運んでいるのに、ずぅっとお腹が空くような感覚。

 

(……たべたいなぁ)

 

 服の隙間から除く白い首筋にかぷりと嚙みついたら、この空腹も満たされるのかしら。

 いや、きっとそんなことはないんだろうけれど、ほんの少しだけそう思えてしまうのだ。

 

「……やっぱり私、幽さんの事好きだわ」

「え、と。ありがとうございます、蜜璃さん」

 

 何度伝えても、あなたはこの言葉を受け取ってはくれないし、私の空腹は満たされないのだけど。

 

 

 

 

 

 

▼気づいてあげない酷い人

 

「好意を向けられているんですよね」

 

 そう思わず口から思いを吐露すれば、隣に座る人は「はぁ、まあ、そうでしょうね」と歯切れの悪い、けれど当たり障りのない答えを返してきた。

 

「……」

「応えて差し上げないんですか?」

「……何か、勘違いしていると思うので」

「ひどい人。それで生殺しですか」

「? なま……?」

「いえ、なんでも。それで、どのような方から?」

「……言わない」

「あら」

「だめ」

 

 三匹の蝶に、嫋やかな華に好かれた影は重たい溜息を吐いた。

 膝を抱え、外国から取り寄せた長椅子にもたれかかり、それからちょこんと小さなその顔を膝上に乗せて「ねぇ」と呼ぶ。

 

「応えてあげられないです。勘違いですよって伝えたら戻れるんでしょうか。私は、前みたいにお日様の下でお茶を飲めればそれでいいんですが……」

「顔布を外せない人がお茶ですか?」

「お店には行かないもの」

「殿方の家に上がってはいけませんと何度もお伝えしていますが?」

「ぅあ……」

 

 ……殿方じゃ、ないんですよぅ。

 

 お説教する姿勢に入ってしまった隣人にそんなこと言えるわけもない。

 仕方ないなと目を隠す顔布を挙げて、目の前で説教をする彼女の目をのぞき込む。

 

「は、」

「珠世……さま? ゆるして?」

「なんッ……!!」

 

 顔布の下、そこには異国の血の混じった恐ろしく暴力的な「美」の顔がある。

 何年も見ることの叶わない、青空の瞳が自分だけを映していて、こてんと首をかしげる姿に、とっくに捨て去ったはずの感情がふつりと湧き上がるのを感じる。

 

「っ……食べ、ますよ」

「珠世さまは、人間のこと食べないでしょ」

 

 酷く狼狽える珠世を見てくつくつと"少女"は笑う。

 

「……ひどいひと」

 

 

 

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