地獄の中でそれでも生きろ   作:夕藤

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明日に咲く藤の花(1)

「……これは一体何事ですか」

 

 見慣れた鬼殺隊の総本山。産屋敷亭の美しい庭に落ちた赤い雫。

 膝をついて屋敷の中を見ている柱たちの目線を追えば、そこには鬼殺隊のお館様──ではなく、日差しから逃れるようにしている少女が一人、柱の血濡れの腕からそっぽを向いているのを目にした影は、その透き通る声を発した。

 

 それに気づいた柱ははっとなって、そしてその声を聴いた産屋敷輝哉はにこりと微笑んでその影へと向かい直る。

 

「やあ、幽。元気だったかな?」

「……輝哉、これは?」

「鬼の禰豆子と、その兄の隊士炭治郎だよ。今しがた、この禰豆子が鬼を襲わないという証明がなされたところだ」

 

 輝哉、と名で呼んだ少女に炭治郎がかぱりと口を開いて目を丸くした。

 お館様と呼ばない? なんで、どうしてだろう。

 けれどその疑問に答えられるものは今はいない。幽と呼ばれた彼女は隠の人とはまた真逆の顔布をつけていて、目元の一切が伺えない。右へ左へ、わずかに顔が揺れて、それからじっと自分と禰豆子が見つめられている気がして、すんと鼻をすすった。

 

(……呆れ、と、怒り? 悲しみ、慈しみ……なんだろう、複雑なにおいが、)

「…………そのようですね、輝哉。皆さんの反応は後で鎹烏にでも聞くとしましょう」

 

 びくり、と肩を震わせたのはどの柱だったか。

 

「証明が為されたのであれば、今から会議ですね。では、えー……たんじろくん?と、ねずこ?ちゃんは下がってもらいましょうか」

 

 すたすたと靴を脱いで屋敷の中へ入り、一切の恐れもなく禰豆子へ触れる彼女に誰しもが驚いた。

 

「あなた、ここに入っていたんですか? 狭くないですか?」

「むぅ……」

「おやおや、小さく……ぅん? この刺し傷は何です?」

「そ、それは、その方が禰豆子を刺したんです。三回」

 

 小さくなった鬼子を抱えた際に、ふと血に染まった着物を見て思わず問えば、炭治郎は素直に先ほどまで理性を飛ばしているのかとも思えた風柱を指さした。

 

「ばッ! てめッ、」

「……不死川」

 

 ぴきり。

 顔布の向こうから、怒りのにおい。

 にこりと笑みを浮かべていることだけが判別できる桜色の唇からは、底冷えするほど冷たい声が飛び出してくる。

 

「……柱合会議の議題を追加します。君、彼が悪いことをしました。私が謝罪しましょう」

「い、え……いや! その人に頭突きさせてください、禰豆子を刺した分だけ!」

「お気持ちはわかりますが、彼もまた柱。君の頭突きのせいで任務に支障が出てもいけませんから、懲戒処分を下します。他に誰か君たちにひどいことをした人はいませんか? 例えば……縄で縛って肘を落としたとか、鬼だ! 即刻首を斬れ! とのたまったとか」

「「「ッ……!」」」

「あ、あの、幽さま、」

「……時間もありますから、あとで特徴だけでも教えてくださいね。この子たち、特徴だけは大人顔負けなので」

「は、はい……」

 

 炭治郎の後ろでは大きな背が震えていた。

 涼しい顔をしているのは、彼の言葉に耳を傾けていた胡蝶しのぶ、お館様の意見を待った方がいいと助言していた甘露寺蜜璃、そしていまだにぼんやりと雲を眺めている時透無一郎だけだった。

 

「さて、この子たちの行先は?」

「でしたら竈門君は私の屋敷でお預かりしましょう」

 

 ぱんぱん、としのぶが手を叩けば控えていた隠の二名が慌てて飛んでくる。

 それを見て幽は苦笑いをしながら禰豆子を木箱へ入れようとして、

 

「むぅ……?」

「ん? おや、私の耳飾りが気になるんですか?」

「むー」

「これは藤の耳飾りなんですよ。鬼のあなたが触れられない花ですが、飾りであれば見るも触れるも良いでしょう」

 

 しゃらり、と揺れる耳飾りが気に入ったのか、竹を噛み言葉が喋れない禰豆子はにこにこと愛らしい笑顔を浮かべ、幽から離れようとしない。

 隠の女性があわあわと困っているのを見て、幽は少し迷ってから自分の耳から耳飾りを外して禰豆子へと渡した。

 

「ゆ、ゆうさまっ」

「幽さん!」

「ふふ、いいんですよ。あとでしのぶの屋敷に取りに行きますから、それまでこれは大事に持っていてくださいね。痛い思いをして、それでも頑張ってくれたのですから、これくらいのご褒美がないとわりに合わないでしょう」

 

 両手にそろりと美しい飾りの藤の耳飾りが置かれ、禰豆子はそれを熱心に見た。

 ガラス細工でできたそれが、遠くに見える日の光をかざすともっと透明で綺麗に見えて、

 

「さ、おはいりなさい」

 

 その優しい声音に、今度はすぐに従った。

 

「おや穴が。これでは隙間から日の光が入ってしまいますね……うん、私の上着もお貸ししましょう。これをかぶせて運んであげてください」

「は、はいっ」

 

 扉を閉められて、禰豆子はすんとにおいをかいだ。

 いつもの木箱のにおい。

 そこに、本当なら隙間から香る炭とお日様の優しいにおいがするはずだけど、今日は違う。

 ずっとかいでいたくなるような、甘く優しい香りに、手のひらに収まった硝子の藤。それを優しく抱いて、禰豆子はほぅと木箱の中で目を閉じた。

 

「……さて、」

 

 その場に残されたのは、柱の九名と産屋敷、その娘が二人と、

 

「でははじめましょうか、柱合会議」

 

 にこり、不穏な空気を纏わせた「鬼殺隊外部顧問」その人だけである。

 

 

 

 

「……こういった環境にいる方々なので頭の螺子が全部閉まっているとも思っていませんが、さすがに先ほどの会話はあまりに突飛でしたね。しのぶ、蜜璃さんの対応はとても良いと思います。オヤカタサマの意見を待つ姿勢は鬼殺隊という組織の上に立つ者として素晴らしいですね。時透くん、あなたは……結果論になってしまいますが、静観していたので良いでしょう。煉獄、宇随、あなた方お二人は少々行動的すぎますね。行冥、あなたは最年長なんだから言葉を選んだ方が良いでしょう。伊黒、不死川は減点。冨岡、言葉足らずも問題ですね。あなたは考えをもっと口に出すことを意識してください。そのままだと意思疎通が鬼以下になりそうです」

 

 矢継ぎ早にガンガンと痛いところを突かれた面々はぐっと呻き声を漏らし、逆に褒められた女性陣はふふんと胸を張っていた。一名はどこ吹く風だったが。

 

「輝哉、あなたは…………言うことが多すぎますがね、まあ、もういいです」

「おや、残念」

「冷やかしはいいです。けれど、改めてあなた方『柱』の在り方を見直すべきではありますね」

「どういうことだァ?」

「あなた方、竈門兄妹の話を聞いても『首を斬る』しか言えなかったのなら、本当に相当なところまで来ているんですよ」

 

 鬼殺隊ならよくあることだ。

 母が、父が、兄が、姉が、妹が、弟が、最愛の人が、娘が、息子が、理不尽な死に晒されたから鬼殺隊にいる者が多い。

 当然、最愛の人が死だけでなく鬼と化した者もいる。そんなことをもう二度と起こさないためにと刀を振るううちに壊れてしまったのだ。

 

 鬼が人だということを思い出したくないのだろう。

 自分が斬っているものが、人間であることを忘れてはならないというのに。

 

「……殺すばかりではなく、色々と情報を手に入れたりすることも重要ということですよ」

 

 けれどそれを、幽は言ってやらない。

 そんなことを言えばここにいる柱の何人が折れてしまうのか見当もつかないからだ。

 そして何より、

 

『……言わないでやってください。この子は、きっと考えてしまうでしょうから』

『しのぶも駄目だなぁ、この子根が優しいから』

『兄ちゃんはどうだろなぁ、考えても優しいから、自分のこと傷つけても斬っちまいそうだ』

『先生も、優しいから』

『…………ふん、こいつは駄目だ』

 

 今日も彼らがうるさいから、私は言ってやらないのだ。

 




少しだけ続けたいお話。
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