地獄の中でそれでも生きろ   作:夕藤

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明日に咲く藤の花(2)

 数年前、鬼殺隊はある人物との接触を図っていた。

 それは突如として現れて「鬼殺隊に属さない鬼を殺す」らしい。詰襟を着てもいなければ、顔を一枚の布で隠しているらしいし、背中には「滅」の字もないその人は何のために鬼を狩っているのだろうか。

 大切な人を奪われたから、というのが一番考えやすい理由ではある。

 何にせよ、一人鬼殺隊の防具も日輪刀も持たずして鬼を殺しまわっているのであれば、鬼殺隊に入れて一戦力として数えたいというのが本音だ。鬼殺隊は万年人不足なのだから。

 その人にとっても、鬼を殺しやすくなり様々な援助を受けられるようになるというのは、決して悪い条件ではないだろうと高をくくって。

 

「お断りします」

 

 その言葉を聞くまでは。

 

「……えっと、」

 

 彼女にはじめて会ったのは丁の隊士だった。

 特殊な血気術を使う鬼から救われた隊士が、傷口を押さえながら一緒に来てほしいと言った回答が拒絶の言葉。

 

「あの、私たちの当主が会いたがっていて、」

「お断りします」

 

「あなたを連れてきてほしいと言われている」

「お断りします」

 

「後生だ、俺について来てくれないか」

「お断りします」

 

「あなたを捕えて連れて行けば報酬が貰えるかもしれないんだ!」

「お断りします」

 

 階級は上から下まで様々な者が様々なアプローチを仕掛けた。

 しかしその人は決して首を縦に振らなかった。

 捕まえようとすればひらりするりとその手を避けていく。

 

「もう諦めた方がいいよ……あの人、俺たち助けてくれるんだし。俺たちじゃ無理」

 

 捕まえることを諦めた者もいた。

 一人やめれば二人やめ、二人やめれば三人がやめ。

 そうして追いかける者は「柱」の座を持つ者だけになっていた。

 

 

 

「あ、幽さ~ん!」

「……」

 

 ぱっと明るい笑顔を浮かべて距離を詰めてくる影一つ。

 それを見た幽と呼ばれた人は溜息を吐きながら、倒れた隊士の刀をぽいと投げ返した。

 足元にははらりと灰のように散っていく鬼の名残が見える。

 

「今日も助けてくれたのね、ありがとう」

「……来るのが遅いんですよ、あなたたちは」

「前にも言ったじゃない。うちは万年人手不足だって。だから誘ってるのよ? あなたが鬼殺隊にいてくれたらとっても心強いもの」

 

 にこりと微笑むのは柱の一人。

 長い髪に特徴的な蝶の髪飾りがきらりと輝くその人は胡蝶カナエ、と名乗った。

 

 鬼殺隊と名乗る人間に遭うたびに逃げ回っていたが、とりわけ「柱」と呼ばれる者から逃げるのはいつもギリギリだった。

 その中でも特に遭遇率が高かったのがカナエである。その妹とも何度か会いもしたが、彼女たちは追いかけることを途中からやめて「話をしませんか」と持ち掛けてきたのである。

 無論何度か断りもしたが、あんまりにもしつこい上に

 

「お名前はなんていうんですか? 答えてくれないんですか? じゃあ名無しさんって呼びますね。名無しさん、今日はどこでお休みになるんですか?」

 

 などと言われる始末だったから、仕方なく幽は呼び名を告げて彼女たちと僅かながらに対話するようになっていた。

 

「そこの、骨が折れてるので気を付けてくださいね」

「もう少しで隠が来ると思うから大丈夫。ここでできることはそんなにないし、屋敷へ運べば薬も道具も、しのぶもいるもの」

「……それであなたは、また私に?」

「ええ!」

 

 出会うたびに何度でも。あなたが私とお友達となってくれるまで。

 そう言って何度も何度も根気強く話して、怪我をした時や物資が足りなくなった時に互いに押し付け合って、

 

「……カナエが一緒に居てくれるなら、行ってもいいですよ」

 

 そうして幽は絆された。

 

 

 

 

「はじめまして。まずは、こうして話せることを嬉しく思うよ」

 

 その男の声音は心をひどく安らかにさせる。不思議と高揚感が溢れて心服しそうになるだろう。

 

「……はじめまして、鬼殺隊当主。私はあなたが苦手です」

 

 ──彼女はそれを受け入れはしなかったが。

 

 出会い頭での拒絶は初めてのことではないのかもしれない。

 カナエは約束通り隣でハラハラとした表情で幽と鬼殺隊当主──産屋敷耀哉を交互に見た。

 

「あなたのことを随分と追いかけさせてもらったから、かな」

「妙な烏を飛ばしてきたことも、隊士をけしかけてきたことも面倒ごとですから」

「確かに。では、早速だが本題に入ろう」

 

 この時、幽はどうせいつものことを問われるのだろうと思っていた。

 鬼殺隊に入ってくれないか、などと言われれば即刻この場を立ち去るつもりだった。お断りしますといつものように告げて、カナエには後で茶の一つでも土産に渡せばいいだろうと。

 

 けれど、この男は違った。

 

「──あなたの鬼の情報源は何か」

 

 食えない。

 この男は、こちらを食おうとしている。

 

 それが、幽の抱いた産屋敷耀哉に対する印象そのものだった。

 得体の知れない、鬼を滅殺するためならば手段を厭わぬ、恩讐の渦巻いた蛇。

 油断をしてしまえば……いや、この男の認識下に入ったその時から、私がどのような答えを出すかも関係なしに『組み込まれている』のか。

 

「……、」

「どうしたのかな?」

「……情報源の話でしたね。あなた方が鎹烏とやらを使うように、確かに私にも独自の情報源があります。けれど、それをあなた方に開示するとでも?」

「教えてもらえればそれだけ鬼を倒す時間が早くなる。それはあなたにとって悪い話じゃないはずだ」

「私は私以上に早く動ける人間を知らない。利益がありません」

「君は随分と組織というものに入ることを拒んでいるようだけれど、誰かの指示を聞きたくない、誰かと共に行動することが難しい、連携を図ることが難しいというのであれば、鬼殺隊を監督する者の立場から意見を言ってくれるだけでも構わないんだ。無論、衣食住に関わることや設備、必要なものもすべてこちら側で負担しよう。君はいつも私たちから刀を借りているようだし、自分の刀があった方が便利だろう?」

 

 カナエに絆されたから来ただけだった。

 いつものように断り切れると過信して蛇の胎の中に入った私の負けともいえるだろう。

 

 彼の出してきた条件は非常に「私にとって都合のいいもの」だ。

 代わりに私が「鬼の情報」を引き渡す。鎹烏に頼らない情報の有用性を、彼自身が一番に理解している。柱と呼ばれるカナエたちと同等の身体能力を持っている者が一人でも多くいればそれだけ戦況が傾くことも理解しているのだ。

 

「……産屋敷輝哉」

「なんだい?」

「これ以上互いに腹を探り合っても無意味でしょう。あなたは私が思っていた以上に……いえ、失礼」

「ははは、君にそういわれるだなんて光栄だよ。でも、そうだね。これ以上腹を探り合う必要はない。君からの条件を聞こう」

「ええ。私からの条件は──今からする問いかけに嘘偽りなく、神前に誓って答えること。いかがです?」

「……神前に?」

「ええ。何かご不満でも?」

「……いいや、ないよ。神前、ということであれば私の妻も呼ぼう」

「妻ですか」

「ああ。神職の出なんだ」

 

 淡々と進む会話に隣のカナエがそうっと私に手を伸ばしてきた。

 するりと私の髪に触れて、顔布に僅かに振れるかどうかのところで、私の頬に手を添えた。

 

「……大丈夫?」

 

 絞りだしたであろう言葉だった。

 自分でもどうしてこの言葉が出てきたのかわからないだろうカナエは、小さく「えっと、あの……」と言葉を付け足そうとしているみたいだけれど、でも十分。

 添えられた手に触れて、小さく「ありがと」と言えば、カナエは頬を薄っすらと染めて手を引いた。

 

「? カナエ?」

「ぁ……い、いや、その、なんでもないのっ。えっと、私、外に出た方がいいかしら!?」

「……どちらでも。でも私は、カナエにいてほしいかな」

 

 こんな腹黒男の目の前で仲間が一人もいないというのも心細い。

 そう思って言えば、カナエは小さくなって私の隣でしおらしくなった。

 

「失礼いたします」

「すまないね、こちらが妻のあまねだ」

 

 それから間を置かずに産屋敷は妻を連れてきた。

 家の奥にある神棚の前であまねさんが簡単に祝詞を上げて、そうして私は姿勢を正す。

 

「では、産屋敷輝哉。私の問いかけに噓偽り無く、神に誓って答えてもらいましょう」

「ああ」

「……あなたの盤面は今、幾通りあるのか」

「そうだな、百は常に考えているよ」

「……では、私が断っても断らずとも組み込まれている盤面はいくつあるのです?」

「それもまた、百通り」

 

 にこにことほほ笑みながらあっけからんと言って見せる彼の瞳には、いったい何が見えているのだろう。

 ぞくりと、身の毛もよだつほどの悪寒が走る。

 彼は、彼だけは駄目だ。その声で、その想いのために一体何人が死んだのだろう。

 

「……全員、後ろを向いて振り返らないでください」

 

 産屋敷がその言葉と共に背を向けたのを見て、妻のあまねもカナエも後ろを向いた。

 それを確認し、私は目を隠す顔布をほんの少しだけあげて彼らのことを「視る」

 

『……』

 

 背を向けた彼らを守る、私を睨みつける数多の目。

 彼らを守らんとしがみ付くたくさんの腕。

 

『この人たちの、何が分かる』

 

 耳にこびりつく、何かの声。

 

『この人たちが大切なんだ』

『この人たちが希望なんだ』

『この人たちに刃向かうものすべてに呪いがありますように』

『俺たちが守ったものなんだ』

『守れなかったものを救う手なんだ』

『俺たちを繋いでくれる人たちなんだ』

 

 許さない、怖い、苦しい、痛い、守れ、守れ、それでも!!

 

 泥のように彼らを渦巻く醜く尊い恩讐が『私だけには視えている』

 私だけがその声を聴いて、神の前で殺しの誓いを立てるそれらを視ている。

 

「……はは、」

 

 なんて恐ろしいんだろう。

 なんてものを作っているのだろう。鬼の長は、こんなものを相手取るのか。

 それは……、

 

「……もういいですよ」

 

 顔布を元に戻して後ろを向いていた彼らを呼び戻す。

 拭えない数多の視線を振り払い、私は溜息を吐いた。

 

「紙と筆を。あなたが提示していた鬼殺隊とやらの監査役……外部顧問とかでもいいです。それでなら、お受けしましょう」

「! 本当かい?」

「ええ。今から念書を。そこに書かないものについては今後話し合いをして決めましょう」

 

 そういえば増えていた視線はふっと消え、代わりに産屋敷輝哉がにこりと穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、幽」

 

 

 

 

『契約書』

鬼を滅殺するにあたり、鬼殺隊当主産屋敷輝哉(以下、乙)と幽(以下、甲)は下記の通りの契約を結び、これを遵守する。

契約書に書かれていない事象についてを決める際には必ず話し合いの場を設け、これを決めることとする。

 

一 乙は甲に対し、鬼殺隊「柱」と同等、あるいはそれ以上の立場を有する者として迎え入れる。

 

二 甲は鬼殺隊の隊士に対しての評価を行えることとする。

 

三 乙は甲に対し、備品や金銭の提供を一切惜しまない。

 

四 甲は乙に対し鬼に関する情報の共有を速やかに行う。

 

五 甲は乙からの命令への拒否権を有する。

 

(一部抜粋)





実は誕生日です。
おめでとう私。
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