藤の耳飾りは隊服や透過彫りの代わりにと渡された。
日輪刀は既に刀鍛冶の里長が打った一本を譲り受け、色変わりの刀は薄らと褐色のような、黄昏時の終わりを思わせるような色に染まった。
カナエに席を外してもらい、あまねと輝哉、そして幽だけが残ると、幽は刀を横に。耳飾りを布に包んで契約書と共に懐へと忍ばせた。
「では、私もこの契約書に基づいてあなた方に情報の出所をお話ししましょうか」
堅い結び目を解き、幽が顔布を外す。
それを見て輝哉は目を大きく見開き、あまねはほぅと息を吐いた。
そこにいたのは、年端も行かぬ少女だった。
カナエと年が近いだろう少女の目は美しい青空を思わせ、整ったかんばせがこちらを向いていた。
「……驚いた。外してくれるのかい」
「別に、顔を見せたくないから付けているわけではありませんから」
「と、言うと?」
「私の情報源は、この目ですから」
「……目、というと」
「……私の目には人ならざる者。死者や妖にはじまり、神と呼ばれるものまで、ありとあらゆるものを見通します」
そういう体質なのですよ、と少女は苦笑する。
「視て、聴いて、触れられる。鎹烏の持ってくる情報は人がいなくなった情報が主で、空振りも多いでしょう」
「……そうか、君がなぜ迷わずに鬼へ辿り着くのか、それは、」
「ええ。鬼に食われた『本人』から話を聞くのですから、情報は確実でしょう?」
不敵に笑う少女に、あまねと輝哉はぞくりと背筋を震わせた。
本来であればこのような荒唐無稽な話を信じることはない。けれど、その瞬間の彼女の「瞳」には、纏う雰囲気には、それを信じさせるほどの「何か」があった。
もとより血気術などと言う馬鹿げた力を持つ鬼や、千年を生き人間を害する鬼を倒そうという者たちだ。突飛な話なら今まで倒してきた、出会って来た鬼で散々見てきたのだから。
「……君の情報の範囲は?」
「……私がある程度自分で聞きたいところもあるので、あまり広くはありませんが……あなたがいれば範囲は十二分に伸ばせると思いますよ」
「? わたしが?」
「ええ。あなた、随分と慕われているようですから。その後ろの方たちに手伝っていただければ、蜘蛛の巣のように張り巡らせることができるでしょう」
「……なるほど、そうか……そうか……」
輝哉は幽の言葉を聞いて、そっと自分の肩に手をまわした。
「……いてくれるんだね、こんな私のそばに」
「ええ」
「……みんな、死してなおこんなことを願うのもどうかとは思うが、お願いだ」
ともすれば独り言のようなそれを受けて、幽はぱちりとその目を輝哉の後ろへと向ける。
ゆらりとゆらめく影が、朧のようだったそれらが確かにごうっと燃えるように揺らめいて、それから幽の下へと集う。
『お館様の命とあらば御意に』
深々と輝哉へ頭を下げ、そうして彼らは幽の背後へとつく。
不利益なことをすれば末代まで祟られかねないが、幽にとってはそれは「些末事」だ。
「では、私はこれから網を張り巡らせます。情報は……」
「ああ、鎹烏を使っておくれ。何羽必要かな」
「ふむ……では、まずは五羽ほど」
「わかった」
交渉が済めば、幽はまた顔布をきつく結ぶ。
動いてもずれのないようにし、そこでふとあまねからの視線に気づいた。
「なんです?」
「いえ、その……その布は見えないようにするためでしょうか? 不便ではありませんか?」
「……ああ、なるほど」
美しいかんばせに、見えないものまで見える瞳。
見えることで不利益を被ることでもあるのだろうか、だから布を付けているのか、という単純な疑問。
誰だって彼女の事情を聞けばそう思うだろう問いに、幽は笑って答える。
「見つからないために、隠しているのですよ」
「……なにに、でしょうか」
「なにって、そりゃあ……」
「かみさまに、ですかね」
▼
くすくす、くすくす
どこからか笑い声が聞こえる。
それは少女か、少年か、幼子か、老人か、どれとも取れず、どれともとれるようなそんな声で。
『見つからないために、なんて嘘』
『うそつきね、』
『いけない子』
「……うるさいですね」
『嘘をついてはいけないと教えたはずでしょう?』
「ええ。だから嘘はついていないでしょう? 隠しただけですよ」
子を窘めるような声で言われれば、幽は詭弁かもしれないけどと心の中で付け加えながらそういった。
ぐるりと彼女を覆うような影は、その言葉を聞いて少しだけ動きを止めて、それからいとおしそうにまた幽を撫でる。
『あら、』
『まあ確かに』
『私のかわいい子』
『私は嘘がきらいなの』
『隠し事も、本当はしてほしくないのだけれど、』
「……」
いとおしい、いとおしい、いとおしいから、ぜんぶほしい。
桜色の爪、桃色の頬、あでやかな唇、白く細い四肢、一等美しいその瞳も!
心を奪えればどんなに楽だろう。
すべてを曝け出して、おねがい、全部溶かしてあげる。全部袂へ置いてあげる。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずぅっと愛してあげる。
『幽……』
『ゆう、』
『あなた の なまえ は?』
「……だめです、神さま。教えられません」
大きな目が幽を見る。
じっと見つめて、見つめて、見つめて、いとおしくて、くるおしくて、いとおしくて、
『……ざんねん』
ぱしりと、泡が弾けるみたいに威圧感が消える。
そうして先ほどまでぐるりと締め付けていた幽を離して、影は──神は幽を抱きしめる。
「約束はまだ有効ですか、神さま」
『ええ。約束は絶対だもの、幽』
そう。約束、だものね。
「私が明日を守るまで」
『あなたが明日を守るまで』
私は、あなたの神でいてあげましょう。
幽(年齢不明)
見える子。
死者の霊から妖、神の類まですべてを見透かす目を持つ。
鬼を狩り続けている理由は「明日を守るため」で、詳しい理由はまだ不明。
とある神さまと約束をした愚かな人間。
約束の内容も不明。
神さまは「見える人間」である幽がいとおしくて仕方がなくて、食べて溶かして永遠に自分の傀儡にしたい。永遠に愛してあげたい。
が、実際神さまのものになると永遠に死ねなくなり、永遠を生き続ける存在となるため精神崩壊待ったなし、何度も神さまの寵愛を受けて死んでいきかえってまた死んでを繰り返す可能性もある。
神さまのものになったらバッドエンド。