のキメツ学園パロ
少女がスマホの画面とにらめっこをしながら、何度か道を間違えてようやく目的の場所へとたどり着く。
ほぅと息を吐いて、目的の場所──「キメツ学園」と書かれた正門を潜り抜け、受付で名前を告げてからスリッパを履いて教えられた職員室へと向かった。
悪いことを何もしていないのに、職員室に入るときは何だかどきどきする。
きゅっと胸の前で手を握り締めて、扉を軽くノックし「えい」と引き戸を開ければ、近場にいた教師たちが扉へと視線を向けた。
キメツ学園の制服ではない白地に濃紺の上品な仕立てのセーラー服に、誰かが「そういえば今度転校生が来るんだったな、」と思いだす。
そうしてその子の顔を見て──職員室が凍り付いた。
「失礼します。あの、私来週から転校することになった、」
「────ヨミ」
「え?」
ぽつり、誰かが呟いた。
「えと、はい。夜見です」
「ほ、ほんと、に……?」
「え? あ、はい。偽名じゃないです……」
ふらりと、蝶の髪飾りを付けた綺麗な女性が少女のもとへと近づいてくる。
夜見と名乗った少女は疑問符を浮かべながら、とりあえず第一印象は笑顔から、という両親の教えを思い出してにこりと微笑みを浮かべた。
「今日は教科書を受け取りに来ました!」
手続きで漏れとかあったら、一応ハンコとかもあります。
ガサゴソと中身の入っていない軽いリュックの中から筆箱を取り出せば、目の前の女性はほんの少しだけ驚いた顔をしてから、書類にハンコを押すようにと言って夜見の手を引いた。
▼
創設百年を迎えるキメツ学園は、その昔にまごうことなき鬼退治をしていた「鬼殺隊」の生まれ変わりが多く通う、ほんの少し変わった学園である。
理事長である産屋敷家が全国各地至る場所に情報網を張り巡らせ、前世の記憶を思い出した者や鬼殺隊と関りがあった者を主に探し出し大きなネットワークを作り上げている。
無論、鬼殺隊と全く関わりのない一般人も通ってはいるが、中高一貫の校舎の実に半数以上が前世を思い出している者たちであった。
そんな彼らは今、一つの危機に瀕している。
「……ヨミだったなァ」
「ああ……」
「そうね……」
職員室で頭を抱えていたのは、夜見と名乗った少女の応対をした胡蝶カナエと、それを胃を痛めながら見ていた不死川実弥と宇随天元である。
奥では鬼であった響凱が頭を抱えているのが見えた。
「……思い出してないんだろうな、あの様子だと」
「ええ。それだけが幸いなことね」
「あぁ……来週だったかァ、それまでには全員に連絡しておかないと厄介なことになるぞ」
ヨミは……夜見は生前鬼であったが、それは彼女にとって「しあわせな記憶」に他ならない。
鬼であったことや自分たちと出会ったこと、話したことは思い出してほしい気持ちもあるが、そんなリスクにしかなり得ないものは「絶対に思い出さないほうがいい」に決まっているのだ。
何せ、夜見は「人間」によって想像を絶する苦痛を味わった子だったのだから。
夜見が鬼になった際に手に入れた血気術で、彼女の体験を見せられた彼らは前世であの後何度か吐いた。それほどまでに惨い光景だったのだから、あんなものは「思い出さなくていい」に決まっている。
「絶対に、思い出させるな」
それだけが、キメツ学園の前世を持つ者たちに通達された事項であった。
▼
「は、はじめまして。転校してきた、夜見朝陽といいます。よろしくお願いします」
そんなありきたりな挨拶から始まった夜見朝陽のキメツ学園での高校生活は順風満帆と言って差し支えの無いほどだった。
「私、栗花落カナヲ。よろしくね、よみ……朝陽さん」
「う、うん。こちらこそよろしくね、カナヲちゃんって呼んでもいい?」
「カナヲでいいよ」
「! うん、カナヲ」
はじめての友達。
「夜見さん? カナヲがいつもお世話になってます。姉の胡蝶しのぶです」
「こ、こちらこそお世話になってます。胡蝶先輩」
「しのぶでいいですよ、姉もいますので」
「は、はあ……」
はじめての先輩。
「夜見さーん!」
「? あ、炭治郎くん。禰豆子ちゃんも。おはよう、朝早いんだね」
「おはようございます! 夜見さんも朝早いんですね。俺たちは家の手伝いがあるので……」
「そうなんだ。私は何だか目が覚めちゃって」
「そうなんですね! 一緒に行ってもいいですか?」
「うん、もちろん」
はじめての後輩。
前に通っていた学校ではあまり馴染めなかった朝陽は、今の状況がまるで夢のようで毎日朝早く起きて「夢じゃなかった」と浮足立つほどだった。
炭治郎と禰豆子の間に入れてもらい、ほわほわと登校できるのもまた嬉しく、炭治郎の話に耳を傾けながらうとうととしながらもパンを咥えて歩く禰豆子の腕を引いていたところで、
「──それで、ッ」
突然、朝陽は駆け出した。
朝の人通りの少ない通学路の向こうにはスピードの出た車と、飛び出した猫が僅かに炭治郎の視界に入る。
朝陽が驚くほどの身のこなしで車から猫をかばい、向こう側の歩道へと思い切り体を滑らせていた。
「夜見さんッ!!」
「むーッ!」
車が一度止まり、焦ったように逃げ去っていくのを歯が折れるんじゃないかと思うほどに食いしばりながらにらみつけ、すぐに夜見へと駆け寄った。
腕の中の猫は無事のようだが、朝陽の制服は汚れて腕の部分が破けてしまっている。コンクリートで擦りむいたのだろう、膝小僧やほかのこまごまとしたところからじんわりと血がにじんでいて、見ていてとても痛ましい。
「っぷはー! びっくりしたねぇ」
「だ、大丈夫ですか、いや大丈夫じゃないですね! 俺、おぶっていきます!」
「大丈夫大丈夫。猫のが心配だけど……っとと、大丈夫みたいだね。もう車道に飛び出すんじゃないぞ」
しかし、何故だろうか少女は平然とした表情を浮かべて猫を撫でてから離し、落ちていた鞄を拾い上げるとぽんぽんと土埃を払って歩き出す。
「ごめんね、いこっか」
「……いや、痛くないんですか?」
「うん」
「すごい、血でドロドロなんですけど」
「うん」
「むー……」
「うん? あ、そっか。言ってなかったっけ」
ティッシュやハンカチを差し出してくる心優しい兄妹を見て、朝陽はぽんと手を叩く。
そうか、そういえば言ってなかったな。ごめんごめんときわめて軽く、おどけた口調で。
「私、痛覚無いんだ」
あっけからんとそういって、竈門兄妹の頭を悩ませた。
名前が変わった四十三番ことヨミ
夜見朝陽
16歳
実はカナヲと同い年だった。
前世のことは1ミリも思い出せない。思い出さないでね。