「うるさいッ!! あんたら一体何時だと思ってんだい!!!」
夜も更けた街中で肺が痛む程の冷気の中、そんな声がキンッと響いて時間がぴたりと静止した。
鉄扇を振り上げた血を被ったような髪をした虹の瞳を持つ男。
その目の前には血濡れの刀を持った女がぽかんとした表情を浮かべて、それからはっとなって声を張り上げた。
「ッ! いけない、逃げてッ」
「逃げても何もないよッ! ちょいとあんたら、喧嘩するなら時間を考えてやりな!」
「喧嘩に見えるのかい? これが。可哀想に、頭が残念なんだね」
「なぁに言ってんだいこのバカ息子が! あんたら、とにかく他所様に迷惑になる前に中に入んなさい!!」
「…………ぅん?」
ズンズンと恐ることなく大股で距離を詰められ、血を被ったような男──童磨は、自分よりも小さい背丈の、けれど恰幅の良いその人に首根っこを掴まれた。
地面に転がるように伏せていた蝶のような羽織を着た女性──胡蝶カナエはひょいと横抱きにされて、目を白黒させて。
次の瞬間、童磨が無感情に振り下ろした鉄扇は「こんな危ないもの振り上げるんじゃないの!」と、その女性に取り上げられる。
「ちょ、えぇ? 君、本当に人間かい?」
「あたしゃカーチャンだよ! カーチャンなんだから人間に決まってるだろ!」
「……えぇぇ」
ガラガラバッタン。
女性──カーチャンの家の中に入れられて、真っ白でふわふわの手拭いとお湯で濡らした手拭いでカナエは血と泥を雑に拭われる。顔は丁寧に、その他は「いたい、いたいです」と思わず言ってしまうほど遠慮なしに拭われてしまった。
童磨は「えぇ、これどうするの……」と戸惑いながら、あんたしゃんとしなさい、女子供は殴るもんじゃないだろう! とカーチャンにどつかれて、頭をぐわしと掴まれてカナエに深々と謝罪した。
「アンタら、喧嘩する暇と元気があるなら手伝いな!」
「……いや、俺、人間を食う鬼だぜ?」
「あの、わたし、」
「演劇の練習をしている暇があるならさっさと着いてきな!」
「だから、」
「えっと、」
「なんだい! カーチャン難しいことはわからないからね! さっさと来な!!」
「「…………はい」」
童磨とカナエは不本意ながらも顔を見合わせる。
先ほどまで殺し合っていた相手ではあるが、今現状で話が通じるのはこの2人しかいなかった。
(この人間、おかしいぜ。俺の鉄扇の攻撃を容易に取り上げてるんだ)
(鬼殺隊の関係者でもないはずよ。鬼……でもない、わよねぇ)
(ちょっと、話つけてここから離脱できないもんかい?)
(さっきから話をしようとしても、)
「蝶のアンタは風呂に入って来な! 着替えは適当に掴んでいいから、その泥落としたらこっちに来るんだよ。図体のでかいアンタはこっち!」
(……これよ? 私、この手の方にお会いするのはじめてだから)
(……従うしかなさそうだよなぁ)
童磨は、実はここに来る手合いに血気術をいくらかと逃げ出そうとも試みていたが、この家に入ってからはどうにも血気術がうまく使えない。
足に力を入れて反対方向に進もうとしたり窓の外へ出ようとしても、カーチャンと名乗るこの女性が「こっちだよ!」と怒鳴りながら下履きの裾を踏んだり手を掴んだ。
鬼だぜ、俺。なのに痛いし抜け出せないんだ。怖い。
突き出されていた布は前掛けで、童磨は渋々とそれをつける。
渡された包丁で芋の皮を剥いて、指示させれるがままに吹子で火の番をした。
「そう、うまいじゃないのアンタ」
「火は強すぎず弱すぎず。本当に初めてかい? アンタ、筋がいいよ」
都度そう言われるたびにほんの少しくすぐったくて、厨のあちらこちらを移動して自分の面倒を見ながら何かを作る女の手から不思議と目が離せない。
「あ、あのぅ……」
「ん? ああ、ちゃんと汚れは落とせたみたいだね。あとで軟膏あげるからね。ほら、こっちにおいで。みんなでご飯食べるよ」
「「ご、ごはん」」
「この芋の皮を剥いたのと、この人参を刻んだのと、火の番は全部この子がやったんだ。アンタ、お礼を言いな」
「…………ありがとうございます」
「はは、どういたしまして」
バチバチと視線に火花が散ろうと、カーチャンは気にせずにお椀に作ったばかりの豚汁と握り飯、付け合わせの漬物と卵焼きを食卓に並べた。
ひんやりと冷やしたお茶と熱いお茶を丁寧に2個作って、好きな方を選びなと言われたから童磨は冷たいお茶を選び、カナエは熱いお茶を選んだ。
「いただきます」
童磨は正直期待をしていなかった。
鬼になって以来人間の食べ物に頓着したことはないし、食べたとしても味がしないどころか美味くないのだ。
けれど、早く食いなとせっつかれて、豚汁を一口含めば
「……味がする」
「何のために調味料を入れてると思ってるんだい!」
ふわりと、味噌の味が口の中で広がった。
「アンタら名前はなんてんだい」
「俺は童磨」
「胡蝶カナエと申します。えっと、あなたは」
「あたしゃカーチャンだよ」
「お、お名前は……」
「カーチャンはカーチャンだよ!」
そこから童磨とカナエは、この人に何も言えなくなった。
カーチャンは、カーチャンとしか名乗らない。家の表札から辛うじて「豊島」という名字はわかったが、他のことは何もわからない。
庭に植えられた立派な銀杏の樹に、暖かな家の中、じんわりと何かがほどけてまるで幼子に戻った気分になる。
食後のお茶を飲み終えたカナエは、後片付けをすると率先して動き、それを見送った童磨は窓の外を見てはたと腰を上げた。
「アンタはもう行くのかい!」
「うん、太陽が昇ってしまうからね」
「そうかい、これは豚汁と余った握り飯と入れてるからね」
「うん」
「こっちは隣の飯田さんからもらった茄子。揚げても良いし、焼いてもうまいから」
「うん」
「あとこっちは漬物」
「わかった」
「あんた図体だけはでかいんだから、ちゃんと食いな」
「……また来てもいいかい?」
「何言ってんだい、カーチャンがいる時ならいつでも来な!」
「うん!」
玄関の戸を閉めた童磨を見送った後、カーチャンは食器を洗っていたカナエを見て「はぁ」と溜息を吐く。
自分の古い着物を着せてはいるが、大の男と刃物沙汰の喧嘩をしていた(と思い込んでいる)
「カナエ、ちょっとこっちに来な」
「? はい」
水に塗れた手を拭いてからとてとてとやってくるカナエを空いていた部屋に通す。
布団と灯りのある部屋で、カナエの着ている着物をガッと開き、呆然としたままのカナエの背中や肌に薬を塗りこんで包帯を巻けば、そこでカナエははっとなって耳を赤くしながら「あ、アリガトウゴザイマス……」とお礼を言った。
「お礼を言える子はえらい子だね。女の子だからもっと早く手当をしてあげられれば良かったんだけど、あっちが先だったからね。風呂とお茶で寒いのも溶けたろう、今日は泊って行っていいから、ゆっくり休みなさい」
「あ、あの……かーちゃん様は、いったい何者なのですか?」
「アタシはカーチャンだよ。それ以上でもそれ以下でもないさ」
「……そう、ですか」
「ああ、うちに祀っている神さまの教えでね」
「神さまの?」
「うちは、鬼子母神様を祀っている家だからね! 女は皆、結婚して子供をこさえるとカーチャンになるのさ!」
豊島(年齢不明)
恰幅の良いカーチャン。ずんずんと畏れることもなく進んでいくその姿はさながら熊。
鬼子母神を信仰している家庭に生まれたただの人間。
トーチャンと結婚する前はかなりやんちゃだったけど、結婚して子供こさえたらめちゃくちゃ強くなった。
家自体が鬼子母神の加護を受けた特殊な土地なのでカーチャンが一番偉いし強くなる。この中では誰も刀を握れず、血気術を使えず、素手での殴り合いをしようものなら気絶するぐらい痛いカーチャンの拳骨が降ってくる。
カナエはこの家の加護によって肺の氷を溶かされ傷を癒すものの、胸元に大きな痣のようなものが残った。それを見てカーチャンはほんの少しだけ悲しそうな顔をしたけれど、「これも生きてる証さね。嫁の貰い手が無かったら、うちの息子と結婚するかい? 結婚しなくてもずっとうちにいていいよ! 今この家は、一人だと大きすぎるからね!」と豪快に言ってくれたので当人はあんまり気にしてない。むしろこの傷があたたかくてカーチャンみたいだから好き。
これを皮切りに鬼舞辻無惨をはじめとした鬼がこの家に来たりもするし、鬼殺隊も来る。鉢合わせないようにしてるけど、鉢合わせてもカーチャンがいる限りは殴れもしない。
カーチャンはカーチャンだけど、その子が呼んでいる自分の母の呼び名とは被らないようにさせる。
「カーチャンはあんたを生んでないけど、カーチャンはカーチャンだからね」
鬼殺隊と鬼は何かの雑技団か劇団員だと思っている。
最近の隈取りは凄い。粘土か何かでこういうのが作れるってカーチャンは知ってる。隣町の伊藤さんの娘さんがとても器量の良い娘で、こういった趣味が今都会で流行っているって聞いているので。
特技:春画の趣味嗜好を暴くことと隠し場所を当てることと、その子の黒歴史を想像で語ると大体当ててること
家族:
トーチャン(カーチャンが一目惚れして猛アタックして結婚にまで持ち込んだが昨年病で倒れて死亡)
長男 タケシ(結婚済み)「カーチャンに勝てる人類はいないから」
長女 ハナ (嫁ぎ済み)「五人目妊娠中。私もカーチャンになったけどカーチャンには負ける」
次男 タケル(出稼ぎ中)「結婚する気はない。カーチャン見てたらやる気失くした。カーチャン最近ぼけてっからさ、たまには帰んないとな」
三男 オサム(出稼ぎ中)「お嫁さん欲しい! 別嬪さんの器量よしがいいなぁ」
孫ズ 「おばーちゃんつよい!」