「カーチャンは昔どんなだったんだ?」
それは「子」であるなら誰もが一度はしたことがあるような、ありきたりな疑問だった。
旬の山菜にサクサクの衣のついた黄金色の天ぷらを頬張っていた面々はぴたりと箸を止め、その質問を放った猪頭に心の中で賛辞を送る。
鬼と鬼殺隊を認識せず、一人の子として扱う鬼子母神の如き女性──カーチャンは、猪頭の伊之助の言葉を聞いてきょとんとすると、ワッハッハと大きな口を開けて笑った。
「私の若い頃に興味があるのかい?」
「おう! どんなんだったんだ!」
「そうさね……それはもう、町一番の美人と評判で、ひっきりなしに求婚の文が届いていたさ! ま、全部断ったけどね!」
嘘つけ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
その場にいた鬼殺隊士は心の底からそう思った。思うばかりで口にはしなかった。
カーチャンの拳骨は痛いのだ。
「写真とか無いの?」
「うーん……どこやったかねぇ。今度、獪岳が来た時に押入れでも整理して探してみようかねぇ」
「兄貴のこと、そうやって使えるのカーチャンだけだよ……」
そんな風にけたけたと笑っていたあたたかな家の記憶を、いったい誰が覚えていただろう。
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「カナエ、今世では初めてね」
黒いセーラー服に身を包み、キメツ学園の編入手続きの書類を提出しに来た少女が口にしたのはそんな言葉だった。
自分の名前を呼び、にこりと微笑む彼女の記憶は自身に無い。
一度見れば忘れられないくらいに整った顔、美しい黒髪に射抜かれるような青藤色の瞳。
手元の資料に目を落として、
「……豊島、紫さん?」
「ぅん?」
ぽそりとその名前を呟けば、こてんと首をかしげてくる。
え、あの、えと、
「……わ、わたし、どこかで、」
「……ああ、今世でははじめましてよ? 前世、覚えてる? そこで会ってるよ」
「……豊島さんに?」
「ええ。銀杏の樹、覚えてない?」
カナエが椅子から落ちて、それを慌てて紫が抱きかかえた。
「相変わらずどこか抜けてるのね、カナエ」
「……か、え、かあ、さま……?」
「今世はまだ結婚してないわ」
『それはもう、町一番の美人と評判で、ひっきりなしに求婚の文が届いていたさ!』
あの言葉、嘘じゃなかったらしい。
その場にいた他の前世持ちの先生方は目が零れ落ちそうなほど見開いて、それを見てワハハと紫が大きく笑った。
「かあちゃん、美人だっただろう!」
──いや、詐欺だろうこれは!
思わず叫んだ宇随は、瞬きの間に紫に詰められて拳骨を落とされていた。
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「朝ごはんはしっかり食べてきなって言わなかった? はい、飴ちゃん上げるからお昼まで我慢しておきな」
「悪いことをしたら謝る。謝ったら明日のお弁当に好きなもの入れてあげるから」
「膝枕してあげるからあんたはここで寝る。男子は駄目だよ、私には婚約者がいるんだからね」
「悪いね、私前世からの旦那がいるのよ!」
前世の鬼も人間も見境なく、平等に接する姿はまごうことなき我らがカーチャンだった。
焼いてもらった卵焼きも、調理実習で作った豚汁も、どこからともなくたくさんの飴玉が出てくるのも、全く変わらない。
変わっているのは本人の言っていた通り「引くほどの美人」だということと、自分の生きている旦那を既に確保していることと、
「お嬢! お迎えに参りやした!」
「迎えは要らないって言ってるだろう! 帰んな!」
実家が極道だったことくらいだった。
そりゃあ気の強い女になるし、無敵のカーチャンになる。
一部の前世を持たない生徒は委縮しているが、彼女に一度でもお世話になった人は彼女を「カーチャン」としてしか見れないのであまり変わりはなかった。
「まだ私は結婚してないし、するのは成人してからだからね。それに今はほとんど年も変わらないんだ、私のことはカーチャンじゃなくて紫サンと呼びな!」
呼び方はみんな「ゆかりさん」で統一されたが、時々カーチャンと呼べば困ったように笑って頭を撫でてくれることをみんなが知っていた。
カーチャンはカーチャンなので、鬼舞辻もお館様も、カーチャンの前には無力なので、みんなもう全部バッサリ諦めた。
「紫さん、最近あの童磨がまたしつこくて」
「しのぶのこと、すごく執着しているみたいだからねぇ……今度拳骨しておくわ。今はまだ成長中のようなものだから、もう少し我慢してあげて。でも我慢のし過ぎも毒だしね、スタンガンとスプレーをあげるからね。カナヲとカナエにも持たせなさい」
「か、カナヲに何か贈り物がしたくて」
「俺は禰豆子ちゃんに……」
「カーチャン、アオイに何やれば喜ぶんだ!」
「悩むくらいならデートに誘いな! 服装も髪型も、爪の先まで全部しこたま褒めな! 小遣いならあげるから! 帰り際に、デートで見つけたもののなかで一等いいのを買ってやるんだよ!」
「紫さん! サツマイモの差し入れだ!」
「どれ、今年も立派なもんだね。大学芋にしてやるから、タッパーに詰めて持っていきなさい。こっちは漬物、瑠火さんに肉じゃがのレシピ頼まれてたから、6人前の材料で書いてあるからこれも」
「よもや! 助かります!」
「定食屋のメニューで新しいものを出したくて、何かいい案ありませんか?」
「私じゃなくて伊之助に聞きな」
「ちがッ、そういう意味じゃなくてッ!」
「おぅい、しのぶちゃんのこと見なかったかい?」
「あんた、まだ暫くは見守っててやるけど、ちょっかい出してばっかじゃなくてほかにも目をやりなって言ってるだろ。琴葉さんはどうなんだい」
「……あー……いや、」
「まったく、ほどほどにするんだよ」
紫さんと呼ばれる彼女は今日も誰かの世話を焼いている。
外部の人間が混ざっているのも、鬼が混ざっているのも彼女が許容するからいいけれど、それでも心中は穏やかじゃない。
「紫さん、きちゃった」
「カナエ……はぁ、あんたはまったく……こっちにおいで」
ぽむぽむと隣を叩いて、こてんと膝枕を貸してくれるこの人のやさしさもあたたかさも、本当は誰にも渡したくない。
ずっとずっとこの人のそばに居たいと願っても、この人には最愛の人がいて、その間に入ることなんて絶対にできないとわかっているけれど。
「……何考えてるのかわからないけどね、カナエ。あんたが私以外に甘えられる先が見つかるといいんだけどねぇ」
「……いらないもの、そんなの」
「いいや、いるよ。大丈夫、私はすぐにどこかへ行ったりしないさ」
「……うそよ」
「うそじゃないさ。今度こそは守るよ」
前世、豊島紫は無惨を倒した後にふわりとその命を使い果たしたように倒れた。
みんなが生を分かち合って、夜に怯えることなく過ごせることが約束されたその矢先のことだった。
「……先に逝くよ。もう、逝ってしまった子が迷子になっていないか見回っていくからね」
「この家は、あんたらの好きにしなさい。取り壊しても良いし、お金に換えてもいい。そうだ、寝室の右から二番目の畳に、隠している財産があるから、どうにか使っておくれ。着物と飾りは、あんたら姉妹と蜜璃とで分けなさい」
それから、それからねぇ。
息を引き取る間際まで、私たちを普通の子として扱ってくれた。
残していくことが心残りにならないよう、最後まで全部砕いて私たちにくれた彼女は、私たちの母以上の存在になっていたから、
「カナエ」
好きだって言ったら、困らせちゃうわ。
カーチャンじゃなくて、紫さんと呼んで、
手を繋ぐんじゃなくて、小指を絡めて、
笑顔の代わりに、口づけをしたかった
そんなこと、絶対に言えない。
気づいたらカナエがカーチャンに惚れ込んでしまった話。