これ、誰かが書いてるのかなぁ。やっぱり私の立てた「pi〇ivやなろう系や転生成り代わりは書いたその瞬間にどこかで死んだ誰かの魂がそこに放り込まれて一つの世界を作り上げる」という仮説は正しいんじゃなかろうか、と私は思いながら産声を上げた。
「おぎゃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
私には前世の記憶がある。
記憶がある、というか感覚は「育っていた自分が目を覚ますと突然小さくなっているうえに、年齢相応の欲求にあらがえない!!!それになんかむずむずする!!!!」という感じ。
つまり、私は正真正銘生まれなおしたことになる。
はいはいよちよち歩きで見た自分の顔の造形はいまいちピンとは来なかった。
赤ちゃんの見分けがつくのは子を産み育てた者のみである。あいにく、前世は一人独身OLとして過ごしてきた私には、赤さんの顔の見分けはつかない。両親の顔の造形は良すぎるほど良いという感じなので、もしかしたらその血を引いて絶世の美少女! なんかになるのかもしれないが、そもそもこの身体は自分のものではなく、借り物のような認識になっているため、なんとも筆舌に尽くしがたい思いである。
そう、これがいけなかったんだろうなと今ならわかる。
私は私の身体に馴染めなかった。
名前も姿も違う女の子の生活を薄い膜の向こうからぽんやりと眺めていて、時々言われて「そういえばそうだった」とゲームのキャラクターを動かしているような感覚。
「放っておけばずっとぼんやりしているし、ご飯も食べるの忘れるし、もしかしたら耳が聞こえないのかもとか疑ったりもしたわね」
「知らないおじさんに誘拐されそうになってたこともあったな」
そう語るのは私の両親だ。
稼ぎの良い父にキャリアウーマンの母。どう見ても一児の父母なんぞに見えない二人は、ぽんやりしすぎていた私に惜しみない愛情と手間暇をかけて手を引いてくれた。
根気強く私を育ててくれる二人のおかげで、私は少しずつ今の身体に溶け込んでいった。
じわりじわりと、雪解けのように馴染んでいく日々。
微睡の中で重たい瞼を開けるような、そんな感覚だった。
なんだ、私の仮説も当てにならない。
きっとこんな私だからこの世界は普通の世界だったんだ。
だって私は特別な能力も持っていないし、運動会は自分の身体を動かすのが苦手だからびり決だし、頭は……まあ、前世はアラサーまでいったんだ。大学だって通ったし、そこそこ良くなくては困る。
ただの思い過ごしだ。たかだか前世があるくらい。
「…………そう、思ってたんだけどなぁ」
一週間のうち、ぽんやりとしない日が二日だけある。
裏を返せば、私はまだ週の5日はぽんやりとしていて、人に言われたことにうんと返したりある程度の反復動作をすることや、無意識に選んだものに従う他ないのだけれど……ないのだけれど。
「ここはお母さんの母校の近くなのよ。確か学科も専攻も結構あるし、就職率も良いし、個性的な子も多いみたいだから、この子のぽんやりを受け入れてくれるかもしれないわ」
「ふむふむ。学業も周りからの評判も悪くない……ここしかないな!」
それは両親のやさしさだった。
ぽんやりした愛娘が様々な可能性を掴み取れるように、周りに迷惑をかけないように、そんな思いから選ばれた高校を私はぽんやりしたまま受験して、当たり前のように合格した。
──中高一貫キメツ学園
「私、前世無しの転生者ってこと?」
▼
まあ、とはいえぽんやりはすぐに治るものでもなかった。
何かのタイミングでぱちんと泡が弾けるみたいにはっとなる瞬間はあるけれど、基本は薄膜が張ったような感覚が抜けない私は──まず胡蝶カナエ先生に捕まった。
「東雲さん、ましろさーん?」
「……はい」
「次は移動教室よ?」
「……はい」
「……みんな行っちゃったわよ?」
「……」
「……私と一緒に行きましょうか」
カナエ先生が私の面倒を見るものだから、今度はしのぶ先輩が来た。
「前のカナヲを見ているみたいなんですよね……」
ぽそりと呟いたしのぶ先輩の言葉を私はぽんやりとしながら聞いていた。
前の、って何だろう。前ってあれか……前か……え? 前って、もしかして大正時代の事仰ってますか?
混乱していても周りに何も伝わらない。胸中が渦巻いても、コントローラーを握っていない私は動かないし笑いもしないのだ。
「カナヲもそうだったけど、いつか心は花開くから大丈夫よ」
「まあ、そうかもしれないけど……」
それでも心配よ、と言いながら手を引いてくれる彼女はやはり優しい。
そして、似ているとまで称された私と一緒のクラスのカナヲとアオイが、私のことを気にかけてくれる。
「ましろ、お昼食べよ」
「うん」
鬼滅の刃の世界じゃなくてよかったと思う。
この世界ならカナエさんもしのぶさんも死なないし、カナヲもにこにこだ。アオイだって余計なことを気負わなくて済む。
……何より私胡蝶ブランド好きだったからなぁ。
カナエさんとしのぶさんは上弦の弐との戦いで命を落とす。
あの原作を読んだ日の衝撃を私は忘れられない。ショックすぎて何度も読み返したから、未だに覚えている。
自分の命を懸けて鬼を弱らせ、妹であり継子のカナヲに頸を斬らせたしのぶさん。
死んでもなおしのぶさんの心の柱になり続けたカナエさん。
二人の姉に愛され、心をもう一度結びなおしたカナヲ。
何度生きていてほしいと願ったことだろう。
漫画の世界の彼女たちが生きていれば、あの時誰かがいたら、何度も何度も思い描いたお話だ。
死んで両親のもとへ駆け寄り喜ぶ胡蝶姉妹があんなにも幸せで尊くて、恨めしいと何度思ったことか。
「……」
そうだ。私は、時々彼女たちに怒っている。
勝手に決めて、後戻りのできないところまで来てから選択肢を迫るなんて、あんまりにも卑怯じゃないか。
カナヲだって言いたかった。生きていてほしい、一緒に帰りたいって。
それを言わさずに、ただ一人だけ向かって。
カナエはしのぶに、しのぶはカナヲに。そうやって思いを紡いだ彼女たちの物語に、私は怒っている。
「……カナヲ、」
「? どうしたの、ましろ」
「学園祭の有志の部に一緒に出たい」
「……えっ?」
だから、これは特攻だ。
「一緒に、カナエ先生としのぶ先輩たおそ」
「なんで???」
▼
キメツ学園の学園祭には有志の部がある。
応募すれば誰もが立てるステージはいつも人気で、自慢の剣技を披露する先生もいればテクニカルなダンスを披露するものも、告白を実行する馬鹿も毎年多くが参加する。
一組5分の決められた時間の中で、次々と入れ替わる組の中。
それは生徒たちの中でもずば抜けて高く人気の高い女生徒が三人も立っていたことに、多くの生徒が驚いて目を見開いていた。
キメツ学園の不良児と呼ばれる謝花兄妹に、音楽教師の鼓が趣味だという響凱先生。
そして、運動神経の抜群さと顔の良さで人気の栗花落カナヲに、透明な雲みたいにどこかへ浮かんで飛んでいきそうなくらいの美少女と人気の東雲ましろ。
兄妹はギターとベースを構え、響凱は素早く用意されたドラムの前に座る。
ましろはキーボードとノートPCの前に立ち、カナヲが緊張した面持ちでマイクの前に立った。
「はじめようか」
響凱のドラムスティックが打ち鳴らされて伴奏が始まるのと同時に照明が落ちて、後ろに下げられたスクリーンに雲の隙間から降り注ぐ天の梯子のような映像とシンプルな歌詞が映し出されていく。
「──」
カナヲの透き通るソプラノボイスが歌詞をなぞる。
彼女の歌を姉妹でさえ聞いたことが無かった。それどころか、音楽の授業を共にしたクラスメイトがどれほどいるのだろうか。どれだけ記憶に残していただろう。
彼女の置かれていた境遇を思い出せる面々は、マイクの前に立つカナヲの姿となぞられる歌詞に、心を抉られていく。
「──♪」
朝焼けを待つその歌のフレーズだけで、自分が刀を振るった夜を思い出す。
朝焼けの肺に沁みるあの空気が講堂に吹き抜けた気がして、はぁっと口から息が漏れ出た。
忘れてしまえればよかった。諦められれば良かった。
けれど明日を願われた。明日を願ったこの身には刀を振るう力があって、絶望を拭う術を知っていた。
それならば戦う他なかったのだ。
例え明日、自分自身がいなくなったとしても、自分の手で掬える限りを守りたかった。
けれど、そんな想いを砕くようにカナヲは歌詞をなぞる。
「君がいなくなったら」
「私だけ生きていくの?」
────胡蝶姉妹は死んだ。
だって、仕方ないのよ。あの世界では、あの時は、あれが最善手だったのよ。
演奏が終わってステージ横にはけたカナヲをしのぶとカナエはめいっぱいに抱きしめた。
それはもうぎゅうぎゅうに抱きしめて、それを見た謝花兄妹は疑問符を浮かべ、響凱はドラムを淡々と片づける。
ましろはそんな光景を見て、それからぽんやりとしながら満足そうに微笑んだ。
「残された方はたまったもんじゃないもんね」
楽曲:霽れを待つ
中の人繋がりで、この曲ずるいので全人類聴いて。
東雲ましろ
前世と今世との乖離でぽやぽやしている美少女。
まじで剣士でも隊士でも隠でも藤の家紋にもかかわりはない。
カナヲと似ているという理由で胡蝶ブランドに囲まれている。
胡蝶姉妹にどうしても生きてほしかったオタクの一人だった。
学園祭を利用して胡蝶姉妹にカナヲでアタック。こうかはばつぐんだ!!
音楽の授業のみぽんやりモードから覚醒している。
この世界にオタク娯楽があまりないので、将来的には楽曲製作の道に進む予定。