久しぶりに投稿しようとすると書き方を忘れていてあせりました。
儀式の日の夕刻。人払いした太夫の部屋に呼ばれたアイシャは部屋に入り、ぎょっとした。様々な価値ある家具が消えたがらんとした部屋の中央正面に座る太夫の顔が、真剣そのものだったからだ。
「イシュタルファミリアはもう駄目さ。フレイヤファミリアが動いてる。今夜にでも攻めてくるよ」
アイシャが部屋に入るのと同時、アイシャの耳にだけ入るようにつぶやかれた言葉。
それを聞いた自分がどう反応したのか。アイシャは後々まで思い出せなかった。
「ほんとかい」と呻いたのか。身の毛がよだつまま震えたのか。「はっ、それは豪気だね」と強がったのか。フレイヤファミリアの動きは、まさしくアイシャにとって、いやイシュタルファミリアにとって青天の霹靂だった。
覚えているのは「リトルルーキーも動いてるよ。春姫のことは春姫に決断させな」その言葉を聞いてへたり込むように座り込んだ時からだ。
「……あんたはどうするんだい」
呼吸を落ち着かせ喘ぐように呟いた。イシュタルファミリアと共に戦って欲しいのか。どうかも分からず。
「私は自分がやるべきことをやるさ。ああ、前も言ったけど、私は戦場に出ないよ。フレイヤ・ファミリア相手でもね」
「主神命令、かい?」
「そう、さ。男亡くしてから、他の男相手だとイケなくなったからねえ。そっちの解決優先したいって願ったのさ。
そしたら、女の幸せを味わえないなんて鉄火場なんかよりよっぽど大事じゃないか。鉄火場なんて金輪際気にするな。他の何よりも女の幸せを取り戻せって言ってくださったよ」
「そう、だったね」
「それまで顔を見せるな。次、お互いが仕事抜きで顔を合わせて会う時は私が女の幸せを取り戻した時。そう、主神命令を下さったよ……フレイヤ・ファミリアの動向を記した便りは出したけどイシュタル様に届いていないだろうねえ。大ピンチの時にしゃしゃり出ても、『なんでここに来た!お前にはこんな事より優先することがあるだろう』って叱られるだけだよ。…………神だからねえ。あの方は。一度命じたことをひっくり返すようなことはされない。神、なんだよ。本当に」
イシュタルらしい命令を懐かしむように悔いるように呟く。イシュタル側から連絡しない限り、主神に特別扱いされている妬みによって、定期連絡以外イシュタルの周りで便りですら止められる太夫。
戦士よりも女であれ。イシュタルが自らに下した唯一の主神命令を貴ぶ太夫にアイシャは一度大きく息を吸った。
「そうかい……」
「で、あんたは?」
「あたしはあたしがやるべきことをやるよ」
リトルルーキーが、ベルが動いているのならば迷いはない。自分は春姫の姉貴分をやるだけだ。その想いを込めた眼差しに太夫は静かに姿勢を整えて一度、二度、礼をした。
「皆に、ご武運を」
「ああ、そうやって、あたしたちやあの坊やたちのを祈っといてくれ」
ぱしゃり。顔にかかるポーションの音で、ベルに負けたアイシャは意識を取り戻した。
気持ちの良い敗北。オスと交じり合った溜まらぬ余韻を噛みしめながら目を開けると、そこには大夫が居た。
「起きたかい」
「ここは……」
「ん、見送る場所だよ」
「見送る?」
太夫の視線を追ったアイシャは、神イシュタルの送還の光柱を後方に抱き合うベルと春姫を目にした。
ついでに、主神が送還されたはずなのに、明らかに恩恵を刻まれた動きをする娼婦たちも。
「見くびらないでほしいね。いざという時のために準備くらいしていたってわけよ」
それが意味することを理解し、思わず半眼になったアイシャに肩をすくめて太夫は視線をずらす。その先には一列に並んだ娼婦たちに恩恵を刻む桃色の髪を無造作に括ったあどけない顔立ちながら色気に満ちた愛らしい女神。その女神は知っている。イシュタルファミリアほどではないが、大きな娼館を営む神の名を知らないはずがない。
キツイ性格をした元主神イシュタルと珍しく仲が良い神、顔見知りの神の名をアイシャは口にした。
「神ラティ……」
「こんばんは~」
娼婦たちに恩恵を刻みながら手を振る快楽を司る神の姿を見てアイシャは全てを察した。
「イシュタル様を裏切りはせずに、逃走路は確保していたってことかい」
言っているうちにイシュタルファミリア残党を助けていく、明らかに上位冒険者の体さばきを見せる数人の娼婦を見ながら、アイシャは感嘆の吐息交じりに身を起こす。
「あなたはどうする。私はOKだけど」
手招きするラティにアイシャは首を振る
「ああ、あたしはやめとくよ。本命があってねぇ」
「そっかぁ。ヘスティア?」
「ああ」
「そっかぁ……う~ん、普段のヘスティアは娼婦だからって絶対差別しないけど、あなたは厳しいかもよ。ベルくんに男感じてるでしょ」
「ああ」
「じゃあ、今から同じ屋根の下で暮らしたらどうするの?」
「そりゃあ、まず同衾だろう?」
「合意で?」
「やりたい盛りの男と女が居て、合意もクソも無いだろ?」
「全くそうよね。そのとおりよ。そうじゃないなんて間違ってるわ。でもなぁぁぁ~、う~ん、ヘスティア、そういうのはきっちり告り合って派だからなあ。ベルくんとはデートしたようだし……二の矢用意しといたほうが良いよ。私とか」
「お誘いは本当にありがたいけどねえ。二の矢のアテはあるんだよアテが」
言いながら、アイシャの指さす先には、燃え盛るイシュタルファミリアの拠点を見ながら両手を掲げ何事かを口ずさむヘルメス。闇派閥ではないが、手広く色々やっているがゆえに世界の表にも裏にも通じている神の姿に、とっても胡散臭いが故に使いようによっては使える姿に、コクリと可愛らしく頷いたラティはニンマリと笑った。
「OK。全部了解した。ついでに、イザとなったら全部ヘルメスが仕組んだってフレイヤの前で証言するって私が言ってたってヘルメスに伝えといて」
「そいつあ、どうも、ありがたいねえ」
脅迫する手立てを得た代わりに後ろ盾になってやると宣言する神と後ろ盾を手に入れ感謝する人は、ニンマリと笑い合う。そんな両者に太夫が近づいてきた。
「いま、リンチされてる元団長以外は回収と治療終わったよ」
「ああ、あの、えぐい悲鳴ってあいつのか」
「そうそう、フレイヤより自分のほうが綺麗だとかイイ女だとか言ったんだろうねえ。よりによってフレイヤファミリアの幹部たちに。まったく、生き急ぐなんて、ね」
「ほんとだねえ……ま、あれだけ叫べるのなら殺しはしないだろうさ」
「そうだねえ。殺しさえ生温いとか思ってるんだろうねえ。ま、死ななきゃどうとでもなるさ」
聞いているほうが嫌になる悲痛な悲鳴を上げ続ける元団長の事をそれだけで脳裏から捨てて二人は話を続ける。
「なんでここに来たのさ。あたしたちを助けるためだけじゃないだろう?」
「ん? ああ? 身請けしていただけた子が出たからね。やるべき事をしに来たのさ」
離れたところで春姫を抱きしめるベルを見据える太夫。その目はどこまでも優しかった。
「やるべきこと、かい」
「ああ、宴は出来なくとも、送るくらいはね」
「そうかい。春姫を送ってくれるんだね」
感慨深げに深いため息をつくアイシャに太夫は頷く。
「勿論さ。春姫と同じ店の子たちが来たら、また一緒に店やる子たちが来たら送るとするさね。ほら……もう聞こえてくるだろ」
「ん?」
恩恵を無くし常人に戻ったアイシャは耳を澄ませる。
澄ませた耳に聞こえるのはジャラジャラと高級品を身につけるだけ身に着けた娼婦たちのたくましい声。
「これ、見てよ。これ!? 私にくれたこれをみてよ! わかるでしょ」
「ギラギラしてるだけで趣味悪ぅ……あんたに全然合ってないんだけどさあ。そんなの店で一番高いの渡しただけじゃん。金で済む女扱いされてるだけじゃないのよ。あんた、それで良いの?」
「それが良いのよ!?」
「はぁ?」
「似合いもしない、ただ高いだけの宝飾品をポンよ。ポンっ。金蔓として完璧じゃない。そんな金蔓と切れるっていうのよ。泣いてすがる位するでしょ普通!? なのに、あの、拗らせシスコン女神狂信者はぁぁぁっ!? ……ま、いいか。こっちもいい加減付き合いきれなかったし、儲かったし」
「……ハナから、金蔓として見てたの? フレイヤファミリアの第一級冒険者女神の戦車を?」
「当たり前でしょ。フレイヤファミリアよ。フレイヤファミリア。あの女神狂信者達と付き合えるわけ無いじゃない。会話が成立するどころか根本的に話通じないもの。恋人だろうが友達だろうがゴメンだわ。あんた違うの?」
「いや、私もゴメン。でもさあ、少しくらい迷わない?」
「……あの拗らせシスコン女神狂信者が最後になんて言ったと思う?」
「誰が娼婦なんて好きになるか。勘違いなんかするな欲にまみれた淫婦が。とかのお決まりのセリフ?」
「それも言ったけど、その前に、ね」
「ん?」
「触れるな、アバズレ。あのかたの寵愛が穢れる。って言ったのよ。真顔で、澄み切った目で」
「……」
「……」
「……イカれてるわね」
「正直、ドン引きして体が震えたわ。恐くてねえ。泣き叫んで手切れ金受け取って姐さんに事の次第報告するまで怖くて仕方なかった……うちら娼婦だから酷い言葉投げられるのは慣れてるでしょう?」
「うん」
「でも、あれは無いわ。慣れることなんてできないし、慣れたくない。ああいうのは、狂信者は、イカれてるのは命に係わるわよ。神様が言ってた死亡フラグがあの時の私には立ってたわ」
「でしょうね。フレイヤ・ファミリアの連中と仲良くやるなんて聖人でもないと無理だわあ」
「そうよねえ……そういや、迷うって言うならさ」
「ん?」
「あんたもロキファミリアの超凡人の時なんもしなかったじゃない。話聞いてお茶の相手するだけで終わりにして体使わなかったじゃないのさ。もったいない。あいつ、超優良物件なのに」
「あ~、あれはね。まあ、色々あるっているかさあ。ま、友達の男を寝取る気しないのよね」
「友達ぃ?」
「そうよ。アキ。アキは私の友達だからねえ。超凡人はイイ男だけど、さすがにアキとの友情と天秤に載せたらさあ」
「友達? 友情? ……ああ、何かあった時の盾って意味で?」
「あんたと一緒にしないで。普通に良い子なんだからさあ。娼婦を蔑まずに見てくれる第二級冒険者だからさぁ。素で友達よ。まぁ、それなりの計算はあるけどね。その辺アキは見極めてくれるから付き合いやすいのよ」
「ふぅん、ならさ、超凡人が店に来た時どんなこと話したのよ。いい加減話しなさいよ」
「客とのプライベート話すわけないでしょう。あたしはプロよ」
「ふ~ん……貴猫には?」
「あたしの視点と分析を含めて洗いざらい全部話したに決まってるじゃない」
「無料で?」
「アキは自分から包んでくれたけど、包んでくれなかったら請求したわ。視点代と分析代としてね。あたしはプロよ」
「さっすがぁ」
──たくましすぎる声。
どっちもイイ性格してやがるなあ。他の集まってきた連中も似たり寄ったりだし。あんな奴らと一緒に新しい娼館立ち上げんの? そんなアイシャからの視線を太夫は笑って真っ直ぐに受け止める
「裏表があんま無い子ほど速く身請けしてもらって明けるんだよ。残るのはあんな子達ばっかりさぁ」
「裏表無い子は速く身請けしてもらえるようにしてただろ」
「ま、そうともいうね」
ひらひらと笑うと、そんな感じでワイワイガヤガヤと騒いでいた娼婦たちに対しパンと手を叩きこちらに注目を向ける。
「さて、揃ったね」
笑みを向けながら言うと、春姫とともに過ごした娼館の子たちも笑みを浮かべる
「さあ──送るよ」
その言葉とともに流れるのはゆったりとした唄。
身請けされ去り行く娼婦に捧げる。おめでとう、ごきげんよう、の唄。
音楽も合わせず、韻を踏んだだけで思い思いの言葉を身請けされた同輩への唄。
それこそが娼婦に伝わる唄。
送り。
「春姫ーおめでとー」
この送りはあの二人には聞こえまい。
ただ二人だけの世界を作る子らには聞こえない。
それを尊び祝い慶ぶ。
そんな相手に貰われていった同輩を。
「春姫ー元気でねー」
だからこそ、送る。
得意の楽器。高低も合わせぬ歌。
思い思いの物で調べを作り願う。
「春姫ーあんた奥手なんだから、最初はおんなじ部屋で寝物語から始めなよー。あたしたちが教えたみたいにさあ」
ただ幸せを。
「春姫ー。ある程度、リトルルーキーが同じ部屋にアンタが居るのになれたらー。そん時は決めなよー」
春姫に呆れていた者も苛立っていた者も好んでいた者も親切にしていた者も変わらず願う。
好いた男に身請けされた同輩。
ただ、それだけでいい。尊び祝い慶ぶのにそれ以外は無粋。
渾身を持って送れ。
「「「また会いんしょう、あたしたちの姉妹。その険しく辛く忙しい行く先を楽しみ幸あらんことを」」」
娼館という固定されていた狭い世界でなく、未知と戸惑いが溢れる広い世界に行く同輩を送れ。
「元気でねーイシュタル様ぁー」
「いろいろありがとー」
「死んだらイシュタル様があたしたちの魂浄化してねー」
「私ねー。フレイア様よりイシュタル様のことが好きだし、イイ女だって思ってるからねー」
主神を送れ。
苦界に生きる術を与えて見守っていてくれた主神を送れ。
女の性をまっとうさせてくれた主神を送れ。
天界に届くように深く賑やかに祝詞を捧げろ。
「「「我らの神よ。貴女の所に行く時に、わっちたちの魂に様々罪穢れがあるならば、お祓いくださいお清めくださいと申し上げる事を。お赦しくんなまし」」」
それが娼婦の意地。
身体を売る者と蔑まれ貪られる女の意地。
客に貪られ、女衒に貪られ、店主に貪られ、されども生きていける女たちの強さ。
嘘を吐き嘘を全身に塗り込めるしたたかさと、同輩に対する律儀がなければ生きていけないが故の強さを祝詞に込める。
「またね。イシュタル様……嫌いじゃなかったよ。決してね。春姫は、まあ、すぐに会いに行くよ──」
その調べに笑みを浮かべると、アイシャは自らも合わせて口ずさむ。妹分の春姫の幸せを祈り願い誓い祝詞を歌う。
その姿に太夫も一際笑みを深め祝詞を口ずさむ。
「お元気でイシュタル様。様々な神々がいらっしゃる天界でお健やかに過ごすことを願うことをお許しください。春姫、良い旦那さんに貰えたねぇ」
還った自らの主神と。
手のかかった娘。春姫の姿を目に焼き付ける。それと同時にどうしようもなく春姫を抱きとめる腕に目をやる自分に女の性を味わいながら。
「ああ」
この生き方に後悔はない。
こうすべきだと私は決めた。
私は見送るもの。それで良い。
愛する妻に、母子ともに出産に耐えられないと診断されたメーテリアに己の子を抱かせるために、初めて先行きが見えない冒険に身を投じた男を見送ったときにそう決めた。
「でも──」
春姫を抱きとめる白髮の少年に目が行く。その瞳に目が行く。
ルベライトの瞳の少年。
かつて見つめ合った瞳の色。
輿入れした日、魔石の灯りの下で自分に熱を与えてくれた瞳。
懐かしい瞳に目に熱いものが篭る。
「あんたの子を、あの子の弟か妹を産みたかったねえ。母親違いでもあの子は良いお兄さんになるよ。そうだろう、ねぇ──」
祝詞を口ずさみながら、今も恋慕する少年と同じ瞳をした男の名を口の中で転がした。
ベル父の愛人にしてイシュタルファミリアの元団長だった太夫さんでした。
このくらいのオリキャラを出せばフィアナ救済ルート書けるか?
いや、無理だろうなあ。
あ、ベルくんの借金はチャラになってません。落ち着いたら春姫の身請け代を合わせて利子付けて請求するつもりです。