「儂の妻はヘラただひとりだけ」そう断言する祖父に似て本当に一途ですね。
──どういうことなのだろう
場所──異端児の時にレフィーヤたちがヘスティアファミリアホームを見張っていた場所。
日時──ヘスティアファミリアとフレイヤファミリア間の戦争遊戯が終わって五日経った日。
姿勢──異端児の際にレフィーヤがヘスティアファミリアホームを見張っていた格好。つまりはかぶりつき。
──どういうことなのだろう
アイズの内心は唯凪いでいた。
「あの、アイズ……あ~レフィーヤ……ちょっと、聞いてるの? ……ねえ、ティオナ、ティオナ何とか言ってよ答えさないよこっち向きなさいよ」
ティオネの悲鳴に近い焦った声さえ、波紋一つ起こすことが出来ない。
──どういうことなのだろう
目の前の光景。ヘスティアファミリアの光景から目ではなく全身をかぶりつかせ、心をしがみつかせる。
その内心を凪いでいる以外に表すことは出来ない。
「うん、おいしいかったぁっ。流石はヘイズくんだね。プロ顔負けだよ」
「感謝の極みです。ヘスティア様……で、如何でしょうか?」
「う~ん、料理は良いんだけどさ、接客がね。まだ、もうちょっと、酷いよ」
「ひ、酷い、ですか?」
「うん。酷い。お客さんじゃなくて近くに居る従業員にしか敬意向けてないからさ。なんで私とシルくんの時間と空間に居座ってんだよ早く食って出ろよって感情を想定お客さんのボクに向けてるの隠してないもの。せめて隠せるようにしないとミアくんに合格もらえないよ」
「そうですか……っ」
ごすっ。
ホーム中庭で朝食後の茶を飲むヘスティアに対しシルが傍に居る想定での接客訓練中居候勢一員ヘイズは、不合格を言い渡され顔面から崩れ落ちるように庭に突っ伏した。今まで不合格を言い渡された多数の少女たちと同じく。
『その、ですね。ただの一店員をお客さんより上に扱うというか、崇める人に給仕されたり料理されるのは『はっきり言いな。戦力外だよ。邪魔だね』ということです』問答無用。笑顔付きのこの一言で豊饒の女主人への就職活動をぶった切られてしまった満たす煤者達。
当たり前のようにシルの傍に居る気満々だった少女たち。
『ふっふーん、私達は戦いしか出来ない他のフレイヤファミリアの連中とは違うんですー。今まで散々苦労して磨き抜いたスキルはお店で役に立ちますよー。散々苦労かけてくれた貴方達と違ってねー』そんな風に肩を切って就活に望み、スキルではなく心構えの問題で不採用を言い渡され生きる屍となった少女たち。
『年頃の行く当ての無い女の子たちですよ。何かあると大変ですよね。貞操と命の危機なんです。そんな子たちをヘスティア様が見捨てるわけありませんよね。てか、拾ってあげてください。助けてください。不味いんです。本当に不味いんです。このままだと自棄になりそうな子が沢山いるんですっ』『シル君がちょっと離れた途端に、ホームの前に項垂れて微動だにしなくなった子達を見せながら頼み込むって何か懐かしいお願いの仕方だね。オリンポス以来だよ……ちょっと待ってて、ボクは良いけど、皆の意見聞いてくるからさ』
そんなやり取りの果てから、ヘスティアの合格があれば再度ミアへの面接が可能という条件により奮起。それから、日々豊饒の女主人への就職活動に向けて努力していても、未だ合格者が居ない少女たち。
想定シルでこの有様だと先はまだまだ長そうだなあ。年頃の娘たちを庭で突っ伏させ続ける訳にはいがないし誰か呼んでこよ。しかし、体型変わらないとはいえ食べ過ぎてお腹重いなあ。そんな想いでホームに入っていくヘスティア。
入れ替るように出てきたベルに丁度良かったと後を頼み、精神的なダメージによって未だベッドから起きられない子たちの世話をしにいった。
近づいてくるベルにクワッとヘイズは目を見開く。
「ベル! おねがいですぅー。何とかっ何とかぁーシル様に取次ぎをっっ」
「あ、ヘイズさん。おはようございます。朝ごはん美味しかったですよ。何時もありがとうございます」
「あ、はい、おはようございます。そんな風に笑顔で感謝してくれるとこっちも作りがいがありますよーどういたしましてー……そうじゃなくて、シル様に取次っ」
「えっと、取次って言われてもシルさんは店に行けば普通に会え「それじゃあ駄目なんですっっっ!? それじゃあお客としてシル様に接するってことじゃないですかっ!!!???」え?」
「シル様に配膳接客掃除して頂くなんて畏れ多すぎるというか。世界が崩壊しているというか。そう、生きている気がしないんです!? シル様が私にではなく、私が、シル様に、配膳接客掃除調理家事その他諸々をさせていただくのがあるべき世界の在り方なんです!? それが正しいんです。だから、私はあの店で雇われるべきなんです!!?? 違いますか!!」
「……あの、これから割りとキツイこと言いますけど、構いませんか」
「勿論です。再びシル様にお仕えするためなら、どんな苦言でも私は受け止めてみせます!?」
「分かりました。じゃあ、はっきり言いますけど(仕えるとか崇めるとかをシルさんは嫌がっていて、そういうことしてくる人を避けているということを出来る限りマイルドに伝えよう)」
「はい」
「そんなふうにシルさんに会っても、シルさんが困るだけですよ」
「何でぇっっ!!!???」
「ちょっ、受け止めるって言っ「受け止められませんよっ。キャパ越えてます。限度があります。何でっ!? 何か合理的な理由があるんですか。あるなら話してください!」え、だって」
「だって?」
「シルさんに会えてもシルさんには雇う決定権持ってないじゃないですか。決定権を持っているのは、店主のミアさんで──」
毎日行われる自暴自棄となりかけている少女の咆哮イベント。
それに対し(ごめんなさいミアさん。ミアさんの名前を使わせてください。シルさんを理由にするとこの人たちは耐えられないんです。これでも、フレイヤ様からシルさんへの大きな一歩を踏み出した後なんです)悟りの色を宿しながらも正面から向き合う優しいベル。
穏やかに正論で説得しようとする少年に少女の眼光が煌めいた。
「へぇ、そうですか。そうなんですかー。そんな冷たいことを言うんですねー。そんな薄情なベルにはこうしてやります」
「え、あの、ヘイズさん、しがみつかないでください。その、色々っ、あたって」
「ふっふ、あててるんですよ。あてて擦り付けて揉む込んでるんですー! ほら、拒否しか口にしない悪い口に入れちゃいますよ。ほら、ほらぁ、私けっこうあるでしょう柔らかいでしょう」
──まあ、ベルだし
シルの傍に居る。そんな至上の命題に比べればハニトラ女呼ばわりの恥など捨てたとばかりに、中庭に出てきたベルに対し全身で抱き着きながら身体をくねらせる美少女。
「「「ベル(くん)(さん)(ちゃん)お願いっ」」」
「う、うわぁぁぁぁっ!?」
否、同じく不合格を言い渡された美少女たち。
満たす煤者達や侍女にしがみつかれ真っ赤に染まったベルの姿を見ても、アイズの心には割と大きな波紋しかたたなかった。
──また、女の子ばっかり
ベルが不良であることなど重々承知のアイズの内心には波紋しかたたない。ちょっと前までベルって不良なの? という疑いどまりだったことなど忘却の彼方なのだから。
右横からの「アルゴノゥトくんはアルゴノゥトね」という普段とは違うが違和感のない口調のティオナの慨嘆に賛同する。
そんなアイズの視線にまた一人新たな人物が入ってきた。
「こまって……いるだろう…そうさ……もてあました時間を埋めるために来てるのは……俺ひとりだけ……(困っているのかベル。助けようか)」
「へ、ヘグニさん……そうです。困ってます。助けてください」
「救いの手を…我を求むるのか。”奇跡”を起こすつもりなら、魂が共鳴するように紡げ言の葉を(そうか助けてほしいのか。なら、わかりやすくいってくれ)」
「っっっ。万物の霊長と尊大に振る舞う艶やかなるもの達を傷つけないように、私に闇の力を────みせよ……(ヘイズさんたちを傷つけないようにして、僕を助け下さい)」
──まあ、ベルだし
ぱぁぁぁっ。
訳の分からない呪文のような言葉をベルが発すると同時に、光り輝く笑みを浮かべて丁寧に少女たちの意識を刈り取ったヘグニ。
「そうさ……俺は……醒めちまったこの檻に……熱が篭るのを待ちわびていた(やっぱり、ベルは付き合ってくれるんだね)」
「いやぁ、おじいちゃんとそれなりに……あ──許しは請わぬ、だが感謝はせねばな、礼を言うぞ。皆の衆を時空を停止した様な世界に率いていこう。永遠が終わるその時までの相応しき場所へ(ありがとうございます。気絶した皆を静かな所に運んでいきましょう。あの木陰が良いと思うんですけどそれでいいですか)」
「うんっ!?」
そのまま、何を言っているのか分からない言葉を交わしながら、ベルをして落ち着かせるための武力行使を是とするに至った錯乱少女たちを優しく木陰に運んでいく二人。
どう見てもすごく仲良かった。左横から聞こえるレフィーヤの「エルフ堕とし」という戦慄に力強く頷くしかできないくらい仲良かった
少し前まで敵同士。それも、誘拐洗脳半殺しというどれ一つとして常人ならば許さない所業をされた者とした者とは思えなかった。
──まあ、ベルだし
何で二人にしか通じ合わない言葉使ってるの? とか、平然と居候を許すなんてどうなってるの? とか、誘拐洗脳半殺し+仲間への攻撃を忘れたの? とか、落とし前付けたから許したなんてヘスティアファミリアだなあとか、いろいろな疑問や納得が湧く。
その度に割と大きな波紋が心に広がったがアイズの心は凪いでいた。
ベルと出会って早半年。昔を夢に見て着飾り追いかけ逃げられ膝枕して逃げられミノタウロスとの冒険に脳を焼かれ裸を見られ自分が女だと自覚しダンスを踊り村で共に過ごし異端児の時に争い英雄を魅せられ嫉妬しながら魂を焼かれetc.etc。その間に培った対ベル経験値は波紋を何度も生んでもアイズの心をそうそうかき乱さない。
あまりに濃厚すぎて何があっても『まあ、ベルだし』で済ませられる。
そうだ、そうそうかき乱されるはずが
「朝から何を騒いでる。愚兎」
「あ、おはようございます。師匠」
──どういうことなのだろう
心は凪いでいた。
完膚なく波紋は消えた。
ポンと圧倒的な圧による小さな粉砕音を立てて消えた窓枠の一部と共に消えた。
そこに居るのが当たり前の顔して中庭に出てきたヘディンと、ヘディンをキラキラとした尊敬の眼差しで見ながら笑みを浮かべて駆け寄るベルの姿。
アイズには向けたことの無い種類の敬意を全身から発するベルと、当たり前に受け止めるヘディン。
アイズの心はどこまでも凪いでいた。
──どういうことなのだろう
疑問一色で他の想いを受け入れることが出来ない心の有様は、凪いでいる以外の適切な言葉で表すことが出来ない。
アイズの心は凪ぎ切っていた。
「私が昨日課した題に対し、答えは出たか」
「あ、はい、僕の弱点ですよねェェっっっっ」
「この中に入っている脳みそは、つい昨日私が言った言葉を正確に覚えることさえできないのか。貴様の足りないところは何だ? と言ったのだ愚兎【 永争せよ、不滅の雷兵 】」
「は、はぃぃぃぃっ、た、たしかに、そう、いって、あああああっ、師匠、ますたぁぁぁぅぅっっっ、かみなりがっ、あたまがぁぁぁっ」
──どういうことなのだろう
ベルの頭を鷲掴みにして電撃を浴びせさせるヘディン。そのまま、どぎつい言葉を浴びせ続けられながら必死に答えていくベル。
アイズの心は凪ぎ切っていた。
そんなアイズを放っておいて師弟二人はずんずん先へ進んでいく。
「そうだ。貴様の足りないところは自分より格下の相手に対する引き出しの少なさだ。格上と戦うことに慣れた貴様は、格上殺しとなる戦法と経験はまだマシだ。だが、それゆえに特化型の格下にあっさり敗北しうる」
「っ」
薄っすらとした危機感しか無かった事柄をはっきりとした言葉に表されベルは目を見開いた。
「危うい。未知が潜むダンジョンに潜る冒険者としてそう断言していいだろう」
「じゃあ、そういう特化型の相手に対する引き出しを今日は教えてくれるんですね」
「阿呆」
「は?」
「何のためのステータス。何のためのレベル。何のためのアビリティだ。ステータスの伸びが速いという貴様のごくごく僅かな美点を殺すなどと愚か極まりない」
「ごく、ごく……僅、か」
「断言する。貴様はセンスがない。才能がない。才溢れる者にとって美酒となるような鍛錬は貴様には泥にしかならん。格下相手用の引き出しなどということに時間をかけても泥を無理に口に含むだけ、無駄だ」
「はぐっ」
「だが、根気があり意気地がある。そして、何より根気と意気地に応えてくれるステイタスの伸びがある。ならば」
わかるな。という師の眼差しにベルは強く頷いた。
「その時間でステータスを伸ばして特化型の相手に何をされても揺るがないようにする」
「戯け」
「えっ?」
「それだけでは不足だ愚兎。持ち合わせた根気と意気地のまま泥を飲み干せ。格上や格下などとこだわるな。泥を飲み込み無いセンスのまま足掻いて選択肢を広げろ」
「っ……師匠っ」
【 永争せよ、不滅の雷兵 】
「……躱したか。惚けてはいないようだな」
「行きます師匠」
「来い。馬鹿弟子」
──どういうことなのだろう
自分を理解してくれているという感動と喜びの輝きの目のまま、ホームにダメージとならないように加減されたヘディンの電撃を躱してのけたベル。
そんな少年に口角を上げて泥を適切に飲み込ませていくヘディンを見るアイズの心は凪ぎ切っている。
自分が初めて教えた相手が、初めて教えを受けた相手が自分である少年が、自身では到底できない教え方をしてのけるヘディンによって、美点を踏まえ筋道立てて論理的にかつスパルタで叩き込めるというやり方で育っていく。
アイズではなく他の相手の色に染まっていく。
それが、互いの初めてを差し出し合う絆を結んだ少年の現在。
そんなあまりにも耐えきれない光景に凪ぎ切っている。
ベルとヘディンの現状を見るだけで全ての意識力が枯渇したとも言うが。
そんなアイズの内心で、心の墓場から必死に抜け出した幼女が決死の眼差しで咆哮する。
何時からだと
──そういえば何時からなんだろう
あまりにも衝撃的すぎる光景に凪ぎ切っていたアイズの心に波紋が起こる。
そんな前ではなかったはずだ。
「アイズさん」「また、戦い方を教えてくれませんか」そうだ
「……君はずるいね」「……いいよ」「私……やることがあるから、いつできるか分からないけど」そうだ
「僕……強くなりたいです」そうだ
「私も……つよくなりたい」そうだ。
互いに強くなりたいと約束したあの日からそんなに日は経っていない。
クノッソス絡みのあれやこれやや、ベルの怪我があって未だに果たせていない約束。
フレイヤファミリアとの戦争遊戯も終わり『契約』も終わったことだし、謝罪を込めて私が誘おう。誘って欲しくてベルからの誘いを待っていたけど、流石にもう待てない。
約束を今こそ果たして力を貸せなかった謝罪をなそうとしたその日に「師匠」「愚兎」+*>*<}>{‘? *
──そうだ。何時からなんだろう
脳裏に走った悪夢を追い出しアイズは検討して、ふと気付いた。
「ひょっとして、私が、あの時、おしえなかった、てつだわなかったから、つよくなりたいっていう約束を、私が、守らなかったから?」
はっ、目を見開く。
久方ぶりに発した言葉。
無反応だったアイズにようやく反応があったことに、ティオネが発する喜びの声を遠くに聞きながらアイズは思考を重ねる。
そうだ。そうに違いない。ベルが大変だった時に手助けの一つもしなかったアイズは頼れないから、あの時助けてくれたヘディンに師事を乞うたのだ。そうでなければおかしい。そうでなければ、ベルはあの約束を放ったらかしにして新しい師を選んだことになるではないか。流石にそれはない。ベルはそんな酷いことしない。あの日の約束をアイズは信じている。誓ってさえいる。ベルもそうであるはずだ。あの約束を裏切ったりするわけがない。ベルがそんな酷いことするはずがあるわけない。
「私の、せい」
だから破ったのはアイズだ。
『契約』に縛られて過去に縛られてベルとの約束を破ったのだ。
だから、ヘディンとベルの師弟の絆を見るのは罰なのだ。いや、必然なのだ。ベルよりも『契約』を過去の誓いを選んだのはアイズなのだから、これは当たり前なのだ。
なんてことだ。
今までずっと二人の鍛錬を見ていながら、アイズはベルに裏切られたのではないか棄てられたのではないかと不安と悲痛に駆られていたのに違ったのだ。
そうだったのだ。アイズがベルを裏切っていたのだ。
裏切ったのは
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「女神祭の時よりはましになったが、足りんな。戦闘技術は無論ありとあらゆる経験値が足りん」
「あ゛……ぎっ、ぐっぅぅっ、はい! 師匠もっと本気でお願いします」
「馬鹿弟子が」
血しぶき上げて吹っ飛んだところに電撃叩き込まれながらヘディンに咆哮するベルだ。
「………………………………え?」
自分の口から太陽をも凍らせかねない声音が出たことなどアイズにはどうでもいい。
唯一つのことが気になる。
──?????????????????
「女神、祭、の、時」
ヘスティアと一緒にベルとシルの後を追いかけていた時。
ベルとシルのデートに寂寥感を抱きながらも、ヘスティアとの遣り取りに癒されていた時。
その時には、ベルは、ヘディンを師匠と呼んでいたのか。
アイズとの約束を守らずに、その前にヘディンと師弟の絆を結んだのか。
「う、そ……」
まさか、そんなはずがない。
ベルがそんな酷いことをするはずがない。
ベルがアイズを裏切ったり棄てたりしない。
そうだ。きっと、ヘディンに強制されたのだ。そうだそうに違いない。そうでないはずがない。
そうでなければ、アイズティオネティオナレフィーヤと厳しい鍛錬に一家言ある少女たちをしてドン引きする拷問じみた鍛錬に耐えられるはずがない。
勿論、ベルが進んで鍛錬しているわけがない。
ベルに拷問するなんてなんて酷い白エルフなのだろうか。
──ああ、そうか。そうか。そういうことだったんだ
進んで拷問じみた鍛錬をベルが行う動機の一因、憧憬対象アイズ・ヴァレンシュタインは全てを理解した。
明後日の方向に理解した。
ならば、アイズのすべきことは明白だ。
「たすけなきゃ」
ベルを救わなければならない。ヘディンからベルを救わなければならない。
何故ならアイズがベルの先生だからだ。
だから、ベルの先生としての責務を果たさなければならない。
そう、力ずくでも。
現実逃避により巡る思考の果てアイズは決断した。
──今、助けるよベル
愛剣の柄を手が白くなるまで握り締める。
これまでの日々とは違い。無意識ではなく意識的に。
それは、『どうしてかは分からないけど、アイズはやる気だ。不味い。ホワイトファミリアであるヘスティアファミリアに、ロキファミリアが攻め込んだなんてことになってはたまらない』と、アイズが構えるたびにティオネが止めねばならないと人知れず悲壮な決意を固めていた動作と同じ動作。
最期にはアイズが精神的な負担によって抜刀の構えを取ったまま固まり、そのままホームへ運んでいった日々の動作。
必要が無くなったと今まで安堵していたティオネが、「またか」と毎度のごとくアイズを止めようと構える。
心中で今度もきっと大丈夫だろうと何処かで思いながら。
だが、今度は違う。
アイズは本気だ。
ヘディンが強制したからベルに裏切られたという認識がある今この時は本気だ。
本気で斬りかかろうとしている。そして、内心に安堵の色を灯してしまったティオネにはアイズの初手を止めることは出来ない。
穏やかな昼に差し掛かろうとするヘスティアファミリアに惨劇が迫ろうとしていた。剣姫がヘスティアファミリアに殴りこむという惨劇が。
「っっ」
「良くも悪くもベルは集中しすぎる。もっと、意識を分散した方がいい。後ろに目を付け「才有るものが惑わすな。この愚兎にそんな器用な真似は出来ん」へぐっ」
「そう、ヘグニのようなことは出来んさ。なあ、そうだろう愚兎。貴様には出来んよなあ」
「っ、なら、ヘグニさんみたいではなく僕なりに出来るようになってやるっ」
「吠える暇があるとはな。まだ温いか」
「はいっ、もっとお願いします師匠、ヘグニさん」
「だから吠えるな。馬鹿弟子」
「うんっ、こちらこそベル。……は、しまった。ベルと話していると、つい普通にっ……そうさ、命の限り神にも逆らい闘い続ける不屈の魂であれどただのデク人形だ。名も知られぬ有象無象のデク人形ならばこそ、根源となるべき真実の欠片を知り発狂するべきなんだ。デク人形たりえなくなるとなれば、なすべきことをなそう。新たなデク人形の伝説の生もうこの日に(俺達は半人前だ。半人前の、どこにでもいる一人として、誰からも学ぶべきなんだ。先生が誰か、なんてえり好みする必要は無い。学ぶべき相手が居たら学ぶんだ)」
「はいっ」
──エルフ、ふえた
だが、関係ない。ベルを救わんとするこの想い。責務と呼ぶべき崇高な熱量には何の関係もない。
風を纏い突貫すれば何の問題もない。
今こそ成すべきことを成そう。
さあ
──むり
──できない
アイズは抜刀の姿勢のまま凝固した。
心が体を止めたからだ。
心といっても理性ではない。
理性は問題ない。客観的に見て強制の色が欠片もなく、何処迄も透き通った意志を光らせヘディンたちに師事するベルの横顔は敬意と尊敬に染まり切っている。
それでもアイズの理性は強制されたと信じている。否、信じたい。それ以外考えたくない。
だから、理性は問題ない。何時でも斬りかかれる。
アイズを止めるのは情だ。
「もし……」
万が一
「ううん……」
億が一でも、ベルがヘディンを師匠と呼ぶことが強制されたものでなければ、と想定してしまい湧く情だ。
「そうしたら……ベルは……」
想定が当たってしまえば、ベルはアイズを止めようとするだろう。
最初は言葉で
それでもアイズが止まらなければ刃を抜くだろう
何処までも悲痛と悲哀を宿しただが決然とした眼差しで
ウィーネの時のように。
ガツン。と音を立てて、思い出し想定して起こった悲哀の激情を伴ったアイズの顎が粉砕した窓枠の下壁にめり込む。内心の幼女が再び心の墓場に埋まる。
「……………………だめ……でき、ない」
駄目だ。アイズには無理だ。もう一度ベルと戦うなんて出来ない。そんなの嫌だ。
だから、出来るのはこのまま見続けるのみだ。
ベルとベルを奪い取った(アイズ主観)ヘディン+ヘグニの鍛錬を。
「……………………ぃやだ」
でも、それ以外もうこの場では出来ない。それ以外何も出来ない。
どうしてこうなったんだろう。
どうなってるんだろう。ぐるぐるとその言葉だけが頭に巡る
──どうなって……ううん
──なぜ
波紋によって震えすぎたが故に逆に凪いでしまった心の内がその一言で埋まる。
「なんで」
思い出すのは女神祭の後、ベルとの思い出を忘れた日々。
アイズは探していた。必死で探していた。
何を探しているのも分からず誰かを探しているのかも忘れさせられても、温もりだけが残っていた場所を探し回っていた
「……どうして」
ヘスティアと会った巨大市壁の上。ベルと過ごし約束した場所に幽かに残っていた温もりを求めて
──嘘だ
「……わたしは」
そうだ。嘘だ。ベルとの思い出を思い出せた今ならハッキリとわかる。
あの市壁の上もジャが丸くんの屋台もダイダロス通りも裏通りも暖かく無かった。
ただ、寂しくて哀しくて辛くて悲しいだけだった。
市壁の上で座り込んで膝の上に何かを置こうとしていたアイズ、市壁の上で寝転んで傍らを探っていたアイズ、市壁の上からバベルをずっと見つめていたアイズ、ジャが丸くんの屋台で普段よりも買って側にいる誰かに渡そうとしたアイズ、ダイダロス通りで誰かを抱えて走っている人が居るのか探していたアイズ、竜女を見逃すどころか名や異端児という存在すら知って殺さなかったことに途方にくれて安堵していたアイズ。
傍から見れば滑稽な振る舞いだろう。
「わたしは」
でも、アイズは必死だった。
必死で探していた。
何かを。
誰かを。
ベルを。
「あの、とき……」
様子がおかしいアイズを心配してくれたティオナとティオネと一緒に歩いていた時。
自分を覚えているかと知らない少年に言われた時。
何の関係もない無いはずの少年が項垂れた時。
「てを……」
温もりが灯った。
暖かく優しい温もりが繋げた手から伝わった。
身体も心も暖かくなる温もりのまま言葉を連ねた。
温もりが無くならないように想いを連ねた。
その度に温もりは深まって嬉しくて優しくて
膝をついてアイズの手を両手で握りしめて額に当てながら泣く何の繋がりも無いはずの少年を、ただ抱きしめたかった。
でも、知らない何の関係もない少年だから抱きしめることさえ出来なくて
悲しくて
哀しくて
辛くて
申し訳なかった。
──そして、ヘスティア様のお陰で全部思い出した
「がっはっ……」
「もうおしまいか愚兎」
「……ぐっ」
「ヘディンもうベルは限界をとうに越えている。肉体的に立てない。治療を」
「口を出すな……愚兎」
「……は……い゛」
「私がお前を鍛えるに当たって貸した条件を覚えているか」
「あ……あぁっ」
「覚えているか」
「ま、ます……師匠を、こえ、ろ」
「いつかでいい、必ずだ」
「…ぞ、そうで……無かったら……教える意味が無い」
「私に師事する意味はない」
「……っ!? 師匠っ」
「なんだ、愚兎」
「僕は、僕は、ベル・クラネルです! あなたを超えてみせる!!」
「名を呼ばれたければ、せめて私の背中を地に押し付けてからにしろ馬鹿弟子」
「はいっ!? 師匠っ!?」
──その果てがこれだ
「私は」
もうアイズにはどうすべきか分からなかった。
何が何だか訳が分からなかった。
折れた骨が肌から突き破った状態で立ち上がり、ヘディンとの鍛錬で覚醒したようにガンガン強くなっていくベルを見ていて心も身体も弾けそうだった。
一言声に出せば誓いを打ち合わせられる、ベルとヘディンの濃密な絆を目の当たりにして身体も心も押し潰されそうだった。
誰かに相談したくても、リヴェリアはギルドから何かを渡されてから忙しくて相談できなかった。
アイズは追い詰められきっていた
だから
「私は約束を信じているよ。ベル」
ただ信じることにした。
盲目と笑われてもそうすることしかできなかった。
そんな、ベルの祖父が浮気した際における最初期段階のヘラと同じ心境に至った。
ノーマルゼウスレベルなら、約束の市壁の上に良い場所があるとか言ってヘディンと鍛錬するんでしょうけど、流石にベルはしないだろうと願ってゼウスしぐさ(弱)としました