電子小説特典を読んでベルくんのゼウスレベルの高さに感心しました。
てなわけで書いてみました。
アストレアは良識と常識に溢れた女神である。なので、オラリオから直ぐに立ち去ろうとも
「や、久しぶりアストレア」
「えぇ、久しぶりね。ママ」
育ての母への挨拶は欠かさないのだ。
「でさ、でさ、ベルくんってば──」
「そうそう、リューもね──」
品の良い喫茶店でお互いの眷属の話で盛り上がる義理の母娘。
今更、リューの事を改めて頼む必要がある関係ではないが、主神として眷属への誇りと愛しさが篭った話題の種は尽きない。
話が一区切りしてお茶を口に含むと、義母ことヘスティアの手に手紙が納められているを見つけた。わずかな香りが漂う上質な紙。
ヘスティアにそんな手紙を送る送り主を連想したアストレアの肩が一度震えた。それをみて、あちゃーという顔をしながら義母は優しく尋ねる。
「やっぱり、ヘラは……苦手?」
「苦手というより怖いわ。今も」
「うっ……そうかぁ、怖いかあ」
「ええ、ママの神殿にちょくちょく訪れて、幼い私たちのお世話してくれてた優しい貴婦人に突発的に目を抉られかけたもの。エウノミアとエイレネも合わせて三姉妹共通のトラウマよ」
「……あれは、ゼウスが、やらかしたからだし」
ごにょごにょとフォローにならない言葉を呻く義母の手に触れて手を包んでもらい温もりで恐怖を逃すアストレア。
とりわけ珍しい話ではない。良くある話だ。オリンポスではとてもよくある話だ。
そう──
オリンポス、ヘスティア神殿には、石柱がある。
素晴らしい石柱がある。
芸術の神であるアポロンがスヴァジルファリの力を借りて作り上げた素晴らしい石柱がある。
巨人でさえ登るのに四苦八苦する高さと大きさの石柱がある。
きめ細やかな彫刻は陽の光と月の光では輝きを変え、夕日に照らされた時には言葉にならないほどに素晴らしい石柱がある。
きめ細やかな彫刻は登る手がかりや足掛かりに丁度良く、アポロンから贈られて即座にヘスティア神殿に居る孤児たちの遊び場と化した石柱がある。
「ヘスティアらしい」愛の囁きを込めたはずの贈り物をそんな扱いにされたアポロンが、「よし、ならば私も登ろう」と孤児たちと共に遊んだ優しい石柱がある。
そんな、孤児院でもあるヘスティア神殿に相応しい石柱に。
大神が吊るされている。
頬に平手の朱を染めこんだ大神が吊るされている。
全身をぐるぐる巻きにされた大神が吊るされている。
「さて、もう一度言ってごらん、ゼウス」
そんな大神に、熟睡した赤子を三人抱えたヘスティアが、いつも通りの優しい笑顔で問いかけた。
優しい笑顔だ。とても明るい口調だ。にこにこるんるん。という擬音が聞こえてくるようだ。
喜怒哀楽がはっきりしたヘスティアが、大神を縛り上げ吊るしているのに笑顔。
恐かった。
この場に、オリンポスの神々が居れば即座に逃げ出しただろうが、その可能性は無い。
だって、どいつもこいつも遠巻きに見ただけで遠くへ行って絶対に近寄らないもの。
「…………」
「ゼウス」
「………………」
ふぅ、とヘスティアは石柱へ近づき、自分から全力で目を背け沈黙を守る大神、弟であるゼウスの顎を掴んだ。
こう、髭ごとガシリと。
そのまま顔を近づける。
「ゼウス」
「な、なんだ。そうだ、なんじゃ。たとえ姉であろうともれっきとした男子にこのようなこと、ゆるせん」
烈火の眼差しでゼウスはヘスティアを見上げた。
烈火の眼差しと毅然とした物言いには大神たる威厳が篭っていた。
黙秘では逃げられない慨嘆と、頬に刻み込まれた平手の跡と、ヘスティアの目から背けている眼差しと、後半において舌まきになった物言い。
されど、大神たる威厳が篭っていた。
『神格』の低い大抵の神ならば背筋を伸ばさざるを得ない威厳があった。
「ゼウス、誰かと話をする時はどうすればいいのかな。ボクは教えたよね」
「……はい、相手の目を見なさいと教わりました」
目立たないが大神とほぼ同格の『神格』と何よりも姉であるヘスティアには欠片も通じない威厳があった。
幼少のころから姉に叩き込まれ調教された良識のまま応えヘスティアの目を見たゼウスは
「ぴィ」と喉奥で悲鳴を上げた。
薄々、いや、とても分かっていたが、ヘスティアはキレていた。とってもぶちぎれていた。
激怒する姉の怖さを思い知っているゼウスはかつてのトラウマの数々を思い出そうと
「さて、もう一度言ってごらんゼウス」
過去への逃避を姉に許される訳は無かった。
「はい、あの、えっと、じゃな、その」
視線を右往左往しながら、言葉を探す有様。
もはや、大神の威厳は欠片も残っておらず『かーちゃんに隠し事がバレて誤魔化そうとするクソガキ』の有様だった。
その有様を無数に見て接しているヘスティアは、それでも二分待った。二分待ってから言葉を発した。
「……ゼウス」
「はいっ」
「もう一度聞くよ」
誤魔化しなんて許さないよ。そんな眼差しで涙声になった弟を見下げながら姉は再度最初から追求し始めた。
「この子達は、誰?」
「儂と、テミスの子供です。三つ子、可愛いですよね」
「そうだね、ヘラは?」
「昨日バレました。今、囮になったテミスを殺そうと追いかけてます」
「はぁ、まったくあの子は。で、どうして、ウチに来たの?」
「ここしか安全な場所は無いからです。しばらくこの子達匿ってください」
「それは良いけど、なんで、テミスに手を出したのさ。別れてヘラと結婚したよね?」
「不変なる掟の権能を持つテミスと儂との間ならば優れた権能を持つ子が産まれるという確信からです。望みどおりに優れ」
みしり。ヘスティアが掴んだゼウスの顎から異音が響き渡った。
これはヘスティアの握力が優れているわけではない。神々の力とは『神格』の高さ、権能の優劣に比例する。だから、ヘスティアがゼウスの顎を掴みダメージを与えられるのは、それだけ神格が高く権能が優れている証である。ほとんどの神ではゼウスに傷一つ付けられないのだから。
──つまりは、今、ゼウスをどうにかできる数少ない神が激怒して生殺与奪の権を握りしめているということなのだ
「ゼウス」
「はぃっ」
「ご・ま・か・す・なっ!?」
「……はぃぃぃっっっ」
喉奥で収まることが出来なかった涙の悲鳴を上げるゼウス。普段のゼウスを知る者ならば目を疑うほど、あまりにも情けない姿だった。
「はぁっ」
「す、すんません」
「ボクに謝ってどうするんだよ」
「すんません、姉ちゃん、誤魔化してごめんなさい赦して、堪忍して」
「……もう誤魔化さない?」
「誓って」
えぐえぐと泣いていた涙をそのままに、ゼウスはキラキラした純粋な眼で真摯に誓った。初見の者ならばワザとらしいと目を顰めるだろうが、何度もこの眼差しで誓われたヘスティアにはわかる。
ゼウスは本当に誓っていると。
「はぁぁぁっ、もう一度聞くよ……なんで、テミスに手を出したのさ。別れてヘラと結婚したよね?」
吊るす前に一度、つい先ほど二度、そして、今この瞬間三度目、誤魔化さずに全てを明かすチャンスをくれる優しいヘスティア。
そんな彼女を前に、ゼウスの頭脳はかつてないほどに回転する。
R18Gの所業をした父クロノスや、その父を何とかするためにゼウスに全てを叩き込んだ──そう初めての女も含めて──古代エジプト脳な母レア。
一柱の神としては尊敬してやまないが、父母としては無しじゃろ。そんな両親と違い、親の温もりを自分たちに与えてくれたのは姉ヘスティアだった。
手づからの料理も、ほつれた服を縫ってくれたのも、夜一緒に寝て温もりをくれたのも、当たり前のことを叱ってくれたのも、姉ヘスティアだった。
そんな姉に対する情愛温もり恐怖を思い出したゼウスは
「久々に会ったテミスの後ろ姿にムラっときて、わっふるわっふるしてたら孕ませちゃった。で、そのまま、ヘラにどう誤魔化そうって考えている間に。
おぎゃあって産まれて、ヘラにバレちまったぁぁっ!? このままじゃ、テミスと儂だけじゃなく、この子達までヘラに締められるぅぅぅっ!? お願いっ!? ねえちゃん!? ねえちゃぁぁんっ!? この子達匿ってぇぇ!? で、儂とテミスが締められる前にヘラを落ち着かせて仲介してぇぇぇぇぇ!!??」
誓いのまま洗いざらい正直に話した。
「このどあほぉぉぉぉっ!!!」
笑顔を吹き飛ばし激昂のままヘスティアはゼウスをひっぱたいた。
「なんでっ! ヘラというれっきとした嫁が居るのにっ! 別の女に手を出すんだぁ! ヘラが可哀想だろぉぉぉっっっ!!! その上っ! テミスを孕ませるとかっ! 精子脳もいい加減にしろぉぉぉっっ!!!! 責任も取れずに子供作るなぁぁぁぁっ」
そのまま引っ叩きながら、妹に対する愛情と孕まされたテミスに対する同情と幼子たちへの慟哭を叫ぶヘスティア。
ガシリとゼウスの顎を掴んだままヘッドバット。
そのまま、ぐりぐりと体重をかけながらぶるぶる震えるゼウスに言い聞かせる。
「もし、ヘラが別の男に手を出されたらどう思うんだぁっ!!! 少しは想像してみろぉぉぉ!!!」
「ぶべっ!? えっ!? だれっ!? ポセイドンっ!? あの野郎、嫌がるヘラにっ! なんてことっ!? ねえちゃん!? ねえちゃんっ!? 今すぐあの下種野郎ぶっ殺しに行こうっ!? ねえちゃんと儂が組めば瞬殺っ!!??」
「出されてないわぁぁっ! もしって、言っただろうっ!」
「ふざけんなぁ!? 例えが悪すぎるわっ!? 愛する妻がそんなことされたかもしれん『もし』なんて許せるかぁぁ!?」
ピタリとヘスティアの動きが止まった
「…………ゼウス」
「なんじゃ」
「そういうの、ヘラに言ってる?」
儂は姉ちゃんの今の発言だけは許さないよ。という怯えを吹き飛ばした勇敢な眼差しの弟に姉は優しく聞いた。
「……いや」
「…………何で?」
「言わんでもわかるじゃろうし……その」
「そ・の???」
愛してるって言ってくれないんです。と自分の胸の中に抱いたヘラに何度も愚痴られている姉は念を押すように聞き
「その……照れくさいじゃろ」
「このぐてぇぇぇぇいがぁぁぁっ!!」
何時も通りの愚弟をもう一度引っ叩いた。
「……それじゃあ、ヘラにはゼウスとテミスから話をする。それから、ボクの神殿に連れて来て冷静に話し合う。それまではゼウスとテミスはこの神殿に立ち入り禁止。それでいいね?」
「え? 姉ちゃんがヘラに最初に話を「は?」はい、それでお願いします」
抱き上げている熟睡した赤子たちに影響を一切与えず、怒声と咆哮と叱責を一段落して纏めに入るヘスティア。途中で楽な道を愚弟が選ぼうとしたが眼光で落とす。
そうでなければ、ヘラが可哀想だ。最低限の誠意をヘラに示さなければならない。
自分の出番は弟とテミスが最低限の誠意をヘラに示した後なのだから。
「あ、ぅ」
「おっと」
少し気をこの子達からそらしてしまった。
弟を縛り上げて吊るそうとも、叱責しようとも、今ヘスティアが最大の注意を払うのはこの子達だ。
動き回っても、赤子には一切悪影響を与えないよう細心の注意を払い続け、今のようにむずかると直ぐにあやすその様は女神だった。
「それじゃあ、いってらっしゃいゼウス」
「ま~」
「あぁ、まぁ~」
「うぅ、ま~」
産まれてから、即座にヘラに捕捉され、追われるストレスフルな日々を過ごしていた三姉妹にとって初めての安らぎの時だった。
ヘスティアに抱きかかえられ、処女神であれど孤児の神ゆえに出る母乳を与えられ、半刻。既にヘスティアの事を母親のように三姉妹は慕い始めていた。
「はいはい、ま~だよー。直ぐに来てくれるからね」
テミスとゼウスが戻ってくるまで、アストレアとエウノミアとエイレネ三姉妹の母代わりをするとヘスティアは決めていた。
その予定は──
この次の日、テミスを見失い神殿に来訪し夫に浮気された悲しみに咽ぶヘラを抱きとめ暫く滞在させることから始まり、
傷心のヘラを慰めている間に場所と時間を作ってゼウスとテミスに会わせようとしたら「ヘスティアが居ないのにヘラと顔合わせるなんて無理」とテミスに逃げられ
テミス以外の女とゼウスが良い仲になったりして
三姉妹に確固とした自意識が芽生えた後まで続いてしまったのである。
そして、自意識がしっかりした頃、三姉妹がゼウスとテミスの子だとヘラにバレて大騒ぎになったのだが。
この一連の流れの裏には、ヘラにゼウスとテミスの子をそれと無くばらして狂乱を心待ちにし、ヘスティアのせいで不発になったことに歯噛みし、ならば次だと、ヘラが姉と一緒に三姉妹の育児をしている時に情報を流して、あわよくば「だましたな」とヘラの手によりヘスティアもここでと狙っていたのに、全てを明かした姉の愛で不発に終わり、ヘイトを溜めるディオニュソスくんが居たりする。
──オリンポスあるあるである
「やっぱり、ヘラは、怖いわ。ママが止めなかったら私たちの目は抉られていたし」
シュンとする自分の神友にして義娘のうちの一人を抱きしめながら頭をなでてヘスティアは落ち着かせる。
ヘラもこの子達も悪くないのだ。
どう考えても弟が悪い。
流石にブチギレて、今度は吊るしたまま浄化の炎で燃やしてぐりぐりしてヘラに何度も謝らせたが、本当にあの愚弟は……
手紙に『夫の情報が少しでもあったら下さい』と切実に書いているヘラに役立たずで本当に申し訳ないなあとヘスティアはアストレアに聞こえないように大きなため息をつくのだった。
こうして、ヘスティアとアストレアの再会の一時は終わりを告げた。
普段、年長者として教え導いてばかりだったアストレアは久々の母の温もりに艶やかに笑って別れ、ヘスティアはバイトに向かった。
こんな風に子供作っては自分に放り投げていた弟が、孫とはいえ乳飲み子を立派に育て上げる。
そんな光景が想像できず、ゼウスによく似ているベルと自分の弟との繋がりを未だ見いだせないヘスティアだった。
母親のように接してくれたアストレア様が幼女神に娘として接している姿をリューに見せたいなあと思っていたらこんなことに