「しずちゃんさようなら」の回です。※1
「起床!起床!各員、緊急事態発生!緊急事態発生!」
スピーカーから流れるスネトの叫び声が部屋に響き渡り、玲雄は驚きでベッドから転げ落ちる。
「わっ!何だ何だ!?」
直前まで良い夢を見ていたような気がするのだが、その余韻に浸る間もない。
「繰り返す!起床!起床!各員、緊急事態発生!緊急事態発生!」
「緊急事態!?これはただ事じゃないぞ!?」
玲雄は慌てて着替え、各種装備を装着する。
これがのび太ならば、慌てて眼鏡を探し出すのだが、幸い玲雄の視力は良好だ。
最低限の支度を済ませ、部屋のドアを開ける。
「おうレオ!お先に!」
「ジャンボ!流石は機1!早いね!」
「まぁな!緊急出動なんて機1じゃ当たり前だからな!お前も機3にしては早いじゃないか!」
扉を開けた先には既にタケルが壁掛け秘密基地のシャッターを開け、階段を駆け下りようとしていた。
機動1課は緊急出動が多い。夜中や非番時の急な呼び出しは日常茶飯事だ。緊急呼び出しでまごついているようでは仕事にならない。むしろタケルに少し遅れている程度で駆け出している玲雄が早い方だと言える。
「非番呼び出しは少ないけど、機3だってそれなりに出動は多いからね!」
玲雄が言うとおり、基本的に出勤中の隊員だけで事が足りるのだが、帰還不能や現地でのトラブルなどで出動がかかることは少なくない。緊急出動の報せを受ければ体が反応してしまうのはタケルも玲雄も同じだった。
部屋に鍵をかけ、タケルから遅れて数秒後。無駄に長い階段とタイムマリンが丸々と収納されている広い駐機場を走り抜け、当直室に駆け込む。
「スネト!何があったの!?」
玲雄が当直室に入ると、スネトもタケルもモニターを見てポカーンと固まっていた。
「??」
返事が無いので玲雄も監視モニターを見てみると、そこに映っていたのはのび太が早朝なのにも関わらず、机に向かって算数の勉強をしている姿だった。
『660かな?合ってた!120÷6は………うーん………』
よほど大変な物が映っているのかと思ってみれば、何てことはない。ただの勉強風景。
強盗に襲われているワケでもなく、重い病気に罹ったワケでもない。
最悪は(のび太にとっては)昨日の絶望的な出来事から世の中に絶望して自ら………なんてことを想定していた玲雄にとっては何とも肩透かしを食らった感じだ。
「………これのどこが緊急事態?」
玲雄はジト目でスネトを見る。
「バカ!あののび太が朝早くから自発的に勉強を始めたんだぞ!?あののび太がだ!これが緊急事態じゃなくて何だというんだ!」
「昨日の結果が余りにショック過ぎて頭がおかしくなっちまったのか!?」
「それとも何か人格が崩壊する悪いウイルスにでも罹ったのか!?」
「………君達、いくらなんでも失礼過ぎると思うよ?頭がどうにかしたとしても、人格に影響が出るウイルスだったとしても、プラスに物事が運ぶんならいい事じゃないか」
「「それだ!」」
タケルとスネトが玲雄の言葉に納得しかけたところで………
「レオ。君も大概失礼だという事に気がつこうよ」
緊急事態という状況に慣れていないヒデキがタケルと玲雄に大分遅れて当直室に入る。少しだけ眠そうな表情を覗かせるヒデキ。それでも少しも乱れていない身だしなみをしているのはさすがはパーフェクト超人のヒデキであろう。
「君達。のび太君の意識が良い方向に変わったって発想は無いのかな?」
ヒデキがそう言うと、のび太の部屋では押し入れのふすまが開き、中からドラえもんが起きてくる。ドラえもんも朝から机にかじり付いているのび太の様子に驚くが、のび太は
『あ、ドラえもん。起こしちゃった?とりあえず次のテストで0点を取らないように頑張ろうと思う』
と、やる気に満ちた顔をしていた。
「ほらね。少しは彼を信用してあげようよ」
ヒデキは三人を困ったように見て嗜める。
「い、いやぁ。あまりにも驚きすぎて………」
「それでエマージェンシーコール?やり過ぎだよ、スネト。一番あり得る可能性じゃないか」
「そうだ。大袈裟だぞ?スネト」
ゴチンとスネトの頭に拳骨を落とすタケル。
「あいた!何だよもぅ………当直がジャンボやレオだったらきっと同じ事をしているだろう?さっきの反応だとさ」
スネトの反論に玲雄もタケルも「えへへへ」と誤魔化し笑いを浮かべる。
「3人とも結局同じだよ………まぁ、何事も無くて良かったってところかな?………身内に不安が残ったけれど………」
呆れ半分、安心半分といった様子でヒデキはコーヒーをカップに注ぐ。寝直すには中途半端な時間なので、カフェインで無理矢理目を覚まそうと考えているのだろう。自分の分を用意するついでに、さりげ無く5人分を用意するあたり、気配りにも隙がない。
「あれ?そういえばサヤカ君は?」
それぞれにコーヒーを渡した後に、サヤカが到着していない事に気が付くヒデキ。
「あれ?珍しいなぁ………サヤカちゃんが遅れるなんて………」
ヒデキに言われて初めて気が付いた様子で玲雄が呟く。
「いい大人になったってつうのに相変わらず女の子の事がわかってないなぁ。女性はね、時間がかかるものなんだよ」
人差し指を立てて左右に振り、チッチッチッと玲雄を馬鹿にするスネト。
そこで扉が開き、サヤカが飛び込んでくる。
「遅れてごめんなさい!状況を教えてもらえないかしら!?」
「ああ、サヤカちゃん。大丈夫だよ。のび太君が自主的に勉強をしていたことに混乱してスネトが色々と早とちりしただけだから、そんなに焦ることはなかったよ」
「そう………それなら良かったけど、緊急招集に遅れるてヒデキさんよりも遅く到着するなんてタイムパトロール隊員としては失態ね………今後、気をつけるわ」
深々と頭を下げるサヤカ。
「良いんだよサヤカちゃん。それよりもどうしたの?遅刻なんてサヤカちゃんらしく無いけど………」
「………夕べは中々寝付けなくて………でも、そんなのは言い訳だから、私が悪いの………」
よく見るとサヤカの顔色は悪かった。どこが調子を崩しているのは確かだろう。
「サヤカちゃん。どこか具合が悪いの?」
「………ううん。大丈夫よ………本当にただの寝不足なだけだから………誰の事を考えていたと思ってるのよ………」
サヤカが寝不足気味だったのは、玲雄を心配するあまりのことだが、サヤカは怖くて直接聞けず………。
「それよりもスネトさん?ヒデキさんが言うように、流石にのび太さんに失礼よ」
「アハハ………ごめんごめん。僕も寝不足だったからさ………」
「徹夜で張り込むことが多い捜査課なのに?」
「完全徹夜よりも、中途半端な方が却ってキツイんだよ……」
上手くはぐらかされ、玲雄はスネトに詰め寄ったサヤカにこれ以上聞くことが出来なかった。
(それにしても、のび太おじいちゃんが………自発的に勉強か…3日坊主で終わらなければ良いけど………)
昨日はのび太に対して失望してしまった玲雄は、どうせ長続きはしないだろうと辛口にのび太を見る。
しかし、玲雄自身は気付いていないが、その表情はドラえもんと同様に優しげなものだった。
のび太のやる気はこの日、ひたすら算数の勉強を続けていた。
(どうせなんて言って逃げている限り、僕の未来はセワシ君が言っていた通りになっちゃう。いや、未来は変わりやすいっていうから、もしかしたらもっと酷い未来になっちゃうかもしれない。あがかなきゃ何も変わらないんだ。しずかちゃんとの結婚は、ドラえもんがくれた夢だ………。それは今の僕じゃ、普通の努力じゃほど遠い夢だ………。そのことを昨日の事で思い知らされた。でも、諦めたらそれは夢ですらなくなっちゃう。未来を変えるんだ!未来を掴むんだ!何としても!)
のび太はこれまでにないほど、必死に勉强した。
ここまで必死になったのは人生で初めてだと自分でも思っていた。
帰りの通学路にまで帰りながら教科書を開き、ひたすら暗算を続けていた。
のび太達の遊び場である空き地の前を通りかかった時には、武とスネ夫に見つかり茶化されていたが、のび太は二人に目もくれずに勉強を続けた。
家に帰った後もドラえもんに問題を出してもらい、それを暗算で答えるという勉強を繰り返す。
机にかじりつくだけでなく、食事中でも教科書を見ながら勉強。
流石に箸で教科書のページをめくった時は、母親である野比玉子に叱られていたが。
更には………
『じゃあ暗記パンを使えば良いよ』
『良い。自分の力でやらないと意味がないんだ』
これを見た時は、玲雄もタケルも驚きを隠せなかった。
「こ、これは………見せかけだけのやる気じゃない。ジャンボ、どう思う?」
「あ、ああ………コンピューターペンシルの時とは大違いだぜ」
「もしかしたら、本当にのび太君はいい意味で変わったのかも知れないな………」
「お?何だよレオ。その嬉しそうな顔はよぉ。この前はお前にしては珍しく相手を心底嫌いって顔をしていたくせによぉ」
「嬉しそうな顔をしているかなぁ………うん、そうかもね。弟が頑張っているのを見てるっていう感じかもね」
「弟?」
(しまった………)
別に自分がのび太の子孫であるという事を秘密にしなければならない義務はない。
しかし、のび太とドラえもんが関わったことにより、玲雄の体に影響が出始めている。このままのび太が変わっていけば、更に玲雄の異変が進行しているだろう。
玲雄が消えることになるかも知れないとタケル達が知れば、のび太の未来を変えることに反対するかも知れない。
(一度は見捨てかけたけど、僕だってのび太君やセワシ君が幸せになるかも知れないんだ………僕だけの都合で彼らや彼らの家族を不幸にするわけにはいかない………そんなの、僕はイヤだ…)
「ほら、セワシ君はジャンボの弟の友達だろう?セワシ君に似ている彼を見ていると、何だか弟のように思えちゃってさ」
「あ、ああ。そういうことか。俺も武おじいちゃんが弟みたいに思えちまってたから、気持ちはわかるぜ」
「だろ?」
「あ、ああ………」
ホッとした表情を浮かべる玲雄。タケルはその表情に違和感を覚える。具体的に何かと言われれば、説明はできないのだが…。
「まぁ、この調子なら大丈夫そうだね。さて、僕達も戻ろうよ。今日はヒデキがご飯を手作りしてくれるってさ」
多趣味なヒデキは料理も趣味らしく、時折息抜きで料理も振る舞ってくれる。それもとんでもなく旨い。
「サヤカちゃんじゃなくて残念だったな」
「茶化すなよ………僕はジャンボが料理担当じゃ無ければ何だって良いよ。子供の頃に食べさせられかけたジャンボシチューなんて出された日には、全員が食中毒で『お医者さんカバン』のお世話になりそうで怖いよ」
「人の心の古傷を抉るんじゃねぇよ………」
玲雄とタケルは大笑いしながらつづれ荘に戻った。
その日の夕食は、ヒデキが彼と仲間が良い、木手博士の先祖の生まれ故郷で見つけた良質な野菜を取り扱う『八百八』で買ってきた野菜をふんだんに使った野菜尽くしだった。※2
とても美味しく、皆がパーティー感覚で楽しんだ食事だったのだが………
「お?星野スミレが主演のドラマだ!僕、この時代の女優の中では一番好きだなぁ!美人だし、演技が上手いし!」
の玲雄の一言で空気が凍り付く。
「ヒデキさん…確かモニター品に、『自動ぶん殴りガス』ってあったわよね……それを貸してくれないかしら?」
「い、いや、あれは………」
「か・し・て!」
その晩、玲雄はひたすらタイムマリンに頭をぶつけるハメになる。※3
「レオさん?星野スミレって過去の人よ?わかってる?レオさん。ねえレオさん、聞いてる?レオさん。レオさん」
「痛い!痛い!何を怒ってるの!?サヤカちゃんやめて!」
その光景を見たヒデキ、タケル、スネトは
(レオももう少し女心が分かればなぁ………女優相手に嫉妬するサヤカちゃんもサヤカちゃんだけど………)
男性陣がドン引きする中………
(何故かしら?星野スミレさんだけは、負けちゃいけない気がするのよね………)
と、サヤカは自分でも根拠のない焦りにつきうごかされていた。
そのサヤカの勘は当たり、玲雄達は星野スミレと深く関わっていくことになる。
続く
※1
しずちゃん
一般的に「しずかちゃん」と本妙で呼ばれている源静香だが、実はこれはアニメ版の話であり、原作コミックス版では一貫してあだ名である「しずちゃん」と呼ばれている。
※2
八百八
キテレツ大百科に登場するジャイアンポジション、熊田薫の実家が経営する八百屋。
八百八の設定はアニメオリジナルで、いつの間にかアニメでは熊田一家がキテレツにおける「のび太ポジション」に落ち着いてしまった。「らっしゃい!」
※3
自動ぶん殴りガス
使ったらヤバいひみつ道具の1つ。
『JBG』と書かれた容器に入ったガスを何か吹きかけ、その付属品のマイクで対象の名前を呼び続けると、対象は勝手にガスを吹きかけられた物質にぶつかっていくひみつ道具。
それでは次回もよろしくお願い致します!
のび太の結婚前夜編についてのベースは?
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