のび太が一心不乱で算数の勉強を始めてしばらくが経ち、テスト当日。
「のび太君、あれだけ頑張ったんだから、テストの結果はきっと大丈夫だよ!」
「うん!行ってくるよ!」
ドラえもんのエールを受け、自信満々で登校するのび太。
「ま、あれだけ頑張れば0点はないだろうな。赤点って事もないだろうよ」
「うん。報われて欲しいよね」
意気揚々と家を出ていくのび太をいつもの位置で見守るレオとタケル。
低空飛行しながらヒソヒソ話をするのももう慣れたものだ。
そして、校舎に入っていくのび太を見送り、玲雄達は学校の裏山に移動する。
(上手くいけば良いな………頑張ってね。のび太おじいちゃん)
石ころ帽子で姿を消しているとはいえ、さすがに活発な小学生が集まる校舎内には侵入できない。
予想外の動きをする子供達の行動予測をする事など不可能な事なので、万が一ぶつかりでもしたら騒ぎになってしまう。
なので、玲雄とタケルが待機場所にしているのはのび太の小学生から程近い裏山だった。
学校の裏山はのび太にとって、町で一番大切な場所だった。
本人曰く、どんなに嫌なことがあっても、裏山にいれば元気が貰える場所らしい。
本気で裏山が大好きなのび太は、時折自発的に裏山を清掃したりなどをして恩返しをしている。
「この山、もう俺達の時代には無くなっていたよな………」
「僕達の時代どころか、のび太君の子供達が小学生になる頃には影も形も無かったみたいだよ。ヒデキが教えてくれたよ」※1
「残念な事だな………こんないい場所が………」
「非番の時にゆっくりと散歩したけど、野ウサギがいたり、木苺がなっていたり、本当にいい場所だよ。のび太君がこの山を憩いの場にしているのもわかる気がするよ。本当に惜しいよね」
「もしここがガキの頃にあったなら、俺はあの一本杉に挑戦していたかもな」
裏山の未来を知っている二人はしんみりとする。
ちなみに玲雄達はのび太が登校している平日に交代で非番を設定しており、各人は思い思いに20世紀の東練馬を楽しんでいた。
『レオさんもタケルさんも、休憩をしないでとは言わないけど、気を抜きすぎないようにしてね?何があるかわからないんだから』
「いけね。さすがに授業中は暇だから、ついつい………」
サヤカの説教でのび太から目を離していたことに気が付く。少し気を抜いていたのかも知れない。
時々、自分達が何の為にこの時代にやって来たのか分からなくなる時がある。
玲雄達がこの時代にやって来てから結構な日数が経過したのだが、平和そのもので、世界が崩壊するような何かが起こるような何かが起こるとはとても思えない。
数年ほど前までは信じられない程の犯罪者がいたようで、特に窃盗関連では秘密結社が存在していたようなのだが、正体不明のヒーロー達の活躍によって犯罪者は激減したらしい。※2
ともあれ、今の段階ではドラえもんが過去にやって来ることで何かが起こるとは思えず、更に言えば何かが起きたとしてものび太達で何が出来るとはとても思えない。
のび太とその周囲は個性(特にのび太、武、スネ夫、静香、英才)が強いのは確かなのだが、あくまでも普通の小学生だ。※3
『それよりも、そろそろテストが始まるみたいだよ。今回のテスト結果には興味津々だったじゃないか』
ヒデキから声がかかり、玲雄はスパイ衛星の映像に目を向ける。
いつもテストの時は、どんよりとした雰囲気を醸し出しているのび太だが、今回は勉強をしてきた関係か、自信に溢れている。
『勝手に良い点を取ったら許さないからな』
『アハハハハ!今から謝っておくよ。ごめんねー』
と、余裕な態度を取るのび太。
(ちょっと鼻に付くけど、それだけの事はやってきたと思う。頑張ってね。のび太おじいちゃん)
しかし、いざテストが配られると………。
『ん?そんな………何で!?』
先程までの自信満々な野比のび太の姿は………もうどこにも無かった。
数時間後。
採点されたテストが返却される。
テストの結果は………
『野比くん、0点』
先生の目前で、のび太は肩を落としていた。
のび太が勉強していた教科は算数。しかし、今回行われたテストは漢字の読み書きテスト。
完全に勉強する照準を間違えたのび太は見事に撃沈していた。
「あちゃあ………」
「野比のび太らしいミスと言えばそこまでだけど………今回ばかりは流石に同情するぜ…」
次のテスト内容を確認し忘れたのび太のミスと言われればそこまでだが、心機一転し、努力をしようとした門出の結果がこれでは確かに報われない。
自己責任の果てとはいえ、のび太に対して辛口な玲雄も、流石に今回ばかりは同情を禁じ得なかった。
『これで何度目だ?』
『すみません………』
『はぁ………こんな成績じゃ、小学校も卒業できないぞ。先生は君の将来が本当に心配だ』
クドクドと説教を始める先生。
それに対して未来組は顔を顰める。
「おいおい。気持ちはわかるけど、いくらなんでもこんな公開処刑をする必要はねぇだろうよ………」
「少し先の未来では問題になる行為だね。これが職場とかならばパワーハラスメントも良いところだよ」
他の生徒がいる前で勝手に生徒の点数を晒し、そしてクドクドと説教を始める。
この行動は玲雄達の時代ではもちろんの事、のび太と玲雄達の時代の中間である『令和』と呼ばれる時代でも問題となる行為であった。
説教するにしても、別の時間、別の場所………例えば生徒指導室等にのび太を呼び出してやるべき行動である。
時代が時代ならば出るところに出られてもおかしくない。
『「昭和」と呼ばれる時代ではこれが当たり前だったらしいよ。残念な事にね』※4
後々の時代には問題視され、公開処刑のような説教に関しては規制されていくようになる。しかし、その反面では逆に軽い指導でもやたらと問題視されてしまう、いわゆる『ハラスメントハラスメント』な問題も発生してしまう。バランス取りというものは難しいものである。
閑話休題
放課後、のび太は一人、トボトボと歩いていた。
『こんな成績じゃ、小学生も卒業できないぞ。先生は君の将来が心配だ』
玲雄達が心配していた通り、のび太の危機感を刺激する為の一言であった先生の言葉は、深くのび太の心に突き刺さっていた。
「のび太くーん!」
そんなのび太に声をかけてくる人物がいた。タケコプターで飛んできたドラえもんだ。
(おっと………)
うっかり空中でぶつかってしまわないようにドラえもんを避ける玲雄とタケル。
普段は家で待機しているドラえもんだが、この日はせっかちに下校中ののび太を迎えに来ていた。この数日間ののび太の頑張りを一番見ていたドラえもんは、今日の結果が待ち遠しくて居ても立っても居られなかった。
頑張れば出来るという事を知り、自信を持ったのび太を早く見たくて仕方が無かったのだろう。自身もロボット養成学校では落ちこぼれで苦労した経験があるため、のび太の事は他人事ではないのも理由なのかもしれない。※5
結果を知らないドラえもんは、今日という日はのび太にとっても彼にとっても記念日となる………そう信じて楽しみで仕方が無かった。
つくづく人間臭いロボットである。
一方でのび太と言えば完全に俯き、ドラえもんの声が聞こえている筈なのに、聞こえていないかのように無視してトボトボと歩く。
テストの結果、先生の言葉によって落ち込んでいることもある。
しかし、のび太にとって一番堪えているのは散々協力して貰い、そしていい結果を信じて疑わないドラえもんの期待に応えられなかったことに対し、申し訳ない気持ちで一杯なのだろう。
「ウフフ、テストはどうだった?」
再びドラえもんが声をかけると………
「どうでもいいよ………」
今度は無視せず、力なく答えるのび太。
「またまたぁ。あれだけ勉強していたんだから、結構良い点数だったんでしょ?」
「………言いたくない」
後ろ手でまとわりつくドラえもんを振り払うのび太。
ドラえもんはのび太の態度をお芝居か何かだと思ったのだろう。
その信頼がよりのび太の心に重くのしかかる。
「もう照れちゃってぇ」
ドラえもん達と接触を持つことが禁じられてしまっていることがキツい。
すべてを知っている玲雄達からしてみたら、もうやめてあげてくれと言ってやりたかった。ドラえもんの純粋な期待がより一層のび太を追い詰めている。
ドラえもんを置いて更に歩くのび太。
「よーし」
ドラえもんは四次元ポケットに手を突っ込み、昭和の後期でも使われていないガマ口デザインの薄い赤色のハンドバッグを取り出す。
「取り寄せバッグ!」
取り寄せバッグ。
離れた場所にある任意のアイテムを名前の通りに取り寄せるひみつ道具だ。
誰もが大事な捜し物がある時に『○○』があればなぁ………と思うひみつ道具のベストスリーにランクインするであろう便利道具だ。※6
「時々思うんだけど、ひみつ道具の開発デザイン部ってレトロ趣味があるのかしら?」
『レオさん。今はそんな事を気にしている場合じゃないでしょう?』※7
ドラえもんは取り寄せバッグに手を突っ込み、のび太のランドセルから0点のテストを取り出す。
「ありゃ?漢字テスト?勉強したのって、算数だよね?」
紅く丸々と付けられた0の字。
凍り付くドラえもん。
知らなかったとはいえ、自分が残酷な事をしていた事に気が付くドラえもんだが………
『まぁ、普通はテストの教科が違っていたなんて気が付かないわよね。ドラちゃんは悪くはないわ』
「まぁ、僕達も気が付かなかったからね。気が付いたところで僕達には手出し出来ないけど」
ドラえもんに全てを知られたのび太がそのまま更にガックリと項垂れ、そして大号泣。
「うわぁぁぁん!もう嫌だぁぁ!つくづく自分か嫌になったぁぁぁぁ!」
「のび太くん………」
「もう放っておいて!」
刷り込みたまごの一件では自分自身の浅ましさ、出木杉との人間的な差を見せ付けられた。
今回の一件ではテストの教科を間違えてしまった迂闊さ、応援してもらった上で期待をしてくれたドラえもんを裏切ってしまった事実、そしてトドメになったのが先生の言葉………。
それらのすべてが積み重なり、のび太のメンタルは完全に潰されてしまっていた。
さすがのドラえもんも、この状態ののび太にかける言葉がみつからなかった。
続く
※1
約30年後には無くなる学校の裏山
小学校の裏にある裏山。反対側には中学校があるようで、「宇宙開拓史」では近道になっているようである。また、のび太の担任も裏山の反対側に住所があるらしく、通勤路に使っている。
裏山からは学校の前を流れる「花見川」の源流があるようで、ジャイアンやスネ夫が釣りを楽しんでいる場面がある。
花見川の下流はドブ川になってしまっているが、源流では今でも魚が生息しているようである。
のび太は裏山で昼寝をするのが好きで、50年後の世界からやってきた老人のび太も体が覚えていたのか、のび太の昼寝定位で昼寝をしていた。
ポイ捨てがデフォルトなドラえもんワールドの住人達(あの出木杉君ですら「グッスリまくら」を窓から捨てたポイ捨て民)だが、のび太は裏山にだけはポイ捨てはしないらしい。
環境破壊がテーマだった「アニマル惑星」では特にピックアップされていた学校の裏山。
残念なことにのび太の息子、ノビスケの時代では山があった痕跡すら無くなっており、既にマンション街が作られていた。
憩いの場所を失ってしまったのび太の心情は図りしれない…。
※2
正体不明の子供ヒーローズ
パーマンの事である。
平和とはいえ、のび太の町は結構な犯罪者が多いらしく、熊虎鬼五郎を始めとした凶悪犯が度々現れてはのび太達の平和を脅かしていた。
パーマンと世界線が同じなのならば、その頃の名残で凶悪犯が多いのかも知れない。
のび太の時代ではチンパンジーのパーマン2号、ブービーはどうなっているのかが気になるところである。
※3
個性が強い………で済むレベル?
明らかにそれで済む範疇では済まされないレベルだろう。特にジャイアン。
映画版では無類の男気を見せるジャイアンであるが、新しいバットを買ったので、殴り心地を試させろと友人に平然と言ってのけたり、公害とも言えるレベルのリサイタルを開催したりと個性の一言で済まされる範疇ではないだろう。
ジャイアン程ではないにしても、レギュラー陣もツッコミを入れればキリがない程に凄まじく個性が強烈である。
これを「個性は強いが、普通の小学生」と言ってのける玲雄達は………やはり同じ穴のムジナだと言わざるを得ない。
静香も意外とパワー派だし………(「タイム節穴」を自室の窓から空き地までポイ捨てした。下手したらジャイアン以上に強肩の持ち主!?)。
※4
時代考証
ドラえもんが連載されていた時代は昭和。
「ワンニャン時空伝」でのラストでは21世紀という事になっているように、放送時期に合わせてのび太の時代はコロコロと変わるものの、のび太達の日常風景は昭和のそれであると言える。
※5
落ちこぼれドラえもん
『2112ドラえもん誕生』におけるドラえもんでの描写。他の同型ネコ型ロボットと比べて成績が悪く、個性が強いドラえもんは正にロボット養成学校ののび太だったといえる。
※6
取り寄せバッグ
ドラえもん作品………特に大長編を見ていて誰もが思うであろう。探しものをしている時に何故『取り寄せバッグを使わないんだ!』………と。
例を挙げれば大魔境でワニに襲われた時に置いてきた道具を、宇宙小戦争でピリカ星に到着したときにスモールライトを(そもそもビッグライトをなぜ使わない?)、アニマル惑星では星の船、ドラビアンナイトでは黄金宮殿にある各種アイテム等、挙げればきりがない。
もっとも、取り寄せバッグを使わなかったからこそ面白く、感動的なドラマが生まれたのだから必要な大人の事情とも言え、突っ込むのは野暮だと言うものだが。
ある意味では失せ物チートアイテムだから封印されたひみつ道具だろう。
※7
デザイン
現実的な話としては連載当時のセンスでしょう。未来のデザインを先読みして作画なんてできないわけですから。
設定的なところではひみつ道具開発のデザイン担当者はレトロ趣味なのでしょう。
レトロ趣味のデザインを無理に変えず、そのまま使用している現在のアニメ制作陣からは原作愛を感じます。
うーん………
STAND BY MEドラえもんのインタビューで製作者が言っていましたが、「STAND BY MEドラえもん」は既存の原作をつなぎ合わせただけと語っていましたが、それでもチョイスしたエピソードは秀逸だと私は思います。
それでは次回もよろしくお願い致します。
のび太の結婚前夜編についてのベースは?
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STAND BY MEドラえもんルート
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旧のぶドラ映画版ルート
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その折半ルート