とあるタイムパトロール隊員の特殊任務   作:本城淳

14 / 21
しずちゃんさようなら編第3話です。


のび太の本質

自分自身に愛想を尽かしたのび太は、まっすぐに帰る気にはなれず、通学路を逸れて多奈川の河川敷にいた。

普段ならば裏山に癒やしを求めているのだろうが、余程ショックだったのか、この日は一級河川の多奈川の土手で膝小僧を抱えて落ち込んでいた。

そう。普段ならば寝転がっている所を膝小僧を抱えての体育座りなのだ。

典型的な「私、落ち込んでいます」の構図である。

意地悪な人間ならばあざといと感じるだろうが、のび太は本当に落ち込んでいた。

 

『君の将来が心配だ』

 

のび太の脳裏で繰り返される先生の言葉。

落ちに落ちているのび太の中では『本当にその通りだ………』と繰り返されていた。

同時に、ドラえもんが提示してくれた源静香との結婚の夢。

 

『ドラえもんが言うとおり、本当にしずかちゃんと結婚できたとしても、こんな僕なんかと結婚しちゃったら、こんなダメな僕の人生にしずかちゃんを巻き込んで本当に良いのだろうか………』

 

「こ、これは相当にマズいかも………」

 

のび太の心理を『さとりヘルメット』で見ていた玲雄。

『さとりヘルメット』は周囲の心の声を拾い、それを装着者に知らせるひみつ道具だ。

もちろんこんなプライバシーも何もあったものではない倫理無視の危険な道具は普段は使わない。※1

今回ののび太を見ていて、最悪の事態が想定された場合に限り、使用が許されたひみつ道具だ。

玲雄達が想像する最悪の事態………それは「のび太及びその周囲の死」だ。

今回の場合、下手をしたならばのび太は自ら命を………と考えなくもない。

他人にとっては下らないと思うかも知れない理由でも、絶望した人間は………心理的におかしくなった人間は自分の意志とは無関係に自らの命を簡単に断ってしまう。

 

『つくづく自分が嫌になった』

 

というワードを聞いたヒデキは、スネトが先日の寝ぼけて発令した『緊急事態』を今度は本当の意味で発令し、『さとりヘルメット』の使用を許可した次第だ。

世界崩壊の原因が何であるかがわからない現状で、のび太及びその周囲の命が脅かされれば本当に困る。

そうなってしまわないようにのび太達の護衛が任務に含まれているのだ。

 

『スネト。最悪の結論になってしまった場合はどうするべきと考える?』

『最悪は『わすれん棒』でのび太の記憶を消す………たけど』

『そんなの一時しのぎに過ぎないわ!根本から解決しないと』

『『思い切りハサミ』で………』

『悪い意味で思い切られたらどうするんだよ………』

 

本部ではああでもないこうでもないと議論される。

一時凌ぎの対処はいくらでも出てくるのだが、今回のケースではそれで済む話ではない。

物事を前向きにさせる道具も無くは無いが、それだって長い目で見ればいい手とは言えない。

幸いな事に、のび太の脳内では最悪のワードが出てきていない事だろう。

やがて陽が傾き、多奈川の光が反射してのび太の顔を照らし始めていた。

その光を浴びたのび太は、グルグルと回っていた思考をまとめ始める。少なくとも前向きな思考はこの段階では出てきていない。

ちなみにドラえもんはしばらくのび太を一人にさせてやろうと一足先に家に戻っている。

ドラえもんとしては気を利かせているつもりなのだろうが、タイムパトロール組からしてみれば、最悪の事態を想定して玲雄達のように姿を消してのび太を見守るべきだと思っていた。

もっとも、それはそう言う事件が日常的なタイムパトロールだからこそ、その考えに至るのであって、素人のドラえもんでは最悪の事態を想定しろと思うのは無理な注文だろう。

 

『うん………こんなどうしようもない僕の人生にしずかちゃんを巻き込みたくない………だったら………』

「よし、決めた!」

 

スクッと立ち上がるのび太。

グッと身構える玲雄とタケル。

 

「ジャンボ………いざとなったら………」

「わかってるぜ………今は手段を考えている場合じゃねぇ!自○的な事をやろうとしたら、とにかく止めるからな!」

 

(後ろ向きでも良い。自○すらまともに出来ない自分に更に情けなく思うかも知れない。それでも命さえあれば、バカな結論から離れてくれるだろう………)

 

頭脳派が何と言おうが、一時凌ぎであろうが、とにかく生きてさえくれれば良いと考える玲雄とタケル。

 

『………しずかちゃんと別れよう!』

 

のび太が考えた結論は、情けなくはあるが最悪のそれでは無かったことに安堵する現場組。

 

「………本部。こちら日野。非常事態解除を願う。どうぞ」

『日野隊員、剛田隊員。こちら本部。了解。スネト、非番に戻って良いよ』

『ふわぁ………もう夕方だけど、寝直すよ。おやすみ………』

 

緊張していたタイムパトロール達に安堵の空気が流れる。

ドット疲れたが………。

 

「ふぅ。ヒヤヒヤしたけど、杞憂に終わって良かったぜ………」

「ああ………本当にそう思うよ………でも………」

(この結論に達するのはまだまだ後に………ジャイ子おばあちゃんが漫画に目覚めてから数年後に達する結論だったはずだ………わずかながら未来が変わってるんだなぁ)

 

さとりヘルメットを脱ぎ、ステルス道具を透明マントから石ころ帽子に装備し直す。

さとりヘルメットは四次元ポシェットに仕舞いながら玲雄は自分が見たのび太の未来を思い出す。

何度も何度も自分の駄目さ加減を思い知り、ジャイ子との関係を深めていく中で、ゆっくり静香と距離を取る………それが玲雄が知っているのび太の軌跡だった。

こんなに早く、こんなに急にその結論に達するとは………。

 

「それにしても、その理由が自分がどうの………じゃなくて、静香さんが不幸になるから………かぁ。フフフ………ジャイアンが言っていたのび太像に近づいているじゃないか………人の悲しみを自分のように………かぁ」

 

人の幸せ、不幸せを自分の事の様に感情を重ね合わせる………後々の野比のび太の長所は、この時間軸ではこの時に生まれたのかも知れない。

やがてのび太は、バイオリンケースを抱えた静香と遭遇し、慌てて逃げ始めた。

 

「変な人………」

 

のび太の様子に小首を傾げる静香を気にかけながら、玲雄はのび太を追う。

 

「あ?タケシおじいちゃんがどうかしたのか?」

「な、なんでも………ないよ………」

「???そ、そうか………」

 

『レオさん………泣いているの?』

「え?」

 

気が付くと自分の頬に涙が流れていたことに気が付く。

 

『鼻をすする音が聞こえたし、こころなしか涙声のような気がするわ』

「………うん。だって………最悪の事態は避けられたけど、さ」

 

テストの結果からここまでの一連の流れ………それをずっと眺めていた玲雄は思う。

 

「悲しいじゃない…あまりにものび太君のこの決心はさ…」

『そうね…』

 

静香から逃げるのび太の姿を追いながら、のび太の心情を察した玲雄の目からは、涙がとめどなく流れていた。

 

 

(悲しいけど………静香おばあちゃんの為に別れる………か。なんだかのび太さんって、誰かさんに良く似てるわ)

 

サヤカはそこでハッとする。

 

「そうよ………のび太さんって、誰かに似ていると思ったんだわ………まさか………」

「………」

 

その洞察力は先祖の静香譲りか………。サヤカはここで、のび太と幼少期の玲雄が似ていることに気が付き始めた。

 

(眼鏡の有無で気が付き難いけど、サヤカ君ならいずれは気が付くとは思ったよ………でも、こんなに早い段階で気が付くなんてね………)

 

サヤカは玲雄の素性に気が付き始めた事を察したヒデキ。

 

(サヤカ君なら、のび太君の未来を変えつつ、レオを助ける手段を考え付いてくれるのかな………僕に英才おじいちゃん程の頭があれば………そばにいたいよ………君に出来ることが僕にあるなら…いつも君に、ずっと君に、笑っていて欲しいから…)

 

 

 

「あんまり下らないことを言っていると、怒りますよ!」

 

のび太は帰宅するなり、母・玉子に対して海外に引っ越すか留学したいと言い始めた。

『別れよう』と決心したならば徹底的に………と考えたのだが、玉子からしてみれば余りにも荒唐無稽の話だ。何故理由もなく引っ越したり、英語はおろか日本語すら怪しいのび太を海外に留学させなければならないのか理解できないのは当たり前だった。

後々に好奇心から『もしもボックス』で海外に移住する寸前まで話が進む時もあるのだが、その時にのび太は思う。「この時にもしもボックスを使う手段を思いつかなくて良かった………」と。

その時の静香は言葉も絶え絶えに泣いてしまい、余りにも残酷な仕打ちをしたとのび太は後悔する。

だが、今の心理状態で『もしもボックス』を使ってしまっていたのならば、どんなに残酷だったと心を痛めたところで、のび太はアメリカの移住を止めることはしなかっただろう。

それほどまでに、この時のび太の決心は本気だった。

 

「もう怒ってるじゃない………」

 

ブツクサ文句を言いながら、2階に上がる。

 

「こうなったら自分の力だけで何とかしなきゃ………」

 

そう言うとのび太は部屋を見回し、本棚に目が行くと、そちらの方に足を進める。

そんなのび太に

 

「のび太くん。君はよく頑張ったよ。失敗が何だって言うんだ。人にできて、君だけが出来ないなんて、あるもんか!」

 

ドラえもんなりにのび太を励ましているのだろうが、当ののび太はドラえもんを無視して本棚を物色し始め、何冊か目的の本を引っ張り出していた。

 

「人の話、聞いてるの?」

 

ムッとして声に怒気を孕ませかけるドラえもん。しかし、のび太の耳に彼の声は届いておらず、ぎゅうぎゅう詰めの部分を無理矢理引っ張り出そうとし、勢い余って尻もちをつく。

 

「もう良いんだ………しずかちゃんとの結婚、諦めるよ」

 

ここでのび太はドラえもんに心の内を話す。

静香との結婚を諦める事、どれだけ本気で静香の事が好きな事、のび太と結婚することで静香が一生苦労する事を………。

中でものび太の本気度を痛いほどに理解した言葉は………。

 

「僕は今まで自分の事だけを考えて来た………でも、本当にしずかちゃんの事が好きならば、僕がいない方が良いんだ………」

 

ポロポロと涙を流しながら、のび太は唐草模様の風呂敷に本を包む。

 

「しずかちゃんと離れるのは辛いよ………でも、しずかちゃんが不幸になるのはもっと辛いんだ………」

「のび太くん………」

 

ドラえもんはどれだけのび太が本気なのかを痛感した。そして、痛感した以上、のび太の名前を呟くだけで、これ以上何も言えなかった。

そして、初めてドラえもんは野比のび太という人間の本質がどんな物であるのか、わかったような気がした。

いつしか、ドラえもんがセワシ以上にのび太に対して友情を感じるのだが、そのキッカケがこの瞬間だったのかも知れない。※2

 

 

 

「おーいおいおいおい!レオ、俺はこういうのには………弱いんだァァァァ!」

「何でジャンボがここで号泣するのさ………ううう………でも、辛いよなぁ………のび太くん………ううう………」

 

野比家の屋根の上で大泣きする玲雄とタケル。

涙もろいのは、剛田の血筋も同じようだ。

 

続く………




※1
さとりヘルメット
本文で書いた通りです。
はっきり言って、こんなプライバシーの侵害甚だしいひみつ道具が一般流通されているとは思いたくない道具ですね。
タイムパトロールや警察組織が犯罪対策で使用している可能性がありますが。

※2
セワシを超えたのび太
『ブリキのラビリンス』の作中、回路がショートして壊れてしまったドラえもん。
壊れて異星の海底に捨てられたドラえもんの思考にあった一言。
「のび太くん。最後に一目、君を見てから僕は壊れたかった」
このドラえもんの言葉を聞いたとき、思わず涙を流してしまいました。
もう自分の人生が終わると思っていた今際の一言。
まぁ、何度も命がけの冒険を共にしてきた間柄なので、そうなってもおかしくは無いでしょうが。
大人の事情もあるでしょうし………。

ゴールデンウィークに差し掛かっている方もたくさんいらっしゃるでしょう。
コロナに気を付け、有意義な休暇をお過ごし下さい。
それでは次回もよろしくお願い致します!

のび太の結婚前夜編についてのベースは?

  • STAND BY MEドラえもんルート
  • 旧のぶドラ映画版ルート
  • その折半ルート
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。