幸か不幸か花を開いた紫の薔薇は
枯れることもなく咲いているのに
どうしてこんなにも
黒に染まってゆくのか
あの日あの時花を開いた青の薔薇は
萎びることなく咲いていたのに
どうしてこんなにも
哀しい
僕がノートに書き込む汚い字はきっと僕じゃないと読めないだろう。僕はそんな酷く乱れて綴られた意味のカケラもない散文を嘲りながら、見たくもないとノートを閉じた。ノートを閉じたら耳の中に響いていたノイズは止んだ。
僕の頭の中ではあの時聴いた友希那の歌声がずっとずっと響いている。今はもう聴くこともなくなってしまった友希那の美しく、楽しげな歌声が。
「……これも違う。僕が歌いたいのは……」
「柳、何をぶつぶつと言っているの?」
「友希那?」
青薔薇の先頭に立って歌い続ける彼女は僕の心を悩ませ続ける。恋を歌う僕にとって、彼女との甘い蜜月は人生そのものだったんだ。
「なんでもないよ。ちょっと考え事をしていただけ」
「そう。それと、下でリサが呼んでいたわよ」
「リサが? なんで?」
「さぁ? それより私も色々考え事をしたいから、出て行ってもらってもいいかしら?」
「冷たいなぁ……」
「考えるなら自分の部屋に行けばいいでしょう? 私も曲のイメージを作りたいの」
「Roseliaの?」
「えぇ」
僕の幼馴染の反応は淡々としている。昔からそうだったのかと問われれば、別にそうではないと答えるだろう。
『わたしもうたうから! りゅうくんもきいて!』
『わたしのうた、どーお?』
あの頃、とは言ったってもっとずっと昔のこと。それも10年とかそれ以上前のこと。あの時の僕たちは音楽を心の底から楽しんでいたのだ。年相応と言われてしまえばそこまでかもしれない。けれども、僕も友希那も、心の底から音楽を楽しんでいたのは年齢のせいだけではない。
中学生、高校生と経るごとに、僕らの音楽は変わっていった。君がRoseliaを始めてから、僕たちの周りを流れる時間は急激に早くなっていった。僕の音楽に、君は気づいてくれているだろうか。
「どうかしたの? 柳」
「……ううん。ごめんね、今出ていくからさ」
僕は彼女の部屋を後にする。部屋を出る間際に彼女の横顔を見たけれど、涼しげな顔をしていた。その瞳が見ているものはただ彼女自身が形作る音楽だけらしい。いつからか彼女の瞳に僕の姿は薄くなっていったんだ。
特権ということで入らせてもらっていた家から追い出された僕を待ち受けていたのは。
「やっほー柳。イチャイチャの邪魔しちゃってごめんね☆」
「……そんなことしてないから。で、用って?」
「ご、ごめん……。えっと、実はね……」
たった一輪の紫の薔薇が僕を惑わせるのだ。本当はもっと友希那と楽しさを共有できたあの頃が懐かしくて、戻りたくて仕方がないって僕は思っているはずなのに。いつのまにか友希那は自分の音楽に向き合うことに必死になって、僕も自分の音楽に必死になって。独りよがりの音楽を作り続けることが僕の生き甲斐になって。
「……大丈夫? 柳、顔色、悪いけど」
「え?」
僕の顔は土気色で、そこに薔薇の鮮やかさはまるでなかった。僕自身を華やかに彩るものなんて何も残っていなくって、僕という人間をこれでもかというほどにつまらなくしていく。
「何か悩み事?」
「……ううん。なんでもない」
「そう? あ、そういえば今日、柳の歌の動画、上がる日だよね?」
僕は自分から輝けるほどの強さなんて持ち合わせてないんだから。僕はこうやって段々と黒く染まっていくんだ。
もう戻れないぐらいまで。あの時には戻れないって、理解しているのに。
僕を狂わせる一輪の青薔薇は
人知れず花弁を染めて
変わるはずないって信じてたその色は
何を想って 黒く変わっていくのか
僕はその薔薇のために
この気持ちが伝わるまで歌うんだ
薔薇は青いままでいい