薔薇は青いままでいい   作:敷き布団

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第9話 (いつわ)りに揺れる

今日も夜の住宅街はぽつりぽつりと明かりが見え隠れしている。それは心の中で理想の音楽と現実の音がねじ切れるような明暗。正直に言えばもう頭の中はぐちゃぐちゃであるし、何が起きているのかすら自分でも理解できていない。

 

僕は啖呵を切って、あれほど心の拠り所にしていた友希那と別れ、気力がなくなるままに歌を歌わなくなり、'Ryu'であることすら捨てて、暗い世界に生きて。そしてあろうことか、その別れた友希那の幼馴染である、リサに追い縋ろうとしてしまっているのである。

部屋の中もヤケになった僕のせいで荒れに荒れていて、それを察してくれた僕の幼馴染の袖を掴んで生きているだけなのだ。リサは優しい。優しいからこそ、こんな人間としてのクズに成り下がった僕のことを受け入れようとしてくれているのだろう。

 

『……アタシが、柳の歌う意味になるからぁっ……!!』

 

一夜明けて、また夜が来て、リサの言葉を想い起こしている。僕は友希那から得られることができなかった快感を齎してくれるリサから、その欲しかった言葉を得ようとしているのだった。

……それでも、僕の歌う意味なんて、まだ分からない。分かるはずがないのだ。これまで僕が紡いできた歌は全て、友希那に贈る歌だったから。鈍感な友希那が僕の想いに気づいてくれるように。そんなちっぽけな想いを込めた結晶だったから。

リサが友希那の代わりに。すぐにそれを真正面から受け止められるほど心は成熟していなかった。

友希那に捧げた歌は、全て、無駄だった。僕の歌が友希那によって否定されるようならば、それは即ち無価値を意味するから。僕は挙げ句の果てに、友希那が羽ばたこうとしているRoseliaすら壊そうとしてしまったのであるから。そうだと思っていたからこそ、差し伸べられた救いの手を取りたいのに、リサの慈愛に素直に身を委ねることも難しかった。

 

「……もう、9時か」

 

辛うじて被害を避けた時計が僕に、夜の訪れを告げている。僕は朧気な足取りで部屋を出る。目的は幼馴染の部屋だった。

僕の歌を聴いてくれていたリスナーが今の僕の姿を見たらきっと幻滅するだろう。僕は一途なんかじゃない。捻じ曲がって、捻くれて、優しさの雨に溺れようとするだけの矮小な人間だ。

1ヶ月前までなら、考えることもなかったような目的地。黒樫のドアの光沢が闇に消えた廊下に立って、そのドアを叩いた。

 

「んー? どうぞー」

 

部屋の奥から聞こえてきた間延びした声。その返事を聞いてから僕はドアを開いた。

 

「……って、どうしたの柳?」

 

リサはどうやら既にお風呂に入った後らしく、寝巻き姿で僕を出迎える。寝巻き姿でありながらも、彼女はベッドに座りながら赤く輝くベースを抱えていた。生活リズムが通常の人間と著しくズレている自分を恥じながらも、僕は今になってどうしてここに来たのかを考え始めた。

 

「その、邪魔しちゃった?」

 

「いーや? ……よく分かんないけど、おいで?」

 

手招きされるままに僕はベッドの縁、リサの隣に腰掛けた。すぐ近くにリサがいるからか、鼻腔に直接フローラルな香りが漂って、気が狂いそうになった。

 

「別に、話があったわけじゃ、ないんだけど」

 

「まぁそんなところかな、とは思ってたよ。無理して話そうとしなくても良いからね」

 

「……うん」

 

どうやら僕の考えは大体がリサに察されているらしい。これといって話をしたかったわけでもないのに、部屋に来ている。まるでそれが本当に、それまでの友希那の代わりとしてリサを使っているようで、自分のことが嫌になった。友希那と一緒の空間にいるときは、友希那が言葉数少なめなことも相まって、基本的には静かな空間を一緒に作っていた。……どうやら僕はそれに少しだけ嫌気が差してしまったらしく、リサの声を聴いているだけで落ち着いていたのだ。

 

「……そういえば、柳、今日は歌、上げてたんだね?」

 

「え? あぁ……」

 

つい数時間前に投稿した動画のことを思い出す。とは言いつつも、あれはついさっき歌ったとか、そういうわけではない。

 

「あれ、撮り溜めしてたやつの編集が終わったからさ。だから、本当は歌ったのはずっとずっと前」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「編集を進めようとはしてても、頭がそれを拒否しちゃうというか、なんだかこのまま編集を進めようってならなくて、すごく長い時間、掛かってたんだよね」

 

「……すごいなぁ。自分で動画の編集までって。アタシ絶対出来ないや」

 

「リサはこういうの出来そうなんだけどな」

 

「……ううん。その辺りはあんまりかなぁ」

 

動画の編集となれば、本気で編集をしようとすればそれなりのスペックのあるパソコンだとかも必要だから、実際にはリサの言う通りなのだろう。けれど、リサがその気になれば、なんでも出来るんじゃないかって、そんな風に思い込もうとしている自分がいた。

 

「……まだ歌は、歌えない?」

 

リサからの神妙な問いかけに、僕はゆっくりと首を縦に振った。以前までの自分ならば、歌うことなどお茶の子さいさい。それどころか自分自身の思考回路を表現する1番簡単な方法だったのに、今となっては僕は歌詞を考えようとするだけで頭痛に襲われ、リズムを刻むだけで心が暗転する。

 

「ゆっくり、ゆっくり、考えればいいよ。今は、辛いだろうから」

 

「……うん」

 

それまでであれば、友希那のことを考えるだけで自然と歌詞も歌のイメージを思い浮かんできたのに、それが全くと言っていいほど思い浮かばなくなってしまった。けれども、'Ryu'として活動しているプレッシャーは常に僕を取り囲んでいるし、何より自分自身が歌に向き合えない自分を絞め殺したくなっていた。

 

「催促とかも、怖いからさ」

 

「え? あぁ……。ネットで活動してると、ノルマみたいなの、感じちゃうかもね。柳、責任感強いから」

 

「ノルマか……。叩いてくれるなら……それはそれでいいんだけど」

 

「え? アハハ、そういうのがお好み?」

 

「……何か変な考えしてない?」

 

「じょーだんだってば☆ ……あんまりそういう周囲の声とか気にしすぎちゃダメだよ?」

 

「……うん。気にしてるわけじゃないよ。それに、そういう声って自分のこと、見てくれてるって証だから」

 

「……そっか、強いね」

 

リサはそんなふうに言ってくれるけど、実際はそんな褒められたものではないだろう。僕が、友希那からは得られなかったものをどうにかして他のところから得ようとしているだけのクズであることの証左なのだ。

 

「……僕の歌って、愛だからさ」

 

「え、……うん」

 

「僕の歌を聴きたいと思って聴き入ってくれる人がいて、初めて歌としての意味を持つというか」

 

「……うん」

 

「でも、愛が分かんなきゃ、歌えないよねって、なんて……はは」

 

答えのない問いに似た、無益な想いをリサに思わずぶつけてしまった。僕はいつもそうだった。友希那の時だって。こんなこと、リサに言っても、リサは困るだけなのにって。わかっていても、僕は言ってしまう。ほんの気まぐれで打開策が見つかることを期待して、僕は誰かを苦しめる。

 

「愛かぁ。……アタシもあんまり分かんないけど、アタシ、結構恋愛小説とか、読むんだよね」

 

「……恋愛小説?」

 

突然脈絡もなく飛んだ話に僕は疑問符を浮かべた。言われてみれば、リサの本棚の上段に並べられた本は文庫本サイズで、華やかな文字が背に踊っている。

 

「こんな時の、正解って、こうなんだよね」

 

「正解?」

 

「そ。こっち向いて?」

 

「え……。あ……リサ、……」

 

視界の全てが埋め尽くされる。顔の端がリサの茶色の毛に隠されて、明かりが消えた。数秒か、将又1分ぐらいあったのか分からないけど、リサのリップが離れて、僕も、リサも、俯いていた。

 

「……アタシも何が正解かなんて、分かんないんだけど、ね」

 

「……そっか。ありがとう」

 

「ううん。どういたしまして」

 

沈黙の時間が暫し続いた。それは気持ちが悪いようで、浮遊感を感じながらも、ずっと噛み続けたい味が出続けるガムのようだった。

 

「僕ね。……歌う意味がなくなってからさ。歌い方すらもまともに分かんなくなってさ」

 

「歌い方?」

 

「……そう。それまでだったら難しいこと、何にも考えなくなって、すらすらと体が自然とそう動いてたのに。今じゃ、まるで頭の中も真っ白になって、何をしたらいいかも分かんなくて」

 

「……うん」

 

「ずっと昔のこととか思い出して、どうやって歌ってのかとか、なんのために歌ってたのかとか、考えても、分かんなくて」

 

「そっか」

 

「……それがっ、もう……辛くて。歌わなきゃ……いけないのにっ。歌い方も何も分かんなくて……僕は……!」

 

情けない。自分が情けない。ボロボロに心が腐り落ちてしまった僕。その身を支えるためにリサを頼る他ない自分が情けない。

……けれど、リサはただ無言で僕を肯定してくれた。静かで温かい抱擁は、今自分が1番求めているものに違いなかった。かつての自分が得ることのできなかった安らぎを享受しているのだ。

 

「……落ち着いた?」

 

「……うん」

 

「そっか。……ねぇ、歌おっか?」

 

「……え?」

 

泣き止んだ僕を驚かせたのはリサの言葉だった。さっきまで僕は歌えないと、歌い方が分からないと散々リサに泣きついていたのに、何故。

 

「って……ベースは仕舞うの?」

 

「……うん。邪魔だったかなって」

 

リサはRoseliaで使う赤のベースをケースに仕舞い、またも僕の隣に腰掛けた。僕がリサの言葉の意図を一ミリも理解できずに固まっていると、突然リサはベッドの上に立ち上がった。

 

「ほぉら。柳も、立って?」

 

「え、いいの?」

 

「いいからっ。ここは、公園のベンチだと思って?」

 

「え、うん」

 

ふらついた僕の体をリサが支えてくれる。そして昔にたくさん聴いたような童謡をリサが口ずさんだ。

最初は掠れるような声だった僕。けれど、リサの手を握った瞬間、体がふわふわとして、スッと声が腹の奥から昇ってきた。

 

「……ねぇ柳」

 

「え、リサ?」

 

「歌って、楽しいでしょ?」

 

「え。……うーん」

 

僕は即答することが出来ない。頭の中はまたもぐちゃぐちゃになったから。

 

「……あはは。アタシは、柳の歌、聴こえてるよ」

 

「……そっか」

 

「本当にとっても優しくて、あったかい柳の歌」

 

リサが口ずさむ旋律が、いつかのあの頃を思い出した。長い年月を経て、形は色々と変わってしまっているけれど、それでもあの頃の気持ちが薄らと、ほんの僅かに浮かび上がってきたのだ。ただ純真に、何も考えずに。

 

「ねぇ、リサ」

 

「ん、どうかした?」

 

「……歌って、楽しいね」

 

「……うん」

 

部屋に反響する自分の声が遠くに聞こえた。そのまま走り回って疲れた子どものように、僕はリサの隣で眠りについたのである。

 

 

 

 

 

さめざめと流れる雨

雲の切れ間から差す光

僕は陽だまりに寝そべって

あのステージを想い出す









☆10をくださった、一ノ瀬時雨様。☆9をくださった、よぴ様、ステーキ素敵様。
高評価していただき、ありがとうございました。
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