その薔薇を綺麗だねと崇める
不揃いな色を嫌って
もっと高貴に染まろうとする
闇の中に咲いた薔薇は
僕の花園から遠ざかってゆく
人の往来は目まぐるしく動き続けている。普段から、所謂普通の高校生、優等生として行動していればきっと、この人混みに紛れ込んでも嫌になることとかはないのかもしれないが、不真面目を地でいく僕にとっては、この人混みは慣れなくて、苦痛を感じることすらあるものだった。人が密集して、生の営みを送るその景色が僕にとってあまり心地よいものではなかったのだ。まるで昨日の、リサと2人で行った夜の公園とは正反対なぐらいの騒々しさに包まれていた。
「……はぁっ」
勇んで駅前まで出てきたものの、僕のメンタルは既に削られている。これからあの押しの強いプロデューサーとやらと会わなければいけないという想いが余計に、僕の足取りを重くしていた。
「……あれ、柳?」
「え?」
待ち合わせ場所にほど近く、少しだけ人通りの少ない、駅前の広場から外れた小径の前で佇んでいると、目の前から歩いてきたのは見知った顔だった。
「リサ? あ、……丁度練習終わり?」
「うん、そうだよー。柳は? この時間からこんな場所にいるなんて、珍しいね」
「あはは……ちょっとね。……友希那は、一緒じゃないんだ?」
ベースの入った大きなケースを背負って歩くリサが練習帰りなことな明白で、だからこそその隣に友希那がいないという事実は少しだけ不思議だった。まるで僕のことをピンポイントで避けて、遠くから僕を認めた瞬間、すぐさま姿を消したかのような。なんて、流石にそんなことはないか。
「……まぁ、ね。柳はこれから用事? それとも帰る? もし帰るなら一緒に帰りながら……」
「あ。菅原柳さん。お待たせいたしました」
リサの誘いに、僕がわざわざこんなところにいる紆余曲折をどう話そうかと思案していると、突如僕の後ろから声がかかる。僕のフルネームを知っている人と言えば、そう多くないはずだし、『お待たせ』なんて言われるということは間違いなく。
「……初めまして」
「あぁ。そういえば対面で直接お顔を合わせるのは初めてでしたね。……おや、後ろの方は?」
「……あ、その節は、どうも」
どうやらこの人はリサとも面識があるらしい。……あぁ、それもそうか。Roseliaだってきっとこの人から、今度のコンテストのお話を貰ったんだから。それならば、一度ぐらいは話をしているはずだった。
「菅原さんと、Roseliaの今井さんは、お知り合いで?」
「アハハ、幼馴染なんです。アタシたち」
「……なるほど。湊さんと皆さまも、幼馴染と」
「あ、はい」
「……失礼。話が過ぎましたね。それでは行きましょうか」
「はい。……じゃあ、リサ、また今度」
「う、うんっ」
少しだけ名残惜しそうな、何かをもっと言いたそうなリサの声に後ろ髪を引かれながらも、僕は連れられるがままにリサに別れを告げて、もう少し人の少なそうな、静かな店を求めて歩き始める。さっきまではリサと一緒にいて、気持ちが少し緩んでいたせいか、隣を歩くプロデューサーのスーツ姿とのギャップで、僕の緊張は頂点にまで達していそうだった。しかも、歩いている最中は向こうも何も話をしないし、そもそも声を出しても人の往来で掻き消されそうだった。
「着きましたよ。どうぞ」
そして案内されたのはちょっと小洒落たカフェ。僕1人じゃとても入ろうとは思えない程度には高貴な雰囲気が漂っている。席に着くと、簡単に飲み物だけを頼んで、そして静かに口を開いた。
「……今日は、説得ですか?」
「そうです。私たちとしても、頂点を目指すアーティストの祭典の入り口となる以上、決して格式の低い者を進ませるつもりはありません。競えば競うほどレベルは高まる。そう考えていますから」
「それは……そうだと思いますが」
この人の言うことは尤もで、FWFという段違いに格の高い舞台に生半可な者を参加させてしまってはイベント自体に泥を塗ることになる。そして、競争あるところにこそ成長があるということもわかる。けれど、僕が果たしてその舞台に参戦しても良いかと問われればそれには疑問を浮かべるしかなかった。
「菅原さんの幼馴染の、Roseliaだって出ます。湊さんの才能はまさに天才的ですが、それに劣らぬものを菅原さんは持っているとも感じます」
「……お褒め頂き、光栄です」
「そのRoseliaと、競ってみたいとは、思わないですか? 双方が競演すれば、それはお互いの成長にもつながるでしょう」
「友希那と……」
友希那と、競う。それは僕の本意なのだろうか。
友希那の目標は、お父さんの音楽を世に認めさせるため。そのためにFWFの舞台にいくこと。
それならば、僕の歌う目標は? それは友希那に歌への愛を忘れないでいてもらえるように。ずっと、あの頃の楽しそうに歌に触れる友希那を見たかったから。だからこそ本音では、初めは友希那にはRoseliaにいて欲しくないと思い込もうとしていたし、このコンテストにRoseliaが出ることだって素直に応援できないし、複雑なのだ。もしも友希那が万が一FWFに出られたとしても、そこで苦しむ友希那を見たくはなかったから。
「私共も菅原さんや湊さんたちが競っているという舞台は、非常に魅力的なのです」
「……そうですか」
でも、僕の歌う意味は、目標は、いつしか変わってしまった。あの頃の幼い友希那を留めるためじゃなくって、愛を届ける手段に成り下がって。それでいて、今となっては、情けなくも友希那以外のヒトにその愛を歌っている。クズと言われれば真正のクズであるし、元からクズだったと言われても、それはそうだと頷くことしか出来ない、惨めな存在なのだ。だからこそリサが居なければ歌いたいという気持ちにすらなっていないのである。
「湊さんが夢の舞台としてFWFを挙げてくださっていることは、私共も拝聴いたしました」
友希那にとっても、僕にとっても呪われたステージ。けれど、友希那にとっては、それは夢でもある。
だから。
だからこそ。
こんな惨めになろうと、邪魔だけは絶対にしたくないのだ。
「Roseliaがもっと高みに行って欲しいと考えるならば、是非出るべきだと思います。それ相応のライバルがいないと、きっと伸びるものも伸びませんから」
……そこから先も僕の歯が浮いてしまうような、嫌味にすら感じられてしまうような勧誘の文句が垂れられる。どうしても僕の気持ちは、快諾する方には向かないのだった。
「……そういうわけですから、また説得に伺います。それこそ飛び入りであろうと、私共は菅原さんの凱旋をお待ちしておりますから」
「……ありがとうございました」
これが友希那なら、きっと夢の舞台に立つチャンスを必死でもがいて掴み取ろうとするのだろう。その覚悟がない僕に、自分の歌をそんなことに使いたくない僕に、どうしてそのステージで歌うことができようか。
'Roseliaがもっと高みに'。……きっと僕が本当のアーティストなら、Roseliaと切磋琢磨するためにその舞台でたった一枚の切符を賭けて争うのだろう。
……でも、正直に言って仕舞えば、僕はRoseliaの歌が好きではないのだ。さらに言おう、Roseliaの友希那の歌を好きになれないのだ。だから僕がもしもRoseliaと同じ舞台に立とうと思えば、それはもしかしたら、衝動を抑えられないで、Roseliaの友希那を叩き潰すために歌ってしまうのかもしれない。僕はそんな悪魔にはなりたくなかった。本当は友希那の歌を応援するために、友希那が歌を好きて居続けるために歌いたいのに。僕は結果として友希那の邪魔をしてしまう。
僕がRoseliaと同じ舞台に立てば、僕はRoseliaを、友希那を壊してしまうのだ。
「Roselia……か……」
あの日、僕にとって、遂にトラウマとなり果ててしまったRoseliaの文字。それはそこに僕の知らない友希那が居たから。
でも少し目線を外せば? そこには僕を認めてくれる優しいリサもいる。喩え僕がどれほど道を外れそうになっても、引き留めてくれる大事な大事な幼馴染が。友希那は決して認めてくれなかった僕の歌を、優しく包み込んでくれる幼馴染が。
頭がおかしくなってしまいそうだった。自分の中にある両立し得ないいろんな想いが混ざられて、全部叶えることは出来ないと音楽の魔物が叫んでいた。
友希那を応援したいけど、友希那を応援したくない。
友希那を好きでいたいけど、友希那を好きになれない。
薔薇を見ると、散らしてしまいたくなる。
けど、陽だまりを塗りつぶしたくない。
僕は最低だ。
帰り道の街も、なんだかだんだん黒く染まっていくように見えた。少し前までは、あんなに色鮮やかに見えたのに。
『Ryuの新曲きたーーー』
『一時期迷走してたけど、なんだかまた帰ってきた感じがするね』
コメント欄を見て、自分の音楽をまた確かめる。最初こそ友希那だけが理解ってくれたらいいと思っていたものが、いつしかリサに理解って欲しくなって。欲というのは怖いもので、いざ認められてしまうと、またも友希那にも認めてもらいたかったと後悔の欲が湧く。けれど現実は上手くいかなくて、僕の音楽の価値は、リサがその慈愛で認めてくれるからこそ、意味があるのだった。
狂おしいほどの熱い想い
バケツ一杯の絵の具をぶち撒けた
僕はそんな荒い歌に耳を塞いで
目を閉じ静かに耳を澄ませるのだ
僕の紡いだ青の錦が
思い思いの色に染まった
ハーメルンの予約投稿自体が少し調子が悪かったみたいで、公開が少々遅れました。今後とも日付変更と同時に投稿予定ですので、よろしくお願いいたします。