薔薇は青いままでいい   作:敷き布団

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第14話 棘は自らも傷つける

高潔に咲く紫の薔薇は

己の咲き乱れる姿を見ることなく

淡く儚く枯れてゆく

凸凹の土に水を撒いて

ゆっくりゆっくり枯らしてく

 

 

 

 

 

夕暮れが見え隠れし始めた放課後。アタシは所用で少しだけ遅れて、CiRCLEのスタジオに着いた。友希那は色々と考えたいからと、アタシを置いて先に行ってしまったから、アタシは急いでスタジオは扉を開けた。

 

「ごめんっ、遅れちゃって……!」

 

「リサ姉!」

 

あこは明るい声をかけてくれたのだが、いつにも増してスタジオの中の空気は暗い。緊張の糸が張り詰めているのはRoseliaの良いところなのだろうけど、それとはまた別の静けさが漂っている。燐子が物静かなのは普段通りといえばそうだが、紗夜は考え事をしているように口元に手を当てているし、友希那に至っては心ここに在らずといったような状態だった。

 

「……それでは始めましょうか。前回は全体的に集中力が切れていましたから、気を引き締めてやりましょう」

 

「う、うん!」

 

紗夜が立ち上がり、スタスタとギターの元へと近寄って、それにつられるようにアタシも急いで準備を始める。

 

「……リサ。もう準備はいいかしら?」

 

「……うん。オッケー!」

 

「あこ、カウント、お願い」

 

友希那の少しだけ枯れた声の後、あこのスティックが聴こえて、弦に指をかける。前奏が流れて、歌い始める、……はずだった。

 

「……?! ちょっと、湊さん!」

 

「……えっ?」

 

本当なら、Aメロの入りのはずなのに、友希那の声が聞こえなくて困惑していたら、どうやら本当に友希那は歌っていなかったらしく、紗夜の鋭い声が耳に届いた。

 

「本当に集中しているんですか?! コンテストまで時間がないってこと、分かってるんですか?」

 

「……え、……あ……。ごめん、なさい」

 

「ま、まぁ紗夜! 友希那もちょっと疲れてただけだって、ほら、ね?」

 

「……ごめんなさい」

 

「……行けますか? 湊さん」

 

「え、ごほっ、……えぇ」

 

友希那は一度天を仰ぐと、マイクスタンドを握りしめた。それを見たアタシたちはもう一度、今度こそはと弾き始める。

旋律が奏でられる。友希那に限らずみな本調子ではないだろう。だが、形となった音楽が流れて。

 

「……ぁ」

 

アタシは困惑した。もう歌詞の入りには入っている。ピックの方なんて見る間も無く、アタシの目は友希那の方に向いた。友希那の口は動いている。けれど、声が、全く出ていないのだ。

 

「……ストップ、ちょっと湊さん? ふざけているんですか?!」

 

「……い、いえ」

 

「友希那さん……?」

 

誰もが明らかに様子がおかしいとすぐにわかるほど、友希那は憔悴しているようだった。けれど、この間の練習から、何度も何度も音楽を止められ、練習にならないと思ったのだろう、誰よりも真剣にギターに触れる紗夜の逆鱗に触れるには、十分すぎた。

 

「声が……出なくて」

 

「歌う瞬間にですか? 今は喋れているじゃないですか」

 

緊迫した紗夜の声が友希那に突き刺さっている。真剣に、誰よりも愚直に音楽に取り組む2人だからこそ、アタシたち3人にその会話に割り込む勇気はなかった。

 

「……歌おうとすると、声が」

 

「どういう仕組みか分かりませんが、結局貴女は歌えるのですか? 歌えないのですか?」

 

「……歌えるわ」

 

「……分かりました。貴女を信じます」

 

「ちょ、ちょっと! その、友希那も、無理しないで? 歌えないならそれでも良いから、一旦休もう?」

 

けれど、あまりに一方的に紗夜が友希那を詰る光景は堪えられなくて、アタシは思わず口を挟む。友希那だって、この前の練習では歌えていたのだから、もう少しゆっくりと心を落ち着かせれば、また歌えるようになるはずだと思ったから。

 

「……いいえ。……紗夜の言う通り、私たちには時間がないの。……歌うわ」

 

「で、でも。リサ姉が言ってるみたいに、ちょっとぐらい休んでも」

 

「休んでる時間なんて……ないわ。まだまだレベルは足りてない。あこ、貴女だってそうよ。頂点を目指すには、もっと完璧にリズムを刻めないと。そのためにはもっと練習がいるわ」

 

「……それは、……ごめんなさい」

 

友希那の言っていることは間違っていない。きっとあこに限らずアタシも含めて、きっと友希那が求めるレベルには達していないのだ。それでも、だからといってこのまま我武者羅に無理を通して練習をすることに意味があるとは思えなかった。

 

「でも、友希那。歌えないのに無理したって……」

 

「……時間は待ってくれないわ。何か行動を起こさなければ、何も変わらない。私たちは、レベルアップしなきゃいけないから……!」

 

「だけど、そんなんじゃ成長するものも成長できないよ。ね、友希那」

 

アタシは俯いて、震える友希那の肩に手を置いた。それは休もうっていう合図。

……けれど、友希那はその手を払い除けた。

 

「え……」

 

「……うるさい。リサ、貴女に何が分かるの?」

 

「え、ゆ、友希那?」

 

「そんなに偉そうな口を叩かないで。成長できるか出来ないかなんて、口を出さないで」

 

「……そんな、そういうつもりじゃ!」

 

「リサ、貴女がこのRoseliaで、1番技術が足りていないの。そんな貴女が軽々しく休めなんて言わないで!」

 

「あ……友希那……。……ごめん」

 

その言葉はアタシの心を深く抉った。だって……自覚はあったから。友希那に才能を見出された紗夜、オーディションでその実力を認められたあこと燐子。

それに引き換え、アタシは……合わせる時に、バンドのキセキを感じて、それだけで入った。謂わば、実力は紗夜は勿論、友希那に認められたとは言えない。……言ってしまえば、友希那の幼馴染のよしみで参加したようなものということは、真っ向から否定することは出来なかったから。

 

「ちょっと湊さん!!」

 

「……何、紗夜」

 

「Roseliaの各々の実力を高く保つことには私も賛同しています。そして、冷静に見ても、確かに今井さんの実力はまだ充分なレベルには達していないかもしれません」

 

紗夜の目から見ても……やっぱりそういうところは、あるんだって。自覚はしていたし、それなりに自分の中では努力してきたつもりだったから、アタシはただただ、もうやるせない思いで一杯だった。

 

「……ですが、貴女を心配してくれた今井さんに対してかける言葉としては絶対に間違っています! 況してや幼馴染でしょう? どうしてそんな酷いことが言えるんですか?!」

 

「……それは」

 

「ちょちょ! 紗夜! アタシは、アタシは大丈夫だから! 友希那も声が出なくて……動転してるだけだろうから。アタシも下手な自覚はあるし、練習するから、ね?」

 

「今井さん……」

 

アタシの今の言葉に心がこもっていたかは分からない。正論のナイフを何本も刺されて、もはやその言葉は生きているかすら分からなかったけど。このままじゃまたRoseliaは、バラバラになっちゃうから。

 

「少し休んで、そしたらまた練習再開しよ? 一旦落ち着く時間も必要だって!」

 

「リサ姉も、こう言ってくれてるし、あこも少しだけ休憩した方がいいと思う!」

 

「……分かったわ。少し、外に出てくるから」

 

友希那はスタジオを後にする。あこと燐子にちょっとだけラウンジの方で休憩しようと誘われたけど、なんだかスタジオを出たくなくて、アタシは断り、端っこにある椅子に腰を下ろした。

 

「今井さん。ちょっといいですか?」

 

「……紗夜? どうしたの?」

 

「……いえ。さっきは……ごめんなさい。私は決して今井さんのレベルが低いと言いたかったわけではなくて……」

 

「あ、ううん! アハハ……気にしすぎだよ紗夜」

 

「ですが」

 

「友希那の言いたいことも、紗夜の言いたいことも分かるから……さ。もっと練習しなきゃなーって!」

 

「今井さん……」

 

アタシは一足先に立ち上がって、赤いベースの下にいこうとした。そこで、後ろから紗夜の手がアタシの肩に伸びた。

 

「紗夜?」

 

「……その、何かあったのですか?」

 

「……んーん。大丈夫だから」

 

「……私があまり踏み込むべきものでもないのかもしれませんね。すみません、出しゃばってしまって」

 

「いいんだよ。紗夜って……意外と優しいんだね」

 

「意外は余計です! ……幼馴染の間の問題は、私には解決出来ないかもしれませんが、相談に乗るぐらいなら、出来ますから」

 

ゆっくりとその手が下ろされる。アタシは思い切り伸びをした。スタジオにいる間ぐらい、ちゃんと自分の音楽に向き合おう、そんな想いを込めながら。

 

帰り道。この前の練習の時とは違って、アタシから1人で帰りたいと言って、フラフラと遠回りしながら帰ることにした。こうして1人になってみたら、もう少しだけ気持ちが整理できるかな、なんて思ったけれど、静かなところでもアタシ自身の気持ちは自分でもよくわかんなくて。遠回りしていたはずだけれど、気がついたらもうすぐに家まで着いてしまっていた。

改めてアタシは自分の家の周りを見渡した。二つ並んだアタシの家と友希那の家。そしてその向かいにある柳の家。

 

「あれ?」

 

アタシが柳の家、それも通りに面した柳の部屋に目を向けると、こちらの姿を認めた柳が手を振っていた。アタシはどういうわけだか、導かれるように柳の部屋に足が向いていた。

 

「お疲れ、練習終わった?」

 

「……うんっ。いやぁ、今日も疲れたよ」

 

アタシはベースのケースを下ろして、木の柱に立てかける。そして柳が腰掛けた隣にアタシも腰を下ろした。柳は特に何かを言うでもなく、アタシが何かを話すのを待っているらしかった。けれど、一向にアタシが口を開かないのを見て、途端に立ち上がって、カーテンをサッと閉めた。

 

「調子はどう? そろそろ仕上げぐらい?」

 

「……んー。まだちょっと……かな。アハハ……えっ」

 

アタシの視界は突然、真っ暗になり、じんわりとした熱に包まれた。

 

 

 

 

 

花よ開くなと願ったって

薔薇は咲こうと茎を伸ばす

咲かないで欲しいと思っても

僕は水を撒き続けてる

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