雲が出て雨が降り
陽だまりが少しずつ消えていく
もう一度その光に手を伸ばしたくて
僕は今日も天に歌を届けている
自分の部屋から眺める町は今日も静かで、この時間ともなると家々に明かりが灯るのみになった。なんとなしに僕はずっと窓の外を力無く眺めているわけだけど、何の目的もなしに、というわけではない。
そうこうしていると、曲がり角の奥の方から丁度、待ち人が大きな影を背負いながら歩いてきたものだから、僕は気づいてくれたらいいな、とそんなぐらいの気持ちで手を振ってみる。どうやら僕のそんな細やかな思いが届いたらしく、僕を認めたリサがドアを叩いた。
「お疲れ、練習終わった?」
「……うんっ。いやぁ、今日も疲れたよ」
リサはそれだけ言うと、重たそうなベースを下ろして、僕の隣へと腰掛けた。重たい荷物を下ろして、背中を思い切り反らしたリサは、ふぅと息をついてからも何も話そうとはしない。僕はそれはそれでも良かったのだけど、なんだか少しだけ物寂しくなって、頼りない明かりの差し込んでいた真っ黒な窓を隠した。振り返ってリサを見れば、少し沈んだ顔をしていたものだから、声をかけた。
「調子はどう? そろそろ仕上げぐらい?」
僕の些細な問いかけ。けれど、リサの顔は芳しくない様子であることを如実に物語っている。それどころか、リサの顔は本人も気付かぬままに崩れていて。
「……んー。まだちょっと……かな。アハハ……えっ」
僕は、いつかの恩を返すように、抱擁でリサを受け止めていた。
「……なんで。柳……」
僕はその問いかけに何も返さない。きっと返さなくたってもいいと思ったから。僕が何かを言ってしまうよりも。
「……ひぐっ……うっ……柳……。柳っ……」
僕は涙を堪えきれなかったリサの背中をポンポンとあやすように叩く。最初こそ何やら我慢をしているようなリサだったけれど、僕がただ無言であやしているうちに、より素直に気持ちを吐露していた。
「アタシ……もうなんでRoseliaやってるのか分かんないよぉっ、下手なアタシがっ、……Roseliaにいる意味なんてぇっ!」
「……うん」
「最初はっ、友希那が心配で……友希那が放っておけなくて、じゃあアタシがって、でも、アタシじゃ下手だからっ」
リサの感情は想像もつかないほど混沌としているのだろう。それこそ、友希那が以前に言っていたような、グループでやるということの要素、それがあるだけで僕には計り知れない。けれど、状況が分からないとリサの言う辛さを、理解することができないだろうから、少しだけリサが落ち着いてきた頃合いを見計らって、口を開いた。
「……辛かったね。ゆっくりでいいから、何があったか教えてくれる?」
「友希那が……友希那が歌えなくて、アタシが休もうって言ったら、友希那に『休む暇なんてない』って怒られて……。……アタシ、下手だから。1番、出来ないって、分かってたけど、分かってたけど……」
そこまで答えると、リサは僕の胸元に顔を埋め、さめざめと泣き声をあげていた。複数人いるならば、必ず産まれるであろう比較という概念に踊らされ、況してや頂点を目指そうとするRoseliaでは、競争のような、脱落が起こりうる環境で、それの限界のようなものが一つ訪れたのかもしれない。喩えグループに属さない一匹狼の僕であっても、その劣等感と悔しさは容易に想像がついた。
「アタシ……Roselia、向いてないのかなっ……アタシじゃ、ダメだったのかな……!」
その悲痛な叫びに、僕の心は思い悩んだ。それはあのライブの日に感じた、Roseliaという僕の手の届かない存在に苦悩するリサが目の前にいるから。あの日僕が遥か遠くに行ってしまった友希那を知った、その友希那が輝いてしまっていたRoseliaに苦しめられたリサがいたから。
リサを助けたいならば、果たして僕が取るべき選択はどれなのだろうか。これ以上リサまでもが音楽で苦しむのを見たくないから、Roseliaを抜けるように勧めるべきなのか、それとも奮起させて、Roseliaとしてもう一度羽ばたけるように支えるべきなのか。
どちらもきっと、リサにとっては酷な選択肢だ。この身の振り方一つでRoseliaが壊れてさえしてしまうかもしれない。……けれど、僕はRoseliaに壊れて欲しくて、壊したくなかった。友希那が呪いの舞台に立つためのRoseliaは壊したいし、リサの居場所であるRoseliaは壊したくなかった。でも、話を聞く限りじゃ今のRoseliaにリサの居場所はないのかもしれない。
「リサにとって、Roseliaって何? どうしてRoseliaに入ったの?」
「アタシは……友希那が、音楽で、苦しんでるところ、見たくなくて……! でも、友希那の夢も応援したいからっ……。でも、続けてるうちに、アタシにとってRoseliaは、大切な存在になって……!」
……そうだ。リサも、僕も、見ているところは一緒だったのだ。違うところは一つだけで、友希那の声が、もっと突き詰めて言えば、Roseliaの友希那の声が好きかどうかだけであった。喩え、リサがその技術で劣等感を感じていたとしても、リサにとってRoseliaが居場所であることには変わりなくて、僕にはそれを壊すなんて真似はとても出来ない。……それに、何よりも。友希那を救うことができるのは、きっと、リサしか居ないから。
「……ひぐっ、アタシじゃ、Roseliaの一員には、なれないのかな。友希那と一緒の夢、追いかけるのは無理なのかなっ……!」
「リサ……。……顔を上げて?」
「え……。うん……」
「リサがRoseliaの中で、どんな評価を受けてるか僕は詳しく分からないけど。リサが毎日、そのメンバーの中で負けないために、ベースを練習し続けてるのは僕が知ってるよ」
「……うん」
「それにね、Roseliaの中で、友希那のことを1番知ってるのは絶対にリサだから。友希那って音楽以外はてんでダメ、音楽も自分が関心があること以外は無頓着じゃん」
「……そう、だね」
「それをなんとかしてあげられるのは、他でもないリサだけの役目だと思うよ。きっと」
「……うんっ」
自分でリサを諭しているうちに、なんとなく想いがまとまっていった。僕だって、友希那と付き合い始めてから、そして別れてからでさえも、出来ることならばあの幼い頃の友希那のような、音楽を、まさに音を楽しむ友希那を見たいと願っていたのだ。でも、僕の歌じゃ友希那は救うことなんてできない。だから僕は今ここで、それをリサに託そうとするのだ。狡いし、他人本意で、情けないかもしれないけど。
僕が諭している間に、リサの涙も引き、落ち着きはそこそこ取り戻したようで、僕の言葉に僅かながらでも笑みを浮かべることができるようになっていた。
「……友希那が歌えなくて、それで、紗夜が、あ、えっとギターの子なんだけどね。紗夜が友希那にふざけてる場合じゃないって、ね」
「……そんなことが」
自分の音楽では起こることのない仲違いという要素。しかもそれの原因は、発端が友希那だという。友希那が歌を歌おうとすると歌えない状況に陥ったと。恐らくだけれどイップスのようなものになったのだろう。ならば、それでこそ。
「誰の出番か、もう分かるでしょ?」
「……アタシ、でいいのかな」
「リサしかいないんだよ。友希那のことは……リサにしか分かんない」
それは軽い自嘲すら込められていた。僕はもはやリサに託すしかなくて。Roseliaの友希那の音楽を聴きたくないのに、その音楽を聴けるように友希那の心の傷を癒せるようにリサに懇願しているのだ。まるで矛盾している。けれど、僕にそれ以外の選択肢を取る余地なんてないのだ。
「……アタシ、頑張ってみる」
「うん。……応援してる」
とても小さな約束だった。それは僕にとって、不要で、不可欠な約束だった。
「友希那の声、取り戻してみせるから」
覚悟に満ちた、熱い、燃えるような瞳。
「……うん。がんばれ」
僕は僅かに間を置いて、そう声をかけた。投げやりかもしれない、けれど、その言葉には僕の心の根の地中深くに張られた思いが宿っていた。
「……柳はさ、やっぱり……Roseliaのこと、嫌い?」
僕の意味ありげな沈みがちの目線に気がついたのか、リサは震える目で、こちらを見上げた。僕は迷った。……その質問は、僕自身が1番分からなくなっていたから。
「……分かんない。嫌い。……だけど……リサのいるRoseliaは、好きだよ」
「うん、……そっか」
間違えているけれど、それが1番正しかった。僕の言葉は、その陽だまりは、酷く空虚だった。
雨が止み空が晴れ
陽だまりが少しずつ広がってく
もう一度その光を浴びてみたけど
僕の周りはどこか色褪せていた