汚れを知らない気高さを
純真無垢と喩えてみた
何も知らない愚かさを
愚鈍な愛と囁いてみた
何の色にも染まらない青の薔薇
荊の棘が擦り切れるまで
僕は水を撒き続けよう
ゲームの世界の如雨露のように
懐かしい頃を思い出した。それはまだ僕たち幼馴染が高校生1年生だとか、それぐらいの頃の話。友希那がまだRoseliaなんていう縛りに生きていなかった頃の話。
『柳ー? 開けるよー?』
ある日の放課後、僕の部屋の扉からノックの音が聞こえて、返事をすると、入ってきたのは何やら荷物を抱えたリサと友希那だった。珍しい来客に僕はキョトンとしながら振り向いた。
『あれ、この時間に友希那とリサが2人揃っているのって、珍しいね』
まだ外は暗くなっていない、夕方というにも少し早く感じられるような頃。羽丘のシックな制服に身を包んだ2人を揃って見かけるのなんて、いつぶりだろうか。いつもなら友希那はきっと今頃。
『……私は別にいいと言ったのだけれど』
『……なるほど。リサが無理矢理連れてきたんだ?』
『ちょ、そんな言い方ないじゃん? 友希那だって本当は柳と会いたがってたくせに〜』
『なっ……。私は、元々今日はスタジオを借りて練習しようとしてたんだけど』
『やっぱり……。で、予約は?』
僕がそう問いかけると友希那は伏せがちにしたまま黙りこくってしまう。なるほどな、大方借りようとしていたのは嘘ではなかったが、予約を取ろうとして忘れてしまったことをリサに見透かされて、それならばと連れてこられた、というところだろう。大事なところで抜けてしまっているところが友希那らしいと言えば友希那らしい。
『……相変わらずだね。前も同じミスしてなかったっけ?』
『気のせいよきっと』
僕が知っている範囲では今年度に入ってから3度目とかそれぐらいかな。ちなみに中学生の頃はもっと酷かったけどね。
『言ってくれれば僕とかリサが代わりに取ってあげるのに』
『そこまで迷惑はかけられないわ』
『別に迷惑でも何でもないよね、ねぇリサ』
『え? うん。友希那はそういうところはポンコツだもんねぇ、そういうところが可愛いんだけど』
もはや何を言われても言い返すことが出来そうもなく、2vs1と劣勢になった友希那は観念したのか反論をやめた。
『そういえばリサの背負ってる荷物って? ベース?』
『そっ。アタシも触るのちょーっと久しぶりなんだけどね』
友希那はケースをそっと床に下ろすとファスナーを開けて、赤いベースを取り出した。その色は頻繁に音楽なるものを楽しんでいたその頃を想起させる懐かしい赤。
『久しぶりに弾こうかなって。友希那も付き合ってくれるみたいだし?』
『……別に私は』
『はいはいっ。柳のとこ行こーって言ったらノリノリだったもんねぇ?』
『……もう知らないわ』
『あはは……』
『で、どうせ弾くなら3人の方が良いかなって思ったからさ! 柳も友希那と会えて嬉しいでしょ?』
『……まぁ、別に?』
『またまた2人とも素直じゃないなー』
友希那のお父さんが音楽を辞めてからというもの、友希那はあちこちのライブハウスを借りては自己研鑽に励むのが日常となっていたんだ。友希那が歌を只管に練習をする姿は、尊敬できるけれども、見ていて苦しかったのだ。それは小さい頃、3人で音楽を、歌を楽しんでいた頃の友希那とは別人のようだったから。
『友希那の練習終わりによく一緒に歌ったりするもんなぁ……』
『ちょっと……。それは……』
『ありゃあ。惚気られちゃったかぁ、このこのー!』
『……歌うんじゃないの、リサ。帰るわよ私』
『わわ、友希那ごめんってば!』
けれど、偶に友希那のレッスン後に2人で歌を歌う時、もちろん友希那が疲れている時は僕が弾き語りをするだけのこともあったけど。そんな時の友希那はあの頃と、幼い頃と一緒だった。純粋に音楽を聴いて、歌って、楽しむ。そこにあるのはそんな思いだけで、僕は大切な恋人がそんなふうにリラックスしてくれているだけで良かったのだ。僕は愛を綴って、友希那に捧げていて、友希那はそこに音楽の楽しさそのものを見出してくれていたのだ。
『柳も、ギター弾くよね?』
『……うん、勿論。リサは何なら弾けそう?』
『そーだなぁ。本当に最近触ってなかったからなぁ』
『……困ったところがあればきっと柳が助けてくれるわよ』
『お? よろしくね柳!』
『いくらなんでも腕が足んないよ……』
『えー』
僕の大切な幼馴染は音楽で繋がっていた。それは小さい頃も今も変わらなかった。
友希那は自分自身の追い求める音楽を世間に認めさせるために、音楽に拘りを持ち続けているけど、僕たちと音楽を楽しむ時は、そんな切迫を感じさせないほどに幼くなる。友希那が音楽を好きでいてくれるために、僕のことを好きでいてくれるために、僕は歌っていた。きっとリサもそうだった。放っておけない幼馴染を慰めるような慈悲を彼女は伝えていた。
『……ふぅ。いやぁ、やっぱり久しぶりに弾くと疲れるね』
『……そうね。せっかくだから残りは柳の歌を聴く時間にしましょうか』
『え? 僕の疲れは?』
『まっさかぁ。'Ryu'がこれぐらいでへばるわけないでしょ?』
『……そうね、この間3時間弾き語り耐久なんてやってたじゃない』
『あれ友希那のリクエストでしょ』
『さぁ?』
3人で楽しむ音楽は、あの頃と何も変わっていなくて。色褪せることなく僕の脳裏にずっと残っている。
けれど、そんな3人で音楽を楽しむ機会は最近になってめっきり減ってしまった。それは頂点を目指す青薔薇が生まれてからのこと。
僕はふと目が覚めた。横を見れば、いつも通りの僕の部屋。ギターが立てかけられて、機材がゴロゴロと転がっていて、くしゃくしゃになったA4の紙屑が投げ捨てられていて、ゴミ箱には紙屑が山のように積み重なっている。片付けができないような典型的なダメ人間の部屋。
「朝か……」
時計を見れば08:10。窓の外から差し込む日差しの角度は高くなっている。
「……遅刻じゃん」
どうやら僕はあまりに長すぎる夢を見ていたらしい。それは喉から手が出るほどに求めている、かつての幸せだった頃の追憶だった。
Roseliaとして活動を始めた友希那とリサ。毎日のように顔を合わせるだろうなんて思っていたはずが、高校2年生になって、Roseliaが始動してから、忙しくなって話すことすら減ってしまった僕の大切な恋人と幼馴染。
「よいしょっと」
僕はそんな寂しさを埋めるように歌を歌う。ギターを弾く。
僕のラブソングは街中へと消えていく。
僕の。'Ryu'の。いや、'菅原柳'のラブソングは大切な人に届いているのだろうか。なんて、考えたって無駄なのに、確かめなきゃ分かんないのに、僕は思い込んで生きているのだ。
「柳ー? 学校行かないのか?」
答えの見いだせない問いかけを目の前にして、憂鬱に浸っていた俺の思考回路を断線させるように、下の部屋から聞こえてくる父親からの呼びかけ。親からすれば当然の疑問だろうが、僕は『自主休校』などと叫んで、仕事に出かける父親を見送った。ほうと大きく息を吐き、暢気にリビングで僕はエゴサーチに興じる。
そんな中、僕は画面に浮かび上がってきたあの文字を目にする。偶然にも自分の知り合いが呟いていたその言葉。
「Roselia、そっか……昨日か」
友希那が作り、友希那自身を縛りつける荊。Roseliaのデビューライブ。
SNSの話題を掻っ攫うには十分すぎたほどのインパクトで鮮烈な印象とその名を音楽業界に刻みつけたのだ。
「……友希那」
ますます自分から遠く離れていこうとする友希那に、僕は歯痒さを覚えることしか出来ないのだった。
君の花弁が開いてから
僕は水を撒くのをやめた
花が萎れて枯れ落ちるから
目に焼きつけたくて目を伏せるのだ