薔薇は青いままでいい   作:敷き布団

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第19話 もう一度

さよなら 愛しい人よ

さよなら 青の薔薇

一緒に育ったこの街に別れの歌を囁いた

 

 

 

 

 

僕は最後を飾る歌を歌い上げて、そっと録画を止めた。震える声でできた歌は、今までの僕が紡いできた歌に比べたら、それはそれは酷い出来だったろう。だがもう、これで別れとなるならば、もう関係ない。いつかあの2人が頂点を獲って、ふと思い出した時に聞き流してくれるだけで万々歳だ。

プロデューサーの方から電話がかかってきた夜の時間。それは僕が離別の信念を固めるためにはピッタリすぎるほどだった。

Roseliaの調子がおかしいって言ったって、僕の直感が囁く、あのRoseliaが悪いわけではない。あの日、ライブハウスで聴いたRoseliaの輝きが崩れることなんてありえない。友希那が亡霊に取り憑かれていようが、リサが多少技術で劣っていようが、それを覆してもなお余りあるパワーがあるのだ。

そのRoseliaが調子を崩した? 何をふざけたことを言っているのだと思った。でも、気がついたのだ。

Roseliaを壊したのは、僕なんだって。僕が友希那をかき乱し、リサを巻き込み、彼女たちの音楽を壊したくないとほざきながら、僕は躊躇なく壊していた。気づかなかったでは済まされない。

 

「ん? 柳、どこか行くのか?」

 

「うん。出かけてくる」

 

仕事から帰ってリビングで暢気に寛いでいた父親を尻目に僕は家を飛び出していた。ここは、僕が暮らしていくには余りに辛すぎる。僕がここで暮らそうなんて厚顔甚だしい。アテがあるわけではない。でも、ここにいちゃ行けないんだ。

今頃ネットの海には僕の餞の歌が上がっているはずだ。僕から贈る最後の歌、別れの歌が。

世界は昏く、寒い。華々しさなどありゃしない。少し前までは自分が日向で脚光を浴び続けて輝く人間なのだと傲りを持っていたのかもしれない。それが大切な人の犠牲の上に成り立っているとも知らず。

 

でももう、邪魔はしない。最初、Roseliaを壊すつもりなのかと詰め寄られた時、まさかそんなことはないと思っていた。けど違った。僕は友希那に愛を捧げるなんて幻想に囚われ、拒まれ逆上し、裏切り、そのツケが回ってきたのだ。喩え路地裏で野垂れ死のうが社会の塵芥にはお似合いの末路だ。

邪魔だけはしないってずっと思っていたはずなのに僕はRoseliaの、友希那の足枷になっている。僕が居なきゃなんて傲りに怠惰を貪ったから。実際は友希那から疎まれていたにも関わらず。

 

「僕の人生って、なんだったんだろな……」

 

世を憂うつもりはない。そんな暇があれば自分の愚かさを呪っている。

だから僕は、何も言わずに消えるのだ。

昏い夜道を歩きながら、僕は彼女たちとの未練を全て断ち切ろうと、彼女たちとのメッセージを全て消した。これでもう、未練はない。覚悟を示したのだ。もう彼女たちの邪魔はしないと。でも、覚悟を示したって涙は止まらなかった。

 

住宅街を歩いている僕の道の左右はブロック塀で、いつかのことを思い出した。この町からいっそのこと出て行こうか。きっと街の中でふらっと会ってしまいでもすれば、僕の稚拙で無計画な決心は揺らいでしまうから。

この街をまっすぐ行けば、もっと僕の素顔を知らない人ばかりの町に通じている。そう思って一歩一歩、踏み出している時だった。

 

「えっ?」

 

僕の手元で鳴り始めたスマートフォン。思わず心臓が締め付けられそうになり番号を確認すると、友希那やリサのものではなさそうだった。愚かにも怠惰に過ごす父親の番号でもない。

 

「……もしもし」

 

『菅原さんですね?』

 

電話の相手は、僕が失踪を決意する前にも電話をかけてきていたプロデューサーだった。

 

「……なんでしょう。僕はコンテストには出ないと、何度も伝えたはずなのですが」

 

『えぇ、分かっています。けれど、少しお話がありまして、今からお会いすることは出来ますか?』

 

「……こんな時間から?」

 

画面に表示された時間は普通の家ならもう晩御飯が終わっているような時間である。正直どうでもいいのに、なんて思いつつ、僕はため息を隠せなかった。

 

『急ぎでどうしてもお伝えしたいことがありまして』

 

「……はぁ。いいですよ。どこで会うんですか?」

 

なんだか押しが強すぎて、断ることができずに僕は電話を切る。まぁ最後だと思えば、別にあとはどうだっていいと思った。だが、比較的遅い時間なのに、僕が指定された場所はレストランや事務所とかではなく、街から少し外れた公園であった。

こんな時間に街を歩けば、きっと仕事帰りのサラリーマンや飲み屋街でお酒の少し入ったしょうもない大人に出会すだろうに、なんて誰もいない道で静かに愚痴を吐いた。でも約束をしたばかりでドタキャンなんてことは流石に出来ないから、僕は諦めてその公園へと向かった。

 

 

 

案の定、街中は騒々しくて、その人混みから逃れるように街から離れた。指定された公園の方まで行けば、街のネオンサインなんかは感じ取れないほど暗くて、静かだった。

 

「……来たのはいいけど。誰もいないじゃん」

 

呼び出しておいて、僕の方が先に着いているなんて、などと思ったのだが、僕の期待した通りではなかった。僕は、夢だと思った。

 

「……柳」

 

「……えっ?!」

 

背後から僕の名前を呼んだ相手。聞き間違えるはずもなかった。だって、それは、僕がずっと小さな頃から聴いていた。

 

「……友希那、なんで……?」

 

「だって……だって……。柳の歌、聴いたら、居ても立っても、居られなくて」

 

そう言ったきり、友希那は言葉を続ける様子はなかった。そうか、別れを、聞いたんだ。なら。

 

「……そっか。じゃあもう、僕の言いたいことは分かるよね」

 

それだけを無理やり吐き出して、僕はすぐに立ち去ろうとした。けど、それを止めたのは、友希那だった。

 

「待って」

 

「……どうしたの?」

 

「……ごめんなさい」

 

友希那は俯いたっきり何も言わない。

 

「話がないなら、僕は帰るけど」

 

「……帰るって、どこへ? 家に帰るつもりはないんでしょう?」

 

図星だった。今まさに僕はこの街から消えようと思っていたから。

 

「……なぜ、あんな歌、歌ったの」

 

「どういう意味?」

 

「どうして、貴方は消えようとなんてしてるのよ?!」

 

夜の静かな公園が一瞬でざわめいた。

 

「……もう僕は、友希那たちの邪魔を、したくないから」

 

「いつ柳が邪魔をしたと言うの?」

 

「……ごめん。僕は、君を裏切ったんだ」

 

「……リサとのこと?」

 

「なんで……知って……」

 

「あれで隠せていたつもりかしら?」

 

「……そっか。知ってたんだね」

 

友希那の目なんて、僕は途中から気にしなくなっていた。僕の歌を聴いてくれない友希那なんてどうでもいいなんて、強がろうとしていたから。それでも、友希那が知っていたのなら、尚更僕は、ここにいちゃいけない。

 

「それなら尚のこと、僕はもう、友希那やリサの前に、いちゃだめだよ」

 

「どうして? 柳が消えたいと思う理由が分からないわ」

 

「……僕がいたら、クズな僕がいたら、友希那も、リサもおかしくなる。僕はRoseliaを潰したくない……!」

 

それは僕の最後の願いなのだ。せめて、Roseliaだけでもという烏滸がましい願い。

 

「……それは違う!!」

 

「え……?」

 

凛とした声が、静寂を貫く公園を一気に劈いた。僕の脳みそを揺さぶるほどに大きな友希那の声。僕はただ気を取られた。初めて、こんなにまともに、近くで、真正面から、友希那のことを見たかもしれない。

友希那は昂った気持ちを抑えつけるように、大きく呼吸を繰り返して、顔を上げた。

 

「はぁっ……はぁっ……。確かに、柳とリサが一緒に居る所を見た時、悲しかった。……リサが羨ましくもあった。自分から貴方を捨てたのに」

 

友希那に拒まれたあの日のこと。僕は未だに脳裏に焼き付いている。こびりついているのだ。

 

「ライブから、徐々に歌えなくなって、私は悩んだ。どうしたら歌が歌えるのか。……けど、歌を好きにはなれなかった。歌うのが嫌になった……」

 

あまりに沈痛な友希那の声が震えていた。

 

「私は思い上がっていた。お父さんを殺した歌みたいな、段々陳腐に堕ちてった柳の歌は聞きたくないなんて、貴方の歌じゃなくなった柳の歌なんて聴きたくないって、耳を塞いでた」

 

僕の手首に食い込む友希那の爪が震えていた。

 

「……でも、違った……! 私が今までこうして歌を好きでいられたのは、歌いたいって思えたのは、信念があるからでも、Roseliaとしての使命感でもない! 私が貴方の歌を好きでいたように、柳が私の歌をずっと好きでいてくれたから……!」

 

「ゆ……き、な」

 

「……だから、お願い……。柳が消えたいなら、私に止める資格はない。……けど、けど! 私に歌う意味を、歌いたいって気持ちを思い出させて欲しい」

 

「歌いたい、気持ち……」

 

「歌を好きでいたい……。他の誰に認められなくたって構わない! でも……柳にだけは、貴方だけは私の歌を好きでいて欲しい……!」

 

「友希那……」

 

「お願い、柳……。もう一度だけ、もう一度だけ、私に歌わせて……!」

 

不器用な友希那の言葉。小さい頃からずっとそうだった。自分の心の中で思い悩んでいた時、友希那はずっと溜め込んでいたのだろう。

何も変わっていないんだよ。僕はずっと知っていた、それだけは僕の中で揺らいでないよ。

 

僕は君の歌が、大好きだって。

 

どこまでもあどけない歌が、空に響いていた。

 

 

 

 

 

夜空は分厚い雲が千切れ千切れに飛んでいる。羽虫の屯する頼りない公園の街灯だけが僕らを照らし出していた。さっきまでは溢れて止まりそうもなかった涙も、今は頬に跡を僅かに残すのみとなっている。

 

「……公園で、こんな風に歌うなんて、ね」

 

感傷に浸る会話が途切れた友希那は、そっとつぶやいた。

 

「誰もいないから良いんだけど、ね」

 

「……そろそろ、その、離してくれないかしら。……恥ずかしいわ」

 

「あ、ごめんね」

 

友希那の残した熱がぼんやりと視界を滲ませている。

 

「……歌って、楽しいのね」

 

「今更、だね」

 

「えぇ。でも……久しぶりに、そんな風に思ったかしら」

 

音楽という文字は、音を楽しむと書く。陳腐でありきたりな話だが、それは実に本質をついていた。

 

「……それにしても、柳はRoseliaの私の歌が、嫌いだったのね」

 

「うっ……。それは、まぁ」

 

僕らは歌い終わって、柄にもなく幼い笑顔を数度繰り返した後、振り返るようにこれまでのことを話した。幼い頃から、付き合い始めて、Roseliaが出来て、別れて、Roseliaのライブに苦しんで、それから勿論リサのことまで。包み隠すことなく。

 

「……信念だけじゃ、気持ちだけじゃ音楽は出来ないって。……分かってはいたのに。だから、柳にそう思われていても、仕方がないわ」

 

「はは……。その理論だと、僕も音楽するには向いてないかもね」

 

「……けど、気持ちがなければ、音楽は出来ないわ」

 

「それも、そうかな」

 

輝きを取り戻した薔薇の歌姫の言うことには説得力があった。僕なんかが同じことを語っても、そんな重みは出せそうにない。

 

「……だとしても、柳がRoseliaの私を嫌っているなんて、ちょっと癪に触るわね」

 

「そ、そんな言い方……」

 

「……貴方にだけは、嫌われたくないから」

 

「え?」

 

「今度のコンテスト、見ていなさい。決して、ライブには出なくても良い。けれど、観客席から私たちのライブを見てて頂戴」

 

「……言われずとも」

 

「えぇ。必ず貴方をRoseliaの虜にさせてあげるわ」

 

「……期待してるよ」

 

2人は夜空をもう一度見上げる。

 

「でも、それなら」

 

「えぇ。……もう1人。私には」

 

僕には。

待ってて。リサ。

 

 

 

 

 

誇りをもってその薔薇は

花咲くことの意味を知る

あの夜黒く枯れていた薔薇

僕らは黒には染まらない








☆10をくださった、ka-主様。高評価、本当にありがとうございます。

そして、次回がいよいよ最終話になります。是非最後までお付き合いください。
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