薔薇は青いままでいい   作:敷き布団

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最終話 3人の幼馴染

薔薇が凛と咲くために

僕は輝くステージを捜している

どこまでも長く続く道

未来は遠くて見えなかった

いつからか辿った影の道

鮮やかなあの日の追憶を

君が照らしたその影を

 

 

 

 

 

夜空に瞬いているはずの星たちは雲によって隠されていた。月明かりもなくて、住宅街の細道は少しだけ心許ない。一軒家の前を通る時に生活音が僅かに聞こえる程度で、僕たちの周りに蔓延る音は専ら自分たちの足音だけだった。

 

「こうして2人で歩くの、久しぶりだね」

 

「……え? ……そうね」

 

隣を歩く友希那の表情は固い。きっとかく言う僕だって緊張と不安でものすごい形相をしているに違いなく、動悸は収まりそうにない。

友希那から、リサとの間にどういうことがあったかは粗方聞いた。CiRCLEで友希那がリサに逆上したことも、リサから僕との関係を話そうとされたけど素直に受け止めることが出来なかったことも。後者は勿論僕に1番非があることなものだから、それはそれは、これまでの生で体験したこともないほどに頭を下げた。それで帳消しになるわけではないけど、僕はそうする他なかったから。

そんなわけだから、友希那の顔が緊張に満ちているのも当然なわけで、これから赴くのはまさにRoseliaがRoseliaたるための、そして僕たち3人が本当の幼馴染になるための、大一番であった。

 

「……友希那、緊張してちゃ、ダメだよ」

 

「えぇ。分かってはいるけれど、……私はずっと、リサに不誠実な態度を取っていたから」

 

「……そんなこと家にするぐらいなら、リサは友希那の幼馴染やってないと思うよ」

 

「……そうね。……どういう意味よ」

 

「……ありがとうってこと」

 

「そう」

 

友希那の表情が少しだけ緩んだ。表情筋をちょっと緩めただけだけど、友希那にはきっとそれぐらいが丁度いい。

 

「……ありがとうと言いたいのは、私の方よ」

 

「うん。……そっか」

 

僕たちは少しだけ駆け足気味で帰ることにした。

 

 

 

あまりに見慣れすぎて、違和感を覚えることすらなかったその家の並び。僕の家があって、向かいに友希那の家があって、その隣にリサの家がある。偶然と言えば偶然で、必然と言えば必然だった。遂にリサの家の前に辿り着いた僕たちはもう一度大きく深呼吸をした。

 

「……準備はいい?」

 

「えぇ」

 

まるで今から警察が家宅捜索に行くかのような、いや、寧ろこの時間に人の家の前で不自然に固まっているから警察を呼ばれるかもしれない。そんな異様な雰囲気のまま、僕たちはリサを呼び出した。なんだか慌ただしい足音が聞こえてきて、玄関のドアがゆっくりと開いた。

 

「はーい。……っえ、友希那……柳……?」

 

僕たちのことを認めた瞬間、あからさまに顔を顰めたリサ。……無理もない、僕が歌う目的を見失った尻拭いをした結果幼馴染に後ろめたい思いをして、その幼馴染2人ともと、微妙な関係を築くことになってしまっているのだから。でも、元を正せば全て僕の責任だから。

 

「何……かな……?」

 

「リサに、話がある」

 

「……今日はもう遅いから、また今度とかでも」

 

ダメだ。今を逃してしまったら、きっとまた偽りの仮面を被ってしまうから。それだけは嫌だった。それを言おうとした瞬間、友希那が話し始めていた。

 

「リサ。もしもリサが本気で、RoseliaでFWFに行きたいと思っているなら、来て頂戴」

 

リサは一瞬だけ目を大きく見開いたけど、目を閉じて数秒、ハッキリとした声で。

 

「分かった」

 

頷いて、門扉から出てきた。それを見た僕は、目指すべき場所へ歩き始める。後ろからはリサと友希那が、ついてきてくれていた。

道中はかつて経験したことがないほどに暗い空気が漂っていた。そこにいるだけで息がつまり、出来ることであれば今すぐにここを逃げ出したいって思うほど。でも、僕はずっと逃げ続けてきた。さっきだって、僕は逃げようとしていたのだ。でもそれじゃあ何の解決にもならないって、分かったから、もう逃げない。

 

「これ、どこに向かってるの……?」

 

「じきに着くわ」

 

「じきにって……。……えっ、ここ……」

 

家から然程離れていない。それもそうだろう、小さな子どもの頃から通い詰めるような公園なのだから、自宅からそんな距離もあるわけがなく、ものの5分もかからずに着いた。本当に小さな児童公園。木々が少し立ち並んで、ほんの僅かな遊具が色褪せ、けれどどこか暖かい、そんな懐かしさを感じられる公園。

 

「……リサと、友希那と、話をするなら、ここしかないと思ったから」

 

公園の土を踏みしめながら、そうつぶやいても、リサは顔を合わせてはくれない。けれど、それは当然のことだった。友希那も、覚悟をしていたとは言え、居所がないような顔を浮かべている。だから、僕が話すんだ。

 

「……まずはさ、僕。2人ともに謝らなくちゃいけない。……僕はずっと、友希那と、リサに依存してた。友希那に歌を好いてもらえることで心を安定させようとしてて、それがダメならリサに乗り換えて。……クズって罵られても、何も言えない。本当に……ごめんなさい」

 

声は震えていないだろうか。言わなければいけないこと、全て言えているだろうか。こんなにも、怖いことなのか。

気心の知れた仲、幼馴染だとしても自分の愚行極まりない部分を赤裸々に語ることって。でもずっとそれから逃げてきたから、僕は全てを曝け出すんだ。ここで言わなきゃ、本当に最後だから。

 

「……柳。顔を上げて? アタシは、柳に頼られてる時、ううん。友希那もだけど、嬉しかった。柳も友希那もずっと小さい時から、音楽以外のことはからっきしで……。……何にもできなくて……あれ、なんでアタシ泣いてんだろ……! 待ってね……」

 

「……リサ。はい」

 

「……ありがと友希那。……はぁっ……はぁっ。柳に謝られることなんて、何もないよっ。友希那の代わりになるってことも、自分からだし、柳が悪いわけないじゃんっ」

 

「僕は、それが分かって。利用しちゃってたから。……だから、ごめんなさい」

 

「……柳、優しいもんね。……一緒に、謝ってって言ったら、怒る?」

 

「怒るわけない。むしろ、……これは、僕の責任だから」

 

きっとリサも、僕と考えてることは一緒だった。全ての発端なのだ。あくまでもリサは巻き込まれただけ。寧ろどうしてリサはこんなにも優しいのだろうか。僕が友希那と一度付き合っておきながら、まるでそれを嘲笑うように別れてすぐに、リサと曖昧な関係に溺れて。何も申し開きなどできない。

 

「……友希那。僕とリサは、友希那に黙って、別れてからずっと、まるで浮気するみたいな関係を続けてた。本当に、ごめん」

 

「アタシからも。友希那にはアタシの口から何も言うなって言われてるけど、それでも、謝るのはアタシの自己満足かも知れないけど、本当に……ごめん……!」

 

揃って僕たちは、友希那に頭を下げた。謝るというのはリサの言う通り自己満足かもしれない。けど、誠意も見せられないような幼馴染なんて、僕がなりたかった関係じゃない。それだけは火を見るよりも明らかなのだ。

でも、友希那からは何の返事もなかった。……改めて僕の口からこの事実を言えば、軽蔑されても当然ではあった。別れてからとは雖も3人で幼馴染だったのだから。この場でビンタをされようと、罵られようと、殺されようと僕は文句を言える立場ですらなかった。

 

「……ひぐっ」

 

「……友希那?」

 

友希那の反応は、ある意味では想定していなかった。友希那は堪えるように、けれど我慢できずに涙を流しながら、俯いていた。リサも動揺してか、横目で見る限りでは心配そうな顔を浮かべている。友希那を泣かせたのは、信頼を裏切った僕としては、そのショックだと思った。友希那の重い口が、徐に開かれた。

 

「……違うっ、違うの……! 1番、謝るべきは、……私なの……!」

 

「……なんで? 友希那が謝ることなんて一つもないじゃん……!」

 

友希那が面を上げた。勢いで溜まっていた涙が堰を切ったように溢れ出した。

 

「……私は、あの時。……中学生で、柳に告白された時。……リサが、柳のことを好きなのを気づいておきながら、その告白を受けた……! リサが本当は柳のこと好きなの知ってた! だから……私には、リサを責める資格なんてない!」

 

「……友希那? なに、言ってるの? そんなこと」

 

「ないなんて言わないでよ! そんなところでまだ優しくなろうとなんてしないで! 分からないわけないでしょ?!」

 

「……え?」

 

僕は2人が、何を言っているのか分からなくて、頭が完全に真っ白になった。……いや、違う。本当に何の見当もつかないんじゃなくて、今までずっと、もしかしたらそうなんじゃないかって疑ってきた部分。けれどそれを認めたら僕の心は保てなくなるから、決別の時でさえ割り切って理解を拒んだ部分を遂に突き付けられたから真っ白になったのだ。

 

「柳は鈍感だったから気付いていなかったと思うけど、リサは、リサも、貴方のことが好きだったのよ……。リサから直接聞いたわけではないけれど態度とか。……それこそお祝いのケーキなんて言っておいて、ケーキ食べながらこっそり泣いてるところなんて見て、分からないとでも思った?」

 

僕が中学生で友希那と付き合い始めてから、リサにそのことを伝えたらお祝いと言って、ケーキを焼いてくれたのだ。友希那が言っているのはきっとそのことで。

 

「でもあの頃の私は……。自分の我儘で、リサのことなんか考えずに、自分が柳と一緒に好きな歌を歌える関係を優先した……! だからずっと、その涙に気づかないふりしてた。……全部が全部、私の自分勝手で、だから私が悪いのよ……!!」

 

「……本当に、リサ?」

 

「……ごめん。ずっと……隠してた。……柳と友希那が別れた時、アタシはちょっとだけ、心の中のつっかえが取れた気がした。……柳のこと、好きだったから……。柳が歌えなくなった時も、アタシは……! だから、……ひぐっ、友希那が謝ることなんて何もないんだよっ!」

 

2人が重ねてきた数年の涙が交わっていた。

 

「友希那……。1つだけ聞きたいな」

 

「……なに?」

 

「柳のこと、本当に好きだった?」

 

友希那は瞳を閉じて、噦り上げる喉を落ち着かせながら、静かに口を開いた。

 

「……えぇ。それは、嘘偽りのない、本当の気持ちよ」

 

「あはは、……そっか」

 

リサは両手を広げて、未だ泣き止まない友希那を迎え入れていた。全てを包み込むその抱擁。僕たちみたいな、放っておけない、音楽以外のことはからっきしダメな幼馴染を全て受け止める陽だまりのような温かさを持った抱擁。

 

「はぁ……、馬鹿ね。本当に……」

 

「え?」

 

「……リサの本心が聞けて、安心したわ。……ずっと、聞きたくて聞けなかったから」

 

「友希那……」

 

「これで、おあいこ、かしら」

 

「……なんで友希那だって、ぐすっ、そんな優しいのさ……」

 

2人は、静かに見つめあっていた。そして、ほんの少しだけくしゃりと笑っていた。時間にすればそれこそ数分程度。けれどそこには、何年越しかも分からない、心の奥深くを通わせあった幼馴染の姿があって、2人はその何年間もの出来事全てに想いを馳せているのだろう。それは何よりも尊いもので。……ある意味では、僕が追慕して止まないものだったのかもしれない。

……でも、でも。今の話が本当だとすれば。僕は。僕は一体、どれほどの想いを無碍にして生きていたのだろうか。

そんなどれほど悔やんでも悔やみ切れない思いに囚われそうになった所を助けたのは、またしてもリサだった。

 

「……あっ、分かってると思うけど。……ふぅ、はぁ。柳が気に病む必要なんてないんだから、ね?」

 

「えっ、リサ?」

 

「どうせ柳のことだから、僕は最低だー、って。なってるんじゃないかと思ったんだけど」

 

「……そうね。柳ならありえるわ」

 

「……そう、だけど」

 

「だから病む必要ないんだって。……アタシがちょっと、臆病すぎただけだもん」

 

「リサ……」

 

「……えぇ。きっとあれは、時の運だとか、それの範疇よ」

 

「友希那、範疇なんて言葉知ってたんだね……」

 

「ちょっとリサ。どういう意味?」

 

「……ふっ」

 

「漸く笑ったね」

 

「……うん、負けた」

 

なんで、どうして、こんなにもすれ違いばっかりしてたんだろうなって。それはそれで愚かな自分が憎くなるんだけど、それでも、なんだかあの頃が、ずっと昔の懐かしい頃の時間がようやく帰ってきたみたいで。

 

「……ひぐっ。……はぁっ……はぁっ」

 

「……もぉ。なんで柳が1番泣いてんのさ……」

 

「だって……だって……!」

 

「そういえば、小さい時は柳が1番泣いていたわね」

 

「余計な……こと思い出さなくていいんだよっ」

 

「……ねぇ。友希那、柳。……歌いたいって、言ったら、どうする?」

 

「奇遇ね。丁度私もそう思っていたの」

 

「待って、涙が……」

 

「何歌おっか?」

 

「待って、待ってってば……」

 

思えば僕の歌っていた歌の原点は、ここかも知れない。僕にとって原点は、僕という人間にとっての歌の原点は間違いなく、友希那とリサと僕。この3人のいるステージだったのだ。

 

 

 

「あー。3人でこんな風に歌うのなんて、久しぶりだね? 何年ぶり?」

 

「さぁ。……2年ぶりとかそれぐらいかな?」

 

「そこまでではないわよ」

 

夜も遅くなりかけているというのに、僕たちは結局3人で、幼きあの日を思い出すように歌を紡ぎ合っていた。公園内は真っ暗だけれど、雲の隙間から顔を覗かせた月が僕たちを照らしている。そんな僕たちだけのためのステージの上で僕たちは歌を歌っている。本当に楽しい音楽とはこれなのだろう。幸せを感じながらつくる歌。大好きな人と一緒に歌う歌。

 

「次どんな歌歌おうか?」

 

「もう夜遅いよ?」

 

「まだ歌い足りないわ。最近歌えていなかったから」

 

「Roseliaの練習でも足りてないのか……」

 

「そういえば聞いてリサ。柳、Roseliaの私の声が嫌いらしいわ」

 

「えー? それはお仕置きしないとねー☆」

 

「どんなお仕置き?!」

 

「柳がRoseliaのことを好きで好きで堪らないようになっちゃうお仕置きかなぁ?」

 

「えぇ。寝ても起きてもRoseliaのこと以外考えられない頭にしてあげるわ」

 

「そこまで行くともうメンバーじゃん!」

 

思えば僕はずっと、ほんの少しでもあの頃に戻りたかったのかも知れない。僕はずっとステージで友希那の歌声が亡霊に取り憑かれたなんて言って毛嫌いしていた。僕はずっと、そんな亡霊に取り憑かれていない友希那でいて欲しくて、歌っていたんだ。

けれど、違ったのだ。僕が本当に歌いたかったのは。友希那と、リサと、僕と。あの頃、3人で奏でていた()()をずっとずっと、夢に見ていたのだ。因果がねじ曲がっていつのまにか聴こえなくなっていたあの時の歌を取り戻すために、ずっとずっと歌おうとしていたのだ。それが回り回って、今になってようやくあの時の歌を聴いている。

 

『わたしのうた、どーお?』

 

『ゆきなちゃんのこえだいすき! ずっときいてたい!』

 

『そうかなぁ、えへへ』

 

『え、リサは?』

 

『リサちゃんのうたもだいすき!』

 

『えへへぇ、リサもりゅうくんのこえすき!』

 

『わたしもだもん!』

 

幼い頃の声が飛び交っている。みんなが一つの、音楽で繋がっていたあの頃が。

今も同じなのだ。立場や状況は変わったけれど、大事なところは何も変わっていない。あの頃のままだ。

そこには、3人の幼馴染がいた。

 

 

 

 

 

僕がずっと探してた

そのステージは今ここに

幼く咲いた青薔薇に

僕はそっと手を伸ばす

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